緑川鷲羽(改名、上杉(長尾)景虎) 上杉奇兵隊日記「草莽崛起」<上杉松下村塾>

政治経済教育から文化マスメディアまでインテリジェンティズム日記

スウェーデン日朝政府間協議「北朝鮮すべての拉致被害者の再調査約束」のペテンno2

2014年05月30日 17時42分12秒 | 日記







北朝鮮とのスウェーデン・ストックフォルムでの日朝政府間協議で「北朝鮮政府がすべての拉致被害者の再調査を実施すると約束した」と、安倍首相が発表した。言っておくが犯罪者が自らの犯罪を再調査すると言っただけ。拉致被害者家族に淡い希望だけをみせて、結果また偽遺骨…の方がよほど残酷だ。テロ国家の約束等無意味だということ。
 また、ちゃんと再調査がなされたとの状況をちゃんと確認もしないうちに一部の「経済制裁解除」など只の馬鹿策だ。
相手はテロリストたちであり、テロ国家なのだ、という当たり前のことをもう一度考えて欲しい。先進国の常識として「テロリストとは交渉しない」というのが常道であり、今回の政府間協議など馬鹿馬鹿しい行動であり、確実に横田めぐみさん等の拉致被害者は帰国しないし、拉致問題などなにも解決しないだろう。
 安倍晋三氏は功を焦って、道を誤った。
また、騙されるだけだ。
おひとよしや戦略的外交もどきの「火遊び」はとっととやめることだ。
「経済制裁」は絶対に解除してはならない。
何故、いつも騙されるのか?歴史に学ばない日本の政治家や官僚の劣化はここまで進んでしまったのか。
 残念。
 安倍氏が「拉致問題解決の第一歩」等と本気で考えているとしたら「御気の毒に」というしかない。やはり「馬鹿野郎」と「学歴エリート」の連中だ。
安倍政権の対北朝鮮戦略がブレまくっている。スウェーデンでの日朝政府間協議で「北朝鮮が確かな文章で我々に渡してきたのだから今度こそ間違いない」…どこまで「希望的観測」だけで動くのか?アンタ方は私に「立派な文章でも印刷し渡すだけなら誰でも出来る」と言ったよな?何故冷静になれないんだ?

大前研一艸風伝<船中八策>平成の坂本竜馬による師匠・大前氏(平成の勝海舟)評伝7

2014年05月30日 04時11分16秒 | 日記








破綻処理決定を一元化(国境越え経営悪化監視)<欧州で発足する「銀行同盟」の役割は?>2014年4月27日毎日新聞記事(坂井隆之氏記事)(バックグラウンド→欧州危機ではギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペイン、キプロスの5か国が自力で対処できず、ユーロ圏諸国と国際通貨基金(IMF)から総額約4500億ユーロ(約63兆円)の支援を仰いだ。現在は、危機は収束しつつあり再防止策が焦点。EUの欧州議会は2014年4月15日、銀行の破たん処理を一元化する法案を可決し、銀行同盟発足が確定した)*欧州で「銀行同盟」を作ろうという動きがある。欧州でユーロという同じ通貨を使っている18か国は、銀行の経営に目を光らせ(監視・検査)、経営が著しく悪化した銀行はつぶす(破綻処理)ことを各国ばらばらに行ってきた。これらを統一(一元化)し、破綻処理などに必要なお金を一緒にしようとしています。何故必要か?欧州で2010年以降深刻化した経済危機の教訓から、各国任せでは危機の再発を防げないと判断したためです。危機のきっかけは08年のリーマン・ショック後の不況で銀行の経営が相次いで悪化したことでした。各国政府は多額の公的資金(税金)を投じて銀行を救済しましたが、政府の懐(財政)は急激に悪化。それらの国が借金するために発行する国債は信用を失って、価格が暴落した国債を大量に保有する銀行の経営がますます悪化するという悪循環に陥りました。危機の原因は?リーマン・ショック前に欧州の銀行は不動産投資などに巨額のお金を投じたり貸したり(投融資)していました。ユーロという同じ通貨が使える為、銀行は手間や費用をかけずに国境をまたいで活動でき、不動産などへの投融資をどんどん増やしていきました。リーマン・ショック後に不動産などの価格が暴落し、銀行は多額の損失を抱えましたが、監督が各国ばらばらだったため、国境を越えた投融資の行き過ぎをきちんとチェックできませんでした。このため国境を越えた監視の網をかぶせます。具体的には?第一の柱として、国境をまたいで活動する大手銀行の監視・検査権限を、欧州中央銀行(ECB)に2014年11月から一元化します。第二の柱は、欧州連合(EU)に「単一破綻処理委員会」を2015年に新設することです。ECBが監督・検査を通じて、経営が悪化した銀行を把握し、破綻処理が必要と判断した場合、委員会に警告します。委員会は破綻処理するかどうか判断し、必要なら破綻処理します。処理費用を賄う為、全銀行がお金を出す550億ユーロ(約7・7兆円)規模の基金も設けます。銀行がつぶれたら預金者は大変だ?EUのルールでは銀行が破たんしても10万ユーロ(約1400万円)までの預金は全額払い戻されます。これを預金保護制度と呼びます。が、払い戻し財源の負担するのかといった制度の内容は各国まちまちです。第三の柱として、預金者制度を今年度(2014年)前半にも一元化します。安心して預金できるよう財源の規模や払い戻し手続きを統一する作業が進められている。再建が見込める銀行には、ユーロ圏諸国がお金を出し合う機関「欧州安定メカニズム(ESM)」が直接お金を入れ(資本注入)て、経営を支援します。課題は?最大な問題は即効性に欠ける恐れがあることです。経営が悪化した銀行を破綻処理とESMの大規模な資本注入で迅速に一掃できる仕組みが期待されていました。しかし、国民のお金を他国のために使われたくないドイツなどの反対で大幅に後退し、ESMの資金総額5000億ユーロのうち直接資本注入枠は600億ユーロにとどまりました。また破綻処理の判断は、とりわけ大きな銀行の場合、破綻処理委員会(ユーロ圏各国の代表者18人らで構成)の多数決に委ねられています。ちゃんと機能するの?危機対策が前進したことは間違いありません。ただ、ドイツなどの各国の利害が前面に出過ぎると「銀行同盟」が形だけになってしまいます。そこですね。



大反響!おバカ規制の責任者出てこい!<第19回「出入国管理法」>小学館SAPIO誌2014年5月号著者・政策工房社長・原英史(はら・えいじ)氏<日本好きの外国人は、日本を嫌いになって追い返される「移民受け入れ」の前に「外国人が和食の料理人になれない」トンチンカン規制を見直せ>
外国人の受け入れに関する議論が政府内で本格化しつつある。きっかけのひとつは建設現場での人手不足の深刻化だ。2020年東京オリンピックに向けて建設需要がさらに高まることを見据え、政府は技能実習制度を見直し、最長3年の受け入れ期間を5年間に延長するといった方針を明らかにした。経済諮問会議の専門調査会(2014年2月24日)では選択肢の一つとして「年間20万人の移民の受け入れ」という大胆な案が出された。事務局の内閣府は2060年の日本の姿を次のように試算した。出生率が現在の1・41のままなら20~74歳人口は約9000万人(12年)から約5200万人に激減、高齢化率は24%(同)から40%にまで上昇。一方、出生率の回復(2030年に2・07まで)と年間20万人の移民受け入れがセットで実現すれば、20~74歳人口は約6700万人、高齢化率も28%で持ちこたえられる。外国人の移民受け入れの問題はしばしば賛否が鋭く対立する。
事情や知識が薄い人間程「外国人移民受け入れ」といっただけで感情的になって集団ヒステリー的に反対デモや、くだらないヒステリーを起こすみたいな日本人は実に多い。外国人移民の賛成派の意見は「もはや避けては通れない」「少子高齢化社会の社会保障を維持するには避けては通れない」といい、反対派は「安価な労働力の流入により、日本人の雇用が奪われる」「文化摩擦や治安悪化が危惧される」などの主張がある。移民にも良質移民と劣悪移民があり、一概に優秀な人だけ受け入れる等制度的にまたシステム的に無理である。ただし、移民を受け入れるとはいっても、経済難民や、発展途上国から学歴どころか母国の文字も読めないような難民を受け入れるのではない。そんな話をしているのではない。まず日本にあるフランス料理店、イタリア料理店などを考えてみると、ちょっとした有名店であれば「シェフが本場に渡り有名店で数年修行」というところは珍しくない。ところが、逆方向、つまり「外国人が本場日本で和食の修行する」という例はあまり見られない。日本で修行したい外国人がいない訳ではない。我が国の出入国管理法の規制で認められていなかったのである。海外赴任先や旅行先のジャパニーズレストランの飯がまずいのもそのためだ。人気を集めるアニメや漫画も、外国人の仕事として(学生時代のアルバイトを除く)規制があり、認められていない。我が国のカルチャーに親しみを持つ「日本ファン」の外国人は、日本の国力にとって重要な人材のはずだ。しかし、そういう日本の和食や漫画・アニメに関する仕事が規制で認められず、才能ある外国人もしかたなく通訳や英語の先生になるしかない。まことにもったいないことである。在留資格に「技能」以外にも「外交」「企業内転勤」「研修」「技術」「人文知識・国際業務」がある。在留資格は一定の専門性や特殊性のある分野に限られ、例えば、店舗での接客業務などの単純業務では認められない(留学生のアルバイトなどは別にして)。不透明な規制運用(「役人の判断次第」という幅のある運用が権力の源)で、もともとは日本が好きだった外国人を「日本嫌い」にしてしまうのはあまりに馬鹿げている。移民受け入れの是非は別として、古臭い発想に凝り固まった規制と運用をまず改めなければならない。(まとめ2014年4月18日緑川鷲羽)



<フジテレビ『報道2001』番組内「東京都知事の課題」2014年1月26日中央大学法科大学院教授・野村修也教授案Ⓒ野村修也氏>(1)オリンピック・パラリンピックの成功*道路などのインフラ整備*セキュリティーの強化(テロ防止等)*外国語表示・標識の整備*横田基地の軍民共同化*大型クルーズ客船ふ頭の整備*オリンピックレガシーの残し方に関する計画(2)国際競争力の向上と海外企業の誘致*国家戦略特区としてのアジアヘッドクオーター特区の推進*カジノ解禁に伴う総合リゾート(IR)の推進*地下鉄一元化の推進*羽田空港の更なる国際化*東京港の物流等の強化(3)高度な防災都市の実現*高速道路の老朽化対策*木造家屋密集地の防火対策*ヘリサインの整備*帰宅困難者対策(一時滞在施設確保など)*PF1(住宅の1Fにコンビニやスーパー)(4)高齢者対策・子育て支援*地域包括ケアシステムの構築*訪問介護の充実・認知症患者に対応できる医療機関の充実*介護施設の安全確保*子ども子育て新制度に関する施設の充実*待機児童対策の充実*(5)抜本的な電力対策*電力システム・改革の推進*分散型電源の普及拡大*再生可能エネルギーの普及拡大(6)教育の充実*公立学校の教員定数の充実*私立学校助成の充実*就学支援制度の充実*教育委員会制度の見直し*いじめ対策(7)美しい景観・環境の整備*無電柱化*街路樹の倍増*公園の整備促進*水辺空間の緑化促進*河川の水質浄化*東京湾の水質改善*ヒートアイランド対策*地球温暖化対策*自動車排ガス対策(8)地方分権の推進*法人事業税の暫定措置の撤廃(地方税としての還元)*法人住民税の一部国税化案の撤回要求(法人税・贈与税・相続税・所得税等の大幅減税)*ハローワーク事業の経営



~大前研一ニュースの視点~ 『TPP・総合取引所創設~情報を複眼的な視点で見る重要性』TPP 3日間の閣僚会議を終了。総合取引所創設 強まる政治圧力。大前研一氏談2014年4月25日▼ 消費者にとっては、TPPもEPAも大いに進めるべき。日米両政府は4月18日、環太平洋経済連携協定(TPP)を巡る閣僚による3日間の関税協議を終えました。協議では、日本が関税維持を求めるコメや牛・豚肉など農産品5項目と、米国が守りたい自動車の輸入関税について集中的に議論されました。甘利経済財政・再生相は会談後、「一定の前進はあったが、まだ距離は相当ある」と述べました。オバマ米大統領が23日から来日する予定があったのでそれまでに何とか形にしたかったというところでしょう。オバマ米大統領の手前「一定の前進」と言っていますが、実際には全く上手くいっていません。今の日本のやり方では、米国が条件をのむことは難しいでしょう。また日本の聖域を認めつつも、米国は非常に「厳しい」数字を要求しています。日本のマスコミも「厳しい」「キツい」要求だと報じていますが、現実的に言えば、一部の少数利益団体と議員と役人にとって厳しいものであり、大多数の一般人にとっては、むしろ歓迎すべき事態です。自分たちの生活が楽になるというのに、なぜ消費者がもっとTPPを後押ししないのか私には不思議です。一方、欧州とのEPAも積極的に進めるべきだと私は感じています。歴史的に見ても欧州と日本は、全体的にいい交易を続けてきました。しかし、ここに来て韓国が日本に先駆けてEUとEPA協定の締結を強力に進めています。今年からEUへの韓国自動車の輸出関税は撤廃されています。日本に対しては自動車の関税が10%課されていますから、それだけでも韓国に遅れをとっていると言わざるを得ないでしょう。せめて韓国並みの条件を実現できるように動くべきだと思います。また、ワインやチーズなど日本への輸入についても、大いに受け入れる体制を整えるほうが良いでしょう。▼ 天下り体質がなくならないと、日本の取引所は復活しない。日経新聞は、15日「総合取引所創設 強まわる政治圧力」と題する記事を掲載しました。株式や商品をまとめて扱う総合取引所の創設をめぐり、政治の圧力が強まっていると指摘しています。2007年の第1次安倍晋三政権で創設方針を決定したにも関わらず、一向に実現していない背景には、代々、経産省OBをトップに迎えてきた東京商品取引所への配慮と、それを排除するため議員立法での創設を図る自民党の思惑が交差しているとのことです。2013年に総合取引所(日本取引所グループ)が発足しましたが、結局は当初のコンセプト通りには至っていません。すなわち、商品先物から穀物まで全てを1つの取引所で扱うことは未だに実現していないのです。この原因は日本の役所体質にあります。農水省、経産省、金融庁などそれぞれ管轄する役所が異なります。それぞれが天下り先を確保したいゆえに、統一されないのです。これは由々しき事態を招いています。2004年時点では、世界の商品取引所の出来高ランキングで、東京工業品取引所は世界3位に位置していました。ところが、2010年になると11位まで順位を落としました。東京穀物商品取引所は、9位から20位まで下落しています。この間に出来高が減ったのは、日本の取引所だけで、逆に世界の取引所は大きく成長しています。上海先物取引所、ニューヨーク商業取引所、大連商品取引所、シカゴマーカンタイル取引所などが良い例でしょう。市場が縮小していることもあり、取引業者も小規模な企業ばかりです。ある程度の人数がいなければ、社内の体制整備、分析、安全性の確認なども覚束ないでしょう。取引業者も育っていないという状況です。こんな状況ですから、コモディティに関しては海外の取引所でやればいいという発想になります。実際、商社は日本の取引所を相手にせず、海外の取引所を利用しています。経産省も、いつまでも天下りのポジションにしがみつくのは、みっともないのでやめてもらいたいと思います。国内商品先物取引所は、出来高も取引金額も減って苦境に陥っています。そして次のシステム開発へ投資するお金もないという八方ふさがりの状況です。天下りが大事だと思っていると、いつまでたっても状況を打開することはできないでしょう。いい加減に世界を見て気づいてもらいたいところです。


~大前研一ニュースの視点~ダークプール・国内株式市場~取引所そのものの存在価値を考える』ダークプール 株式市場歪めるダークプール。国内株式市場 日経平均終値1万3960円。▼ ダークプールを問題視する前に、取引所そのものの存在価値を問うべき。ロイターは2014年4月8日『株式市場を歪める「ダークプール」』と題する記事の中で、ルイス氏の新著「フラッシュ・ボーイズ:ウォール街の反乱」を挙げて、注目を集めた超高速トレードに関連し、投資家にとって、より深刻な脅威は取引所の外でやりとりされる取引「ダークプール」が増大していることだと指摘しています。市場によっては、取引の40%は場外で取引されています。しかも、時間外にプロ同士のトレーディングだけで成立してしまいます。売りと買いがあれば、取引所でなくても私設市場で良いわけです。またもう1つ問題視されているのが、フラッシュボーイズ(超高速プログラムトレーディング)です。フラッシュボーイズにはインサイダーまがいの取引もあると疑われており、規制当局などが調査していることを認めています。フラッシュボーイズとダークプールという2つが、市場を歪める原因となっていると指摘されています。しかしここで見過ごしてはいけないのは、取引所そのものの問題点です。今の取引所は、取引コストが高すぎますし、最良執行ルールがあるにも関わらず、まともに実行している取引所は一つもありません。こうした点に、ダークプールがはびこる素地があると、私は見ています。市場を歪めているという見方だけではなく、取引所そのものの存在価値が問われていると捉えるべきでしょう。将来的に取引所で最良執行ルールが正しく運用されれば、日本株であっても日本の取引所で売買する必要はなく、最も有利な場所で取引されることになります。ある意味、理想的な状況ですが、個人投資家にとっては厳しくなります。もしかしたら、個人投資家は全てファンドに任せざるをえない状況と言えるかも知れません。▼ 上げ材料がない日本経済。5月、6月はどうなっていくのか?11日の東京株式市場で日経平均株価は大幅反落し、日経平均の下落幅は一時400円を超え、終値ベースで1万4000円を下回りました。終値での1万4000円割れは昨年10月以来、約半年ぶりとのことです。日本経済に対する上げ材料がない状況ですから、この株式市場の下落は頷けます。具体的には、アベノミクス第3の矢「成長戦略」が何も出てきていないことに対する失望。そして、黒田日銀総裁が「追加緩和」はしないと発表したこと。この2つが大きく影響していると思います。4月第1週を見ると、消費税が8%に上がった後で、テレビなどの売上が3割~4割落ち込んだと報じられました。想定を上回る落ち込みになっています。消費税の影響を見ても、あまりいい材料がありません。安倍政権には追加経済刺激策が必要だと考える人も、少なからず出てきているでしょう。ただし、現在は時期的に「下げ局面」だということも考慮すべきです。昨年(2013年)も5月、6月というのはアップダウンが激しい時期でした。株主総会が集中するため、色々な事態が起こってきます。これからしばらくの間は、日経平均から目が離せない状況が続きます。(2014年4月18日大前研一ニュースの視点より引用)

調査捕鯨敗訴から日本の問題が透けて見える。2014年4月16日大前研一レポート。日本が南極海で行う調査捕鯨は国際捕鯨取締条約に違反するとして、オーストラリアが中止を求めた訴訟で、国際司法裁判所は3月31日、「科学的研究を逸脱している」と述べ、現行方式での調査捕鯨の中止を命じる判決を下した。19世紀に世界中に触手を伸ばしていた米国。安倍晋三首相は4月2日、「非常に残念で深く失望しているが、判決に従う」と語っており、日本の捕鯨政策は見直しを迫られることになる。一方、日豪EPA(経済連携協定)締結交渉が最終局面に入り、オーストラリアのアボット首相が5日に来日した。牛肉と自動車の関税交渉をめぐり、安倍首相との首脳会談で最終決着に至った。オーストラリア政府にとっては日本の南氷洋での捕鯨中止は内政問題の重要課題で、本来ならもっと声高に勝訴を叫んでもいいはずだが、経済的なつながりの深い対日関係への配慮から、調査捕鯨訴訟の勝利を喜ぶような姿勢は示していない。ここで「主な捕鯨の歴史」をご覧いただきたい。捕鯨の歴史をひもとくと、9世紀にノルウェー、フランス、スペインが捕鯨を開始。12世紀には日本でも手銛(もり)による捕鯨が始まっている。18世紀には、米国でマッコウ鯨漁(アメリカ式捕鯨)が行われるようになった。19世紀には米国が世界最大の捕鯨国となり、ハワイのマウイ島などが太平洋全域の基地となっている。この頃、漂流していた「ジョン万次郎」が米国の捕鯨船に救出され、マウイ島経由でボストンにまで行っている。ボストンもまた大西洋の捕鯨基地として栄えていた。同じ頃に『白鯨』を書いたハーマン・メルヴィルの軌跡をたどると驚くほどジョン万次郎の軌跡と一致しているのが興味深い。米国は捕鯨のために文字通り、世界中に触手を伸ばしていたわけで、捕鯨そのものを(人間と同じ)ほ乳類を食用にする「野蛮な行為」と論ずる姿には違和感が残る。その後も各国で捕鯨が行われ、1903年にはオランダが世界で最初の鯨工船を出漁させている。1904年には、ノルウェーが南ジョージア島に捕鯨基地を設営して、南氷洋捕鯨を始めた。戦後に国際的な管理捕鯨体制、次第に多くの国が捕鯨を中止。それぞれの国による捕鯨の流れが変わったのは、基本的には戦後になってからである。1946年に国際捕鯨取締条約が締結され、48年には国際捕鯨委員会(IWC)が設立。51年には、日本もIWCに加盟した。国際的な管理捕鯨体制のもと、国別割当制が実施されたりしながら、次第に多くの国が捕鯨を行わなくなっていく。日本も87年に南氷洋での商業捕鯨を中止し、調査捕鯨を開始している。捕鯨への風当たりが強まるなか、92年にはアイスランドがIWCを脱退し、2006年に商業捕鯨を再開する。ノルウェーもそれに先立ち93年に商業捕鯨を再開している。日本はそこまで強硬な態度を取らなかったが、調査捕鯨を続けてきた。その調査捕鯨に対する批判も根強く、今回こうして、国際司法裁判所に舞台が移ったというわけだ。裁判に負けることをよく知っていた霞が関。今回の判決が興味深いのは、実は、日本のなかにも密かに喜んでいる人がいる、ということである。日本の役人たちは、内心では調査捕鯨には無理があると考えていた。しかし、業界との関係もあり、自分たちでは止めることができない。今回の裁判では負けるということも、霞が関の役人たちはよく知っていた。そのうえで、「裁判に負けたので、法治国家日本としては従わざるを得ない」という態度を示しているのである。日本の捕鯨基地・下関が地元である安倍首相も、「(裁判で負けた)担当者を叱責」しながらも「法には従う」とあきらめのいいことを言っている。本来であれば、業界に対して主体的に「調査捕鯨はもう中止しましょう」と言うべきだった。日本の役人がそうした汚れ仕事を嫌ったために、調査捕鯨はズルズルと続けられ、世界中からバカにされることになってしまった。もちろん、なかには「捕鯨は日本の伝統文化であり、それを守るためには調査捕鯨が絶対に必要だ」との考えから、使命感を持ってやっていた役人もいるかもしれない。それでも大半が(理論的に破綻している)調査捕鯨を止めたがっていたのは事実だ。判決を「ガイアツ」として利用するみっともない人々。日本は調査捕鯨と言いながら、形式的な調査だけをして、実際には捕獲した鯨の大部分を市場に流していた。その売却益で調査捕鯨にかかる経費を回していくという仕組みになっていたのだから、鯨を食肉にするということを大前提に方程式が組まれていた。実質的な商業捕鯨を調査捕鯨と言い換えていたのは明らかである。また、日本人が鯨を食べなくなっているのに、捕鯨を続けることに意味があるとも思えない。調査捕鯨で捕獲した分でさえ、鯨の肉は消費しきれず、余ってしまっている。こうしたマヤカシは、国際的に恥をかく前に、役人かあるいは政治家が止めるべきだった。しかし、止めるべき人たちが傍観している間に、国際司法裁判所に問題が持ち込まれてしまった。実にお粗末な展開と言わざるを得ない。今回の判決を「ガイアツ」として利用し、「自分たちには責任はない」「法治国家なので法の裁きには従う」という顔をしている役人や政治家は非常にみっともない。その間、何年にもわたって「日本人はほ乳類を殺す殺人鬼だ!」というプラカードが世界中に溢れ、鯨を食べない日本人までまとめて恥をかかされてきている。無責任なやり方で(ごく少数の利権団体の引き起こしている)国内問題を処理する。結果、日本人自体に対する国際的な信頼が揺らぐ、典型的な「日本」の姿である。日本人の集団心理を理解するうえで格好な事例。 本件は捕鯨の問題を越えて日本人の集団心理を理解するうえで格好な事例だと思う。鯨肉が好きで、1年以内に食べたことがある人は何人いるだろうか? おそらく多くの人は「関心がない」か「どうでもいい」と思っていたのではないだろうか?しかし、マスコミが「日本が苦しい立場に追い込まれています」という言い方をすると、裁判でシロ判決が出ることを期待してしまう。日本のマスコミは対外交渉になると暗黙のうちに少数利益団体の立場を取っているのである。環太平洋経済連携協定(TPP)やEPAの交渉でも全く同じで、実際米国の要求通りに農産物や畜産物の関税がなくなれば食品が安くなる。国産の肉や穀物が好きな人は高くても買うだろうから、一般消費者にとっては選択肢が増えるメリットがある。「厳しい交渉」という甘利明特命担当相が顔をしかめて交渉から出てくると、応援したくなる。その時に多くの日本人は二つのことを忘れている。一つは消費者としての自分、二つ目は納税者としての立場である。国民生活者・消費者の声が聞こえてこない。当然消費者としては安い選択肢が増えることを歓迎するし、最近では国産の霜降り肉よりもオーストラリア産の赤身の肉などが好まれているので(それと競争する)米国産が増えることは悪い話ではない。また米国の要求する“厳しい条件”で決着すれば、当然政府は農家に補助金を出し、ダメージの緩和に努めるだろう。それを負担するのは他ならぬ自分たちなのである。ウルグアイラウンド対策費として42兆円ものカネを使って農地整備をしたが、日本の農業は少しも競争力が付かなかった。カネを使うほど市場競争力は遠のいていった。これが日本の現実である。いいかげん国民が政府のこのまやかしに気がついて、「オバマ大統領の来日までには何とか決着を」と必死になっている姿を「(補助金を積み増すための)演技はやめろ!」と指弾しなくてはいけない。日本という国が海外から理解しにくいのは国民生活者・消費者の声がマスコミの論調にもなっていないからである。サイレントマジョリティの声は文字通り「声なき声」で、海外からも国内にいてもほとんど聞こえてこない。南氷洋の鯨をめぐる日本の敗訴は小さな問題だが、そこにより大きな日本の問題が透けて見えてくるのだ。

~大前研一ニュースの視点~2014年4月11日まとめ『電力問題・原発輸出~原発再稼働をハードとソフトに分解して考える』電力問題 東日本から電力融通受ける検討。原発輸出 原子力協定承認案。▼ 原子炉の問題は「ハード面」ではなく、「ソフト面」の準備の遅れ。関西電力が原発ゼロで迎える今夏の電力需給見通しに関し、東京電力など周波数の違う東日本の電力会社から供給を受ける検討を始めたことが4日、明らかになりました。関電は融通量を数十万キロワット程度で交渉しているとみられています。実現すれば周波数変換設備を通じて電力を調達することになります。関東と関西の周波数の違う境目になる糸魚川ラインの周波数変換所のキャパシティが、120万キロワット程度です。数十万キロワットなら十分に範囲内ですが、私はこのキャパシティを3倍にするべきだと以前から指摘しています。東日本のほうが電力確保が厳しいように思われますが、実際にはそんなことはありません。九州電力、関西電力、四国電力など西日本は原子力への依存度が高く、電力確保は差し迫った問題になっています。予備率を比較してみても、西日本の電力会社は4%~5%と低く、非常に危ない状況だと思います。暑い夏を迎え、予備率が3%台に落ちてくると、いよいよブラックアウトの危険すらあるほどです。そのような事態をさけるために、東日本からの電力供給を受け入れる体制を整えようとしているのです。原子力規制委員会としても、九州電力の川内原発や関西電力の大飯原発などの再稼働を急ぎたいところでしょう。原発再稼働については様々な議論がありますが、柏崎刈羽原発の状況などを見ると、私としては「ハード面」での体制は整っていると感じます。私は「一人事故調査委員会」として福島第一原発の事故原因を追求し、課題と解決策を指摘しましたが、柏崎刈羽原発は私が指摘したハード面での準備をしっかり整えています。むしろ政府組織の対応、電力会社の情報共有、万一の時の避難対策など、「ソフト面」の準備が進んでおらず、遅れをとっています。これらに合わせて、いつまでも再稼働を見送る必要はないと私は思います。また、小型原子炉の有用性についても議論があるようですが、今求められているのは100万キロワットレベルなので、私はそれほど有効だと感じません。小型でなくてもハード面での安全性を確保する技術はできています。▼ 原子炉輸出は有望だが、国内での新型原子炉は30年間は無理。トルコとアラブ首長国連邦(UAE)に原子力発電所を輸出できるようにする原子力協定承認案が4日衆院本会議で可決、参院に送られました。条約や協定は衆院の議決が参院に優先するため、今国会での承認は確実。これにより、日本企業の受注拡大に弾みがつきそうな状況です。日本と原子力協定を締結済みの国は、トルコ、アラブ首長国連邦以外にも、米国、英国、カナダ、オーストラリア、中国、フランスなど多数あります。現在、インド、ブラジル、南アフリカ共和国と交渉中で、メキシコ、サウジアラビアまで視野に入れています。福島第一原発の事故から学んだことを反映した新型原子炉を作る、というのは大きな優位性があります。世界的に見ても原子炉開発と言えば、仏アルバ・三菱重工、日立・GE、東芝・ウエスティングハウスくらいですから、日本勢だけで世界シェアの3分の2を確保することは十分に可能でしょう。しかし日本国内で新しい原子炉を作るという話になるのは、おそらく30年後くらいでしょう。米国もスリーマイルの事故後、30年間は国内に新しい原子炉を作ることはできませんでした。雪解けのためには時間が必要で、日本でも30年間の時間を見ておく必要があると思います。(大前研一談)


<韓国の嘘がバレる日>大反響!『日本人が知っておくべき嘘つき韓国の正体』運動大特集・2014年5月号小学館SAPIO誌特集参照。SAPIO編集部+在韓国ジャーナリスト藤原修平氏+在米ジャーナリスト+ジャーナリスト恩田勝亘氏等。まとめ2014年4月10~11日緑川鷲羽より。(1)
<泥棒がバレても弁明する。>
<処女が子を産んでも言い分はある。>
いずれも韓国のことわざだ。それが国民性のすべてを物語るとまでは言わないが、例えば近年の犯罪統計でみると詐欺事件は日本の5倍以上、偽証罪は60倍以上も発生している。人口比を考えれば、発生率はさらにその2倍以上の開きがあるということになる。
経済協力開発機構(OECD)が毎年まとめる「より良い生活の指数」で韓国は常に下位に低迷しているが、とりわけ「共同体(Community)ポイント」が低く、2013年版では36か国中34位である。同機構は、韓国では国民同士の信頼性がなく、もっと強固にすべきだと指摘している。韓国と友好善隣関係を築くには、悲しいことだがそうした国民性の違いを理解する寛容さが必要になる。日本人なら(殊にSAPIO誌読者なら)当然知っているように、竹島は古くから日本の漁師が拠点としていた無人島であり、少なくとも17世紀には江戸幕府が領有権を確認し、当時の朝鮮政府は「鬱陵島(うるるんとう)は朝鮮、竹島は日本」という領海があった。そして朝鮮併合より前の1905年には国際法に基づいて日本政府が測量のうえ島根県に編入した。戦後、韓国は竹島を勧告領土にするよう要求するが、アメリカは「同島は1905年から日本の領土」として拒否。それに対して日本が主権回復する直前の1952年に、李承晩(イ・スンマン)・大統領(初代韓国大統領・当時)が独断で公海上に「李承晩ライン」を設けて竹島を韓国領だと宣言し、実力行使で奪ったのが歴史の真実である。
ところが韓国では、そんな単純な経緯すら子供たちに教えず、かわりに「独島(ドクト・竹島の韓国名)は我が領土」と歌わせ、捏造した昔話まで使って自国民を洗脳している。韓国が「証拠」として教科書に載せている古地図は、鬱陵島と、その北東沖に隣接する小島「于山(うざん)島」を描いたものなのだが、「これが竹島の地図だ」と平気で嘘を教え込んでいるのである(実際の竹島は鬱陵島の東南東に90Kmも離れている)。
日本人が嘘に腹を立てるのは当然である。実はOECDも懸念しているように、韓国の困った国民性については世界が問題視し始めており、韓国内でも経済、社会、文化の不安定要因になっている。韓国の嘘がバレる日が近づいた今こそ、我々は「ざまあ見ろ」と罵るのではなく、正しい知識と歴史的事実、そして国際社会の常識を共有できる隣人となるべく手を差し伸べる包容力を見せるべきだ。
(2)<歴史問題>「高句麗(こうくり)はどちらの国か?」「朝鮮戦争の殺し合い」が絶望的な対立を生む。朴槿恵(パク・クネ)韓国大統領…習近平(シーチンピン)中国国家主席「対日歴史共同研究」は仲間割れ必死で「中韓の嘘」がいっぺんに噴出する。まとめ緑川鷲羽。
韓国の最大の嘘は歴史捏造だ。慰安婦問題では客観的証拠が一つもない「20万人強制連行」を主張し、不法占領を続ける竹島を「独島は歴史的に韓国の領土」だとする。オランダ・ハーグで2014年3月25日(現地時間)に開かれた日米韓首脳会議では終始不機嫌な様子だった朴大統領だが、前々日に行われた習近平・中国国家主席との首脳会談ではまったく違う態度であった。2014年1月、中国黒竜江省のハルビンで初代韓国統監・伊藤博文を暗殺した安重根(アン・ジュンクン)を抗日英雄として讃える「安重根義士記念館」が開館したことを朴大津領は、満面の笑みで、「韓中の友好協力の象徴になる」と語り、習氏もそれに応じて今度は日中戦争当時の朝鮮人抗日部隊「光復軍(光復軍が旧日本軍と戦闘した歴史的記録は一切ない)」の石碑が、同部隊の拠点があった西安で完成予定だと明らかにした。それはさておき、中韓首脳が歴史問題を通じた「抗日」で新たに共同戦線を組もうとしていることは見逃せない。安倍は第一次政権の時「従軍慰安婦かはさておき(元・慰安婦らが)極めて苦しい状況におかれたことについて、申し訳ないというきもちでいっぱいだ」と述べ、当時のブッシュ大統領も世界も、安倍が「謝罪」した、と受け止め、「慰安婦=性奴隷」という嘘が補強され世界に拡散された。これまで繰り返し調査が行われたにも関わらず、旧日本軍が女性を強制連行して客観的証拠は見つかっていない。だが、その事実をストレートに表明しても国際社会が受け入れないことは一度目の敗北で学んだはずだ。だが、安倍氏はまたも準備不足と外交オンチを露呈した。日韓首脳会談について「日本が真剣な姿を見せなければ対話する理由がない」と、嘘をでっちあげておきながら“謝るなら会ってやってもいい”という態度を示した。本当は彼らもわかっているんです。朝鮮戦争やベトナム戦争の時に韓国軍に慰安婦がいたのを知っているし、韓国では“史実”として扱われている5000年前の朝鮮民族の始祖とされる檀君(だんくん)についても、オフレコでは『そんなもの誰も信じていませんよ』と。
中韓が歴史問題で共同できる訳がない。中国の狙いは明確で、北朝鮮崩壊の際に半島への影響力を高めることだ。朝鮮戦争(中国では「抗美(アメリカ)援朝戦争」と呼ぶ)では南進か北進が原因かさえわかってない。「高句麗は中国のもので、中国領土だ」とか「朝鮮戦争での蛮行を謝罪しろ」となるのはほとんど確実である。中韓とも子供じみている。米国はサンフランシスコ講和条約の調印時に「ラスク書簡」などで竹島は日本領と明言してきた。ベトナムの「ライダイハン」問題も必ず噴出する。朴槿恵(パク・クネ)韓国大統領の子供じみた嘘は、もうすぐバレる日が来る。それにしても、朴槿恵(パク・クネ)韓国大統領とはどういう精神構造をした大人なのだろうか?不思議に思うだけだ。
(3)<原因追及>朝日新聞は「慰安婦報道」「従軍慰安婦報道」「南京大虐殺報道」「旧日本軍による女性強制連行」「旧日本軍による大虐殺」などを「誤報」と認めるか?「吉田証言」についての検証チームをつくったのか?「慰安婦問題の火付け役」に質問。朝日新聞は歴史的大誤報にどう答えるか?(小学館SAPIO誌編集部)緑川鷲羽まとめ。
いわゆる「慰安婦問題」は、朝日新聞が1991年8月11日付記事で<元・朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口を開く>と大見出しをつけた一報で一気に火が噴いた。また<多くの「女子挺身隊」の名で女性が「性奴隷」にされた(「挺身隊」とは娼婦や性奴隷ではなく「未婚女性の銃後の工場作業など」である)><母によって14歳のときに平壌にあるキーセンの検番に売られ~(なら人身売買の被害者であり、強制連行ではない)><「強制連行」や「レイプ」などを著書で主張し証言していた吉田清治氏の発言を繰り返し掲載したことについて(吉田氏は96年以降、自身の回想が創作を交えたものだったと認め、研究者による検証でも「強制連行」が事実に反することだとわかった)再検証する準備は出来ているか?>全20問をSAPIO誌が朝日新聞にきいた。が、「冠省。お尋ねの件に限らず、個々の記事や掲載の経緯については、お答えしていません。読者にお伝えしなければならないと判断した事柄は当社の紙面や電子版などを通じて報道することが当社の基本姿勢です。貴誌の様々な主張について、当社の考えを遂一お示しすることはいたしかねます。  回答は以上です。」というまるでお祈りメールみたいな回答でカットオフであるという。
朝日新聞はまるで反省もしていないし、「誤報」の訂正も謝罪もしない気らしい。
(4)<経済神話>東芝「メモリー技術スパイ」は氷山の一角「先進国になりきれず「偽りの繁栄」が終焉」パクリ大国がコピー大国・中国に食われる日。小学館SAPIO誌編集部。
東芝の「フラッシュメモリー技術スパイ」いわゆる産業スパイは韓国人や中国人が多いが、それは氷山の一角。韓国が先進国になるのは「エンジンのない飛行機が飛ぶようなもの」だ、という認識の知識人も多い。パクリ・コピーといえば中国のような気もするが、韓国のスマホや自動車の技術のほとんどは日本の技術でできている。サムスン電子のスマホ、現代(ヒュンダイ)自動車の自動車……日本製品とデザインも一緒であるが、日本製のほうが機能は多く品質は高く使いやすい。日本側が「日本の技術流出対策」を取り始めている為に、サムスンやLG電子、現代などは、「カンニング」から「独自技術」へのシフトをせまられているが、所詮は、『猿真似大国(50年前の日本もそうだったが(笑)。日本の場合、イノベーションにより物凄い技術力を身に着けた)』である。その努力は散々な結果に終わっている。技術もない、お金もない、資源もない、人材がいないのに、韓国では人件費だけは先進国並みになりつつある。韓国製と遜色ない中国製が脅威となる。日本の背中は遠く、振り向けば中国というのが現実だ。
(5)<環境破壊>「独島(竹島)の美しい自然を守れ」が聞いて呆れる。中国も驚く大気汚染、糞尿、ゴミ水垂れ流しの河と海………汚れた国土が泣いている。在韓国ジャーナリスト藤原修平氏。韓国の大気汚染は、この10年で最悪を記憶している。福島の原発事故以来「日本が世界の海と空を汚している」と非難を繰り返した国は、実は中国も驚く環境後進国だった。詳しくは藤原氏に聞いてほしいが、下水整備が「予算不足でできない」そうだ。
(6)<南北朝鮮統一>GDPは680兆円に拡大、高齢化は15年遅れ、北朝鮮の地下資源も手に入るというのだが……「南北統一で大儲け」……核保有大国を夢想する朴ドクトリンは国民を欺く画餅だ。2014年小学館SAPIO誌5月号より。緑川鷲羽まとめ。
今年に入り、韓国で「南北統一」議論が盛んになっている。朴槿恵大統領は「統一は北の核廃棄が前提」とするが、核保有は父・朴正煕の悲願でもあった。「全国経済人連合会」が2014年3月11日に開催したシンポジウムでは、専門家の一人が「(南北統一すれば)2050年にはGDPが6兆5600億ドル(約680兆円)に達し、世界第八位の経済大国になる」と予測を示し、統一推進を歓迎した。もうひとつ、韓国が南北統一で手に入れられるのではと期待するのが核兵器だ。米軍は北朝鮮崩壊を想定した「作戦計画5029アクション」を策定している。亜細亜大学アジア研究所教授の奥田聡氏は「南北朝鮮と東西ドイツの統一はまったく次元の違う話」とした上で次のように語る。
「東ドイツは北朝鮮のような貧困国ではありませんでしたし、人口も西ドイツの4分の1と少なかった。通貨統合時のレートを1対1としたため西ドイツは経済的にかなり厳しい状況となりましたが、マルクが暴落することはなかった。アウトバーンをはじめインフラも整備されていたので大混乱はありませんでした」
しかし、韓国には自国民(約5000万人)の2分の1に当たる北の人民を抱え込む経済的余裕はない。「統一後、北の1人当たりのGDPを韓国の半分程度まで引き上げるとすれば必要となる資本金投資額は約5200億ドル(53兆円)。そのうち、政府による手当が必要となる公的資本(鉄道や道路、港湾などのインフラ)だけでも約2600億ドルになります。このほかに私的資本(住宅、自動車、企業の建物、機械など)の投下も必要となるます」(奥田氏)。韓国の国家予算は約33兆円(およそ356兆ウォン)だから、経済的リスクは計り知れない。「数十万人から100万人単位の難民が流入すれば、韓国の貧困層に多大なインパクトを与えます。清掃や廃品回収などの低賃金労働を北の難民に奪われ、街に失業者が溢れるでしょう。治安は悪化し、社会福祉や失業対策など財政出動と国家債務危機が起きます。そうなるとまたしても「金は日本から」となり韓国の財政は破たんするでしょう」(同氏)
 現実には南北統一はさらに悲惨だ。朴大統領は「いつ、どのように南北が統一されるか誰も予想できない」と無責任に言うだけ。北との対話が進まない以上、「朴大統領の描く平和統一は非現実的」と専門家は口をそろえる。
「北朝鮮崩壊のシナリオは3つのパターンが考えられる(1)民衆による大量脱北が連鎖的に起こり、全土で騒乱が発生。(2)金正恩が暗殺、或いは事故や病気による急死をきっかけに政権が揺らぐ。(3)軍部が金正恩体制に反旗を翻す。いずれも騒乱・暴動・瓦解・地獄だ」去年末の朴大統領の支持率は40%台後半まで低下した支持率は「統一ブーム」で62・7%まで回復した。朴大統領は「絵に描いた餅」でいつまで民心を惑わすつもりなのだろうか。
(7)<人種差別>銭湯では「外国人用シャワー」、「混血」にも厳しい仕打ち「外国人が住みたがらない人種差別国家の悲しき純血主義」小学館SAPIO誌2014年5月号。緑川鷲羽まとめ。タイトルの銭湯では「外国人用シャワー」というのは特別に豪華なVIP特権ではなく、外国人差別の為のしょぼい「外国人用シャワー」だということ。またアパートやマンションでも大家が外国人に部屋を貸してくれないことも多いという。「日本人の留学生には貸すことが多いのに」(ウズべキスタン人女性)。2014年3月に、ベトナムの韓国系企業で現地従業員が労働環境改善を求めてストライキを行った。米系ラジオ、フリー・アジアが地元紙の報道として紹介によると●1時間のトイレタイムを設けているが1000人余りの労働者に対し3つのトイレしかなく、時間内にトイレ無理●仕事中は泣いて頼んでもトイレ×水を多く飲むなという●食事に砂利(じゃり)や蛆(うじ)が混ざっていると経営者に訴えても改善されなかった。とにかく「純血」に拘り、外国人やハーフ、クォーターはいじめの対象になり、就職や政治活動、進学インフラなどや結婚でも差別を受けるという。慰安婦問題で女性の人権を前面に出す韓国人だが、女性差別もまた酷い。2011年の韓国の男女間の賃金格差は37・5%でOECD加盟国25カ国中ダントツのワースト1位だった。また1000年以上前に敗れた百済(くだら)の支配地である全羅道、特に全羅南道にたいしての出身地差別はすざましい。
(8)<慰安婦問題壱>売春婦の賃金未払い問題を「人権」に格上げしたツケが回ってきた。「米グレンデールの慰安婦像」を憲法提訴!今度は韓国軍の「ベトナム蛮行」が焦点に。在米ジャーナリスト高濱賛(とおる)氏。くわしくは高濱賛さんにお聞きください。
(9)<慰安婦問題弐>「「内なる敵」は朝日新聞だけではなかった」すでに43地方議会が「慰安婦意見書」採択。裏で「嘘の歴史」をばら撒く日本のロビー団体を追う。ジャーナリスト恩田勝亘+小学館SAPIO誌5月後。すでによく知られていることだが、慰安婦の「嘘」を最初に広めたのは日本人である。元日本兵の嘘の証言を朝日新聞が書き立てて韓国世論に火が点き、反日ロビー団体がそれを世界に広めて今日の状況が生まれた。なのに日本の地方議会(宝塚市や清瀬市、札幌市、福岡市、三鷹市、長岡市………)が次々と「慰安婦意見書」を採択しているのだ。くわしくは恩田氏に聞いてほしい。とにかく、韓国の嘘を怒る気持ちはわかる。私もあの女性大統領が大嫌いである。が、日本と韓国との仲を、インドとパキスタンのような状態にしてはならない。今こそ日韓中がシェイクハンドだ。



スウェーデン日朝政府間協議「北朝鮮すべての拉致被害者の再調査約束」のペテン

2014年05月29日 18時45分20秒 | 日記




 北朝鮮とのスウェーデン・ストックフォルムでの日朝政府間協議で「北朝鮮政府がすべての拉致被害者の再調査を実施すると約束した」と、安倍首相が発表した。言っておくが犯罪者が自らの犯罪を再調査すると言っただけ。拉致被害者家族に淡い希望だけをみせて、結果また偽遺骨…の方がよほど残酷だ。テロ国家の約束等無意味だということ。
 また、ちゃんと再調査がなされたとの状況をちゃんと確認もしないうちに一部の「経済制裁解除」など只の馬鹿策だ。
相手はテロリストたちであり、テロ国家なのだ、という当たり前のことをもう一度考えて欲しい。先進国の常識として「テロリストとは交渉しない」というのが常道であり、今回の政府間協議など馬鹿馬鹿しい行動であり、確実に横田めぐみさん等の拉致被害者は帰国しないし、拉致問題などなにも解決しないだろう。
 安倍晋三氏は功を焦って、道を誤った。
また、騙されるだけだ。
おひとよしや戦略的外交もどきの「火遊び」はとっととやめることだ。
「経済制裁」は絶対に解除してはならない。
何故、いつも騙されるのか?歴史に学ばない日本の政治家や官僚の劣化はここまで進んでしまったのか。
 残念。
 安倍氏が「拉致問題解決の第一歩」等と本気で考えているとしたら「御気の毒に」というしかない。やはり「馬鹿野郎」と「学歴エリート」の連中だ。

紅蓮の炎<真田丸>真田幸村幻勇伝~プロローグ~16年度NHK大河ドラマ三谷幸喜脚本原作

2014年05月29日 17時28分56秒 | 日記







         大阪夏の陣


  慶長二十年(一六十五年)夏、大阪夏の陣の幕がきっておとされた。しかし、大阪城は堀をうめられて丸裸……攻略も容易だった。大阪方はわずかな浪人たちだけで、家康方は全国の大名軍を率きつれている。どちらが勝つのは馬鹿ではもわかることだ。
 そんな中、真田幸村だけは善戦し、単独で家康の本陣まで迫って、もう少しで家康を殺すところまでいった。しかし、それは失敗し、幸村は討ち死にする。
 大阪城を家康は包囲した。何十万という軍勢で、大阪城をかこんだ。やがて大阪城は炎上し、陥落する。
 早朝、秀頼と淀殿は城の外側の蔵にいた。家康はそこも囲った。
「……秀頼殿、このおろかな母を許してくだされ」淀君は泣き崩れた。蔵の中にはふたりと家臣わずかしかいなかった。蔵の窓から朝日がうっすらと差し込んでくる。
「母上……この秀頼、太閤殿下の子として……立派に自害してみせましょうぞ」
 家康は蔵の前で、「蔵に鉄砲を撃ちかけよ!」と兵に命じた。鉄砲が撃たれると、秀頼と淀殿は、蔵にあった火薬に火をつけ、爆発がおこった。
 こうして秀頼と淀殿は死んだ。家康は「たわけ! なぜ死んだ?!」と驚愕の演技をした。「わしは秀頼殿と淀殿を助けようと思うてたのに…」
 秀忠はその演技を見抜けず「なんということだ…」と落胆した。
  しかし、家康はどこまでも狸だった。秀頼には側についていた女子との間に三歳の娘と七歳の男子がいたという。家康はその子らを処分した。つまり、殺した。豊臣家を根絶やしにするためである。落ち武者も虐殺した。何千人も殺した。まるで信長のように。ジェノサイドだ。しかし、これは治安対策と、やはり豊臣家を根絶やしにするためであった。  家康はそのあと、尼となっていた秀吉の妻・高台院(おね)と寺ではなした。
「もう世は徳川の時代……豊臣家はもうありません」高台院はいった。なぜか、冷静で丁寧な態度であった。
 家康は「高台院さま、この家康、天下太平のため、徳川幕府を開き、平和な世の中をつくりたく思いまする」と丁寧にいった。
「それはよきことです」高台院はいい、続けて「これからは無益な戦がない世の中に……なるのですね?」
「さようにござる、もう戦などなくなりもうす」
 家康は微笑んだ。すべて……おわったのだ。
 その顔は恍惚のものであり、登りつめたひとの顔であった。

  家康は厠で倒れた。
 すぐに寝室に運び込まれた。家康は虫の息だった。老衰だった。
 床についているあいだ、家康の血管を、思い出が洪水のように駆けめぐった。信長のこと、秀吉のこと、そうしたものではなく、じっさいの出来事ではなく、感情……遠い昔に失ってしまった思い出だった。涙があとからあとから溢れ出た。
 家臣たちは口をひらき、何もいわずまた閉じた。世界の終りがきたときに何がいえるだろう。心臓がかちかちの石になり垂れ下がると同時に、全身の血管が氷のようになるのを家臣たちは感じた。すべておわりだ。家康公がとうとう死んでしまう。
「わしが……死んだら…日光に東照宮をつくり、わしの亡骸を葬ってくれ…」
 家康はあえぎあえぎだがいった。
「…と、殿!」家臣たちは泣き崩れた。
「わしは…」家康はあえぎあえぎ続けた。「……勝利…したのだろか?」
 空が暗くなり、明るくなり、世界がひっくりかえった。家康が七十五年間抱きつづけた感情が胸から溢れ出て、麻痺した指先を伝って座敷の畳みに零れ落ちた。
 そして、家康は死んだ。
 元和二年(一六一六年)四月十九日、家康死去、享年七十五歳で、あった。

 ……ひとの一生は重き荷を背負いて遠き道を行くが如し、焦るべからず……

  家康の格言で、ある。
 こうして、家康の策により徳川政権は二百六十年続いた。
 家康の知恵の策略の勝利、であった。                

またこの後の話は真田幸村として名高い真田信繁(本名)の最期の徳川との大戦となった『大坂夏の陣』ののちのちの戦話を漫画・劇画『紅蓮の花 真田幸村』上下巻、著者・(漫画)竹谷州史氏・(原作)仲路さとる氏・新潮社出版から引用したい。あくまで引用であり、盗作、無断転用、無断引用ではありません。裁判とか損害賠償とかやめてください。
 
 大坂冬の陣で大坂城は外堀どころか内堀まで埋め立てられ、天下に名高い難攻不落の大坂城は、徳川家康の謀略により裸城になりいよいよもって「豊臣家滅亡」「大坂壊滅」が現実になりそうだった。大坂の町人や商人や百姓衆も「今度ばかりは大坂もおしまいや!」「ひいいい~つ!お助け!」幕府軍数十五万の大軍が大坂の町に着々と進軍、明日にも大坂は戦火の海に沈む。「民百姓さえ豊臣の敗北を悟っています」大坂の寿司の屋台で、間者が町人に化けて、ある武将にいう。「我が主・幕府軍総大将徳川家康公は故国信濃一国にてあなたを買い受けると仰せです。これ以上は無意味、どうぞ幕府方にお越しください」
「お断りだ。狸にもらった国なんぞ、翌日木の葉に変わるかもしれん」そういったのは大坂方浪人・真田幸村である。「狸殿に伝えろ!俺はあんたにもらう国よりもこの上方の旨い寿司のほうがいい、と」
「真田殿……わが徳川幕府軍は十五万、大坂方はせいぜい寄せ集めの七万から八万でしょう?どちらが勝つかは馬鹿でもわかること。しかも、難攻不落といわれた大坂城もいまや裸城、死ぬだけですぞ」
「おおかたわしの首が縦にふらねば斬って帰れの命だろう?」幸村は鼻で笑った。「欲しいと言ったり殺せと言ったりご苦労なことだ」
「どうあってもお心かわりは………」
「ない」
「だが……死にまするぞ」
「死の際に燃える紅蓮の炎もある。胸が高鳴らないか……?狸を殺るにはよい日和だ」
 一方、徳川数十万を迎え撃つ覚悟の豊臣の大坂城には豊臣家重臣・大野治長が、
「こんな時に浪人衆は何をしておる!」と苛立っていた。参謀方の真田は幕府方の兄と内通の噂があり、幕府に寝返るのでは?というのだ。秀吉の遺児・豊臣秀頼は「大野…まあ、待とう。かの者らは皆、名に聞こえたいくさ人、それなりの戦支度があるのじゃろう」
「秀頼さま……」
 大坂方はもうみんな死を覚悟している。だが、死に場所を求めて大坂浪人衆の毛利勝永(もうり・かつなが)、大坂浪人・後藤又兵衛(ごとう・またべい)、大坂浪人・薄田兼相(すすきだ・かねすけ)、豊臣家家臣・木村重成(きむら・しげなり)、大坂浪人・明石全登(あかし・たけのり)、大坂浪人・元・四国の大名・長宗我部盛親(ちょうそかべ・もりちか)らが集まった。これに遅れて参陣した大坂浪人・真田幸村を加えこれらが『大坂夏の陣大坂浪人・七人衆』という。1615年5月、江戸幕府初代将軍徳川家康は全国の軍勢を率い大坂城へ出撃!その数実に15万……。豊臣方の寄せ集めの浪人衆約8万をはるかに超える精鋭である。前年の冬の陣からわずか半年、それはまさに家康の宿願・天下安寧・徳川の天下、豊臣抹殺への峻烈な表明であった。
「斥候(せっこう)から得た情報によると京より発した幕府軍は二手に別れ南下中。明日にもこの大坂城は15万もの軍勢に取り囲まれます」
毛利勝永は地図をみていった。
薄田は「これじゃあ、まさに風前の灯火ってやつだ」と笑った。
「河内方面の徳川秀忠隊は12万人、いかに秀忠が戦下手とはいえこれをまともに相手にするのは無謀だな」
「しかし、大和方面の徳川家康隊はわずか三万人!これはまさに千載一遇の好機!」
「幕府の総大将は家康!この首をとれば敵軍は瓦解し、戦局優位です!」
「これだから戦を知らぬ青二才は……お主はこれが家康の罠とわからんのか?!」
長宗我部はいった。「確かに大和方面軍はわずか3万……しかしこの陣には戦の天才・奥州の伊逹政宗が従軍しておる!」
「なにい?あの今孔明独眼竜伊逹政宗が!?」
一同は重い空気に押しつぶされそうになる。秀頼は「どちらを選んでも地獄というわけか……」とがくりとする。重い沈黙。すると、
「いけませんなあ!明日が戦というときにまるでお通夜ではありませんか!」と真田幸村が来た。「幸村!」「幸村殿!」一同に活気が戻った。「なにせ敵は齢七十にて今生にすがる古狸だ!あの家康より強いやつらのやり方をすればいい!織田信長公、太閤殿下(豊臣秀吉公)、御屋形さま(武田信玄公)、上杉謙信公、毛利元就公……この戦、大坂方の桶狭間である!つまりは奇襲!周りの大軍勢には目もくれず京より大坂に向かう家康隊の側面を一挙に奇襲する!敵方はこの戦で城を落とし……秀頼殿を討たねばならぬ。だが、こちらは家康の首さえ取れば再び豊臣家が天下人になれる!目標は凡人狸爺家康の首のみ!」
皆の顔に血の気が戻ってきた。「恐れるものは何もない。俺たちは死人の軍勢なのだから」
一同は、不敵に笑い始める。これは……もしかすると勝てるかも……
大和方面隊は後藤又兵衛と薄田兼相!河内別働隊は長宗我部盛親と木村重成、主力部隊・毛利勝永、明石全登と真田幸村は先発隊に続き大和方面へ!
一六一五年五月五日、大坂夏の陣の大坂七人衆が出撃する。大坂方は浪人たちの寄せ集めではあるが、家康に主君を殺された恨みがあり、士気は高い。徳川家康は齢七十にして重臣の本多正純に「かような殿は初めてじゃ……あれではもはや…天下に妄執する餓鬼!」といわれるほど天下を喜んだ。もはや誰も敵ではない。
 信長も秀吉も信玄も謙信も今川も毛利もない。わしの……天下じゃ!もはや豊臣家もおわりじゃ!家康は若かりし頃の『三方ヶ原の役』での武田信玄との戦いで惨敗し、馬上で糞尿まみれになったまま馬で逃げた悪夢を思い出した。自分には武田信玄や上杉謙信、毛利元就、織田信長、豊臣秀吉、真田幸村、竹中半兵衛、黒田如水(官兵衛)やらのような天才がないことは家康が自分自身でよくわかっていた。だからこそ誰よりも耐えた、誰よりも待った。信玄と謙信が準備し、織田がつき、羽柴がこねし天下餅、骨もおらずに食うは徳川………それがどうした!何が悪い!最後に勝ったものが勝者じゃろうが!
 だが、家康だって馬鹿ではない。大坂攻めでわずか3万あまりだけの大和方面隊にはいかに天下無双の独眼竜伊逹政宗軍がいようとも危ない。家康は、大和方面隊に影武者をたて、自分は隠れて河内方面隊の息子・秀忠軍十二万の中に紛れた。
家康は「桶狭間のような奇襲も敵方に真田幸村がいるなら有り得る」と慎重だった。
と、同時にこれで天下人に、歴史に天下の徳川家康の名前が刻まれることを興奮せざる得ない様子であった。
初戦の朝は深い濃霧で大坂方の脚はすすまない。
「大坂方め、運にも見放されたか」家康は笑いがとまらない。しかも、大坂方は大和方面を奇襲しようという行動であるので、ますます徳川有利である。大和方面の先鋒・後藤又兵衛隊は獅子奮迅の戦いをしたが何せ多勢に無勢である。何倍もの敵を倒せる訳もない。しかも、「大和方面の家康は影武者じゃ!」との情報で、もはやこれまでと高をくくった。
五月六日、緒戦は家康に軍配があがった。影武の首をとっても意味はない。後藤隊は残った兵士三百のうち二百を後続隊に残し、自分と百余りの兵で、小松山で幕府軍とやりあった。さすがは豪傑で知られる後藤又兵衛隊だが、所詮は多勢に無勢、後藤はまるで牛若丸を守る弁慶の如く、伊逹政宗隊と片倉小十郎(二代目)により戦死させられた。後続隊の薄田兼相隊も見事な最期であったという。一方の河内方面のほうが十二万兵であるから、こちらこそ敵は多勢に無勢、木村重成が戦死、長宗我部は一旦、大坂城に退いた。
 明石全登隊は行方不明に、真田幸村には十代の息子・真田大助がいたが真田幸村が「大助よ、大坂方の秀頼さまにご出陣の下知をいただきに戻れ!」という。「しかし…父上!」
「これは命令じゃ!大坂城にて秀頼さまを守り秀頼さまとともに生きよ!」
真田大助は涙をはらはら流しながら「はっ!」といい、騎馬で大坂城に戻っていった。
五月六日の夜、真田幸村、毛利勝永、長宗我部らは戦線を退いて、大坂城にほど近い天王寺に集結、最後の軍議を開く。城の防備は無に等しく、大坂方は一か八かの翌日の夜戦に望みを託す他になかった。それは事実上の背水の陣…………
家康は愉悦の絶頂にあった。七十年の生涯求め続けた完全な天下が目前なのである。
「散々わしを見下した豊臣が、明日!滅ぶ!わははは、あの世で歯噛みするがいい!秀吉め!」
「家康さま!まだ戦は明日も…」
「ふははは!笑止千万!死にぞこないの浪人と餓鬼に何ができる?!明日、わしはすべての武士の頂点に立つ!すべての!」
 翌日、その死にぞこないの真田幸村・毛利勝永部隊は正面から突破しようと騎馬軍団で突撃しようと全速力で迫った。慶長二十年(一六一七)五月七日、もはや戦はおわりじゃ、と鎧や具足を脱いだ家康の前に真田幸村が迫るのである。
最初に立ちふさがるのは幕府先鋒越前大名・松平忠直軍隊(家康の次男・秀康の息子)である。「もはや多勢に無勢!大坂方の大将の首をとれば恩賞は思いのままだぞ!」
「進め!立ち止まるな!家康の首以外は目もくれるな!」兜に鹿の角の紅蓮の炎、真田隊が突っ走ってくる。
そこに間者が「う、裏切りだ―!紀州の浅野長晟(ながあきら)が大坂に寝返った!」
「我らの背後に迫っているぞー!」とやる。「ひいいいつ!」「にげろー!」浅野長晟はこの時4万の大軍を率いていた。長晟の父・長政は豊臣五奉行のひとりであり、裏切りの情報に信憑性があった。無論、幸村が放った内偵による流言である。だが、これにより越前兵は統率を失い、もはや幸村の敵ではない。
 また幸村は自分の影武者を何人もいろいろな場所に出現させる手にも出た。
駆ける!駆ける幸村!紅蓮の炎のような部隊が家康本陣に迫ってくる。
「ひいいいいいっ!何じゃ!わしは誰と戦っておるのじゃ?!」
「家康さまお逃げくだされ!」
「ひいいいいぃぃっ!」
やがて徳川の幔幕が切り裂かれ馬上から真田幸村が斬り込む。
「家康!覚悟!その首を血でかざれー!」
だが、家康は馬で逃げた。失禁しながらも信玄から逃げた三方が原のときのように遁走した。逃げても、逃げても幸村が追ってくる。「家康―!家康―!」
「ひいいいっ!誰かたすけてー!ひいいいつ!」
 だが、多勢に無勢であることにかわりはない。やがて、真田幸村は神社の前で戦死する。
「この……真田…ゆ…幸村……御屋形さまのもとに……昇天する……」紅蓮の炎が、昇天した。神に意思があったとしか思えない。この戦国時代の終りに真田幸村のような天才が最後に紅蓮の炎のように燃え上がり、最後は昇り竜の如く、紅蓮の炎となり昇天した。こうして真田幸村の生き様は、伝説、と、なった。

「また真田紋か」
「影武者か?」「おそらくは…」
「捜せ!敵より先に大御所様を見つけるのだ!」幕府総大将二代将軍・徳川秀忠は命じた。
「殿―!見つけましたー!」
 家康は本陣よりはるか遠方の平野の小川の近くで発見された。失禁で糞尿まみれになり、泥だらけで恐怖で小刻みに震えた家康には幕府初代将軍の威厳はなく、ただ死への恐怖と虚無がはりついているだけである。家康が死ぬのはこの一年後のことである。
毛利勝永隊が突入したときには徳川家康本陣は空であった。そこに鬨の声をあげる真田の姿はなく、四方から殺到する幕府軍増援隊の動きを受け、毛利隊は撤退した。明石全登の遊撃や後方の大野治長隊も善戦空しく敗走。ついに大坂城は陥落した。
大坂では女子供を奴隷にしようと略奪戦が始まり、阿鼻叫喚の地獄絵図のようなことになった。大坂城が燃え尽きた翌日、五月八日正午、豊臣秀頼と母親の淀君と、帰還した毛利勝永、大野治長が城内の蔵にこもり、眠れぬ夜を明かした。秀頼の正室であり秀忠の娘・千姫に助命嘆願したが、秀忠は許さなかった。朝日が蔵に差し込んでくる。「もはやこれまで!豊臣の幕をおろそう」
「真田大助殿、貴殿は我らと違い幸村殿の命でここにいるだけだ。今投降すれば家康も命はとりますまい。堂々とここを出ていかれよ」「いいえ……毛利殿。今更皆様を置いて生き延びるわけにはまいりません。冥途の道は暗うございます。私は真田の嫡男として皆様の旅路の灯りとなりましょう」
「なるほど。大助殿大義であった!」秀頼(享年23歳)などは自害して、やがて火薬を爆発させて果てた。こうして豊臣家は根絶やし、豊臣家は滅亡した。
そして、真田幸村の戦いは、これで永遠におわった。
                   
おわり


西郷隆盛 おいどん!巨眼の男 西郷隆盛の生涯<プロローグ>西郷野に下る

2014年05月28日 17時47分04秒 | 日記





  1 西郷野に下る





  その日の午前、東京はどしゃぶりの雨であった。
 明治三年四月十一日、西郷隆盛は『征韓論』にやぶれた。
 大久保利道(一蔵、前まで正助)は参議の執務室で頭を抱えてしまった。
「なにごてでごわす? 西郷どん……なにごて?!」
 大久保には西郷の気が知れなかった。「なにごて朝鮮にこだわるのでごわすか……とにかく西郷どんを連れ戻すしかなかばい! しんどいど!」
  大久保の命令で、明治政府の軍人兵士たちは西郷隆盛を探しまわった。
「西郷先生はどこじゃ?! 西郷先生はどこじゃ?!」足にゲートルをまき、黒い服に黄色い縁帽子をかぶった官軍(明治政府軍)兵士たちは雨でずぶ濡れになりながら、駆けた。                     
 当の西郷吉之助(隆盛)は麻の羽織りをきて、傘をさして陰にいる。
 兵士たちは彼には気付かなかった。
 西郷は神妙な面持ちで、暗い顔をしていた。今にも世界が破滅するような感覚を西郷隆盛は覚えた。……おいの負けじゃっどん。
 実はこのとき、西郷吉之助は参議(明治政府の内閣)に辞表を提出し、野に下ったのである。西郷は維新後の薩長政府の腐敗ぶりをなげく。
”人民が「あんなに一生懸命働いては、お気の毒だ」というほどに国事をつかさどる者が働きぬかなくては、よい政治はおこなえない。理想的な政治家なら、薩摩も長州もないはずだ。しかるに、草創のはじめにたちながら、政治家も官僚も色食や銭にまみれている。 働く場所をうしなった侍(士族)たちの不満が爆発しそうだ。「そいを、わしゃ最もおそれる」”
 辞表をうけとった親友でもある参議・大久保利通(一蔵)は悔しさに顔をゆがませた。「わかりもはん。なぜごて、西郷どんは辞めるのでごわすか?」
 大久保は耳元から顎までのびる黒髭を指でなでた。「朝鮮などどうでもよかとに」                           
 伊藤博文は「西郷先生は何故に朝鮮にこだわるのでしょう?」と大久保にきいた。
「西郷どんは思いきりがよすぎとる。困り申した。あの頑固さは昔から禅をやっていたせいでごわそ」
 西郷隆盛の弟の西郷従道(慎吾)がやってきて「兄さんが辞めとうたとは本当でごわすか?」ときいた。子供のときから西郷隆盛と過ごした大久保は残念がった。
 吉之助は山岡鉄太郎(鉄舟)の屋敷にころがりこんだ。山岡鉄太郎は、清河八郎とともに『新選組』の発足に尽力したひとである。
「どうしました? 西郷先生?」鉄太郎はゆっくりと尋ねた。
「………やぶれもうした」
 力なく、呟くように吉之助はいった。
「それは、『征韓論』ですか?」
「そいでごわそ。死に場所をなくし申した」西郷はうなった。
 山岡鉄太郎は「なぜ西郷先生は朝鮮にこだわり、攻めようとするのです?」ときいた。「攻める訳ではござりもはん」西郷は続けた。「ただ、朝鮮においがいき、友好関係をば築くのでごわす」
「…では『征韓論』ではなく『親韓論』ですな?」
「そうでごわす」西郷は頷いた。「おいの考えがいつの間にか朝鮮を征伐する……などとごて変えられたのでごわす。何とも情けなく思っちょる」
 こうして、西郷隆盛は野に下った。
 そして、明治十年二月、『西南戦争』が勃発する。
 なお、この物語の参考文献はウィキペディア、ネタバレ、堺屋太一著作、司馬遼太郎著作、童門冬二著作、池宮彰一郎著作「小説 高杉晋作」、津本陽著作「私に帰らず 勝海舟」、日本テレビドラマ映像資料「田原坂」「五稜郭」「奇兵隊」、NHK映像資料「歴史ヒストリア」「その時歴史が動いた」大河ドラマ「龍馬伝」「篤姫」「新撰組!」「八重の桜」「坂の上の雲」、「花燃ゆ(この作品執筆時まだ放送前)」漫画「おーい!竜馬」一巻~十四巻(原作・武田鉄矢、作画・小山ゆう、小学館文庫(漫画的資料))、他の複数の歴史文献。「文章が似ている」=「盗作」ではありません。盗作ではありません。引用です。
なおここから数十行の文章は小林よしのり氏の著作・『ゴーマニズム宣言スペシャル小林よしのり「大東亜論 第5章 明治6年の政変」』小学館SAPIO誌2014年6月号小林よしのり著作漫画、72ページ~78ページからの文献を参考にしています。
 盗作ではなくあくまで引用です。前述した参考文献も考慮して引用し、創作しています。盗作だの無断引用だの文句をつけるのはやめてください。
  この頃、決まって政治に関心ある者たちの話題に上ったのは「明治6年の政変」のことだった。
 明治6年(1873)10月、明治政府首脳が真っ二つに分裂。西郷隆盛、板垣退助、江藤新平、後藤象二郎、副島種臣の五人の参謀が一斉に辞職した大事件である。
 この事件は、通説では「征韓論」を唱える西郷派(外圧派)と、これに反対する大久保派(内治派)の対立と長らく言われていきた。そしてその背景には、「岩倉使節団」として欧米を回り、見聞を広めてきた大久保派と、その間、日本で留守政府をに司っていた西郷派の価値観の違いがあるとされていた。しかし、この通説は誤りだったと歴史家や専門家たちにより明らかになっている。
 そもそも西郷は「征韓論」つまり、武力をもって韓国を従えようという主張をしたのではない。西郷はあくまでも交渉によって国交を樹立しようとしたのだ。つまり「親韓論」だ。西郷の幕末の行動を見てみると、第一次長州征伐でも戊辰戦争でも、まず強硬姿勢を示し、武力行使に向けて圧倒な準備を整えて、圧力をかけながら、同時に交渉による解決の可能性を徹底的に探り、土壇場では自ら先方に乗り込んで話をつけるという方法を採っている。勝海舟との談判による江戸無血開城がその最たるものである。
 西郷は朝鮮に対しても同じ方法で、成功させる自信があったのだろう。
 西郷は自分が使節となって出向き、そこで殺されることで、武力行使の大義名分ができるとも発言したが、これも武力行使ありきの「征韓論」とは違う。
 これは裏を返せば、使節が殺されない限り、武力行使はできない、と、日本側を抑えている発言なのである。そして西郷は自分が殺されることはないと確信していたようだ。
 朝鮮を近代化せねばという目的では西郷と板垣は一致。だが、手段は板垣こそ武力でと主張する「征韓論」。西郷は交渉によってと考えていたが、板垣を抑える為に「自分が殺されたら」と方便を主張。板垣も納得した。
 一方、岩倉使節団で欧米を見てきた大久保らには、留守政府の方針が現実に合わないものに見えたという通説も、勝者の後付けだと歴史家は分析する。
 そもそも岩倉使節団は実際には惨憺たる大失敗だったのである。当初、使節団は大隈重信が計画し、数名の小規模なものになるはずだった。
 ところが外交の主導権を薩長で握りたいと考えた大久保利通が岩倉具視を擁して、計画を横取りし、規模はどんどん膨れ上がり、総勢100人以上の大使節団となったのだ。
 使節団の目的は国際親善と条約改正の準備のための調査に限られ、条約改正交渉自体は含まれていなかった。
しかし功を焦った大久保や伊藤博文が米国に着くと独断で条約改正交渉に乗り出す。だが、本来の使命ではないので、交渉に必要な全権委任状がなく、それを交付してもらうためだけに、大久保・伊藤の2人が東京に引き返した。大使節団は、大久保・伊藤が戻ってくるまで4か月もワシントンで空しく足止めされた。大幅な日程の狂いが生じ、10か月半で帰国するはずが、20か月もかかり、貴重な国費をただ蕩尽(とうじん)するだけに終わってしまったのだ。
 一方で、その間、東京の留守政府は、「身分制度の撤廃」「地租改正」「学制頒布」などの新施策を次々に打ち出し、着実に成果を挙げていた。
 帰国後、政治生命の危機を感じた大久保は、留守政府から実権を奪取しようと策謀し、これが「明治6年の政変」となったのだ。大久保が目の敵にしたのは、板垣退助と江藤新平であり、西郷は巻き添えを食らった形だった。
 西郷の朝鮮への使節派遣は閣議で決定し、勅令まで下っていた。それを大久保は権力が欲しいためだけに握りつぶすという無法をおこなった。もはや朝鮮問題など、どうでもよくなってしまった。
 ただ国内の権力闘争だけがあったのだ。こうして一種のクーデターにより、政権は薩長閥に握られた。
 しかも彼ら(大久保や伊藤ら)の多くは20か月にも及んだ外遊で洗脳されすっかり「西洋かぶれ」になっていた。もはや政治どころではない。国益や政治・経済の自由どころではない。
 西郷や板垣らを失った明治政府は誤った方向へと道をすすむ。日清戦争、日露戦争、そして泥沼の太平洋戦争へ……歴史の歯車が狂い始めた。

  坂本竜馬はいつぞやの土佐藩の山内容堂公の家臣の美貌の娘・お田鶴さまと、江戸で偶然出会った。お田鶴は徳川幕府の旗本のお坊ちゃまと結婚し、江戸暮らしをはじめていて、龍馬は江戸の千葉道場に学ぶために故郷・土佐を旅立っていた。
「お田鶴(たづ)さまお久ぶりです」「竜馬……元気そうですね。」ふたりは江戸の街を歩いた。「江戸はいいですね。こうして二人で歩いてもとがめる人がいない……」「ああ!ほんに江戸はええぜよ!」
 忘れてはならないのは龍馬とお田鶴さまは夜這いや恋人のような仲であったことである。二人は小さな神社の賽銭箱横にすわった。まだ昼ごろである。
「幸せそうじゃの、お田鶴さま。旦那様は優しい人ですろうか?」「つまらぬ人です。旗本のたいくつなお坊ちゃま。幸せそうに見えるなら今、龍馬に会えたからです」「は……はあ」「わたしはあの夜以来、龍馬のことを想わぬ日は有りませぬ。人妻のわたしは抜け殻、夜……抱かれている時も、心は龍馬に抱かれています。お前はわたしのことなど忘れてしまいましたか?」「わ、忘れちょりゃせんですきに」
 二人はいいムードにおちいり、境内、神社のせまい中にはいった。「お田鶴さま」「竜馬」
「なぜお田鶴さまのような方が、幸せな結婚ができなかったんじゃ…どうしちゅうたらお田鶴さまを幸せに出来るんじゃ?!」
そんなとき神社の鈴を鳴らし、柏手を打ち、涙ながらに祈る男が訪れた。面長な痩せた男・吉田松陰である。
「なにとぞ護国大明神!この日の本をお守りくだされ!我が命に代えても、なにとぞこの日の本をお守りくだされ!」
 龍馬たちは唖然として音をたててしまった。
「おお!返事をなさった!護国大明神!わが祈りをお聞き入れくださりますか!」松陰は門を開けて神社内にはいり無言になった。
 龍馬とお田鶴も唖然として何も言えない。
「お二人は護国大明神でありますか?」
「いや、わしは土佐の坂本竜馬、こちらはお田鶴さまです。すまんのう。幼馴染なものでこんな所で話し込んじょりました」
 松陰は「そうですか。では、どうぞごゆっくり…」と心ここにあらずでまた仏像に祈り続けた。
「護国大明神!このままではこの日の本は滅びます。北はオロシア、西にはフランス、エゲレス、東よりメリケンがこの日の本に攻めてまいります!吉田松陰、もはや命は捨てております!幕府を倒し、新しき政府をつくらねばこの国は夷人(えびすじん)どもの奴隷国となってしまいます!なにとぞわたくしに歴史を変えるほどの力をお与えください」
 松陰は涙をハラハラ流し祈り続けた。龍馬とお田鶴は唖然とするしかない。しばらくして松陰は「お二人とも私の今の祈願は、くれぐれも内密に…」といい、龍馬とお田鶴がわかったと頷くと駿馬の如くどこぞかに去った。
 すると次に四人の侍が来た。「おい、武家姿の御仁を見かけなかったか?」狐目の男が竜馬たちにきいた。
「あっ、見かけた」
「なに!どちらにいかれた?!」
「それが……秘密といわれたから…いえんぜよ」
「なにい!」狐目の男が鯉口を切ろうとした。「まあ、晋作」
「わたしは長州藩の桂小五郎と申します。捜しておられるのは我らの師吉田松陰という御仁です。すばらしいお方じゃが、まるで爆弾のようなお人柄、弟子として探しているんだ。頼む!お教え願いたい」
 四人の武士は高杉晋作、桂小五郎(のちの木戸孝允)、久坂玄瑞、伊藤俊輔(のちの伊藤博文)であった。
 龍馬は唖然としながらも「なるほど、爆弾のようなお方じゃった。確かに独り歩きはあぶなそうな人だな、その方は前の道を右へ走って行かれたよ」
「かたじけない。ごめん!」
 四人も駿馬の如しだ。だが、狐目の男(高杉晋作)は「おい!逢引も楽しかろうが……世間ではもっと楽しい事が起きてるぞ!」と振り返り言った。
「なにが起こっちゅうがよ?」
「浦賀沖に、アメリカ国の黒船が攻めてきた!いよいよ大戦がはじまるぜ!」そういうと晋作も去った。
「黒船……?」竜馬にはわからなかった。

 吉田松陰は黒船に密航しようとして大失敗した。松陰は、徳川幕府で三百年も日本が眠り続けたこと、西欧列強に留学して文明や蒸気機関などの最先端技術を学ばなければいかんともしがたい、と理解する稀有な日本人であった。
 だが、幕府だって馬鹿じゃない。黒船をみて、外国には勝てない、とわかったからこその日米不平等条約の締結である。
 吉田松陰はまたも黒船に密航を企て、幕府の役人に捕縛された。幕府の役人は殴る蹴る。野次馬が遠巻きに見物していた。「黒船に密航しようとしたんだとさ」「狂人か?」
「先生!先生!」「下がれ!下がれ!」長州藩の例の四人は号泣しながら、がくりと失意の膝を地面に落とし、泣き叫ぶしかない。
 松陰は殴られ捕縛されながらも「私は、狂人です!どうぞ、狂人になってください!そうしなければこの日の本は異国人の奴隷国となります!狂い戦ってください!二百年後、三百年後の日本の若者たちのためにも、今、あなた方のその熱き命を、捧げてください!!」
「先生!」晋作らは泣き崩れた。
 黒船密航の罪で下田の監獄に入れられていた吉田松陰は、判決が下り、萩の野山獄へと東海道を護送されていた。
 唐丸籠(とうまるかご)という囚人用の籠の中で何度も殴られたのか顔や体は傷血だらけ。手足は縛られていた。だが、吉田松陰は叫び続けた。
「もはや、幕府はなんの役にも立ちませぬ!幕府は黒船の影におびえ、ただ夷人にへつらいつくろうのみ!」役人たちは棒で松陰を突いて、ボコボコにする。
「うるさい!この野郎!」「いい加減にだまらぬか!」
「若者よ、今こそ立ち上がれ!異国はこの日の本を植民地、奴隷国にしようとねらっているのだぞ!若者たちよ、腰抜け幕府にかわって立ち上がれ!この日の本を守る、熱き志士となれ!」
 またも役人は棒で松陰をぼこぼこにした。桂小五郎たちは遠くで下唇を噛んでいた。
「耐えるんだ、皆!我々まで囚われの身になったら、誰が先生の御意志を貫徹するのだ?!」涙涙ばかりである。
  江戸伝馬町獄舎……松陰自身は将軍後継問題にもかかわりを持たず、朝廷に画策したこともなかったが、その言動の激しさが影響力のある危険人物であると、井伊大老の片腕、長野主膳に目をつけられていた。安政六年(一八五九年)遠島であった判決が井伊直弼自身の手で死罪と書き改められた。それは切腹でなく屈辱的な斬首である。そのことを告げられた松陰は取り乱しもせず、静かに獄中で囚人服のまま歌を書き残す。
 やがて死刑場に松陰は両手を背中で縛られ、白い死に装束のまま連れてこられた。
 柵越しに伊藤や妹の文、桂小五郎らが涙を流しながら見ていた。「せ、先生!先生!」「兄やーん!兄やーん!」
 座らされた。松陰は「目隠しはいりませぬ。私は罪人ではない」といい、断った。強面の抑えのおとこふたりにも「あなた方も離れていなされ、私は決して暴れたりいたせぬ」と言った。
 介錯役の侍は「見事なお覚悟である」といった。
 松陰はすべてを悟ったように前の地面の穴を見ながら「ここに……私の首が落ちるのですね……」と囁くように言った。雨が降ってくる。松陰は涙した。
 そして幕府役人たちに「幕府のみなさん、私たちの先祖が永きにわたり…暮らし……慈(いつく)しんだこの大地、またこの先、子孫たちが、守り慈しんでいかねばならぬ、愛しき大地、この日の本を、どうか……異国に攻められないよう…お願い申す……私の愛する…この日の本をお守りくだされ!」
 役人は戸惑った顔をした。松陰は天を仰いだ。もう未練はない。「百年後……二百年後の日本の為に…」
 しばらくして松陰は「どうもお待たせいたした。どうぞ」と首を下げた。
「身はたとえ武蔵の野辺に朽ちるとも、留め置かまし大和魂!」松陰は言った。この松陰の残した歌が、日の本に眠っていた若き志士たちを、ふるい立たせたのである。
「ごめん!」
 吉田松陰の首は落ちた。
 雨の中、長州藩の桂小五郎らは遺体を引き取りに役所の門前にきた。皆、遺体にすがって号泣している。掛けられた藁布団をとると首がない。
 高杉晋作は怒号を発した。「首がないぞ!先生の首はどうしたー!」
「大老井伊直弼様が首を検めますゆえお返しできませぬ」
 長州ものは顔面蒼白である。雨が激しい。
「拙者が介錯いたしました……吉田殿は敬服するほどあっぱれなご最期であらせられました」
 ……身はたとえ武蔵の野辺に朽ちるとも、留め置かまし大和魂!
 長州ものたちは号泣しながら天を恨んだ。晋作は大声で天に叫んだ、
「是非に大老殿のお伝えくだされ!松陰先生の首は、この高杉が必ず取り返しに来ると!聞け―幕府!きさまら松陰先生を殺したことを、きっと悔やむ日が来るぞ!この高杉晋作がきっと後悔させてやる!」
 雨が激しさを増す。まるで天が泣いているが如し、であった。

緑川鷲羽からのアドバイス「精神疾患や癌や難病は祈祷では治らない」

2014年05月28日 17時44分32秒 | 日記




精神疾患や癌や難病は祈祷ではなおらない

 これは若者というより保護者にたいしてのアドバイスですが、「鬱病」「認知症」「癌」「ダウン症」「リトルインテリジェンス」等の病気になると必ず「悪い輩」が寄ってきて「食い物」にしようとします。私と母親も騙されましたが、私の場合は「鬱病」になったばかりのとき関西出身の祈祷者(オカルト)が何故か地元にいて、「悪い霊が憑いている。お不動さん(不動明王のこと)に祈れば病気がよくなる」といいオカルトの自宅の部屋に不動明王の木像があり、オカルトおばさんは祈祷して1日に三千円×6か月でした。もちろん病気は治る訳もなく、逆に祈祷師の手前、精神科から処方される薬を無理に断った為に具合が悪くなりました。まあ、宗教上のこともあるので「神などいない。悪魔などいない。霊などいない」というのは言い過ぎなのかも知れません。
 ですが、そういう弱い所をついてきて金を毟り取ろうという悪い輩は確実に存在します。いじめに遭ったり、精神が不安定になったり、癌になったり、難病になったり、それは様々でしょうが「神に祈祷したって病気は治らない。病気なら病院に行け」ということです。祈祷だの悪霊払いだの「金儲けの手段」なだけです。神や木像に祈ただけでうつ病や癌が治るなら病院も医者も薬もいりません。新聞などで「癌が治った!幸運がやってきた!」とか、「祈祷で病気が治る」といわれたらオカルト詐欺だ、と思って騙されず悪質すぎるなら警察に通報してください。とにかく「他人の弱みに付け込んで金を毟り取ろう」という「オレオレ詐欺師たち」にも似た連中です。「今日の運勢」くらいならまだ可愛い方ですが「悪魔がついている。祈祷して癌を治す」など100%詐欺だ、と考えてください。騙されないで下さい。何の為に病院や医者があるのか?簡単なことです。とにかく騙されないで!


大前研一艸風伝<船中八策>平成の坂本竜馬による師匠・大前氏(平成の勝海舟)評伝6

2014年05月28日 02時29分58秒 | 日記









■ ~大前研一ニュースの視点~2014年5月16日大前研一氏談『人口減少問題・外国人受け入れ制度・国内財政~問題解決に必要な目標設定』人口減少問題、中長期国家目標で「50年後に1億人維持」。外国人受け入れ制度、高度人材、及び腰の「歓迎」、国内財政、国と地方の財政の長期試算を公表。▼ 感情論で否定せず、移民を受け入れる体制を整えるべき政府が「50年後(2060年代)に人口1億人程度を維持する」との中長期の国家目標を設けることが3日明らかになりました。日本の人口はこのままでは2060年に約8600万人まで減る見通しのため、2020年ごろまでに集中的に対策を進め、人口減少に歯止めをかける狙いとのことです。相変わらず、政治家や役人はずるい表現をするものです。「50年後」には誰も生きていないでしょうし、責任を問われることもないでしょう。ただし、政府にこのような態度を取らせてしまう責任は国民にもあります。日本が人口を維持するとなれば、計画的に移民を受け入れる以外に方法はないと私は思います。しかし日本人は移民の受け入れに、異常なほどマイナス感情を持っています。本来ならば、50年後といわず「数年後」と言いたいところなのでしょうが、国民感情を考えて50年後と言っているのだと思います。50年後と言いながら、徐々に国民に危機感を抱かせ、理解してもらうという手順を想定しているのでしょう。しかし私に言わせれば、逆にそれでは「危機感」は生まれてきません。50年後ではなく「5年後」と言うことで、強烈な危機感を抱かせるほうが良いと私は思います。そして、遅々として移民対策は進んでいません。政府は2012年5月から外国人受け入れの優遇制度を始めましたが、結局機能していません。これまで単純労働者は認めない一方、高度人材は歓迎すると説明してきましたが、実際の受け入れペースは鈍く、高度人材の認定数は今年1月までの20ヶ月間でおよそ900人、月50人程度のペースで法務省が見込んだ認定ペースの3分の1以下に留まるとのことです。世界の外国人労働力人口の割合を見れば、米国15%、ドイツ10%程度です。英国も最近大きく割合が上がってきています。そんな中、日本はほとんどゼロに等しい状況です。最近では、建設業界で人手不足のため一時的に外国人労働者を受け入れていますが、需要がなくなったら、再び本国に返してしまいます。これではダメなのです。人口減少、高齢化社会、労働人口不足は「構造的な」問題だからです。「外国人=犯罪」というイメージなどが強く、日本は異常なほど外国人アレルギーを持っています。それでも移民を受け入れ、2年間の教育制度を整備して、グリーンカードを配布するなどの施策を私は20年以上前から提唱しています。こんなことを言えば、周りから叩かれるので誰も言いたくないのでしょうが、本当の意味で日本の将来を考えれば、やらなければいけないことです。年間30万人以上の移民を受け入れなければ
間に合わないのだという事実を認識し、すぐに動き出してもらいたいと思います。▼ 国民の甘えが消えない限り、財政改善施策など無意味。人口問題と同様、今の日本にとって非常に大きな問題になっているのが「財政問題」です。財政制度等審議会が先月28日、国と地方の財政の長期試算を発表しました。2060年度に債務残高の対GDP比を100%に安定させるためには、2021年度から2026年度の6年間で、約12.71%~6.98%(約45兆円~81兆円)の収支改善が必要になるとのことです。常に無駄遣いをしてきた結果、今の借金だらけの状況を招いています。しかしそれでもまだ、日本は無駄遣いをやめません。なぜなら、無駄遣いをやめるよう緊縮財政を掲げると選挙に落ちるからです。すなわち、今の借金まみれの日本の状況は、甘えた国民・甘えた国家が招いたのだと私は思っています。80兆円の収支改善など、「今のままの甘えた」国民と国家では絶対に実行することはできないでしょう。おそらく、どこかのタイミングで市場から制裁を受けて、日本国債の暴落を招き、経済破綻という爆弾を落とされて痛い目に遭って、初めて改善への取り組みを始められるのではないかと思います。今回のような「試算」をいくら出したところで、マスコミも国民も実行することはないでしょう。政治家にしても、選挙になればまたリップサービスをするに決まっています。人口問題にしても、財政問題にしても、国民の甘えの結果とも言えます。この点を国民一人ひとりが強く意識することが大切ではないかと思います。


『池上彰の解説塾(テレビ朝日内番組)』2014年5月12日放送分Ⓒ池上彰
(1)<国会議員の歳費(給与)>2014年4月までは年間約1700万円→2014年5月から年間2100万円に。「議員の数を削減しない限り歳費(給与)を上げない」と国民と約束していたのに「約束をやぶった」。また復興特別税は「所得税額」の2.1%増の2037年まで。「住民税」1000円増→今年度(2014年度)~2023年までに。消費税も5%から2014年度5月1日で8%、2015年度10月で10%になる。
「約束を破って歳費(給与)を増やした」というより、「元の状態に戻した」ということ。
2割(復興の為)400万円歳費を削減していた。つまり<2012年5月~復興財源確保約13%+12月~議員定数削減対策7%=20%(約400万円)年間>この期限が切れて、元に戻した。議員定数は全く減らないのだから、と日本維新の会やみんなの党や結いの党らはもっと20%でなく30%削減といい、公明党は7%削減、民主党や共産党は検討中……などであったが自民の石破幹事長が「地方から来た新人議員が借金をしてまでの状態にあり、議員生活が送れず、大変に困窮しているのは如何なものか」と疑問を呈して元に戻った。
確かに国会議員になれば東京と地方地元の事務所の運営など大金がかかる。議員に立候補して落選しても「ただのひと」で、再就職もない。ハイリスクだからハイリターンでいいのではないか?といいたいのだろう。なら<国会議員に使われる年間費用を見てみよう>①給与(歳費)→約2100万円②公設秘書給与(3人分)→約2000万円③文章通信交通滞在費→1200万円④新幹線グリーン車料金・航空運賃→(全額無料)、合計で年間6000万円である。だが、イギリスの議員給与は年間1.1123万円(下院のみ・1ポンド171.6円で計算2014年5月10日時点)であり、石破氏の発言の根拠はない。
(2)インターネットの<マイクロソフトのインターネットエクスプローラー(ブラウザ・Internet Explorerr)にウイルス感染の脆弱性があって、修正されて、今では安心して使えるようになった>脆弱性でのリスクは*遠隔操作*企業の情報漏えい*個人情報の流出*ネットバンキングでの不正送金などである。もっとあるが省く。
ちなみに<日本国内のブラウザのシュアを見てみよう>①インターネットエクスプローラー(マイクロソフト)53%②クローム(グーグル)24%③サファリ(アップル)7%④ファイヤーフォックス(モジラ(ファウンテーション))14%、である。リスクに対する対処法は①常に新しいソフトにアップデート②ウィルスセキュリティソフトの最新版のインストール③パスワードをひとつひとつ全部違うものに(全部同じだとハイリスク・危険である)
(3)シャドーバンキング(影の銀行)→中国では高金利で誘導して(年利10%とか)シャドーバンキングへの誘いが多い。シャドーバンキングだからといっても『違法ないかがはしいもの』ばかりではなく、銀行じゃない銀行のことを「シャドーバンキング」と呼ぶ。
証券会社やローン会社企業内金融、公的金融機関などある。きっかけは2008年の『リーマンショック』で世界大恐慌に。中国は景気対策と称して地方で銀行からお金を借りて公共事業を行い、高層マンションやビルを幾つも作った。もちろん、銀行では金利が低く、貸出額も限られるために、中国共産党政権は『融資平台』という投資会社を公的に作り、高金利を謳い国民からシャドーバンキングでお金を借り(約310兆円)高層ビル群を何万も造った。地方ではこのビルや住宅が売れ残り、『中国版住宅バブル崩壊』で『中国発世界大恐慌』になるのではないか?とも懸念されている。だが、意外と「中国の金融機関は全部国有化されているから、最後は国がなんとかしてくれるだろう」という楽観論も多いという。だが、世界第二位の経済大国の財政破綻はいずれにしろ恐ろしい。中国共産党や習近平国家主席の英断に期待するしかない。
(4)中国のテロ(新疆ウイグル自治区)なぜ新疆(しんきょうとは『新しい土地の意味』)ウイグル(ウイグル人とはトルコ系のイスラム教徒・建前としてウイグル人のひとが北京や上海のいい大学に行ってエリート層になっても自由、となっているが、漢族とはトルコ系の顔では違い、日本の在日朝鮮人在日フィリピン人のような扱いを受けることが多いという)の自治区ということ。
中国は漢族+55の民族の多民族国家だ。自治区は代表的には<新疆ウイグル自治区・チベット自治区・内モンゴル自治区・広西(こうせい)チワン自治区・寧夏(ねいかい)回族(かいぞく)自治区>などがある。ちなみに中国の五独を許さずとは①台湾②新疆ウイグル自治区③チベット自治区④内モンゴル自治区⑤朝鮮系自治区のこと。何故自治区の独立を認めないか?は当たり前ながら自治区には大量の天然ガスや石油や石炭やレアメタルや金が埋蔵されていることと、自治区の独立を認めれば国がバラバラになってしまうから。
ちなみに<自治区で建前として認められていること>を見てみよう。①民族の文字・言語の使用②独自の警察・民兵部隊をつくってもいい③独自の法律をつくっていい、等である。だが、これらは建前で主要な大多数派の漢民族が2000年度頃から『西武改革』と称して新疆ウイグル自治区やチベット自治区に大量に雪崩れ込んで、主要なエリート層やリーダー層の仕事を独占して、自治区民族と漢民族の「貧富の格差」が拡大している。また地方から都会に仕事を求めてくる貧困層も(例え高学歴があってもコネがないと)まともな職につけず、住めるのは地下の元・核シェルター(ために「鼠族」と呼ばれている)等と、バブル崩壊、中国共産党一党独裁、貧富の格差が中国人を苦しめる。まるで崩壊前のソ連である。まとめ緑川鷲羽2014年5月13日。


~大前研一ニュースの視点~2014年5月9日(大前研一氏談)『ITサービス大手・NTTドコモ~グローバル社会で競争に勝つ方法を考える』ITサービス大手 IT再編、日印連合が号砲。NTTドコモ インド携帯電話事業から撤退。▼ 日印同盟というより、タタに取り込まれたというべき。日経新聞は、先月24日、国内IT業界が異例の再編に色めき立っているとし、三菱商事とインドのITサービス最大手タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)が日本の事業を7月に統合することを紹介しています。日印連合などと報じられていますが、実質的には三菱商事がタタの傘下で細かくやってきた事業を取り込まれたという形でしょう。タタ側からしても、三菱商事の関連事業を取り込めるのは非常に有利になると見ていると思います。三菱商事としては、タタと組むことでシステムも近代化できますし、タタの助けを借りて一気に事業展開を進めていきたいという算段でしょう。▼ 2兆円を捨てたNTTドコモは、いつになったら学ぶのか?NTTドコモは先月25日、インドの携帯電話事業から撤退すると発表しました。加藤社長は「インドはこれからも伸びると思うが、成長性は当初の見通しほど高くない」と述べているということです。NTTドコモというのは、何とも中途半端なことばかりを繰り返している会社です。今回の件も自ら全部やればいいのに、契約件数でトップ3から大きく引き離されているタタ・テレサービシズに中途半端に4分の1ほど出資したものの、結局は業界6位で終わっています(2012‐13年度実績)。NTTドコモの海外出資の歴史を見ると、ひどい有様です。KPNモバイルの5000億円(2000年出資・2005年売却)、ハチソン3GUKの1900億円(2000年出資・2005年売却)、AT&Tワイヤレスの1兆1000億円(2000年出資・2004年売却)となっていて、約2兆円が全て水の泡になっています。今回発表されたタタ・テレサービシズにも、すでに2600億円出資していますが、これも同様に全くの無駄に終わることになります。約600億円~650億円という少額出資先であるKGテレコム(台湾)とKTフリーテル(韓国)については出資継続予定ですが、結局のところ技術援助をしただけで終わりになるのではないかと思います。NTTドコモは、これまで一貫して、ソフトバンクの孫社長とは違って100%出資しない方針を貫いてきていますが、私に言わせれば「経営する気がないなら、カネを払うな」と思います。キャッシュが豊富にあるからできることですが、未だにこれだけの資金を無駄にしても気づかないのかと思うと、情けない話です。


認知行動療法で心を軽く(2014年5月8日(木)毎日新聞朝刊くらしナビ14ページ)
認知行動療法は、薬剤と並んでうつ病への治療効果が認められており、「熟練した医師が行う場合」などの条件付きで健康保険も適用される。厚生労働省の正式な研修を受けた医師は200人と少なく、受けたい患者の要望に応えきれてない。一方、認知療法治療には、健康な時には誰でもが自然にやっている気持ちの切り替え法など「日常生活で是非活用して欲しい知恵が含まれている」と大野さん(大野裕・ゆたか・認知行動治療センター長)。健康な人がストレス緩和に仕える要素も多い点に着目した国立精神・神経医療研究センターは市民向け公開講座などを通じ、その知恵を広めている。
例えば①起きたこと<大切な書類を忘れ上司にしかられた>②その時の気分<強い落ち込みと罪悪感>③頭に浮かんだ考え<また忘れ物をした。自分はおわりだ>④③の考えを裏付ける事実<失敗が続いた。上司は不機嫌だった>⑤現実に適応した考え方<上司は次のチャンスをくれた。「もう終わり」は考え過ぎだ。体調を整え忘れ物をしないようにしよう>⑦気分の変化<落ち込み、罪悪感が軽減>という具合である。
大野さんが監修し、認知行動療法の基本を学ぶことができるウェブサイト「うつ・不安ネット」(http://www.cbtjp.net)が2010年から公開されている。08年に携帯向けサイトとしてスタート、その後、機能を拡充した。広告は入れず、登録会員の会費(年間1620円)で運営しており、08年以来の利用者は1万人に上る。


<テレビ朝日番組内 池上彰の解説塾2014年5月5日放送分>Ⓒ池上彰氏Ⓒテレビ朝日
まとめ緑川鷲羽。*貿易赤字17兆3000億円。「円安になると輸出が有利になり、得をするのでは?」という質問の答えは×。すでに日本の企業の工場は外国に出ていっているから。まあ、日本は「発展途上国」でも「新興国」でもなくアメリカのような「成熟国家」ということ。「日本は年金生活にはいった」ということ。ちなみに<2013年度>の貿易額を見てみよう。<2013年度*貿易収支(モノの輸出入)-10兆6千億円、所得収支(海外投資の利子・配当など)+16兆5千億円、サービス収支(観光・旅行などのサービス取引)-1兆5千億円、経常資金収支(海外への資金投入など)-9千億円<2013年度国際収支合計・財務省>+3兆3千億円>*サラリーマン残業代ゼロに。(年収一千万円以上の人と合意書)(<労働基準>一日8時間週40時間を法定労働時間)時間→成果へ(これがいわゆるホワイトカラーエグゼンプション*頭脳労働をよくしようという試み)>
*何故最近深海魚が次々に捕獲されっているのか?深海200m(太陽の光、海面の0.1%)深海1000m(100兆分の一)、超深海6000m(水圧=1cmあたり2600kg)、ダイオウイカは深海600m~1000mに生息。冬が寒すぎて海面が冷えて深海とまざったか?といわれています。
*全国初!裁判員裁判やり直し→仙台のひとりの被告が一人殺害。懲役15年→無期懲役。またやり直しで懲役15年へ。裁判員(国民の中から)が参加するのは一審のみ高裁からは裁判員いない。*成人年齢が20歳から18歳に下がる?。憲法改正など若者にも判断させようと。投票18歳なら成人の資格も?酒タバコも?(すべては日本の若者の政治へのコミットメントや関心が低すぎるから)(18歳~19歳の日本の人口約250万人(総務省調べ))
*商船三井の船(バオスティール・エモーション号)、中国の裁判所に差し押さえ→<損害賠償・裁判費用など遅延金など29兆1600億円 合計40億円払った(供託金)>1936年に商船三井が中国から船を借りた。その利息を払えと。商船三井は「船は日本軍に没収され、撃沈されて海に沈んだ」と。でも、2007年に中国の裁判所が賠償金約29億円払えと命令。示談交渉していたが、中国裁判所が船を差し押さえて。だから、供託金40億円払った。日本と中国との戦後賠償は(1972年の)日中共同声明で当時の田中角栄首相と周恩来首相が合意し、終了。…の筈だったが、社会主義では個人と国家の違いはない。だが、民主主義では国家間の賠償と民間は違う、といいだした。またオバマ大統領来日に合わせてけん制の意味で裁判所が動いたのではないか?ともいわれる。日中韓の関係が悪いからこういう無茶苦茶な裁判結果になる。関係改善さえなればこういう無茶苦茶な本末転倒の裁判などおこらない。*原発をやめるのかやめないのか?2011年5月で48基の日本の原発が全停止。<エネルギー基本計画>政府は「そう簡単に原発をもうやめようという訳にはいかない」。原発=重要なベースロード電源(昼夜問わず全稼働しても発電できる電源)。
政府が原発をやめない理由①電気料金の値上がりを止める(火力発電に99%特化で年間3兆6000億円のエネルギー代の負担。円安で更に打撃)②CO2の削減(フル稼働の火力発電はCO2大量放出)③海外への原発輸出。世界は安全で高技術な原発を求めている。(主な原発推進国)→アメリカ、フランス、ロシア、韓国、中国、インド、イラン、アラブ首長国連邦、トルコ、インドネシア、ベトナム、バングラディシュなど。(主な原発ゼロ・後進国)→ドイツ、オーストラリア、ベルギー、スイス、イタリアなど。世界中に稼働原発426基、建設中81基<原発の需要はある。ビジネスチャンスだ。福島で少し味噌が付いた感じではある日本の原発であるが「世界一の技術」がある。だからこそ福島の原発事故もあの程度で済んだのだ。集団ヒステリーはやめよう!>


企業・経営 大前研一の「産業突然死」時代の人生論「オバマのアジア歴訪、成果はフィリピンのみ」2014年5月7日。安倍晋三首相と米国のオバマ大統領は4月24日、東京・元赤坂の迎賓館で首脳会談を行った。両首脳は日米同盟がアジア・太平洋地域で主導的な役割を果たすことで一致したほか、共同声明では尖閣諸島が日米安全保障条約の適用対象であることを明言した。一方、焦点の環太平洋経済連携協定(TPP)交渉は合意には至らなかった。結果を出せない交渉はレベルが低い。今回の首脳会談について、主要メディアは安全保障問題については「合格」、TPPを中心とした経済問題については「不合格」としている。しかし私から見れば、今回のオバマ訪日は最悪の内容だったと言わざるを得ない。
 ここで「日米共同声明のポイント」をご覧いただきたい。まず、TPPについては「2国間の重要な課題で前進する道筋を特定」とあるが、あまりにも抽象的だ。その特定した道筋が何であったのかを明示できないということは、実質的には前進はなかった、と言っていいだろう。事実その後の米上院財政委員会に呼ばれたフロマン米通商代表部(USTR)は、「オバマ政権は望ましくない合意が得られるよりは、何も合意しない方が良いと判断した」と述べた、とワイデン委員長自身が語っている。日本ではギリギリの交渉で煮詰まったとか、解決の道筋が見えたという報道が多いが、彼我の報道には大きな落差がある。つまり、日本の甘利明TPP担当相と米国のフロマン代表は、今年4月に入って48時間以上を直接協議に費やしたが、目に見える進展はなかった。結局、日本側が交渉術というものを理解していないことが影響していると思う。40時間以上もかけて結果を出せない交渉とは、相当にレベルが低い。フレームワークさえちゃんと作っておけば、もっと短い時間で合意に至ることができたはずだ。そうした方針を立てないまま、個別の項目について「これはどうだ」「嫌だ」といったやり取りを繰り返しているからこそ、協議の時間が長引いてしまうのである。また、どのくらい進捗があったのかも把握できないのだ。「米国の防衛義務は尖閣諸島にも及ぶ」発言は意味があるか。安全保障問題については、オバマ大統領から直接、「日米安保の防衛義務は尖閣諸島にも及ぶ」という発言を得たことで、日本政府は大喜びしている。ただこれも、それほど意味があることとは思えない。以前から米国は、国務長官や国防長官などが「尖閣諸島は日米安全保障条約第5条の適用範囲」ということを明言していた。国務長官らが言っていることに大統領が反対しているなんてことはありえない。それをわざわざ大統領に発言させたところで、日本の自己満足でしかないのである。このように、今回のオバマ訪日は、米国にとっても日本にとっても不毛なものだったと思う。日本側はオバマ大統領を国賓待遇にして大はしゃぎだったようだが、その姿勢は非常にみっともないものだった。オバマ大統領は国賓待遇にもかかわらず、夫人を同伴させなかったし、迎賓館にも宿泊しなかった。ホテルオークラに宿泊したオバマ大統領は、あくまでも「ビジネスモード」だったということだろう。オバマ大統領が泊まらなかった迎賓館とは?ところで、迎賓館という建物も今となっては恥ずかしいものだということを知っておいてもらいたい。1909年、日露戦争に勝利して「西欧に追いつき追い越せ」「それいけドンドン」とやっていた時代の作品である迎賓館は、外側がイギリスのバッキンガム宮殿を真似ていて、内側はフランスのベルサイユ宮殿そっくりになっている。まさに日本が西洋の物真似をしていた鹿鳴館時代の象徴なのだ(設計者もそのものズバリで、鹿鳴館を設計したジョサイア・コンドルの弟子・片山東熊である)。ああいう恥ずかしい建物を日本の表玄関に置くことは、一刻も早く考え直してもらいたい。西洋のコピーのような迎賓館に招かれて、感動する外国人はいないだろう。ましてや1975年にはバッキンガム宮殿から御当主エリザベス女王がここに泊まっている! 日本は欧米の物真似をしていた時代もあるが、円高や貿易戦争で苦労してイノベーションでどうにか飯を食っていけるような国に脱皮しかけていた頃だ。その苦労を知る経済人は、あそこに外国の賓客を泊める神経は持ち合わせていない。おそらく仕事優先で来日したオバマ氏もいくら「国賓待遇」と言われても、あのようなところに泊まる気にはならなかったのではないかと思われる。
成果が見られたのはフィリピンだけ。さて、失敗に終わった日米首脳会談だが、オバマ大統領が日本の次に訪問した韓国でも、たいした成果は出ていない。その後のマレーシアでは、そもそも何のために訪問したのかも明確ではなかった。現職の米大統領としては実に48年ぶり、というセンセーショナルな見出し以外にはめぼしいテーマも成果もなかった。米国がTPPで求めている国有企業の民営化(米国企業による買収が可能となる)は日本の農産物以上に難題であるし、行方不明のマレーシア機の捜索に協力する、といっても時すでに遅し、ということで、オバマ大統領は何も結果を出せなかった。今回のアジア歴訪は、オバマ大統領にとっても相手国にとっても総じて失敗、あるいは成果なし、ということになるだろう。ただ、そのなかで唯一、成果が見られたのはフィリピンだ。オバマ大統領がフィリピンを訪問するのにあわせて、米国とフィリピンは新たな軍事協定に合意した。この協定により、少なくとも今後10年間は、フィリピンへの米軍派遣が拡大されることになる。1951年に締結された相互防衛条約により、フィリピンには米軍が駐留していたが、住民の米軍基地アレルギーが高まるなか、火山の大噴火で大きなダメージを受けたのを契機として撤退した。しかしその後、南シナ海に中国が進出してきたため、近年は米軍が定期的にフィリピンに立ち寄るようになっている。また定期的に合同演習なども行ってきている。中国の海洋進出を抑止する目的で米軍強化へ。今回の新軍事協定により、米軍は南シナ海に面したパラワン島西海岸を新たに使用することを検討しているという。また、冷戦時代に米軍基地があったルソン島のスービック地区なども候補に挙がっている。フィリピンでは外国の軍隊が駐留することを認めない憲法になっているため、まずは10年という期間を区切って国民の反発を和らげる目的であったと思われる。近年は南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)などでまさに中国軍と直接対峙するようになっているので、いまのところ目立った米軍排斥の動きは報道されていない。米国はおそらく中国の海洋進出を抑止する目的で沖縄、フィリピン南部、豪州の北部ダーウィン近郊(2500人の海兵隊がすでに駐屯している)などを今後強化していくものと思われる。オバマ大統領のアジア歴訪は、日本、韓国、マレーシア、フィリピンと、アジア重視路線を強調するものになるはずだった。しかし、そのなかで実質的な成果を生んだのは(おそらく大統領が訪問しなくても合意はできていたと思われる)フィリピンへの帰還(ダグラス・マッカーサー将軍が旧日本軍に追われてフィリピンを脱出する時に発した“I shall return”)だけだったのである。


『テレビ朝日番組 池上彰の解説塾』2014年4月28日放送分Ⓒ池上彰まとめ緑川鷲羽。
<韓国客船沈没事故>セウォル号乗員476人。事故からかなりの日付が経過していましたが、まだ韓国では客船沈没事故後のあとたった二週間で、今度はソウル市の地下鉄ソウルメトロのサンワンシム二駅で列車同士の衝突事故などがあり多数の怪我人が出ました。韓国の政府もいい加減で、最初、「全員救助した」等と言い、その後誤報を認め、「50人のダイバーが潜って捜索している」といいます。が、これも嘘で本当は最初は10人くらいのダイバーしか投入していませんでした。どうも事故原因は、過積載と、コンテナをちゃんと固定していなかった、という事などがわかってきました。右に舵を急に切ったら、コンテナや荷物が左側に全部移動して重みで傾き、沈没したのです。ちなみに『セウォル』とは『歳月・年月・年代…』などという意味の外来語です。実はセウォル号は日本の船でしたが韓国に売却されて改造され、その改悪が元で事故が起きたのでした。では、セウォル号の増設前をみてみましょう。<増設前>重心・11.7m・乗客定数・804名・貨物条件・2437t・復原性維持可能な客数88t・復原性維持可能なバラスト水10.23t<増設後>5階・甲板→講堂・4階・客室増設・3階・84名・定員増76・重心・11.78m(+51cm)・乗客定数921名(+117名)貨物条件・986t(実際は3608tであった)・復原性維持可能な客数83t・復原性維持可能なバラスト水・2030t(実際には情報ではバラスト水を抜いて空で運行していたのでは?との情報あり)。実は旅客船にはライバルがいた。LCC航空機(格安航空機)である。<LCCチェジュエアー>金浦~済州島・1日片道16便(平日)・約6500円・所要時間約1時間<旅客船セウォル号>仁川~済州島・週二便・約7000円(大部屋)・所要時間約13時間。では、韓国の政府のおおまかなヒエラルキーを見て観よう。まず一番の権力者が<大統領>だ。で次が→<国務総理(首相)>→<経済部>―<国防相>―<安全行政部>―<海洋水産部>などである。この日本で言うなら行政機関の警察や海上保安庁(海の警察)や農水省(海洋水産部)や海軍などてんでバラバラな対応をした。2014年4月16日午前十時事故初期の政府発表では救助者110人、午前十一時半には161人、午後零時には179人、午後二時には368人に……。海上警察らが文句をいったら救助者が「161人」と誤報を認めた。最初の沈没では潜水捜査は20人のダイバーだけ。日が暮れてから247人のダイバーを投入した。政府発表では「セウォル号に(17日朝)空気注入した」としたが、本当にしたのは30時間後であった。16日午後チョン校長は生徒の保護者全員に「全員無事」とメールを打つ(何のうらづけもなく)など奇行はあいついだ。首相は責任を取って辞任し、韓国の朴大統領は口先だけで謝罪しました。首相だけでなくあのポンコツ女性大統領が辞任する必要がある。それが、韓国の国の為だろう。それが韓国の国益にかなう筈だ。
 それで韓国新聞は結論として『わが国は三流国家だった』などとした。
<オバマ大統領来日の狙い>
今回の来日来韓比などは「アメリカの中国対策」であった。共同声明(抜粋)       ①「本日、両国はTPPに関する二国間の重要な課題について前進する道筋を特定した」
*(コメや麦は日本の聖域を認める)→牛肉は関税ゼロか?甘利氏は「8合目まできた」と。
②「日米安保条約下のコミットメントは尖閣諸島を含め…すべての領域に及ぶ」「米国は尖閣諸島に対する権利を損なういかなる行動にも反対する」
*(尖閣諸島で何かあったらアメリカは動くと(VS中国・日本の領土とは明言していませんが、)それは中国への配慮である)
韓国と日本の仲直りも望んでいる米国。フィリピンは1992年にスービック米軍基地を「冷戦終結」を言い訳に閉鎖に追い込んだが、中国に南沙諸島(ミスチーフ礁、スカーブ礁)をあらされているのでまたアメリカ軍を招聘し、フィリピンも再びの「パックス・アメリカーナ(アメリカの核の傘の下の平和)」を望んでいる。


『日中関係・中国レアアース大手~世界と渡り合うために必要なもの』2014年5月2日大前研一先生談話。聞き手・緑川鷲羽まとめBBT編集部。「日中関係 中国上海海事法院に約40億円支払い。中国レアアース大手 第1四半期純利益約2650万円」▼ 日本はどこかで歯止めをかける必要がある。商船三井は24日、中国当局から船舶を差し押さえられていた問題で、中国の上海海事法院(裁判所)に約40億円を支払い、差し押さえが解除されたとのことです。一方、中国の国営新華社は24日までに、中国政府が1972年の日中共同声明で放棄した戦争賠償の請求について「民間・個人の請求権は含まない」と明言する論評記事を配信しました。これまで曖昧にしてきたのに、中国もこの機に乗じて「民間・個人の請求権は含まない」と言い出す始末です。こうなると、次々と訴訟に発展する可能性があります。商船三井にしてみれば、戦前は「別の会社」だったわけですし、言いがかりに近いものがあります。加えて、今は業績も良くないので泣きっ面に蜂状態です。民間の会社である商船三井に40億円もの支払いを命じるというのは、非常に厳しいと思います。共産党の中国のことですから、ピンはねされて政府・役人にも資金が流れているのは、ほぼ間違いないと思います。このような状態になってくると、中国だけでなく韓国でも同じようなことを言い出す可能性があると私は懸念してしまいます。この種の問題は、田中角栄氏の時代に決着したはずでした。ODAや技術提供をすることで一段落したと思っていましたが、従軍慰安婦の問題など、細かい点をつつかれる事態になっています。日本としては、今一度どこかで歯止めをかけることが必要だと思います。▼ 日本の政治家は、世界を「肌感覚」で知るべき。このような問題で中国ともめると、「中国人とビジネスするのは大変だ」といった人種による議論になることがあります。しかしこれまで中国を含め、世界各国の人たちと交流し、ビジネスをしてきた経験から言わせてもらえば、中国人だろうが韓国人だろうが、どこの国の人でも基本的には同じです。米国人だからといって、ステレオタイプではない人も大勢いますし、日本人ともさして大きく変わりません。人種による違いが問題なのではなく、日本人が海外の人を「実際には」知らないことが問題だと私は思います。特に、日本の政治家はあまりにも自分自身の体験として世界を知らなさ過ぎます。口先だけで世界と接しているのでは、お話にならないと私は思います。この点において「さすが」だと感じたのは、故・小渕元首相です。まだ首相になる前でしたが、故・竹下元首相から「将来、日本の首相になる人物」だと私は紹介を受けました。その時、小渕氏は「首相になろうという人間が、華僑の一人すら知らないのは恥ずかしいから、ぜひ紹介して欲しい」と依頼されました。私が希望通り、華僑の知り合いを紹介したところ、小渕氏は実際にその人物に会いに行き、名刺交換をして交流されていました。「肌感覚」として世界を知ろうという姿勢が素晴らしいものだと思います。政治家として世界の国と渡り合うのなら、単に外国の文化を知るとか、旅行するというレベルではなく、子供の頃から海外の人と文通するくらいの「肌感覚」を身につけてもらいたいところです。▼ 中国レアアース業界の低迷は、自業自得。中国レアアース生産大手の五鉱稀土が発表した今年第1四半期の純利益は、前年同期比94%減約2650万円となりました。レアアース業界の低迷により、販売が大幅に減少したことが原因とのことですが、私に言わせれば自業自得です。値段を上げたことで、中国のレアアース業界は窮地に追い込まれ、中国国内でもこのまま生存できないと危惧される状況になっています。日本では、電子材料、触媒・電池材料など各分野で、レアアース・レアメタルの代替戦略が進められています。また同時に、「都市鉱山」から掘り出したり、カザフスタンやオーストラリアなど、中国以外のルートを開拓したりしています。中国は天に向かってつばを吐いてしまったということでしょう。


イオンは「ドラッグストア日本一」でセブン&アイに対抗か?企業・経営「大前研一の「産業突然死」時代の人生論」
イオンは「ドラッグストア日本一」でセブン&アイに対抗か?2014年4月30日Ⓒ大前研一氏。
イオンは4月14日、2015年2月をめどにドラッグストア大手のウエルシアホールディングス(HD)を連結子会社化すると発表した。資本・業務提携を拡大し、年6兆円を超えて成長が続くドラッグストア業界で攻勢を強め、「ドラッグストア日本一」を目指すという。トップはマツモトキヨシで売上高4563億円。まず、「ドラッグストアの売上高と店舗数」をご覧いただきたい。業界トップはマツモトキヨシHD(売上高4563億円、店舗数1493店)。千葉県松戸市で創業し、関東地方を中心に「マツモトキヨシ」を全国展開している。 イオンが出資するツルハHD(売上高3430億円、店舗数1301店)は北海道旭川市で創業。東日本を中心に「ツルハドラッグ」を展開しているほか、関東地方で「くすりの福太郎」を展開する。また、西日本では「ウェルネス」や「Wants」を展開している。またイオンが出資するウエルシアHD(売上高3343億円、店舗数899店)は東京都府中市で創業。埼玉県を中心に関東地方で「ウエルシア」を展開する。ウエルシア創業者・故鈴木氏の「遺言」と合致したイオンの思惑。もう一つ、CFSコーポレーション(売上高1126億円、店舗数308店)は、神奈川県横浜市で創業したドラッグストアの「ハックイシダ」と、静岡県三島市で創業したスーパーマーケットの「キミサワ」が合併。神奈川県および静岡県を中心にドラッグストア「ハックドラッグ」を展開するなどしている。同社にもイオンが出資している。イオンが出資するツルハHD、ウエルシアHD、CFSコーポレーションの3社の売上高を合計すれば、8000億円近くなり、日本一の規模となる。ただ、今まではバラバラのまま展開していたし、イオンが100%の株を持っているわけではない。日本経済新聞4月14日付の記事によれば、2月21日夕方、闘病中のウエルシア創業者・鈴木孝之氏は、病室にイオンの岡田元也社長を呼び、「俺はもう後がない。ウエルシアを守ってやってくれないか」と語りかけたという。岡田社長はウエルシアHDの子会社化を発表した記者会見で、「鈴木氏の夢である日本一をぜひとも達成したい」と述べている。イオンとしても、当然、ドラッグストア業界でのシェア拡大を以前から狙っていただろう。鈴木氏の「遺言」は、そうしたイオンの思惑に合致したものだった。日本はコンビニが主流だが、米国はドラッグストア。日本ではコンビニエンスストアの出店が主流だが、米国ではドラッグストアの方が規模が大きい。薬品のほかに化粧品、ベビー用品、パーソナルケア、子供のおもちゃなど日用品を幅広く扱うドラッグストアが、米国の至る所に出店している。最大手のWALGREENSは8500の店舗を持ち、売り上げは7兆円を超えて、経常利益も2400億円以上出している。二番手のCVSはまさにドラッグストアの代名詞にもなっており、コンビニの原型と言われている。6800店舗での売り上げは4兆円近く、2000億円を超える経常利益を出している。コンビニが“おばけ”化した日本では、売上総額が10兆円に近づいており、今では小売業界の中核になってきている。イオンの競争相手であるセブン&アイ・ホールディングスも、コンビニ(セブン-イレブン)とスーパー(イトーヨーカドーなど)が強い。小売業日本一のイオンは実はこのコンビニに弱く、業界第5位のMINISTOPを持つに過ぎない。お一人様世帯が増えている日本においては、今後スーパーが伸びるということは考えにくい。コンビニに負けない成長シナリオをどう描くか。そこでイオンとしては、得意のモールで主力のスーパーに加えドラッグストアを強くすることで、セブン&アイに対抗するという戦略を描いているのであろう。売上高はようやく5兆円を超えたところであるが、当然セブンとの10兆円先陣争いではイオンにとって1兆円のドラッグストアは非常に重要な存在なのである。今後、イオンとしては日本と違った形で大発展してきた米国のドラッグストアを研究し、(かなり大きな挑戦ではあるが)コンビニに負けない成長シナリオを描き出すことが課題となる。


『テレビ朝日池上彰の解説塾』番組内2014年4月21日放送分Ⓒ池上彰
<配偶者控除>→103万円以内(一年間の年収が103万円を超えると控除対象外で税金がかかるというのが今までの仕組みだった)<女性の生き方の問題>と直結していて、配偶者がいればまけてもらえて、結婚してなきゃダメなのか?配偶者控除103万円以内を控除ゼロにして『女性の社会進出の促進』というが、果たしてそうなのだろうか?赤ん坊の子供を預けられず、働けない女性だって沢山いる。両親の介護などで配偶者控除を打ち切られるのが困る女性だって多いのが実情だ。もう少し、日本社会が日本国民に優しい社会じゃないと、何処が「美しい国・日本」なのか?ということになる。
<ウクライナ問題>歴史的にロシアは必ず「反ロシア国」「非ロシア国」との間に緩衝地帯(バッファーゾーン)をつくりたいという考えがある。ソ連時代の東欧、ウクライナの場合も、ロシアが「ウクライナの連邦制度賛成」といっているのも、ウクライナを(アメリカの50州の合衆国みたいな)連邦制度にしてロシア拠りの州を緩衝地帯にしたいが為だ。
<捕鯨問題>貧しいころの日本は牛肉豚肉より鯨肉の方が安かったのだという(「鯨ベーコン」等)。私は食べたことない世代だが、今や鯨肉は高級品である。だが、今やふぐや高級牛肉並みの高級鯨肉も、はるか昔は牛肉や豚肉より安かった。今回、IWCにオランダのハーグの国際司法裁判で敗訴したことは『調査捕鯨・食用鯨肉』の終焉を意味する。ちなみに、ハーグの国際司法裁判は一回で終了であり控訴したり、裁判のやり直しもできない。さて、捕鯨国は39か国もある。IWC加盟国88か国。捕鯨国(日本、ノルウェー、アイスランド、韓国、中国等)、反捕鯨国は49か国(米国、オーストラリア、イギリス、イタリア、*ルクセンブルク、*チェコ、*スイス、*オーストリア、*スロバキア、*ハンガリー、*サンマリノ(*は海を持たない国で、数合わせの為にアメリカの反捕鯨団体が集めた))である。だが、アメリカの反捕鯨団体は「鯨を食べる日本人と話しない」とピシャットすぐバリケードを掲げるが、昔はアメリカ人もイギリス人も鯨油(鯨から採れる油・ランプや燃料など)の為に積極的に捕鯨していた。ペリーの黒船が浦賀沖にやってきたのも元々は日本近海の鯨を取る為の港としてつかいたいということだった。その後、鯨油に代って安価な石油や灯油が登場し、西欧人は捕鯨をやめたに過ぎない。誰も日本の『調査捕鯨』を批判できないのだ。ちなみに捕鯨国の代表格は<アイスランド、フェロー諸島(デンマーク領)、ノルウェー、ロシア(チェクチ領)、インドネシア、日本(北大西洋)(南南極海)、カナダ、ワシントン(マカ・インディア)、アラスカ(エスキモー)、カナダ、セントビンセント、グリーンランド(デンマーク領)>の9か国である。
1982年にIWCが『商業捕鯨禁止』を全世界に勧告、三パターンに分かれた。①先住民生活捕鯨(エスキモーなど)②商業捕鯨(ノルウェー、アイスランド)③調査捕鯨(日本)→ノルウェーとアイスランドのように商業捕鯨を日本がするためには多数派工作と莫大な準備資金が必要で、無理である。国際司法裁判所はオーストラリアの主張を認めて、南極海沖での調査捕鯨を禁止したのだ。だが、夜郎自大も甚だしい。ミンククジラは増えすぎて大量のマグロやメカジキなどを捕食し、食物連鎖がめちゃくちゃなことになっているという。でも、「鯨やイルカは頭がいいから食べちゃ駄目」と欧米諸国はステレオタイプな価値観をがんがんぶつけてくる。日本側も最強の布陣(国際法に詳しい弁護士や論客・国際的な討論者)で臨んだが、それでも敗訴した。人間は感情論や欲に弱い。裏金も相手方は大量に流し込んだに違いない。かくして、日本の調査捕鯨は裁判で敗れ去った。いと哀れ。<ネット通貨ビットコインbitcoin>ネット通貨である、ビットコインとはインターネット上にしか存在しないお金の名称である。日本にあったマウント・ゴックス社が破綻した。課題は世界通貨として使えるか?信用度の問題。投機の対象。などである。貨幣流通量を見て観よう。アイルランド通貨 約8600億円、ビットコイン通貨 約8000億円、アルバニア通貨 約6800億円、ナミビア通貨 約6600億円……。何故、ビットコインに注目が集まるのか?は儲かるのではないか?という投機目的だ。例えばあるひとが数年前に1ビットコイン(1札2000円分)買った。4年後忘れていた頃に1800万円に価値があがっていて、それを現金化して新築の家を買ったという本当の話があれば、「いつかは自分も…」という夢見る馬鹿は出てくる。毎年年末に宝籤を大量に買う連中とメンタリティは同じである。いつか…億万長者に…連中は実際大金を手にすると数年で散財し無一文だそうだ(笑)。


『フジテレビ報道2001』番組内2014年1月16日放送2014年舛添要一氏「都政改革案 Ⓒ舛添要一」<東京発特区制度活用10大プロジェクト>①スピーディーな法人設定を支援②ベンチャー企業丸ごとサポート③外国企業の人材確保支援④国際標準のビジネス空間づくり⑤創業の拠点形成⑥東京都版PMDA創設⑦外国人居住環境整備⑧東京シャンゼリゼプロジェクト⑨外国人の快適な滞在実現⑩外国人向け安心医療整備の提供
<Ⓒフジテレビ番組内『報道2001』2014年1月16日放送分>
<許認可>→国の基準でつくる保健所
<認証>→都の独自の基準でつくられる保健所
(<母子生活支援センター>→入所率は8割。夫のDVなどで母子が入るアパートのこと。(年々減少))(東京都未使用地→332か所)
<Ⓒフジテレビ 世界の都市総合ランキング 2014年度>
<総合スコア>①ロンドン②NY③パリ④東京⑤シンガポール⑥ソウル⑦アムステルダム⑧ベルリン⑨ウィーン⑩フランクフルト<文化交流>①ロンドン②NY③パリ④シンガポール⑤ベルリン⑥北京⑦ウィーン⑧東京⑨ロサンゼルス⑩イスタンブール
<Ⓒフジテレビ 日本の2014年度国家戦略特区>*沖縄(観光)*福岡市(雇用)*兵庫・堺市(観光)*新潟(農業)*関東圏(先端医療)*東京園(国際ビジネス拠点)

<日豪EPA>(番組『池上彰解説塾』テレビ朝日番組内2014年4月14日放送分Ⓒ池上彰)
日豪(つまり日本と豪州・オーストラリア)のEPAですが、基本的にはTPPよりも少しマイルドなEPA(経済連携協定)です。豪は中小企業は1年目から関税撤廃、大企業は3年目から関税撤廃です。ちなみにオーストラリアの牛肉、つまりオージー牛ですが以下のように締結しました。まずは冷凍牛(牛丼やハンバーグの具)では関税率は19.5%で維持し19万5000tを越えたら38.5%に戻す。冷蔵牛(○○牛、オーストラリア牛、スーパー、食肉)では関税率23.5%で維持し、13万tを越えたら38.5%に戻します。つまりEPAをつかってTPPを優位にする策です。アメリカに「日本の聖域(コメ、小麦、砂糖、牛肉、豚肉、乳製品)を認めない」というなら日本の消費牛肉がオージー牛になると脅す(国産4%オーストラリア産32%アメリカ産21%その他6%)のです。
<消費税 Ⓒ池上彰(同年月月)>
まずは<2014年度の予算の中から社会保障費をみてみましょう>「社会保障費(年金・医療・介護・子育て)社会保障の主な経費=30.5兆円」、消費税収15.3兆円………つまり差額は15.2兆円です。消費増税(年)17%でもトントンというところです。消費税は20%がいい。(OECDが日本国が財政破たんしない為にも20%がいい、と忠告しています)。
<日本の三大税収>①所得税②消費税③法人税(利益がないと払っていない会社30%<シンガポール法人税15%日本の法人税25%>)消費税が一番安定し、幅広く国民からとれるから消費税をあげたのです。また無駄な公共事業のために。利権のために。
<NHK組織2013年度>①経営委員会―監査委員会→会長(第21代籾井勝人会長(慰安婦問題発言で失言))<独立する形で「リスクマネジメント委員会」>→理事会→経営企画局―内部監査室―考査室→<「秘密室」―「総務局」―「人事局」―「経理局」―「関連事務局」―「情報システム局」―「アナウンス局」―「解法委員会」―「編成局」―「製作局」―「報道局」―「国際報道局」―「広報局」―「営業局」―「技術局」>等。
また独立した立場での「NHK経営委員会(定数12人・2013年度)」<浜田健一郎氏(ANA総研会長)><石原進氏(JR九州会長)><上村達男氏(早稲田大学教授)><渡辺恵理子氏(弁護士)><上田良一氏(商社社長)><美島のゆり氏(公立はこだて未来大学教授)><富田亮平氏(東京芸術大学長)><百田直樹氏(作家*アベトモ)><本田勝彦氏(JT顧問・アベトモ・元安倍晋三家庭教師)><長谷川三千子氏(放送大学教授・アベトモ)><中西尚正氏(海陽中等教育学校長・アベトモ)>



緑川鷲羽まとめSAPIO駒崎氏インタビュー&池上彰の「解説塾」2014年5月分

2014年05月27日 15時12分21秒 | 日記






<大好評シリーズSAPIOインタビュー第18回2014年6月号<駒崎弘樹(認定NPO法人フローレンス代表理事)><2014年3月に、ベビーシッターに預けられた2歳児が亡くなるという痛ましい事件では母親を非難する意見が多くあった。事件の背景や世論の反応はどう見ていたか?>駒崎「事件は、保育の公的インフラがいかに脆弱であるかを示唆するものだと思います。近くで公的に近いお泊り保育サービスがあれば、母親は信頼性の低いベビーシッターを頼む必要はなかった。現在、24時間対応の保育園は認可では全国に5園しかありません。一方で子供を預ける保護者は平日だけでなく土日や夜間にも仕事をすることが多い。しかし、保育インフラがそれに追いついていない。行政の不備を放置している政治家のほうが無責任です。母親を責めたところで何一つ前進しません」<夜間や病児保育どころか、保育園自体の数が足りず、全国で待機児童が問題になっている>駒崎「保育全体に対しての国家与算が圧倒的に不足しているのです。日本では子育てに対する公的支出が異常に少なく、高齢者向けと子供向けが11対1という比で、こんなアンバランスな先進国は他にない」<当時20代で(駒崎氏1979年生まれ)独身の若者が、仕事を持つ母親の置かれた状況にそこまで義憤を感じ、行動したのは何故か?>駒崎「私の母親が働きながら私達子供を育てていたことですかね」<電車ではベビーカーを折りたためとか、飛行機内や新幹線で子供を泣かすなとか、母親への風当たりが強いが>駒崎「要因の一つは非婚社会にあります。これまでは子供がいなくても弟や妹や親戚の子供がいて疑似体験をして「子供とはそういうものだ」という社会的コンセンサスがある程度できた。ところが今の非婚・未婚者の多くはそうしたことを肌で感じられず、「なんで親がちゃんとしないの?」と思ってしまう。「子供のことは母親の責任である」とする風潮には核家族化の影響も大きい」<子育てしながら働く母親へのフォローが不十分なのに、女性の社会進出という掛け声だけは大きい>駒崎「労働人口が減り高齢化が世界一進む日本で、女性の活用はマストです。実際、日本は先進国の中で最も女性が働いていない国で、女性が働くだけで1人当たりGDPが4%成長すると言われている。この10年間の平均成長率が0.9%ですから。例えば、保育士の資格があるのに働いていない資格保持者は60万人いる。財源は例えば「配偶者控除」を廃止すれば生み出せる。専業主婦を前提に、女性を働かせないよう誘導する配偶者控除があるため3800億円も国税を失っている。結婚したら専業主婦になるのが日本の伝統だと主張するひとがいますが、専業主婦は戦後に広まっただけで伝統でもなんでもない。昔から日本では母親も働くのが当たり前だったのです」<働き方が企業でも多様になっている>駒崎「たしかに育休などの制度は整っていますが、マインドが育っていない。上司に「育休をとりたい」と申請すると「出世したくないの?」といわれたら制度があっても利用しないでしょう?イクメンならぬイクボスを増やすべきです」<どんな働き方を目指すべきか?>駒崎「一言でいえば『課長 島耕作』的価値観の終焉ですね。家族を顧みず会社や仕事を優先してその結果、出世していく。社会も組織もそうした働きを期待する。実際今、島耕作的な仕事をして業績を上げられるか疑問です。まず部下がついてこない。仕事の為に家族を犠牲にしろと言われたら、優秀な人間も逃げ出します。仕事も家族も地域活動も頑張る中庸な生き方ですね。現在の日本の課題は人口減少と少子高齢化です。子供を生み育てられる環境整備が喫緊の課題なのです」<『中小企業新戦力発掘プロジェクト(高スキルの主婦(元・大企業社員や医者・弁護士・保育士・会計士など育児で主婦になった女性)を中小企業の社長とマッチングさせ、ビジネス研修(国が費用負担)、子育てしながら「週4日4時間ほど勤務」高スキルを活かして中小企業も活かす(給与月に10万円程)。課題はフルタイム勤務者と短期勤務の評価の仕方)』『学童保育30万人拡充』>
<シー・シェパードの振りかざす「正義」の正体、動物愛護団体の正体>ⒸSAPIO2014年6月号より。南極海での調査捕鯨妨害活動といえば過激団体『シー・シェパード(SS)』だ。カナダ生まれの創設者、ポール・ワトソン氏(63)は国際環境保護団体「グリーンピース(GP)」の元メンバーで、1977年にSSの前身となる「アースフォース」を結成した。捕鯨国のノルウェーやデンマーク、アイスランドで暴れまくる。毒物(酪酸)の入った缶を投げつけたり、船に体当たりしてきたり、有毒ガスを撒いたり、でもSSは「私たちは無法者ではない。捕鯨者が無法者なのだ」と悪びれない。正体は目立つため。総収入は、捕鯨反対者の俳優や大金持ちからの寄付で、年間約1000万ドル(約10億円)だ。また動物専門チャンネルの『アニマルプラネット』の番組協力費があるが、むしろこれは寄付金を得るためのPRという意味合いが大きい。でも、このSSは保護した犬・猫の9割が安楽死させられているという。とにかく毒ガスや毒缶や捕鯨船への正面衝突で、「目立って寄付金アップ」がSSの本当の目的。鯨が好きなわけではなく、お金がすきなのが「シー・シェパード」の正体なのである。
<ハト派、公明の二重包囲網に小泉進次郎も参戦?!「無敵の安倍」に賞味期限が迫っている>Ⓒ武富薫氏(ジャーナリスト)憲法改正、アベノミクスを掲げて華々しく登板して2年、株価の下落でアベノミクスが怪しくなってくると、長期政権の呼び声が高かった首相の求心力にも陰りが見えてきた。官邸トップダウンで特例秘密保護法案の制定や教育改革を指示し、有無を言わせず実行する安倍首相の政治手法は「強い総理」を国民に印象付けた。が、安倍晋三氏は今党内リベラル派に実権を握られている。安倍晋三氏の党内基盤はとても弱い。頼みの綱だったみんなの党の渡辺喜美・前代表が8億円の借り入れ問題で辞任、日本維新の会も地盤の大坂府議会や市議会で自民党と対立状態にあるため、統一選挙が近づけば政権と距離を置かざる得ない。首相は切り札を失い、反安倍派と党内リベラル派に挟み撃ちにあっている。外交も経済政策もダメダメでまた『おトモダチ内閣』『おトモダチ政治家』を集め、官僚の既得権益を守ることで、「政権運営をうまく進めている」ように国民に見せている。が、実態は官僚のやることなすことに唯々諾々とOKを出し、長期政権を狙っているだけ。小泉進次郎氏の首相待望論もあるが20年くらい早い。さすがに今現在は、経験不足は否めないだろう。今後の自民党総裁選に、外相の岸田氏や、副首相の麻生氏などが出馬するとみられる。が、安倍晋三氏の派閥は少ないので3回目の首相就任は有り得ない。盤石と言われた安倍政権の賞味期限が意識され始めた。

<テレビ朝日番組内 池上彰の解説塾>Ⓒ池上彰 2014年5月19日放送内容
<「新健康基準とは?」健康な人が増えるかものワケ>まずは主な<項目>と<現行基準値>と<新たに発表された基準値>を見てみよう。(1)<最高血圧><~129mmHG><88~147mmHG>(2)<中性脂肪(男性)><30~149mmHG><39~198mmHG>(3)<LDLコレステロール(悪玉コレステロール)(男性)><60~119mg/dl><72~178mg/dl>
(4)<BMI(内臓脂肪)(男性)><~25kg/m2><18.5~27.7kgm2>(5)<γ-GT(内臓のこわれ)(男性)><0~50u/l><12~84u/l>などである。<人間ドック・健康診断>では<「血圧の基準」を日本高血圧学会><「中性脂肪の基準」「コレステロールの基準」を日本動脈硬化学会><「BMI脂肪基準」を日本糖尿病学会>などが管轄です。BMI[体格指数]=体重「kg」÷(身長(m)×身長(m))。元々の基準値は医者が決めていた。新基準では人間ドックで健康な人でも血圧高いが健康で、これでいいのじゃないの?という。健康な人を増やしたいのは日本の医療費(38.5兆円)を抑えたいからだ。
<中国(13億人)VSベトナム(9000万人)>南シナ海でベトナム艦が放水で追い払おうとしたが、中国船が体当たりした。ベトナムでは中国がベトナム沖のベトナム領海の筈の南沙諸島(英語名・パーシャル諸島)で不法に漁業や海底油田掘削をしているとして「反中国デモ」がさかんだ。何故にベトナムは中国に強いのか?それは70年代に中越戦争でベトナムが勝利しているから(ベトナム軍6~7万人VS中国軍20~60万人<強さの理由>(1)アメリカ軍相手に「ベトナム戦争」を闘って勝ったベテランベトナム兵士の存在(2)アメリカが残していった近代兵器。(中越戦争)中国ではベトナム軍3万人死傷中国軍6900人死傷といい、ベトナムはベトナム軍8000人死傷中国軍2万人死傷という。ベトナム側説が本当らしい)。中国は南沙諸島で天然資源がとれるから、と、軍事面でもシーレーンを抑えて、中国人漁民を軍事訓練させて南シナ海(中国の赤い舌)で資源確保に血眼になっている。故・小平は「韜光養晦(とうこうようかい・脳ある鷹は爪隠す・中国版)でしばらくはいけ!」と遺言。その爪を見せ始めた、ということか。これからは、日本はASEAN諸国とタッグを組み、中国とは『戦略的互恵関係』として話し合いながら対峙していくしかない。ちなみに2013年度の軍事費ランキングだ。<(1)アメリカ6400億ドル(2)中国1880億ドル(3)ロシア878億ドル(4)サウジアラビア670億ドル(5)フランス612億ドル>
<ナイジェリア女子生徒200人拉致誘拐監禁売り飛ばし事件>も深刻な女性蔑視な犯行だ。
犯行はイスラム教の過激派テロ組織「ボコ・ハラム」が行った卑劣な拉致誘拐事件だ。日本人が被害に遭わないと日本人は同情しないらしいが、こういうテロにも憤激して欲しい。
だが、ナイジェリアは貧しい国ではない。石油が豊富に出てアフリカ最大の経済大国である。アフリカでトップの経済大国だ。人口は1億7000万人、世界7位、歳入の8割は石油でである。だがいわゆる「貧富の差」が激しい。ということは貧しい層に過激な反政府活動やテロ活動が生まれやすい。元々はイギリスの植民地であり、英語が通じる。キリスト教徒とイスラム教徒との宗教格差もある。ちなみに「ボコ・ハラム」の「ボコ」とは「西洋の・イスラム以外の」という意味で、「ハラム」は「禁止・罪」という。テロリスト集団とは交渉しないのが西側や我々先進諸国だし、ナイジェリアのグッドラック・ジョナサン大統領も「テロリストと交渉しない」という。すべては途上国で教育が行き届いていない為に、過激な思想や自爆テロなどがおこる。教育は国のインフラなのだ。
<テレビ朝日番組内 池上彰の解説塾>Ⓒ池上彰 2014年5月26日放送分内容
<タイの軍事クーデターが起きたワケ>今、タイの首相がいない。2014年5月17日に、インラック首相(当時)を失脚させ、国会議員500人も「選挙に不正があった」と全員辞めさせた。まさにまたまたの軍部のクーデターであった。「戒厳令」「軍がクーデター」「憲法停止」「夜間(夜10時以降の)外出禁止」「5人以上で集まるのも禁止」地元マスコミへも「言論統制」をかけている。ちなみに「クーデター」とはフランス語で「国家への一撃」の意味。「革命」とは違う。「革命」とは権力のないものが権力を握る事だから。「戒厳令とは<軍や統制側のいうことをきかないと殺すぞ>ということ」「憲法停止<軍や統制側のいうことが憲法でありルール>だということ」テレビに映った国家平和秩序評議会の男たちは陸海空軍と警察で構成、国家警察トップ、空軍トップ、陸軍トップ(事実上の№1)、海軍トップ、国軍トップ(名誉職)。元々の発端はタクシン元・首相が首相時代に政治資金を着服しながらも農村部にばら撒き政策を行ったことがすべての元凶だ。農村部はタイの90%であり、農村部出身者は「夢よもう一度!」とばかりにタクシン氏の妹のインラックを首相に選んだ。インラックも政治資金着服や親族を重要ポストに据えるなどし、反タクシン派と対立したのだ。軍は選挙を行えば「タクシン派」がまた政権を握るのは確実なので、またも『タイの水戸黄門・プミポン国王』のために『軍事クーデター』をしてお伺いをたてた。しかし、タイの水戸黄門・プミポン国王も86歳の高齢であり、病気で長くないとの噂もあるという。今回、声明を発表しただけで映像がないのも病気だからだともいわれる。
ちなみにタイのクーデターの年表(未遂も含め)を見てみよう。<1932年、1933年、1939年、1947年、1948年、1949年、1951年(1)、1951年(2)、1957年、1958年、1971年、1976年、1977年、1981年、1985年、1991年、2006年、2014年(立憲君主制度になってから)>タイは政治混乱が起こると軍がクーデターを起こし、また政府が政権を取り戻す、と、また政治的に混乱して軍がクーデターを起こす、というドタバタ劇を繰り返している。タイには在留日本人が5万人、日本企業が4000社、観光客も日本から多くタイにいっている。これ以上の混乱がないことを祈るばかりだ。
<何故なくならない?日本の覚醒剤・麻薬問題(覚せい剤、麻薬、コカイン、アヘン、MDMA等)>
では<名称>と<原料><法律><懲役の最高刑>をみてみよう。(1)<覚醒剤><化学物質><覚醒剤取締法><懲役10年>(2)<大麻><大麻草><大麻取締法><懲役5年>(3)<MDMA><化学物質><麻薬及び向精神剤取締法><懲役7年>(4)<コカイン><コカの葉><麻薬及び向精神剤取締法><懲役7年>(5)<ヘロイン><けし><麻薬及び向精神剤取締法><懲役10年>(6)<アヘン><けし><アヘン法><懲役7年>などである。また<脱法ドラック<違法薬物の化学物質に似せて作った商品(合法ハーブ、お香、アロマ)>も2013年から懲役刑に決まり、所持しただけで懲役が2014年度からの法改正で決まった>ちなみに歌手「チャゲ&飛鳥」のASKA被告の言う「アンナカ」とは「安息香酸ナトリウムカフェイン」のことで、頭痛や不眠の時に精神科の先生の処方箋で薬局が出す精神安定剤の一種である。昔は「ヒロポン」というのがあり、麻薬だが違法ではなかった。しかし、幻覚や発狂、自殺、事故死などの副作用で規制の対象になった。日本国内2013年薬物事件検挙数<覚醒剤 1万909人><MDMA 105人><ヘロイン 20人><大麻 1555人><コカイン 46人><アヘン 9人><その他 307人><合計 1万2951人>である。最近はインターネットで<シロウト売人>や<中高年の検挙率(検挙の8割が四十代以上)が高くなっている>また警察だけでなく「麻薬取締官(厚労省所属)」が全国に約260人いる。銃を所持し、警察では認められていない「おとり捜査」も認められている。とにかく覚醒剤や大麻など手をだすなということだ。気分がよくなり落ち着くのではなく、脳を麻痺させ、「破滅の道」に「突撃」するだけの話だ。


サピオ インテリジェンスデータベース<世界を読むための情報羅針盤>2014年6月号Ⓒ佐藤優

2014年05月26日 19時27分05秒 | 日記





<SAPIO intelligence database<世界を読むための情報羅針盤>プーチンが発した「中国とは同盟しない」重要シグナル>小学館SAPIO・サピオ誌2014年6月号Ⓒ佐藤優(作家・元外務省主任分析官)
東西冷戦終結の象徴でもあるG8体制が崩壊した。ロシアがウクライナのクリミア自治共和国を編入したことに対して、米国、EU(欧州連合)、日本などが対露経済制裁を発動し、さらにG8(日米英仏独伊加露)からロシアを排除する決定を行った(6月にロシアのソチで行うG8サミットをボイコットし、ベルギーのブリュッセルでG7サミット行った)。仮に今後G8にロシアが復帰する場面があったとしても、G8は米露が自らの政治宣伝(プロパガンダ)を展開する場になり、国際社会の重要問題を建設的に解決することはできない。冷戦には2つの特徴がある。第一は、共産主義対資本主義というイデオロギー対立だ。ロシアも米国、EU、日本も資本主義国で、政治指導部が国民による投票によって形成される。ウクライナ問題を巡っても、ロシアと米・EU・日の間にイデオロギー対立は存在しない。第二の特徴は、ブロック間対立だ。ウクライナ問題をめぐっては、ロシアを全面的に支持し、ブロックを形成する国はない。イデオロギーに基づくブロック間対立という特徴を有していない現下のロシア・米・EU・日の対立を新冷戦と名付けるのは適当ではない。
 現在進行しているのは、主要国、国家連合(EUは独仏提携を基本とした広域帝国主義ブロック)の帝国主義的対立だ。主要国間の全面戦争を避ける傾向がある。仮に戦争になっても、それは主要国以外の場所(イラク、アフガニスタン、シリア、リビアなど)で行われる傾向がある。ロシアは戦争を望んでいない。ウクライナで、兄弟民族であるロシア人とウクライナ人が戦争を行えば、両者の民族対立がロシア国内に波及し、ロシアの国家体制を揺るがすことをプーチンが懸念しているからだ。ウクライナ暫定政権と米国は連邦化に激しく反発しているが、ウクライナにおける歴史的経緯、ロシア語常用者、正教信者の分布を考えた場合、連邦化は現実的な選択肢だ。さらには日本ではまったく報道されていないが、ウクライナの西部でスロバキア、ハンガリーと国境を接するザカルパチア地方の人々は「ルシン人」という自己意識を持っており、反ウクライナ、反スロバキア、親チェコ、新ロシアの感情が強い。この地方にもロシアへの編入要求が根強く存在する。ここでも地方政府に広範な自治権を持たないと今後、西ウクライナでも騒擾(そうじょう)が発生する危険がある。ロシアはウクライナ暫定政権の合法性を認めていない。しかし、2014年5月25日に行われたウクライナ大統領選挙の結果には、反対も反発もしていない。
大統領選挙で選ばれたポロシェンコ大統領とその政権の正統性をロシアは認め、事態の安定化に向けた交渉を行う用意があるということだ。ウクライナの暫定前政権は自国民に「テロリスト」というレッテルを貼り、対テロ作戦を仕掛けた。CIA(米国中央情報局)やSIS(英国秘密情報部、いわゆるMI6)など欧米のインテリジェンス機関との協力を深化させた。新大統領のポロシェンコ氏もその政権もそうだろう。危機感を抱くロシアもウクライナ領内にFSB(連邦保安庁)、GRU(軍参謀本部情報総局)に所属する秘密工作員を派遣し、ウクライナ新政権の権力を弱体化させようとしている。このような行動は国際法に違反する内政干渉で、断じて認められない。またプーチンは「中国との軍事政治同盟の形成など問題にしていない」と断言した。中露枢軸の形成を意図していないということだ。プーチンは、ロシアも中国も帝国主義国なので、適宜(てきぎ)取り引きをしながらも、それぞれの国益の極大化を図っていくことを考えているのである。

■ ~大前研一ニュースの視点~2014年5月16日大前研一氏談『人口減少問題・外国人受け入れ制度・国内財政~問題解決に必要な目標設定』人口減少問題、中長期国家目標で「50年後に1億人維持」。外国人受け入れ制度、高度人材、及び腰の「歓迎」、国内財政、国と地方の財政の長期試算を公表。▼ 感情論で否定せず、移民を受け入れる体制を整えるべき政府が「50年後(2060年代)に人口1億人程度を維持する」との中長期の国家目標を設けることが3日明らかになりました。日本の人口はこのままでは2060年に約8600万人まで減る見通しのため、2020年ごろまでに集中的に対策を進め、人口減少に歯止めをかける狙いとのことです。相変わらず、政治家や役人はずるい表現をするものです。「50年後」には誰も生きていないでしょうし、責任を問われることもないでしょう。ただし、政府にこのような態度を取らせてしまう責任は国民にもあります。日本が人口を維持するとなれば、計画的に移民を受け入れる以外に方法はないと私は思います。しかし日本人は移民の受け入れに、異常なほどマイナス感情を持っています。本来ならば、50年後といわず「数年後」と言いたいところなのでしょうが、国民感情を考えて50年後と言っているのだと思います。50年後と言いながら、徐々に国民に危機感を抱かせ、理解してもらうという手順を想定しているのでしょう。しかし私に言わせれば、逆にそれでは「危機感」は生まれてきません。50年後ではなく「5年後」と言うことで、強烈な危機感を抱かせるほうが良いと私は思います。そして、遅々として移民対策は進んでいません。政府は2012年5月から外国人受け入れの優遇制度を始めましたが、結局機能していません。これまで単純労働者は認めない一方、高度人材は歓迎すると説明してきましたが、実際の受け入れペースは鈍く、高度人材の認定数は今年1月までの20ヶ月間でおよそ900人、月50人程度のペースで法務省が見込んだ認定ペースの3分の1以下に留まるとのことです。世界の外国人労働力人口の割合を見れば、米国15%、ドイツ10%程度です。英国も最近大きく割合が上がってきています。そんな中、日本はほとんどゼロに等しい状況です。最近では、建設業界で人手不足のため一時的に外国人労働者を受け入れていますが、需要がなくなったら、再び本国に返してしまいます。これではダメなのです。人口減少、高齢化社会、労働人口不足は「構造的な」問題だからです。「外国人=犯罪」というイメージなどが強く、日本は異常なほど外国人アレルギーを持っています。それでも移民を受け入れ、2年間の教育制度を整備して、グリーンカードを配布するなどの施策を私は20年以上前から提唱しています。こんなことを言えば、周りから叩かれるので誰も言いたくないのでしょうが、本当の意味で日本の将来を考えれば、やらなければいけないことです。年間30万人以上の移民を受け入れなければ
間に合わないのだという事実を認識し、すぐに動き出してもらいたいと思います。▼ 国民の甘えが消えない限り、財政改善施策など無意味。人口問題と同様、今の日本にとって非常に大きな問題になっているのが「財政問題」です。財政制度等審議会が先月28日、国と地方の財政の長期試算を発表しました。2060年度に債務残高の対GDP比を100%に安定させるためには、2021年度から2026年度の6年間で、約12.71%~6.98%(約45兆円~81兆円)の収支改善が必要になるとのことです。常に無駄遣いをしてきた結果、今の借金だらけの状況を招いています。しかしそれでもまだ、日本は無駄遣いをやめません。なぜなら、無駄遣いをやめるよう緊縮財政を掲げると選挙に落ちるからです。すなわち、今の借金まみれの日本の状況は、甘えた国民・甘えた国家が招いたのだと私は思っています。80兆円の収支改善など、「今のままの甘えた」国民と国家では絶対に実行することはできないでしょう。おそらく、どこかのタイミングで市場から制裁を受けて、日本国債の暴落を招き、経済破綻という爆弾を落とされて痛い目に遭って、初めて改善への取り組みを始められるのではないかと思います。今回のような「試算」をいくら出したところで、マスコミも国民も実行することはないでしょう。政治家にしても、選挙になればまたリップサービスをするに決まっています。人口問題にしても、財政問題にしても、国民の甘えの結果とも言えます。この点を国民一人ひとりが強く意識することが大切ではないかと思います。


AKB48メンバー2人襲われる岩手県滝沢市握手会で(川栄李奈・入山杏奈)容疑者・梅田悟被告(24)

2014年05月26日 05時17分51秒 | 日記






(2014年5月25日岩手県滝沢市砂込の岩手産業文化センター「アピオ」で行われていたAKB48の握手会で、24歳の異常者(青森県十和田市三本木、無職、梅田悟被告・岩手県警盛岡西署発表)がノコギリでAKBメンバー2人(川栄李奈さん(19)と入山杏奈さん(18))と、止めに入ったスタッフ男性1人に切りつけてその場で取り押さえられ、殺人未遂容疑で現行犯逮捕されたという。3人は頭や手にけがをして病院に運ばれたが、命に別状はないという。AKBメンバーもスタッフも意識はあるという。何だかわからんが異常者の狂行に怒りの意見がよせられている。重症者や死者の被害がでなかったのは『不幸中の幸い』である。今後は事前の手荷物チェックを導入するしかない。この事件は大変残念。握手会はなくなるのだろうか?(私は別に握手などしないが)ならAKB商法のCDに握手券などなくなり、AKB48のCDは売れなくなる。で、この世の春を謳歌していた秋元康先生の印税生活は苦しくなる。まあ、なくならないだろう。握手券こそAKB48商法のダイナモだから。手荷物検査やガードマンを増やすだけだろう。秋元氏は錬金術を捨てる訳がない。官僚の利権みたいなものだから。犯人の男は動機を「誰でもよかった」と無差別殺人テロをほのめかしているという。なら自分の身体を刺して自殺したらいいのだ。他人に迷惑をかけるな!結局「有名人を殺したい」といういつの時代にもいるバカでしかない)。被害者の川栄さんと入山さんはトラウマになるだろうなあ。まったく犯人は憎むべき悪魔だな。これで握手会等の安全管理が完全となればいい。再びのテロを許すな

大前研一艸風伝<船中八策>平成の坂本竜馬による師匠・大前氏(平成の勝海舟)評伝5

2014年05月26日 04時40分22秒 | 日記





~大前研一ニュースの視点~2014年5月23日『南シナ海情勢・ウクライナ情勢~連邦制という一つの選択』南シナ海情勢、ベトナム反中デモで21人死亡、ウクライナ情勢、住民投票で大多数が独立「承認」。▼ ベトナムは戦争をも辞さない覚悟がある。ロイター通信は15日、ベトナム中部ハティン省で14日夜に起きた反中国デモで、21人が死亡したと報じました。またフィリピン外務省は15日、南シナ海の南沙諸島の暗礁で中国が埋め立てをし、陸地として拡張している実態を示す写真4枚を公開しました。ベトナムは最終的には「戦争になっても構わない」というくらい、歯止めがきかない状態になりつつあると感じます。ベトナムは中国と同様、共産党の1党独裁体制ですから、ここで中国に引けを取るわけにはいかないでしょう。かなり大きな事態に発展してしまう可能性があると私は危惧しています。中国は尖閣諸島問題を巡って日本と対立していましたが、日米安保条約の影響もあって、なかなか埒が明かず目先を「南の方角」へ変えてきたのだと思います。フィリピンを第1目標、ベトナムを第2目標というところでしょう。現在の中国は、東シナ海、南シナ海へと露骨な領土拡大を図ろうとしています。軍部の独裁体制が出来上がりつつあるのではないかと思います。中国が埋め立てたという南沙諸島には、明らかに「軍事拠点」として利用しようという意図が感じられます。今後、今の中国は大変危険な存在になりつつあって、至るところで対立を深めていくでしょう。▼ ロシア系民族が霜降り肉のように、あちこちに存在する。ウクライナ東部ドネツク州の親ロシア派勢力は12日、地域の独立の是非を問う住民投票で大多数が「承認」したとして、ドネツク州は「ドネツク人民共和国が主権国家であることを宣言する」と表明しました。ウクライナの州の中で、ロシア系が30%~50%に達するのがドネツク州、ルガンスク州です。クリミアと同様、ロシアへの編入を希望しています。ウクライナ全体で4500万の人口のうち17%程度がロシア系なので、クリミア単体とは違い、さすがにロシアにはそれだけを養っていける財力はなく、ゆえにロシアとしても次の一手で困っているという状況だと思います。ロシア側も抱き込めないし、欧州側も救済するつもりはなく、完全に膠着状態に陥っています。民族構成比を見ると、例えば極右勢力が勢いを見せているキエフ州などは、ロシア系が10%未満になっています。ロシアが吸収したところで、誰もが満足する形で落ち着くとは思えません。その他にもロシア系が10%未満の州は多数ありますから、おそらく連邦制を取り入れるしかないと私は思います。米国同様、13の州が自治権を持ち、そして共同運営するのが連邦政府という形態です。民族構成比の中で、ロシア系がバラバラに入り込んでいるのは、ロシアの歴史的な問題に起因します。東欧州全体でみても、58%がロシア系だったクリミアは特別な存在で、カザフスタン:24%、フィンランド:1%、エストニア:25%、ラトビア:26%、ベラルーシ:8%、モルドバ:6%など様々な状況にあります。かつてロシアは自国の勢力を増すために、ロシア人をシベリアや他の地域に強制的に移住させました。その結果、まるで霜降り肉のように、あちこちにロシア系の人たちが入り込んでいる状況になっています。

企業・経営「大前研一の「産業突然死」時代の人生論」<社名から「フイルム」が取れない富士フイルムの憂鬱>2014年5月21日大前研一師匠談。富士フイルムホールディングスの2014年3月期連結決算は、純利益が前期比49%増の809億円となった。成長事業と位置付ける内視鏡や医療用画像情報システムなどのヘルスケア分野が好調だった。<本業の写真分野で2度の危機>その一方で、2014年度のデジタルカメラの販売台数は前年度比56.5%減少の200万台に設定した。スマートフォンのカメラ機能向上でコンパクトデジタルカメラの需要が急減していることを受けたもので、今後は高級機種に絞り込んでデジタルカメラの採算改善をさらに進める考えだ。富士フイルムは、類似企業である米コダックに比べると、立派に構造転換を行ってきたと言える。カメラ用のフイルム業界は、カメラのデジタル化で大打撃を受けた。ユーザーが次々にデジタルカメラに乗り換えたため、フイルムは売れなくなっていった。そこで富士フイルムは、デジタルカメラそのものの開発・販売に力を入れていくわけだが、これもスマホの普及で打撃を受けた。本業である写真について、富士フイルムは2度の危機を迎えたことになる。しかし、富士フイルムは写真以外の分野で稼ぐことで、こうした本業の構造変化という危機を乗り越えてきた。<堅調なコピー機や医療・産業機材、厳しいカメラ関連>ここで「富士フイルムのセグメント別業績」をご覧いただきたい。現在の富士フイルムは、傘下の富士ゼロックスが事業の中心となっている。すなわちコピー機・プリンター複合機などのドキュメントソリューション事業である。このセグメントについては、2013年度の売上高が1兆122億円、営業利益が758億8000万円。2014年度の売上高が1兆1325億円、営業利益が960億円と成長を続けている。次に重要な事業となっているのが、医療・産業機材などのインフォメーションソリューション事業だ。このセグメントについては、2013年度の売上高が8565億円、営業利益が729億円。2014年度の売上高が9338億円、営業利益が729億2000万円と、こちらも収益は横ばいだが業績はまずまずと言える。一方、カメラなどのイメージングソリューション事業は厳しい。2013年度の売上高が3460億円、2014年度の売上高が3736億円にとどまっている。営業損益については、2013年度は7億7000万円の赤字となった。2014年度は35億9000万円の黒字予想だが、利幅はわずかであり、厳しい見通しである。<創業以来の名称は捨てがたい?>このように、もはや富士フイルムは写真以外の事業で稼いでいる会社だ。となると、どうして「富士フイルム」という社名をいつまでも残しているのか不思議でならない。やはり創業以来の名称は捨てがたいということなのだろうか。
 富士フイルムは1936年に「富士写真フイルム株式会社」として設立された。さすがに「写真」の文字はなくなったが、「フイルム」の文字だけは今も残っている。富士フイルムはコピー機や医療機器のほかに、フイルムの塗布技術などを応用した化粧品開発もやっている。たとえば、グループ会社の富士フイルム ヘルスケア ラボラトリーが販売するスキンケア商品「アスタリフト」シリーズは、アスタキサンチンを主成分に配合しており、米国市場などでも好評価を得ている。しかし、「フイルム」という名のメーカーが売る化粧品に、抵抗を感じる(女性)消費者もいるかもしれない。社名変更は数千億円もかかる厄介な問題
 実態と乖離した社名は変えた方が望ましい。ただ、「フイルム」を外して、「富士ホールディングス」とするわけにいかないのが難しいところだ(「富士ホールディングス」や「フジホールディングス」はすでに存在する)。いっそのこと「富士イメージング」とやったほうが現在の主力事業をより広く代表するだろう。フィルム時代から世界中で親しまれた富士カラーのイメージをそのまま使って富士イメージングを英文で表記する方法もある。
 ブランドイメージを変えるためにも社名を変更すべきだと思うが、どういう社名にするのがいいかというのは、それはそれで(浸透するのに)数千億円はかかる高価で厄介な問題なのである。


<「長期的視座」付け焼刃の「足りないから入れる」だけでは必ず失敗する <右翼も左翼も関係ない、国を愛し憂うならば世界唯一の「ニッポン移民システム」を作れ>>Ⓒ大前研一氏(経営コンサルタント)「人間力の時代第78回」小学館SAPIO誌2014年6月号。
2050年の日本の人口ピラミッドは、男女とも70代後半が最も多く、低年齢になればなるほど少ない“モスラの幼虫型”になっている。このままだと生産年齢人口は大きく減少し、現在の国力を維持できないのは火を見るより明らかだ。そもそもデモグラフィーや人口ピラミッドが何のためにあるのかと言えば、国家の長期的な政策を決めるためである。いいかえれば人口に関することは教育などと並ぶ国の「基本計画」であり、それを変えるには少なくとも20年かかる。国家が(試行錯誤が必要な)人口問題を解決しようとする際にも20年以上かかるのは当然だろう。逆に言うと、20年かけずにその場しのぎで移民政策を進めたら必ず失敗する。たとえば25~30年前のバブル期、人手不足になった土木建築業や製造業で働くため、南米の日系人をはじめ、パキスタン、インド、イランなどから労働者が続々とやってきた。日本政府は単純労働の受け入れを認めていないため、彼らは観光ビザ、学生ビザなどで来日して不法就労の形で働き、それを政府も事実上、黙認してきた。ところがバブル崩壊で不景気になると、日本の大半の企業は不法就労の外国人労働者を容赦なく解雇して追い出した。なかには不法滞在して働き続ける外国人も少なくなかった。そうした付け焼刃な対応をしたため日本は評判を落とした。あるいは今シンガポールやUAE(アラブ首長国連邦)のアブダビはハイテクタウンを建設し、破格の待遇で世界中から優秀な研究者を集めている。だが、彼らはおおむね3年間で結果を出せなければ母国に帰国させられてしまう。そういう短期間で成果を求める不自然なやり方は、政策として上手くいかないと思う。永住を前提としてこそ「命がけで」その国の中で活躍し、その国に貢献しようとするのである。安倍晋三首相と政府は人手が不足している建設や高齢者介護、農業、家事サービスなどの分野で外国人労働者の受け入れを拡大する方針を示す一方で、「移民政策と誤解されないように配慮しつつ、検討を進めてほしい」と指示した。しかしそれでは25~30年前と同じ失敗を繰り返すだけである。政策には今年生まれの子供が15年、社会で活躍するのに30年かかる。重ねて言うが今後も日本が国力を維持する方法は移民の受け入れしかないし、今が最後のチャンスなのである。<移民政策3ステージ>ステージ①世界中から野心溢れる優秀な人材を年間1000人くらいずつ呼び込み、付加価値を作って富を創出する「グローバルステージ(舞台)」だ。代表的な例は、インド、イスラエル、台湾、ロシア、東欧などからトップ人材が集まっているアメリカのシリコンバレー(今はサンフランシスコ周辺を含めたベイエリアに地域が拡大している)だが、日本では、たとえば医療や環境など何種類かのステージがあってよい。ただし、それは1か所に集めてクラスター化し、1つの“生態系(エコシステム)”を形成しなければならない。立地場所も東京都圏、関西圏などだ。世界が魅力を感じる大都市の近くでないと優秀な人材が集まって来ない。そこにスタンフォードやMIT大のようなグローバルな大学教育施設をつくる事。筑波研究所や関西文化学術研究所などのような都会から離れた場所は論外だ。ステージ②医師、看護師、弁護士、消防士など「士(サムライ)」ビジネスの担い手だ。今後はそうしたプロフェッショナル領域の人たちが圧倒的に不足するので、世界から年間10万人規模で呼び込む必要がある。サムライビジネスの場合、そのスキルは世界でおおむね共通している。したがって自分の国でそれらの資格を取得して仕事をしていた外国人、あるいは日本で一定期間訓練を受けて技能試験の合格した外国人は、差別なく働けるようにすべきだと思う。インドネシアとフィリピンから看護研修生を招聘して、日本人でもパスするのが難しい日本語の国家試験を2年間以内で合格できなければ強制退去……こういうやり方は搾取であり、外国人でも母国ででも国家試験をパスしたなら、評判が良ければ日本で継続的に就業できるようにするべきだろう。外国人による介護や看護を敬遠する声もあるが、そんな悠長な事を言っていられる状況ではない。日本では65歳以上の高齢者人口は2025年に3657万人に達し、42年に3878万人でピークを迎える。60年には高齢化率は39.9%に達して国民の2・5人にひとりが高齢者になると見込まれている。今後は生産年齢人口である15~64歳が毎年約60万人ずつ減少していく。どう考えても介護や看護は外国人に任せるしかない。ステージ③一般労働者の場合。人口が減ってくると建設業者や漁業者など厳しい仕事の現場は人材確保が難しくなってきていくので、この領域に今後は外国人労働者を年間30万人規模で受け入れなければ立ち行かなくなると思う。とはいえ「人手が足りないからどんどん入れましょう」では、言語や習慣、文化などが理解できないまま日本で働き、生活することによる軋轢や、トラブルを生む懸念がある。となれば母国でしかるべき教育を受けて、日本で働きたい人材に関しては、政府が費用を負担して日本の学校で2年間、我が国の法律や言葉、社会習慣など基礎を学んでもらう。そして卒業試験の結果、問題なく生活できると判定されたら「日本版グリーンカード(国籍がなくとも永住することができる権利およびその資格証明書)」を発行して労働市場に出てもらえばよいと思う。他に例がない、外国人労働者の居住スラム化を防ぐ有効な手段となる。若い保守層に「移民の受け入れ反対」「治安が悪くなる」「スラム化する」「賃金が下がる」「職が奪われる」といささかヒステリーを起こしている人々が大勢いるが、60年代70年代の安保闘争や最近の脱原発デモのような「集団ヒステリー」でしかない。その愛国心・憂国心をもとに、もう少し長期的な視座にたって日本の将来を見ると、この国のためには移民はいずれ何らかの形で受け入れざる得ないという現実を直視できるようになると思う。「愛国者は移民受け入れに反対するべき」「移民政策は反日的」などといった二元論では問題は解決しない。「右翼」「左翼」というレッテルに惑わされることなく、この国の将来を真剣に考えるべき時が来ている。


小学館SAPIO(サピオ)誌2014年6月号Ⓒ小学館SAPIO編集部<SAPIO’S EYE>痛ましい韓国船事故を未来につなげられるか。オバマ大統領「明治神宮参拝」の真意が報じられていない。**3ページまとめ緑川鷲羽2014年5月16日。
韓国「セウォル号」の事故は海難史上に残る惨事となった。犠牲者が300人規模というだけでなく、その多くが未来或る若者だったことに世界はショックを受けた。船長以下、船員のモラルと技術の欠如、船舶会社の改造や整備に呈された疑惑、救助に際して関係部門が縦割りの弊害や責任転嫁を見せたこと__いずれも海運大国、造船大国の恥ずべき汚点と言わざる得ない。この国がまだ経済発展に見合う社会制度や国民意識を醸成できないことが垣間見れる醜態だが、それはどこの国も通る道であり、これから発展する途上国なら他山の石にすべき教訓を含んでいる。日本も1954年に1125人の死者を出した青函連絡船「洞爺丸」の沈没事故の沈没を引き合いに出せば「そんな古い話と同列には語れない」と反発もあるだろう。その悲劇をきっかけに日本では船舶の安全に関する法整備が進み、安全性は飛躍的に高まったが、失敗から学ぶことによって今日が作られたことは紛れもない事実だ。最近でも2005年の福知山線脱線や2011年の東日本大震災による東京電力福島第一原発爆発など、油断や警告無視、組織による管理不行き届きといったヒューマンエラーによる重大事故は起き続けている。韓国が日本の救助の申し出を断ったことが報道され批判されたが同じようなことは大震災で日本もやった(アメリカの原発事故収束への協力提案を拒否したり、台湾の救援隊を足止めしたりした)。これらは政治家と官僚のメンツ優先や打算によって起きた失敗だ。前に「韓国の嘘が、虚像が、世界にバレ始めている」といったが<韓国の嘘がバレる日が近づいてきた今こそ、我々は「ざまあ見ろ」と罵るのではなく、正しい知識と歴史的事実、そして国際社会の常識を共有できる隣人となるべく手を差し伸べる包容力を見せるべきだ>と言ったのに、この文章が本誌ウェブサイトなどに紹介されると、一部の読者から“嘘つきと付き合えるものか”“悪いのは向うなのだからほっておけ”“サピオは頭がおかしくなったのか”といった反論が寄せられた。実に憂うべき病巣が日本にもある。現在でも課題が残る。同じ特集でも指摘した環境問題でも、日本は高度経済成長に大きな犠牲を払ったから今がある。「人種差別」も取り上げたがヘイトスピーチの広がりを見れば、この点では韓国と大差ないと言える。「子供叱るな、いつか来た道」と格言が戒めるように、先に、発展した我々が後に続く国に範を示し、必要なノウハウを提供するのは当然であり、「そんなことも出来ないのか」と馬鹿にするのは驕りである。痛ましい事故で未来を奪われた若者たちの犠牲が、韓国と日韓関係の輝かしい未来の礎になることを切に願う。オバマ大統領が明治神宮に参拝した意味を日本のマスコミは報道しなかった。国家神道に敬意を示したとか、日韓併合を決めた明治天皇を評価したことになる、などと日本に都合のよい解釈をする右派論客やネット右翼が多かったが、実際には全く逆で、これは安倍首相らの靖国参拝に対する強烈な抗議の意思表明である。明治神宮には2002年にブッシュ(Jr)大統領(当時)も参拝している。小泉首相(当時)はブッシュ大統領に靖国神社参拝を打診していたが、戦勝国アメリカの大統領が靖国神社を参拝したのでは中韓が批判の根拠がなくなる恐れがあり、当時の政府は決断できず、日本側から妥協で明治神宮参拝にしてもらったという経緯がある。つまり、米国側から「明治神宮に行きたい」と言ってきたのは「我々は靖国神社には決して行かない」というメッセージなのである。現実を直視するべきだ。
小学館SAPIO(サピオ)誌2014年6月号<INVESTIGATIVE REPORT 政府・自民「年間20万人受け入れ」でどうなる!?移民と在日外国人><移民政策賛成派の意見>から。
*アメリカでは雇用は奪われなかったし、賃金も上がった<人口、GDPはもちろん年金もプラス、世界の実情が「移民は国を救う」と示している>Ⓒ法政大学准教授・小黒一正氏。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、出生率が現在のままだと2012年に1億2752万人だった人口は2060年に約8700万人まで減少する。生産年齢人口(15歳~64歳)も同期間に約8000万人から約4400万人まで減少し、高齢率は約4割に達する。●社会保障費増大。社会保障の最大の問題は世代間格差だ。年月とともに現役世代の負担が増す。内閣府の資料から、生涯における医療・介護・年金などの社会保障や教育など公共サービスを通じて政府部門から受ける受益と、税金や社会保険料として支払う負担の差額である「世代会計」を試算すると、60歳以上は4875万円の受益超過(黒字)。毎年1兆円ずつ膨張する社会保障関連費は若い世代を圧迫し、40代で172万円の支払い超過(赤字)、84年以降に生まれた将来世代は4585万円の支払い超過(赤字)となる。まさに「財政的幼児虐待」(ボストン大学・コトリコフ教授)なのだ。●国と地方の借金はGDPの2倍に達して、1000兆円を超す。人口減少でGDPが縮小すれば返済は大変困難となる。新規国債の発行ができなくなり、財政破綻もありうる。●マーケットの縮小。国連の試算(2004年)によると1950年に世界5位だった日本の人口は2000年に9位となった。それが2050年には15位までランクダウンする。その時点で上位を占めるのはインド、中国、パキスタン、インドネシアなど新興国で、トップ20に入る先進国はアメリカ(3位)と日本のみ。日本の強みは、国内に巨大な市場があったからだ。国内で十分な利益を上げて商品開発できるため、独自の新商品を生み出し、それを海外に輸出できた。マーケットが縮小すれば、新商品の開発もおぼつかなくなる。<移民受け入れのメリットが大きいのに誤解が多いため国民的合意が得られない。誤解の例を見てみよう>誤解①<賃金が下がる>最たるものが<外国人労働者の流入により自国労働者の賃金が低下する>との説だが、アメリカの研究(Ottaviano and peri[2006])はその誤りを明らかにした。研究では、自国労働者を「高校中退」「高卒」「大学中退」「大卒」の4ランクに分け、移民の流入による賃金の変化を1990年から2004年までトレースした。すると「高校中退」の賃金がわずかに低下(マイナス1.1%)したものの、残る3ランクの自国労働者の賃金は0.7%~3.4%上昇していた。4ランク平均で1.8%の賃金アップとなった。誤解②<雇用が奪われる>アメリカを見ていてもわかるように、移民の受け入れによって雇用が奪われることはない。日本の場合、安価労働者を海外に移転した工場の国内回帰が期待できる。法整備の違いなどのカントリーリスクを低減させたい企業にとって国内の移民労働者は大きな魅力になる。薔薇色ではないし当然リスクは伴うが、移民は無理だと言っている場合ではすでにない。誤解③<社会保障コストが増える><外国人が長期滞在すると年金、医療など社会保障のコストが増える>という説はまやかしである。前述したとおり、社会保障問題のポイントは受け手と担い手のバランスであり、高齢化率がどう推移するかだ。移民は大抵は、20~30代の若者だ。多くが数十年は担い手となるため、将来の高齢率は低下し、負担はむしろ軽減される。誤解④<生産性を上げればよい>人口が減る分、Ⅰ人当たりの実質GDPを上げればいいという意見がある。つまり生産性を上げるということだ。だが、2003~2012年の日本の1人当たりの実質GDP生産率の平均値(年率)は0.82%。同じ時期にオーストラリアが1.4%、アメリカが0.9%、イギリスが0.64%、フランスが0.45%、イタリアがマイナスo.67%だ。この中で日本は中位(4場目)の成長率である。メディアなどでたびたび日本の生産性の低さが指摘されるが、実際にはアメリカ並みで、さらに引き上げるのは現実的な目標とは言えない。危機を克服する切り札は、やはり移民政策だ。<主要国の総人口に占める移民の割合>ルクセンブルク32.1%、スイス27.3%、オーストラリア26.7%、イスラエル23.6%、ニュージーランド23.6%,、カナダ20.1%、アイルランド16.8%、オーストリア16.0%、スウェーデン15.1%、スペイン14.6%、ドイツ13.1%、アメリカ13.0%、ノルウェー12.4%、イギリス12.0%、フランス11.6%、オランダ11.4%、イタリア9.0%、ロシア7.9%、日本1.1%(OECD2013年資料より)また次に<移民政策反対派の意見>を述べます。*(緑川鷲羽自身は大前研一先生の移民政策に賛成です。これぞ第三の開国ですね)
<台湾では貧困で出生率が低下し、スウェーデンでは若い移民の40%が失業<生産年齢人口の年間減少幅は総人口の1%未満 国民の生産性を高めれば国力は維持できる>>Ⓒ三橋(みつはし)貴明氏
*前述したように各種データは移民の必要性を示している。ただし、人の営みはデータだけでは測れないし、国柄の違いも大きい。経済評論家の三橋高明氏は「日本経済再生に移民は不要」と断言する。***移民の受け入れには断固、反対だ。内閣府の経済諮問会議ワーキング・グループは「少子高齢化で生産年齢人口が減れば経済成長ができない」などと移民受け入れを提唱するが、それは明らかなまやかしだ。生産年齢人口が減っても経済成長が出来る。彼らが移民受け入れに積極的なのは「100年後の日本」「国家百年の計」ではない。真の狙いは「短期的な外国人労働者の拡充」である。だが、労働力不足を補う目的で安易に移民を受け入れれば、将来的にさばざまな社会問題が噴出するのは諸外国の例を見ても明らかだ。移民受け入れを議論する上で決して無視できないのが、移民の出生率の高さだ。移民第一世代はマイノリティだったとしても、世代を重ねることで勢力が拡充される。EU諸国ではそうした傾向が顕著に表れている。スペインの外国人比率は1980年代までに1%程度だったが、今では15%に迫っている。ドイツやスウェーデンも人口の約15%は外国人だ。スウェーデンでは移民の失業率が16%に上る。若い移民に至っては約40%に上る都市もあり、社会保障制度を蝕んでいる。文化や宗教上の対立など、移民を巡る社会問題も深刻だ。また、EU諸国から移民が急増したスイスでは今年2月、移民流入規制を巡る国民投票が実施され、過半数の50.3%が流入移民規制に賛成票を投じた。日本国政府は毎年20万人の移民受け入れることで100年後も人口1億人を維持できると試算するが、出生率の高い移民ばかりが増えれば、純粋な日本人は5000万人を切り、国民の半数以上が外国人という事態もあり得る。
<職を失った外国人労働者が日本の社会保障に群がる>震災復興や五輪特需などで不足する土木・建設業を中心とした単純労働従事者の確保がある。すでに自民党は外国人労働者の受け入れを拡大すべく、建設現場などで働く外国人技能実習生の在留期間を3年から最大で6年に延長する方針を打ち出している。しかし、彼らは労働者ではなく、あくまで技能実習生という立場のため、自給300円程度で働かされているケースがざらにある。まさに「奴隷労働」といえるが、そうした人々が「6年を過ぎたら解雇」と言われても、すんなり自国に戻るとは限らない。むしろ、どうにかして日本に残ろうとする不法滞在者が増えるだけだ。これは遠い将来の話ではない。五輪後は雇用期間を終えた大量の不法滞在者が街にあふれるだろう。仕事があればよいが、五輪特需が終われば仕事は減り職にあぶれることが予想される。職を失った外国人は生活の為に犯罪に手を染める可能性がある。バブル崩壊後に外国人が違法テレホンカードを売っていたのはその典型だ。外国人を期間限定でなく永住させる社会コストは莫大になる。彼らが失業すれば失業手当や生活保護などを支払わなければならない。「グローバリゼーションに逆らえば日本は衰退する」しかし、外国人頼みのグローバル化を進めれば、全体のGDP(国内総生産)は増えるかも知れないが、賃下げによって一人当たりのGDPは下がる。生産年齢人口が毎年減少するといっても、その数は総人口の1%未満に過ぎない。重要なのは生産性を高めることである。現在、生活保護受給者は216万人いるが、そのなかで就労可能な受給者は30万人に上るといわれている。そうした人たちに一人当たり100万円かけて職業訓練を施す手もある。わずか3000億円で済む話だ。土木・建設はもちろん、農業や医療、介護など人手が不足している業種で働ける人材を増やせば、生産性は向上する筈だ。日本で人手不足で土木・建設を外国人に任せれば、やがて日本人だけではインフラ整備が立ちいかなることも想定される。20~30年後には日本人が高層ビルを建てられなくなるかもしれない。「日本経済は日本国民が成長させる」という気概が必要だ。
<ヘイトスピーチは「日本人の心」に反す <外国人に「日本の価値観」を理解させるために私たち自身も伝統と美徳を取り戻すべきです>>Ⓒ櫻井よしこ氏(ジャーナリスト)。アメリカは元々WASP(White Anglo-Saxon Protestantの略)と呼ばれる白人でアングロサクソン系のプロテスタントの人たちが政治や経済の中心にいて、彼らの価値観に基づいて作りあげてきた国家だと言えます。歴代大統領44人のうち、現在のオバマ大統領とカトリック教徒だったジョン・F・ケネディ氏を除く全員がWASPと分類される人々です(父親がアイルランド系のレーガン氏もWASPではないという意見があります)。最近、在日韓国人や在日朝鮮人に対するのヘイトスピーチが問題になっています。残念ながら日本人としての誇りや道徳が欠如していることの表れだと思います。根拠もなく日本人に罵詈雑言を浴びせ続ける中国人や韓国人と同じことをするとしたら、彼らと同じレベルに落ちてしまうことを自覚するべきです。地方では、フィリピンなどから来た花嫁が、うまく地域に溶け込んでいるケースが少なくないと聞きます。勿論うまくいかない事例もあるとは思いますが、むしろ地方のほうがしっかりと自分を守りつつ、外国人を受け入れているように感じます。それは言葉、食べ物、風習、そして宗教や教育も、都市より地方の方が濃密に「日本らしさ」を保っているからではないでしょうか。日本人らしさ、日本らしさ、をわすれなければ移民受け入れもうまくいくでしょう。
<「数合わせ」で同化できなければ新たな対立と差別を生む <茶碗の扱い、靴を揃える向き、電車の乗り方、私も苦しんだ文化や生活習慣の違いは大きな壁だ>>Ⓒ呉善花氏(評論家オ・ソンファ氏)「年間20万人」という数字ありきの移民政策はあまりに短絡的に思える。私自身(呉(オ)さん)の経験を踏まえて言えば、来日する移民が日本文化を理解し、社会に溶け込んでいくことは容易ではない。いわゆる「わびさび」や電車に並ぶ、出ていく人が先、モノを親しいひとにももらったら「ありがとう」、「つまらないものですが」「お世話様です」「いらっしゃいませ」敬語、謙譲語、カタカナ英語………慣れるまで何年間かかかる話です。「数」で解決しようとすると、大切なものがこぼれ落ちかねない。
<「建設労働者が足りないから」で安易に決めていないか <自民党国際人材議連・小池百合子会長に「移民受け入れ」と「将来のリスク」で直撃!>>Ⓒ小学館SAPIO編集部
<基本的な移民政策について認識をお聞きしたい>小池「まずお断りしておきますが、国際人材議連は「1000万人構想」を引き継いだ訳ではありません。ゼロベースで、わが国の持続、発展に何が必要かを考えていくのが目的です。ですから議連の名称は「移民」「推進」という言葉は使っていません。「移民」というと国民には強いアレルギーがある。」<安倍政権は目先の建設労働者不足から外国人労働者の受け入れを拡大したのでは?>小池「出稼ぎの労働者で、彼らはプロジェクトが終われば稼いだお金を持って自国に帰っていく。住み着くわけではありません。仕事とカネを求める外国人労働者と、労働不足を補える受け入れ先はウィンウィンの関係です。外国人研修生に多くを頼る農業でも、彼らは懸命に働き、農家の方の評価は高い」<単純労働者の受け入れは治安上の問題が大きいという指摘があるが?>小池「特に、建設など単純労働者は期限付きにして、工事が終われば帰国してもらうことを厳格にやらなければいけません。一方で、日本で研修を受けて医療や介護などの資格を取った能力のある人は働ける期間を長くするなど、日本社会に貢献してもらえるようにする。社会保障の面では相手国との条約を整備し、日本で働くことが不利にならないようにする制度作りも必要です。働く側も働く国を選択しますし」<そんなに都合よくいくのですか?期限付きの労働者では人口減をカバーすることにはならない。「移民」を入れるかどうかの課題は残るが?>小池「「移民」というのは非常に狭い見方です。UAE(アラブ首長国連合)の人口は約920万人ですが、その8割が外国人。しかし、国際人材であっても、私は地方参政権付与には否定的です。参政権を望むなら日本国籍の取得が不可欠です。国籍付与は、日本に必要な人材かどうか、こちらが厳選すればよいわけです」<親日的な国ならまだしも、反日教育をしている国から労働者を受け入れるのはリスクが大きい。受け入れる国を選別するべきと考えますか?>小池「国際人材でも中国人比率は高くなるでしょう。ノーリスクとは言いません。日本が国家として衰退するリスクに向き合う必要があります。世界に通用する人材を日本が確保するという決意で臨む必要があると考えます」
<朴正煕が私に語った欧米諸国になかった日本の先進性 <太古から世界の人材と文化を受け入れてきた日本の寛容を知れ>>Ⓒ石原慎太郎(作家・衆議院議員)<安倍首相が「外国人材の活用の仕組みを検討」するうよう指示した。どう評価するか?>石原「人口は国力と言い換えてもいいものです。このまま人口が減少すれば、国力の低下は必至です。現状がどうにもならんのだから労働力確保のためにも、移民を受け入れるべきだ。私は10年以上前から移民が必要だと説いてきました。一生懸命働いて慣れてきたところで「期限が来たから帰れ」とは酷でしょう。日本の生活に溶け込み、日本を愛しているならば、安住する道があってもよい。私は八丈島に行くことがあるのですが、そこに釣り名人の親子がやっているおいしい寿司屋があります。跡取り息子のところに嫁がこなくて周囲が心配したところ、フィリピン女性と結婚した。当初は反対していた周囲も1年後、子供が生まれ、奥さんが家族に溶け込もうと努力した結果、今では「こんな素晴らしい嫁はいない」と実家からも大変信頼されている。これは理想形のひとつです」<移民反対派には、今でも「日本は単一民族国家」という考えが根強くある>石原「それは間違った認識です。日本人の民族的ルーツは東西南北あちらこちらにある。日本に早くから住んでいたのはアイヌや沖縄人であって、その他はシナ大陸(中国大陸)や朝鮮半島から渡来しました。細かなルーツを辿ると、インドやモンゴル、南方のポリネシアやメラネシアにまで及んでいる。沖縄・八重山列島のアカマタ・クロマタや鹿児島・悪石島に伝わるボゼなどの秘祭は、メラネシアのそれと非常に似ています。私の父はインド系の顔をしていました。母は典型的なシナ人(中国人)の顔つきでした」<移民政策が治安を悪化させるとの声がある。現に在日外国人の犯罪が増えているが>石原「都知事時代、池袋の中国人街を視察したことがあります。中国語で書かれた同胞向けの新聞が何紙も発行されていた。日本語を習っている中国人向けに、「探偵募集」の求人広告がありました。日本語を習っている最中の若者が探偵の手伝いなどできるのかと質すと、実は泥棒の見張りだという。外国人犯罪をいかに防ぐかは大きな課題です。また、不法就労、不法入国がまかり通っているから治安問題が生じていると考える事も出来ます」<受け入れる日本側にも問題はないか?>石原「例えば入国管理の手続きの煩雑さなど、外国人に対する「壁」が多すぎます。元サッカー日本代表のラモス瑠偉さんはかつて「指導者の資格を得るための日本語が難解すぎる」とこぼしていた。川淵三郎さん(元日本サッカー協会会長)にそのことを話したら、早速改善したようで、ラモスさんは今、FC岐阜で監督をしています。彼みたいな優秀な人材が、日本語の壁によって長く監督の道を阻まれていた。日本の閉鎖性を示す象徴的な例です」<一部の日本人の排外主義も問題ではないか。在日韓国人・在日朝鮮人に対してヘイトスピーチを行う者がいる>石原「在日韓国人・在日朝鮮人問題と移民とは別の問題です。歴史的に彼らが差別を受けたこともあったと思います。また韓国側が事実と違う事を言って来たり、要人が日本人を挑発するような発言を繰り返せば、当然、日本人はよくない感情を抱くでしょう。外国人はどうしても母国の評判を背負ってしまう」<教育は重要だと思うが、島国の日本は異文化で育った人々を登用できるだろうか>石原「現在の朴大統領のお父さんの朴正煕元大統領と以前、お酒を酌み交わしたことがあります。その席で彼は「日本の朝鮮統治はそう悪かったとは思わない。欧米諸国とは違う政策を行なった」と言いました。彼は、成績はよかったが、家が貧乏でした。すると日本人教師が「これからは朝鮮人が朝鮮人を教える時代だ」と無償で行ける師範学校を薦めてくれたそうです。そこに行くと「これからは軍人の時代だ」と士官学校を薦められた。満州軍軍官予科に行くと今度は「優秀だから市ヶ谷に行け」という。最終的に彼は市ヶ谷の陸軍士官学校に編入、上位で卒業しました。西洋列強の植民地でこんなに教育を施した例はなかった。その話をするときの彼のうれしそうな顔を今も忘れません。戦前の日本では朝鮮人も士官学校に入れましたし、朝鮮名のまま日本兵を指揮した将軍もいました。官僚や裁判官はもとより、衆議院や貴族院にも朝鮮人は議席をもっていた」<外国人に参政権を与えるのは?>石原「それには反対です。国政でなく地方参政権ならば与えていいという意見がありますが、間違っています。例えば青森県の六ヶ所村に核燃料の再処理工場があります。ある意図をもって移民が集団移住すれば、国策的な施設の稼働や存続が住民投票によって決められてしまう可能性がある。沖縄県の与那国町の自衛隊基地問題も同様です。人口約1500人の町に中国系移民が集団転住したらどうしますか?参政権などなくても日本のすばらしさがわかれば「日本に住みたい」という外国人はたくさんいると思いますね。そういう人は帰化したらいい。
<単純労働者の移民を多く受け入れれば財政にマイナスになる <狭い日本に1億3000万人は定員オーバーだ。高付加価値経済なら「強く美しい小国」ができる>>Ⓒ森永卓郎氏(経済アナリスト)*「ドイツがこんなに苦しんでいるのになぜ日本は同じ轍を踏もうとするのか?」経済企画庁総合計画局で労働政策に携わっていた1980年代半ば、ドイツの政策担当者に言われたその言葉をいまも忘れる事が出来ない。ドイツの経済成長は、トルコなどからの移民による、との見方が短期的にはあった。だが、長期的にみてみると、彼らの為の住宅対策、失業対策、子弟の教育対策など莫大な社会コストが国民に跳ね返ってくる。低賃金の単純労働であれば納税額は小さく、財政にはマイナスだ。医療や年金などの社会保障も同様。外国人労働者は、その瞬間は気分がいいが後で躰全体がボロボロになる麻薬みたいなもの。日本の国益にならない。たとえ人口が減っても昭和初期は現在の人口の半数だった。やはり、移民に盲目的に頼るより三橋氏のいう様に生活保護者の働けるひとを再教育して……というほうが政策的には正しい。すでにヲタク文化は世界的に浸透し、「かわいい」はグローバルで通用する言葉となった。そうした海外での日本ブーム=ジャポネズムは歴史上、何度も起きている。「1億総アーティスト化」を実現できれば頭数をそろえる為の移民政策は必要ない。肝心なのは少子化対策、教育の投資であることは間違いがない。
<イギリスとニュージーランドの関係を日本の在日韓国朝鮮人にあてはめられるか EU型、英連邦型、北欧型………「外国人参政権」を論じるには、まず「国益」を示せ>Ⓒ小学館SAPIO編集部<外国人参政権を認める国には大きくわけて3タイプがある。第一はEUタイプ。「EU内において、地方参政権の相互的保障が各国に義務付けられている各国自国民の権利保障を目的とするもの」第二は英連邦タイプ「イギリスと連邦構成国などの間で相互に地方参政権が認められていることがある。歴史的経緯、文化的・言語的共通性を基礎とするものだ」第三は労働補充のタイプ「70年代から外国人に選挙権を与えていたスウェーデンがその典型。国内労働力の不足を補うため積極的に外国人労働者を受け入れ、彼らをスウェーデンの政治社会に統合することを目的とするものだった」><移民受け入れを拡充しようとすれば、参政権が必ず議論となる。「投票したいならば帰化すべき」という論はシンプルだが、それでは海外から優秀な人材は集められないと考える国も現にあり、幅広い議論が尽くされるべきだろう。>
<ある女子中学生はコリアンタウンで「在日クソチョンコ!虐殺を実行しますよ」と叫んだ。在日コリアン(約53万人)在日中国人(約65万人)との共生をぶち壊す先進国として恥ずかしいヘイトスピーチ>Ⓒ小学館SAPIO編集部<デモ参加の女子中学生が鶴橋大虐殺を宣言><ハーケンクロイツを掲げ、笑いながらデモ行進>移民を受け入れるかどうか以前に、日本を誰も来たがらないような差別国家にしてはならない。
<小林よしのり氏『大東亜論 血風士魂編』上記コメントよりⒸ小林よしのり氏>
<安倍晋三の異常さは度外れしている。が、その異常さが自称保守にはわからない。集団的自衛権の行使を政府解釈だけで容認し、閣議決定してしまう。事実上、憲法9条は改憲されたも同じ><わたしは憲法9条には疑義があるが、安倍のやり方が容認されたら、次に護憲政党が政権をとれば個別的自衛権も政府解釈で違憲とし、閣議決定できることになる。異常だ!><憲法96条の見直しで憲法改正手続きのハードルを下げようとし、それがダメなら閣議決定さけで解釈改憲してしまうと言う。安倍晋三は異常な「立憲主義」の破壊者である><個別的も集団的も国連憲章で認められているが、やはりそこまで変えるというなら、正々堂々と「憲法改正」に打って出るしかないだろう。姑息な道から立憲主義の破壊者というデタラメは許されるものではない><安倍晋三は解釈改憲について「最高責任者は私だ。政府の答弁に私が責任を持って、その上で選挙の審判を受ける」と言い放った。異常である。選挙で勝ちさえすれば、時の政権が憲法解釈を自由に決めていいのか?信じられない異常さだ><靖国参拝で米国に「失望」され、河野談話の見直しをしないと誓い、米国に日米韓の会談の仲裁をしてもらい、その負い目から「国賓待遇」でオバマを呼び、集団的自衛権でひたすら米軍に抱きつきたい安倍晋三は、米国の「政奴隷」だな><そもそも尖閣諸島を守るにせよ、米艦への攻撃に反撃するにせよ、個別的自衛権を強化すれば足りるものだ。むしろ個別的自衛権の強化をしないまま、米軍に頼ることを考える方が卑怯だろう>
<「日本語を話せない隣人」とどう付き合うか <すでにゴミ出し、学校、病院で悲鳴 避けて通れない「外国人」の重荷>>Ⓒ小学館SAPIO編集部
在日コリアン(約53万人)在日中国人(約65万人)在日フィリピン人ブラジル人(約20万人)、在日ベトナム人(約6万人)、在日ペルー人(約5万人)などが日本に住んでいる。彼らが数多く集まって暮らすエリアでは残念ながらトラブルが起きているのも事実だ。外国人との共存を目指す取り組みも多いが、歳月の経過とともに課題も生じてもいる。愛知県豊田市保見(ほみ)団地は住民約7100人のうち、日系ブラジル人を中心とした外国人住民が約3200人で外国人比率が最も高い地区のひとつであり、90年代には右翼の街宣車が押し寄せたこともある。厚労省によると、外国人の生活保護受給者は4万3479世帯(11年)。80年代以降に中国、ブラジル、フィリピンなどから来日した「ニューカマー」が中心となり、近年では年5000世帯のペースで急増している。日本生まれの外国人が増加し、「貧困の再生産」が生じていることも看過できない。「日本語のできない親元で育った子供(二世)が中学卒業後、定時制高校などに進学しても勉強についていけず、結局、ドロップアウトして親と同じように工場などで単純労働に就く。彼らは日本語もポルトガル語も十分に読み書きできない『ダブルリミテッド』のため、若くして結婚して子供(三世)をもうけても勉強を教えられない。結果、学校に行かず、自宅に引きこもって鬱気味の三世が増えています」『保見ヶ丘ラテンアメリカセンター』代表・首都大学東京の野元弘幸准教授(多文化教育)はそういう。「このまま貧困問題を放置すると、将来的に住民や警察が手を出せない、無法地帯の『外国人スラム』が生じる可能性すらある」とも。
<不法移民の“合法化”を狙うオバマ政権、中国人が占領するスペイン <移民受け入れ先進国の制度・法律とメリット、デメリットはどうなっているの?>>Ⓒ小学館SAPIO編集部
<米国>米国の移民人口は約458万人で、総人口の13%を占める。移民帰化法(INA)は、米国人の配偶者や未成年の子供がいる場合や、高度な人材を優先的に年間67万5000人まで移民として受け入れることを認めており、2010年度は42万2000人が新たに移住した。移民なしには経済が成り立たないと言われ、人手が足りないサービス業から高度な人材が欲しいIT業者まで移民受け入れには肯定的である。<スペイン>スペイン政府は外国人の移住に積極的だ。しかし、中身は労働者ほしさではなくカネひしさだ。中国人約16万人のうちスペインの風俗店、ビル、アパートを中国系移民が占領している。<フランス>戦後のフランスはムスリム系移民を大量に受け入れ、彼らが経済発展の原動力となった。ここ数年、その二世、三世がアイディンティティクライシス(自己喪失)に陥り、暴動を起こして治安を脅かしている。サルコジ政権時に移民排斥規制が強化された。<ドイツ>EUのエンジンで牽引車のドイツには移民が13年1月から半年間で55万5000人の移民が入国、前年比5万5000人増だった。ドイツは2020年までにさらに170万人の外国人労働者を必要としている。<オーストラリア>オーストラリアは労働力不足を補うために第二次世界大戦後、積極的に移民を受け入れてきた。そのうち移民人口は約650万人、総人口の4人に1人が外国生まれである。年間一万人以上の難民を受け入れ、審査を通過すれば居住を許可される。収容施設のコスト増が批判されている。
<行政のスリム化で予算捻出、子育て世帯に格安住宅を提供する長野県下郷村 <増税してばら撒き公共事業、育休3年は大失策!安倍政権は出生率1・86の「奇跡の村」に学べ>>Ⓒ岸川貴文氏(ジャーナリスト)
移民受け入れの必要性と深く関係するのが少子化対策の成否だが、安倍政権はむしろ対策を後退させている。長野県南部に位置する人口約4000人の下郷村。91年に人口減少が底を打って出生率は高水準を維持し、人口構造では60代と50代の次に10代が多い。少子化を食い止めた「奇跡の村」と呼ばれる。下郷村は人口10万人の飯田市から車で30分。92年に就任した伊藤喜平村長によって大胆な少子化対策が進められた。中でも目玉となったのが97年から建設が始まった村営の「若者定住促進住宅」だ。「子供がいる/結婚の予定がある」などの入居条件を課し、2LDK(20坪)で家賃は3万3000円。飯田市の相場の約半額だ。「集合住宅タイプ124戸を整備し、12年度からは戸建ての建設費の10%を補助する事業(45歳未満が対象。上限100万円)を実施しています」(下郷村総務課)さらに高校卒業までの医療費無料化、村営保育所の保育料引下げ、義務教育の給食費40%補助などを実施。同村での出産・育児を望む入居者が集まった結果、年少人口(0~14歳)の比率16.8%は県トップとなった(10年)。「子供を育てられる環境」があれば、産みたいという若者は少なくないことを証明した。重要なのは財源である。伊藤村長はガソリンスタンド経営などの経験をもとに、職員の意識改革に着手。コスト意識を徹底させて職員数を大幅に削減した。「職員は32人(一般行政職)で、人口1000人あたり7.84人。類似規模団体平均(17.02人、総務省調べ)の半分以下の水準です」(同前)職員の生産性を倍にして、行政のスリム化を行ったのだ。道路現場では村民が自らミキサー車やコンクリート舗装を行う。日本では男性中心の雇用形態であり、女性が出産・育児となると会社を辞めねばならない。フルタイムでは働けず、パートは時給も安い。仕事を辞めても暮らせる男性と巡り会わず独身のままの女性や晩婚化が進んでいる。フランスやスウェーデンでは同一労働同一賃金が浸透し、雇用形態ではなく仕事の内容に応じて収入が決まる。安倍政権が打ち出した「育休3年間」もそうだが、日本では「女性が家で育児に専念できれば出生率が上がる」という考えが幅を利かせている。世界常識からみれば大きな間違いで、安定収入がなければ子育てはできないからだ。



大前研一艸風伝<船中八策>平成の坂本竜馬による師匠・大前氏(平成の勝海舟)評伝4

2014年05月24日 04時46分55秒 | 日記





新自由主義(ウィキペディアより)
国際関係論上の「新自由主義」はについては「リベラリズム (国際関係論)#ネオリベラリズム」をご覧ください。
政治シリーズ記事からの派生
経済的自由主義

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表・話・編・歴
新自由主義(しんじゆうしゅぎ)とは、政治や経済の分野で「新しい自由主義」を意味する思想や概念。日本では以下の複数の用語の日本語訳として使われている。
• 「ニューリベラリズム」(英: New Liberalism)。初期の個人主義的で自由放任主義的な古典的自由主義に対して、より社会的公正を重視し、自由な個人や市場の実現のためには政府による介入も必要と考え、社会保障などを提唱する。
詳細は「社会自由主義」および「社会的市場経済」を参照
• 「ネオリベラリズム」(英: Neoliberalism)。1930年以降、社会的市場経済に対して個人の自由や市場原理を再評価し、政府による個人や市場への介入は最低限とすべきと提唱する。日本では、どちらかというとこの意味で用いられることが多い。
当記事ではネオリベラリズムの意味で記述する。

概要
新自由主義は、経済的自由主義、自由貿易、市場経済、民営化、規制緩和などを提唱し、現代社会の中では公的部門の比率を減少させ民間部門の役割を増大させる政治思想である。
新自由主義の用語は、古典的自由主義が衰退したヨーロッパで、自由主義の価値を推進するヨーロッパの自由主義学者によって、1930年代後半のヨーロッパで主張され始めた。その後、新自由主義の理論は多様な傾向を持ち、古典的自由主義よりも更にレッセフェールの理念を持ち、社会的市場経済とも呼ばれている政府が強力な規制や管理を行う市場経済を置き換える事を提唱した。新自由主義という用語は1960年代には使用頻度が減ったが、1970年代以降に意味を変化させて再登場した。現在では通常、主に立法上の市場改革に批判的な立場から、レッセフェール的な経済政策に対する呼称として使用されている。
用語
新自由主義(ネオリベラリズム)という用語は、1938年にドイツの学者Alexander Rüstow(en)とColloque Walter Lippmann(en)により作られた、その会議では新自由主義の概念を「価格決定のメカニズム、自由な企業、競争があり強く公平な国家体制の優先」と定義した。自由主義(リベラリズム)の中で「新自由主義」(ネオリベラリズム)と名付けた理由は、現代の経済政策が必要だからである。
新自由主義は一枚岩の理論ではなく、Freiburg学派(en)、オーストリア学派、シカゴ学派、Lippmann現実主義など、複数の異なった学問的アプローチにその発生が見られる。
1973年から1990年のアウグスト・ピノチェト支配下のチリ軍政の期間、反対派の学者はこの用語を使用したが、特定の理論を指したのではなく、チリで行われた政治的・経済的な改革に対して軽蔑語の意味を込めて使用した。
1990年代以降はこの用語は定義困難となり、思想、経済理論、開発理論、経済改革政策などを表現する複数の意味で使用され、経済を自由化する潮流を非難する意味での使用が拡大し、最初のネオリベラリストによる概念よりも更に初期のレッセフェール原理に近い市場原理主義も示唆している。このため、この用語の正確な意味や、特に近年の多数の種類の市場経済に対しての使用について、多くの議論が行われている。
Boas and Gans-Morse の著書によれば、この用語が使用されている最も一般的な意味は、「価格統制の廃止、資本市場の規制緩和、貿易障壁の縮小」などや、特に民営化と緊縮財政などの政府による経済への影響の削減などの経済改革政策である。この用語は複数の意味で使用されており、その例には、ワシントン・コンセンサスに反対する開発モデル、最小国家主義など政府の機能を削減する自由主義概念を非難するイデオロギー用語、更には新古典派経済学に密接に関連する学問的パラダイムなどがある。またこの用語は、民間部門へ権限委譲し経済の役割を増大させる公的政策への偏見として使われていると考えている人もいる。
日本で「新自由主義」という言葉は、大正時代の末期に上田貞次郎により用いられた。
歴史
初期
オーストリア学派


フリードリヒ・ハイエク.
詳細は「オーストリア学派」を参照
経済学のオーストリア学派は、経済現象の基礎を個人の意図的な行動に置く方法論的個人主義を提唱した。オーストリア学派の呼称は、カール・メンガーらが19世紀後半から20世紀のウィーンで活動した事から生まれた。オーストリア学派による経済理論への貢献には、主観的価値論(en)、価格理論における限界効用理論、経済計算論争の系統的論述などがある。
ウォルター・リップマン会議
1930年代に反自由主義の雰囲気が決定的となった中、1938年8月にパリで開催された国際会議のウォルター・リップマン会議には、Louis Rougier、ウォルター・リップマン、フリードリヒ・ハイエク、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス、Wilhelm Röpke、Alexander Rüstow などを含む多数の自由主義グループが参加した。リップマン、Rüstow、Rougierらはレッセフェールの古い自由主義は失敗したため新しい自由主義が必要と主張したが、ハイエクやミーゼスはレッセフェールの古い自由主義への非難には参加しなかった。しかし全参加者は新しい自由主義の研究プロジェクトの必要性に同意した。Rüstowの提案によりこのプロジェクトは「ネオリベラリズム」と呼ばれた。この会議から生まれたネオリベラリズムは主に、強い政府の規制と支配下にある市場経済に対する規制の無い自由とのRüstowの概念に沿っていた。それは反資本主義、反共産主義の第三の道への試みでもあった。このように初期のネオリベラリズムは、現在一般に認識されているような市場原理主義とはまったく異なった概念であった。
モンペルラン・ソサイエティー
詳細は「モンペルラン・ソサイエティー」を参照
1947年、フリードリヒ・ハイエクは新自由主義の理論や政策を広めるためにモンペルラン・ソサイエティーを設立し、Rüstowらもこれに参加した。ハイエクらは、古典的自由主義は概念的な欠陥により機能せず失敗したため、その診断と是正のために集中的な議論が必要と考えた。
第二次世界大戦後
シカゴ学派


ミルトン・フリードマン、2005年
詳細は「シカゴ学派 (経済)」、「新古典派経済学」、「マネタリズム」、および「リバタリアニズム」を参照
シカゴ学派は、シカゴ大学の教授陣を中心として生まれ、経済学の学術的なコミュニティでは新古典派経済学とも呼ばれている。この学派は政府による介入を批判し、中央銀行による通貨供給を例外として大半の市場に対する規制に反対する。この理論は1980年代までに、新古典派の価格理論や、リバタリアニズムに影響し、ケインズ主義を拒否しマネタリズムを支持した。
ドイツとオルド自由主義
詳細は「オルド自由主義」および「社会市場経済」を参照


ルートヴィヒ・エアハルト
新自由主義の概念はドイツで最初に構築された。1930-1940年代、ルートヴィヒ・エアハルトを中心とした新自由主義の経済学者達は新自由主義の概念を研究開発し、第二次世界大戦後の西ドイツに貢献した。エアハルトはモンペルラン・ソサイエティーのメンバーで他の新自由主義者と継続的に交流した。彼は自分自身を「ネオリベラル」と分類し、その分類を受け入れた。
1930年、フライブルク大学を中心としたフライブルク経済学派の思想はオルド自由主義とも呼ばれ、より穏健で実用主義的であった。ドイツの新自由主義者は、競争が経済的繁栄を生むという古典的自由主義的な観念を受容したが、レッセフェール的な国家政策は競争の自由への脅威となる独占やカルテルを生み、強者が弱者を破滅させ、競争を窒息させると論じた。彼らは良く開発された法的システムと有能な規制の創設を支持した。彼らはケインズ主義の全面的な適用には反対したが、経済的効率と同等に人道的・社会的な価値を置く意思により、福祉国家の拡充する理論となった。
Alfred Müller-Armack(en)は、この理念の平等主義的で人道主義的な傾向を強調するために「社会市場経済」という表現を新造した。Taylor C. Boas とJordan Gans-MorseによるとWalter Eucken(en)は「社会保障と社会的正義は我々の時代の重要な関心事だ」と述べた。
ラテンアメリカ
1960年代、ラテンアメリカの知識階層はオルド自由主義の理念に注目し、しばしばスペイン語の新自由主義(ネオリベラリスモ)との用語を学派名として使用した。彼らは特に社会的市場経済とドイツの「経済の奇跡」に影響を受け、自国への類似政策導入を模索した。1960年代のネオリベラリズムは、独占への傾向に反対して社会的不平等を緩和するために国家政策を使用する事を支持する、古典的自由主義よりも近代的な哲学を意味していた。
オーストラリア
1980年代以降、オーストラリアでは労働党と自由党の両党によって新自由主義的な経済政策が実施された。1983年から1996年のボブ・ホークおよびポール・キーティング政権は、経済的な自由化とミクロ経済的改革の政策を追求し、国営事業の民営化、要素市場の規制緩和、オーストラリア・ドルの流動化、貿易障壁の緩和などを行った。
アメリカ
1980年に大統領となったロナルド・レーガンは、「ケインズ主義福祉国家」の解体に着手し、「小さな政府」をスローガンに、規制緩和の徹底、減税、予算削減、労働組合への攻撃など、新自由主義的な政策を大規模に行っていった。
広義の定義
新自由主義の意味は、時代により変遷し、異なったグループや異なった概念を意味するようになったため、その定義は困難である。新自由主義の代表的な論者であるフリードリヒ・ハイエク、ミルトン・フリードマン、デヴィッド・ハーヴェイ、ノーム・チョムスキーなどによる説明の間でも、新自由主義の意味に合意は見られないため、偏見や曖昧さの無い新自由主義の定義の作成は困難である。
新自由主義の意味に関する第一の問題は、新自由主義との用語の元となった自由主義(リベラリズム)自体が定義困難という事である。第二の問題は、新自由主義の意味が純粋に理論的な思想から、実際的で実践的な意味に変化した事である。1970年代以降は新自由主義の受容が進展し、新自由主義的な改革を約束する新自由主義的な政府が世界中に公然と登場したが、しかし政府は状況に応じ常に約束した改革を実行したのではなかった。つまり大多数の新自由主義は、常にイデオロギー的に新自由主義的とは限らない。
古典的新自由主義
初期の自由主義が古典的自由主義と呼ばれるように、初期の新自由主義は古典的新自由主義(クラシカル・ネオリベラリズム)とも呼ばれ、ハイエクやミーゼスなどを含む戦間期のオーストリアの経済学者を中心として作成された。彼らは、社会主義政府とファシズム政府の両方によってヨーロッパで自由主義が衰退して行く状況を懸念して自由を再構築する試みを開始し、新自由主義の基礎となった。
新自由主義の中心概念は法の支配であった。ハイエクは、強制が最小となった場合に自由が最大となると信じた。ハイエクは自由な社会でも強制の完全な廃止は不可能と信じていたが、強制を望むかどうかの判断は個人に許される必要があると論じた。彼はその実態は法で、その使用は法の支配であるとした。この考えを実現する重要な仕組みには権力分立などが含まれ、この概念が立法者から短期的な目標追求を分離し、また多数派による絶対権力を防止する事で、法に実効性を持たると考えた。そして立憲主義の概念により立法者も成立した法によって法的に束縛される。
また古典的新自由主義は伝統を尊重し、進歩には実用主義的なアプローチを使用し、保守的な運動を指向した。著名な例には、チリのアウグスト・ピノチェト、イギリスのマーガレット・サッチャー、アメリカ合衆国のロナルド・レーガンなどがある。
1980年代には、新自由主義的な目的の実践的な宣言であるワシントン・コンセンサスが成文化された。
経済的新自由主義
経済的新自由主義(エコノミック・ネオリベラリズム)は新自由主義の重要な形態で、古典的自由主義と経済自由主義の歴史的な断絶の間から現れた。ある体系が新自由主義的と呼ばれる場合、通常はこの意味である。経済的新自由主義は多くの点で古典的新自由主義とは異なる。
フリードマンは、新自由主義は結果主義的なリバタリアンでもあると論じた。それはイデオロギー的な理由からではなく、実利的な展開の結果として、経済における政府の干渉の最小化を採用するからである。経済的新自由主義の中核は、新自由主義的経済(ネオリベラル・エコノミー)のイデオロギーを証明する多様な理論である。
新自由主義の理論によれば、ジニ係数が上昇したとしても、自由競争と国際貿易によって貧困層も含む全体の「所得が底上げされる」と考えられていた(トリクルダウン理論)。
哲学的新自由主義
経済的新自由主義は経済原則に重点を置くが、少数だが経済政策以外にも触れている。経済的新自由主義の最も急進的な種類の1つでは、健康、教育、エネルギーなどの分野に新しい市場を作る事により、自由市場の技法を商業や経営の外部にも適用することを提唱している。この視点では論理的帰結として重要な自由とは市場の自由のみであり、新自由主義はより哲学的な方向性を持ち、単なる経済理論から宗教や文化に近づく。
Paul Treanorの説明では以下である。「我々は何故此処にいるのか、私は何をすべきか」といったステレオタイプな論理的設問に対して、新自由主義者は「我々は市場にいる、競争すべきである」と回答する。新自由主義者は人類は市場に存在し他の道は無いと考える傾向があり、市場での実践が善であり、市場に参加しなければいずれは失敗すると確信している。個人的な倫理観でも、一般的な新自由主義的な視点では全ての人類は自分自身を管理する起業者で、そう行動すべきとする。個人は起業家と同様に将来を含めた自己のステータスを最大化するために友人、趣味、スポーツ、配偶者などを選択するという長所の倫理である。この姿勢は初期の自由主義には見られないが、市場原理を人生の非経済的領域に拡大したものであり、新自由主義の特徴的な点である。
グローバリズム
詳細は「グローバリズム」を参照
1989年、国際通貨基金は経済危機への対応としてワシントン・コンセンサスなどの見解を支持し、発展途上国における国際企業のリスクを減らす活動を行った。
これらを批判する立場からは、これらの政策は「新自由主義」や「新植民地主義」と呼ばれている。その主張では、国際的な金融やビジネスでは、低開発国では現実には制度や権利のレベルも低い事が大きなリスクとなり、発展途上国は通常は先進国と比較して国際市場へアクセスできる特権が少なく、国際金融は地元の企業よりも国内の多国籍企業など海外企業に投資し易くいため、国際企業は競争上の不公正な優位を得ている。また投機的な資本の流入は景気の過熱や後退に応じて経済の不安定化や経済危機を発生させる。
David Harveyは2001年のアルゼンチンの例を挙げて、地域の指導者は彼らの利益のために貧困者の負担で新自由主義的な改革を実行する一方で、他方では「邪悪な帝国主義者」を批判している、と述べた。
議論
新自由主義に関しては、その用語の定義や範囲を含め、多くの論争的な議論が存在している。
肯定論
• 八代尚宏は著書『新自由主義の復権 日本経済はなぜ停滞しているのか』で以下を記した。新自由主義(ネオリベラリズム)は、1970年代にケインズ政策の批判の主体となり、主要な思想家にはハイエク、フリードマン、ベッカーなどが挙げられる。日本における「反市場主義」の思想は、「賢人政治」の思想と、伝統的な「共同体重視」の思想がある。「本来の新自由主義の思想」は、市場競争を重視した資源配分、効率的な所得再配分政策、公平な社会保険制度などである。アダム・スミスは重商主義を非難したが政府の役割を否定しておらず、世界金融危機などは政府の失敗も大きい。
• エコノミストの山田久は「新自由主義は世界に所得の不平等をもたらしたとして批判を受けている。しかし『富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しく』という状況が生まれたのは、新自由主義そのものの構造的欠陥というよりも、世界経済の構図の変化による結果なのである。むしろ、それ以前の経済システムにおける反市場主義的な思想を後退させ、市場原理尊重の考え方を『常識化』して、世界経済の成長力を取り戻したという歴史的意義があったというべきである」と指摘している。
批判
• デヴィッド・ハーヴェイは著書『ネオリベラリズムとは何か』で、ネオリベラリズムとはグローバル化する新自由主義であり、国際格差や階級格差を激化させ、世界システムを危機に陥れようとしていると批判した。また著書『新自由主義:その歴史的展開と現在』で、新自由主義は世界を支配し再編しようとしていると記した。
• 宇沢弘文は「新自由主義は、企業の自由が最大限に保証されてはじめて、個人の能力が最大限に発揮され、さまざまな生産要素が効率的に利用できるという一種の信念に基づいており、そのためにすべての資源、生産要素を私有化し、すべてのものを市場を通じて取り引きするような制度をつくるという考え方である。新自由主義は、水や大気、教育や医療、公共的交通機関といった分野については、新しく市場をつくって、自由市場・自由貿易を追求していくものであり、社会的共通資本を根本から否定するものである」と指摘している。
• 中谷巌は「新自由主義が、市場で『値段がつかないもの』の価値をゼロと見なしている。これこそが21世紀における人類社会に最大の困難をもたらした原因である」と指摘している。
• 中野剛志は日本で1990年代から流行した新自由主義に対しては違和感を覚えており、その理由として日本型経営が急に批判対象となったことや、人間は歴史的に形成されたルールに強く拘束されていることを挙げている。
1. 個人とは共同体の一員で、歴史・伝統・慣習に束縛された存在であり、そのような人々が活動して初めて安定的な市場秩序が成立すること
2. 人間関係・歴史・伝統・共同体から切り離された個人は全体主義的なリーダーに集まり、国家の言いなりになること
3. 共同体・文化を破壊したり、強引に作り替えようとすると必ず全体主義に辿りつく
というハイエクによる指摘に特にショックを受けたと述べている。日本型経営も歴史や文化の流れで少しずつ形成されたものであり、ハイエクも日本型経営こそが自生的な秩序(スポンテニアス・オーダー)であり、真の個人主義の基礎であると言ったに違いないとしている。日本の新自由主義者たちはそれを破壊することを明言しており、ハイエクに言わせれば彼らは偽りの自由主義者であり、全体主義者であるとし、小泉政権時の政治は見事に全体主義であったと述べている。
その他
• 中谷巌は「グローバリズム、新自由主義は、大航海時代以来続いてきた『西洋による非西洋世界の征服』という大きな歴史の流れの中で理解する必要がある。新自由主義の本質とは『グローバル資本が自由に国境を超えて移動できる金融資本主義を完成させようという思想』である。新自由主義の理論は市場経済を簡潔に説明することはできるが、社会・伝統・文化に与える影響については、誰も理論化できていない」と指摘している。
• 増田壽男らは共著「現代経済と経済学(新版)」で、「サッチャーやレーガンによって主張されるようになった新保守主義・新自由主義の考え方は、その根底に1960年代に主流であったケインズ政策に対する批判がある」とし、1970年代のスタグフレーションと経済政策破綻をいかに解決するかという中から生まれた市場原理主義とした。新自由主義は雇用面ではケインズ主義の「硬直性」を排除し、福祉国家を解体する。また1982年の日本の中曽根政権も新自由主義、新保守主義の思想潮流の一翼を担った。新自由主義・新保守主義は、ケインズ経済学であるインフレをマネタリストの立場で貨幣供給のコントロールにより克服しようとした点では一面の真理があったが、スタグフレーションは克服できず、多国籍企業によるグローバリゼーションと「カジノ経済」をもたらし、世界経済は新しい危機に見舞われる事になった、とした。
• 森元孝は著書『フリードリヒ・フォン・ハイエクのウィーン - ネオ・リベラリズムの構想とその時代』で 、第二次世界大戦後に出現した「新自由主義」というコンセプトは、現在アメリカや日本で「ネオ・リベラリズム」と呼ばれているものとは相違がはなはなしい、と記した。第二次世界大戦後の復興期に現れてくる新自由主義者には、古自由主義は弱肉強食の競争を生むものの、次段階でトラスト、経済と政治の融合、経済の腐敗を生み、最終的にナチズムのような専制独裁を許したという共通した考え方があり、こうした古い自由主義から決別するという信念があるとした。アレキサンダー・リュストウはフリードリヒ・ハイエクの立場を古自由主義と呼び批判し、文化理論を経済政策に結びつけようとした。またオイケンは秩序ある自由主義、古自由主義の刷新という意味で新自由主義と称したが、競争の抑制という点では社会民主主義との区別は困難である。ハイエクは経済と市場を区別し、いわば経済の諸秩序の外に市場があり、個別経済は市場を通じて相互調整していき、そこには固有のルールが存在していると考えた。


         1 どうやら問題が……

皆さんに平成の勝海舟(勝麟太郎)とも値する師匠・大前研一氏の天才や今までの偉業や天才、歴史的存在意味を明らかにしていくための文献がこの書です。
ちなみに参考文献は『悪魔のサイクル 日本人のよりかかり的思考』大前研一著作新潮文庫等から引用しています。「文章が似ている」=「盗作」ではありません。盗作ではなくあくまで引用です。
 大前研一氏が初めて本を書いてその処女作『悪魔のサイクル 日本人のよりかかり的思考』大前研一著作新潮文庫を刊行なさったのは一九七三年(昭和四十八年)だそうです。
ちなみに私緑川鷲羽が米沢市で生まれたのは一九七○年(昭和四十五年)ですから、私が三歳の赤ん坊の頃に、先生はいわば世界のひのき舞台にデビューなされた訳です。
確かにそれほどのキャリアがあればこその大前研一先生の叡智であるわけです。
大前研一先生が「平成の勝海舟」であるなら私緑川鷲羽は「平成の坂本竜馬」にならねばならない。最近はそういうことばかり考え、先生が、この日本国を憂うのと同じく、緑川も憂いている訳です。まあ「出藍の誉れ」は無理でしょう(笑)。
 さて、先生の作品のなかから処女作『悪魔のサイクル』を参考文献のダイナモとして、また基盤としてこの『大前研一艸風伝』の話を展開していきたい。
 大前先生が処女作『悪魔のサイクル』を書いたのは米国留学(MIT工科大学院)から帰ってきたばかりの二十七、八歳の頃であるという。当時先生は日立製作所で原子炉の設計の仕事をしていたそうです。仕事は魅力的なおもしろいものであったそうだが、頼りない原子力行政の狭間で、予算がつくのか、研究をしても電力会社がかってくれるのか、等で大きく揺れていたのだという。その原子力研究の経験が『2011年3月11日の福島第一原発事故』の復旧案の政府への献策になった。大前先生は<マサチューセッツ工科大学でのびのびと勉強し、三年間も日本から離れて生活してきた直後であっただけに日本の行政、教育、会社などがとても窮屈に感じられ、言いたいことが山のように噴き出していた。このなまいき盛りの頃に会社の寮や社宅に住みながら日記として記録していたものが本書の原文である。私は高校生の頃から神とか、社会というものについて、ずっと感じたことを記録していたのだが、大学生の頃になると段々とそれに恋愛感情的なものが混ざるようになり、他人には見せられないものになってしまった。そのために書いたものは全て留学直前に捨ててしまい、また留学中はスケッチや詩などを中心として日記はやめてしまった。しかし、日本に帰ってきてからはこのような物を書き留めておくという習慣が復活し、日立の技術者としての生活をしながらも、この本にあるようなことを考えたり、記録したりということを続けたのである。(中略)そのうちに心理学者で高校の同級生でもある大井晴策君と話して「出版してみないか?」となった。(中略)その後二十九歳でマッキンゼーに入社し、今日までの経営コンサルタントの仕事をしている訳である。その間、組織、戦略などの仕事をすることによって学んだことを『企業参謀』など、経営学の本としてたくさん上梓(じょうし)してきた。中でも『ストラテジック・マインド』や『トライアド・パワー』は英語で執筆し、今日では十数か国語に訳されて世界中で読まれるようになった。こうして私も経営書の作者として世間で知られるようになった。>(『悪魔のサイクル』大前研一著作新潮文庫 文庫版の発行にあたって 3~5ページ)
 その大前研一先生は世界的経営コンサルタント会社「マッキンゼー」を退社後、「平成維新の会」を立ち上げて市民運動家として活躍するがこれは失敗(大前氏はJ・アタリ氏との対談にて「僕は市民運動家としては不適合な人物です。いわゆる「裏方」で、テレビも本当は苦手なんです」とホンネを吐露してらっしゃる)、現在は作家兼通信制経済大学BBT(ビジネス・ブレイク・スルー)の校長としてご活躍だ。
また先生は英語でのコミュニケーションの重要性は確実に理解しており、<私の著作は英語訳の物も多いが、英語での世界的な他国への浸透度は日本語や韓国語とは比べ物にならない。『ストラテジック・マインド』『企業参謀(英語版)』を世界的に発刊したら、今まで、講演にも訪れてこなかったインドネシアやベトナムやサウジアラビアやポルトガル等から講演の催促があった。日程の都合上お断りしたがやはり英語の力は物凄いものである。>(『世界の見方・考え方』大前研一著作・講談社)とある。いやはや先生は『世界の器』であらせられますか。いやいやこれでは緑川鷲羽などおちょこの如き存在(笑)ですなあ。
 最近は、大前研一氏の小学館月刊誌SAPIO(サピオ)での連載が、「大前氏の天才が見られるツール(道具)」の一部のようになっている。勿論インターネットでも先生の論文が見られる。
そういう文章を見ると「このひとはやはりスゴイ」と圧倒させられる。テレビの政治・経済番組でもっともらしくコメンテーターと称して発言する連中など勝てる相手ではない。
 三人寄れば文殊の知恵というが、下手な、「なんとか総研」のエコノミスト等五人でも十人でも、ひとりの大前研一先生には勝てないであろう。まさに天才的人物なのである。
<今日のように日本人が「醜い(アグリー)日本人」と陰口をたたかれる以前は、よく「不可解(インクルータブル)な日本人」という言葉を耳にした。「不可解」から「醜い」までずい分と隔たりがあるような気がしないでもないが、考えてみると国際化の波にもまれて、「不可解」の皮が一枚ずつはぎ取られてみると実は「醜かった」ということなのかもしれない。背筋の寒くなるような話である。>(『悪魔のサイクル』大前研一著新潮社7ページ)
大前研一氏は現在70代、私の両親と同年代(ということは団塊の世代)である。
 ということは団塊の世代のアグリーなほどの『安保闘争』『日本の高度経済成長』『米ソ冷戦』『三島由紀夫自決事件』『あさま山荘事件』などをその目で見て体感した世代である。大前先生が、ゲバ棒もってヘルメットをかぶって「安保反対!」とデモをしていたとは想像もつかない。事実、大前氏は大学在学中(東京工業大学)に安保闘争等で学校の授業が停止してしまい、しかたなく、米国のMIT工科大学に留学するのである。
 大前先生は「私がアメリカに留学していなければ、現在のような政権批判などしてなかったであろう。多分、大学の「名物教授」くらいにはなっていたろう。が、政府や官僚の批判などせず、ただただ頭を低くして行政機関から仕事や予算をもらうだけだったろう」
と回顧する。なるほどそうかも知れない。大学の教授にしろ、「なんとか総研」のチーフ・エコノミストにしろ、予算や仕事の受注のためには官僚や政治家の悪口や批判などしていたらおまんまの食い上げ、である。まあ、わかりやすく考えれば大前先生は日本という藩から「脱藩」したようなものだ。大前先生が平成の勝海舟なら留学したのは「勝海舟が咸臨丸で米国にいった」ようなものだ。私緑川鷲羽が平成の坂本竜馬なら、米沢NECのプログラマを辞めて、フリーランスのジャーナリストとして二十代で業界に飛び込んだ「脱藩」に似ている。社畜時代やノマド・ワーカーには絶対に理解できない心境である。
 大前研一氏は日立製作所でくすぶっていたとき、日本の行政・立法府・政府・外交・経済などに疑問をもったというがそれも「神のみえざる手」ではなかったのではなかろうか。
私緑川鷲羽は、神などいない、と思っている程度の『無神論者』だが、少なくとも「神の見えざる手」くらいの運命くらいはあるだろうとは思っている。
そして祖国・日本の問題点を悶々と考えるうちに天才が開花したのではないだろうか?
そんな気がする。
そしてそういう天才だからこそ、世界的な経済紙が「世界の影響のある100人」の中に、数少ない日本人としてリストアップされるに至るのである。
 ちなみに大前研一先生の人脈はほんとうに幅広い。故・松下幸之助氏、故・本田宗一郎氏、故・盛田昭夫氏、稲森和夫氏、石原慎太郎氏、橋下徹氏、孫正義氏、安倍晋三氏、小泉純一郎氏、マハティール・モハマド氏、リー・クアンユー氏、故・マーガレット・サッチャー氏………と驚くほど広い。しかも、松下政経塾のアイデアは大前先生による献策であったというからさすがである。マハティール時代のマレーシアの「国の経営コンサルタント」までこなし現在はBBTで後進の育成にあたられている。
 そこには人間としての一本の芯があるが如し、である。
<「目からうろこが落ちました」と言う人が多いが、何もやらない人が大半だと思う。うろこが落ちただけでは不十分だ。スケジュールを作り、アクションを起こし、その効果が出てきたかどうかを評価する。個人がコントロールできる唯一のものは時間配分だ。その時間配分を変えない限り、人生は変わらない。30代の頃、松下幸之助さんと同じだけ生きたとすると、あと何回夕飯が食べられるのかと計算したら、1万8000食という答えが出たんです。有限だと思い知ったその時から、いいかげんに夕飯を食べないようになりました。>(「日経ビジネスアソシエ」(2010年12月21日))
 ちなみにこの書『大前研一艸風伝』の艸とは「そう」と読み『草』の意味であり『艸風伝』と書いて「そうふうでん」と読む。つまり、大前研一氏の草原にふくおおきく影響力のある風の如くの伝記、な訳である。昔、大前研一氏をCIAのエージェント、スパイ、ユダヤ人の手先………等といって騒いでいた阿呆がいたがそんな輩と一緒にされたくない。
大前氏の言動は正しいし、間違っていない。私から見れば『正義のひと』である。
     <戦われなかった決闘
「みんなの期待に背けぬ」という張りつめた気分も手伝ってか、私は並みのアメリカ人学生より遥かに堅物だったと思う。あいにくルームメイトのアルバートは、万事が私とは対照的な人物だった。アルバートは平日、週末を問わずに近くの女子大生のガールフレンドを私たちの部屋に連れ込んでは、夕方から夜にかけて遊ぶのであった。椅子にかけて話し合うというのではない。第一、そんな上品なものではなかった。上半身丸裸。女とベットに寝そべって愉(たの)しそうに社会心理学の話に耽っている。私はどうしていいかわからないから、つい本とノートを持って図書館に出かける。憤懣(ふんまん)やるかたない思いで真夜中の零時ごろ、テクテク帰室する。内側からカギがかかる日もあった。(中略)ある日、思い切って詰問してみた。
「アル。きみがそのように部屋を使うのはいっこうに差し支えないが、それにしてもほどほどにしてくれないか」
「僕も彼女も、君がこの部屋にいたってちっとも気にしないよ。どうぞ自分の机で勉強してくれたまえ」
 アルは平然と言ったものだ。(中略)夜更けに帰室してみたが、まだドアが開かないのだ(数か月後のこと)。血が頭に一挙に駆け上がった。私はドアを乱打した。
「ジャスト・ア・モーメント………」
 ドア越しにバタバタ走り回る足音がした。さらに激しくノックした。
「アイ・セッド・ジャスト・ア・モーメント!」
 威嚇的なアルの声が怒鳴った。怒りが背筋を走り、頭のてっぺんを突き抜けた。私は拳を水平に突出し、厚さ一センチのドアを打ち砕いた。
 思えば長い間使っていなかった。中学時代から訓練を積んだおかげか、これくらいの板などわけもなかったのである。しかし、次に見た光景とその後に続く事件は、生涯忘れられない思い出になった。
 男はパンツに靴下ばき。女はシーツに身をくるみ、ベットで震えていた。アルは必死にドアの前に立ちはだかった。その目は瞋恚(しんい)の炎に燃えていた。(中略)
「決闘しよう!」
「オーケー、今すぐやろうぜ」
「いや、今は女がいるからまずい」
(しかし、アルは決闘場所に指定した時刻に来なかった)(中略)
事件の二日後、私は学生係のスピアー教授に呼び出された。アルバートが駆け込み訴えをやったのだ。
「図書館であまりに長いこと寝暮らしていたもので、ついカーッとなって………」
(中略)
「今回の件は、多分クラス(身分階層)の違いから起きたんじゃないかな」
「アメリカにクラスがないように、日本にだって今時そんなものは存在しませんよ」
(中略)
「日本人の持つつつましさというものがアメリカ人には欠けている。しかしなあ、ケン。きみもきみだよ。閉めだしを食ってよくもまあ我慢していたもんだ。なぜもっと早いうちに相手に不満をブチまけなかったのかね。もっとも、そんな態度が、日本人らしいのかも知れないがね。伝統あるきみの国の人間なら、喋らなくても通ずる何か(以心伝心)があるかもしれん。しかしだ、アルが育ったようなアメリカ人の階層では、それは通用せんのだよ」
「伝統?」
と、問いかけて私は口をつぐんでしまった。二百年と二千年との相違という、単純な年代数からではない。民族的異文化の異質面を、教授は指して言っているのだろう、と直感したからである。「郷に入れば郷に従え」という。もとより百も承知の上だった。(中略)日本人的な「以心伝心」は「仲間同士」や「身内のもの」との会話において顕著に表れる。また「言わずもがな」だの「一言多い」だのという場合もある。そんな「以心伝心」は日本人たちでしか通用しないのだと思い知った。>(『悪魔のサイクル』大前研一著作30~35ページ新潮文庫)
 また20年くらい前の話だそうだが、大前研一先生が松下電器産業(現・パナソニック)の松下幸之助さんと昵懇(じっこん)な仲であるとき、米国のハーバード大学に講演に行った。後で学生をつかまえて「松下幸之助さんを知っていますか?」と訊くが、答えられない。たまに「ええ、知っていますよ」という学生がいるがそのあとに「ソニーのひとでしょう?」という。これはいかん、と思って米国に日本学や日本の会社の学問所をつくり、松下政経塾も幸之助さんの私費で、(大前研一先生献策の元)創設されるのに至るので、ある。松下政経塾は幕末の吉田松陰の松下村塾みたいなものだ。大前氏のBBTもそうだが、これは松下村塾というよりは「幕府の海軍操練所」の類であろう。
「日本維新の会・大阪維新の会」は奇兵隊、橋下徹氏は高杉晋作というところか。

大前研一氏の回想にこんな場面がある。大前研一氏は若き日、MIT(マサチューセッツ工科)大学の学生の頃、講義中に先生に質問され、「わかりません。後で図書館で調べときます」と大前研一学生は答えたら怒られた。「馬鹿者!他人の意見を訊いているんじゃないんだ!君がここの教室で自分の頭で考えなくてどうするんだ?!」チョークを投げられ罵倒された。それ以来、大前研一氏は自分の頭で考えることを始める。実はこれは苦しい。
 他人の論文や文章や主張をそのまま無批判に口にしたり、文章にするほうが楽だからだ。
大前研一氏はこの頃(つまり昭和四十年代)にはつまり私緑川鷲羽など生まれる遥かに前から「考える人」(笑)であった訳だ。どうりで70代になったといえその主張はブレずに、「アジアのドラッガー」と言われるに至る訳だ。天才的な活動はわからんが、大前氏が執筆や論文や教育といった「裏方」で、世界のひのき舞台に出てのテレビでの『公の世直し』が苦手なら、一番弟子の私が大前先生の手、足、にならねばならない。
現在、多くの日本人は自分の頭で考えるのをやめてしまった。そのかわりにパソコンやスマホで「検索」して、薄っぺらい情報を得て満足している。
大前氏は大学でのアルとのことを「黙っていても通じるだろう」という過分な期待が私には無意識に動いていた、と思う、という。
自分のことはさておいても、先に手を出すのは日本人。大人しく礼儀正しいはずなのに突然怒り出したり、無礼におよぶ例はつとに有名。七十年前の真珠湾攻撃に始まる日米開戦は、その典型例だと言ったら、叱られるだろうか。
(「悪魔のサイクル」大前研一氏著作新潮文庫38ページ)


大前研一艸風伝<船中八策>平成の坂本竜馬による師匠・大前氏(平成の勝海舟)評伝3

2014年05月23日 05時18分32秒 | 日記




道州制を導入することには賛否がある。
肯定論
• 都府県合併による地方公務員の削減および国から都道府県への権限委譲による国家公務員の削減。
• 都府県合併による地方議会議員の削減。
• 都府県単位より大きな資本の選択と集中が可能。地域の実情に応じた政策・事業が実行できる。
• 広範囲な交通網の整備が、広い視野の観点で実施できる。このため、不要な空港の濫立といった浪費を節約できる(大前研一などが主張している)。
• 自然環境や治山治水に関する事業は、県よりも広い広域自治体を設置した方が処理しやすい(奥野誠亮などが主張している)。
• 東京一極集中の抑制、過密化の抑制、過疎化の抑制、また二重行政の解消や国や県の出先機関の廃止・縮小が可能になる。(九州地方知事会などが主張している)
• 中央政治・行政が無能でも、地方政治・行政がしっかりしていれば、日本全体が衰退するような悪循環・連鎖を回避できる。
期待される効果
• 国から各道州へ様々な権限、的確な財源等を移管すれば、地域活性化、地方経済再生、現行より適切な競争原理による日本全体の経済の興隆の実現を期待できる。
• 小さな単位である市町村では実現の難しい政策を大きな単位である道州により、効率的かつ効果的に展開できる。
• 公務員数の大幅な削減に期待でき、行政をスリムにできる。
• 自然災害、戦争、テロなどで首都機能が停止した場合、道州が首都のバックアップとなれば、リスクマネジメントできる。
• 道州間で現行より適切な競争原理が働くようになり、それが行政や科学技術のイノベーションを産む原動力となる。また、それらの好影響が日本全体の経済に反映される。
否定論
• 京都大学教授の藤井聡は超人大陸にて、国債の発行に代わって地方債を発行するため信用力の低下に拍車がかかるという脅威を指摘している。これについては、三橋貴明も道州制でスペインはすでに失敗していると具体例を挙げて批判している。さらに藤井は、巨大地震など日本全体で対応しなければならないような大規模災害への対応能力の低下、日本全体で見ても数年に一度以下しかおこらないような頻度の少ない災害への対応能力の低下、道州境界を跨ぐ地点で想定外の災害が発生した場合の対応能力の低下、なども問題点にあげている。
• 都府県の廃止(合併)によって州を設置すると、州都とその周辺の声ばかりが重視され、合併で行政権を失った地域の声が軽視される。(加茂市長小池清彦らが主張している。)
• 東京大学教授の森田朗は強大な権限を持った道州知事が中央政府の意向に従わない可能性があることを危惧している。
• 財政の弱い自治体同士が合併しても、財政が強くなるわけではない。(富山県知事石井隆一は道州制施行後の税収問題を挙げ、2006年の全国知事会について北日本新聞のインタビューに「道州制は財政的にみると、自立性が高まるのは南関東など一部だけ。強いところはもっと強くなり、弱いところはさらに弱くなる。私は道州制が格差拡大につながることをはっきり言いたかった」と、道州制に否定的な姿勢を示した。)
• 道州議会所在地、道州庁所在地(県庁所在地)や政令指定都市にのみ人・金・有名店などが集中し、道州庁所在地・政令指定都市以外の市・町・村や離島の扱いが蔑ろになる(京都府知事は「その中(道内)で一極集中が進む」と発言している。)
• 「道州制」が導入されることになれば、日本全国に展開している大企業などは地域からの撤退をちらつかせつつ政治的発言力を強め、それによりかえって「官民癒着」の構造が強まるのではないかと一部労働組合は懸念を表明している。
• 国籍条項との整合性。現在では「公権力の行使または国家意思の形成への参画にたずさわる公務員となるためには、日本国籍が必要」(内閣法制局の見解)との理由から国家公務員の任用資格の一つとして日本国籍を必要とする(教育職など、一部例外を除く)。一方、「地方自治体は主に地域に関連した職務を執行する」との理由から、地方公務員に日本国籍を持たない外国人が任用されることも自治体の判断で可能である(ただし警察官など公権力を行使する地方公務員は除く)。地方に大幅に権限を委譲した場合、地方公務員が公権力を行使するケースが出てくる可能性がある。
• 「地方分権」のかけ声とは裏腹に、上からの道州制推進は中央集権的な体制の再編強化につながる恐れがある(下記「導入前提の議論や国主導の道州制論議への拒否感」を参照)。
• 結局は「はじめに補助金削減ありき」で、国の「お荷物」と化した赤字の地方自治体を体よく切り捨てるための単なる方便ではないか、という懸念も根強い。
導入前提の議論や国主導の道州制論議への拒否感
• 滋賀県知事嘉田由紀子は「行政区域が広過ぎるなど国民の反対が強い中で、拙速に推進の立場を取るのは時期尚早だ」と主張している。
• 福島県知事佐藤雄平は、2006年11月16日に当選後初めての知事記者会見で、単なる行政の簡素化や、福島の都市が州都にならないであろうことを含め、州都への一極集中による過疎過密への懸念を元に、道州制に否定的な姿勢を示しているが、それらの修正が担保されるのであれば、再考をありうると述べた。
• 鳥取県知事片山善博(当時)は、2006年の全国知事会で「規模の拡大は住民自治の否定に繋がる」と発言し、北海道特区も国からの権限委譲が十分でない点を挙げ「われわれが目指す道州制とは違う」と批判している。
• 兵庫県知事井戸敏三は、2006年の全国知事会で「国が権限を持ったまま道州制に移行すれば、国の出先機関になってしまう」と主張している。
• 福井県知事西川一誠は「(道州制の)導入を前提にした議論を行うべきではない」と発言している。
• 三重県知事野呂昭彦は「道州制の導入は今の段階では時期尚早であり、慎重に議論を進めるべき。」と発言。理由として(1)道州制の議論以前に、国の目指すべき姿の議論が必要(2)国と地方の役割分担から地方政府のあり方へ議論を進化させるべき(3)地域の視点、住民の視点で考えることが大切。の三点を挙げた。また、「少なくとも三重県では、道州制を住民に説明できる理由やメリットは出てきていない」とも発言した。
導入の際の問題点
複数の都道府県を合わせた区域に道州制を導入する際には、都道府県を廃止して道州を設置する方法をとるか、既存の都道府県の上に道州を設置する方法をとるかで、移行方法に注意せねばならない問題点が挙げられている。全国で同時に移行するのが望ましいが、北海道と沖縄県は一の道県で、道州とすることも考えられるので、先行して移行することもありうる。外の地域でも国との合意が得られれば先行できるよう答申されている。移行には以下の問題点が挙げられている。
都道府県の廃止
もしも都道府県を廃止して道州を設置する場合には、社会経済上(都道府県の区域単位での新聞や放送局、警察や気象台の区分、プロ野球などの区域や名称なども含む)の問題や、国民体育大会やインターハイのような都道府県持ち回りで行われるイベントや全国高等学校野球選手権大会のように各都道府県ごとの出場枠が決められていたイベントの改変の問題、一世紀を越える都道府県への愛着や誇りなどといった土地観や感情の問題などから、都道府県の廃止に国民の理解が得られるかを疑問視する声もある。
しかし、日本の道州制論議は、市町村合併の延長線上の発想で、道州の設置方法も、都道府県の廃止を前提に論議されることが多い。具体的な動きとしても、第28次地方制度調査会の答申は道州と市町村の2層と答申され、市町村合併が進んだ地方でも積極的な調査や研究が行われている。このため、移行後の旧都道府県の区域を現在の郡と同じような形で、一定の位置づけを与えることも考えられる。
名称
道州を設置する際に、方角(東西南北中)を付けた名称を極力避けて、雅称を用いるべきだという意見がある。これは、「東北州」の名称が方角だけであり、さらに「北東北州」や「南東北州」という名称提案がでるに及んで、安易なネーミングを避けるよう婉曲に促したものである。
単位の統一
地方自治法には、「都」「道」「府」「県」の定義がない。このため、道州制を導入する際には、「道」か「州」のどちらか一方に統一するか、「道」・「州」のそれぞれの定義を明確にすべきだという意見もある。例えば、片や北海道で片や東北州となると、「道」と「州」の違いが、具体的な行政区画の単位として異なるのか、それとも現在の都道府県のように名称が異なるだけなのか、が判らなくなる。
一方で、行政区画の単位の統一や道州の定義を必要としないと主張する者もいる。こちらは、地方ごとに歴史的由来、財政、経済状態、人口規模、人口密度等が異なることから、全国一律の行政区画の単位の導入は現実的ではないという考え方である(現行法の考え方のまま)。
九州では、「道」や「州」に代わる単位の名称として、「府」が提案されている。これは、九州に対東アジアへの外交拠点として大宰府が置かれた歴史を反映した物である。
現在、具体的な検討を行っている政府の地方制度調査会では、道または州を仮称とし、自民党の道州制調査会では、北海道を道州制移行後もそのまま「北海道」として、九州を「九州府」として、これら以外を全て「州」とする方針で、現時点では単位の統一には拘らないとしている。
求心力や一体性
地方制度調査会が提示した区域例では、関東地方は、特に南部が過密状態になっているため、南北分割が前提とされている。
地方制度調査会は、東京都を1つの道州として位置付ける場合、隣接する道州(9道州案の場合は「東京州(仮)」「南関東州(仮)」の2州、11道州案と13道州案の場合は「北関東州(仮)」「東京州(仮)」「南関東州(仮)」の3州となる)との広域連携を実施することで、一体性を維持しつつも一極集中を緩和すると述べている。しかし、東京都のみで1つの州にすると、神奈川県・埼玉県・千葉県が飛び地になってしまう。このために、東京都を分割して、区部(旧東京市)を以って「東京市」を復活させて、東京市で単独の州とする「東京特別市」の案も出されている。また、東京都を単体で扱う場合、近隣県の一部を東京州に編入させる考えもある。石原慎太郎東京都知事は、仮に東京都だけ分離するのなら、現在の東京都の面積では狭い旨の発言をしている。
京阪神の経済団体が提案する「関西州」の区割り案は、三重県と福井県、徳島県も含めている。
九州では、地方制度調査会が全島単独案と南北分割案の両方を例示したものの、「九州は7県で1つの道州(名称は「九州府」を予定)を構成する」というのが各県の統一認識となっている。
これは、
1. 経済の重心が北部に偏っている
2. 全島単独の方が一体性を醸成しやすい
3. 福岡県大牟田市と熊本県荒尾市・南関町など、県内他地域よりも県を跨いだ地域同士の方がより親密な地域があり、現行の県の区割りで無理やり二分しようとすると、こうした地域の一体性を却って失わせてしまう
などが理由となっている。
一方で、東北地方などの拠点都市の多い地方では、面積が小さい方が小回りが利くという観点から、道州の二分割を求める動きもある。
具体的な動きとして、東北地方では、青森県が「北東北州(仮)」の13道州案を支持している。
広義の北陸地方では、地方制度調査会と国土形成計画では意見が異なっており、2006年の地方公共団体、経済団体からの意見聴取結果では、富山県・石川県・福井県の自治体、経済団体、各県の商工会議所連合会のうち、富山県が3県と4県の両方を挙げたほかは、すべてが3県での枠組みを希望した。
弱小な州の濫立を防ぐために、2006年12月に成立した「道州制特区推進法」では、北海道と沖縄県を除いて「3県以上からなる地方ブロックの全県で構成」という規模基準が、具体的に記載されている。又ほかにも、道州同士の水平税率調整を行ったり、道州・市町村にも課税自主権を与えたりと、様々な対策法がある。
州都の位置
道州制を採用した場合、その域内のどこかの都市に州政府や議会が置かれることになる。この都市が「州都」である。州都をどこに置くかについては、その地域内のいくつかの都市で熾烈な誘致合戦がおこなわれることがありうる。当該地域内の最大都市は自らが州都となることが当然だとみなすのに対して、当該道州の他都市にとっては、最大都市への集中が進むことは自らの地域が衰退することにつながりうるからである。州都をどこにするのかという問題は、州の範囲をどうするかという議論に密接に関わってくる。
• 上述のように、州都の第一候補としてはその地域の最大都市が挙げられることが多い。しかし、地域の均衡ある発展のためには州都は必ずしもその域内の最大都市でなくてもよいという議論や、むしろまったく新しい都市を州都にするべきであるという議論、人口よりも地理的な中心性を重視するべきであるという議論もでている。
• アメリカ合衆国の場合、各州の州都は歴史的な事情によって定められているために、現時点における当該州の最大都市が州都とは限っていない。たとえば、アメリカ最大の都市であるニューヨーク市はそれが所在するニューヨーク州の州都ではなく、同州の州都は人口10万人足らずのオールバニ市である。カリフォルニア州の州都はロサンゼルス市でもサンフランシスコ市でもなく、それよりも遥かに規模の小さなサクラメント市である。
• 上記「11道州」案や「13道州」案における「北陸州」では、新潟県、富山県、石川県、福井県がその範囲として想定されているが、その場合の州都の候補としては石川県金沢市(人口約46万人、中核市)や新潟県新潟市(人口約81万人、政令指定都市)や富山県富山市(人口約42万人)が挙げられている。金沢が歴史的ないし地理的に北陸地方の中心都市であるという自負があるのに対して、新潟は金沢より人口規模が大きい上に北陸地方唯一の政令指定都市である。富山では4県の中心に近くなるが他の2市に比べて都市の規模が小さいという欠点もある。新潟では、もし北陸州の州都が金沢となるのであれば、新潟は北陸州から離脱して単独の「新潟州」という案も提唱されている。
• 「中国州」または「中国・四国州」の場合、州都の候補としてはまず、その域内の最大都市である広島県広島市(人口約111万人、政令指定都市)が挙げられる。しかし、この地域には広島以外の政令指定都市として岡山県岡山市(人口約71万人)が存在しており、岡山では、中国・四国両地方を一体としてとらえた場合の地理的・交通的な中心は岡山であり、「中国・四国州」の州都としては岡山が相応しい、とする案が提唱されている。また岡山と広島の間にある中核市である福山市(人口約46万人)案や山口県を除く中国4県構成ならこの4県の真ん中に近い中国山地の盆地にある三次市(人口約5万人)案、これに兵庫県を加えた5県なら津山市(人口約10万人)案の浮上の可能性もあり。
• 「近畿州(関西州)」の場合、その域内の最大都市は大阪府大阪市(人口約260万人、政令指定都市)であり、たとえば大阪市長橋下徹は「近畿州(関西州)」の州都は大阪市であることを大前提として道州制構想を語っている。しかし、この域内には大阪以外の政令指定都市として、京都府京都市(人口約147万人)、兵庫県神戸市(人口約154万人)、大阪府堺市(人口約84万人)が存在している上に、それぞれが独自の歴史性・文化性と経済圏を誇っている。それらの地域では、大阪が「近畿州(関西州)」の州都となることを大前提とする道州制そのものについての慎重論が根強い。その場合、「近畿州(関西州)」の州都は必ずしもその域内の最大都市でなくてもよいという議論や、むしろまったく新しい都市を州都にする(関西の場合、たとえば関西文化学術研究都市がその候補となる)べきであるという議論もでている。
• 東北地方の場合、上記「9道州」案と「11道州」案では青森県、岩手県、秋田県、山形県、宮城県、福島県を範囲とする「東北州」が考えられている。その場合の州都の第一候補としては、域内唯一の政令指定都市である宮城県仙台市が挙げられる。しかし、青森県、岩手県・秋田県では仙台一極集中が進むことを警戒し、むしろその3県だけの「北東北州」案を推すべきであるという議論がでている。また福島県が北関東州へ抜けた場合、岩手県盛岡市が州都候補へ浮上の可能性あり。
• 九州地方の場合、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県を併せてひとつの州とする考え方が提示されている。その場合、州都の第一候補となるのは、域内の最大都市であり、九州全体の産業の中心地である福岡県福岡市(人口約150万人、政令指定都市)である。しかし、福岡市は九州の中でも地理的に北部に偏っているところから、福岡市が州都になる場合は山口県を九州側に編入すべきという主張があり、熊本県熊本市(人口約74万人、政令指定都市)は、州都は地理的に九州の真ん中に近い熊本市とするべきだと主張している。
県の分割
県境を跨いだ市町村同士が、一方の自治体をA県から分離してB県に編入する場合がある。これにはA県の抵抗も当然予想される。長野県の旧山口村が岐阜県の中津川市に編入される際に、当時の長野県知事に反して県議会が独自に承認した例がある。
県の分割も考えられる地域としては、たとえば以下の地域がある。これは、地域の過去及び現状における、文化的、経済的交流の状況等を踏まえて道州制区割り案を微調整する観点で検討される可能性もある。
• 静岡県:富士市~富士宮市以東が南関東州(仮)に入って、静岡市以西が東海州(仮)に入るパターン。
• 福井県:嶺南地方(敦賀市以西)が近畿州(仮)に入って、嶺北地方が北陸州(仮)に入るパターン。
• 三重県:伊賀もしくは+東紀州地方が近畿州(仮)に入って、左記以外の地方が東海州(仮)に入るパターン。
• 和歌山県:東牟婁地方が東海州(仮)に入って、左記以外の地方が近畿州(仮)に入るパターン。(東紀州地方が東海州(仮)の場合)
飛地の可能性
対岸の飛地のような状況を呈している地域を抱えている場合、「全島単独」で一体性を醸成するか、対岸に割譲するかが問題になっている。具体的には、以下の2地域が考えられる。
• 徳島県沿岸部(徳島市とその周辺):四国州(仮)か近畿州(仮)か。四国に位置するが、四国島内の他の地域と比較して、近畿への傾斜が大きい。
• 山口県の防府市以西:中国州(仮)か九州府(仮)か。本州(中国地方)に位置するが、本州内の他の地域と比較して、九州への傾斜が大きい。この場合、防府市以西が九州の飛地になって、周南市以東が中国州(仮)に入るという案もある。
道州と県の関係
一般的に、統治階層の単位は、「町(区)・村<市・県(郡)<州(道)<国家」の順に広くなる。従って、都府県を存続させた上で道州制を施行すれば、日本における統治階層の単位は、「市町村<都府県<道州(府)<国家」の順に広くなる。
「地方主権」の手段としての道州制の発想では、市町村の連合自治体として県を設置して、県の連合自治体として道州を設置する、という「小から大へ」の考え方が目立つ。
広域行政体の規模を見ると、地方裁判所が都府県規模、高等裁判所が道州規模、最高裁判所が国家規模と見ることもできる。
したがって、自治の単位を見る際には、「どの規模の自治体に、どんな権限を持たせるか」という点が要点となる。道州が担う権限としては、交通網(港、空港、高速道路など)や治山治水というように、自然環境や産業基盤に関する権限が主に挙げられている。
一方で、都府県が担う権限としては、「市町村を補完する」ために小回りを利かせるという観点から、生活基盤に関する権限(例:保健所や高等学校の運営など)が主に挙げられている。
委譲される権限
州政府に委譲される権限については、現在の所、以下のような、現行の都道府県の廃止を前提として、国及び国の地方支分部局が担う事務の一部と、現行の都道府県庁が担う事務のうち市町村へ移行しないものとする、との論議がある。
なお、基本的に国の地方支分部局は州政府に統合され、地方支分部局職員は州政府職員に、また都道府県庁職員のうち、一部は市町村職員となる。実際に州へ移行する場合においては、国の出先機関を統合し、国の出先機関として仮の「州」を置いたうえで、都道府県と統合及び州知事の公選制が実施されるものとみられる。
州の事務のうち、国から委譲される以下のような権限について、地方側からの「委譲する項目が少な過ぎる」という意見と、中央省庁側からの「憲法や条約上の観点から委譲できない事務がある。」「委譲する項目が多過ぎる」といった意見が対立しており、意見が一致していないのが実状である。実際に、国の地方支分部局の廃止や削減に対して、中央省庁は零回答を出している。それ故に、道州制先行特区法案では、権限については、4~8項目のかなり限定的な委譲に留まる見通しになっている。
• 社会資本整備:国道の管理、地方道の管理(広域)、一級河川の管理、二級河川の管理(広域)、特定重要港湾の管理、第二種空港の管理、第三種空港の管理、砂防設備の管理、保安林の指定
• 環境:有害化学物質対策、大気汚染防止対策、水質汚濁防止対策、産業廃棄物処理対策、国定公園の管理、野生動物の保護と狩猟監視(希少・広域)
• 産業・経済:中小企業対策、地域産業対策、観光振興政策、農業振興政策、農地転用の許可、指定漁業の許可と漁業権免許
• 交通・通信:自動車運送や内航海運業等の許可、自動車登録検査、旅行業やホテル・旅館の登録
• 雇用・労働:職業紹介、職業訓練、労働相談、労働基準監督、安全衛生業務、雇用機会均等業務
• 安全・防災:危険物規制、大規模災害対策、広域防災計画の作成、武力攻撃事態等における避難指示等
• 福祉・健康:介護事業者の指定、重度障害者福祉施設の設置、高度医療、医療法人の設立認可、感染症対策
• 教育・文化:学校法人の認可、高校の設置認可、文化財の保護
• 市町村間の調整:市町村間の調整
(※上記のうち、太字の21項目が国から州政府へ委譲する権限)
財源
三位一体の改革で国との折衝の際に、全国知事会は、道州制を施行する際に、8兆円を自主財源として移譲し、9兆円の補助金を削減する案を出している。
しかし、それが実現した場合、道州の税収に格差が生じることが予想されている。「移譲財源による税収増額-補助金削減額」の差額について、石井隆一・富山県知事は、南関東(1都2県+山梨県)が5200億円増なのに対して、北陸4県は1500億円減、九州7県は4600億円減になるという試算を出している。
道州間の税収格差を是正する場合は、税収の多い道州から多めに国税を取って、それを税収の少ない道州に回すと同時に、使途を特定したいわゆる「紐付き」の補助金を、「紐抜き」の一般財源への転化が必要となる。これらを総称して「財政調整制度」と言い、財源の確保において重要な検討課題の一つとなっている。この財政調整制度については、1県で単独の道州に移行すると思われる沖縄を中心に要望が上がっている。
道州の税収格差を是正するための制度は、 徴収と配分を各道州の状況を見て国が主体となって行う「垂直型財政調整制度」と、全道州の協議を基にして道州が主体となって行う「水平型財政調整制度」の2種類があると想定される。
首都機能移転問題との関係
東京都区部を、ソウル特別市やベルリン特別市と同様に一市単独の州とするか否かという議論の中で、関連して浮上する問題が、首都機能移転問題である。東京都区部を外の地域と組み合わせて関東州(仮)や南関東州(仮)に入れたり、関東州(仮)や南関東州(仮)の州都を東京都区部に置くと、地方出身の議員を中心に、「東京一極集中の緩和」「地方への機能分散」などの観点から、国会や省庁などの中枢機能を外の地域へ遷すべきだという議論が再燃する可能性もある。

新自由主義(ウィキペディアより)
国際関係論上の「新自由主義」はについては「リベラリズム (国際関係論)#ネオリベラリズム」をご覧ください。
政治シリーズ記事からの派生
経済的自由主義

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表・話・編・歴
新自由主義(しんじゆうしゅぎ)とは、政治や経済の分野で「新しい自由主義」を意味する思想や概念。日本では以下の複数の用語の日本語訳として使われている。
• 「ニューリベラリズム」(英: New Liberalism)。初期の個人主義的で自由放任主義的な古典的自由主義に対して、より社会的公正を重視し、自由な個人や市場の実現のためには政府による介入も必要と考え、社会保障などを提唱する。
詳細は「社会自由主義」および「社会的市場経済」を参照
• 「ネオリベラリズム」(英: Neoliberalism)。1930年以降、社会的市場経済に対して個人の自由や市場原理を再評価し、政府による個人や市場への介入は最低限とすべきと提唱する。日本では、どちらかというとこの意味で用いられることが多い。
当記事ではネオリベラリズムの意味で記述する。

概要
新自由主義は、経済的自由主義、自由貿易、市場経済、民営化、規制緩和などを提唱し、現代社会の中では公的部門の比率を減少させ民間部門の役割を増大させる政治思想である。
新自由主義の用語は、古典的自由主義が衰退したヨーロッパで、自由主義の価値を推進するヨーロッパの自由主義学者によって、1930年代後半のヨーロッパで主張され始めた。その後、新自由主義の理論は多様な傾向を持ち、古典的自由主義よりも更にレッセフェールの理念を持ち、社会的市場経済とも呼ばれている政府が強力な規制や管理を行う市場経済を置き換える事を提唱した。新自由主義という用語は1960年代には使用頻度が減ったが、1970年代以降に意味を変化させて再登場した。現在では通常、主に立法上の市場改革に批判的な立場から、レッセフェール的な経済政策に対する呼称として使用されている。
用語
新自由主義(ネオリベラリズム)という用語は、1938年にドイツの学者Alexander Rüstow(en)とColloque Walter Lippmann(en)により作られた、その会議では新自由主義の概念を「価格決定のメカニズム、自由な企業、競争があり強く公平な国家体制の優先」と定義した。自由主義(リベラリズム)の中で「新自由主義」(ネオリベラリズム)と名付けた理由は、現代の経済政策が必要だからである。
新自由主義は一枚岩の理論ではなく、Freiburg学派(en)、オーストリア学派、シカゴ学派、Lippmann現実主義など、複数の異なった学問的アプローチにその発生が見られる。
1973年から1990年のアウグスト・ピノチェト支配下のチリ軍政の期間、反対派の学者はこの用語を使用したが、特定の理論を指したのではなく、チリで行われた政治的・経済的な改革に対して軽蔑語の意味を込めて使用した。
1990年代以降はこの用語は定義困難となり、思想、経済理論、開発理論、経済改革政策などを表現する複数の意味で使用され、経済を自由化する潮流を非難する意味での使用が拡大し、最初のネオリベラリストによる概念よりも更に初期のレッセフェール原理に近い市場原理主義も示唆している。このため、この用語の正確な意味や、特に近年の多数の種類の市場経済に対しての使用について、多くの議論が行われている。
Boas and Gans-Morse の著書によれば、この用語が使用されている最も一般的な意味は、「価格統制の廃止、資本市場の規制緩和、貿易障壁の縮小」などや、特に民営化と緊縮財政などの政府による経済への影響の削減などの経済改革政策である。この用語は複数の意味で使用されており、その例には、ワシントン・コンセンサスに反対する開発モデル、最小国家主義など政府の機能を削減する自由主義概念を非難するイデオロギー用語、更には新古典派経済学に密接に関連する学問的パラダイムなどがある。またこの用語は、民間部門へ権限委譲し経済の役割を増大させる公的政策への偏見として使われていると考えている人もいる。
日本で「新自由主義」という言葉は、大正時代の末期に上田貞次郎により用いられた。
歴史
初期
オーストリア学派


フリードリヒ・ハイエク.
詳細は「オーストリア学派」を参照
経済学のオーストリア学派は、経済現象の基礎を個人の意図的な行動に置く方法論的個人主義を提唱した。オーストリア学派の呼称は、カール・メンガーらが19世紀後半から20世紀のウィーンで活動した事から生まれた。オーストリア学派による経済理論への貢献には、主観的価値論(en)、価格理論における限界効用理論、経済計算論争の系統的論述などがある。
ウォルター・リップマン会議
1930年代に反自由主義の雰囲気が決定的となった中、1938年8月にパリで開催された国際会議のウォルター・リップマン会議には、Louis Rougier、ウォルター・リップマン、フリードリヒ・ハイエク、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス、Wilhelm Röpke、Alexander Rüstow などを含む多数の自由主義グループが参加した。リップマン、Rüstow、Rougierらはレッセフェールの古い自由主義は失敗したため新しい自由主義が必要と主張したが、ハイエクやミーゼスはレッセフェールの古い自由主義への非難には参加しなかった。しかし全参加者は新しい自由主義の研究プロジェクトの必要性に同意した。Rüstowの提案によりこのプロジェクトは「ネオリベラリズム」と呼ばれた。この会議から生まれたネオリベラリズムは主に、強い政府の規制と支配下にある市場経済に対する規制の無い自由とのRüstowの概念に沿っていた。それは反資本主義、反共産主義の第三の道への試みでもあった。このように初期のネオリベラリズムは、現在一般に認識されているような市場原理主義とはまったく異なった概念であった。
モンペルラン・ソサイエティー
詳細は「モンペルラン・ソサイエティー」を参照
1947年、フリードリヒ・ハイエクは新自由主義の理論や政策を広めるためにモンペルラン・ソサイエティーを設立し、Rüstowらもこれに参加した。ハイエクらは、古典的自由主義は概念的な欠陥により機能せず失敗したため、その診断と是正のために集中的な議論が必要と考えた。
第二次世界大戦後
シカゴ学派


ミルトン・フリードマン、2005年
詳細は「シカゴ学派 (経済)」、「新古典派経済学」、「マネタリズム」、および「リバタリアニズム」を参照
シカゴ学派は、シカゴ大学の教授陣を中心として生まれ、経済学の学術的なコミュニティでは新古典派経済学とも呼ばれている。この学派は政府による介入を批判し、中央銀行による通貨供給を例外として大半の市場に対する規制に反対する。この理論は1980年代までに、新古典派の価格理論や、リバタリアニズムに影響し、ケインズ主義を拒否しマネタリズムを支持した。
ドイツとオルド自由主義
詳細は「オルド自由主義」および「社会市場経済」を参照


ルートヴィヒ・エアハルト
新自由主義の概念はドイツで最初に構築された。1930-1940年代、ルートヴィヒ・エアハルトを中心とした新自由主義の経済学者達は新自由主義の概念を研究開発し、第二次世界大戦後の西ドイツに貢献した。エアハルトはモンペルラン・ソサイエティーのメンバーで他の新自由主義者と継続的に交流した。彼は自分自身を「ネオリベラル」と分類し、その分類を受け入れた。
1930年、フライブルク大学を中心としたフライブルク経済学派の思想はオルド自由主義とも呼ばれ、より穏健で実用主義的であった。ドイツの新自由主義者は、競争が経済的繁栄を生むという古典的自由主義的な観念を受容したが、レッセフェール的な国家政策は競争の自由への脅威となる独占やカルテルを生み、強者が弱者を破滅させ、競争を窒息させると論じた。彼らは良く開発された法的システムと有能な規制の創設を支持した。彼らはケインズ主義の全面的な適用には反対したが、経済的効率と同等に人道的・社会的な価値を置く意思により、福祉国家の拡充する理論となった。
Alfred Müller-Armack(en)は、この理念の平等主義的で人道主義的な傾向を強調するために「社会市場経済」という表現を新造した。Taylor C. Boas とJordan Gans-MorseによるとWalter Eucken(en)は「社会保障と社会的正義は我々の時代の重要な関心事だ」と述べた。
ラテンアメリカ
1960年代、ラテンアメリカの知識階層はオルド自由主義の理念に注目し、しばしばスペイン語の新自由主義(ネオリベラリスモ)との用語を学派名として使用した。彼らは特に社会的市場経済とドイツの「経済の奇跡」に影響を受け、自国への類似政策導入を模索した。1960年代のネオリベラリズムは、独占への傾向に反対して社会的不平等を緩和するために国家政策を使用する事を支持する、古典的自由主義よりも近代的な哲学を意味していた。
オーストラリア
1980年代以降、オーストラリアでは労働党と自由党の両党によって新自由主義的な経済政策が実施された。1983年から1996年のボブ・ホークおよびポール・キーティング政権は、経済的な自由化とミクロ経済的改革の政策を追求し、国営事業の民営化、要素市場の規制緩和、オーストラリア・ドルの流動化、貿易障壁の緩和などを行った。
アメリカ
1980年に大統領となったロナルド・レーガンは、「ケインズ主義福祉国家」の解体に着手し、「小さな政府」をスローガンに、規制緩和の徹底、減税、予算削減、労働組合への攻撃など、新自由主義的な政策を大規模に行っていった。
広義の定義
新自由主義の意味は、時代により変遷し、異なったグループや異なった概念を意味するようになったため、その定義は困難である。新自由主義の代表的な論者であるフリードリヒ・ハイエク、ミルトン・フリードマン、デヴィッド・ハーヴェイ、ノーム・チョムスキーなどによる説明の間でも、新自由主義の意味に合意は見られないため、偏見や曖昧さの無い新自由主義の定義の作成は困難である。
新自由主義の意味に関する第一の問題は、新自由主義との用語の元となった自由主義(リベラリズム)自体が定義困難という事である。第二の問題は、新自由主義の意味が純粋に理論的な思想から、実際的で実践的な意味に変化した事である。1970年代以降は新自由主義の受容が進展し、新自由主義的な改革を約束する新自由主義的な政府が世界中に公然と登場したが、しかし政府は状況に応じ常に約束した改革を実行したのではなかった。つまり大多数の新自由主義は、常にイデオロギー的に新自由主義的とは限らない。
古典的新自由主義
初期の自由主義が古典的自由主義と呼ばれるように、初期の新自由主義は古典的新自由主義(クラシカル・ネオリベラリズム)とも呼ばれ、ハイエクやミーゼスなどを含む戦間期のオーストリアの経済学者を中心として作成された。彼らは、社会主義政府とファシズム政府の両方によってヨーロッパで自由主義が衰退して行く状況を懸念して自由を再構築する試みを開始し、新自由主義の基礎となった。
新自由主義の中心概念は法の支配であった。ハイエクは、強制が最小となった場合に自由が最大となると信じた。ハイエクは自由な社会でも強制の完全な廃止は不可能と信じていたが、強制を望むかどうかの判断は個人に許される必要があると論じた。彼はその実態は法で、その使用は法の支配であるとした。この考えを実現する重要な仕組みには権力分立などが含まれ、この概念が立法者から短期的な目標追求を分離し、また多数派による絶対権力を防止する事で、法に実効性を持たると考えた。そして立憲主義の概念により立法者も成立した法によって法的に束縛される。
また古典的新自由主義は伝統を尊重し、進歩には実用主義的なアプローチを使用し、保守的な運動を指向した。著名な例には、チリのアウグスト・ピノチェト、イギリスのマーガレット・サッチャー、アメリカ合衆国のロナルド・レーガンなどがある。
1980年代には、新自由主義的な目的の実践的な宣言であるワシントン・コンセンサスが成文化された。
経済的新自由主義
経済的新自由主義(エコノミック・ネオリベラリズム)は新自由主義の重要な形態で、古典的自由主義と経済自由主義の歴史的な断絶の間から現れた。ある体系が新自由主義的と呼ばれる場合、通常はこの意味である。経済的新自由主義は多くの点で古典的新自由主義とは異なる。
フリードマンは、新自由主義は結果主義的なリバタリアンでもあると論じた。それはイデオロギー的な理由からではなく、実利的な展開の結果として、経済における政府の干渉の最小化を採用するからである。経済的新自由主義の中核は、新自由主義的経済(ネオリベラル・エコノミー)のイデオロギーを証明する多様な理論である。
新自由主義の理論によれば、ジニ係数が上昇したとしても、自由競争と国際貿易によって貧困層も含む全体の「所得が底上げされる」と考えられていた(トリクルダウン理論)。
哲学的新自由主義
経済的新自由主義は経済原則に重点を置くが、少数だが経済政策以外にも触れている。経済的新自由主義の最も急進的な種類の1つでは、健康、教育、エネルギーなどの分野に新しい市場を作る事により、自由市場の技法を商業や経営の外部にも適用することを提唱している。この視点では論理的帰結として重要な自由とは市場の自由のみであり、新自由主義はより哲学的な方向性を持ち、単なる経済理論から宗教や文化に近づく。
Paul Treanorの説明では以下である。「我々は何故此処にいるのか、私は何をすべきか」といったステレオタイプな論理的設問に対して、新自由主義者は「我々は市場にいる、競争すべきである」と回答する。新自由主義者は人類は市場に存在し他の道は無いと考える傾向があり、市場での実践が善であり、市場に参加しなければいずれは失敗すると確信している。個人的な倫理観でも、一般的な新自由主義的な視点では全ての人類は自分自身を管理する起業者で、そう行動すべきとする。個人は起業家と同様に将来を含めた自己のステータスを最大化するために友人、趣味、スポーツ、配偶者などを選択するという長所の倫理である。この姿勢は初期の自由主義には見られないが、市場原理を人生の非経済的領域に拡大したものであり、新自由主義の特徴的な点である。
グローバリズム
詳細は「グローバリズム」を参照
1989年、国際通貨基金は経済危機への対応としてワシントン・コンセンサスなどの見解を支持し、発展途上国における国際企業のリスクを減らす活動を行った。
これらを批判する立場からは、これらの政策は「新自由主義」や「新植民地主義」と呼ばれている。その主張では、国際的な金融やビジネスでは、低開発国では現実には制度や権利のレベルも低い事が大きなリスクとなり、発展途上国は通常は先進国と比較して国際市場へアクセスできる特権が少なく、国際金融は地元の企業よりも国内の多国籍企業など海外企業に投資し易くいため、国際企業は競争上の不公正な優位を得ている。また投機的な資本の流入は景気の過熱や後退に応じて経済の不安定化や経済危機を発生させる。
David Harveyは2001年のアルゼンチンの例を挙げて、地域の指導者は彼らの利益のために貧困者の負担で新自由主義的な改革を実行する一方で、他方では「邪悪な帝国主義者」を批判している、と述べた。
議論

<移民政策「年間20万人」の前に少子化対策を!長野県南部下郷村にモデルケースあり大前移民政策

2014年05月22日 16時07分51秒 | 日記



<行政のスリム化で予算捻出、子育て世帯に格安住宅を提供する長野県下郷村 <増税してばら撒き公共事業、育休3年は大失策!安倍政権は出生率1・86の「奇跡の村」に学べ>>Ⓒ岸川貴文氏(ジャーナリスト)
移民受け入れの必要性と深く関係するのが少子化対策の成否だが、安倍政権はむしろ対策を後退させている。長野県南部に位置する人口約4000人の下郷村。91年に人口減少が底を打って出生率は高水準を維持し、人口構造では60代と50代の次に10代が多い。少子化を食い止めた「奇跡の村」と呼ばれる。下郷村は人口10万人の飯田市から車で30分。92年に就任した伊藤喜平村長によって大胆な少子化対策が進められた。中でも目玉となったのが97年から建設が始まった村営の「若者定住促進住宅」だ。「子供がいる/結婚の予定がある」などの入居条件を課し、2LDK(20坪)で家賃は3万3000円。飯田市の相場の約半額だ。「集合住宅タイプ124戸を整備し、12年度からは戸建ての建設費の10%を補助する事業(45歳未満が対象。上限100万円)を実施しています」(下郷村総務課)さらに高校卒業までの医療費無料化、村営保育所の保育料引下げ、義務教育の給食費40%補助などを実施。同村での出産・育児を望む入居者が集まった結果、年少人口(0~14歳)の比率16.8%は県トップとなった(10年)。「子供を育てられる環境」があれば、産みたいという若者は少なくないことを証明した。重要なのは財源である。伊藤村長はガソリンスタンド経営などの経験をもとに、職員の意識改革に着手。コスト意識を徹底させて職員数を大幅に削減した。「職員は32人(一般行政職)で、人口1000人あたり7.84人。類似規模団体平均(17.02人、総務省調べ)の半分以下の水準です」(同前)職員の生産性を倍にして、行政のスリム化を行ったのだ。道路現場では村民が自らミキサー車やコンクリート舗装を行う。日本では男性中心の雇用形態であり、女性が出産・育児となると会社を辞めねばならない。フルタイムでは働けず、パートは時給も安い。仕事を辞めても暮らせる男性と巡り会わず独身のままの女性や晩婚化が進んでいる。フランスやスウェーデンでは同一労働同一賃金が浸透し、雇用形態ではなく仕事の内容に応じて収入が決まる。安倍政権が打ち出した「育休3年間」もそうだが、日本では「女性が家で育児に専念できれば出生率が上がる」という考えが幅を利かせている。世界常識からみれば大きな間違いで、安定収入がなければ子育てはできないからだ。

<「長期的視座」付け焼刃の「足りないから入れる」だけでは必ず失敗する <右翼も左翼も関係ない、国を愛し憂うならば世界唯一の「ニッポン移民システム」を作れ>>Ⓒ大前研一氏(経営コンサルタント)「人間力の時代第78回」小学館SAPIO誌2014年6月号。
2050年の日本の人口ピラミッドは、男女とも70代後半が最も多く、低年齢になればなるほど少ない“モスラの幼虫型”になっている。このままだと生産年齢人口は大きく減少し、現在の国力を維持できないのは火を見るより明らかだ。そもそもデモグラフィーや人口ピラミッドが何のためにあるのかと言えば、国家の長期的な政策を決めるためである。いいかえれば人口に関することは教育などと並ぶ国の「基本計画」であり、それを変えるには少なくとも20年かかる。国家が(試行錯誤が必要な)人口問題を解決しようとする際にも20年以上かかるのは当然だろう。逆に言うと、20年かけずにその場しのぎで移民政策を進めたら必ず失敗する。たとえば25~30年前のバブル期、人手不足になった土木建築業や製造業で働くため、南米の日系人をはじめ、パキスタン、インド、イランなどから労働者が続々とやってきた。日本政府は単純労働の受け入れを認めていないため、彼らは観光ビザ、学生ビザなどで来日して不法就労の形で働き、それを政府も事実上、黙認してきた。ところがバブル崩壊で不景気になると、日本の大半の企業は不法就労の外国人労働者を容赦なく解雇して追い出した。なかには不法滞在して働き続ける外国人も少なくなかった。そうした付け焼刃な対応をしたため日本は評判を落とした。あるいは今シンガポールやUAE(アラブ首長国連邦)のアブダビはハイテクタウンを建設し、破格の待遇で世界中から優秀な研究者を集めている。だが、彼らはおおむね3年間で結果を出せなければ母国に帰国させられてしまう。そういう短期間で成果を求める不自然なやり方は、政策として上手くいかないと思う。永住を前提としてこそ「命がけで」その国の中で活躍し、その国に貢献しようとするのである。安倍晋三首相と政府は人手が不足している建設や高齢者介護、農業、家事サービスなどの分野で外国人労働者の受け入れを拡大する方針を示す一方で、「移民政策と誤解されないように配慮しつつ、検討を進めてほしい」と指示した。しかしそれでは25~30年前と同じ失敗を繰り返すだけである。政策には今年生まれの子供が15年、社会で活躍するのに30年かかる。重ねて言うが今後も日本が国力を維持する方法は移民の受け入れしかないし、今が最後のチャンスなのである。<移民政策3ステージ>ステージ①世界中から野心溢れる優秀な人材を年間1000人くらいずつ呼び込み、付加価値を作って富を創出する「グローバルステージ(舞台)」だ。代表的な例は、インド、イスラエル、台湾、ロシア、東欧などからトップ人材が集まっているアメリカのシリコンバレー(今はサンフランシスコ周辺を含めたベイエリアに地域が拡大している)だが、日本では、たとえば医療や環境など何種類かのステージがあってよい。ただし、それは1か所に集めてクラスター化し、1つの“生態系(エコシステム)”を形成しなければならない。立地場所も東京都圏、関西圏などだ。世界が魅力を感じる大都市の近くでないと優秀な人材が集まって来ない。そこにスタンフォードやMIT大のようなグローバルな大学教育施設をつくる事。筑波研究所や関西文化学術研究所などのような都会から離れた場所は論外だ。ステージ②医師、看護師、弁護士、消防士など「士(サムライ)」ビジネスの担い手だ。今後はそうしたプロフェッショナル領域の人たちが圧倒的に不足するので、世界から年間10万人規模で呼び込む必要がある。サムライビジネスの場合、そのスキルは世界でおおむね共通している。したがって自分の国でそれらの資格を取得して仕事をしていた外国人、あるいは日本で一定期間訓練を受けて技能試験の合格した外国人は、差別なく働けるようにすべきだと思う。インドネシアとフィリピンから看護研修生を招聘して、日本人でもパスするのが難しい日本語の国家試験を2年間以内で合格できなければ強制退去……こういうやり方は搾取であり、外国人でも母国ででも国家試験をパスしたなら、評判が良ければ日本で継続的に就業できるようにするべきだろう。外国人による介護や看護を敬遠する声もあるが、そんな悠長な事を言っていられる状況ではない。日本では65歳以上の高齢者人口は2025年に3657万人に達し、42年に3878万人でピークを迎える。60年には高齢化率は39.9%に達して国民の2・5人にひとりが高齢者になると見込まれている。今後は生産年齢人口である15~64歳が毎年約60万人ずつ減少していく。どう考えても介護や看護は外国人に任せるしかない。ステージ③一般労働者の場合。人口が減ってくると建設業者や漁業者など厳しい仕事の現場は人材確保が難しくなってきていくので、この領域に今後は外国人労働者を年間30万人規模で受け入れなければ立ち行かなくなると思う。とはいえ「人手が足りないからどんどん入れましょう」では、言語や習慣、文化などが理解できないまま日本で働き、生活することによる軋轢や、トラブルを生む懸念がある。となれば母国でしかるべき教育を受けて、日本で働きたい人材に関しては、政府が費用を負担して日本の学校で2年間、我が国の法律や言葉、社会習慣など基礎を学んでもらう。そして卒業試験の結果、問題なく生活できると判定されたら「日本版グリーンカード(国籍がなくとも永住することができる権利およびその資格証明書)」を発行して労働市場に出てもらえばよいと思う。他に例がない、外国人労働者の居住スラム化を防ぐ有効な手段となる。若い保守層に「移民の受け入れ反対」「治安が悪くなる」「スラム化する」「賃金が下がる」「職が奪われる」といささかヒステリーを起こしている人々が大勢いるが、60年代70年代の安保闘争や最近の脱原発デモのような「集団ヒステリー」でしかない。その愛国心・憂国心をもとに、もう少し長期的な視座にたって日本の将来を見ると、この国のためには移民はいずれ何らかの形で受け入れざる得ないという現実を直視できるようになると思う。「愛国者は移民受け入れに反対するべき」「移民政策は反日的」などといった二元論では問題は解決しない。「右翼」「左翼」というレッテルに惑わされることなく、この国の将来を真剣に考えるべき時が来ている。


■ ~大前研一ニュースの視点~2014年5月16日大前研一氏談『人口減少問題・外国人受け入れ制度・国内財政~問題解決に必要な目標設定』人口減少問題、中長期国家目標で「50年後に1億人維持」。外国人受け入れ制度、高度人材、及び腰の「歓迎」、国内財政、国と地方の財政の長期試算を公表。▼ 感情論で否定せず、移民を受け入れる体制を整えるべき政府が「50年後(2060年代)に人口1億人程度を維持する」との中長期の国家目標を設けることが3日明らかになりました。日本の人口はこのままでは2060年に約8600万人まで減る見通しのため、2020年ごろまでに集中的に対策を進め、人口減少に歯止めをかける狙いとのことです。相変わらず、政治家や役人はずるい表現をするものです。「50年後」には誰も生きていないでしょうし、責任を問われることもないでしょう。ただし、政府にこのような態度を取らせてしまう責任は国民にもあります。日本が人口を維持するとなれば、計画的に移民を受け入れる以外に方法はないと私は思います。しかし日本人は移民の受け入れに、異常なほどマイナス感情を持っています。本来ならば、50年後といわず「数年後」と言いたいところなのでしょうが、国民感情を考えて50年後と言っているのだと思います。50年後と言いながら、徐々に国民に危機感を抱かせ、理解してもらうという手順を想定しているのでしょう。しかし私に言わせれば、逆にそれでは「危機感」は生まれてきません。50年後ではなく「5年後」と言うことで、強烈な危機感を抱かせるほうが良いと私は思います。そして、遅々として移民対策は進んでいません。政府は2012年5月から外国人受け入れの優遇制度を始めましたが、結局機能していません。これまで単純労働者は認めない一方、高度人材は歓迎すると説明してきましたが、実際の受け入れペースは鈍く、高度人材の認定数は今年1月までの20ヶ月間でおよそ900人、月50人程度のペースで法務省が見込んだ認定ペースの3分の1以下に留まるとのことです。世界の外国人労働力人口の割合を見れば、米国15%、ドイツ10%程度です。英国も最近大きく割合が上がってきています。そんな中、日本はほとんどゼロに等しい状況です。最近では、建設業界で人手不足のため一時的に外国人労働者を受け入れていますが、需要がなくなったら、再び本国に返してしまいます。これではダメなのです。人口減少、高齢化社会、労働人口不足は「構造的な」問題だからです。「外国人=犯罪」というイメージなどが強く、日本は異常なほど外国人アレルギーを持っています。それでも移民を受け入れ、2年間の教育制度を整備して、グリーンカードを配布するなどの施策を私は20年以上前から提唱しています。こんなことを言えば、周りから叩かれるので誰も言いたくないのでしょうが、本当の意味で日本の将来を考えれば、やらなければいけないことです。年間30万人以上の移民を受け入れなければ
間に合わないのだという事実を認識し、すぐに動き出してもらいたいと思います。▼ 国民の甘えが消えない限り、財政改善施策など無意味。人口問題と同様、今の日本にとって非常に大きな問題になっているのが「財政問題」です。財政制度等審議会が先月28日、国と地方の財政の長期試算を発表しました。2060年度に債務残高の対GDP比を100%に安定させるためには、2021年度から2026年度の6年間で、約12.71%~6.98%(約45兆円~81兆円)の収支改善が必要になるとのことです。常に無駄遣いをしてきた結果、今の借金だらけの状況を招いています。しかしそれでもまだ、日本は無駄遣いをやめません。なぜなら、無駄遣いをやめるよう緊縮財政を掲げると選挙に落ちるからです。すなわち、今の借金まみれの日本の状況は、甘えた国民・甘えた国家が招いたのだと私は思っています。80兆円の収支改善など、「今のままの甘えた」国民と国家では絶対に実行することはできないでしょう。おそらく、どこかのタイミングで市場から制裁を受けて、日本国債の暴落を招き、経済破綻という爆弾を落とされて痛い目に遭って、初めて改善への取り組みを始められるのではないかと思います。今回のような「試算」をいくら出したところで、マスコミも国民も実行することはないでしょう。政治家にしても、選挙になればまたリップサービスをするに決まっています。人口問題にしても、財政問題にしても、国民の甘えの結果とも言えます。この点を国民一人ひとりが強く意識することが大切ではないかと思います。



大前研一艸風伝<船中八策>平成の坂本竜馬による師匠・大前氏(平成の勝海舟)評伝2

2014年05月21日 05時30分18秒 | 日記



道州制(ウィキペディアより)
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道州制(どうしゅうせい)とは、文字どおりには、行政区画として道と州を置く地方行政制度である。府県制、市制、町村制などにならった用語である。
日本では、北海道以外の地域に数個の州を設置し、それらの道州に現在の都道府県より高い地方自治権を与える構想がある。州の呼称については都・道・府とするなどの案もあるが、ほとんどの案で北海道はそのまま道として存続するため、「州制」ではなく道州制と呼ばれる。ここで言う道もしくは州は、都道府県よりも広域な行政区分として新たに設けるものである。
単に広域自治体の名称と規模を変えるにとどまらず、『平成の廃藩置県』、『廃県置州』とも呼ばれ、地方自治の役割や同州内の経済規模をEUの小国程度にして、行政の効率化などを目指す。
現在、道と州を共に置く国家はないが、日本での道州制に関する議論の中で他国の地方自治制度について言及する場合、道州制という言葉が使われることがある。ただしそれらは、通常の文脈では「連邦制」などと呼ばれるのが普通である。
背景
定義
道州制(どうしゅうせい)とは、行政区画として道と州を置く地方行政制度である。北海道以外の地域に複数の州を設置し、それらの道州に現在の都道府県より高い行政権を与える構想を指す。
道州制については様々な場所で様々な議論が行われており、論者によって様々な異なる主張がある。
1. 北海道を除く都府県を廃止して行政を広域化するという案。
2. 都府県の内幾つかを分割しその上で、都府県の広域連合の地方公共団体として道州を設置するという案。
3. 外交と軍事以外の権限を全て国家から地方に委譲し、対等な道州同士の緩やかな連合によって国に対し低い地方の地位を押し上げるという案。
これらのように様々な主張が出ており、明確な定義がなされているのではない。地方分権を共通の目的としているので、様々な団体から実現を訴える声が上がっている一方で、道州制についての認知度は高いとはいえず、国主導の道州制推進には反対意見も多い。
財政問題
現在、国も地方も莫大な債務を負っているため、県の財政規模では信用力が低下し、利率が上昇して更なる負担を国民は負わなくてはならなくなる。また、場合によっては「県の倒産」となり、公共サービスの低下や税率の上昇が起きる。そうなると、キャピタルフライトが発生し、一方で低所得者層の底割れが起きて生活保護世帯が増え、しかも税率上昇という悪循環に陥り、住民の流出と国土の荒廃が起きる。長期的には日本経済に重大な悪影響を及ぼす可能性がある。この事態を防ぐために、都道府県の合併によって財政規模を拡大して信用力を上げるという方法が考えられる。つまり、都道府県合併の方法の一つとして、道州制が持ち上がっている。
論議の推移
明治から第二次大戦終結まで
明治政府は、地方の反乱が相次いだために、県より広い行政体の設置には消極的であった。しかし、人口希薄などを理由として、北海道にあった3県を廃止して、北海道庁 (1886-1947)を設置した。
以降は、台湾総督府、樺太庁、朝鮮総督府、南洋庁と順に設置されたことで、府県の狭小さが経済統制の障碍と考えられ、内地を統轄する内務省下に、郡制廃止とともに複数の府県を包括する広域行政体の設置が議論され、田中義一内閣の行政制度審議会が、1927年に、全国を6箇の州に分けて、官選の長を置く「州庁設置案」を内閣に提案した。ここでの州名は、州庁所在都市名を取った物になっている。
• 仙台州:青森県、岩手県、宮城県、福島県、秋田県、山形県
• 東京州:茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京府、神奈川県、山梨県、長野県、新潟県
• 名古屋州:静岡県、愛知県、岐阜県、三重県、富山県、石川県、福井県
• 大阪州:滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県、徳島県、香川県、高知県
• 広島州:鳥取県、島根県、岡山県、広島県、山口県、愛媛県
• 福岡州:福岡県、佐賀県、長崎県、大分県、宮崎県、熊本県、鹿児島県、沖縄県
この提案の実際の措置は、1940年に地方連絡協議会、1942年に地方各庁連絡協議会、1943年には、全国に地方行政協議会(会長には当該地域の府県知事が兼任)となり、1945年に地方総監府に改名された。いずれも府県行政を調整し、広域行政体を統合しようとしたもので「国の出先機関」の様相を強く持っていた。また、戦時下(特に地方総監府時代)には、本土決戦に備えた行政の効率化という側面も有していた。
• 北海地方行政協議会→北海地方総監府
• 東北地方行政協議会→東北地方総監府
• 関東地方行政協議会→関東信越地方行政協議会→関東信越地方総監府
• 東海地方行政協議会→東海北陸地方行政協議会→東海北陸地方総監府
• 北陸地方行政協議会→(関東信越地方行政協議会、東海北陸地方行政協議会)
• 近畿地方行政協議会→近畿地方総監府
• 中国地方行政協議会→中国地方総監府
• 四国地方行政協議会→四国地方総監府
• 九州地方行政協議会→九州地方総監府
戦時統制経済のもとでは、各地の鉄道・電力・ガスといったインフラを中心に企業が、政府主導で統廃合された。
戦後の議論
太平洋戦争後の改革において、物資不足から引き続き統制経済の必要性と地方自治法により国の知事への統制が制限された。都道府県のブロック化が強まる懸念と区域の狭小さの点から、1948年の行政調査部により、地方行政庁案・道制案・州制案の3案が提案された。1955年には、関西経済連合会が、府県の廃止と、国の総合出先機関としての道州制を提案した。また、1957年の第4次地方制度調査会は「地方制」案を答申した。この地方制は7地方・8地方・9地方案であった(少数意見として15県・16県・17県案も併記)。
高度成長期
高度経済成長期(1960-70年代)には、地方から都会への出稼ぎや集団就職で人口が工業地帯へ移ったことによって、過疎・過密の問題が生まれた。この時期から、貨物量の急激な増加や通勤・通学の長距離化や季節要因での大規模移動が発生し、地方毎の広域の社会資本整備の必要性から、道州制論議は生まれていた。大都市圏とそこに含まれない地方の道県との間では、所得や生活基盤に格差が生まれており、地方交付税などで是正できる程の税収を持ち合わせていなかったため、予算規模の拡大を目指し、いくつかの県が合併する道州制が考えられた。
政府は「国土の均衡ある発展」「福祉国家」を標榜し、税収が少ない道県には地方交付税や補助金を増やした。例えば池田勇人内閣の所得倍増計画や、田中角栄内閣の日本列島改造論などに代表される地方への財政資金フローの確保により、地方の生活基盤の整備が進んだ。その結果、予算規模の拡大を目的にした道州制を導入する動機は意義を失い、道州制は議論の深まりを見せなかったことを、社会的背景として1965年の第10次地方制度調査会の答申を受けた都道府県合併特例法案の廃案が決まると道州制導入の機運は後退した。1981年の第18次地方制度調査会では「現行の府県制度は国民の生活・意識に強く定着」と分析し、広域的地方制度は検討をつづけると報告された。
プラザ合意から道州制特区推進法まで
地方に対しては、与党は民活法や1987年の総合保養地域整備法(いわゆるリゾート法)の制定により、自立的な経済活動が行いやすい第三次産業の振興を図った。また、国営企業や公社の民営化に際しては、分割が検討された。
政治に対しては、地方ごとの議会開設が要点と考えられるため、細川政権は衆議院選挙への小選挙区比例代表制の導入に当たって、比例代表制が既に施行されていた参議院選挙の比例制度とは異なり、地方ブロックごとの比例制度導入を図った。これは、小選挙区の区画が既存の市町村・既存の都道府県の境界を重視したので、比例選挙区の区画が将来の道州制の区割りになると見做されたからである。
地方行政に対しては、1989年から1992年にかけて臨時行政改革審議会が置かれ、都道府県の広域連合とともに道州制の検討を答申した。1994年には地方自治法改正により県の広域連合が制度化された。国会においても地方分権の決議が採択され、道州制の論議が高まることとなった。さらに2004年の地方自治法の改正により、都道府県の合併が申請によって可能となった。
又、2004年に招集された第28次地方制度調査会は、2006年に「道州制のあり方に関する答申」をおこない、都道府県の廃止と新設となる道州による道州制導入を打ち出した。道州には9道州・11道州・13道州の3例である。特に北海道は2004年に道州制を先行実施する提言をし、それに特区制度をもって政府は応え、2006年に道州制特区推進法を公布した。
道州制特区推進法から現在まで
近年になって道州制の論議が活発になった背景には、国民の間では、交通網の発達によって交流圏が拡大した点を挙げる者が多いが、自治体関係者の間では、国家の債務が膨大になって、地方交付税や補助金や公共事業の削減で、地方が国の失政の尻拭いをさせられている点を挙げる者が多い。
道州制が施行される場合には州庁が設置されるため、各都道府県では、自らの都道府県庁所在地が州庁所在地に選ばれるのに有利な枠組みが、論議の中心となっている。これは、廃藩置県後の県の合併で、県庁を失った地域でも同様である。また、州庁が置かれる都市は、経済の中心地となって莫大な恩恵を受けて、税収増や人口増が期待されている。
実際に、道州制へ賛成派と反対派の特徴を見ると、府県庁所在地が中央省庁のブロック単位出先機関所在地である宮城県・愛知県・大阪府・北海道などが、また多くの政令指定都市などが賛成派なのに対して、県庁所在地が中央省庁のブロック単位出先機関所在地ではない福島県・富山県・福井県・兵庫県・鳥取県・三重県が反対派となっている。
一方で、国は「小さな政府」と称して政府機関を縮小し、地方への交付金を削減しつつ、地方への統制の強化と合理化を進めている(小さく効率的で強力な政府)。これは、市町村を大量に削減し、次いで広域自治体である県を大量に削減しようという発想としての道州制で、中央集権の強化という色が濃い。政府の道州制論議や、その前段階の三位一体の改革では、国の行政機関・機能・財源を都道府県に委譲するのを拒み、都道府県や市町村の「住民自治」の部分のみを「小さな政府」として、国は依然として統制権の強い「大きな政府」に留まろうとする意見が散見されるために、全国知事会では反発がある。
2006年2月28日に地方制度調査会が区域例を発表した際には、石原慎太郎・東京都知事や、橋本大二郎・高知県知事(当時)が、「国と地方の役割分担をどうするのかが曖昧だ」と批判した。同じく片山善博・鳥取県知事(当時)も、「国の在り方についての抜本的な議論が無い」と批判した。
同じく、佐藤栄佐久・福島県知事(当時)は、「必要性や課題を十分検討しないまま、『枠組み』を前提に制度設計が示された。道州制に移行できなければ権限や税財源を移譲できないという口実を与え、強く憂慮する。」と非難した。これに先立つ2006年2月22日の福島県議会でも、「歴史的・文化的に多様である地方自治体を中央集権的にコントロールする物であり、住民主役の真の地方分権改革とは対極にある。」と発言し、道州制を非難した。又、井戸敏三・兵庫県知事は、「ムードに流されて進めれば、単なる都道府県合併に終わる」と発言している。
道州制特区推進法の制定によって、現在の「道」と国の出先機関の地方区分が同一である北海道において、権限を新たな「道」に委譲し、やがて全国へと道州制を拡大していこうとしている。道州制に向けてのビジョン策定は、安倍晋三元首相が、自らの選挙区である中国地方の山陽地方と山陰地方の格差を例に挙げて、総裁選で公約し、担当大臣も置いた。
反対派からは、「単なる都道府県の合併ではないか?」という見方や、合併ならば都府県庁を失う地域が軽視されるという危惧から、国民の関心は低い。
全国世論調査では、道州制に「賛成」・「どちらかといえば賛成」を含めて29%、「反対」・「どちらかといえば反対」を含めて62%であった。但し地方分権に「賛成」は62%になった。また地域ごとでは賛成は北海道、東北、四国で多く、反対は甲信越、九州で多い。「平成の大合併」で住んでいる市町村が合併した人の感想は、「合併して良かった」が19%、「合併しない方がよかった」が17%とほぼ変わらないのに対して、「どちらとも言えない」が63%に上った。
― 日本世論調査会調べ(期間2006/12/2-3、面接調査)
このため、国土交通省の国土形成計画では、地方ブロック単位での独自の国際交流や、特色ある地域形成を目指す内容を盛り込んで、地方ブロックを道州に見立てた計画として、道州制のイメージの理解に努めたりしている。また、議論の叩き台として、11道州案や国土形成計画を用いた具体的な調査検討に入るなど、道州制を定着させるための様々な策を講じている。さらに、道州制と新型交付税を組み合わせて導入すると、政府は地方への歳出の削減度合が高まり、増税も抑制できる、というような意見も多い。このような点を実感を伴って理解されるには、国民に道州制という地方自治の方向性を浸透させる相当の時間を要すると見られる。
道州制の枠組み
道州制の導入は、州都への一極集中という危険を妊んでいるため、州都や枠組み(都府県の組み合わせ)に関心が集まりやすく、州政府の機構や事業といった中身の論議が軽視される傾向が大きい。州都の位置は各地域の盛衰に直結するので、州都や枠組みで我田引水の如き主張が展開される例は珍しくない。
又、枠組みの作り方も、地理や歴史を無視して、特定の大都市への一極集中を促す発想が多い。このような傾向に対しては、「どこかの市にバキュームのように吸い寄せられる国土づくりではなく、地域の伝統や文化を守る手伝いをするのが国の大事な仕事だ。」(佐藤栄佐久・前福島県知事)という声や、「枠組みから議論に入るのは危険だ。」(西川一誠・福井県知事)という声も出ている。
地方制度調査会の区域例
2006年2月28日、内閣総理大臣の諮問機関である地方制度調査会(会長:諸井虔・太平洋セメント相談役)が、「道州制のあり方に関する答申」を発表した。この答申の中では、「区域例」として、「9道州」「11道州」「13道州」の3例を示している。なお、この「区域例」には、次の2つの註が付いている。
• 道州の区域については様々な考え方があり得る。ここで示した区域例は、各府省の地方支分部局に着目し、基本的にその管轄区域に準拠したものである。
• 東京圏においては、東京都及び周辺の県の区域を合わせて一の道州とすることが基本となる。ただし、東京都の区域(又は現在特別区の存する区域等)のみをもって一の道州(又はそれに相当する何らかの自治体)とすることも考えられる。
以下の道州の枠組みに、その構成都道府県の2003年度県民総生産の合計を付記する。東京都の都民総生産は83兆6303億円。
9道州


9道州
• 北海道(19兆5044億円):北海道
• 東北(32兆4200億円):青森県、岩手県、秋田県、山形県、宮城県、福島県
• 北関東信越(43兆5586億円):茨城県、栃木県、群馬県、新潟県、長野県
• 南関東(156兆7627億円):埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県(東京だけ分離して州とする場合、「東京州(仮)」「南関東州(仮)」の2州に分ける)
• 中部(72兆7339億円):富山県、石川県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県
• 近畿(82兆2004億円):福井県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県
• 中国・四国(41兆5305億円):鳥取県、島根県、岡山県、広島県、山口県、徳島県、香川県、愛媛県、高知県
• 九州(43兆4862億円):福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県
• 沖縄(3兆5755億円):沖縄県
11道州


11道州
• 北海道(19兆5044億円):北海道
• 東北(32兆4200億円):青森県、岩手県、秋田県、山形県、宮城県、福島県
• 北関東(54兆6282億円):茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、長野県
• 南関東(136兆6839億円):千葉県、東京都、神奈川県、山梨県(東京だけ分離して州とする場合、首都圏を「北関東州(仮)」「東京州(仮)」「南関東州(仮)」の3州とする)
• 北陸(21兆3242億円):新潟県、富山県、石川県、福井県
• 東海(63兆7072億円):岐阜県、静岡県、愛知県、三重県
• 近畿(78兆9121億円):滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県
• 中国(28兆1378億円):鳥取県、島根県、岡山県、広島県、山口県
• 四国(13兆3927億円):徳島県、香川県、愛媛県、高知県
• 九州(43兆4862億円):福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県
• 沖縄(3兆5755億円):沖縄県
13道州


13道州
• 北海道(19兆5044億円):北海道
• 北東北(12兆4998億円):青森県、岩手県、秋田県
• 南東北(19兆9202億円):宮城県、山形県、福島県
• 北関東(54兆6282億円):茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、長野県
• 南関東(136兆6839億円):千葉県、東京都、神奈川県、山梨県(東京を分離し東京州とする論議もある)。
• 北陸(21兆3242億円):新潟県、富山県、石川県、福井県
• 東海(63兆7072億円):岐阜県、静岡県、愛知県、三重県
• 近畿(78兆9121億円):滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県
• 中国(28兆1378億円):鳥取県、島根県、岡山県、広島県、山口県
• 四国(13兆3927億円):徳島県、香川県、愛媛県、高知県
• 北九州(28兆9496億円):福岡県、佐賀県、長崎県、大分県
• 南九州(14兆5366億円):熊本県、宮崎県、鹿児島県
• 沖縄(3兆5755億円):沖縄県
国会に議席を有する政党からの区域例
自民党道州制推進本部
自由民主党の道州制推進本部(本部長:谷垣禎一)が2008年5月29日に提示した区割り案。東京都を南関東から独立させるべきとの意見があったり、また各都道府県の知事や議会議長との意見交換を行うなど今後も議論が続けられる予定であったが、2009年8月30日に行われた第45回衆議院選挙で自由民主党が大敗し政権を失ったことにより、この区割案の意義は失われた。
9道州
• 北海道 :北海道
• 東北 :青森県、岩手県、秋田県、山形県、宮城県、福島県
• 北関東 :茨城県、栃木県、群馬県、新潟県
• 南関東 :埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県
• 中部 :富山県、石川県、福井県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県
• 関西 :滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県
• 中国・四国 :鳥取県、島根県、岡山県、広島県、山口県、徳島県、香川県、愛媛県、高知県
• 九州 :福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県
• 沖縄 :沖縄県
11道州
• 北海道 :9道州案に同じ。
• 東北 :※1
• 北関東 :※1、※2
• 南関東 :※2
• 北陸 :富山県、石川県、福井県
• 東海 :長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県
• 関西 :9道州案に同じ。
• 中国 :鳥取県、島根県、岡山県、広島県、山口県
• 四国 :徳島県、香川県、愛媛県、高知県
• 九州 :9道州案に同じ。
• 沖縄 :9道州案に同じ。
※1新潟県を東北に入れる案もある。 ※2埼玉県を北関東に入れる案もある。
民間などからの区域例
経団連は10程度の道州再編を提言している。
神奈川県の政治団体
道州制推進連盟は、12道州制を提唱している。
• 北海道: 北海道
• 東北州: 青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島
• 北陸信越州: 新潟、富山、石川、福井、長野
• 北関東州: 茨城、栃木、群馬、埼玉
• 南関東州: 千葉、神奈川、山梨、東京都下
• 東京特別州: 東京23区
• 東海州: 岐阜、静岡、愛知、三重
• 近畿州: 滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山
• 中国州: 鳥取、島根、岡山、広島、山口
• 四国州: 徳島、香川、愛媛、高知
• 九州州: 福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島
• 沖縄特別州: 沖縄
四つの洲(くに)構想
静岡県知事『川勝平太』が提唱している構想。
• 森の洲 :東北・北海道
• 野の洲 :関東
• 山の洲 :甲信越・北陸(福井県を除く)・中部
• 海の洲 :近畿・中国・四国・九州・沖縄
• 新首都として『鎮守の森の都(那須)』を首都機能移転の候補地にしている。
各地別の論議
現在、道州制の論議が進んでいる地方としては、北海道、北東北、南関東、近畿地方、中国地方、四国、九州、沖縄県などがある。西日本では市町村合併が比較的速く進んだので、積極的な議論や調査が多いのが特徴である。
北海道
北海道は道内総生産に対する公共投資の比率が12.5%にも及び、沖縄県に次いで高い水準である。そのため、公共事業が経済に与える影響は大きく、その権限を集約したい道が主導して道州制特区の計画が進んでいる。
北海道と国の二重行政の解消と、権限の委譲に主眼が置かれているが、二重行政の解消で、行政コストの抑制を優先したい国と、財源と権限の委譲を優先させたい道との間での駆け引きが続いている。
東北地方
北東北の3県(青森県・岩手県・秋田県)では、2010年を目途にした北東北3県の合併(現行法規内)や将来の道州制(将来構想)も視野に入れた議論が行われていた。1997年からは「北東北みらい債」といった、北東北3県の合同事業が行われている。しかし、北海道新幹線の建設の前倒しが決定されると、多額の建設費用から青森県の財政状況が将来に渡って悪化し続ける予測が判明し、3県合併で財政悪化に巻き込まれたくない岩手県と秋田県の両県知事が「道州制の際は東北6県で1つの州」と明言し、3県合併構想は棚上げ状態にされた(→東北地方の経済史)。
なお、東北三法や国土形成計画、北海道東北自治協議会や、東北電力が主導権を握る東北経済連合会の枠組みが新潟県を含めた7県であるため、「道州制東北ブロック懇談会」にはこの7県の自治体や経済団体が参加しており、7県をもって東北州(仮)とする案も見られる(→東北地方#新潟県を東北地方に編入する場合)。特に東北電力が7県の枠組みを推しており、テレビのローカル番組を7県で放送したり(→ブロックネット#東北地(+新潟県))、新潟スタジアムの命名権を取得して「東北電力ビッグスワンスタジアム」としたりして、新潟県が東北地方の一部であると地道に主張している。しかし、新潟県を東北地区として管轄する国の出先機関がないことと、県民の東北への帰属意識が希薄であるため新潟県民には東北と言う概念は殆ど無い。また、仙台市と新潟市が同じ東北州(仮)に入ることで、発展の重心が南部へ偏ると懸念する北部では、東北6県の枠組みを推す意見が多い。仙台市民を対象とした調査でも、枠組みは「東北6県で1州」が最も多く、「北東北3県と南東北3県の2州」「東北6県と新潟県で1州」と続いており、7県で1つの州という案は浸透していない。
2010年4月27日、地域主権型道州制国民協議会会長で、政府の道州制ビジョン懇談会座長を務めた江口克彦(元PHP総合研究所社長)は東北州都について触れ、「東北州だと仙台がニューヨークとして州都は平泉でもいいと思う。」と発言した。
また福島県が北関東州に入る案もあるため、東北が福島県を抜いた5県での州になる可能性もある。(下記参照)
関東
北関東・信越・福島県
北関東の埼玉県・茨城県・群馬県・栃木県に中部地方の長野県を加えて「北関東州」にし(後述する地方制度調査会の案のひとつ)、さいたま市を州都にしようとの論議がある。 ただし、
1. 長野県の代わりに新潟県を入れる議論(後述する自民党道州制推進本部の案)
2. 埼玉県の代わりに新潟県を入れて計5県で「北関東信越州」とする議論(後述する地方制度調査会の案のひとつ。これに福島県も含める場合あり)
3. 福島県・茨城県・栃木県・群馬県・新潟県の5県で構成する議論(北関東磐越五県知事会議の枠)
4. 北関東3県+福島県・長野県・新潟県をともに含めて一つの州とする議論
5. 茨城県は東関東に分類し、栃木県・群馬県・埼玉県で北関東州とする議論(下記参照)
6. 埼玉県は南関東に分類し、南関東州に含める議論
7. 関東南北を統合し、関東地方1都6県+α(山梨県)で「関東州」とする議論
8. 茨城県・栃木県・群馬県・埼玉県に千葉県を加えて「関東州」とする議論
9. 州都を宇都宮市にする議論
10. 州都を高崎市、前橋市にする議論
11. 州都を日光市霧降高原にする議論
12. 茨城県と埼玉県が北関東州の場合、茨城県の鹿行南部と千葉県の東葛北部の交換する議論
13. 埼玉県が北関東州の場合、西武沿線や和光市が離脱する議論
14. 埼玉県が南関東州の場合、茨城県を南北に分割して、茨城県南部を南関東州に含める議論
15. 長野県が中部州の場合、坂城町含む東信地方もしくはそれ+栄村のみ含める議論]
16. 新潟県が北関東州で長野県が中部州の場合、上越地域を北陸州または中部州に含める議論
などもあり、予断を許さない。
• 栃木県の新県庁舎建設の際、栃木県側は「将来の道州制移行に際して栃木県庁舎が不要になった場合、栃木県庁舎を図書館などに利用目的を転換して活用できるような設計にしてある」としている。
• JR高崎駅東口に位置する高崎競馬場跡地(10万8523.07m2)の利活用問題で、協議を重ねている県などは、構想の一つとして「道州制移行の際の用地」を挙げている。
• 国際観光都市、日光市霧降高原はJR日光線、東武日光線、日光宇都宮道路からのアクセスも良く世界遺産の日光東照宮に隣接した森林と高原の候補地である。
南関東
南関東を地理で分けると1都3県(千葉県・東京都・神奈川県・埼玉県)になるが、関東外ではあるが東京都に隣接する山梨県も加える場合がある。さらに、埼玉県を外す主張もある。また、東京都ないし東京都区部およびその一部周辺、都心の一部の区や横浜市を特別行政区として独立させる構想、神奈川県では神奈川単独州、関東は一体であるとして南関東だけ分けることに反対する主張もある。
東関東
東関東として千葉県・茨城県を行政区とする。さらにそこに福島県浜通りを加える案もある。東京23区を特別州とした際に考えられる。東関東州、北関東州(埼玉県・群馬県・栃木県)、南関東州(神奈川県・山梨県に東京多摩地域)を加えたもの)に東京特別州の4地域に分ける案。
中部地方
北陸
2007年8月に富山県で北日本新聞が行った世論調査では、道州制反対派が賛成派を倍以上上回っている。
福井県では、仮に道州制が施行された場合、所属について地方制度調査会(所在地:東京都区部)による区割り案は、9道州の場合は関西州に、11道州及び13道州の場合は北陸州、また、「熱論・合州国家日本」に掲載されている区割り案では、大前研一案が北陸道、平松守彦案が関東信越州、江口克彦案が信越北陸州とされている。
2006年3月1日、河瀬一治・敦賀市長は、新年度当初予算案発表会見の中で道州制について触れ、以下のように発言した。
嶺南の総意は近畿(関西)に入る事。嶺北が北陸に入るならば縁を切る事もある。
文化圏や今秋(2006年秋)のJR直流化など、嶺南は近畿に近い。嶺南だけを見れば当然、近畿。県も経済的な繋がりが深い近畿に向いているだろう。嶺北が北陸に入るとなれば、縁を切って、お別れという事になる。

次いで、同年3月6日には、村上利夫・小浜市長(当時)も、市議会の所信表明で道州制について触れ、以下のように発言した。
福井県が関西と圏域を一にする事を強く主張する。少なくとも小浜市や嶺南が北陸に属する事はあってはならない。
道州制は、東京一極集中を是正する動機になるやもしれぬと期待している。国と県で論議されるべき問題だが、地域割りについては市町村として決して看過できる問題ではない。自治体としての意思表示を明確にすべき時だ。

東海
社団法人中部経済連合会は、愛知県、岐阜県、三重県、静岡県、長野県の5県による「中部州(仮称)」を提言。その上で東海北陸自動車道の全線開通で、交流が活性化するとの予測を踏まえて、富山県、石川県、福井県の北陸地方3県を含む8県で構成する案も検討した。
道州制への移行時期を2015年~2018年と想定。区割りにあたって「経済的に一つの圏域として自立可能となること」を重視し、人口や域内総生産がオランダ、オーストラリアなどに匹敵する5県の枠組みが適当とした。
道州の首長は直接選挙で選ぶとし、恣意的な行政運営を避けるため多選制限(2期8年)が必要との考えを示した。州議会議員の定数は、現在の国会議員定数が国民約17万人に1人の割合であることを踏まえ、5県の人口約1732万人を考慮して100人程度が適当とした。
州の施策を域内にきめ細かく展開するため、州本庁のほか10~15程度のブロック機関を設けるとした。
近畿地方
2004年6月30日には、京阪神の経済団体から、近畿2府6県(福井県・滋賀県・京都府・三重県・奈良県・和歌山県・大阪府・兵庫県)に、四国の徳島県を加えた広域行政体の設置を求める提言が出されており、州庁の組織や行政運営に留まらず、州の様々な設置方法も提案されている。
橋下徹大阪府知事が就任して間もない頃から関西州構想を高唱している。橋下は大阪ワールドトレードセンタービルディング(WTC、現・大阪府咲洲庁舎)を関西州の州庁として想定するとともに、それが所在する大阪南港地域を関西州の州都とする構想を語っている。
なお、近畿地方とその周辺の7府県4政令指定都市は、特別の地方公共団体としての関西広域連合を結成している。これが道州制の関西州への地均しであるととらえる向きもあるが、同広域連合自体は、「この連合は府県との併存を前提とした設置根拠も道州とは異なる組織であり、広域連合がそのまま道州に転化するものではない」「道州制を含めた将来の関西における広域行政システムのあり方は、今後、関西広域連合の活動実績を積み重ねたうえで、関西自らが評価し検討していくものである」、としている。
これらとは別に、2007年9月21日、政府の道州制ビジョン懇談会において江口克彦座長(現みんなの党参議院議員)は、東京23区と大阪府を特別州とし、東北・北信越など全国を12道州に分ける私案を公表した。
中国地方
財界では、中国地方5県で一組の州とする「中国州」を提唱している。従来より中国地方においては、瀬戸内海側(山陽地方)と日本海側(山陰地方)との間や沿岸部と中国山地山間地域との間に、経済面やインフラ面での格差が生じており、これが年々拡大している。そのため、中国経済連合会と中国地方総合研究センターによる中間研究報告「広域的な地方自治のあり方に関する基礎的研究」では、産業の誘致や、高速道路網の建設などでの格差是正に重点を置いて、州議会は行政との癒着を避けるため、州都(広島市を想定)のみならず州内の各市も持ち回りで実施するとして、各地域の産業や文化的特性を尊重した、多極型の土地の形成を目指すとしている。
地元政界では、広島市や岡山市などが、州都の誘致に積極的である。広島市は中国地方、中国・四国地方のいずれの場合でも中枢拠点機能が地方内で最も高いことから、「中国州」「中四国州」に関わらず、州都に相応しい都市は広島市であると主張している。
岡山市は、山陽地方と四国に渡る交通の結節点として東瀬戸経済圏の中心都市となっている点から、「中四国州」の枠を支持して州庁の誘致を目指している。また、広島県と岡山県は別々の枠組みを推しており、広島県は民意(アンケート結果)から「中国州」を、岡山県はスケールメリットから「中四国州」を支持しているが、実態は州庁の誘致を目的とした我田引水である。
それまで、中四国州を強力に推進し、行動計画にもその旨を記していた岡山県であるが、2013年8月29日に新県知事の伊原木隆太主導のもとで改定された中期行動計画の素案では「中四国州の推進」が削除された。
中四国地方のちょうど中央部に位置する福山市では、一部の経済人や市議から、福山市を州都にせよとする主張が出ているが、現時点では大きな支持を受けていない。
「中四国州」は、産業や交通インフラ整備の進んでいる山陽地方が、地理的にも中心となるため、現在以上に社会資本の集中が強まって格差が拡大すると危惧されており、山陰地方や四国では反対が根強い。
「中国州」の場合、 三次市等の中国自動車道沿線に州都を持ってくる案も出ている。]
「中国州」・「四国州」で成立し、山口県が「九州府」へ行ってしまった場合、 地理的に広島市を州都にするには厳しくなり、既存県庁所在地以外に州都を置かれる可能性も高くなる。
鳥取県においては、県都の鳥取市が津山市から80km、岡山市から130km、福山市から210km、三次市から220km、広島市から300km、神戸市から180km、大阪市から190kmの距離に位置しており、山陰両県の中では距離の短い岡山県方面以外は特に阪神地方との結び付きが強いことから、鳥取市の経済界を中心に「関西州」への編入を求める声も上がってきている。一方で県西部の米子市などでは道州制導入に際し、島根県松江市などと合併して「中海市」を設ける考えが以前からあり、東・中部と西部の間で意見のずれが生じている。また、平井伸治鳥取県知事が近畿ブロック知事会への参加を表明し、2008年6月6日に正式に加入が認められて以降は、2010年12月1日に設立された関西広域連合にも構成団体として参加するなど、県内の道州制論議に何らかの進展をもたらす可能性がある。
なお、下関市では「関門特別市」の準備を進めているが、これについては後述の「関門」を参照すること。
四国
詳細は「四国の道州制論議」を参照
経済界では、四国4県から構成する「四国州」構想を打ち出している。また、住民の一体意識が高いのも特徴で、国土形成計画策定時の住民アンケートでは、四国4県を一つの圏域とする回答が70%を占め、全国で最も高かった。
関門
詳細は「関門都市圏#関門特別市構想」を参照
関門海峡を挟んで隣接する下関市と北九州市、九州と中国の経済連合会、下関市と北九州市の両商工会議所などは2007年12月に「関門特別市」の発足に向けた事務レベルの設立準備会を設けた。「特別市」を称するように、1市で単独の道州であり、中国や九州などの道州には所属しない。
従来より、関門海峡を海上物流の要として活用して来た山口県、福岡県、広島県などの経済界から、関門海峡両岸の一体的な発展を要するという意見が出されていたことから、国土形成計画の広域地方計画では九州圏と中国圏の双方の計画策定に参画することが決定している。
特別市構想の背景には関門海峡で線引きした地方制度調査会の区域例に対する反対がある。
九州
九州地方知事会と、地元経済団体で構成される九州地域戦略会議が、九州7県を一体とする「九州府」構想を打ち出している。
従来の東京偏重の施策から脱して、東アジアの拠点として成長するという、九州の持つ地理的特性を生かした長期ビジョンを掲げているのが特徴である。
なお、北九州市は、前述の通り「関門特別市」の準備を進めている。
大分県では、平松守彦知事(当時。2003年4月退任)の在任中に、九州を東アジア諸国との人・物・金の交流拠点として経済力を高めようという「アジア九州経済圏構想」が、平松前知事を初めとする自治体関係者の間で出されていた。しかし、現職の広瀬勝貞知事が就任した2003年4月以降は使用されていない。
沖縄県
九州と琉球は歴史と風土が全く異なる点から、沖縄県で単独の州として、「沖縄州」あるいは「琉球州」への移行を目指している。人口・経済・財政の規模が、最も小さい州になる可能性が高い。
地元経済界では、州都として普天間飛行場跡地への中枢拠点機能の設置と、高度医療施設、情報産業の誘致を行う予定である。
肯定論と否定論