長尾景虎 上杉奇兵隊記「草莽崛起」<彼を知り己を知れば百戦して殆うからず>

政治経済教育から文化マスメディアまでインテリジェンティズム日記

小説「海賊とよばれた男」・あらすじと経済石油に生涯をささげた男の人生論

2013年06月29日 07時09分03秒 | 日記
海賊とよばれた男のあらすじ
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 明治18年(1885)に福岡県で生まれた19歳の国岡鐵造は、神戸高等商業学校(現・神戸大学)に進学。校長の水島銕也から商人としての生き方を学び、神戸高商の近くに住む資産家・日田重太郎から、どんな商人になるのかを尋ねられます。「中間搾取のない商いをしたいと思っています」と答えました。神戸高商卒業後、従業員3人という神戸の酒井商会に入り、丁稚として大八車に小麦粉を積んで神戸の町を歩きました。
 鐵造が3年ぶりに故郷に帰ると、商売に失敗した一家は半年前に夜逃げ同然で離散していました。鐵造は、ばらばらになった家族をよび戻すためにも独立して自分の店を持ちたいと考えるようになります。就職してからも縁が続いていた日田から、「国岡はん、あんた、独立したいんやろう」と胸中を言い当てられ、日田が京都の別荘を売って作った大金・6000円を提供されます。「お金を貸すとは言うてへんで。あげると言うたんや」という日田の条件は、「家族で仲良く暮らすこと」「自分の初志を貫くこと」「このことは誰にも言わんこと」の3つ。
 25歳の鐵造は九州の門司(もじ)で、国岡商店を旗揚げし、家族を呼び戻しました。神戸高商在学中に東北の油田を見学していました。当時日本に200台程度しかなかった石油発動自動車は今後増え、「いずれ日本の軍艦も石油で走る時代が来ますよ」と思っていた鐵造は、日邦石油から機械油を卸してもらい、販売に取り掛かります。ゼロから始めた商売に苦労しますが、独自に調合した機械油を明治紡績に売ることに成功。また、門司の対岸の下関で37隻の漁船を持っている山神組(現・日本水産)に軽油を売ることになりました。当時、元売りの日邦石油の門司の特約店は対岸の下関では商売をしないという協定がありました。が、鐵造は、伝馬船(手漕ぎ船)を使って、海の上で、山神組の船に軽油を納品しました。日邦石油の下関支店に国岡商会を何とかしろという抗議が殺到し、支店長の榎本誠が鐵造を呼び出します。鐵造は、海の上で売っているので、下関では売っていないと言い張りました。しかし、強引過ぎる言い分でした。ただ、「この気骨ある若い男の芽をこんなことで摘んではならない」と感じた榎本は、「国岡に軽油の卸をストップするぞ」とは言わず、黙認。国岡商会の伝馬線は「海賊」と呼ばれ、関門海峡を暴れまくりました。
 鐵造は新しい店を建て、店員も20人近くに増えます。国岡商会が実績を伸ばし、他の地域でも販売を始めたのち、ついに、日邦石油から、あまりやりすぎるなと釘を刺されます。が、鐵造の目は外国へ向いていました。
 第1次世界大戦が始まりました。日本は、日英同盟を根拠に、ドイツの租借地・青島(チンタオ)を占領。青島攻略戦で、日本軍は、飛行機を使っていました。国岡商会は、アメリカのスタンダード石油が牛耳っている満州に進出し、東洋最大の会社・南満州鉄道で、スタンダード石油のシェアを奪います。国岡商会は、各地の支店長に支店の商売の権限のいっさいを与える方法で、国内でも販路を広げます。同業者からは「無茶なやり方だ」と揶揄されますが、それが店員への信頼であり、全権を与えるに値する店員に教育してきたという鐵造の信念がありました。国岡商会の一騎当千の店員たちは業績を伸ばしていきます。上海はじめ外国にも進出しますが、アメリカが石油の日本への輸出を禁止し、窮地に陥った日本は、東南アジアの油田地帯を占領するため、米英に宣戦布告。日邦石油や日本鉱業など4社の石油部門が統合され、国策会社・帝国石油が誕生。日本の石油政策は国策化されます。敗戦により、鐵造は、海外の資産を全てを失い、膨大な借金だけが残りました。鐵造は還暦を迎えていました。
 鐵造は、奇跡的に焼失を免れた銀座の国岡商会の本社「国岡館」で、「愚痴をやめよ」「ただちに建設にかかれ」と社員に檄を飛ばします。仕事は皆無という状態でしたが、鐵造は、ひとりの社員も解雇しませんでした(自主退社はあり)。「国岡商会のことよりも国家のことを第一に考えよ」という鐵造は、GHQに対しても信念を曲げず、いわれのない罪状で公職追放を言い渡されたときは、GHQに乗り込んで、「米国は正義の国と聞いていたが、それは偽りであったか」「無実の者に罪をかぶせて、恥ずかしくないのか。君らは神を信じるというが、その神に恥じることはないのか」と怒鳴りつけます。係官は、「パージを受けて、抗議に来た者は、あなたがはじめてだ」と告げ、GHQや占領軍の高官は、鐵造の名を聞くと、「サムライと聞いている」と、敬意を表するようになりました。
 鐵造は官僚的な石油配給公団や、旧体質の石油業界に反発しながら、タンクを購入し、タンカーを建造します。日本の石油会社は株式の50%譲渡などの屈辱的条件で外資の傘下に入り生き残りを始めていました。鐵造には、外資が入っていない民族資本の国岡商会がなくなれば、日本の石油業界は外国に支配されるという使命感がありました。アメリカの占領政策も、日本の石油業界を(=日本経済を)メジャーと呼ばれるアメリカの石油資本によって支配させようとするPGA(石油顧問団)と、それに正反対の法務局、また、日本の石油施設を破壊して農業国にしてしまおうという考えなど、一枚岩ではありませんでした。やがて、朝鮮戦争が勃発。日本はアメリカ軍の補給基地化となり、また、反共の防波堤として、日本に製油所施設や精錬能力が必要とされるようになりました。
 朝鮮戦争により、日本経済は蘇ります。鐵造は、バンク・オブ・アメリカから400万ドルという巨額の融資を取り付けて、石油業界と金融業界の度肝を抜き、「セブン・シスターズ(七人の魔女)」と呼ばれる石油業界のメジャーの目を盗み、外国からガソリンを輸入。「アポロ」と名づけて、全国の国岡商会の営業所で驚くほどの低価格で販売しました。
 そんな鐵造のもとに、イランの石油を買わないかという申し出が舞い込みました。1950年代に、イラン国民の間で、「イランの油田を国有化する」という運動が起こり、イランの政治家・モサデクを委員長とする「石油委員会」が議会に、イランが悲惨な状況から抜け出すには石油国営化しかないと答申し、議会は石油国有化を可決。利権を失ったイギリスの国営会社アングロ・イラニアンは猛反発し、イランの原油を積んだイタリアのタンカーを拿捕。イギリスは、「イランの石油を購入した船に対して、イギリス政府はあらゆる手段を用いる」と宣言し、「セブン・シスターズ」を中心とする国際石油カルテルも、「イランの石油を輸送するタンカーを提供した船会社とは、今後、傭船契約を結ばない」という通告を発布。モサデクは首相になりましたが、イランにタンカーを送る会社はなくりました。
 鐵造は「イランの苦しみは、わが国岡商会の苦しみでもある。イラン国民は今、塗炭の苦しみに耐えながら、タンカーが来るのを一日千秋の思いで、祈るように待っている。これを行うのが日本人である。そして、わが国岡商会に課せられた使命である」と重役会議で宣言。イギリス軍をはじめ、アメリカのメジャー、日本政府など、あらゆる方面に秘密が漏れないようにし、所有するタンカー日章丸をイランへ向けて出港させました。イランから日本に英国の護衛艦を避けて石油を届ける。世界の出光興産をつくった男の生涯だった。「海賊とよばれた男」(上下巻)百田直樹著130万部のベストセラー。第二次世界大戦後の日本が舞台。石油に困った時代の石油会社「国岡商店」社長・国岡銕造が主人公。モデルは出光興産創業者・出光佐三(享年95歳)。日本の石油会社が外国支配にあるなか日本独自のルートを確立した男の物語。モデルはもう死んでいるので小説のフィクションになっている。石油会社は「石油の一滴は血の一滴」という「オクタン価」とはハイオクがオクタン価が高く、レギュラーがオクタン価は低い。日本が真珠湾攻撃したのも南方のボルネオ・スマトラ島の石油獲得の為に邪魔されない為だった。石油メジャーは上流部(採掘・開発・生産)下流部(輸送・精製・販売)という。石油メジャーのことを7人の魔女(Seven sisters)と呼ぶ。*スタンダード・オイル・ニュージャージー*スタンダード・オイル・ニューヨーク*スタンダード・オイル・カルフォルニア*ロイヤル・ダッチ・シェル*アングロ・ペルシャ*ガルフ・オイル*テキサコである。主人公は石炭の時代に次の時代は石油の時代だと先見の明をもつ男の生涯だ。ちなみにベストセラーの本と言えば漫画「ゴルゴ13」も人気だ。ゴルゴとはイエス・キリストが張り付けにされた「ゴルゴダの丘」から。13はキリストの弟子の裏切りのユダが13人目の弟子だから。国際政治を綿密に描かれており、チャベス死後はあの国は石油生産量減少しており、反米から親米になり、米国に大使を置いた。また「リフレは正しい」岩田規久男著「リフレはヤバい」木幡氏著で「リフレ政策」とは市場にお金を出回らせ「わざとインフレを起こす」こと。お金の量が増えるとお金の価値が下がり物価が上がる(インフレ)、お金の量が減るとお金の価値が下がり物価が下がる(デフレ)。大事なのは給料が上がること(正しいリフレ)、給料が上がらず物価や金利ばかり上がるのが(リフレはヤバイ)。皆が「株価が上がる」と思えば株を買うから株価は上がる。「物価は上がる」と思うと「物価が上がる前に買っておこう」と物価は上がる。景気は思いからくるのだ。


沙弥さや・AKB大島優子主演nhk朝ドラ原作アンコール連載小説7

2013年06月23日 01時24分41秒 | 日記
良子おばさん





  次の日は朝から雨だった。
 沙弥は風邪をひいて寝込んでしまっていた。
 小さい頃から沙弥は熱にうなされることが多く、そのたびに私は「沙弥がこのまま死んでしまったらどうしよう」と心配したものだった。こういうぐずついた天気の日は、そういうことばかりが切ないくらい思い出されて仕方がない。「かわいそうな沙弥…」
 涙が頬を伝って、ポツンと床の上に落ちた。やがて涙があふれてどうしようもなくなった。それでも沙弥を起こしちゃ悪いと思って涙をぬぐって必死に嗚咽をこらえていた。

 私はロビーにある大きなTVでつまらない番組をみていて、もっと退屈になった。沙弥は寝込んだままだし、まゆちゃんは遊びに出掛けちゃったしで、暇なものだった。もうとっくに昼過ぎで、いわばもっともだるい時刻だった。ひとりで湖などで泳いでも面白くもなんともないし。そういうわけで私はルーカスをつれて散歩にいこうかと思った。
 そんな時、雨があがった。
 外気がむっと暑くなり、ぎらぎらとしたまぶしい陽の光りが辺りを包む。ざわつく湖、森の匂い、蝉の鳴き声、それらすべてがまたこの土地に戻ってきた感じだった。
「沙弥、大丈夫かな?……それにしても暑いなぁ」
 さっき買ってきた冷たいアイスを食べ、なんとなくミンミンという蝉の音を聞きながら私は呟いた。そして、湖で泳ごうかとも思った。だけどやめた。
 陽はいつものように高く、あらゆるものをぼんやりと白くみせていた。あまりにも果てしない夏の湖からは子供染みた話し声と波音だけがきこえていた。空の青はやけにくっきりと見えた。
「ありさちゃん。これお上り」
 と言って、良子おばさんが細く切ってあるスイカをもってきてくれた。
「あ。ありがとう、良子おばさん」
 と、私は受け取って微笑んだ。
「そうだ、沙弥にももっていってあげようか」
「いえ、さっきもっていったらグッスリ眠っているようだったから…」
 良子おばさんはそうほんわりと言った。
「うん。わかった」
 私は言った。スイカはちょっと水っぽかったが、とても甘くて、冷たくて、とっても美味しかった。
「このスイカ、とってもおいしい」
 と私は歩き去ろうとしていた良子おばさんに目を輝かせていった。それに答えて良子おばさんは、
「そう。それはよかったわ」と言って微笑んだ。それはあまりにも幸福な一瞬だった。そこら中が、これ以上ないくらいほんわりしたやさしさに満ちていた。
「それじゃあ。私、ちょっとひとりで散歩にでも行ってきます」私は言った。で、財布を取りに部屋にもどった。
 部屋を出る時の扉の音がきこえたのだろう。沙弥の声が閉めきった部屋から、
「どこにいくんだ」と弱々しくきこえた。
「散歩。…まぁ、喫茶店でお茶でも飲んでくるわ。何か欲しいものある?」
 と私が言うと、「いらねぇよ」と彼女はかすれた声で言った。
「そう」
 私は無視して階段を降りていった。

  ペンションから一歩でると、外気がむっと暑かった。
 だけど夏だから当然よね、などと私は思って気にしなかった。
 私はしばらく歩きながら、故郷の夏を楽しんでいた。はっきりいって山だとか森とか自然以外は何もないところだが、それでもどこか心が落ち着く場所だ。だが、田舎だからといって藁葺き屋根の木造家屋がいっぱいあって周りはすべて田んぼで、というような所でもないので勘違いのイメージをもってほしくない。街にいけば大型スーパーもあるしコンビニもいっぱいある。大型の本屋もあるし、白亜の殿堂『市役所』もそびえたっている。そういうところなのだ。
 でも、確かに東京や大阪に比べれば何もないようにも思える街だ。まあ、でもそれはどこの地方都市でも同じようなものだろう。でも、こっちには美味しい牛肉やさくらんぼや松茸や葡萄がある。鯉の甘煮や米織もある。また上杉神社もある。何もない訳でもないのだ(ほとんど食べ物だ)。
 近くの本屋にいってみると、案の定、観光客であふれていた。無理もない。雨がふってしばらくの頃は本屋はにぎやかになるものだ。そして、残念ながら私の探していた女性雑誌は売り切れていた。ちなみに少女マンガ、ではない。ファッション雑誌だ。
「仕方ないなぁ」
 私は妥協して、『アンネ・フランク』という小説本を購入して、店を後にした。それは少女小説だったが、詳しい内容は忘れてしまった。
 私は本屋を出て、しばらく歩いて、喫茶店に入った。その喫茶店はペンション『ジェラ』の近くにあるお洒落な店で、私がとても気にいっていた店だった。店の外観は、まるでパリのシャンゼリゼ通りにある喫茶店のような感じだ。でも、私はフランスにいったことはないから、ただ、写真やイメージでそう思うだけだ。アール・デコ風とでもいえばいいのか…。よくわからないけど。
 喫茶店の中に入ると、優雅なピアノの調べがゆったりときこえてきた。
 私は一瞬、入る場所を間違えたかと思った。
「ヤマファのピアノ店に間違ってはいったっけ?」
 と思った。っていうのは冗談だが、なんとも魅惑的な調べだった。この曲はショパンか?モーツアルトか?ヴェートーベンか?よくわからない。
 でも、私は思わずうっとりとしてしまった。
 そして、私は喫茶店の埃をかぶったピアノを弾く青年をみて、ふたたびビックリした。それはなんとあの、私たちをチンピラから助けてくれた青年だ。
 おやおや小紫と同じピアノの調べだ、と思った私は、ピアノ演奏が終わってから拍手して、
「哲哉くん。すごいじゃない」
 と声をかけた。
「あ。あなたは確か……黒野さん」と彼は笑った。「黒野ありささんですよね」
「えぇ、そうよ」
「あれ?今日は沙弥さんは?」
 と小紫哲哉は言った。
「沙弥は今、寝込んでるの」
「寝込んでる?」
「えぇ」私は続けた。「沙弥、あぁみえても体がメチャクチャ弱くてね。すぐ風邪こじらせたりとかするのよ。免疫が弱いのね、きっと」
「そうですか。沙弥さんも大変ですね」
 哲哉は心配そうに言った。私は彼が沙弥の名前をはっきり発音したのに、何かきらきらとしたものを感じた。そして、
「この子と沙弥はなんかいいぞ」
 と思った。いまだから言えるのかも知れないが、この哲哉と沙弥、緑川沙弥といいカップルになるな、と感じた。とてもいい感じ、そう思った。
「それにしても……ピアノうまいわね、哲哉くん」
 私はほめた。すると彼は恥ずかしそうに笑って、
「いや、まだまだだよ」と言った。
「謙遜ねまるでブーニンみたいだったわよ」
「あはは」哲哉は笑って、続けた。「まぁ、ブーニンのようなすごいピアニストと比べられても困るけど…一応、僕、音大いってるからね」
「音大?どこの?」
「東京のだよ」
「へえーっ、そう。あたしも東京の大学いってんのよ」私は思わず嬉しくなっていった。「まぁ、三流の普通大学だけどね。……で?それで?」
「え?」
「哲哉くん、ピアニストにでもなるの?将来」
「いやあ」彼は笑った。「どうかな。僕よりうまいやつはいっぱいいるからね」
「またまた」
「まあ、僕の夢はピアニストだけど……ライバルが多いんだよ。ダメな時なんて、ピアノじゃつぶしも効かないしきついね。でも……いまは宙ぶらりんって感じだね」
「宙ぶらりん?」彼のいっていることがわからず、私はすっとんきゅうにきいた。「宙ぶらりんってどういうこと?」
「うん。僕は東京にいって音大に入って、友達もたくさんできた。昔からピアノを習っていたからピアノ腕には自信があったんだ。でも、大学には僕よりうまいやつがたくさんいてね。それで自信がしぼんだ。まだ、一年生だからまだチャンスがあるかも知れないけど、でもなんとなくやる気がなくなって……バイトが忙しくてピアノの練習どころじゃなくて…それで夢と現実のはざま。つまり、宙ぶらりん…って訳。とにかく、目標はチャイコフスキー音楽祭で一位…なんてことだけど、現実はまだ遠い。なんか自分が嫌になるよ。あ、ごめん。なんか愚痴っぽくなっちゃったね」
 哲哉はそういって自嘲気味に笑った。私はそれに対して、
「まぁ、そう落ち込まずに、ね。まぁ、私がみたところ哲哉くんには才能があるわ。きっとプロのピアニストになれるわよ」と励ました。
「だといいんだけど」
「なれるって」私がいうと説得力に欠けるが、とにかく私はそういった。
「そうだ。もしよかったら…沙弥に会いに来ない?彼女、よろこぶと思うわ」
「病気にさわらないならいきたいな」
 彼はいった。そして続けて「それにしても、沙弥さん、やたら細かったね。あの子はおもしろい子ですね」と言った。
 その瞬間、私は哲哉と沙弥はなんかいいな、と思った。私はいままで生きてきて、いろいろなカップルをみてきたが、どのカップルもなんとなく共通点をもっていたように思う。外見が似ているとか、メンタリティが似てるとか、そして哲哉と沙弥もどこか似ているように思った。それは、きらきらした太陽の陽射しのような、そんな感じだ。



「沙弥、お客さんだよ」
 沙弥がきらきらした瞳で迎える……のかと思った。が、違った。
「あれ?」
 なんと彼女は部屋にいなかった。どうしたんだろう。あんなに具合が悪かったのに…。そう思っていると、良子おばさんがやってきた。
「良子おばさん、沙弥は?」
「あぁ。少し具合がよくなってね。熱も下がったみたいで……病院にいったわ」
「病院に?……でも、具合がよくなったんでしょ?」
「いえ。ほら、いつもの精神科よ。竹田先生んところ」
「あぁ」私は思い出したように言った。「竹田先生のところか」
 そういえば、緑川沙弥は精神科の病院にも通っていたのだったっけ。でも、けして頭が狂って……とかではない。なんでも、精神がおちつかない。眠れない…ということで通っているようだ。ちなみに竹田先生とは精神科のベテラン医師で、話し方がとてもゆっくりしていて呑気なひとだ。性格も温厚で、優しい。いってみれば『赤ひげ先生』といったところだ。先生は前まで米沢中央病院の雇われ医師だった。しかし、一念発起して、独立、精神科の病院の院長になったのだった。そこに沙弥は通っている、というわけだ。
 しかし、緑川沙弥はすぐ病気になったり精神科通いだったり…病気づけ、薬づけだな。私は一瞬、そんなことを考えてしまった。
 そうおもった時、
「あれ?お前ら…」
 と、沙弥がいっぱいの薬を抱えて帰ってきた。「あれ?お前はなんとか哲哉じゃないか?どうしたんだ?」
「小紫哲哉だよ。沙弥さんのお見舞いにきたんだけど…もういいみたいだね」
 彼は笑った。私は、
「ついさっき喫茶店で会ったのよ」と付け足した。
「そうか」
 しばらくの沈黙ののち、哲哉はポケットから何か取り出して沙弥に渡した。
「なんだ?これ」彼女は掌のものをみた。それは薔薇の花だった。
「きみにあげるよ」
「……なんであたしに?」沙弥は言った。しかし、その表情は嬉しそうにきらきら輝いても見えた。
「それは沙弥さんの病気がよくなりますようにって意味もある。……もらってくれる?」
「ありがとう」
 沙弥はにこりと笑った。「ありがと。大事にするよ」
 そして次の瞬間、緑川沙弥は頬を赤らめることもなく、平然とこう言った。
「お前を好きになった」
「ありがとう」哲哉はニコリと笑った。



沙弥さや・AKB大島優子主演nhk朝ドラ原作アンコール連載小説6

2013年06月21日 06時11分55秒 | 日記
         沙弥のボーイフレンド



  また、夏休みになった。
 ぎらぎらと太陽が照りつけてきて、外気がむっと暑かった。私の通う大学はけっこう休みが長い。7月の終り頃から9月中旬くらいまである。でも、アメリカの学校の夏休みは4ケ月あるわけだから、そんなに長いって訳でもないか。
 東京の夏はお祭りのようなにぎやかさだ。夏休みにはいった田舎の子供たちが親といっしょに『東京見物』に来るから、ますますひとでいっぱいになる。『東京タワー』『原宿』『東京ディズニーランド』。でも、それと同じくらい東京周辺の人は、外国にいったり、海にいったり、田舎へ帰省したり、ってこともあるから東京の街は観光地以外はガラガラになったりもする。
 かくゆう私も、田舎に帰省するひとりだ。沙弥と約束したのであの土地に戻る訳だが、実際には父の店が忙しいのでそんなに長く帰省するわけにはいかない。少しでもながくあの土地で生活していたいという気持ちもあるが、そういう訳にもいかない。むずかしいところだ。
 どうしてなんだろう?
 なつかしい山々や湖やらを汽車の窓越しにみると、昔から自分が外国からきたような気分になる。まったくこの土地を知らない人間のような、そんな気持ちだ。
 その街にずっと住んでいて、少し遠出して帰ってきた時なども、そんな気持ちになったりした。きっと、誰でも人間なんてひとりなのだ、ということがわかっていたせいだろう。
  私は新幹線であの懐かしいあの土地へと帰っていくところだった。
 田舎の県とはいえ、なんと、すでに新幹線が通っている。東京からはざっと2時間で着く。便利になったものだ。そして、その新幹線は「つばさ」と呼ばれていた。

 駅につくと、もうすっかり夕方だった。
 夕日が落ちようとしていて、空や山々をセピア色に染めていた。外は暑いのだろうが、新幹線の中はクーラーがききすぎているためか、寒いほどだった。ひさしぶりの田舎だ、そう思って駅のプラット・ホームにでた。すると、
 外気がむっと暑かった。
 この米沢という街は明らかに避暑地ではない。『夏暑く、冬寒い』という最悪の場所だ。なんと前まで日本で一番の『暑さ』を記録した地方の近くであり、冬には雪がたくさん積もる、という所なのだ。
 しかし、『住めば都』、とはよくいったもので、私は住んでいる時にはそんなに不便だとは感じなかった。それはそうだろう。ずうっとこの土地で暮らしてきたのだから。たとえ不便でも「これくらい当然よね」などと思うだけだったのだ。
  ゆっくりと歩いていって駅からでると、沙弥がすたすた歩いてきて、やぁ、よくきたなとも、何もいわずに
「遅いぞ、ブス」
 と言う……のだと思っていたが、違った。
 なんと!また、誰も迎えにきてない…。がっかり。
 まぁ、それも仕方ないのかも知れない。今日行く…とは電話でいったが、何時に着く…とは伝えなかったからだ。
 それで、仕方なく私はひとりで歩き始めた。
 もうすっかり辺りはセピア色だった。
 暮れ行く夕日が、山の間に見える。夏の雲も朱色に染まり、なんとなく静かな感じだった。ミンミンと蝉がうるさく鳴き、むっとした暑さだが、どこか心地好い感じもあった。これが私の故郷だ……そう思った。
 すぐに辺りは暗くなっていっていった。
 空には月がぽっかりとみえてきた。
 かなり暗い、湖にむかう道を、沙弥と犬のルーカスが歩いていた。ルーカスは白くて大きいセントバーナードのオスだ。ペンション『ジェラ』の前のジャリ道は、やがてちいさな森にぶつかる。その右向こうには湖が開け、月明りが青白くきらきらと輝きながらそんな夜の湖を光らせ、それはどこまでも続いているようにも見えた。きらきらと幻想的な湖。 私はちょうどそんな時、ペンション『ジェラ』に向かって歩いているところだった。なんとなくだが、あの沙弥とまた逢えるのはうれしくもあった。また、沙弥の妹のまゆちゃんにも逢えると思うと嬉しくもなった。
「なつかしいなぁ」
 道の横に向日葵や白い花がたくさん咲いていて夜風に揺れていた。なんとも幻想的な風景だった。私は、こんなに美しい光景を見るのもひさしぶりなこともあったので、つい言葉が口をついてしまっていた。
 蒼白い月明りが辺りを包み、少し淋しい感じもするが、私はなんとなくいいことがありそうな予感がして、少しばかりドキドキしていた。
 …それから「あ」と、私は息をのんだ。
 沙弥の真っ白いスカートが夏の風にはためく。
 そして、ニコリとも微笑まず、相変わらず無表情の彼女は闇にまばゆいばかりに浮かびあがってみえた。
 なんという偶然だろう。私は沙弥とバッタリであってしまったのだ。
「遅いぞ、ブス」
 と、私が考えていた通りに沙弥はニヤリとしてそう言った。
 父の仕事の関係で、私は東京へと引っ越し、それから、この土地を離れてしまってからは、彼女に逢うのは彼女が東京にきて以来だった。
「ひさしぶりね、沙弥」
 私はにこりと微笑んで言った。
「あぁ。なつかしいな。……元気だったか?」
「うん。そりゃあもちろん。沙弥は?」
 私はそう言って、すぐに「いうんじゃなかった」と心の中で思った。最後にあった頃にくらべると、沙弥はだいぶ痩せて元気がなかったからだ。どうも病気が進行しているようだ。
 それでも沙弥はニヤリと幸せそうに微笑んで、
「まぁな。元気さ」
 と、答えてくれた。最近涙もろくなっていた私は、淋しい気持ちを隠すかのように、
「きれいだねぇ」と言った。
「あ?何が?」
「あれよ!」
「なんだよ」
「あの月よ……蒼白く夜空にぽっかり浮かんでいてきれいでしょう」
「どこが?バカじゃないの?」
 と沙弥は言った。しかし、私には素敵な月に見えたのだ。
 暗い夜空にゆらゆらと浮かぶ月は、銀色に輝き、雲に隠れたり出てきたりする。なんともいい光景だった。蒼白い月明りが、夏の花や道や、沙弥の頬をいっそう青白く見せていた。
 すぐに私たちはペンションに向かって歩き始めていた。
「ねぇ、沙弥。小説書いてるの?」
「書いてるにきまってるだろう、作家なんだから」
「で?認められそう?」
「う~ん。まぁ、難しいところだ。出版がなかなか決まらないんだ」
「そう?」私はきいた。「売れないの?」
「まぁ。日本では活字離れがすすんでいるからな。なんたって一か月に一冊も活字本を読まないなんていうバカが大勢いるからな。それが一番ガッカリするね」
「ふ~ん」
 私は同情気味にいった。
 それから二人はしばし無言だった。しんとした寂しい気持ちで私は歩きつつ、沙弥のことについて考えていた。病弱なくせに作家になりたいって夢をもち、それにむけて努力し夢をかなえた沙弥。私が彼女と同じようだったら、私も努力できただろうか?そんな風に考えてしまった。それからペンションにつくまでなにを話したのかよく覚えてないけど、その夜の月や道に咲く花々ばかりが胸にしみついてくる感じは覚えている。
 やがて、ペンション『ジェラ』の看板の明りが光っているのが見える。私はなにか懐かしさと何かしっくりこないような感じを覚えた。それは、あまりにも昔のままだったからかも知れない。そう、なにもかも。だけど永遠なんてどこにもない。そう私が知るのはそんなに時間がかからなかったように思う…。
「おーい!ブスがついたぞ」
 沙弥は玄関を開けて言った。
 彼女がそういったとたん、私は現実に引き戻されたような気がした。犬小屋につながれたルーカスがワンワンと吠え、奥からは良子おばさんが、まぁひさしぶりありさちゃん、といい微笑みながらやってきた、まゆちゃんも顔を出して、あ、ありさおねえちゃん!と笑顔になった。なんとなくハーブくさいような、森の匂いをかいだら、なんだかドキドキした。
「良子おばさん、何か手伝いましょうか?」
「ううん、いいわ。ありさちゃんはお客さんだもの。沙弥たちとお茶でも飲んでゆっくりしてて」と私に微笑みを残して、良子おばさんは忙しい厨房へと去っていった。
 奥の部屋では、まゆちゃんがお菓子をパクつきながら、夕食を食べているところだった。「おい、まゆ。そんなに食べてるとブタみたいになるぞ」
 沙弥はニヤリと皮肉な笑みを浮かべていった。
「いいよ。そんなの」
「へん」まゆちゃんの言葉に沙弥は鼻を鳴らした。
「ねぇ、まゆちゃん」
「なあに?ありさお姉ちゃん」
「お土産があるの。まゆちゃんの大好きな、甘い甘いショートケーキ…。食べる?」
「わあっ!うん、食べる!」まゆちゃんは満天の笑顔になった。沙弥は、
「おいおい。そんなに食べると『トド』になるぞ、まゆ」と言った。
「トド?」
 まゆちゃんは目を点にした。
 私はフト窓の外を見た。星がきらきらとまばたぎ、月が暗闇にぽっかり浮かんでいる。その月明りをうけて、湖がきらきらと波うつ。森や湖の匂い、それらすべてがいつもと変わらない気がして、ぽーつとなっていた。ここで、この土地で生活していた毎日なんて、平凡そのものだった。朝起きて、夜眠って、食事をして、学校いって、森や湖をみて、沙弥や友達とおしゃべりをして、そんなことの繰り返しだった。でも、そんな平凡な毎日がひさしぶりにかえってきたようで、私はなんともいいようもない幸福な気持ちになった。 こうして、私の帰省の第一日目は終わった。

  はるか湖の彼方で、鳥の鳴き声がして、私はベットから出て窓の外を見た。朝もはやくて、辺りには白い霧がかかっている。ーすべてがあまりにも静かだった。
「起きたか、ブス」
 そんな声がきこえたので見下ろしてみると、沙弥がルーカスの首輪のひもをもったところであった。私は微笑んで、「おはよう、散歩にいくの?」と言った。
「みればわかるだろ」
「あ。待って!私もいくわ」私はそう言って素早く服を着替えると階段を降りていった。 それにしても沙弥はそんなに丈夫じゃない。散歩なんてして大丈夫だろうか。私はそっちの方が心配になったりもした。外はだいふ明るくなり、夏っぽさが満ちてくるようだった。「よし、いいか…」
 沙弥はルーカスをなでながら、なにやら語りかけているようだった。
「沙弥、ずいぶんと早起きね。いつもこんなに早いの?」
「まぁな。老人と同じさ。朝はやく起きるってのはな。後は『ゲートボール』でもやれば完璧だな」と彼女は笑った。
  散歩にでて歩き始めると、空はよりいっそう明るくなった。そして、みんみんと蝉の声もきこえた。それにしても、沙弥とルーカスは妙に仲良くなったものだ。私は感心した。 沙弥はあいかわらずルーカスに引っぱられながら、
「今日は疲れてるから、そんなに遠くにいかねぇよ」
 などと話しかけていた。
「沙弥、ずいぶんとルーカスと仲良くなったのね」私は歩きながら言った。
「仲良く?」彼女は皮肉な笑みを口元に浮かべた。「冗談じゃねぇよ。犬っころと仲良くなんてなるもんか!」
「なにそれ?照れてるつもり?」
「バーカ。そんなんじゃねぇよ」
 沙弥は横顔のまま言った。
 きらきらとした湖のはるか向うで、まるで爽やかな夏のメロディのように鳥や蝉が鳴いていて、そよ風が頬に当たった。それはあまりにも神聖なもののように思えた。そう、あの頃とまったく変わらないように思えた。
 しかし、ちょっとその日は違っていた。
 私たちが人通りのない湖ぞいの道を歩いていたある瞬間、不良かチンピラを絵に描いたような男たちが、私と沙弥の方をジッとイヤらしく見て話しているのに気付いた。確かにそいつらはあまり感じのいいとはおもえない。とてもチンピラ以外には思えない。見るからにいやらしい感じだった。性欲まる出し、って感じだ。
 私は一瞬、また?、いやだな、と思った。それは沙弥も同じだったようで、危険な気配を察知するように一瞬ビクっとして、それから平静をよそおって歩いていった。私たちはかなりいやな予感がして、無言のまま足速に通り抜けようとした。その時、ニヤニヤとしていた男の一人が急に踊るように近付いてきて、その後に同じような仲間が三、四人続いた。
 派手なシャツにサンダルばき、サングラスなどかけたりして、いかにもいやらしい。そいつらはスタスタやってきて、私たちの行く手を遮った。「へぇ。結構いけるやんけ」髭の男が言った。関西弁だった。
「なぁ、君たち地元の娘?」
「俺たち、車できたんや。一緒にドライブでもどうや?」
「いやだね!」
「…沙弥…。あの……もうし訳ありませんけど…けっこうです」私も沙弥もそいつらとあまり目をあわせないようにして足を速めて逃げようとした。が、チンピラたちはニヤニヤと私たちの前に踊り出て、本当に行く手を遮ってしまった。
「…なぁ、俺たちと茶でもせぇへんか?なんならホテルでもええけど…」
 私はここで弱腰になったらダメだと一瞬考えて、かなり動揺しているのにもかかわらず、平静をよそおってまっすぐに相手の目を見据えて、「どきなさいよ」とぃった。
「どきなさいよ……かぁ。へへへ…可愛いねぇ」男がいやらしく笑った。
「もう一度いいまっせ。俺らとドライブにいかんか?」
「いやだっていってんだろ!ルーカス、噛みつけ!」沙弥は怒鳴った。しかし、さすがにルーカスは男たちに噛みつかなかった。ただ、わんわん、と吠えただけだ。大事な時に役にたたない犬だ…。私はそう思った。
「やめなよ!嫌がってるじゃないか」ひとりの青年が不良たちの前にわってはいり、沙弥の肩にふれていた不良の手をはらいのけて言った。
「なんやてめえ!かっこつけやがって」不良たちはそう怒鳴った。そして、その青年とこ突き合いになった。私たちは心配そうに見ていた。本当に心配でどきどきした。
 しばらくすると、遠くから駐在さんが自転車に乗ってやってくるのが見え、不良たちは「くそっ!覚えてろよ」とほぞをかんだ後、あわてて逃げ出した。
 青年は微笑んで「大丈夫?怪我はなかった?」といった。私はそれから青年の顔を見て、どきりとなった。かっこいい。年は私たちと同じくらいか。すらりと細い長身にがっちりした肩、彫りの深い顔に、浅黒い日焼けした肌は爽やかで逞しい。短い髪も白いシャツも一分のすきもなくきまっていた。「あの…」
 私が声をかけようとする前に、沙弥が「ありがと。お前、名前なんていうの?」と聞いた。彼は、「俺は小紫哲哉っていうんだ。君たちは?」
「あたしは緑川沙弥。こっちのブスは黒野ありさ…だ」
「そう。よろしく。……あ!ごめん、俺急いでるんだ!またね」哲哉はそういって微笑んで遠ざかっていった。沙弥がしばらく上の空の様子だったので、私はふざけて、
「あの男の子に目をつけたんでしょ?」ときいた。それにたいして彼女は平然と、
「あいつ、ただ者じゃない」と言った。
「どこが?」
 私は尋ねたが、沙弥はそれっきり答えることもなかった。
 しかし、こうして沙弥は、その後、小紫哲哉と付き合うようになるのだった。
 しかし、それはまだ先の話しだ。





沙弥さや・AKB大島優子主演nhk朝ドラ原作アンコール連載小説5

2013年06月19日 03時06分51秒 | 日記
         緑川沙弥の苦悩




「つらい日々だった。なにをしてもダメで、モラトリアムじゃないか?なんて思った。しかし、その前に賞を一応取ってたので慰めにはなったな。あとはベストセラー出して印税生活だ!っても考えてた。とにかくそのためにはクオリティの高い作品を執筆しなくては!っても思ったな」
 だって。
 まぁ、楽観主義っていえばいいのかどうか…とにかく好ましいスタンスではある。
 はっきりいって、日本はマンガ天国で、活字離れが進んでいる。なんと、一か月に一冊も活字本を読まないという人間が圧倒的だという。だから、出版社もマンガとアイドルのヘア・ヌード以外は出版しないように努めているともきく。活字本は、ビック・ネームの作家やタレントなどの本以外はめったに売れないのだ。だから、執筆の仕事がまったく来ないのは、なにも沙弥のせいじゃない。
 思えば、日本の出版社は勘とアンケートだけで出版するかどうか決める。だから、勢い、絶対に売れるアイドルのヘア・ヌードやコストの安いマンガばかりが出版されるようになるのだ。これは少し情ないことでもある。20才くらいの馬鹿のアイドルのヘア・ヌードなどどうでもいいし、くだらんタレントの暴露本など読むだけ時間のムダというものなのに、それさえ平和ボケの日本人にはわからないのだろうか?
 とにかく、その間、沙弥は新作の執筆を続けたが、鳴かず飛ばず、だったようだ。

  春が近付き、ぽかぽかと暖かくなってくると、桜が満開に咲いて、とても幻想的な雰囲気にもなるしウットリとした気持ちにもなるものだ。
 そういえば、私が田舎から引っ越す前にはよく緑川家の飼い犬「ルーカス」を散歩に連れていったものだ。そして、私が去ると、その散歩の勤めはあの緑川沙弥の役目となっていたようだ。でも、あの強烈な性格の沙弥のことだから、またルーカスをいじめてるのかな?少しそこら辺が、私には心配だったのをおぼえている。いや、真剣にルーカスの身を心配した。
 のちに弟子・銀音寺さやかの話しによると、
「仕事の依頼のない日々は、緑川先生は、いやがる犬を連れて散歩するかワープロに向かってました。その合間に食事するか情報収集、って感じでした」
 と、いう。やはり、ルーカスは散歩にいやいや付き合わされていたようだ。
(ちなみに「ルーカス」はセントバーナードのオスで、真っ白で優しい性格の犬である) 散歩は早朝にいくことが多かったという。銀音寺さやかも沙弥に付き合って早起きしてやってきていた。早朝の湖はきらりと輝いてみえたという。きらきらと朝日が差込んで、春風に湖の波間が幾重にもできて、ハレーションをおこす。どこまでも続くような静寂、それはしんとした感傷にも似ていた。
 緑川沙弥は早朝に起き出して、自分の運動がてらルーカスを連れて散歩にいく。それは私が考えるにいいことだと思う。部屋でじっと寝ているよりは散歩でもしていた方がいいに決まっている。特に、沙弥のような病気がちの人間にとっては。
  ある日の朝の散歩でのことだ。
 雲ひとつなく晴れ上がり、湖も山々もきらきらと輝いても見えた。
「こら、ルーカス!あんまり早く歩くな!」
 沙弥は皮ひもを持って歩きながら、言った。
「あの……沙弥」
「なんだ?ブスありさ」
「作家になるためにはどんなことをしたらいいの?」
「なんだよ、突然に」
「お願い。教えて!」
 私は歩きながらいった。それに対して、沙弥は、
「そうだな。努力しろ」
「……努力…?」
「あぁ。後、作品イコール商品だから商品をいっぱいもて!で、その自分の作品のクオリティ(品質)を限界まで高めて……それで文学賞に郵送しろ」
「持ち込みは?」
「そりゃあダメだな。はっきり言って、日本の出版社は『持ち込みの作品』はまともに読まないんだ。結局、期待して郵送してもボツになるのがオチだぜ」
「そう?」
「それと…」沙弥は心臓が二回打ってから続けた。「ぜったいにコピーをとっておけよ。出版社が作品を返却しない…連絡もしない…まったくの無視ってことも多いからな」
「そんなものなの?…知らなかった」
「まぁ、現実は厳しいってことだな。どっかの脳天気なアニメとかみたいに処女作がいきなり文学新人賞とかとって作家デビュー…大活躍!…なんていうのはフィクションで、いきなり作家になれる訳じゃないんだ。ぜったい賞に10回以上は落ちるって」
「……そう」
「だから……諦めるな。一度や十度くらい文学賞に落ちたってな。…私のいう努力っていうのはそういう意味さ」
 私と沙弥は湖の砂辺に腰をおろした。
 ルーカスはワンワンと吠えながら、遠くまで走っていってしまった。
「で………文学賞に何回くらい落ちたの?」
「そうだな。百回ぐらいだな」
 沙弥は愛嬌たっぷりにそういってアハハと笑った。もちろん百回は冗談だろう。でも、どうも五〇回くらいは落ちたようだ。それでも諦めなかったところが沙弥らしい。
 私もつられて笑った。
「こら、ルーカス!もどってこい!」
「……犬が大好きなのね」ほんわりいった。
「まさか、大嫌いさ」
 沙弥は愛嬌たっぷりの横顔のまま、にやりと微笑んだ。それは、とてもほのぼのとした平和な一日の出来事だった。とにもかくにも、緑川沙弥と銀音寺さやかはこうしたほんわりとした感じの毎日を過ごしていたのであった。
「大嫌いだよ………犬なんて、さ」
 沙弥は平然とひとりごとをぼそぼそ言ってから、湖を見ていた。細い前髪がそよ風にさらさらとゆれていた。少し肌寒いためか赤くなった頬は血管が透けるようにみえ、瞳がきらきらと光を反射して輝いてみえた、という。
 それにしてもこの時、彼女はなにを思っていたのだろう?


「くだらん本だ!」
 沙弥は吐き捨てるように言った。それは、嫉妬ではなかったように私は思う。きっと、朱美里の本のことではなく、マンガ雑誌やヘア・ヌードの氾濫する日本という国自体を、「くだらん!」と言っていたのかも知れない。私は今、そう思う。
 とにかくも、こうして沙弥のライバル・朱美里は大活躍し、緑川沙弥は『鳴かず飛ばず』という結果になり、それがかなり続いた。『緑川沙弥は爪を研ぐ日々を…』と言えば聞えはいいが、単に、仕事の依頼もなく陰鬱に暮らしていた、というのが真実だった。
 これじゃあ、司馬仲達vs諸葛孔明、どころではない。アリとキリギリスだ。でも、結局、蟻が勝つんだけど、ね。


  話しは違うが、私の故郷米沢の湖はすべてを受け止めて、包み込み、許してくれるような感じがする。朝は朝日を浴びて波間がきらきらと輝いて、夕方にはオレンジ色というかセピア色というか、とにかく眩いばかりに美しく輝く。ほんわりとした様な、ふわふわとしたような湖を、私はよく思い出す。そして、むしょうに故郷に帰りたくなる。それはきっと、しんとした感傷というものだろう。あの頃の、沙弥がいた頃の故郷に帰りたい、そして、彼女の顔が見たい。なんともいいようのない感傷だ。きらきらとした思い、だ。

「なんだか嫌な天気になってきたわね」
 ペンション『ジェラ』に向かって歩いていた時、私が、雨でも降りだしそうなグレーの曇り空を見上げて、そう言った。
「あ。雨」
 やがてやっぱりポツンポツンと雨が降り出してきた。薄暗い灰色の雲の隙間から透明な雨のしずくがパラパラと落ちて、まわりの道路も何もかもを濡らしていく。私は急いでペンションに駆け込むと、
「良子おばさん、雨!」と、言った。おばさん、こと、沙弥の母親の良子おばさんは「あら、本当!」と呑気にいうと、大慌てで洗濯物のシーツやらを取り込み始めた。それに、私も「私も手伝います」といって手伝った。
 …やがて雨はどんどん激しくなっていく。空も湖もかすみ、なにか湿ったような匂いだけが辺りにただよっていた。雨で髪の毛が濡れたので、私はタオルで拭きつつ、ロビーの椅子に腰掛けた。
「ありがとね、ありさちゃん。助かったわ」
 良子おばさんはそういってニコリとした。
「いいえ。あら?……沙弥はどこですか?」
「沙弥?……あの子は確か、散歩に行ったようね。また羽黒神社におまいりにでもいったのかしらね」
「おまいり……ですか?」
「そう」
 おっとりとおばさんは言った。そして、「そういえば…沙弥、傘持っていかなかったわ」と続けた。「大変だ!それじゃあ、濡れちゃいますね?」
「そうね、雨に濡れるのはあの娘の病気によくないわ」
 私は「じゃあ、私、先生の迎えにいきます!」と言った。そして、傘を二本持って、とにかく外へと駆け出した。
 雨はやがて強くなり、ザアザアと音をたてて降りつけてきた。薄暗い灰色の雲から大粒の雨が落ちてくる。それは何か、空が泣いている、ようにも思えたという。
 彼女は帰宅した。すると仙台でコンビニを経営している筈の「猿男」こと沙弥の実兄の緑川和宏が来た。とたんに沙弥にしたり顔で説教しだす。自分を「成功者」だと勘違いしているのだ。「なあ沙弥…人間万事塞翁が馬、背水の陣、脳ある鷹は爪隠すって」猿はもっともらしい顔で「釈迦に説法」をする。「いらねえよ、猿!糞説教など…金のほうがありがたい」「金欲しいのか?」「…当たり前だろう?」「お母さんやお父さんはお前のことを大人だと認めているけど…俺はお前を大人だと認めてない」和宏はしたり顔で言った。彼女の病気の症状どころか病名さえ知らぬ無知・猿だった。
、沙弥は「お前はばばあに借金しにきたんだろう?どっちが子供だ!」と怒鳴った。灰皿を投げつけ、猿の額にヒットする。和宏は「ちくしょう」と額を手で抑え逃げ去った。そのまま仙台に遁走したのだ。
「俺はなんでもできるんだ!俺中心に世界が回ってるんだ!」
 そう笑ったとき、この男は地獄へ向かって、すべりおちていった。



沙弥さや・AKB大島優子主演nhk朝ドラ原作アンコール連載小説4

2013年06月17日 07時30分11秒 | 日記
         小説家志望




  今、ぞぐぞくと「作家志望」の日本人が増えているという。
 カルチャー・スクールで、とか、新人賞狙いで、とか、とにかく増えてるという。一説には1万人は志望者がいるらしい。もちろん全員が全員、品質の高いものを書く訳ではな            
いから1万人の下剋上…ってことでもあるまい。
 当時の沙弥もそのひとりだった。
 なぜ、作家に憧れるひとが多いのだろう?直木賞作家の高橋義夫氏によれば、勘違いからだろう、って言ってた。作家になれば楽ができる、とか、原稿とぺんだけでいいから手軽、とか、出版してすぐにベストセラーで金持ちになれる、とか思ってるんじゃないですか?それで作家志望者が増えてるんでしょう。って言ってた。
 こういうひとたちは(自分もなのであまり大声ではいえないが)日本の出版不況がわかってないのかも知れない。今や日本人のほとんどは一ケ月に一冊の活字本も読まない、って現実がわかってないのだ。
 日本の出版社の編集員は、上司から、「作家に出版しようとか間違ってもいうな」と釘をさされているという。出版して売れる本は、日本ではマンガかゲーム戦略本かヘア・ヌード、アイドルの写真集、と相場が決まっている。活字本は、有名作家や有名タレントのものでもないかぎり売れない。「くよくよするな」とかいう本もあるが、あれは外人有名作家だから売れるのであって、内容はD・カーネギーの「道は開ける」のパクリ。ただの、パクリ、だ。「ハリー・ポッター」なんてのは宮崎駿のアニメと指輪物語のパクリだ。
 まぁ、出版されて売れただけマシだけどね。

  沙弥ももちろん、その「作家志望」の人物のひとりだった。彼女は、なにかというと執筆していたな。内容は知らないが、だいたい分かる。それらを執筆して、推敲を重ね、コピーをとって郵送する。でも、当時は沙弥の作品は認められることはなかった。「あなたは一生一般向きのちゃんとした小説は書けませんぞ」などといわれたり、「ひとの読む水準に達してないんだよ」などと罵倒されたりしたという。作品を出版社に送っても、ボールのようにポンポンと(出版を断って)原稿が戻されることがしばしばあったという。それならいいんだが、何の返答もしない作品の返却もしない”まったくの無視”ってのも多かったという。
「物書きになる、などという野心はいますぐ捨てて、裁縫や料理でも習ったらよい」      
 と、戒める人間までいた。
 まぁ、最初は誰でもこんなものである。
 いきなりベストセラー作家とか青木賞、ノーヴェル…などというのはある訳がない。沙弥にしたってそれくらいわかっていただろう。
 G・B・Sやモンゴメリやオールコットもそうだった。

  高校時代の沙弥も、やっぱり病気がちだった。執筆は順調とはいえ、出版や文学賞もダメで、陰鬱な日々が続いた。こうして長編小説が五編できた。この頃には例の「ゴルバチョフxゴルバチョフ」や「小説・上杉鷹山」「あゆみ」「北朝鮮よさらば」「西郷隆盛」「勝海舟」「アンネ・フランク」………などの作品も完成していたが、誰も審美眼がなくてその凄さがわからなかった。私も実は、知らなかった。だって沙弥は原稿を読ませてくれないのだから、わかるハズもない。
 沙弥は、その原稿をあらゆる出版社に送ったが全部突き返された。次作を是非拝見したいという出版社もあるにはあったが、どの出版社も頑として受け付けない。
 ちなみに沙弥の作品は、文章に問題があった訳ではない。思想に問題があったのである。
 そんなこんなで心労が溜まり病状が悪化して、沙弥はその年の9月に入院してしまった。 私が沙弥が倒れたってきいたのは、近くの湖をみていた時のことだった。
「ありさお姉ちゃーん!大変ーっ!」
 っていって、まゆちゃんが駆けてきて大声でいった。「……どうしたの?」
「はあ…はあ…お姉ちゃんが倒れたの!大変!」
「……沙弥が?!」
 私は焦り捲ってきいた。
 …沙弥が倒れた………沙弥が……
 私はあぁと空を見上げた。
 沙弥はすぐに入院してしまった。私は真っ赤な顔をしてうんうんうなりながら、救急車で運ばれる沙弥をただ見送った。それはほんとうに緊迫した瞬間だった。…確かに、沙弥はこれまでも何度も入院はしていた。しかし、倒れたのはこれが初めてだった。……そんなこともあってものすごく切ない気持ちになった。
「だいじょうぶかなぁ?お姉ちゃん」
 病院へ向かうタクシーの中で、まゆちゃんが寂しく呟いた。
「だいじょうぶよ、まゆちゃん。沙弥が入院するなんて……いままでだっていっぱいあったじゃない」私は明るく装って、言った。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「本当?」
「えぇ、そう。心配ないって…」
 私は言った。でもそれはまゆちゃんに言ったのではなかった。自分に言いきかせたのだ。 …沙弥はだいしょうぶだ……って、自分に。
「そうね」
 まゆちゃんはゆっくりと頷いた。その瞳はどこか遠くをみているような感じで、心細く見えた。私はそんなまゆちゃんの胸の中にあるものが痛いほどわかった。
 きっと、このまま沙弥が遠くにいってしまいそうな不安にかられたんだろう。私もつらかったけど、「だいじょうぶよ」って無理に笑顔をつくり、
「きっとまた元気になって、ガラスとか割って暴れるわよ」
 と冗談をいった。
「そうね。きっと……」
 私たちは青空の下で、確信したように頷いていた。
  やがて夕暮れとなり、やっと面会が許された。
 辺りはセピア色だった。そのベットに沙弥が寝ていた。それはかけがえのないほど可愛くって、しかし、今にでもすうっといなくなってしまいそうな表情だった。沙弥はすやすやと眠っていた。まるで白雪姫のように。
 医者の先生は「だいじょうぶ」といった。大丈夫なのだ!沙弥は今回はだいじょうぶ、なんだか私は、胸に熱いものが込み上げてきて、涙がでそうになった。
 沙弥、沙弥、愛してるよ、だからずっと死なないで、少なくとも私より先に死なないで。私はそう祈った。
「………お姉ちゃん…」
 まゆちゃんは眠っている沙弥の手をにぎり、呟いた。
 私はすっと側により、まゆちゃんの肩をそっと抱いてあげた。とにかく安心した。医者もだいじょうぶっていってくれてるし、沙弥だってすぐによくなるに違いない。
 私はニコリとした。

  それからしばらくして、私は沙弥の見舞いにいった。
 すると沙弥は起きていて、ベットの机の原稿に向かっていた。またまた執筆だ。
「……沙弥、だいじょうぶなの?そんなに気合い入れて」
「あぁ、ありさか。だいじょうぶさ。書かなきゃ作家になれねぇだろ?」
「…そりゃあ……そうだけど」
 私は笑った。そして、
「どんなの書いてるの?」と、尋ねた。
「内緒……まあ、伝記物だよ」
「伝記物?」
「あぁ」
「誰の?読ませてよ…」
「ダメ!」沙弥は拒否した。出版が決まり、本になってから読ませるっていうのだ。
 いつになることやら、ってその時、私はそう思った。
  私こと黒野ありさの父がエリート銀行員だったころは今や昔。
 なにを思ったか、ありさパパは「脱サラだ!食堂始めるぞ」なんて言い出して、それで本当に銀行を辞めてしまった。それが私が高校生の頃…。そして父は、東京から地元に帰ってきて「修行」の日々となった。
 コックというか食堂の料理人の修行だ。「料理」の。
 この高校時代、私はほんとうに忙しかった。なんせ東京の大学受けるって決めてたからだ。とにかく有名大学や難関大学は避けて、私でも入れる大学を、と思った。私は天才ではないし、頭もあまりよくない。沙弥のほうが頭はいい。(でも、沙弥は大学にいかないっていってた)とにかく、私は大学ならどこでもいいって思ってた。そう思いながら受験勉強をコツコツしていた。
 父は東京で食堂を始めるって言ってたので、私も母も、”東京に一緒に行こう”って決めてた。
  その頃、沙弥は?というと、趣味に没頭していた。
 まず、パソコン。今ならウインドウズやヤフー、エクセル、ワードとかインターネット、Eメール、なんていろいろあるんだろうけど、沙弥のやっていた頃は、ベーシックだのマシン語やコボル…などなどで、彼女はつまんないゲームを一生懸命作っていたっけ。
 それから作詞・作曲。
 シーケンサやリズムマシンなど内臓のオールインワン・シンセサイザを購入(もちろんローン)して意味不明の曲を作曲し、詩をいれてた。これはちょうど沙弥が、TM NETWORKの小室サウンドにインスピレーションを受けて「音楽」にインスパーンしたもので、あまりきいたことないから曲の品質まではわからない。でも、プロに編曲してもらえばイケるかもしれない。あとは沙弥ではないボーカルだろう。(沙弥は音痴なのだ)
 それから絵。
 これは沙弥が「宮崎駿アニメ」に影響を受けてやっていたもので、油絵やデザイン画、自分の作品のキャラクター・デザインなど、いろいろ描いていたっけ。油絵の方はルノワールに影響を受けたという。
 そして執筆。
 はっきりいって沙弥は、前述の3分野よりも作家として才があるように思う。作家だけにしとけばいいのに、音楽やら絵やらパソコン、と欲張る必要はないのだ。
”二兎追うものは一兎も得ず”なんてね。
 すると沙弥は、
 ”成せば成る、成さねば成らぬ何事も、成らぬはひとの成さぬなりけり”…と上杉鷹山の格言を言ってニヤリとした。
「…成せば成る?」
「あぁ」
 沙弥は強く言った。で、私は相手にしないことにした。



  沙弥がモラトリアム的なことをやっている間、私こと黒野ありさは受験勉強に励んでいた。沙弥の文学作品はボツだらけ、絵や音楽、脚本にいたってはゴミ扱いだった。
 それでも彼女は諦めなかった。
”なせば成る、なさねば成らぬ何事も、成らぬはひとのなさぬなりけり”、である。
 私も諦めなかった。
 受験勉強中、何度も沙弥が邪魔しにきて、「サクラチル」だのと何度も言ったり、くだらないおしゃべりで邪魔したりしてきた。でも、私は相手にしなかった。
 そして、遂に私はやりとげた。沙弥のイヤガラセにもめげず成し遂げた。そう、大学に合格したのだ。そして、東京の大学にいくため、と、父親が東京で『黒野食堂』をつくるので一緒に上京するっていうので、皆に「さよなら」を言った。
 私の母は、本当に長い間、父が単身赴任で東京にいるときから、家族皆で暮らす日をまっていた。ほんとうに長い間まっていたのだ。
 今は亡き私のお婆ちゃん(父の母)の看病をしながら、ひたすら待っていた。
 そしてやっと家族三人で暮らせる日がきたのだ。
 母はそんなに強い性格のひとではない。しかし、さしてつらそうでもなく見えた。それはそう明るくふるまっていたせいもあろう。とにかく母は明るくふるまい、強くふるまっていた。それは、こんなの何でもないわ、っていう強がりだったのかも知れない。
 愚痴にしても笑っていうので、きいてる良子おばさんも愚痴にきこえなかったに違いない。母はそんなひとだ。
 とにかく母と私の二人で父を待って暮らした日々は、私たちの多くのものを見せてくれた。
 うららかな春が近付き、気温もなんとなくポカポカと暖かくなってきて、いざここを離れるとなるといろいろ考えてしまった。窓から見える山々も、澄んだ空も湖も、なにもかもが明るく私の胸にしみわたるような気がした。そして、私がいなくなったら沙弥はどうするんだろう?、って思った。
 田舎暮らしの最後の頃、私は緑川家に飼われていたルーカスという名前の犬をよく散歩に連れていくようになった。ルーカスは白くて大きいセントバーナードのオスだ。
 散歩は早朝にいくことが多かった。早朝の湖はきらりと輝いて見えた。きらきらと朝日が差し込んで、春風で湖面に幾重もの小波がたち、ハレーションをおこす。どこまでも続くような静寂、それはしんとした光景だった。
 いつ頃からか、沙弥も散歩についてくるようになった。それは好ましいことだと私は思った。やはり部屋でじっとしているよりは散歩でもしたほうがいいにきまってる。特に、沙弥のような病気がちな人間にとっては。

「ねえ、湖みにいこうよ……沙弥」
 と私はこの土地を離れる前に彼女に言った。初春の荒れた湖を近くでみてなんになるのか、だけどどうしても私はみてみたかったのだ。
「あ?…しょうがねぇな」
 沙弥はしぶしぶ言った。
 初春の荒れた湖。
 つめたい風とあたたかい風がまざったような春風がふいて、やわらかく頬にあたった。だが、それはやはりつめたい。山の頂きにはまだ残雪が残っている。さすがにこんな光景をみようなんて物好きもいないらしく、人影はなかった。だけど不思議なもので、湖を見ていると、寒かろうが暑かろうが、独りだろうと大勢だろうと、そんなことは忘れてしまう。何か別の世界に引き込まれたような、それでいてはかないような湖の光景…。
 ずうっとずうっと見てても飽きないだろう。だけど今まではあまりにも身近にありすぎて、波の音や森の匂いや切ないほどの風景も、なにも改めて思うことはなかった。
 私はこの土地を離れることも、この湖を離れることもないだろう、と今までは思っていた。だけどそれは違った・これからはこの土地や仲良しの友達とも別れてしまわなければならないのだ。私が生まれ育った場所から突然に、私の存在が消えてしまう。いろいろななつかしい思い出とともに…。そんな現実を受けとめるには、あまりにも私は若すぎて、とても心細かった。
「沙弥、私、本当はここを離れたくない!ずうっとずうっと、皆と一緒に湖を眺めながら暮らしたい」と私は思わず泣きそうになりながら言った。
「バーカ」
 と沙弥は寂しげな横顔のままいった。長い黒髪が冷たい風に揺れていた。あんまり寒いので白い肌は少し赤くほてり小刻みに震えていて、それでも瞳だけはきらきら輝いていた。…それから、しばらくの静寂をやぶるように沙弥はフト、平然と言った。
「バーカだね。何かを得るときにはなにかを失うってのは当たり前のことじゃないか。それがわかんないなんて、ありさってガキだねぇ」
「でも……」
「胸をときめかす思い出だとかなつかしい光景だとかなんてさぁ……東京いったらすぐに忘れちまうさ。人生には出会いもあれば別れもある。それが普通じゃないか?」
「う、うん」
「まぁ、心配すんなよ」沙弥はいやりと笑い、続けて「あたしだってすぐに東京にいくさ。作家になって文壇デビューしたらさぁ。……まぁ、『作家先生』ってとこだな。そうしたら上京って訳。そんときは身分が違うからな、ありさとあたしは」
「どんな風に…?」
「作家先生と凡人の学生……ってね」
「なにいってんだか」
 ふたりは笑った。
「あっちついたら手紙出すわ」と、私は思い出したように明るく言った。
「あぁ」彼女は横顔のまま答えた。
「小説……どんなの書いてるの?」
「秘密」
「教えてよ、ねぇ」
「うるさいんだよ、ブス。とにかく……風邪ひいちまいそうだから帰ろうよ」
 沙弥は悪態をつきながら言った。
 でも、それはなんとなくはかないような愛しいような、そんな風にも見えた。

  それから私は近所のひとに別れをいったり、同級生だった女の子たちに別れをいったり、高校時代にちょっと付き合っていた男の子に「さよなら」をいったり、いろいろした。そんな律義なところは母親ゆずりだな、と私はひとりで思った。沙弥なら誰にもなにもいわずに出ていっちゃうんだろうけど、私にはそんなことはできない。これは性格の違いだ。 母も母で、近所のひとみんなに挨拶してまわっていた。それはきらきらと輝くようなやさして思い出でもある。そしてそれらを思い出す時、私は胸がきゅんとしめつけれられるような感傷を感じるのだ。
  ここで、沙弥にきいた入院中の面白いエピソードを紹介したい。
 まず、入院中、病棟で遭遇した変態男・T橋和則……
 この男、知恵遅れでつるっ禿げで四十二歳で、とにかくおかしいという。つるっつるの頭をタオルで磨き、よだれをたらしながら「ウォーター! ウォーター!」とフルチンで(やだぁ!)踊りながら近付いてくる。
 処女で、男と寝たこともない沙弥だったが、気味が悪くて戦慄した。
 そして、おもいっきり蹴りをくらわしたという。
 和則は顔面に蹴りを受けて気絶したという。
 そして、デブスのA達みゆき……
 このお笑いタレントの山田花子のような娘はレズで、沙弥に何度も抱きついては「好きよ」などといったという。S藤記子というクレイジーなオバさんは沙弥に、
「あなた皇太子妃?」などときいて「握手して! 握手して!」などという。
 オペラ男・O島三平は病棟で「マリア マリア マリア…」とずっと狂って歌っていたという。沙弥は嫌になって「早く退院させてくれ」と頼む。
 すると主治医の竹田聡先生は「きみの病状が改善してからね」という。
 地獄のような日々だった……とのちに沙弥は回想してたっけ。           


沙弥さや・AKB大島優子主演nhk朝ドラ原作アンコール連載小説3

2013年06月16日 01時17分47秒 | 日記
         学生時代の沙弥




  学生時代の沙弥は、苦労の連続だった。
 まず、病気、入院、通院、そして、『イジメ』である。
「イジメなんてどこの学校でもあるんじゃないの?」というひともいよう。もちろん、その通りで、日本では必ず学校にひとつかふたつは『イジメ』があるのが普通だ。閉鎖的で学歴主義、偏差値主義で自由ってもんがないから、日本の学生はイジメやら売春やら強盗やら麻薬やら学級崩壊と、とにかく酷い。ストレス発散のためのイジメだ。
 でも、私たちが学生の頃は、まだそんなに酷くはなかった。『イジメ』はあったが、自殺に追い落とすほどではない。確かに、やられたイジメられっ子には気の毒だが、自殺するほど追い詰めたりはしない。今の学生と違って、「加減」を心得ていたのだ。(私こと黒野ありさはイジメに加わってない)昔のイジメは、可愛いもので、相手を無視したりバイ菌扱いするくらいで、今のように大金を要求したり、暴力をふるったり、ってのはなかったな。もっと昔は、イジメがあるとイジメっ子をかばうひとも必ず現れて、そんなに拡大はしなかったという。昔はイジメられるのは金持ちの秀才で、イジメるのはガキ大将、ってもんだった。
 だが、今は違う。
 イジメられるのは必ず、虚弱体質で病気がちの子供や、皆と違っている子だ。つまり、「皆と違う」っていうのがイジメのターゲットになってしまう。「皆と違う」っていうのが日本では罪になってしまうのだ。おかしな話だ。
 そう考えると、沙弥は『病弱な変人』だったから、「皆と違う」っていうのは当たっている。
 確かに、沙弥は皆と違う。
 しかし、性格は悪かったが、彼女は美人だったし、文章の才、いや天才をもっていたのだから評価されてしかるべきで、なにもイジメのターゲットに選ばれることはなかった。 でも、世の中には「嫌な人間」もたくさんいる。悪口やいやがらせ、罵声、投石、嘲笑、そんなことを何の理由もなくやるような人間は残念ながら沢山いる。これが現実なのだ。 だが、沙弥はそんな連中には負けない。

 沙弥が本気で怒った時、彼女はなにかのオーラを出す。
 もちろん、緑川沙弥ときたら、毎日のように怒ったり、癇癪を起こしたりしている。が、そういうのではなく、本気で怒った時は、もう誰も手がつけられない。
 あれは確か、中学2年生の頃だったか。
 私と沙弥は、学年も学級もクラスも違う。でも、彼女の怒りの激しい姿、阿修羅のような姿を目撃した。あれは6月くらいだった。学校でのことだ。
 ガラスの激しく割れる音をきいて、他のヤジ馬たちとともに階段を降りて、音のしたほうに私は駆けた。そして、発見した。
 緑川沙弥の怒りの姿を、である。
 通路の窓が割れていて、彼女のまわりにはガラス片が散乱していた。沙弥の右手は血だらけだった。ガラス屑の上に、沙弥は阿修羅か毘沙門天の如くスッと立ち尽くしていた。 きっと拳でガラスを割ったのだ、そう一瞬で私は考えた。
 沙弥の目の前には、数人の女の子がいた。こいつらが沙弥をイジメた、っていうかからかったのだ。病気のことを。それで沙弥が「キレて」、ガラスを割った。
 沙弥は真剣な顔で、そのイジメッ子たちをキッと睨んでいた。
「もう一度言ってみろ!」
 沙弥は怒鳴った。
 数人の女子学生は無言だった。呆気にとられていた。すると、沙弥が
「このやろう!」って言った。そして拳を振り上げた。ーだから、
「沙弥、やめなさい」
 と、言いつつ私は彼女をとめようと近付いた。「だめよ、怪我してるじゃないの。…早く保険室にいきましょう」
「……うるせい、ありさ。ほっといてくれ」
 沙弥は言った。ほとんど抑圧のない声だったが、恐ろしい表情だった。
「…………沙弥」私は茫然として、動きをとめた。そうしていると沙弥が、右足で床のガラス片を蹴り、ジャリジャリという音が響いた。そして、「今度、あたしのことを馬鹿にしたら……殺す」といってから沙弥は身を翻し、駆け出し、校舎から出ていった。そのまま走り去った。
 それでしばらくしてヤジ馬もいなくなってきた。でも、私はその場で茫然としてしまった。ガラス片と沙弥の血痕をじっと見た。そして、泣きたいほどの感情に抑えつけられた。 ………なんて娘だろう。病弱のくせに…あんなことを…。殺す…?イジメっ子たちを? これが、沙弥の「本気の怒り」の最初である。
 私はなんだか泣きたくなった。でも、泣いたら負けだ、と思ってじっと上をむいて耐えた。でもそれは無駄だった。涙が瞼を刺激して、私はポロポロと泣いてしまった。

  沙弥はいつも病気だ。
 というより、緑川沙弥は生まれた時から病気がちだった。病名は知らない。で、病気で入院、通院、ってことが多かったから、当然、学校も休みがちになる。それは仕方のないことだけれど、彼女はそれが嫌で嫌でたまらないかのようだった。「勉強好き」ってのとは違う気もするが、とにかくそうだった。「学校にいきたい」っていつもいってたっけ。 私は「学校に行きたくない」っていってたけど。
 とにかく、沙弥はいつも病気だ。

  ところで、まゆちゃんはどうしてたのか?って疑問に思うかしら?
 緑川まゆ、そう、沙弥の妹だ。
 まゆちゃんは本当にいい子で、あの頃は確か小学生くらいだったか。丸い顔に可愛い瞳で、髪を両方でおさげにしている。とても可愛い『お人形』のような外見のまゆちゃんは、昔、とても内気な女の子だった。兄は?って?緑川和宏?あれはダメだ。どうしようもない。(いい過ぎでした)緑川和宏は沙弥よりふたつくらい年上で、猿顔の長男だったが、簿記かなにかの専門学校にいった後、宮城県でコンビニを始めた。今は結婚していて、子供もいる。だが、彼の説教グセと偏見がいやで、沙弥は緑川和宏を嫌っていた。
 緑川和宏に比べれば、緑川まゆは最高にいい子だった。いい子ちゃんだった。沙弥も和宏もあんな感じだから、まゆちゃんは緑川家の”天使”だった。
 でも、まゆちゃんも前までは内気で、暗い感じの娘だった。
 あまり話しもせず、部屋に閉じ籠り、本だけ読む、それは父の死を境にそうなっていた。病理学上でいうと「鬱病」と「自閉症」みたいな感じか?どうかはわからない。
 とにかく内気で、他人と話さない子だった。
 父・緑川彰の死が、『トラウマ(心の後遺症)』になったんだと思う。もう、今では元気いっぱいの女の子だが、前まではそんな感じだった。



  沙弥は人知れず”努力”を重ねた。
 まず、膨大な量の資料本を読み、乱読し、咀嚼した。そしてそのデータを元に、エッセイやら小説やら経済本やらの原稿を執筆しだした。始めたばかりの執筆だから、拙いところもあったろうが、こうして沙弥の『執筆活動』が開始された。
 そんな彼女を理解してくれるひとは、只一人、おばあちゃんだけだった。
 沙弥のおばあちゃん、緑川こう、は、その当時緑川沙弥の唯一の理解者だった。
 しかし、この時誰が予想したろうか?緑川沙弥の唯一の理解者、こうおばあちゃんが死んでしまうとは……。

 あの日のことは今でも忘れられない。
 ちょうど、夏休みで、私は沙弥たちのペンション「ジェラ」の部屋にいた。私の自宅は隣りなので、ちょくちょくそこにきていた。
 夏のまぶしい太陽がぎらぎらとしていて、暑い一日だった。ほわほわと入道雲が空のブルーに浮かんでいて、みんみんと蝉がうるさい。うだるような暑さ、だ。
 真夏の陽射しが湖に差し込んで、辺りがきらきらとハレーションをおこす。そんな瞬間を眺めていたら、なんだか私の心までほんわかほんわかしてしまっていた。
「スイカ食べなせい、美味しいよ」
 ふいにおばあちゃんがきて、お盆にのせた西瓜をもってきてくれた。それはとても美味しそうな真っ赤なスイカだった。
「ありがとう、おばあちゃん」
 私は礼をいった。
 そして、「沙弥は?おばあちゃん」と尋ねた。
「今、眠っているみたいだったから……後で食べさせる」おばあちゃんは笑顔で言った。 私は西瓜を食べて「おいしい」と言って笑顔になった。
 …本当に甘くて、みずみずしくて、美味しかった。
「んだが、んだが」
 おばあちゃんは満点の笑顔になった。
 だが、その時、誰が予想できたろうか?おばあちゃんが倒れるなんて……。
「うう…っ」
 おばあちゃんはそう唸って、胸を抑えて苦痛の顔になった。そして、両膝をつき、倒れ込んでしまった。私はあせって、とにかく動揺して、
「おばあちゃん!おばあちゃん!」
 と、声をかけた。そして、動揺して周章狼狽しながらも良子おばさんを呼んだ。で、すぐに救急車を呼んで病院までいった。米沢市の「船森病院」だ。
「…もうダメです。後一日ももたないでしょう。心臓の動脈が破裂していて…」
 医者は淡々と言った。
 おばあちゃんは酸素マスクをつけられ、心音と血圧を計る機械をつけられていた。意識はあったが、もうダメなようだった。
「おばあちゃん、私……ありさ。わかる?」
 そうベットのばあちゃんに声をかけると、ばあちゃんは頷いた。何か言ってるが、何をいってるのかわからなかった。そうすると、沙弥がきて、
「ばあちゃん、沙弥です」
 と声をかけた。するとおばあちゃんはうなずいて、何か言った。だが、何をいってるのかわからなかった。「がんばって」沙弥は寂しく言った。
 するとおばあちゃんはうなずいて、何か言った。
 それで終りだった。次の日、午前8時58分、おばあちゃんは死んだ。…享年八十七才だった。私はショックで、病室から出て、とにかく走ってしまった。涙が頬をつたった。悲しかった。泣きたかった。…あんなに優しいおばあちゃんが死んでしまうなんて。世の中どっかおかしいよ!

  通夜の後、火葬とあいなった。
 私はずっと泣いていたが、沙弥は泣かなかった。まゆちゃんも泣いていた。一時間ほどして、火葬は終り、運ばれてきた時はすでに白い骨がいっぱいあるだけだった。それを骨壺につめると、それで葬式へと突入した。
 普門院で葬儀。袈裟姿の坊主が念仏を唱えはじめると、私は気付いてしまった。
「…沙弥がいない……」
 あの緑川沙弥がいなかった。どこにいったのだろう?
 そう思っていると、外でひそかに泣いている沙弥を発見した。「……沙弥…」私は言葉をかけられなかった。あの沙弥が泣いている。きっと、唯一の理解者がいなくなって泣いていたのだ。悲しくって泣いていたのだ。でも、彼女は、そういう姿を他人に見られたくないという性格だ。だから、人知れず泣いていた。誰にも知られないように……。
 私は、彼女をそっとしておくことにした。
 そのほうが沙弥もいいだろう。そう思った。
  葬儀も終わると、沙弥が冷酷な顔(?)で登場して、「ばあちゃん、さよなら」っていって墓まいりに参列していた。
「…沙弥……だいじょうぶ?」
 私が尋ねると、彼女は、
「何が?」ってサバサバと言った。
「……おばあちゃんが死んで……」
「……人間はね、必ず死ぬんだよ」
「…………うん。それで?」
「それだけ」
 沙弥は横顔のまま、ニヤリと言った。
”人間はね、必ず死ぬんだよ”?これは当たり前のことだ。しかし、沙弥のような病弱な人間がいうと現実感があった。そう、人間は必ずいつかは死ぬ。
「遅いか、早いかの違いだけさ」
 沙弥はくすっと笑った。
 それはきっと自分に言ってたんだろう。”……人間はね、必ず死ぬんだよ””遅いか、早いかの違いだけさ”って……?きっとそうだ。
 そうに違いない。



我が家のメス猫チャオの子供の成長にハッピー!緑川鷲羽

2013年06月15日 12時59分51秒 | 日記
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2013年06月15日 12時59分27秒 | 日記
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2013年06月15日 12時59分05秒 | 日記
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2013年06月15日 12時58分40秒 | 日記
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2013年06月15日 12時58分16秒 | 日記
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2013年06月15日 12時57分49秒 | 日記
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2013年06月15日 12時57分25秒 | 日記
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2013年06月15日 12時55分05秒 | 日記
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沙弥さや・AKB大島優子主演nhk朝ドラ原作アンコール連載小説2

2013年06月14日 05時39分13秒 | 日記
         幽霊屋敷


                                     
   私の名前、「黒野ありさ」、なんてけっこう洒落てる名前でしょ?もちろん、沙弥なんて名前も洒落てるって思う。そう、あの緑川沙弥、だ。
 でも、考えてもみれば、黒野ありさが「作家のまねごと」なんて、笑ってしまう。沙弥じゃあるまいし、一日中部屋の中にいて、机の原稿用紙にむかっているなんて、私としても信じられない。でも、彼女のことを知っているのは私だけなんだから、頑張らねば。
 伝記ものの小説、となると、難しく考えがちだが、たいしたことはない。なにも歴史小説で、上杉謙信がどうの、とか、織田信長がどうとかニュートンがどうとか書く訳じゃない。あの、緑川沙弥のことを書くだけだ。私なりにね。まぁ、拙い文章部分は読者諸君にご理解いただいて、私は私なりに頑張って書く。それだけだ。

  緑川沙弥は、1970年1月6日に生まれた。誕生地は米沢市。米沢は、上杉の城下町として全国的に有名なところだ。米沢の有名人は、上杉謙信や上杉鷹山などだが、そのほかにも米沢牛や鯉の旨煮など物産も多い。それ以外は日本中の街と同じように、静かで自然がいっぱいで風光明媚な所だ。私が残念なのは、以外と米沢では緑川沙弥の名は知られてないことだ。彼女のような作家は有名になってしかるべきなのに……。でも、沙弥は『変人』だったから、それがバレて米沢の著名人のメンバーから外されたのかも知れない。
 緑川沙弥という赤ん坊は、未熟児も未熟児…。いつも病気がちで、母親も親戚も甘やかすもんだから、性格ブスで嫌な女の子に育った。でも、だからといって沙弥は『ブス』ではなかった。彼女は美少女だった。小さくて丸い顔、大きな可愛らしい瞳には睫がびっしりと生えていて、髪が長く、全身や手足がきゅっと小さくて細くって白い。彼女はまるで妖精のようだった。それぐらい可愛い娘だったが、性格は悪かったように思う。もっとおしとやかなら”良家のお嬢さん”で通るのだろうけど、あのイヤミな性格は、今思い出すと笑ってしまう。
 しかし、私は彼女に被害を受けたのだ。でも、被害はたいしたことはない。悪口を冗談でいわれたり、邪魔しにきたり、そんな程度だ。私なんかより、母親の良子おばさんや妹のまゆちゃんのほうがもっと被害にあっている。だから、私は、愚痴はいわない。   
  沙弥のお父さんは緑川彰、お母さんは良子、妹がまゆ、兄が和宏といった。
 彼女の亡き父・彰おじちゃんは警察官だった。”亡き”とは、当たり前だが、亡くなったので、彰おじちゃんが死んだのはもうだいぶ前だ。まだ私も、沙弥も、幼かった頃。
 なぜ死んだのかは後述するが、はっきりいってしまえば、殉職、である。
 そう、殉職、だ。
  沙弥のお父さんもお母さんも、彼女の理解者だった。
 沙弥のお母さん、良子おばさんはその時、まだペンションをやってなくて、主婦だった。ペンションをやりはじめたのは、彰おじちゃんが死んでからだ。それまで良子おばさんは平凡な主婦だった。…私(黒野ありさ)は?というと、沙弥と同じくらいに生まれている。彼女とは近所なので、幼馴染みってところ。
 だから、緑川沙弥のことはたいがい知ってる。
 もちろん知らないことの方が多いが、その人が死んでから”いいかげんな”伝記を書こうとする”他人”よりは、緑川沙弥のことを私はよく知っている。
 沙弥がなぜ作家になりたいと思ったか、知ってます?
 そう、ゲーテです。ゲーテ。
 彼女は、小学生の時、図書館でゲーテの詩集を読んで、「作家になろう」と思ったそうです。「なんか、強烈なインスピレーションを受けた」とかなんとか言ってたな。
 しかし、私なんかは”その話は嘘っぽい”って感じもします。
 だって、小学生で「ゲーテ」ですもの。
 それに、ゲーテって詩人でしょ?そう思って、私は沙弥に尋ねた。
「ゲーテって詩人でしょ?(実際にはゲーテは詩のほか小説や戯曲や政治や絵画や音楽といろいろやった)なんで詩じゃなくて作家なの?」
 すると緑川沙弥は言った。
「詩ではペイしない。作家ならペイするがな」
「ペイって?」
「馬鹿だね、ありさは……。ペイっていうのは儲かるって意味の英語。詩人ではメシを食っていけねぇっていうの」
「作家ならなんとかなるっていうの?」
「まぁな」
「ふ~ん」
 私はそう言った。
 そういえば、最近日本では、一か月に一冊の活字本も読まないって人間が増えているという。ただし、本を読む時間がないからではない。漫画やワイドショー、トレンデイ・ドラマ…そうしたものだけ観て、時間をツブしているのだ。それで、今、出版不況で、出版社の編集員も上司から、「間違っても、出版しよう、と作家に言うな」と釘を刺されているという。自費出版などなら別だが、日本では有名タレントや有名作家以外で(自腹でなく)本を出版するのは「至難の技」なのだ。だから、日本の本屋は、マンガ本やヌード写真やアイドル本などだけが溢れかえっている。だから、作家でもペイしないかも知れない。
日本の文壇最高位・青木賞受賞など、夢のまた夢の世界だ。

  緑川沙弥の父親、緑川彰が死んだのは、彼女が小学生の時だ。
 まだ、私も沙弥も幼い頃。米沢の銀行に強盗が入った。そして、そのふたり組の男たちは車で逃走。で、米沢警察署の警官が総動員された。もちろん、彰おじちゃんもだ。
 ハリウッド映画並のカーチェイス、というのはなかったらしいが、ふたりの強盗は検問にひっかかった。そして、警官が職務質問しようとして車に近付いた時、強盗のひとりが拳銃を発砲した。警官ひとりの腕に着弾し、警官は血だらけで倒れた。そのスキに強盗の車は急発進!その前に立ち塞がったのが、沙弥の父、緑川彰だった。
「危ないっ!」
 そう思った時にはすでに遅く。彰おじちゃんははねられ、地面にはげしく転がった。強盗の車もそのはずみでハンドルを狂わせ、橋のらんかんに衝突した。強盗は即死でもよかったが、彰おじちゃんも即死だった。
 私がこの事件を知ったのはTVニュースでだったが、沙弥や沙弥のお母さんらにはもっと早くに訃報が入ってたらしい。皆、顔面蒼白だった。
 とにかく、こうして沙弥の父、緑川彰は死んだ。殉職だった。           葬儀の時の、沙弥の顔を私は今でも忘れることができない。あの娘は、泣かなかった。ただ、悲しくないからじゃなくて、必死に我慢しているようだった。泣くまい、と決めているような表情だった。”泣いたら負けだ”とでも思っていたのか?
 とにかく、沙弥は泣かなかった。
 しんとした葬儀のあと、数年後、良子おばちゃんは「ペンションを始めよう」と決意する。まぁ、殉職した彰おじちゃんの生命保険や退職金などがあったが、それだけでは足りない。長男とふたりの娘を養わなければならない。学校にも通わせなければならない。沙弥の治療費も膨大だ。そんなこんなで、良子おばちゃんは決心した。
「とにかくやりましょう。ペンションを」
 ”細腕繁盛記”ってとこか。
 とにかく、こうしてペンション「ジェラ」が誕生する。ちなみに「ジェラ」とは、ジェラート・アイスのことで、良子おばちゃんが好きなオードリー・ヘプバーンの『ローマの休日』で出てきてヘプバーンが食べたアイスの名前、だ。
 なにか関連があるのだろうか?まぁ、ないな。適当に名前をつけただけだろう。
  私こと黒野ありさと沙弥が仲良くなったのは、ちょうどその頃だったように思う。
 そう、「幽霊屋敷事件」だ。
 私こと黒野ありさと沙弥が仲良くなったのは「幽霊屋敷の探検」の頃だったと思う。
 緑川家のペンションと私ん家の裏山には、近所の人々から「幽霊屋敷」と恐れられた洋館があった。その館は誰も住んでなくて、ボロボロで、まさしく「幽霊屋敷」だった。
 子供達はよく、屋敷に入ると呪い殺される、などと噂したものだ。
 そして、本当に幽霊をみた、などという噂まで現れたりもした。もちろん噂だ。
 だが、噂が本当になった。しかも、私がみることになるなんて思いもしなかった。
「おい、ブス。探検しようぜ。あの幽霊屋敷の」
 夜、沙弥が私のところへ訪ねてきて、ニヤリと笑ってそう言った。
「え?」
 私はききかえした。
「探検だよ」
「探検?」
「そう、探検。あの幽霊屋敷の探検にいこう!そして幽霊をつかまるんだ」
 確か彼女はそう言ったように思う。…掴まえる?幽霊を……?
 あの頃は中学校の二、三年生くらいだったろうか。「幽霊屋敷の探検」ごっこはよく覚えている。「探検」といってもたいしたことはない。裏の、誰も住んでない館に探検にいく、いや、ただ見てくる、といったものだった。しかも夜に、だ。昼間でも「幽霊屋敷」と子供達に怖がられていた場所は、夜になるともっと不気味で本当に怖かった。もちろん私は皆が心配するし、危ないから、と反対したが、彼女は「怖いのか?情ないなぁ」というばかりだった。
「怖くなんかないわよ!」
  私は強がりを言った。…幽霊なんて怖いもんですか…怖く…なん…て……ないわ…。「よし、じゃあ行こう!」
 沙弥は強く言った。
 私は沙弥が強引に懐中電灯を片手にもって歩いていったので、仕方なくついていったって感じだった。私たちは異様に大きく成長した雑草や木々の茂みをかきわけめように進み、やがて屋敷の前に出た。月明りに照らされ、屋敷は、暗闇に青白く浮かびあがっていた。「や、やっぱり怖いよーっ!」と私が叫んだら、沙弥がニヤリと笑い「情けねぇな!怖がってやんの」といった。そういいながらも、彼女は輝くように美しかった。
「あ。待って、沙弥」
 私はすっかり蒼褪めて、館へと歩いていく彼女にそう小声でいって、歩いていた。…なんだか神秘的な、という感じの静寂。もうその頃には、怖いというよりオバケをみてやるんだっていうヤケッパチな気持ちにも私はなっていた。そして「探検」に夢中になった。 月明りが、屋敷を蒼白く浮かびあがらせ、とても不気味だった。
「待ってよ、沙弥」
「はやく歩け、ブスありさ」
 沙弥は笑った。
 月明りに照らされた木造の屋敷の壁や、不気味な階段、夜の闇に浮かぶステンド・ガラス、シャンデリア…それらを二人で肩を抱きつつ、怖々と見ていく。やっぱり怖い。
 しかし、なかなか幽霊は出てこない。当たり前か。とにかく、私はなんとなくホッとした気持ちになっていた。幽霊はいない!、なんとなく気も晴れてきた。
「幽霊でないね」
「あぁ」私の言葉に答えるように沙弥はいった。
「恥ずかしくってでてこれないのかもね」
 私は強がりを言った。そして、手が震えつつも少し笑顔になっていた。それから階段を踏み外さないようにライトで照らしつつ、一歩一歩降りていった。ーと、その時だ。私は背筋がひやりとなった。なぜって?出たのだ、幽霊が!
「きゃあぁっ!」
 窓を横切る白いものに驚いて、私はそんな悲鳴をあげた。幽霊だ!幽霊がでたんだ!
 私こと黒野ありさはそれから必死になって泣きながら逃げ出した。とにかく必死だった。幽霊にとりつかれたら大変だ…。もう、今考えれば笑ってしまうほど情けなかった。

 そりゃあ「幽霊が出た」って信じるほうも信じるほうだけどね。
 私だっておかしいと思いましたよ。一瞬ね…。
「幽霊」の正体は翌日に判明した。
 私はなんとなく怖くって沙弥の家に訪ねていった。昼間だったが、緑川沙弥は留守だった。それで、沙弥の妹のまゆちゃんが出てきた。
「お姉ちゃん、病院いってるの」
「病院?」
「うん。」
 まゆちゃんは少し悲しそうにうなづいた。
 まゆちゃんはその頃、小学生くらいだったか。まゆちゃんは小さくて、髪をおさげにしている。そして性格はおだやかで、姉と違ってとてもいい性格をしていた。優しくて、可愛くて、とてもいい娘なのだ。
 あの緑川沙弥の強烈な性格の被害にあうことも多かったろうに、いつも笑顔でめったなことでは怒らない。まゆちゃんはそんな子だ。
「病院って、どこか悪いの?」
「また風邪をこじらせたみたいなの」
「ふ~ん」
 私はうなづいて続けて「沙弥、悪いの?」ときいた。そりゃあ悪いんだろう、と自分でも思った。だから病院にいったのだろう…って。
「うん。ここのところなんかマネキンとか白いシーツとかロープとか部屋に持ってって何か作ってるみたいだったよ。『幽霊』がどうの…って」
「ゆ、幽霊?!」
 私は聞き返した。
幽霊…幽霊……まさか!
「まさか!このぉ」
 私はひとりごとを言った。そして、きょとんとするまゆちゃんを置き去り(?)にして、私は走って、とにかく走って『幽霊屋敷』までいった。昼だから怖くはない。いや、それどころではない。幽霊の正体…それが知りたいのだ!幽霊の正体!
 私は、昨夜に『幽霊』と遭遇した階段あたりをよく見た。すると、
「あっ」
 となった。『マネキン』があった。白いシーツがかぶせてあって、ロープで吊されている。極めつけは、ケチャップか赤インキかでの血だ。…それを発見した。
 私は怒るよりも、あきれてしまった。
 なんのために、ここまでするんだろう?私は思った。ただ私が怖がるのを見るため…?なんて娘だろう。病弱のくせに…こんな…。
 春の暖かい陽射しが屋根のボロ穴から差し込んで、きらきらと輝いてみえた。私は茫然とそれらを眺めて、考えてしまった。
 それからだいぶたってから、私はトボトボと家に帰った。
 私がペンション「ジェラ」の前を通り過ぎた時、ちょうど沙弥が帰ってきた。
 熱で頬を赤くして、良子おばちゃんの肩につかまりながらダルそうな足取りで沙弥が歩いてきた。そして私の表情を見て彼女はニヤリと笑い、
「ばれたか」
 と言った。
「ばれたか…じゃないでしょ!」
 私は一瞬、怒りと恥ずかしさで真っ赤になった。そして、その怒りのまま沙弥の頬に強烈なビンタをおみまいした。
 彼女はその勢いでもんどりうって倒れ、ザザッと地面に横たわった。良子おばさんがすぐに「ありさちゃん、沙弥は今、病院に」といいかけたが、私は
「沙弥のバカ!」と言ってさえぎった。なぜだか目から涙があふれでた。
「バカ!あんなことばかりしてると…私にだって考えがあるからね!」
 沙弥は起き上がり、そして申し訳なさそうな寂しげな顔をした。きっと、私に絶交されるのを感じたのだろう。だから、沙弥は、いままでどんなことがあっても口にしたことのない言葉を口にした。
「ごめん、ありさ」
 と。
 私はびっくりした。いや、私だけではない。良子おばさんもまゆちゃんもビックリしていた。驚いた。沙弥が、あやまった。あの沙弥が。
 私たちは黙ってしまった。そして、しんとした静寂と春のそよ風にしばらく吹かれて立ち尽くしていた。
「あはは…それにしてもさぁ」
 沙弥がそんな静寂をやぶるように笑いだした。
「それにしてもさぁ、よく信じたもんだよな。『幽霊』なんてさ。そんなんいる訳ないじゃないの。それを泣きながら逃げ出すんだから…あっははは」
 彼女は身をよじって大笑いした。
 で、私もつられてプッと吹き出してしまった。「くそっ、やられた」と自分を笑った。そうしながらも私は真っ赤になった。
「まいったよ、本当」
「どうだ、まいったか」
 沙弥が言った。そしてふたりして大笑いした。
 そして、それを機会に、私と沙弥は大の親友となってしまったのだった。

  緑川沙弥は、小、中、高、の学校を通して病気がちだった。病名は知らないが、病弱で虚弱体質だった。スポーツももちろん全部ダメで、頭だけで勝負するような人間だった。大学は親の金銭的問題のため、いかなかった。そのおかげ(?)か、沙弥は嫌な目にばかりあった。しかし、それにも負けず、緑川沙弥はグランド・プランを練るのだった。
「沙弥の立志」の始まりである。
 …作家/総合プロデューサーに向けての活動の始まり、だった。