長尾景虎 上杉奇兵隊記「草莽崛起」<彼を知り己を知れば百戦して殆うからず>

政治経済教育から文化マスメディアまでインテリジェンティズム日記

【自民党の正念場】政治刷新改革「繰り返される「政治とカネ」」『小石河連合』で奇跡を起こせ!!

2024年01月26日 06時26分45秒 | 日記









   政治刷新改革「繰り返される「政治とカネ」」
    『小石河連合』で奇跡を起こせ!

政治資金パーティー制度が出来たのは1975年であり、その当時は企業献金から政治家個人への献金への転換を目指すものだった。だが、リクルート事件(1988年)の時に、社員数よりも多い枚数のパーティー券を購入するなどの悪用もみられた。これを受けて92年に100万円超(94年の改正で20万円超)の購入者は名前を公表するなどの改正で、落ち着いた。だが、99年の改正で政治家個人への献金が全面的に禁止になるとパーティーが増加した。政治家や献金したい企業には、パーティーは双方に都合がいい。赤字企業や外国人などの規制と違い、制限がない。公開基準も5万円超の寄付より甘い。政治家にとっても、パーティーの対価としてのパーティー券は売りやすい。
 94年に政党助成金制度が出来てから、献金も集まらなくなったが、パーティー券は献金の枠外ということで、便利だし、企業は献金と思っているが対価だが献金ではないという建前だ。
(『振出しに戻った自民党 政治刷新改革の主な流れ』「国民感覚とのズレをふかく反省」(1989)『自民党政治改革大綱決定』→(1992)『政治資金パーティーの規制強化』→(1994)『政党助成金導入』→(1998)『政治家個人への企業・団体献金禁止』→(2007)『国会議員が問われる政治団体の領収書原則公開』→(2009)『自民党下野』『党再生会議 自民党再生の提言』(敗因の分析)「国民感覚とのズレをふかく反省」→(2012)『政権復帰 長期政権(安倍独裁)』→(2019)『(森友・加計)「桜を見る会」問題』→(2023)『パーティー券裏金問題』→(2024)『政治刷新本部初会合』(池田議員・安倍派議員逮捕)(1月26日)『通常国会』→(3月)『予算成立』→(4月)『衆議院島根選挙区補選』→(9月)『政治刷新本部全体取りまとめ』『自民党総裁選挙』→(2025)(夏)『参議院選挙』(10月)『衆議院議員任期終了』……)
チェックする仕組みがないことが最大の問題だ。政治献金やパー券規制制度も、「泥棒に泥棒を捕まえさせるようなもの」であり、規制はすすまない。
 強制力を持ったチェック機関をつくるべきだ、というが実際につくるのは簡単ではない。
 政治献金の透明性の為に、収支報告書の原本を電子化し、ネット上に公開し、誰でも閲覧・チェックできるように――――――というが個人情報とかで〝のり弁状態〟になるだろう。
 政治とカネの問題は深刻で、リクルート事件以前から、「田中角栄が……云々」と口が酸っぱくなるほど言われてきた。その政治家は「政治にはカネがかかる」「後援会の維持費」「事務所の維持費」「選挙の費用」云々、なんたらかんたら――――言い訳ばかりだ。
(飲み会に政治資金は必要ない。ポケットマネーでやれ。政党助成金だけで間に合わせろ。助成金の上に裏金や献金では「泥棒に追い銭」だ)
(パーティー券の問題は、参加人数とは別に全員参加ではなく、参加以上の数の献金が集まること。企業は政党(本部、支部)、政治資金団体以外には寄付できない。派閥のような政治団体にはそのために寄付できない。だから、パーティー券を買い、それが事実上の派閥への企業献金になっているのだ)
2024年1月23日のことだが、自民党による政治刷新会議での『中間とりまとめ案』が発表された。【政治資金の透明性徹底】*政策集団の政治資金パーティー全面禁止*政策集団の収支報告に外部監査を義務づけ など。【派閥の解消と党のガバナンス強化】*「派閥」から脱却し、本来の政策集団に生まれ変わる。→お金と人事から完全に決別。*法令違反の場合、党が活動休止や解散を要求 など。(岸田派・安倍派・二階派・森山派の派閥は解散(麻生派・茂木派(平成研究会)(派閥は解散し、政策集団として存続)は協議中))
(【清和政策研究会(安倍派)98人】【派閥側】「在宅起訴」(会計責任者)
  【議員側】「逮捕」池田佳隆+秘書(衆議院)「在宅起訴」大野泰正+秘書(衆)
   「略式起訴」谷川弥一+秘書(元・衆議院議員・議員辞職)
【志師会(二階派)38人】【派閥側】「在宅起訴」(会計責任者)
   【議員側】「略式起訴」二階元・幹事長事務所(秘書)
【宏池政策研究会(岸田派)46人】【派閥側】「略式起訴」(元・会計責任者)
【麻生派56人】【茂木派53人】【森山派8人】【無派閥(菅氏・小泉氏・石破氏)79人】 
*派閥幹部は立件されず。
 個人献金は申告が5万円以上だが、パーティー券は20万円以上。しかも、記名は14%で、匿名が86%。これがブラックボックス化していた。
【改革案】*企業・団体献金の禁止*政治資金・パーティーの透明化*「連座制」の導入(議員も処分の党則改正)*政策交付金の廃止*政策活動費の廃止*第三者監査の導入)
(選挙制度の在り方・国会運営の在り方・官僚との距離感の在り方まで今後も改革努力を継続)(【政治家には3つの財布がある】『政党交付金(国民一人当たり250円の負担)』『献金(企業・団体・個人)』『パーティー収入』→(*政党支部*資金管理団体*後援会))
政治資金規正法自体が、いわゆる『ザル法』で、抜け道が大量にある。
まさに「泥棒を泥棒に捕まえさせるようなもの」であり、このままではまた第二第三の政治家不祥事・逮捕、が繰り返されるだけである。
 政治家も身を引き締める時期だが、政治家の若手は何をしているのか?
 ここで声を上げて、改革案を示さないで、いつ示すというのか?
 派閥をなくすよりも、党議拘束をなくしたらいい。自由に議論させるのだ。若手が何も言わないのはなぜだ? 党の公認を得られなくなるから口を噤んでいるのか?
 長い物には巻かれよ、と。雉も鳴かずば撃たれまい、と。出る杭は打たれる、と。
 昔の若手はバックに後藤田正晴さんがいて、「若手は自由にものを言え」と守ってくれた。
 自民党は2009年の下野後、民主党の大失敗で、2012年に政権復帰。安倍独裁長期政権を許してしまった。だが、それでも、今は、自由意見表明の壁、癌、である安倍晋三元首相が殺されていないのだ。暗黒の時代は去った。時代は変わったのである。
 それでも口を噤むのか?
 安倍さんが殺されたことはいいことだとは思わないが、もう『独裁後』である。
 ここで、立たなくて、いつ立つのか?
 
ーー日本国内では自民党の政治資金パーティーのキックバック問題で大騒ぎになっていますが。
池上 岸田総理にしてみれば、安倍派を一掃できるわけですから、絶好のチャンスでしょうね。例えば、逮捕までいかずとも略式起訴をして、罰金100万円という形で処理する可能性はあるわけです。すると過去の例で言うと、3年間から5年間の公民権停止。つまりこれから3年間は安倍派の幹部が選挙に出られず、国会から追放できるというわけですよ。もちろんその反面、岸田内閣の支持率は落ちるし、自民党全体の支持率も落ちます。でも、安倍派が力を失えば、やりたいようにできるわけです。
ーー諸刃の剣ですね。今後さらに内閣支持率は下がりそうです。
池上 はい、何しろ増税メガネですからね。元総理大臣の竹下登が政権を放り出す直前の支持率は5%ぐらいになりました。その時は消費税並みの支持率になったと言われました。
 (中訳)
池上 お金といえば、日銀の植田総裁が、2023年は3%ぐらい給料が上がったので、2024年の春の給料の上がり方を見て、金融緩和をやめるというか、マイナス金利、ゼロ金利をやめる可能性が非常に高くなってきたわけです。昨年の12月19日には「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」と発言したことでも注目を浴びました。植田総裁にとって「チャレンジング」と言えば、金融緩和をやめるということしかないわけですよ。投資家からすれば金利を上げようとしているとみたわけです。これまで日米の金利差によって、日本が円安になってきたけれど、この発言により「日米の金利差がこれから縮まるんじゃないか」と期待されて、いきなり円高になりました。今後も少しずつ、円安が解消されていくということになると思います。
ーーそうなると、少し景気がよくなりますか?
池上 景気はよくなる可能性がありますし、円安で物価高になっている部分には歯止めがかかる可能性もあります。今、スーパーマーケットに買い物に行くと、あれもこれも値上げでしょ。皆諦めの境地ですよ。今は全般に物の値上げがしやすくなっていますが、連動して社員の給料を上げるという好循環が起きつつあります。これで3月の春闘で大企業の給料が大幅に上がり、中小企業まで行き渡れば、これはかなり明るい話になります。為替も、春先には1ドル=130円くらいまで円高に進む可能性もある。そうなればゴールデンウイークの海外旅行も行きやすくなるかもしれませんよ。
ーー期待したいところです。ちょっとだけ明るい希望が持てました。
    (池上彰著作から引用)

最近、政治家の質が落ちまくっている。その結句、誕生したようなのが今の岸田政権であるとも言える。
「こいつ、馬鹿じゃないのか?」口の悪い弁護士が岸田政権や岸田首相のことをそうくさした。一方、去年、安倍晋三元首相を暗殺で失った自民党最大派閥の安倍派(清和研)と二階派は、〝寄らば大樹の陰〟の大樹を失ったために、『政治とカネ』の「醜聞」に襲われている。
 政治資金で裏金やキックバックを繰り返し、何億も脱税・申告漏れした、というのだ。
 岸田首相は財務省のいいなりになって、社会保障費や防衛費やあらゆるものの増税に次ぐ増税をするだけ。
 まるで、小泉フィーバー前の森喜朗政権にも似ている。それだけ岸田政権は酷い。
まあ、故・安倍晋三元首相の政権よりはまだマシであるが、安倍氏は本当に酷かった。安倍独裁というほどは、独裁色は強くはなかった。だが、それがいいとは思わないが暗殺されたというのはそれだけ憎んでいた相手が多すぎたのだ。
 ここで、日本の政界に期待があるとすれば、『シン・YKK(山崎拓・加藤紘一・小泉純一郎)』ともいうような『小石河連合(小泉進次郎・石破茂・河野太郎)』である。僕が、進次郎氏を所詮は『人寄せパンダ』と呼んだのは、浅はかで、謝罪するしかない。
進次郎さん。ごめんなさい。浅はかでした。どうか許してください。ご一緒に、『新世紀維新』をやりましょう!
でも、進次郎さんは〝これからの政治家〟だ。だが、しくじると、この連合の行動は第二の『加藤の乱』にしかならない。行動は慎重に。
 だが、石破茂(1957-)氏はどこまでも謙虚だ。
「自分が言うのも何だけど、俺は知名度がある。さらに政府の中枢にいるわけでもないから政権に対して批判的なことも言いやすい。そういう人に対しては結果的に人気は集まるよね」「いつまでも俺が目立つのはどうなんだろう。俺の新人時代の熱気を今の若手には感じない。いつの時代も世の中を変えるのは若い人なのに。こんなことを言うと『またカッコつけて』と言われるけどさ」「私に寄せられる意見は大きく二つ。『そんなに文句があるなら、自民党から出ていけ』『いっそ新党を作ればいい』。でもね、誰も内部で批判をしなくなった組織はいつか潰れるよ(ビッグモーターやジャニーズのように)」(石破茂氏談)
天王山は次期自民党総裁選挙である。ここで、最後の砦『小石河連合』が出派ってこなければ、石破氏か河野氏が新総裁にならねば(大した派閥も人脈もないのだから小泉純一郎パターンしか勝機はない)日本はおわってしまう。夢よもう一度、ではないが、よくよく戦略を練ることだ。進次郎氏の応援演説(真紀子さんのような。でもただの悪口でもないし、真紀子さんがまた外相とか……日本がおわってしまう)や、河野氏や石破氏のパフォーマンス。
それに、皆が知っている大物旗頭と、キャッチ―な大義名分と、有力なスポンサー……戦わずして勝つのが兵法の上策だが、政治で戦わないなどあり得ない。とにかく、『小石河連合』で、新世紀維新を起こせ!
次の自民党総裁選挙こそ、天王山、いや、関ケ原だ。今こそ、根性を、意地を、底力を、未来を、見せてくれ!



臥竜 長尾景虎2024年1月12日午後4時55分


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【池上彰の世界情勢(中東篇)2024】池上彰が複雑な中東情勢を徹底解説「池上解説で中東の歴史と事情を知ろう!」

2024年01月14日 15時14分48秒 | 日記

















    中東情勢『世界情勢2024』~中東のすべてを括目せよ!~中東の歴史
 ここで少し、中東の歴史について触れてみたい。
 中東といえば反ユダヤ。ユダヤvsパレスチナ・アラブ人…という構図が誰でも思いつく。 そこで、ユダヤ人国家・イスラエルとパレスチナ・アラブ人、中東の歴史について触れてみたい。
 ヨム・キップル(しょく罪の日・9月下旬から10月上旬にかけて)から始まる一連のユダヤ教の祭。その期間中はお祭りの真っ最中であり、10月8日は、ユダヤの祭『スーコット』である。スーコットの日は、家族の元にユダヤ人兵士のほとんどは戻り、警備は手薄になる。治安警察に残るのはベドウィンや、ドゥルーズ教徒たちが大半だという。
 その頃、パレスチナ人たちによるインティファーダ(民衆蜂起)が多く起こる。大勢がデモで奇声をあげ、ユダヤ人たちに大きな石を山ほど投石する。そして、ユダヤ人を殺そうとする。ユダヤ人兵士も催涙弾や警棒で応戦する……。という、いつもの光景である。
 テンプル・マウントという聖地の生い立ちを知らなければデモの狙いを理解できない。
 ユダヤ人によるダビデ王国建設は、紀元前10世紀にさかのぼる。ダビデ王国の領土はヨルダン側両岸にわたったが、その歴史は古代アッシリア、バビロニア、ペルシャ、さらにはローマと、絶えず他国の侵略を受ける苦難の連続であった。
 ローマ軍に侵攻されて紀元70年、ソロモンの宮殿を死守すべく、エルサレムに追い詰められたユダヤ兵士はそこで戦闘を展開した。
 やがて神殿は炎上。王宮も占領されてダビデ王国は消滅した。以来、かつてダビデ王国のあったその土地にイスラエル国家を建設するまで、2000年にわたってユダヤの民は流浪を続けることになった。
 テンプル・マウントは、かつてソロモンが建立し紀元前6世紀にバビロニア人によって崩壊させられた第一宮殿、およびローマ人によって破壊された第二宮殿のあった場所だ。 わずか一枚遺された第二宮殿のただひとつの遺構で文字通り、「嘆きの壁」であるという。ユダヤ人たちはこの壁に頭をうちつけ、敬けんな祈りを捧げてきた。
 ユダヤ教の聖典である「トーラ」(律法書)には、「この地に第三宮殿をつくることがユダヤ教徒の任務である」……と記されてもいる。が、壁の向こうへ足を踏み入れることはユダヤ人は絶対にしない。
 壁の向こうには、イスラム教の開祖モハメッドが昇天した地といわれる聖所ハラム・アッシャリフがあり、岩のドームとアール・アクサ・モスクが立っているから。
イスラム教徒たちがローマ帝国からエルサレムを奪いとったのは637年のことだ。
 しかし、ユダヤ教原理主義者からみれば、つい昨日、イスラム教徒たちがモスクを建立したのでしかない。しかし、そこに足を踏み入れればイスラムの聖地を汚したことになる。それで、ユダヤ人達や異教徒は絶対に岩のドームにはいかないのだ。
 これまで宗教戦争をイスラエルもアラブもしていない。イスラエルの「宗教を政治にもちこまない」という政策のため、ビンラディンのようなテロリストが「ジハード(イスラム教徒による聖戦)!」をいくら叫ぼうと宗教戦争にはならない。(イスラム過激派たちはデモや自爆テロなどをやるだろうが…)
 もし、イスラエルが宗教を持ち出せば、対立は泥沼化するだけだ。だから、考古学者たちが「テンプル・マウントの丘を掘りたい…」といってきてもイスラエル政府は断固として拒否してきた。しかし、ユダヤ教原理主義者たちが組織する「神殿の丘忠誠団」はそこでデモをするという。それをアラブ過激派は利用しようとしている。
 ユダヤ対アラブの対立の絶えない和平は、もはや地に沈んでしまった。そして、ビンラディンやISによるテロその後のイスラエルVS.ハマスのガザでの紛争…。悲惨な時代だ。ビンラディンは殺害して、ISもほとんど殺したが、トランプ米国大統領(当時)が「エルサレムに米国大使館をおく」と馬鹿なことを決断したため中東和平はもうめちゃくちゃだ。さらに内戦中のシリアも泥沼化、トランプ大統領は米軍をシリアから撤退させるという。本当に撤退したらどうしようもなくなりますね。

 そして、ふたたび中東の歴史に触れよう。
 まず、スエズ動乱の主役・ナセルからその後についての歴史…。
 サダム・フセインの野望はハッキリしていた。彼はかつてのエジプトの伝説的英雄、ガマル・アブデル・ナセル以来、ずっと空席となっていたアラブの盟主の座を狙ったのであった。オサマ・ビンラディンもまた〝アラブの盟主〟に憧れていたという。
 かつてナセルは盟主の座を維持するため、自分と肩を並べようと台頭してくるアラブの指導者たちを次々と暗殺していった。また、殺すことはできなかったが、サウジのサウド国王やイラクのカセム、ヨルダンのフセインさえも狙っていたという。
 ナセルの死後、後をついだサダトこそ、真にアラブの盟主たる資質に有する大政治家であったが、リビアのカダフィとビンラディンの操るイスラム原理主義者(エジプトの「ジハード団」)によって暗殺されてしまう。
(アンクル・エル・サダト。1970年、ナセルの死に伴って大統領に選出されたエジプトの第二代大統領。73年10月の第四次中東戦争でアラブの英雄となる。1977年11月、電撃的なエルサレム訪問後、アメリカ大統領ジミー・カーターの仲介のもとで、イスラエル首相ベギンとの間で単独の平和条約(エジプト・イスラエル中東平和条約)を結び、78年のノーベル平和賞を受賞。だが、81年10月6日、これに反対するイスラム原理主義者の手により暗殺された)
 リビアのカダフィはナセルの後釜を狙っていた。しかし、いかんせんリビアは小国であり彼に政治力も軍事力もない。カダフィは野望を達成できなかった。
 そこで名乗りをあげたのがサダム・フセインであったのだ。
 そして、ビンラディンも2011年5月銃殺された。カダフィ大佐も核放棄後、内戦で殺害された。いわゆる「アラブの春」での内戦で抹殺された。

 サダム・フセインがクウェートに侵攻したときも、オサマ・ビンラディンがNYのビルに旅客機を突っ込ませたときも、アラブの民衆は狂喜乱舞した。
「アメリカに死を!」
 と、町中で歓迎ムードであった。
 こうしたメンタリティを知るには、何世紀にも渡って異民族に支配されてきたアラブの歴史を知らなければならない。
 六三二年の建国のサラセン帝国は、イスラム教徒のアラブ人によって建国された。とくにムハンマド(マホメット)の死後続いたカリフ(ムハンマドの代理者。後継者の意)制の時代をいい、正統カリフ時代…ウマイヤ朝…アッバース朝と続く。サラセンとは、ローマ人、ギリシヤ人がアラブ人を指した名で、中世以降はイスラム教徒の総称となった。 が、一二九九年から第一次大戦終結後の一九二二年までの六〇〇年以上にもわたって、アラブ人は中央アジアからやってきた異民族トルコ人に制圧されてオスマン・トルコ帝国の支配に甘んじた。
 第一次大戦後、オスマン・トルコ帝国にとって代わり、アラブを支配したのは欧米列強。今後、アラブの何者かがアラブ統一を成就できれば、サラセン帝国以来、実に七〇〇年ぶりの悲願達成となる。
 サダム・フセインが、自らをアラブの盟主としてアピールするため、七〇〇年もさかのぼってアラブの伝説的英雄サラディンを引っ張りだしたのにはそういう理由であった。長い異民族支配のよるアラブのコンプレックスを利用しようとした訳だ。
ISやシリアのアサド大統領もハマスも同じようなことを言っていた。
 アラブにとって、アメリカもユダヤ人国家イスラエルも〝異民族〟であり、〝敵〟である。だから、その国家の抹殺のためなら、アラブは積年の恨みを全身にかき集めて一丸となって理屈抜きで戦う。たとえ昨日まで敵同士であってもだ。
 アラブにとって、アメリカもユダヤ人国家イスラエルもサラディンが打ち負かした十字軍の再来であり、七〇〇年近くにわたって屈辱をなめさせられてきた異民族支配のシンボルである。オイル・メジャーに蹂躙された屈辱を晴らすため、栄光を取り戻すため、アラブはそれらの国を破壊することに執念を燃やす。
 03年の「イラク戦争」でハグダッド陥落のとき、イラク人たちは喜んだが、アメリカを歓迎した訳ではない。ただ、独裁体制崩壊を喜んだだけだ。そして、テロ続発……
 オサマ・ビンラディンが、アラブ国民に「十字軍気取りのアメリカなどにジハード(聖戦)せよ!」と、アルジャジーラTV(中東のCNN)で訴えた理由もここにある。


 
  ふたたび、中東の歴史について述べたい。

 現在、世界の原油確認埋蔵量は、一兆バレル。七十パーセントが中東に集中している。なかでも湾岸五ケ国に集中し、サウジは世界の二十六パーセント、イラクや、UAE(アラブ首長国連邦)、クウェート、イランはそれぞれ十パーセントほど埋蔵量がある。
 湾岸では、少し砂漠をボーリングするだけで、アッラーの恵みの石油が勢いよく噴き出す。世界の七十パーセントの石油は、まちがいなく我々先進国にとって生命線である。
 いまの流行りのEVシフト、脱炭素化とはいえ、すぐに石油がいらなくなる訳でもない。
近代文明は間違いなく中東の石油に握られている。しかし、シェイルオイル燃料で束縛から逃がれよ(だが、OPECは米国などのシェイルオイルより石油価格を下げて戦略でシェイルオイル業界をつぶした)。太陽光発電だの風力発電だのまだまだこれからの発電であり、原子力発電所も危ないと皆思っている。これまでも、中東の石油を握った者が世界の覇者であった。石油メジャーや欧米列強に蹂躙されたアラブの悲劇がここにある。
 1990年、イラクのサダム・フセインがクウェートに侵攻し占領した際、「クウェートは歴史的にもイラクの一部である。それを取り戻したまでだ」と宣言した。
 この主張を理解するためには、歴史を知らなければならない。
 現在のクウェートの歴史は250年前にさかのぼる。18世紀なかばにクウェートで貿易、漁業、造船、真珠採取を営んでいたバニ・ウトバ族は有力者会議を開いた結果、サバハ家の家長サババを首長に選んだという。クウェートとは、アラビア語で小さい城の意味である。
 19世紀に入るとクウェートはオスマン・トルコ帝国の支配化におかれるが、その後1888年にイギリスの保護下に入った。この当時、まだ石油は出てなかったが、英国にとってペルシャ湾の奥地を占めるクウェートは戦略的価値があった。
 翌年1889年2月、第七代首長のムバラクが英国と独占条約を結び、シークダム(土候国)の安全をイギリスに委ねた。その後、クウェートの石油が発見され、1938年から石油によって豊かな国となった。(本格的な採掘は第二次世界大戦後)
 クウェートは1961年、英国の統治から正式に独立する。そのとき、イラクのカセム首相は「クウェートはオスマン・トルコ帝国の支配地であったのだから、オスマン・トルコのバスラ州に属していたクウェートはイラクに帰属すべぎだ」とイチャモンをつけた。
 だが、イラクという国が1920年に地図の上に登場するまでは、そこはメソポタミアと呼ばれていた境界のあいまいな地域であった。しかし、そのころからクウェートはすでにシークダム(土候国)として国の体をなしていたのだ。
 イラクが正式国家となって独立するのは1932年の第一次世界大戦後である。
 第一次世界大戦後、オスマン・トルコ帝国崩壊のあとに、アラビアのロレンスとともにダマスカスに入ったハシム家の三男ファイサル(二男はヨルダンの支配者となったアブドラ)が、シリアを追い出されて与えられたのがイラクだった。その歴史でみれば、フセイン(サダム・フセイン。イラク戦争で捕らえられ処刑)のいった「クウェートはイラクの領土」という主張は通らないのである。
 そもそもイラクの国境というよりアラブ全体がそうだが、そのほとんどが歴史や地理とは無関係にきめられたものだ。250年前からペルシャ(現イラン)とオスマン・トルコ帝国との国境だったイランとの国境を除き、国境はすべて列強により人為的、ご都合的に作られた。
 南のクウェートやサウジアラビアとの国境、西のヨルダンやシリアとの国境も勝手にイギリスとフランスが砂の上に真っ直ぐ線を引いて決めたものだった。
 トルコとの国境も、人為的という点ではかわりない。
 なぜ列強は中東に執着したのか?
 二つの理由があった。
 まず、戦略的重要性。中東にプレゼンスを確率できればロシア、ペルシャ、アジア、アフリカへのアクセスが得られる。イギリスやカイゼルのドイツがオスマン・トルコ帝国に対して、鉄道建設や企業設立をもってアプローチした理由はここにあるという。
 しかし、19世紀から20世紀初頭にかけて、重要性は増す。
 いうまでもなく石油である。
 第一次世界大戦のとき、戦略物資として石油の重要性は確認された(それまでは石炭を使っていた)。
 こうした理由で、列強は中東の土地の分捕り合戦を、国際会議の名のもとくりひろげてきた。たとえば〝サイクス・ピコ協定〟。これは当時のイギリス外務大臣マーク・サイクスとフランスの外相ジョルジュ・ピコとの間で秘密裏に交わされた協定で、戦後はフランスがシリア、レバノンを統治下に置き、イギリスがメソポタミア(現イラク)とパレスチナを統治下に置くというものだった。
 第一次世界大戦のとき、イギリスは戦況を有利にするためアラブ人の協力を必要としていた。ドイツと組むオスマン・トルコ帝国を撃破しなければならなかったからだ。
 そのためイギリスは、イスラムの聖地メッカを治めていたハシム家のフセインに協力を求める。協力の見返りとしてイギリスは、戦後アラビア半島と東アラブ全域にわたって”アラブ王国”を建設させることを約束した。
 フセインはこれを信じ、兵を率いてオスマン・トルコにたいして反乱をおこす。
 このフセインにつかえたのが英国情報部の軍事顧問、T・E・ロレンス…つまり、アラビアのロレンスであった。(トーマス・エドワード・ロレンス。イギリスの考古学者というカバーでアラブに入った英国情報部員。1916年からアラブ独立運動のゲリラ戦を指導した)
 が、戦後のサン・レモ会議でイギリスは自国の勢力圏に入った南アラブを分割した。
フセインに対する約束を反古にしてしまう。これにより生まれたのがヨルダンとイラクだった。ここでもまたアラブは裏切られたのである。
 そして、悪名高き〝赤線協定〟…。
 イギリス、フランス、アメリカ各政府およびロイヤル・ダッチ・シェルなどの石油会社で1928年に結ばれたその協定は、旧オスマン・トルコ帝国の石油開発についての同意をうたってものだった。
 出席者のエゴむき出しの会議となり、協定は決裂しそうになった。しかし、ある男の執念により協定は実る。
 男の名は、カルーステ・サルキス・ガルベンキヤン。一匹狼のアルメニア人のプロモータ兼ネゴシェーター兼ブローカー。彼が執念を燃やしたのは、協定が成れば今後、この地域の石油の5パーセントもの権益が得られるようになっていたからだという。
 だが、出席者の誰も旧オスマン・トルコ帝国の境界線がわからなかった。なにせ、600年ものあいだアフリカやペルシャ、インドあたりまで拡張につぐ拡張をしてきた巨大帝国なのである。
 あわや会議が決裂かにみえたとき、ガルベンキヤンが出席者全員の前に中東の地図を広げ、持っていた赤鉛筆で一気に線を引いた。そして、悠然と自信満々な顔でこういった。
「これが1912年当時、私の知っていたオスマン・トルコ帝国だ。私にはちゃんとわかっている。なぜなら、私はここで生まれ、育ち、ここの政府に仕えてきたのだから」
 あまりに自信満々な態度に、誰も文句はいえなかった。
 こうして〝赤線協定〟は成立してしまう。ガルベンキヤンはおかげで途方もないほどの富を得、以来〝ミスター・ファイブ・パーセント(ミスター5%)〟と呼ばれることになったという。
 このときもアラブ側には何の相談もなかった。
「帝国主義者によって勝手に引かれた国境線を正しく引き直す!」
 湾岸戦争のおり、アラブ民衆がサダム・フセインを支持した理由はここにある。

 米国がサウジに軍(女性兵士やユダヤ系兵士が大勢いた。アラブにとってはタブー)を駐屯させたとき、サダムやビンラディンは激怒した。アラブのタブーを犯したことで、民族主義とイスラム原理主義が一致してしまったのだ。
 ところで、サダム・フセインが口にした「アラブの大儀」やビンラディンやISやアサド大統領の「ジハード」とは何なのか?なにしろカダフイがアラブの盟主を狙ってきたかと思うと、今度はフセイン、そしてビンラディン、アサド、ハマス…と野望を抱く。彼らは強硬なスローガンを叫びつづけるうちにそれに酔ってしまい本当にそう信じ込む。そして、自分は神のような存在と思いこみ、民衆を地獄の底へと道ずれにしてしまう。それでも彼らが自分たちだけで争っているうちはいい。危険なのは彼らのメンタリティに西側ハイテク兵器がくわわったときだ。
 馬鹿になんとか……というが、これほど怖いものはない。
 こうしたメンタリティの中で、指導者はサラディン願望をもち、そのレトリックのひとつがサダムが口にした「アラブの大儀」やビンラディンやハマスの「ジハード」となる。
 サダムが死んでも、ビンラディンが死んでも、第二、第三のサダムやビンラディンがでてくるだけだ。まるでモグラ叩きのように……。IS(イスラム国・イスラミックステート)やタリバンやアルカイダやハマスみたいなのが…。


         アラブの歴史~part2



 ここからはユダヤ、PLO関連の歴史について触れていきたい。
 イスラエルのユダヤ人兵士たちは、休日でも肩にM16かウッズィ機関銃を携帯している。また一般市民も懐に銃を忍ばせている。だが、それは法律で定められた彼らの義務だ。
彼ら彼女らは、一大事がおこればすぐに基地に駆けつけなければならない。
 また、イスラエルには核シェルターや猛毒ガス用のシェルターがいたるところにある。これも、耐えず戦争ととなりあわせのイスラエルの現実である。
 なぜこれほどまでに、イスラエルのユダヤ人たちは国家防衛につとめ、必死になるのか?それを知るためには歴史を知らなければならない。
 エルサレムにヤッド・ヴァーシムと呼ばれる建物がある。ナチス・ドイツのヒットラーたちによって虐殺されたユダヤ人たちの追悼のための記念館である。
 ホロコーストによって殺されたユダヤ人たちのため、アメリカに住むユダヤ人実業家の寄付によって建てられた記念館には、惨たらしい写真や遺品が並ぶという。
 ……日本の広島長崎原爆追悼記念館みたいなものだ。
 ユダヤ人は家族を大切にする。
 当然だ。なにせ2000年におよぶ流浪の民なのだ。頼れるのは家族と金だけだ。……シェークスピアの『ベニスの商人』などで、主人公のシャイロックというユダヤ人の主人公は金に汚い人物として描かれている。当時のユダヤ人観だ。
 だが、国をもたない彼等にとって頼れるのは家族と金だけだ。それが現実ってもんだろう。国をもたない以上、金や宝石にたよらなければならないのだ。何かあれば、それをもって逃げる。お札は論外。紙クズにかわる恐れがある。金は重くて持ち運べない。なら、宝石だ。何万ドル、何百万ドルの宝石が何個かあれば、それで命が助かる。
 いくら高価な宝石をもっていても、死んでしまったら何の意味もない。だから、ナチスから匿ってもらうために宝石を何個も使ったというユダヤ人もいっぱいいる。宝石がなければアウシュビィッツ行き……。宝石で命が助かるなら悪くない。
 ともあれナチス・ドイツの迫害と世界的差別を物語るエピソードがある。それは、セントルイス号がたどった”絶望の航海”だという。
 一隻のドイツ客船が1939年5月13日、ハンブルクを出港した。乗客は九百七十三人のユダヤ人たち。二度とドイツに戻らないという約束で出港したのだ。
 やがて、かねてから約束していたキューバへ船が着く。しかし、キューバ側は入国を拒否した。仕方なく船はアメリカへ向かう。しかし、当時のルーズベルト大統領は「船が港に近付いたら砲撃する」と、入国を拒否。どこにいっても拒否され続けた。(これはナチスの画策で、どの国も受け入れないユダヤ人を虐殺してもいいというOKサインがほしかったからである)
 結局、船はハンブルグへと帰港する。彼等にまっていたのはアウシュビィッツやダッハウなどの収容所であり、最終的にはガス室であった。今先進国と呼ばれている国は、ユダヤ人が国をもたないという理由で、ナチスの虐殺を黙認したのだ。
 だから、1947年11月の国連決議で、わずか一万マイルの不毛なパレスチナの地を提示されると、ユダヤ人たちはすぐに受け入れた。いや、しがみついたのだ。
 パレスチナには、ユダヤ教の四大聖地があるという。ガレリア湖のほとりにあるタイベリアス、今はアラブの町になっているヘブロン、そして、サーファエット。もうひとつがエルサレムである。旧約聖書のシオンの丘は、エルサレムにある。
 彼等がパレスチナに祖国を建設してから、おびただしい血が流れたという。
 彼らの頭の中には、自分たちを守れるのは自分たちの祖国しかないという観念がある。「ホロコースト・コンプレックス」である。

 彼らは長い歴史を通して常に厳しい現実に直面してきた。
 六百万人の同胞が殺されたホロコーストであり、イスラエル国家を抹殺しようという敵に囲まれていることであり、建国後、戦った五つの戦争であるという。
 負ければ、イスラエルという国家は地図上から消え、またユダヤ人は流浪しなければならなくなる。そういう戦争を建国以来、五度戦い、五度勝った。数千年も流浪を続けた彼らの「もう国を失いたくない」という激しい決意の結果であった。
 その気持ちは、もうひとつのコンプレックス「マサダ・コンプレックス」に裏打ちされる。ローマ軍に侵攻されたエルサレムに追い詰められたユダヤ兵は、ソロモンの神殿を死守すべく2000年前、紀元70年、ローマ軍を相手に1ケ月にわたる死闘を展開した。しかし、その年の8月29日、神殿は炎上。王宮も占領され、ダビデ王国は消滅…。
 だが、戦いは終わらなかった。ユダヤ軍の残党は家族とともに死海沿岸に築いたマサダの砦に立て籠もり、三年にわたってこの要塞で最後の抵抗をこころみた。ついに弓矢尽きたとき、自らの髪を切り、それで弓をしつらえた……と史書にはあるという。
 そして、兵糧が尽きた日、クジ引きによって十人が選ばれた。彼らに与えられた任務は、降伏を拒絶して自らの死を選んだ仲間たちの首をはねることだった。生き残った十人は首をはねおわった後、再びクジを引いてひとりを選んだ。このひとりは、九人の首をはねたあと、自ら自決して果てたという。
 ローマ軍が入城してみると、女子供をふくめ九百六十人の死体があったという。かくして、マサダの砦の壮絶な戦闘と自決を胸に刻み付け、ユダヤの民は世界を流浪することとなる。
(紀元前数世紀に、ユダヤ人はローマから予言者モーゼとともに約束の地カナン(エルサレム)に逃げた。その際、モーゼが海をまっぷたつにさいて逃げ道をつくった…という有名な神話がある。モーゼは十戒を示した。「神はひとつである、偶像を崇拝してはならない、神の名はみだりにつかってはならない、安息日を守れ、父母を敬愛せよ、ひとを殺してはならない、姦淫するな、盗むな、偽証するな、貪欲になるな」…ユダヤ教の誕生である。そして、数千年後、ローマに占領される。そこでユダヤ人の中からひとりの男が現れる。イエス・キリストである。しかしユダヤ人にとって「神はすべてに平等で、民はすべて平等」という宣教は〝反ユダヤ主義〟と映る。そこでローマ軍に密告し、キリストを殺させる。以来、ユダヤ人は流浪をつづけ「キリストを殺した民」として迫害を受けることになる。
 ユダヤ人は、キリスト教国のヨーロッパで迫害を受け続けた。職業の自由さえあたえられず、ゲットー(ユダヤ人移住区)に隔離され、なれるのは「金貸し」だけだった。
 しかし、ユタヤ人たちは次第に財産を設けて、発言力を強めていく。
 そして、1789年のフランス革命によって、ユダヤ人差別やゲットーや職業の自由が保証され、ユダヤ人たちは頭角を現す。…詩人ハイネ、作家プルースト、経済学マルクス、精神医学フロイト、音楽家メンデルスゾーンとビゼー…。)

 そのユダヤの流浪の歴史は、迫害と差別に苦しめられた歴史だった。
 ユダヤ人たちに対する迫害がとりわけ過酷だったのは、ロシア、フランス、東欧だった。そのなかから、祖国の回帰が叫ばれはじめる。「シオンへ帰れ」………シオニズムである。当時は、「シオンに導いてくれるのはメシア(救世主)だ」と流浪するユダヤ人たちは考えていた。シオニストはその役目を神から、ユダヤ人の肩にのせたのだ。(シオンとは聖地シオンの丘のことで、その地域に国を創ることをさす。ちなみにエルサレムとはイエル・シャラーム……「平和」という意味である)
 1903年、当時超大国だった大英帝国は、世界シオニスト組織に対して、最初にシベリアはどうか?と話をふった。もちろん、そんなところに国家をつくるためのシオニズムではない。次にアフリカのウガンダはどうか?とオファーされた。もちろんこれも拒否。 この頃から、バルファ宣言にもとづきユダヤ人たちのパレスチナ移住が始まる。
 ユダヤ難民の多くは「自由の国アメリカ」へ向かった。その数300万人。(現在、ユダヤ人はアメリカに580万人、イスラエルに420万人、全世界には1400万人いるという)アメリカに渡ったユダヤ人たちはそこで出世していく。銀行家ジャコブ・シフ、先物取引考案者で銀行王レオン・メラメド、通販会社シアーズ創始者ジュリアス・ローゼンウォルド、ジーンズの生みの親リーブァイ・ストラウス、新聞王ジョセフ・ピューリッツア、CBS創始者ウィリアム・ベイリー、NBC創始者デビッド・サーノフ、パラマウントのアドルフ・ズッカー、MGMのルイス・メイヤー、20世紀FOXのウィリアム・フォックス……。また、世界的映画監督のスピルバーグ。ジョージ・ルーカス。

 やがて、第二次世界大戦が始まり、ナチスが迫害や殺戮を始めると、英国はユダヤ人のパレスチナ移住を5年間、一万五千人に定める。これはユダヤ人にとって到底飲める話しではなかった。なぜなら、ナチスの手から逃れるユダヤ人を見殺しにするようなものだからだ。そして、1948年5月14日、パレスチナの英国統治が終り、事実上、ユダヤ人国家イスラエルが国連決議62号にそって建国された。

 国連決議を拒否したアラブ諸国は、イスラエルの建国の翌日、一丸となってパレスチナ・アラブをバックアップし、イスラエルに挑みかかった。これがイスラエル独立戦争であり、第一次中東戦争だった。
 エジプト、シリア、トランス・ヨルダン(現ヨルダン)、サウジアラビア、イラク、レバノンの軍隊がイスラエルに侵攻。目的はイスラエル国家の全面崩壊のただひとつ。しかし、武器とマンパワーを誇ったアラブは勝つことは出来なかった。
 1948年に勃発した第一次中等戦争は、1949年に終結。イスラエルは七千人もの犠牲を強いられた。当時のイスラエルの人口からみれば、アメリカ軍の三十万人に匹敵するものだという。この戦争で、エジプトはガザ地区、ヨルダンはウエスト・バンクを占領した。
(ちなみに、イスラエルの情報機関の存在は戦争勝利の要点として大きいので簡単に説明したい。イスラエルが独立したとき、イスラエルの情報機関は五つあった。まずシャイ。これはハガナ(パレスチナ移住のときの防衛組織)の情報機関で、ハガナが軍に吸収されたため独立した。そして、アリア・べット(アラブ諸国から逃げてくるユダヤ人の救出機関)。そして、シン・ベット(国内情報をあつかい、イスラエル国内の反乱分子を調査)。そして、モサド。設立されたのが1951年であり、イスラエルの情報機関の中で一番有名である。現在は、モサド、つぎにアンマン(軍情報部)、国内治安をうけもつシン・ベット、警察、外務省情報部が主だ)
 1956年10月のスエズ動乱とともに始まったこの戦争、第二次中東戦争のきっかけは、エジプトによるイスラエルの唯一のアジア、アフリカへの海路、アカバ湾に封鎖であった。同月29日、イギリス、フランスとともにイスラエルは参戦し、ガザ、シナイ半島に侵攻。シナイ半島の大部分を占領した。国連決議により、4ケ月後イスラエル軍は撤退、国連軍が派遣された。
 そして、第三次中東戦争…。
 1967年5月、エジプト軍は国連軍に撤退を要請した後、シナイ半島に進み、同時にシリア、イラク、ヨルダン、サウジアラビアの軍隊がイスラエル国境に迫った。イスラエルはアメリカに先制攻撃の承認をうけたうえで、6月5日未明、エジプト空軍基地を攻撃。この戦争で、モサドからの忠告を無視して闘ったヨルダンのフセイン国王(当時)はウエスト・バンクと東エルサレムを失い、シリアはゴラン高原、エジプトはシナイ半島とガザ地区を失った。
 そして、第四次中東戦争…。
 当時のイスラエル女性首相、ゴルダ・メイヤーはモサドから寄せられた戦争情報を無視し、アンマン(軍情報部)の〝戦争はない〟という情報を信じたため、緒戦の敗退をまねいた。1973年10月6日午後のことだ、エジプトとシリアがイスラエルを攻撃したのだ。イスラエルでは最大の祭り(ヨム・キップル)の真っ最中であり、アラブはラマダン(断食月)だった。この奇襲で、イスラエルは当初大敗を喫した。
 エジプトとシリア軍に国内を蹂躙されたメイヤー首相は自殺まで考えたという。しかし、思い直すと、ただちに首相は核爆弾による報復を決定。ジェリコ・ミサイルを積んだトラックがネゲブ砂漠にあるイスラエルの原子力研究センターへ向かう。
 だが、この核使用を断念させたのは、フロリダから飛来してこのトラックの映像をとらえたアメリカの超高速戦略偵察機SR71Aから報告をうけたニクソン大統領、それにソ連首相ブレジネフだった。ユダヤ人はいざとなればトコトンやる。ふたりは驚愕したという。
 しかし、10日25日、戦争に勝ち、ハルマゲドン(世界の破滅)は回避された。
 話は違うが、あのアブ・ニダル(アブ・ニダル…本名サブリ・アルバンナ。1937年、現在のイスラエル・テルアビブ近郊の裕福な仮定に生まれ。パレスチナ解放機構(PLO)主流派ファハタに加わったが、同組織の穏健路線を批判して脱退。74年にイラクの支援を受けてバグダッドで過激組織「ファハタ革命評議会(通称、アブ・ニダル・グループ)」を設立した。70年から80年にかけてイラクを拠点にハイジャック、イスラエル人暗殺事件など計約100件にのぼるテロを起こして約900人を死傷させた。80年代にアメリカと手を組んだイラクを批判し、追放。その後、リビアにかくまわれたが、やがて追放されイラクに戻る。享年65)はイラクによって02年8月16日、暗殺された。イラクは自殺だとしている。また、08年末から09年や2023年におけるガザ紛争はハマスが悪いのだ。
 最近はイスラエルとUAEやクェートなどが国交を結んでいる。
 アメリカのトランプ大統領がイスラエルの支持をして、なびいた形だ。
 だが、シリアは今も内戦が続く。少しは停戦出来ればいいが。

 ここで少し、イスラム教について触れたい。
 イスラム教は、紀元7世紀に予言者ムハマンド(モホメッド)により創造された。その当時アラブはバラバラの宗教を唱えていて、そのことに嘆いていたムハマンドは洞窟で修行していたという。そのとき大天使ジブリーヌ(ガブリエル)がやってきて、「アッラーの神の声を広めよ」といった。そこで彼は神からの使者として、また予言者としてイスラム教を作ったのだという。
 コーランはそのマハマンドのいった言葉がかかれた聖書で、コーランとは、アル・クルアーン「読誦されるもの」の意味である。
 イスラム教徒は世界で12~16億人ともいわれる。世界の5人にひとりはイスラム教徒だ。
 ここで、PLOについて触れてみたい。
 パレスチナ・アラブ人がナショナリズムに目覚めたのは、1950年代だという。当時、アラブ諸国で冷戦が極限に達していた。エジプトやイラクはパレスチナ人問題の主導権を握ろうとしていた。そして、パレスチナ人が大半を占めるヨルダンでは、あらゆるパレスチナ・アラブ人に対して市民権を与えた。これがパレスチナ人のナショナリズムに火をつける結果になる。
 PLOが結成されたのもこの頃だという。1958年、クウェートとカタールにおいてアル・ファタハが組織され、4年後の1962年にはアルジェで事務所が設立された。
 その結果生まれたのが、PNV(パレスチナ民族評議会)とPLO(パレスチナ解放機構)だった。1965年、PLOはエジプトの支援によってパレスチナ解放軍(PLA)を組織。さらにパレスチナ解放人民戦線(PFLP)が、そしてそれがパレスチナ解放戦線(PLF)と結ばれる。が、長続きはせず、PFLPは真っ二つに割れてしまう。
 シリアの支援でできたのが、パレスチナ人民解放戦線総司令部(PFLP=GC)。
 1969年に、PFLPは再度分裂し、イラクのバース党支援で、パレスチナ解放人民民主戦線(PDFLP)とアラブ解放戦線(ALF)が生まれる。そして、人民闘争戦線(PS=ポピュラー・ストラグル)が生まれる。
 だが、けしてPLO組織は一枚岩でもなく、PLOがパレスチナ・アラブ人の意見を代表している訳でもない。
 93年オスロ合意で、イスラエルのラビン首相(当時・故人、95年11月5日暗殺)とPLOのアラファト議長(故人)がラビンが何秒かためらってから血に染まったアラファトと握手し、パレスチナ暫定自治合意が成った。ラビンの狙いはアラブを分裂させイスラエルの安全を守ることだった。アラファトがガザとエリコを欲しがっているのを狙ってのものだった。彼が浮き草と化して、PLO指示が揺らいでいた。結論は只ひとつ。アラファトに権力と富を約束し、不屈の英雄という名誉を与えればいいだけだった。イスラエルにとってテロの温床地区と化していたエリコとガザを暗い顔で握手提供するという老獪なユダヤ外交を見せた。〝身を切られる思い〟という演技で。世界も識者さえも騙された。ラビンにはもっと知恵があったろう。が、その後、ラビンがユダヤ人同胞に暗殺され、ふたたびイスラエルとパレスチナの戦闘が続いている。アラファトも死んだ。これがなによりの中東世界である。ISやPLOやハマスやジハード団という武装組織との訣別までパレスチナには金を与えないことだ。
 アラファトはパレスチナを代表してなかった。単なるテロリストだったのである。
 しかも、エイズか何かで04年11月11日にパリの病院で病死した。享年75歳。……
 そして、PLOはただのルーザー(負け犬)である。
 中東和平が混沌化している。
 イスラエルではイスラム原理主義集団による爆破テロが続く。ハッキリいうとアラファト(故人)はPLOを代表してなかった。なぜアラファトがPLOを代表できていたのかといえば、金庫をしっかり握っていたからだった。パレスチナ援助金で本来組織のものであるカネを私物化して、部下たちを手なずける道具にしていた。PLOでは今まで内部分裂闘争が絶えなかった。しかし、カネの力で抑えていたのだ。
  だが、カイロでサインしてしまい、ウエストバンクでこれまでアラファトを支持していた穏健派グループも愛想を尽かし、公然とアラファトを非難するようになった。ガザではイスラエルに魂を売り渡した人間として憎悪の的になった。彼はテロを抑えられなかった。反発され殺されるだけだったからだ。
 イスラエルはアラファト議長を交渉相手失格として攻撃を加えた。こうして、歴史的なオスロ合意は水の泡となったのである。米国も、ハマスやPLOの自爆テロの続発でアラファトをリーダー失格として、アッバス首相をPLOから選出させた。それで、中東新和平案(ロード・マップ)を提出し、シャロンとアッバスは『パレスチナ国家樹立』を合意。しかし、テロはおさまらず、暗礁に乗り上げている。現在は壊滅状態のISやハマスの影響下でのテロだ。2023年のイスラエルの『ガザ侵攻』については後述する。
 中東での暴力の応酬・連鎖に歯止めがかからない。パレスチナ・イスラム原理主義者によるテロとイスラエル軍の報復軍事行動…。オスロ合意からラビン暗殺以後、中東は地滑り的にケイオス(混沌)へ陥ちた。しかし、日本にとって中東情勢は〝他人事〟ではけしてない。
中東の石油に七割も依存するわが国は誰よりもこの地域の安定が大事なのだ。
 万が一、第六次中東戦争が始まり、例えばイランと衝突するようなことになればイスラエルはただちに、ホルムズ海峡を封鎖するだろう。ホルムズ海峡は底が浅いから大型タンカーを横に沈めるだけで簡単に封鎖できてしまう。現在のような世界不況の中、石油がストップすれば世界経済は大打撃をうけることは間違いない。だが、日本の政治家のようなレヴェルの人々に中東和平など出来る訳がない。だが、米国政府と連環し、両者に「和平交渉のテーブルにつかなければ援助金をゼロにする」というべきだ。
 また、今の政治力が落ちたアメリカなんかに発展途上国の復興はできない。中南米やフィリピンの例をみてもわかる通り、アメリカという国は復興が出来ない。早めにイラクの武装勢力というよりテロリストを駆逐して、軍はいいが民間人は撤退することだ。アメリカがコミットして復興したのは日本だけ。日本の繁栄は「アジアの奇跡」というより「アメリカの奇跡」なのだ。
 米国がイラクやアフガンから出ていって、イラクやアフガニスタンは第二のフィリピンになった。そういうことである。
 アメリカは中東へも欧州へも関与すべきでない。フィリピンみたいな国(実態は国民の生産性や勤務性が高いが汚職や麻薬が蔓延している)がバッコするだけだ。
 アメリカはおせっかいな癌みたいな国だ。だが、私はこの日本という国も癌だと思う。経済は確かに優れており、国民の学力(ここのところ低下の一方だが)や知識もそうとうのものをもっている。その経済力は落ちたとはいえ技術力は米国さえ恐れさせている。
日本人は政治家や官僚が悪いから生活がよくならないと思っているが、現実は違う。他人のせいにしているだけだ。
官僚や政治家の汚職は今に始まったことではない。が、いっぽうでここのところその自慢の経済力もペテンではないか? と世界から訝しがられている。
大手証券会社による株の損失補填、高級官僚と大手商社との五〇年にもおよぶ共謀談合、大手メディアの不祥事、日本企業のペテン人事、ニッサンという会社がカルロス・ゴーンなる外国人にでしか改革できなかった事実、そしてゴーンの亡命、外国人に「投資してほしい」などといいながら、結局は金儲けしか考えてないくせに、どいつもこいつも安っぽい正義だけはふりかざす。
安っぽい日本のテレビやコメンテーターの意見をきいても怒りを覚えない国民……(そもそもそんな常識があるなら、安っぽい番組に感動したり真剣に視聴したりしない)ハッキリいって日本より中国に投資すべきだ。
 また中東アラブや東欧〝反体制〟メディアが、ステレオタイプのオーソドックスなプロパガンダをここのところ流しつづけている。ハッキリと私には典型的な『憎悪プロパガンダ』だとわかる。戦争で手を失った少年、目がみえなくなった少女……虐殺現場……
 だが、このプロパガンダを分析できるものは少ない。よほどの分析力と世界観をもってないとわからない。だからアメリカでも主婦が「自分の息子が戦死した。イラク戦争は間違いだったのよ」などと煽られて一大ムーブメントを起こす有様だし、イギリスの選挙でも馬鹿な女性が首相に「あなたは嘘つきよ」などと迫った。
 はっきりとこのプロパガンダの意味している『目的』は、まさにそういう行動をとらせて、西欧(とくに超大国アメリカ)の世論をズタズタに分裂させることなのだ。が、無知で感情にもろいひとたちには『憎悪プロパガンダ』は効果を上げ続ける。
 国民の世界観や世界を見る能力が高いといわれている欧米人でさえこの有様なのだから、日本人などプロパガンダなのだということさえわからない。
 世界に冠たるピンボケ日本マスコミは「かわいそうに…」と報道し、わざわざ『60%』なる数字まであげて、「イラクでこれだけの数の罪のない子供が被害にあっていまも苦しんでます。私たち取材スタッフはこの映画(プロパガンダなのだが)のスタッフに出演者を探すのは大変だったんじゃないですか? ときいたんです。そしたらイラクには傷ついた子供たちがうようよいるっていうんですよ」とぬかす。
 ハッキリいってプロパガンダに踊らされているし、積極的に陰謀に手をかしているだけなのだが、ピンボケなので分析できない。そもそもインテリだと自負している日本の高級官僚自体が何もわかってないし、ピンボケだ。
元・外務官僚(しかも中東専門家)が馬鹿みたいに「イラク戦争は間違いだ!」などとぬかし、外務省を辞めて野に下り、本を出す。そして、そのピンボケメンタリティのまま、選挙に出て落選… 
日本人同様に世界がみえてないし、みようともしない。「イラク戦争は間違いだ!」という意見とアクションは、調べでは私が朝日新聞に投書した『イラクの〝大量破壊兵器がないという主張〟を米国が否定して戦争準備している態度は、トンキン湾事件と酷似している』という趣旨の指摘を受けてらしい。
 私は米国が「悪魔だ」などと主張したい訳でも、「ペテンだ!」などということをいいたかった訳でもない。現実として戦争は間違いなく起こるし、それは軍産複合体の利益のためである……という現実をいったまで、である。
 だが、誰もわからない。戦略とは常に最悪を想定してたてるものだ。
だが、日本人はそんな現実など知らないし、知ろうともしない。それが今だに、騙され、プロパガンダだと分析もせずに報道しつづける〝無能〟ということだ。
最近では安倍晋三(2022年暗殺)と森友学園・加計学園の桜を見る会への官僚の忖度(そんたく)と安倍昭恵婦人の政治的関与………まさに阿呆国家だ。


2023年10月7日の早朝、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム武装勢力ハマスが、イスラエルに大規模な無差別攻撃を仕掛けた。ガザ地区から大量のロケット弾で攻撃。ロケット弾の数は、二○○~五○○○発以上ともいわれており、イスラエルの持つ強力な防空迎撃システム・アイアンドームの能力を優に超えていたようだ。
その日、ハマスの戦闘員がガザを取り囲んでいる壁を越えて、イスラエルに侵入。目につく人々を無差別に銃撃し、殺害し、人質を取った。
イスラエルとガザ地区の境界には、高さ八メートルのコンクリート壁と約六○○メートルの緩衝地帯がある。無許可でイスラエルに近づくことはできない。
だが、イスラエルはその日、一週間にわたるユダヤ教の祭りが終わった後の安息日で、兵士も警察官も多くは自宅で過ごしていた。その隙を突いた攻撃だったのだ。
今、イスラエルがガザ地区を攻撃し、ハマスの殲滅作戦をやっている。確かに、罪もない子供や女性や老人が大勢、犠牲になっているのは心が痛む。
だが、ハマスはイスラム教徒テロ組織だ。イスラエル軍は民間人を狙っている訳ではない。
ハマスが民間人を〝人間の盾〟〝人質〟としてハマスの武器庫や基地の近くに民間人を配置しているからこそ、無辜の民間人が大勢犠牲になっている。
 悪いのはハマスなのだ。
『憎悪プロパガンダ』で、心が痛むのはわかるが、(イスラエル軍の誤爆もあるかも知れないが)イスラエル軍は「民間人を攻撃」しているのではない。
 ターゲットはあくまでハマスであり、ハマス組織の壊滅だ。
 紛争に反対するなら、そういうことをきちんと考えることだ。
 ただの感情論では何も動かない。
そういう認識をきちんともった上での言動をしていくことが重要だ。
むろん、人道や人命がなによりも大事である。
なら、イスラエル軍の攻撃より、ハマスの〝人間の盾作戦〟こそ、憎むべきで、あろう。





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【池上彰の世界情勢(中国編)2024】嘘つき中国共産党「中国の正体を池上彰が徹底解説」これが中国情勢のすべてだ!

2024年01月14日 13時15分43秒 | 日記












    嘘つき中国共産党政権


 ここで、中国の正体の基礎の基礎、に迫ってみたい。
 今現在は、中国は世界第二位の経済大国になった。だが、ほんの二十年前までは日本がアメリカに次ぐ世界第二位の経済大国であったのだ。(資産10億ドル(約1091億円)以上の人*日本人44人*米国人690人*中国人1058人)
 貧しい国・中国から、鄧小平氏の『改革開放政策』によって(経済は自由にやってよい。ただし、中共に逆らうな、と)中国は『世界の工場』へ。パクリ製品でも儲けに繋がった。欧米の製品や日本製品をパクることでスキルアップし、大企業へと育ったのだ。かつては、日本企業もそうだった。(『世界の工場』から『世界の市場』へ)
「日本の製品の方がまだまだ高品質でしょ?」は時代遅れ。中国の技術は、AIによるCGのアナウンサーや自動運転タクシー、大量のドローンの一斉飛行プログラム、ライトショー、……すでに日本を抜いている。今後は宇宙を支配して、経済発展だともいう。火星探査の着陸や探索を一回で成功させた。日本とアメリカは一度失敗している。宇宙技術は軍事でも使える。2020年6月、中国版GPS「北斗」完成。日本と言えばマンガやアニメだが、今後は中国になるかも知れない。(中国人アニメーター月収52万円。日本人アニメーター月収12万円)今後は中国の下請けや中国への出稼ぎ日本人アニメーターが増加するかも。
 一人っ子政策は2015年に終了し、二人っ子政策は2015年から2021年まで。現在は三人っ子政策だ。食糧不足対策だった。だが、一人っ子政策で、中国は超少子高齢化社会になってしまった。昔は、日本は世界第二位の経済大国(一位米国二位日本三位ドイツ)だったが、2010年に中国に抜かれ、(一位米国二位中国三位日本)2028年には中国がアメリカを抜いて世界一の豊かな国になる予定だとか。(2023年くらいまでは中国がいずれアメリカ合衆国を抜いて、世界一の経済大国になるのではないか、と思われていた。だが、最近、中国の『不動産・マンションブーム・バブル経済』が崩壊し(中国のGDPの三割は不動産であるが、中国の土地はすべて国有地、売り買いは〝所有権〟)(中国恒大集団(「エバーグランデ」が48兆円の負債。碧桂園(「カントリー・ガーデン」)が27兆円の負債))、『日本化』『日本病』で、三十年前の日本の『バブル崩壊』に近い状態になった。異常な土地価格の高騰により、政府が金融引き締めをして土地が大幅下落……しかも、『一人っ子政策』等で日本以上の少子高齢化。失業率も高くて、五人に一人が失業者という惨状。これを受けて世界の経済の専門家たちは「中国がアメリカを抜いて世界一の経済大国になる可能性は完全になくなった」と結論づけた。世界はアメリカと中国の経済に大々的に依存しており、その悪影響は必至だ)
 ちなみに、中国とは中華人民共和国で、〝中華〟とは世界の中心の国、という意味だ。
 独裁主義⇔民主主義。
 共産主義(財産を全員で共有する)。社会主義(儲けたお金はすべて国が管理する。みんな平等)だが、共産主義など悪平等な、とんでもない制度である。
 働いても働かなくても給料は同じなら誰も真面目に働かない。だからこそ、中国は政治こそ共産主義だが、経済は資本主義になったのだ。
 中国共産党(事実上の一党独裁)→他に8つのアクセサリー的な政党がある(中共支持党)。中国のサイバーポリスも、AIで中共に不利になる問題書き込みを抽出して、削除する。
 (中国は)監視カメラが四億台(世界全体で七億台)。反共の芽を小さいウチに摘もう、と。アカデミー賞受賞の映画『ノマドランド』の中国人クロエ・ジャオ氏(監督)の受賞スピーチも検閲で画面が消えた。彼女が過去に「中国は嘘だらけ」と発言したからだった。
 ここで少し、現在の中国共産党政権のことについて、触れてみたい。中国については〝綺麗事〟だけではなく、〝中国の現状〟もつまびらかに書いておかなければならない。
いわゆる〝嘘つき中国共産党政権〟のことだ。
 我々が中国を見るとき、「日中友好」とか「経済大国中国とのコミットメント」とかの〝お題目〟だけで中国人というより中国共産党政権の中南海(中国の国会)だけを見ている。
確かに、中国経済は勢いがあるし、わたしが中国の正体をことさらに書けば、わたしは今の習近平政権の中国に入国も出来なくなり、中国とのビジネスも駄目になるだろう。
だが、わたしは目先の利益ではなく、隣国の中国の将来を見据えて、提言したいのだ。
わたしは中国人民ではないから、逮捕とか殺されるとかはないだろう。だが、命の危険があるのは事実だ。が、それでも書く。中国本土の民主化や民主選挙など、希望があるからだ。
中国では人民が洗脳され、『文化大革命』『大躍進』『天安門事件』も教えられていない。国民が無知のほうが共産党一党独裁がやりやすいからである。
中国は経済発展は著しいが、政治や民主主義の自由はない。
そこで、その中国の独裁の詳細を解説したい。(参考文献は『嘘つき中国共産党』辣椒ラー・ジャオ氏・本名・王立銘氏(新潮社)などからである)
 王さんは亡命中国人であるからこそ、中国の事情に詳しい。では。学びましょう!
 まず、中国では『表現の自由』『言論の自由』がなく、中国でもインターネットがありますが有名ですが〝サイバー警察〟(網絡安全保衛、略して「網警」。「政治警察」は主に三つの組織。①国家安全部、略して「国安」いわゆる外事警察。②国家安全保衛、略して「国保」国内の治安維持を担当。③が「網警」。でも市民はどれも一緒ひとくくりに熊猫(パンダ)と呼ぶ。同音語だからだ)という治安維持組織が監視しています。
 天安門事件や文化大革命、大躍進、チベット侵攻、新疆ウイグル自治区問題、中越戦争(中国とベトナムの戦争)など、検索しても情報は出ません。また、習近平や中国共産党や毛沢東・鄧小平などの悪口や揶揄漫画だけで、逮捕や監禁、刑務所に収監される可能性が高いのです。
 学校では反日教育は学びますが、天安門事件とか毛沢東・鄧小平らの虐殺はまったく学ばない。そのために、中国人の若者はほとんど何も知らない、といいます。
 マインドコントロールをかけていて、国内プロパガンダで〝中国共産党〟は〝偉大〟と教えていて、騙されている国民が多いのだとか。
 国内に何億機の監視カメラがあり、国民の行動をハッキングなどでも監視している。
その中国の皇帝が習近平である。
 こう書くと、「今は二十一世紀だぜ!」と笑うひとがいるかも知れないが、監視社会や言論弾圧、反日教育、愚民化政策、洗脳、拷問、汚職……これらは真実なので勉強して欲しい。
 今の中国の小中高校では、『習近平国家主席の人生・偉大性』を教え込まれるという。まるで、ヒトラーユーゲントである。また、経済も〝日本のバブル経済崩壊〟に似てきた。
 最近まで、中国では不動産投機がおきていて、一部の富裕層が億ションなどを買い占めていた。だが、その投機のバブルが弾けて、大手の不動産会社の恒大グループ(集団)が30兆円の大赤字を出して倒産寸前である。
 無論、中国の経済のためには税金を投入して〝国有化〟するしかない。
 だが、それをすると『共同富裕(ともに豊かになろう)』のスローガンに反して、国民から怒りを買ってしまう。だが、経済を安定させるためには国有化しかない。
 恒大グループは「大きすぎて潰せない」からだ。
 まだまだ、中国共産党や習近平国家主席の〝独裁〟は続かざるを得ないようだ。
習近平は国家主席就任のメディア戦略で、「習近平は庶民的」と有名店で肉まんを買った映像から、『習大大(しゅう・だーだー(習パパ))』と呼ばれている。
 だが、〝虎も狐も退治する〟という汚職撲滅運動で、人気だが、一方で、その基盤の中国共産党一党独裁には目に余るところも多々ある。
 汚職撲滅はけっこうなことだが、ほとんど調べもせず、どんどん刑務所に入れている。
 これでは、自分のライバルや敵を追い落とすことにまで使われている、といわれても反論もできまい。習近平氏自体が、国家主席の任期を廃止したので独裁終身皇帝の誕生のようなものだ。
 習近平は、中国の八大元老・習仲勲(元・国務院副首相)の息子。共産党高級幹部の子弟が通う名門校に進学して、何不自由ない生活を送る。
 だが、1962年にその父親が失脚(*反党小説『劉志丹』事件で。1936年に戦死した劉志丹を題材に書かれた小説『劉志丹』が反党文書だとされ、関わった人間が弾圧された事件)――文化大革命で過酷な迫害を受けた。
 習近平の姉は耐え切れず首つり自殺。習近平自身も「反革命分子学級」へ追放――10代後半から七年間も陜西省の農村に下放された。
 文革後、父の習仲勲が党幹部に復帰――帝王学を学び、名門・精華大学に進学、「親の七光り」と馬鹿にされながらも敵を作らず雌伏の日々。鄧小平に国家主席に任命された江沢民(現・故人)は鄧小平に「次は胡錦涛だ」と決められていた。
 当然、鄧小平死後、江沢民と胡錦涛の権力闘争になる。それで勝った江沢民が、習近平を指名したのだった。トップとなった習近平は、自分に権力を集中させる。総書記就任と同時に中央軍事委員会主席。また数多くの「小組」を新設し、自らが直接指揮できる体制にした。(「中央国家安全領尋小組」「中央対台工作領尋小組」「中央財経領尋小組」など多数)
 習近平はなぜ権力集中が出来たか?ひとつは太子党(共産党幹部の子弟グループ)の盤石な支持と、もうひとつは国民の間で絶大な人気があるから。
人気のひとつは容姿(あの顔は中国人の目には誠実そうに見えるらしい。胡錦涛は逆に、無表情で冷たく利己的に見えるとか)、もうひとつは家族だ。父親の習仲勲は苦労人の武骨漢で、庶民の味方。奥さん(二番目)は国民的な歌手・彭麗媛(日本でいえば美空ひばりと都はるみを足したような超人気歌手)。一人娘はハーバード大学に留学した才媛・習明沢。
習近平の腐敗撲滅運動は喝さいを浴びた。だが、毛沢東に憧れて第二の毛になろうと執念を燃やす習近平……。外国の演説で、「中国は約束する。第一に、革命を輸出しない。第二に、貧困飢餓を輸出しない。第三にあなた方に迷惑はかけない」と。これは、国内は別です、ってことですよね?
また、習近平は、周小平氏らなどの若い作家をつかい、若者層へのマインドコントロールにも余念がない。ネットを監視し、2002年に、海外とのネットワークが遮断された。中国国内では、グーグルもフェイスブックも、ユウチューブもツイッターもGmailもインスタグラムも使えない。いわゆる『BATH』(バイドゥ、アリババ、ティンセント、ファーウェイ)だけである。が、若者の好奇心や批判心も、閉鎖的空間で徐々に知性や個性が死んでいくのだ。「バイドゥ(百度)があればいい。グーグルなんかいらねえ」「ウェイボー(微博)で十分。ツイッターなんかいらん」「劣った諸外国より中国の経済。政府のいうとおりにしていれば大丈夫だ」こうなると独裁政権は続くことになる。
最近、反日姿勢が鈍化して、「日本の粉ミルクと紙おむつと化粧品は最高!」「日本の炊飯器は最高」「日本の漫画やアニメは最高!」(『爆買い』で。但し、最近は新型コロナで下火)と親日みたいな感じだ。だが、反日教育は引き続き、行われている。
「日本人が嫌いなのでもなく、我々が嫌っているのは過去の日本の軍国主義だけです。わたしたちは今の日本人を憎んでいません。只、過去の日本の軍国主義を憎んでいるだけです。日本人は親切で優しいから大好きですよ」これが反日ドラマや映画をつくる監督などの中国人の常套句だ。とにかく、反日ドラマは日本人を悪役で、卑劣で汚い鬼のように(日本人の侮蔑には〝日本鬼子〟〝小鬼子〟が使われる)残虐で悪辣に描かれる。
 そんな鬼(日本人)を倒すのは中国人の英雄だ。ナイフを投げて、日本兵の一個師団を全滅させたり、中国人の子供が手に持ったパチンコで、日本軍を全滅させたりする。
 しかも、日本軍を破ったのは中国共産党軍(史実は蒋介石の中国国民党軍が日本軍と戦った)という出鱈目まで。(蒋介石が日本に「戦後賠償はいらない」といったため(何故、蒋介石が「戦後賠償はいらない」と明言したのか? これは蒋介石の国民党が、台湾に逃げてきたとき、その台湾から撤退する日本軍のすべての資産・当時の110億円をすべてぶんどれたからだ。別に蒋介石が義将でも、正義の人だからでもない。現在の価値で数兆円の資産を濡れ手で粟にぶんどれた。だからである))日本が中国に謝罪や戦後賠償をやっていないと勘違いされがちだ。が、侵略などの国家としての謝罪はおわっているし、賠償金としての中国へのODA(政府開発援助)も最近までに総額5兆円も払われた。その莫大な金で、中国は経済発展が出来たのである。
 だが、そうしたことは、中国人は何も教わらない。結局、日本国をスケープゴート(生贄の羊)にしているだけだ。中国人の汚職摘発は、数億円どころか数千億円や一兆円とか、物凄いことになっている。また、軍のトップも、「アメリカが台湾海峡に空母を派遣したら、核戦争も辞さない」とかいう狂人がトップだった。これは世界が驚いた。
 そういえば、毛沢東も狂人だった。「世界と戦いましょう! この戦争で中国は三億人の命を差し出す用意があります!」とスターリンに進言したり(スターリン首相は「三億人? こいつ俺より狂っている」と驚いた)、「核戦争をやりましょう! 中国は半分やられても三億人が残ります。中国の人口は多すぎる。人口を減らすチャンスです! 核戦争による人口抑制が必要!」とフルシチョフにいい、「中国は狂っている。もう付き合いきれない」と馬鹿にされたという。
 鄧小平も、今でこそ、〝総設計者〟〝経済発展の恩人〟とか高評価だ。が、天安門事件で人民を虐殺したのも鄧小平だった。このひとも狂っていた。
 中国の軍隊(人民解放軍)は何処の為の軍隊か? 人民? 中国人? いや、中国の軍隊は中国共産党の軍隊である。デモの鎮圧でも、市民のふりしてルールを守ってデモをする中で火炎瓶を自作自演し、デモを銃砲で鎮圧する。どこまでも卑劣なのだ。
 中国のすべての指導者が考えるのは〝面子〟だけ……。
 毛沢東は自分の面子の為だけに『大躍進』『文化大革命』で国民の数千万人を餓死させた。
 鄧小平も〝面子〟のためだけに『天安門事件』で、数万人(中国の発表では死者数百人)を虐殺した。
 中国は今は経済発展が著しいから大金があり、治安維持費も賄える。だが、金がなくなれば中国共産党一党独裁も、おわりだ。悲惨なのはその時に、民主主義政権が擁立される可能性が限りなくゼロに近いことだ。省のトップなど経済に詳しい正義のひともいるが、そのひとたちは少数派である。ノーベル平和賞の劉暁波さんも病没してしまったし、いったい誰がこの面倒で、独裁の中国をなんとかするというのか? このままでは習近平の中国共産党一党独裁は永遠に続いてしまう。それはとても不幸なことなんだよ。
なおここでは香港の民主化運動はなぜ起きたか? 学んでいきましょう。
2019年、香港の大規模な抗議活動がニュースになった。少し前にも「雨傘運動」というデモ運動が報じられていたけど、香港の人達は何に怒っていたのか?
アヘン戦争でイギリス支配下となった香港
中国は清という国だった時代の1840年、清国とイギリスの間でアヘン戦争をしました。もともとイギリスは、清との貿易で、陶磁器やお茶などを輸入し、貿易赤字を抱えていました。そこで、イギリスは赤字を解消するために、植民地のインドで麻薬のアヘンを作り、アヘンを清国に売りつけるようになります。アヘン中毒者の激増に業を煮やした清国は、アヘンを廃棄し、アヘン貿易を禁止。すると、これに怒ったイギリスが戦争を仕掛けたのです。
戦争に勝ったイギリスは、香港を植民地支配し、その後、新界とランタオ島を99年間、借り上げてしまいました。
イギリスの支配のもと、香港は自由の権限や経済活動が認められ、大いに発展します。さらに、中国大陸から共産党の支配を嫌った人たちが香港に移り住み、経済も成長します。
特に、お金持ちがお抱え料理人を連れて香港に渡って来たので、香港では中国のおいしい料理が食べられるようになりました。
反対運動がヒートアップ
1997年に、新界とランタオ島の返還時期がやってきます。イギリスは、香港島まで返す義務はなかったのですが、中国との話し合いで全部を返還することになりました。
ただ、中国共産党から逃げてきた人達は、自由が奪われることを心配します。
そこで、「一国二制度」で返還から、50年は自治制度や形成を、それまで維持できる制度を約束しました。そして香港の住民が選挙でリーダー(行政長官)を選べるようにするという話しになっていました。
ところが、実際には中国寄りの人物だけが行政長官に立候補できる制度が導入されることになっていました。それに怒った若者たちはデモに訴えます。これが2010年の「雨傘運動」でした。
そして、2019年には中国への犯人引き渡し条例を奨励。条例改正案に対する大規模な抗議活動が行われました。香港で、デモで中国共産党のことを批判した人物を、中国政権に引き渡す可能性がある。これを、デモの運動者たちは、歴史に逆行する事と訴え始めたのです。この運動の中心的人物になっていた「雨傘運動」の周庭氏などは刑務所に収監されました。
結果、防犯条例改正案は撤回されましたが、国家の安全にかかわる犯罪を禁止する「国家安全維持法」の導入が、認められました。
そして、国家安全維持法で、民主化の活動家が次次と逮捕され弾圧が始まってしまいました。一国二制度も守られなくなり、香港と中国の経済格差が縮まるにつれ、香港の中国化が急速に進んでいます。
天安門事件がよくわからない
「中国には言論の自由がない」「中国は民主化していない」とよく言われる。その背景には民主化を求める市民を弾圧した悲惨な歴史があった。
改革開放と民主化運動の始まり
天安門事件とは、1989年6月4日に、中国共産党の軍の「人民解放軍」が、天安門広場に突入し、民主化を求める学生や市民を排除した事件のこと。
そもそも、中国に民主化運動をもたらすきっかけを作ったのは鄧小平でした。
1979年に、権力を掌握した鄧小平は、個人の商売と外国資本の投資を認める改革開放政策をおこない、中国経済発展の道筋を作りました。
経済の自由化が進むと、情報を入手して、自由な言論や民主主義に触れる人も増えていきます。中国でも、知識人や学生が、民主化を求める運動を開始し、北京の街灯に、民主化を求める壁新聞が張られるようになりました。
鄧小平は、壁新聞が毛沢東批判を行っている間は放置していました。が、鄧小平自身を批判する文章が出るようになると、一転して弾圧を始めました。
1981年、鄧小平の弟子だった胡耀邦が、中国共産党主席(過去。その後、総書記の名称に変更になります)で、鄧小平は最高権力者として政治にかかわるようになったのです。
胡耀邦の死がきっかけに
その後も、自由や民主主義の運動は断続的に発生しました。が、胡耀邦総書記は黙って見守る方針をとりました。これに、危機感を抱いた中国共産党の保守派に、鄧小平も同調し、1987年胡耀邦は総書記辞任に追い込まれます。
後任として総書記にのぼりつめたのは、やはり鄧小平の弟子である趙紫陽でした。
1989年、胡耀邦が失意のうちに死去すると、その死を悼む学生たちのデモが発生しました。胡耀邦が、民主化を求める学生たちに同情的だったことで、地位をおわれたことも学生たちは知っていたので、胡耀邦の批判はその体制批判を意味していました。
天安門広場では、次々と学生や市民がつのり民主化を求める運動に発展しました。
各地の大学で、自由を求めるデモが頻発すると、中国共産党の保守派はこれを「動乱」と決めつけ、中国共産党への挑戦と受け止めました。
人民解放軍が市民に発砲
しかし、共産党のトップである趙紫陽は、胡耀邦と同じように運動を黙認しました。
趙紫陽は、訪日したソ連のゴルバチョフを前に、引退した鄧小平が裏で権限を握っていると暴露したこともあり解任されました。鄧小平は戒厳令の発言を決定し、人民解放軍によって、民主化運動弾圧の方針を固めました。
そして6月4日、装甲車、戦車と兵士が、天安門広場に突入し、広場の周辺で、群衆に向けて射撃を始めました。中国政府は、死亡死者319人、負傷者9000と発表しましたが、実際には、被害者はもっと多かったものとみられます。
それにしても中国がここまで発展してきたのはどうしてなのでしょうか。
そこには建国の父とよばれる毛沢東が、無茶苦茶にしてしまった国を立て直した、鄧小平という人物がいたからです。
大抵の中国人はとかく反日発言をしますが、台湾の人達は日本が大好き。どうしてそんな違いが生まれたのか? 歴史を知ると理解できるのです。
台湾では、民主化のデモ「ひまわり革命」の政治運動が成功しました。それが、その後の、台湾の政権交代につながりました。
一方、その運動に影響された香港の若者たちの「雨傘革命」は挫折を余儀なくされました。どうして違いが生じたのでしょうか。
そこには、台湾と香港の立場の違いによります。香港の若者たちの焦燥感は、日本の若者たちにピンとこないかもしませんが、この思いはやがて香港の政治運動に広がっていくはずです。
急激な経済成長を遂げてきた中国は、ここにきて成長にブレーキがかかって不景気に苦しんでいます。急激に成長すると、まるで階段などの踊り場で停滞し、上に進めなくなる段階を迎える。これが「中進国の罠」とよばれる現象です。中国は今まさに、この罠に陥っています。これもかつて日本が経験したことでした。
日本の歴史も、中国を抜きにして語ることはできません。例えば私たちが使っている漢字。今使っている文字。日本には中国から漢字が伝わってくるまで、文字がありませんでした。「大和言葉」と呼ばれる言葉を、文字にして記録することができるようになったのは中国から来た漢字の影響なのです。
日本は漢字をもとに、平仮名や片仮名をも編み出しました。
仏教も中国を通して、日本に伝来しました。仏教は、紀元前5世紀頃、古代インド(現代のネパールあたり)で生まれました。その仏教が中国に渡ることで、すっかり中国風の仏教に代わり、朝鮮半島を渡って日本に伝来したのです。
たとえば、仏教は墓を造りません。墓を作ったり、ご先祖を奉ったりするようになったのは中国に伝わってからで、日本もそうなりました。さらに、日本ではお坊さんが結婚してもいい、ことになりました。その話をチベットや東南アジアの仏教徒にすると、とても驚きます。お坊さんは仏に仕える身。生涯独身を貫きます。
中国の人口は現在世界一で約14億人7千万人だと言われています。実際は、もっと多いのではないかという説もありますか(笑)。(2022年にインドが中国の人口を抜いて、世界一の人口になりました。2027年には日本を抜いて、GDPで世界三位になると予想されていますね)
中国にはいろいろな民族がいます。中国では漢民族が90パーセントを占めています。が、それ以外に55もの民族が住んでいるんです。一つの国に56もの民族が一緒に住んでいる。 
民族紛争も起きやすい、ということです。また一人っ子政策がすごい。
権力を持っています。今は中国では一人っ子政策は廃止されましたが。
一人っ子政策のところで今、中国では日本以上の少子高齢化時代がきています。
「省」「市」などの都市について説明しましょう。中国の「省」は日本の都道府県に当たります。そして、「市」は日本でいう政令指定都市のようなものです。
例えば、横浜市や川崎市が指定政令指定都市です。いずれも神奈川県の中にある市ですが、都道府県と同じくらいの権限が与えられています。北京市、天津市、上海市、重慶市の四つは政府の直轄市として特別に重要な都市として位置づけられています。
では自治区ってなんだろう。現在、中国には、新疆ウイグル自治区、チベット自治区、寧夏回族自治区、広西チワン族自治区、内モンゴル自治区、合計五つの自治区があります。
では、台湾、香港、マカオを見てください。
日本の外務省のホームページを見ると、台湾、香港、マカオは、北朝鮮やパレスチナ自治区、南極、北極と並んで、その他、の地域に区分されています。
その他の地域とは、実は、公式には日本が国として認めていないという地域なのです。台湾や香港は、観光やビジネスでなじみの深い場所なのに、と不思議に思うかもしれません。
台湾と香港は、オリンピックに独自選手を出しています。台湾選手が掲げるプラカードの名称は「チャイニーズ・タイペイ」。チャイナではありません。何故、チャイナではなくチャイニーズタイペイ? どういう意味なんでしょ。
香港とマカオは「特別行政区」です。中国の一部であるけれど、高度な自治がみとめられている特別な地域。高度な自治とはどんなことかというと「独自の法律」をもち、通過やパスポートの発行が認められています。
台湾は日本が初めて得た植民地だった
台湾は、北部は亜熱帯、南部は熱帯気候です。暑くてじめじめしていて不衛生。いろんな病気も発生する。とても人の住めるようなところではない。つまりに清国が統治するまでもない「僻地」と考えられていたのです。
実際は、台湾にはたくさんの先住民がいたのですが、清にとってはそんな「化外の地」を日本にくれてやっても、全然、痛くも痒くもない。
一方、日本にしてみれば、初めての植民地です。当時は、ヨーロッパ諸国やアメリカが世界中に植民地を獲得し、共同領土を拡大しようとしていた。帝国主義の時代です。
200年以上ついた鎖国の呪縛から、明治時代に解け、明治維新が起こり、ようやく世界に打って出たばかりの日本にしてみれば「ヨーロッパ諸国のように植民地を得たい」と思っているところ、やっと植民地統治することができた。日本が初めて獲得した海外領土だ。
ここを完全に日本化し、発展させようと考えたですね。
余談になりますが、植民地支配。つまり植民地をどのように統治するかその方法はそれぞれの国によって随分差がありました。
イギリスは、本土からエリート人材を派遣して統治するのではなく、植民地の中で優秀な人材を育てようと考えました。それで植民地にしっかりとした高等教育機関つまり大学を作り、卒業生をエリート官僚として育て、植民地を治めようとしたのです。
イギリスの植民地だったケニアにはナイロビ大学、イラクにはバクダッド大学、スーダンにはハルツーム大学など、現在まで続く優秀な大学がいます。
ではフランスはどうだったか? フランスは植民地に大学を作りませんでした。
その国の優秀な人材をフランスに連れて来て、フランスの大学で教育を行いすっかりフランス人にしてから植民地に戻すということをしていました。
フランスから独立したアルジェリア、チュニジア、マリなどには、植民地時代にフランスで教育を受けた優秀な人材が残っていました。
ですが、独立後は、大学がなかったので、国を動かす人材を育てるのに大変に苦労しました。
植民地政策で、最も酷かったのがポルトガルです。アフリカではアンゴラとモザンビーク、東南アジアではインドネシアなどのすぐ東側の東ティモール。そして、ブラジルなどがポルトガルの植民地でした。
ポルトガルは植民地から様々な資源を収奪していくだけで、そういう人材育成をしようとはしなかったのです。
やがて、ポルトガル本国で社会主義革命が起こり、植民地をすべて放棄しました。
日本は超一流の人材を送り込んだ
でも、台湾の人たちは日本人にとても友好的です。年配者の方の中には、日本語で話しかけてくる人もいます。
恨まれても仕方がない歴史があるのになぜ? そのヒントにひとつを台湾の高校の教科書中に発見しました。そこには、日本に統治されていた時代の出来事が客観的にそして、冷静に記述されています。日本が台湾に人々に関しおこなった残虐な事実はもちろんですが、日本に統治されてよかったこともちゃんと書かれています。
当時、台湾には目ぼしい産業は何ひとつありませんでした。熱帯のじっとりまとわりつくような気候と、決して清潔とは言えない環境のせいで、病気も蔓延していました。
初の植民地支配を成功させて、大国と肩を並べたい。
日本政府は、台湾を文明化しようと総督を作り植民地支配に乗り出します。
のちに東京市長になる後藤新平(1850~1920)長官や新渡戸稲造(1862~1933)を始め、超一流の人材を台湾総督府に送り込んだのです。
それまで読み書きのできなかった台湾の人たちに、徹底した日本語教育を行いました。
台湾の人たちは、日本語を学ぶことで、世界の大国に対しての知識を身につけることができるようになりました。
台湾帝国大学を作り、教育レベルの向上に努め、人材の育成にも力を入れました。
中でも八田與一(1886~1940)は台湾を救った日本人として、教科書の中に大きく紹介されています。水利技術者だった八田與一は農業の生産性を高めるため、灌漑事業や水力発電のダムの建設を進めました。
第二次世界大戦が台湾の運命を描いた
清の時代に中国はどんな国だったのでしょう?
台湾で現地人たちは日本の教育によって、日本語を話すことができるようになっていました。日本語はすぐに理解できるが、あなたも味方と安心できるわけです。中国国民党による忌まわしい事件の影響もあって、台湾人の中に、日本語に対する愛着が生まれたのでしょう。
台湾の人たちにしてみれば、植民地時代の日本に対する憎しみも当然ありました。が、その後にやってきた国民党軍人たちがあまりにも酷かった。それが結果的に、「日本統治は良かった」という郷愁に繋がったのです。
当地の台湾の人たちは「犬が去って、豚が来た」と評しました。
犬。つまり日本軍は、こまかいことに口を出す。くわえて「うるさい」と。いやだけど、少なくとも「番犬」の役割は果たした。自分たちを守ってくれた。しかし、その後にやってきた豚国民党軍はただむさぼるだけで何もしてくれない。
中国国民党のルーツを持つ人を「本省人」それ以外に人のこと「外省人」といいますが、「本省人」の中にも李登輝のような優秀な人材も出てきます。2020年に亡くなってしまいましたが、日本の教育を受け、京都大学で学んだ李登輝は民主化運動に、台湾発展に非常に尽くしました。
香港の自治は今も「一国二制度」となっていますが、中国が香港の「一国二制度」を骨抜きにした訳は、経済格差がほとんどなくなり、香港が「金をうむ卵」ではなくなったからだと言われています。
国家安全維持法で、デモが弾圧、民主化運動家の周庭氏らも刑務所に送られてしまいました。これから香港、マカオ、台湾など、悲惨な未来が待っているのでしょうか?
事実上の一党独裁という意味でしょうか。中国の中にもまだ国民党の人々が残っているけれどほとんど力がないから共産党の言いなりになっている? それは違います。
実は中国には、中国共産党以外に八つの政党がアクセサリー的に存在しています。ところが、その八つの政党は、どの政党も「中国共産党の指導に従う」という党の規制規則がのべられています。
共産党の指導に従うことを獲得した政党なのか。そんなわけありません。また共産党は憲法の上に中国共産党が存在しています。
つまり事実上中国共産党の一党独裁の訳です。
日本では「司法・立法・行政」の三権分立になっている。そして国家公務員は、必ず憲法を守らなければならないと、それも憲法に書いてあります。天皇陛下の地位は、日本国憲法に規定されていますし、天皇陛下も憲法を守りますと言っています。ですから、日本の政党もすべて憲法の下で政治活動しているわけですね。これが門主主義の形です。
ところが、中国では、中華人民共和国憲法は中国共産党の指導に従うと定められています。まず中国共産党があって、その下に憲法が存在する。つまり、憲法をどう解釈するかは中国共産党が決めているのです。
14億の舵を取るリーダーは党で選ばれているのか?
中国のリーダーはどうやって決めるのでしょうか?
国民の選挙でないとすると……
中国ではリーダーを決める時に選挙は行われていません
日本でいう選挙がないのです。中国の人たちはほとんど選挙をしたことがないのです。
中央委員の中から、さらに毎月一回開催される中国共産党中央政治局に参加できる政治局員25名が選出されます。
政治局委員は中国共産党の要職に就く幹部たちです。(中国の国民が約14億人。中国共産党員が約9500万人。党大会代表が、約2300人(10年に一度の会議)中央委員が、約200人(1年に一度の会議)政治局委員が、25人(毎月一回の会議)政治局常務委員が、7人(毎日一度の会議)トップが総書記の習近平氏)(何故、常務委員の7人で決めるのか? これは毛沢東の独裁政権時代からの教訓で、独裁を防ぐためです。共産党党員は優秀なエリートで、更に優れたエリートが幹部になり政治経済をリードしている)(習近平は総書記よりも偉い、党主席を目指している。習近平が党主席になったら、完全な独裁体制の出来上がりです。チャイナセブンも習氏のイエスマンばかりですし)(独裁のいいところは即断即決。民主主義なら賛否を決めるために永延と話し合いが必要ですが)
政治局委員の中から、さらに選出された7人が政治局常務委員です。エリート中のエリートです。中国共産党の大幹部であり、国務を担う最高神指導者指導部。日本で言えば政権与党の要職と大臣を兼任してるような権力者です。
中国14億人のかじ取りを、まず7人で担っているのです。7人の集団指導体制で、国家上に関するすべてを決めます。決める方法は多数決です。だから、常務委員は7人という奇数になっているのです。2009年までは、常務委員は9人でした。
中国の国内政治に詳しい遠藤誉さんが、自著の中で「チャイナナイン」と名付けたのですが、人数が減らされて、「チャイナセブン」となりました。
そして、現在政治局常務委員のトップで過去序列1位になっているのが習近平総書記なのです。
全人代は、日本の国会にあたります。ここに集まっている代表は、中国の国民による選挙でえらばれるわけではありません。それぞれ、地区で共産党から指名された代表者が千人集まります。
政治も経済も教育もすべて共産党が主導する
もし共産党に入るのもいやだ、と断ったらどうなるでしょうか。逮捕されることはないにしても、反共産党だというらく印を押されて、生涯、出世の道はなくなるでしょう。
だから誰も断れない。共産党に入らないか? と誘われたら喜んでとなるのです。
中国企業の場合はどうでしょう。大企業の中にも、当然、共産党の組織があって、共産党がイエスと言わなければ何も決まらないという構造になっています。
大企業の社長のデスクには、仕事用の電話と、もう一台、赤い電話が置かれています。この電話は共産党の直通電話で、ホットラインなのです。
もし、赤い電話が鳴ったらたとえ会議をしていても、社長はすぐさまでとって共産党の指示を聞かなければなりません。
意思決定が社長だと思って会議を進めていると、突然、共産党の意向が割り込んでくる、ということがある。中国企業とのビジネスが難しい、といわれる一因です。
中国の若者は、本音では反日ではないといわれています。が、日本との戦争経験者を持つお年寄りもそうなのでしょうか?
お年寄りの中には、日中戦争のときに自分の肉親が日本軍によって殺された経験を持っている人がたくさんいます。本音で反日の人たちも多いでしょう。
ただ中国は広大な国。そもそも日本軍とは全く関係がなく暮らしてきた人たちもいます。
ほとんどの地域の人たちは、老人だからといっても反日ではないともいいます。
しかし、テレビでは反日ドラマが放送されているわけですから、テレビでしか情報が得られないような田舎の高齢者の人たちの中には「日本はひどいところだ」と思っている人たちもかなりいるでしょうね。まあ、中国の反日教育・反日運動というのは中国共産党政権や自分たちの不満をごまかすためのスケープゴートとして、日本が使われているというだけです。
中国はいわゆる「中進国の罠」に陥っています。
なぜ中国の経済成長に急ブレーキがかかったのでしょう?
中国の人件費が高騰したため、世界から中国に進出していた企業が、もっと人件費の安い国に工場をうつしているからだ、という話しを聞きましたが。
ほぼ正解ですが、少し深い理由があるのでそれを話していきましょう。
経済成長著しかった中国は、国全体の人件費が非常に安かった。外国の企業が、中国に工場を持てば、少ない人件費でたくさんの人を雇い、効率よく製品の製作が行えます。
海外からどんどん企業が進出してくることで、中国の経済成長は10パーセントを超える状態がずっと続いていました。
経済成長を遂げたちのちの中国は急速に経済が悪化しています。
GNP(国民総生産)は日本を抜いて世界第二位に。しかし国民一人当たりのGDP(国内総生産)を見れば世界76位です。(マカオ5位、香港18位、日本26位)です。
北京や上海には、世界でも有数の大富豪がいます。その一方で、まだ電気も水道もないようなところで暮らすひとたちもいる。平均するとまだまだ貧しい国なのです。
途上国から先進国の仲間入りをするという過渡期の国を「中進国」と呼びます。
中国はちょうどいま中進国と言えます。
そして、高度経済成長期の直後、急激に経済成長のスピードが落ちることを「中進国の罠」といいます。ます。ブラジルやアルゼンチンそして日本も、経済成長の過程で中進国の罠にはまりました。
中国の場合、北京や上海など沿岸部に工場をつくると、そこに内陸の貧しい農村地域自治体から大勢の人が出稼ぎに来ます。
彼らは、安い給料でも工場で働いてくれます。
「給料を上げて下さい」といってきても、農村部には無尽蔵の労働力がありますから、「不満ならやめて貰ってかまわない」と突っぱねることができます。
ところが人口が14億人にもいるものだから、従業人不足になることはないだろう、とタカをくくっていたら、農村地帯から出稼ぎに来る人が少なくなってきたのです。
国が豊かになってきたことで、内陸の農村部にもいろんな企業ができ始めたのです。そうなると、わざわざ遠くの沿岸部への出稼ぎをするひとは少なくなります。
労働力が不足するということはどうゆうことなのでしょうか? 労働者の方が強くなって給料が高騰するということです。
それまで余っていた労働力が底をつく状態を「ルイスの転換点」、と呼びます。イギリスの経済学者・アーサー・ルイスによって提唱されたからです。
「ルイスの転換点」を迎える中国では、工場労働者の給料が急激に高騰しています。
安くて豊富な労働力に支えられていた経済成長は、急速に停滞しています。中国は今まさに「中進国の罠」に陥っているのです。
日本でも「中進国の罠」から抜け出せたことがあります。時代は映画『ALWAYS三丁目の夕日』のような的に東北の田舎の農家の三男二男四男などや女子学生という人たちが、東京や大阪などに出稼ぎに来て、「金の卵」と呼ばれていた頃です。その時代は、農村部などから日本の発展した都市などへの労働力の移動が、容易に行われていました。
中国でもそうだったのですが、今や、「中進国の罠」から抜け出すことが課題となっています。
イギリスを追い越せの「大躍進政策」。鉄をつくれば大国だ、といって中国中の家に粗末な炉がつけられ、砂や小石まじりの鉄をつくり、何の意味もなかったことがありました。
毛沢東が権力をにぎろうとして始めた、「大躍進」と「文化大革命」で大勢の餓死者が出ました。または、毛沢東が「雀を退治しろ」といって退治したために雀がいなくなり、その結果として、虫が大量に発生して、農業が大打撃を受けたこともありました。
と、その時も数千万人の餓死者が出るんです。
毛沢東が滅茶苦茶にした中国を救ったのが鄧小平でした。毛沢東のもとには、鄧小平という優秀な政治家がいたのです。
鄧小平はプラグマティスト(実利主義者)です。
共産党の幹部ではあったのですが、国を良くするためには国民が豊かにならなければならない、という信念を持っていました。「白猫でも黒猫でも、鼠を捕る猫がいい猫だ」というのが鄧小平の考えでした。
後は、毛沢東の独裁や周恩来の病死、「四人組の逮捕」など詳しいことは、別の中国の小説とか物語の中で語っていますのでここではあえて解説しません。
「大躍進政策」「百花斉放」さらには「文化大革命」を通して、中国人たちは学習をしました。政府の指示に従って、言われるとおりのことをやると、あとで方針が変わったとき犯罪者にされてしまう。政府の言うことは一切聞かないのが一番、ルールなど守る必要はない。このようにして、中国の中国人がルールを守らない性格が生まれました。
また、中国の都市は、ごみが散乱していてきたないです。が、日本も東京をオリンピックがある前までは、列車や公園にごみが散乱していました。
「文化大革命」で中国人の道徳感が破壊されたのです。
毛沢東が指名した国家主席が劉少奇でした。(劉少奇の妻は王光美(おうこうび、ワン・クァンメィ(1921年9月25日―2006年10月13日))元・大学教授で、英語・フランス語など堪能。子供の面倒見の良い良妻賢母の妻で、国際的な人気があった。しかし、毛沢東の四番目の妻・江青が嫉妬して、王光美と劉少奇を〝文革〟で失脚させた)劉少奇は毛沢東自らが指名した国家主席でした。表立って、劉少奇を批判し引きずりおろすことはできません。そこで毛沢東どうしたのか。「社会主義は共産主義へといたる過程にすぎず、一層の共産主義社会を誕生させるためには、継続的な革命が必要だ」という独自の持論を展開したのです。
そして、今の国家体制は停滞している。革命を起こして新しい国をつくるべきだ。
その考えから「文化大革命」「大躍進」などが生まれました。それによって中国は大破壊されたのです。それを救ったのが鄧小平でした。
中国の「一人っ子政策」において日本以上の少子高齢化になっているが中国です。
インドのような「人口ボーナス」もなくひたすら少子高齢化になっています
中国ではジャスミン革命が起こらなかったのです。
(蔣介石の妻は、宋家三姉妹と呼ばれた大富豪の娘たち。三姉妹の三女の宋美齢(そうびれい(1898-2003))国民党の指導者・蔣介石の妻であり、パートナー。(国民党を支援)英語が堪能。晩年はアメリカで暮らした。台湾人女性などの米国留学を支援し、その中にはのちの台湾総統・蔡英文氏(2024年1月の台湾総裁選で、民進党の頼清徳さんが、国民党の候友宜候補と第三党の柯文哲候補をやぶって当選。新しい台湾総統に就任)も)(宋家三姉妹のうちの長女が宋靄齢(そうあれい(1889-1973)であり、中国で最も裕福で財務大臣の孔祥熙と結婚した。(国民党を支援))次女の宋慶齢(そうけいれい(1893-1981)は、孫文夫人・未亡人であり、中国共産党を支援した。文革で江青に攻撃され、四人組逮捕後、名誉回復。死後、中華人民共和国名誉主席に任命された))
(また、ここでは独裁者の死因のトリビアである。毛沢東に関しては、適切な衛生状態を保つのが困難だった(キャサリン・ゲイの伝記『毛沢東の中国』より)。入浴も歯磨きもせず、代わりに熱いタオルを好み、お茶を飲んでいた。それで膿瘍や虫歯が。晩年は何度も心臓発作に見舞われた。若い頃は気管支炎を繰り返し、結核にもかかった。最終的に、1974年に筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された。筋力低下は、徐々に悪化し、最終的にはコミュニケーション能力も失われ、2年後に他界した。
 蔣介石は、70歳を過ぎたころに、排尿障害に見舞われた。手術をしたが、治らず、彼は失禁し、膀胱をコントロールできなくなった。「蒋介石はひどい失禁症で、〝会議のおわりには、側近をのぞいて全員が退席するまで着席しているのが日課だった〟(尿まみれのズボンが目撃されるのを防ぐため)」(ジョイ・テイラー伝記『蒋介石と現代中国の闘争』より)(インターネット上の記事参照引用))
(*周囲の国が貢ぎ物を持って来る朝貢、その国を属国として認める「冊封体制」が中華思想であった。*習近平総書記は、アヘン戦争以後、中国は内憂外患の暗黒時代を迎えたと言う。1840年に起きたアヘン戦争以後の百年間が、中国にとっては恥だと考えているからだ。*中国は「九断線」という破線を引き、南シナ海を自国の領海だと主張している。明の時代の鄭和の南海遠征を、その論拠としている。*毛沢東でも実現できなかったことが台湾の奪還。習近平の野望はそこにある。『世界情勢のきほん』池上彰著作(ポプラ社)92ページより引用)(GDPでの経済大国では現在、一位がアメリカ、二位が中国、三位がドイツ(2023年に抜かれた)四位日本、五位インド(2026年に日本を抜く予定))
中東のジャスミン革命はSNSだけで「改革」が行われたように思われますが、実は違います。中東にはアラブ諸国にのみ放送をする「アルジャジーラ」があったので、革命を起きたのです。が、中国にはアルジャジーラらがありません。その結果、革命は起こらず、香港の「雨傘革命」も弾圧されたのです。
中国政府と台湾、香港、マカオ、米中関係、北朝鮮……なんにせよこれからが「動乱」の時期である。この中国の情勢は我々と無縁ではない。そのこともまた事実なのだ。
 また、今、中国にはかつての毛沢東のように、習近平の肖像画や銅像などが中国国内で溢れているのだとか。毛沢東の文革や大躍進ほどではないものの二の舞の体を見せているのだとか。毛沢東以来の独裁者の誕生ですね。任期十年の主席ポストも任期を廃止して、永遠にトップでいられるようにまでしましたし。我々は、ほんの隣の国で、毛沢東に匹敵するような〝独裁者誕生〟を目撃している。まさに、皇帝、の誕生なのです。恐ろしいですね。
                     (池上彰氏著作より引用)

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 イヤーオブドラゴンとなる24年は、台湾総統選をはじめ、アジア情勢が急変する可能性をはらんでいる。激動の時代のナビゲーターに池上彰氏を迎えてのスペシャル講義の後編は、台湾、中国、そして日本はどうなるのか? 緊迫のアジア情勢を熱血ストレート解説する!

ーー東アジア情勢をお願いします。
池上 はい、まず何より1月13日は、台湾総統選挙が控えています。民進党、国民党と、民衆党の三つ巴の戦いになっていますが、台湾の世論も割れているんですよ。今の民進党政権によって、例えば熊本県に工場ができた半導体のTSMCのようなIT部門で働いている人は、高給取りになったわけですが、それとは無縁の人たちは、非常に生活が苦しく、格差が広がっているんです。つまり、民進党のおかげで豊かになった人たちは、中国に飲み込まれるのは嫌だ。反対に民進党の政権の下で、生活が苦しくなってしまった人たちは、中国でもどこでも、自分たちの暮らしがよくなることを望んでいるわけです。
ーーここに中国が影を落としているわけですね。
池上 そうなんです。今、中国は民進党に対し様々な嫌がらせをしています。中国大陸から民進党がいかにひどいかという、フェイクニュースが大量に出てきています。あるいは、中国軍によって、戦闘機や爆撃機が台湾ギリギリまで飛んできている。台湾の軍隊は毎日のようにスクランブル発進しなければならず、すっかり疲弊しています。そうすると台湾の国民も、民進党だからこんなに怖い思いをするんだと脅威に感じるわけです。
ーーひたすら恐怖心を煽るわけですね。
池上 反対に国民党は、中国と仲よくやりましょうという政策ですので、中国は「国民党だったらこんなに怖い思いをしなくてもいいよね」と台湾の世論を動かして国民党を勝たせようとしている。国民党に勝たせることができれば、台湾をまるごと中国寄りにしてしまえるという戦略なわけです。これぞ、戦わずして勝つ、「孫子の兵法」なんですね。
ーー台湾有事が心配です。
池上 中国は2027年までに、台湾を軍事的に占領できるだけの力をつけろと習近平は言ってますから。だから、ここ1~2年で戦争することはないでしょう。アメリカは台湾関係法で台湾を守ると言っているので、もし中国が台湾を攻撃した時には、アメリカ軍が台湾に救援に来ます。今の中国軍では、アメリカ軍が台湾を助けに来る際、アメリカ軍を途中で止めることはできません。だけど、2027年までにはもっと空母を造るなどして、中国はアメリカが東シナ海や南シナ海に入れないような力をつける。こうすれば悠々と台湾を占領できるわけです。2027年といえば、習近平の3期目の終わり。つまり、これがうまくいけば4期目が見えてくるわけですね。
ーーそして、習一強の独裁政治が続くことに‥‥。
池上 その一方で、中国は住宅バブルが弾けてしまったので30年前の日本のような状態になっていますね。これを「中国のジャパナイゼーション」、日本化と言います。
ーー日本人としては複雑な気持ちです。
池上 ハハハ。でも、思い出してください。日本のバブルがなぜ弾けたかと言えば、バブルの時に土地の値段がどんどん上がったでしょ。その結果、普通のサラリーマンがマイホームを持てないと悲鳴を上げたわけです。そこで、当時の大蔵省は、金融機関に対し、不動産購入にお金をあまり貸さないよう指導したわけです。これが「不動産融資総量規制」です。これにより、金融機関は不動産売買にお金を貸してはいけないという意味だと忖度し、その結果、住宅が暴落し、バブルが弾けたわけです。中国も住宅バブルでどんどん金持ちとそうでない人の格差が大きく広がってきた。そこで、習近平は「共同富裕」、みんなで豊かになりましょうという方針を掲げ、マンションバブルに乗じている人だけが金持ちになるのはダメだよという方針を打ち出し「金融機関に不動産を買う時にそんなに金貸すな」と指導したわけなんですね。
ーー確かに日本と同じ構造ですね。

池上彰が「危ない中国」をズバリ解説(2)失業率20%超!大学卒業しても働き口なし…増える「専業子供」

池上 中国経済は非常に深刻な状態になっています。とりわけ、若い人は4人に1人が大学を出て、4人に1人は就職できない。失業率がもう20%を超えています。あまりに失業率が高いので数字を発表しなくなったほどです。
ーーそれはヒドい。今後、習近平体制への批判は高まるのでしょうか?
池上 いえいえ。批判すると捕まりますから。もちろん不満は持っています。中国は経済発展する中で、大学をたくさん作りました。その結果、大学卒業生が大量に生まれたのに、その学歴に見合う様々な産業が育っていません。結果的に大学を卒業しても望む就職ができないわけです。高卒で就職するのと同じようなところにしか行けない。今、中国の流行語が「専業子供」。就職せずちょっとバイトだけして親の家に居候する若者が増えているのです。
ーー「大学は出たけれど」という邦画がありましたが、中国人は銀座でブランド品を爆買いしているのばかりだと思っていました。
池上 確かに富裕層は日本に来てマンションなどを買い漁っています。でも、本当の金持ちはヨーロッパやアメリカに行っています。だから、洗練されてる金持ちの中国人は欧米に行くわけで、やっと生まれて初めて海外旅行に行くよう人たちが手近な日本に来たりするので、マナーが悪いわけですよ。ほら、1970年代に、日本の農家の人たちが土地を売って金が入って、生まれて初めての海外旅行でヨーロッパに行って、ステテコ姿でホテルの中を歩き回ったりしてたことがありましたよね。あれと同じ状況です。
ーー確かに。中国の日本人化なんですね。
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【池上彰の世界情勢2024】長期化するロシアのウクライナ侵攻(池上彰が複雑なウクライナ侵攻を徹底解説する)著作より引用参照

2024年01月14日 11時04分30秒 | 日記












 長期化するロシアのウクライナ侵攻

 ロシア・ウクライナ両軍、すでに50万人が死傷している。
 (中訳)常任理事国は、自身に不利な決議案が提出されると、拒否権を使います。したがって、常任理事国に利害関係が及ぶ国際紛争については、国連では解決できないことがあります。そのため、後にオランダのハーグに「国際司法裁判所(ICJ)」と「国際刑事裁判所(ICC)」という二つの国際的な裁判所が設立されました。
 国際司法裁判所の役割は、国と国との争いを国際法に基づき審理し、平和的に解決することです。
 ウクライナの提訴を受けた国際司法裁判所は、2022年3月16日、ロシアに対し軍事行動を直ちに中止するように命じました。しかし、ロシアは裁判所に出てこず、判決を無視しました。
 国際司法裁判所の決定は拘束力を持ちますが、それを行使する直接的な手段がないため、この判決は今も無視され続けています。(中訳)
 ロシアはウクライナに軍事侵攻し、占領したウクライナの子どもたち少なくとも1万6000人をロシア国内に連れ去ったとされています。親がロシア軍に殺されて孤児となった子どもには、ロシア国籍を与えてロシア人の養子にしました。また、親がウクライナにいる子どもに対しても「ロシアのキャンプに参加しよう」と言って連れ去り、ロシアで愛国教育を施しているとされています。(中訳)
  経済制裁で戦争をやめさせることはできるのか
 (中訳)ロシアの物資・戦費調達を困難にして、ロシアを経済的に困った状態に追い込み、戦争継続を難しくさせようというのです。
 ただ、経済制裁はロシアに甚大な経済的被害を与える一方で、経済制裁に参加する国にも、大きな影響を及ぼします。(中訳)
 ロシア産のエネルギー資源を購入するのをやめたところで、結局は、代わりに中東からそれらを買わなければなりません。中東の石油や天然ガスを欲しがる国が増えれば、それだけ石油や天然ガスの値段も上がります。
 火力発電では石油や天然ガスを燃料にしていますから、火力発電を使っている国では電気代が値上がりしています。
 ロシアもウクライナ同様に小麦が多く採れる国ですから、以前は世界中にロシア産の小麦が輸出されていました。ウクライナとロシアの2カ国で、世界に輸出される小麦の約3割をまかなっていましたから、ロシア産の小麦を買わないとなると、その分をほかの国から買うしかありません。したがって、世界中で小麦の値段も上がっています。
 ウクライナではトウモロコシを大量に輸出(家畜のエサ・牛肉・豚肉の値上がり)していました。また、食糧不足は肥料の面でも影響がある。肥料の三大要素は、窒素、リン酸、カリウム。ロシアはカリウムの産地でもある。農作物でも大打撃である。
   戦争を終わらせるのはなぜ難しいのか
 人類の歴史を見る限り、戦争を始めるのは簡単だが、終わらせるのは非常に難しい。
(中訳)同じように、ロシアとウクライナの戦争も、そう簡単には終わらないでしょう。両軍で甚大な被害が出ていますが、大国ロシアの戦争継続能力はまだ失われていません。主要産油国の一つであるロシアが戦争の当事者であることで原油価格は高騰し、西側諸国による経済制裁の効力を弱めています。
 (中訳)結局、この戦争の落としどころが見えていません。今、停戦すると、どちらも戦争に負けたことになるからですね。ウクライナは国土の約18パーセントを奪われた状態ですし(2023年6月時点)、ロシアは自国領と宣言した東・南部の4州(ルハンスク州、ドネツク州、ヘルソン州、ザポリージャ州)を制圧できておらず、国土を守れなかったことになります。両国とも引くに引けないのです。
 それでもこの戦争が終わるとすれば、戦闘が3年、4年と続いた末に、国力に劣るウクライナが兵士や武器の枯渇で力尽きるときでしょう。
 ロシアより損耗は少ないとしても、戦場では兵士が死に続けていますので、やがて補充しきれなくなります。戦場に行けば高い確率で死ぬわけですから、「死にたくない」と思う人々の兵役逃れも起きているといいます。
 砲弾もすでに不足し始めています。今はアメリカなどが支援していますが、ここまで武器を供与してきたNATO諸国、特にハンガリーやポーランドの支援疲れも見え始めています。
 戦争での燃料価格高騰や物価高騰に耐えられなくなっている国も出てきています。そういう国は支援を減らしてしまうかもしれません。
 つまり、ウクライナが「弓折れ矢尽きる」という状態になったら、戦争は終わるかも知れません。(後訳)
 『池上彰の世界情勢2024』池上彰著作(毎日新聞出版)p52~79引用参照
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池上彰が「世界の危機」をズバリ解説!(2)犠牲者の多いロシアがそれでも勝つ理由とは
池上彰23.2.9号

ーーもう1つの戦争も長引いています。ウクライナは6月から領地奪回の攻勢に出ました。
池上 これが失敗でした。反転攻勢が全然できず、ひたすら犠牲が増え続けていますね。おまけに武器弾薬もそろそろ尽き始めています。ロシアが攻めてきても、防戦できなくなってきているわけです。
ーー今、盛んにウクライナへの支援疲れが囁かれています。
池上 ウクライナは武器兵器すべてアメリカ頼みですが、共和党のトランプ派がウクライナへの追加予算に反対しています。つまり、今のままだと、年明けウクライナに対して、アメリカから軍事物資やお金が届かなくなります。つまり、ロシアと戦えなくなるということです。
ーー戦争が終わるっていうことでしょうか?
池上 ええ、終わるというよりも、ウクライナが負けるということですね。
ーーええっ! ゼレンスキー大統領はバイデン大統領とも面会していますが。
池上 バイデンとしてはなんとしても予算を確保したい。でも、下院は共和党の方が多いから、予算が通らない。共和党の中でも、いわゆる昔ながらの主流派は、やっぱりウクライナの民主主義が負けてしまったら大変だって思うわけですね。だけど、今や共和党はトランプ派に乗っ取られてしまった。トランプ派の議員は、ウクライナなどどうでもいいんです。「なんでヨーロッパのことに我々のお金を使うんだ」「メキシコ沿いの国境から不法移民が大勢入ってくる。そのための壁に金を使うべきだ」と主張するわけです。
ーーということは、意外にプーチン大統領が勝ってしまう?
池上 いやいや、予想通りの展開ですよ。プーチンにすれば、どうせアメリカは共和党が多ければ、ウクライナの資金援助がなくなるとわかっていたわけです。実際、24年の大統領選挙で、トランプが当選すれば、ロシアの勝利は確実でしょう。だけど今、ウクライナは米大統領選の結果を待たずして力尽きるかもしれない。ウクライナはそもそも人数が少なくて、もうすでに兵士8万人が死んでいますが、負傷者まで含めれば20万人の犠牲を出し、兵力が不足しています。一方、ロシアは人口が多く、今回さらに17万人の兵隊を追加しましたけど、人海戦術でまだまだいくらでも兵隊は送れるわけです。もちろん、死者の数だけ見れば、ロシアの方がウクライナよりはるかに多いんですが。
ーー日本は3月に岸田総理が必勝しゃもじを持って現地入りしましたが。
池上 しゃもじでどうやって戦争するんだって話ですよ。それに日本はウクライナを支援しているようで実際にはほとんどしていません。反対に、ロシアから大量に天然ガスを買っています。サケもエビもカニもいっぱい入ってくる。日本はロシアに対し、実質的な経済制裁はしていないのですよ。
ーーそうだったんですね。では24年、ウクライナ問題はあまり注目されなくなる?
池上 いやいや、大変注目されますよ。だって、ウクライナが負けるっていうことは、もうヨーロッパが、ロシアの大変な脅威に晒されるということです。先日ウクライナのお隣、モルドバに行ってきたのですが、もう本当にあっという間に、ロシアに飲み込まれてしまうかもしれないという危機感がありましたね。
 そのモルドバの東側に、未承認国家の沿ドニエストル共和国というのがありますが、ここにはロシア系住民が大勢住んでいるので、その沿ドニエストル共和国が、1992年にモルドバから独立するって言った時に、モルドバがそれを認めないぞと軍事弾圧をし、内戦になるんです。その時、ロシアは、「ロシア系の住民を助けるため」と言い、軍隊を送り込みました。結果的にモルドバは停戦しましたが、それ以降、今もロシア軍1500人が駐留しています。どうです? ウクライナと似ていませんか?
ーー確かに、そっくりです。

池上彰が「世界の危機」をズバリ解説!(3)トランプ再選でウクライナ戦争は終わる

ーー2024年は問題の米大統領選が控えています。
池上 ここにも、イスラエルとハマスの問題が絡んできます。というのも、イスラエルとハマスの戦闘の前までは、バイデンとトランプの支持率は、ほぼ拮抗していたんです。ところが、ガザであれだけ大勢の民間人が殺される映像が出てくると、バイデンを支持した民主党のリベラルな人たちも、「あまりにイスラエルはひどい、やりすぎだ」となり、さらに「そのイスラエルを支援するバイデンにはがっかりした」となる。特に前回の選挙では、Z世代と言われる若者たちが大勢バイデンに投票したのですが、今や、このZ世代がバイデンに幻滅している状態です。とはいえ、トランプには絶対投票しませんが。11月の選挙ではトランプは岩盤支持によって前回と同じだけの票を取るわけですね。これに対し、バイデン支持者は大量に棄権となり、得票数が激減しそうです。結果的にトランプが再選されると。
ーーまさか、トランプがカムバックする事態になるなんて!
池上 つまりイスラエルとハマスのことがなければ、11月までギリギリどっちになるかわからないという状態でしたけど、今選挙をやればトランプ圧勝ですよ。
ーートランプは裁判をいくつも抱えていますが?
池上 裁判になればなるほど、トランプ支持者は、全面的にトランプを支持します。おまけに、起訴されるたびに政治献金が大量に集まっている。だからトランプは、これはバイデンの陰謀だ、民主党の陰謀だと言っていればいいのです。
ーーもしトランプが再選されたらどうなるのでしょう?
池上 トランプは自分が大統領だったらウクライナの戦争は1日で止めさせてみせるって言っています。なにしろ支援を全部やめろと言っているわけですからね。ロシアに降伏しろと言うでしょ。あるいはNATOから脱退だってあるかもしれません。なんでヨーロッパのためにアメリカが金出すんだっていう考えですから。
ーー昔のモンロー主義に戻るってことでしょうか。
池上 その通りです。昔というより、元々アメリカはモンロー主義の国なんですよ。だから第一次世界大戦でも、ウィルソン大統領が国際連盟を作ろうって言ったのに、議会は反対。アメリカは国際連盟に入らなかったわけです。第二次世界大戦だって、ヨーロッパでいくら戦争が起きても、アメリカは参戦しようとしなかった。日本が真珠湾攻撃をしたことによってようやく参戦したわけです。だから、英チャーチル首相は、真珠湾の一報を聞いて「これで我々は勝った」と大喜びしたわけです。
ーーアメリカは「世界の警察」というわけではなかったわけなんですね。
池上 本来はモンロー主義なんだけど、第二次世界大戦後、東西冷戦と言って、ソ連というアメリカにとって大変な脅威の国家ができたため自分の国を守るべく、ソ連包囲網で周りの国を支援していたというのがその実態です。だから、トランプは、本来のアメリカファーストに戻っているということですね。
ーーアメリカ第一主義に戻るとどうなりますか?
池上 トランプの1期目の終わりに、在韓米軍を撤退させるって言ってたことを覚えているでしょうか。当時は文在寅大統領でしたが、「あんな態度を取ってる韓国をなんでアメリカが守らなければいけないんだ」と怒り、在韓米軍を撤退させると言い出した。さすがに当時の側近が必死に止めました。その時、「では2期目にやったらどうですか」と言うと、トランプがニヤッと笑ったという。
ーー次は在日米軍に対しても、日本にもっと軍事費を払えと迫りそうです。
池上 例えば、アメリカは台湾を守るって言っています。台湾を守るための軍隊は、在韓米軍と在日米軍です。その在韓米軍がいなくなったら、果たして台湾を守れるのかどうか。それだけじゃありませんよ。トランプなら「なんであんな小さな島を守るためにアメリカが金出すんだ」って言い出しかねない。これを「もしドラ」ならぬ「もしトラ」問題と言います。
ーープーチン、ハマスの次はトランプで怯える年にならないことを願うばかりです。

池上彰:1950年、長野生まれ。73年NHK入局。94年より「週刊こどもニュース」を担当。05年に退局後は、フリージャーナリストとしてテレビ出演・執筆活動を続けるほか、名城大教授など複数の大学で学生を指導。

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【大阪万博の中止を!儲からないし、意味がない。只の損】やらなくていいことをやめられないのは、そこに『利権』があるから。

2024年01月12日 08時21分06秒 | 日記













   やらなくていいことをやめられないのは、そこに『利権』があるから。

 すべて『利権』がらみの問題だと思う。
 2025年に大阪の夢洲(ゆめしま)で大阪万博が開催されるが、有識者や研究者が口をそろえるのは「絶対にペイしない。儲からない」ということである。
 今まで、大阪では三回万博が開催された。確かに、1970年の大阪万博は盛り上がった。だが、それはディズニーリゾートさえない時代である。
 1990年には花博と称してまたも大阪で万博が開催されたが、まったく盛り上がらなかった。多分、夢洲での万博が開催されても、日本人はユニバーサルスタジオジャパン(USJ)に行くだけではないか? 明らかに失敗するのが火を見るよりも明らか、である。
 だが、IR(公営カジノの誘致)にしても失敗するのが大体予想できるのに中止にできないのは今が答えのない時代である、と政治家も官僚もわかっていないからだ。
 答えのない時代に、答えを見つけようとすると過去の成功体験に拘ることになる。
 そして、そこには『利権』があり、簡単にやめることが出来ない。
「もう工事を始めているし……」と、損切りもできないし、利権も守りたくなる。
 今の時代、万博もIRも儲からない事業である。
 師の大前先生は、IRが儲からなくなったのは中国のハイローラー(超高額の博打金を賭ける大金持ち)を当時の習近平政権が粛清したからだ、という。
 儲からないのが、失敗するのがわかっていて、やめられないのは利権を守るためである。
 それは『花粉症対策』でも同じことである。
 日本人の花粉症の羅漢率は40%と、物凄いことになっているが、誰も政府も対策を打たない。何故か? そこに利権があるからである。
 花粉症であれば、まずは医者。花粉症での患者という顧客の確保である。そして、製薬メーカー。花粉症の薬の販売の儲け――――――胃腸炎の特効薬はもうあるようだが、花粉症の特効薬はまだない。花粉症で死んだりしないが、患者に大量の薬を処方し、製薬会社と医者のウィンウィンな関係がないと困る、ということ。
 まずは、2025年の大阪万博の開催中止、これが一番望ましい。
 絶対に、夢洲での万博は失敗する。まだそれほど金をかけていない今こそ、〝損切り〟で、開催中止にして馬鹿なことはやめることだ。
 利権があるから、なかなか思うようにいかないかも知れないが、国民が中止を望めばいいのだ。原発に反対するだけでなく、夢洲での万博も反対してほしい。
 それこそが原発停止なんかより大事なことである。


臥竜  長尾景虎 2024年1月12日午前8時19分

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【最新情報まとめ】石川県で震度7の地震  多数の建物が倒壊・焼失 30人死亡

2024年01月02日 16時27分20秒 | 日記
【最新情報まとめ】石川県で震度7の地震  多数の建物が倒壊・焼失 30人死亡
© テレビ朝日
1月1日午後4時過ぎ、石川県で震度7の地震があり、気象庁は石川県能登に大津波警報を発表した。大津波警報は1日午後8時半に津波警報に、その後、2日1時15分に津波注意報に切り替わった。2日午前10時にすべての津波注意報が解除された。現地では断続的に地震が続いている。


▼被害等の最新情報を随時更新
石川県内の死者34人に  輪島市で新たに4人の死亡確認(2日15:35現在)
石川県輪島市によると、2日午後3時現在で新たに4人の死亡が確認され、市内の死者は

19人となった。これまでに珠洲市で6人、七尾市で5人、穴水町で2人、羽咋市、志賀町では、それぞれ1人の死亡が確認されていて、石川県内の死者は少なくとも34人になった。


【断水】5県26市町に 医療機関で停電や倒壊の場所も 厚労省(2日15:20)

石川県や富山県など広範囲で断水。影響は5県の26市町に及んでいる。

2日午前7時の時点の断水発生は以下のとおり

【石川県】金沢市、輪島市、珠洲市、羽咋市、七尾市、志賀町など13市町。

【新潟県、富山県、長野県、福井県】一部の地域

断水は5県26市町に 医療機関で停電や倒壊の場所も厚労省まとめ


 まずは、今回の震災で犠牲になられた方・または被害にあわれた方にはなんていうか、言葉もないですがお悔やみと励ましの言葉を送りたいです。余震などで、まだ安心できないでしょうが、お大事になさってください。
また、震災で、どうしても火事場泥棒のような輩もいますので、自宅の戸締りや貴重品はきちんと管理して、また、フェイクニュースのような偽情報に騙されないでください。
高台に自動車で避難してらして、自動車内で宿泊という方は、「エコノミークラス症候群」に気をつけてください。
数時間に一回は外に出て、ラジオ体操を。また、寒くて大変でしょうが出来れば、公民館の避難所を利用してください。すぐに、支援物資がくる筈ですので。水も食料ももうすぐ来るでしょう。ですが、高台に車中泊ですと、支援が遅れる可能性もあるので。まあ、皆さんすごく賢いので、杞憂でしょうが。
 昨日はこちらも大揺れでした。どうか命を第一にお考えになって、大事に過ごしてください。
 すぐに支援物資が届くはずです。それまで、頑張ってください。負けないで!

  臥竜。長尾景虎。2024年1月2日16時24分

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