緑川鷲羽(改名、上杉(長尾)景虎) 上杉奇兵隊日記「草莽崛起」<上杉松下村塾>

政治経済教育から文化マスメディアまでインテリジェンティズム日記

櫻井翔熱愛にファンも祝福「お似合いの綺麗で頭が良い人」「心臓止まる」

2017年02月26日 12時51分18秒 | 日記





























櫻井翔熱愛にファンも祝福「お似合いの綺麗で頭が良い人」「心臓止まる」







 嵐の櫻井翔(35)がテレビ朝日の小川彩佳アナウンサー(32)と交際していることが25日、分かった。ニュースサイト「NEWSポストセブン」が報じた。

 この日午前7時に櫻井と小川アナの熱愛がネットで報じられると、一時騒然となった。ツイッターの投稿数は報道直後からうなぎ上りで、午前9時過ぎには約700件に到達。「翔さんのファンなら翔さんの幸せを願いましょう」「お似合いの綺麗で頭が良い人見つかってよかったね!!」など、祝福の声が大半を占める一方で、「朝起きて1番最初に見たのが、櫻井翔熱愛の5文字だったからね、心臓止まるかと思った」とショックを隠せないファンもいた。

小説 打倒徳川家康!風と共に殉死するとも 石田三成【真田丸】石田三成ファンへのギフト!7

2017年02月26日 10時22分28秒 | 日記



























        三方が原の戦い



     
  信長にとって最大の驚異は武田信玄であった。
 信玄は自分が天下人となり、上洛して自分の旗(風林火山旗)を掲げたいと心の底から思っていた。この有名な怪人は、軍略に優れ、長尾景虎(上杉謙信)との川中島合戦で名を知られている強敵だ。剃髪し、髭を生やしている。僧侶でもある。
 武田信玄は本願寺の総帥・光佐とは親戚関係で、要請を受けていた。また、将軍・足利義昭の親書を受け取ったことはかれにいよいよ上洛する気分にさせた。
 元亀三年(一五七二)九月二十九日、武田信玄は大軍を率いて甲府を出発した。
 信玄は、「織田信長をなんとしても討とう」と決めていた。その先ぶれとして信玄は遠江に侵攻した。遠江は家康の支配圏である。しかし、信玄にとって家康は小者であった。 悠然とそこを通り、京へと急いだ。家康は浜松城にいた。
 浜松城に拠点を置いていた家康は、信玄の到来を緊張してまった。織田信長の要請で、滝川一益、佐久間信盛、林通勝などが三千の兵をつけて応援にかけつけた。だが、信長は、「こちらからは手をだすな」と密かに命じていた。
 武田信玄は当時、”神将”という評判で、軍略には評判が高かった。その信玄とまともにぶつかったのでは勝ち目がない。と、信長は思ったのだ。それに、武田が遠江や三河を通り、岐阜をすぎたところで家康と信長の軍ではさみ討ちにすればよい……そうも考えていた。しかし、それは裏目に出る。家康はこのとき決起盛んであった。自分の庭同然の三河を武田信玄軍が通り過ぎようとしている。
「今こそ、武田を攻撃しよう」家康はいった。家臣たちは「いや、今の武田軍と戦うのは上策とは思えません。ここは信長さまの命にしたがってはいかがか」と口々に反対した。 家康はきかなかった。真っ先に馬に乗り、駆け出した。徳川・織田両軍も後をおった。 案の定、家康は三方が原でさんざんに打ち負かされた。家康は馬にのって、命からがら浜松城に逃げ帰った。そのとき、あまりの恐怖に馬上の家康は失禁し、糞尿まみれになったという。とにかく馬を全速力で走らせ、家康は逃げた。
 家康の肖像画に、顎に手をあてて必死に恐怖にたえている画があるが、敗戦のときに描かせたものだという。それを家臣たちに見せ、生涯掲げた。
 ……これが三方が原で武田軍に大敗したときの顔だ。この教訓をわすれるな。決起にはやってはならぬのだ。………リメンバー三方が原、というところだろう。
  佐脇良之は善戦したが、三方が原で武田軍の騎馬にやれ、死んだ。信長に家康のもとに左遷せれてからの死だった。利家は泣いた。まつも泣いた。
 さらに、利家の母・たつも死んだ。利家はショックでしばらく寝込んだという。
 秀吉には子がなかった。そのため、利家は寧々に頼まれ、四女を秀吉の養女にした。秀吉はよろこび「豪姫じゃ! この子は豪姫じゃ!」とおやした。               
 利家は織田家臣団の中では佐々成政と大変懇篤な付き合いであったという。

 もし信玄が浜松城に攻め込んで家康を攻めたら、家康は完全に死んでいたろう。しかし、信玄はそんな小さい男ではない。そのまま京に向けて進軍していった。
 だが、運命の女神は武田信玄に微笑まなかった。
 かれの持病が悪化し、上洛の途中で病気のため動けなくなった。もう立ち上がることさえできなくなった。伊那郡で枕元に息子の勝頼をよんだ。
 自分の死を三年間ふせること、遺骨は大きな瓶に入れて諏訪湖の底に沈めること、勝頼は自分の名跡を継がないこと、越後にいって上杉謙信と和睦すること、などの遺言を残した。そして、武田信玄は死んだ。
 信玄の死をふして、武田全軍は甲斐にもどっていった。
 だが、勝頼は父の遺言を何ひとつ守らなかった。すぐに信玄の名跡を継いだし、瓶につめて諏訪湖に沈めることもしなかった。信玄の死も、忍びによってすぐ信長の元に知らされた。信長は喜んだ。織田信長にとって、信玄の死はラッキーなことである。
「天はわしに味方した。好機到来だ」信長は手をたたいて喜んだ。




         室町幕府滅亡


  将軍・足利義昭は信玄の死を知らなかった。
 そこでかれは、武田信玄に「信長を討て」と密書を何通もおくった。何も返事がこない。朝倉義景に送っても何の反応もない。本願寺は書状をおくってきたが、芳しくない。
 義昭は七月三日、蜂起した。二条城に武将をいれて、槙島城を拠点とした。義昭に忠誠を尽くす真木氏がいて、兵をあつめた。その数、ほんの三千八百あまり……。
 知らせをきいた信長は激怒した。
「おのれ、義昭め! わしを討てと全国に書状をおくったとな? 馬鹿めが!」信長は続けた。「もうあやつは用なしじゃ! 馬鹿が、雉も鳴かずばうたれまいに」
 七月十六日、信長軍は五万の兵を率いて槙島城を包囲した。すると、義昭はすぐに降伏した。しかし、信長は許さなかった。
”落ち武者”のようなざんばら髪に鎧姿の将軍・足利義昭は信長の居城に連行された。
「ひい~つ」義昭おびえていた。殺される……そう思ったからだ。
「義昭!」やってきた信長が声をあらげた。冷たい視線を向けた。
 義昭はぶるぶる震えた。小便をもらしそうだった。自分の蜂起は完全に失敗したのだ。もう諦めるしかない……まろは……殺される?
「も…もういたしませぬ! もういたしませぬ! 義父上!」
 かれは泣きべそをかき、信長の足元にしがみついて命乞いをした。「もういたしませぬ! 義父上!」将軍・足利義昭のその姿は、気色悪いものだった。
 だが、信長の顔は冷血そのものだった。もう、義昭など”用なし”なのだ。
「光秀、こやつを殺せ!」信長は、明智光秀に命じた。「全員皆殺しにするのじゃ!」
 光秀は「しかし……御屋形様?! 将軍さまを斬れと?」と狼狽した。
「そうじゃ! 足利義昭を斬り殺せ!」信長は阿修羅の如き顔になり吠えた。
 しかし、止めたのは秀吉だった。「なりませぬ、御屋形様!」
「なんじゃと?! サル」
「御屋形様のお気持ち、このサル、いたいほどわかり申す。ただ、将軍を殺せば松永久秀や三好三人衆と同じになりまする。将軍殺しの汚名をきることになりまする!」
 信長は無言になり、厳しい冷酷な目で秀吉をみていた。しかし、しだいに目の阿修羅のような光が消えていった。
「……わかった」信長はゆっくり頷いた。
 秀吉もこくりと頷いた。
 こうして、足利義昭は命を救われたが、どこか地方へと飛ばされ隠居した。こうして、足利尊氏以来、二百四十年続いた室町幕府は、第十五代将軍・足利義昭の代で滅亡した。









         どくろ杯


  信長は珍しく神棚に祈っていた。もう深夜だった。ろうそくの明りで室内は鬼灯色になっていた。秀吉はにこりと笑って、「神に祈っておられるのでか? 御屋形様」といった。そして、はっとした。除くと、神棚には仏像も何もない。ただ鏡があって、そこに信長の顔が写しだされていたからだ。信長は”自分”に祈っていたのだ。
 秀吉はそら恐ろしい気分だったに違いない。
  信長は大軍をすすめ、越前(福井県)に突入した。北近江の浅井長政はそのままだ。一乗谷城の朝倉義景にしてもびっくりとしてしまった。
 義景にしてみれば、信長はまず北近江の浅井長政の小谷山城を攻め、次に一乗谷城に攻め入るはずだと思っていた。しかし、信長はそうではなかった。一揆衆と戦った経験から、信長軍はこの辺の地理にもくわしくなっていた。八月十四日、信長は猛スピードで進撃してきた。朝倉義景軍は三千人も殺された。信長は敦賀に到着している。
 織田軍は一乗谷城を包囲した。義景は「自刀する」といったが部下にとめられた。義景は一乗谷城を脱出し、亥山(大野市)に近い東雲寺に着いた。
「一乗谷城すべてを焼き払え!」信長は命じた。
 城に火が放たれ、一乗谷城は三日三晩炎上し続けた。それから、義景はさらに逃亡を続けた。が、懸賞金がかけられると親戚の朝倉景鏡に百あまりの軍勢でかこまれてしまう。 朝倉義景のもとにいるのはわずかな部下と女人だけ………
 朝倉義景は自害した。享年四十一歳だったという。
  そして、北近江の浅井長政の小谷山城も織田軍によって包囲された。
 長政は落城が時間の問題だと悟った。朝倉義景の死も知っていたので、援軍はない。八月二十八日、浅井長政は部下に、妻・お市(信長の妹)と三人の娘(茶々(のちの秀吉の側室・淀君)、お初、お江(のちの家康の次男・秀忠の妻)を逃がすように命じた。
 お市と娘たちを確保する役回りは秀吉だった。
「さぁ、はやく逃げるのだ」浅井長政は心痛な面持ちでいった。
 お市は「どうかご一緒させてください」と涙ながらに懇願した。
 しかし、長政は頑固に首を横にふった。
「お主は信長の妹、まさか妹やその娘を殺すことはしまい。嫡男は殺されるだろうが」
「しかし…」
「いけ!」浅井長政は低い声でいった。「はやく、いくのだ! さぁ!」
お市は浅井長政に嫁いだ日を思い出した。兄・信長に命じられるまま嫁いだ。浅井長政はお市を見て「そなたは武将のような女子じゃ。しかしその瞳に可憐な女が見える」といったのだ。「女?」お市は長政に惹かれるようになる。すぐに茶々(のちの秀吉の側室・淀君)と初(京極高次の側室)という娘に恵まれた。そして信長に反逆して大勢の織田勢に包囲されながら、小谷城でお市は身ごもった。しかし、お市はお腹の赤子をおろそうとした。薬師に薬をもらった。「これを飲めばお腹のやや(赤子)は流れるのじゃな?」「はっ」そんなとき、幼い茶々が短刀を抜いて初を人質に乱入した。驚いた、というしかない。茶々は「ややを産んでくだされ、母上! ややを殺すならこの茶々も初もこの刀で死にまする!」という。この思いに母・お市は負けた。短刀を取り上げて、「わかった。産もうぞ」といった。娘が生まれた。
 長政は「この姫は近江の湖に生まれし子、名は江じゃ」という。しかし、浅井三姉妹とお市と浅井長政との永遠の別れとなった。お市と茶々、初や側奥女中らは号泣しながら小谷城落城・炎上を見送った。
 秀吉はにこにこしながら、お市と娘たちを受け取った。
 浅井長政は、信長の温情で命を助けられそうになった。秀吉が手をまわし、すでに自害している長政の父・久政が生きているから出てこい、とやったのだ。
 浅井長政は、それならばと城を出た。しかし、誰かが、「久政様はすでに自害している」と声をあげた。そこで浅井長政は、
「よくも織田信長め! またわしを騙しおったか!」と激怒し、すぐに家老の屋敷にはいり、止める間もなく切腹してしまった。
 信長は激しく怒り、「おのれ! 長政め、命だけは助けてやろうと思うたのに……馬鹿なやつめ!」とかれを罵った。
 長男の万福丸は秀吉の家臣によって殺害され、次男の万陽丸は出家処分に…お市は泣きながら、三姉妹とともに織田信長の清洲城に引き取られていった。
 兄・信長と信包の元で、9年間もお市の方は贅沢に幸せに暮らさせてもらった。しかし、気になるのは柴田勝家である。
 勝家はお市の初恋の相手であった。またお市は秀吉をいみ嫌っていた。…サルめ! ハッキリそういって嫌った。

  天正二年(一五七四)の元日、岐阜城内は新年の祝賀でにぎわっていた。
 信長は家臣たちににやりとした顔をみせると、「あれを持ってこい」と部下に命じた。ほどなく、布につつまれたものが盆にのせて運ばれてきた。    
「酒の肴を見せる」
 信長はにやりとして、顎で命じた。布がとられると、一同は驚愕した。盆には三つの髑髏があったからだ。人間の頭蓋骨だ。どくろにはそれぞれ漆がぬられ、金箔がちりばめられていた。信長は狂喜の笑い声をあげた。
「これが朝倉義景、これが浅井久政、浅井長政だ」
 一同は押し黙った。………信長さまはそこまでするのか……
 お市などは失神しそうだった。利家たちも愕然とした。
「この髑髏で酒を飲め」信長は命じた。部下が頭蓋骨の頂点に手をかけると、皿のようになった頭蓋骨の頭部をとりだし、酒をついだ。
「呑め!」信長はにやにやしていた。家臣たちは、信長さまは狂っている、と感じた。酒はもちろんまずかった。とにかく、こうして信長の狂気は、始まった。

  勝家は家臣団五千とともに上杉景勝と戦っていた。そんな中、ふたたび家臣となった者が山城に孤立した。囲まれ、上杉軍にやられるところだった。勝家の部下たちはその者は見殺しにして、このまますすめば上杉景勝の首をとれると進言した。しかし、勝家は首を横にふった。「あやつを見殺しに出来るか!」こうして、その者たちは助けられた。         
 上杉景勝(上杉謙信の甥・謙信の養子・上杉家第二代)は難を逃れた。




  天正四年(一五七六)……
 信長の庇護のもと伊勢(三重県)上野城でお江、茶々、初、お市は暮らしていた。。
「母上ーっ!」背の高い少女が浜辺で貝を拾いながら、浜辺のお市や叔父・織田信包(のぶかね)らに手をふった。可愛い少女である。
「あ!……姉様! ずるい!」
 浅井三姉妹の次女で姉の初が、江の籠の貝を盗みとり自分の籠に入れた。
 お市とともに浜茶屋に座っている背の高い少女こそ、長女・茶々、のちの豊臣秀吉の正室・淀になる茶々(当時十二歳)である。 初と江のふたりは浜茶屋に駆けてきて、
「母上、ひどいのです! 姉様が私の貝を盗むのです」
「失礼な、たまたま貝が私の籠にはいっただけじゃ」
 無邪気なふたりにお市も信包も茶々も笑った。 
 元亀四年(1573年)にお江は生まれ、寛永三年(1626年)に病死するまでの人生である。…墓は徳川家の菩提寺に秀忠とともにある。…
 徳川秀忠はハンサムな顔立ちで、すらりとした痩身な男で、智略のひとであったが、今はまだ只の若者に過ぎない。若き頃より、秀吉の人質になり、軍略を磨くことになるのだが、まだまだ家康・秀吉の方が上であった。
 幼い頃、江は織田信長の馬上での勇々しい姿をみたことがある。安土でのことだった。
 お江はその時の信長の姿を目に焼き付けていた。信長ならば…もしや…私も!「御屋形様は…戦神じゃ! ひとから義をとってしまえば野山の獣と同じだ!」
 織田……の旗印が風にたなびく……英雄・織田信長はお江には眩しく映った。
 まだお江は織田信長が父親の命をうばったなど知らなかった。
 そして、お江に「上杉謙信」「武田信玄」のことをきいた。
「どちらが勝つと思う? 江!」
「謙信に決まってます」
「しかし…」信長は続けた。「武田には山本勘助なる軍師が…」
「そんなやつ、謙信……上杉謙信の足元にもおよばぬはずです!」
 お江は笑った。川中島は現在の新潟県と長野県の間に流れる千曲川のところである。ここで上杉軍と武田軍のこぜりあいが長く続けられていた。上杉謙信とは不思議なひとで、領土を広げようという野心のない人物で、各国の武将の中でも人望があつかった。楽しむが如く戦をし、武田攻めも義によって行っているだけだという。武田の領地である信濃や甲斐を狙っていた訳ではないのだ。すべては村上義清の要請……それだけだった。
   そして、上杉謙信と武田信玄との激戦、川中島の戦いで、ある。

  信州(長野県)・川中島(信州と越後の国境付近)で、武田信玄と上杉謙信(長尾景虎)は激突した。世にいう「川中島合戦」である。戦国時代の主流は山城攻めだったが、この合戦は両軍四万人の戦いだといわれる。
  甲府市要害山で大永元(一五二一)年、武田信玄(晴信)は生まれた。この頃の十六世紀は戦国時代である。文永十(一五四一)年、武田信玄(晴信)は家督を継いだ。信濃には一国を束める軍がない。武田信玄は孫子の「風林火山」を旗印に信濃の四十キロ前までで軍をとめた。それから三~四ケ月動かなかった。
「武田などただの臆病ものよ!」
 信濃の豪族はたかをくくっていた。
 しかし、武田晴信はそんなに甘くはない。
 まず甲斐(山梨県)で軍備を整えた。
 出家もし、剃髪し、晴信から信玄と名をかえた。
 そして、信濃(長野県)の制圧の戦略をもくもくと練っていた。
「御屋形様! 武田の騎馬軍団の勇姿みせましょうぞ!」
 家臣たちは余裕だった。
 信玄も、
「信濃はわしのものとなる。甲斐の兵、武田軍は無敵ぞ」
 と余裕のままだった。
 謙信も「武田の兵を叩きつぶしてくれるわ!」息巻いた。
「いけ! 押し流せ!」
 陣羽織りの信玄の激が飛ぶ。
「うおおおっ!」
 武田の赤い鎧の集団が長槍をもって突撃する。
 信濃の豪族は油断した。そのすきに信玄は騎馬軍団をすすめ、信濃を平定した。領土を拡大していった。彼は、領土の経済へも目を向ける。「甲州法度之次第(信玄家法)」を制定。治水事業も行った。信玄は国を富ませて天下取りを狙ったのである。
 第一次川中島の合戦は天文二十二(一五五三)年におこった。まだ誰の支配地でもない三角洲、川中島に信玄は兵をすすめる。と、強敵が現れる。上杉謙信(長尾景虎)である。謙信はこのときまだ二十二歳。若くして越後(新潟県)を治めた天才だった。謙信は幼い頃から戦いの先頭にたち、一度も負けたことがなかったことから、毘沙門天の化身とも恐れられてもいた。また、謙信は義理堅く、信濃の豪族が助けをもとめてきたので出陣したのであった。上杉軍が逃げる武田軍の山城を陥していき、やがて信玄は逃げた。信玄の川中島侵攻は阻まれた。(二万人の負傷者)
 天文二十三(一五五四)年、武田は西の今川、南の北条と三国同盟を成立させる。それぞれが背後の敵を威嚇する体制ができあがった。
「これで……不倶戴天の敵・上杉謙信を倒せる!」
 信玄は笑った。
 ある日、両軍主領があう機会があった。
 永禄元年五月上杉・武田の和議が起こり、千曲川を隔てて両将が会見したとき、謙信は馬から降り、川岸で会見しようとした。
 すると信玄は礼を重んじることもなく、
「貴公の態度はいかにもうやうやしい。馬上から語ってもよかろうぞ」と放言した。
 信玄には謙信のような「義」「礼」がなかったのである。
 謙信はやはり武田と戦うことを誓った。
 上杉謙信は武諦式をおこない、戦の準備をはじめた。
「……今度の戦で信玄を倒す!」
 謙信は兵に激を飛ばした。
「おう!」
 上杉軍は決起盛んである。
  第二次川中島の合戦は天文二十四(一五五五)年四月に勃発した。
 信玄は上杉が犀川に陣をはったときの背後にある旭山城の山城に目をつける。上杉は犀川に陣をはり、両軍の睨み合いが数か月続く。
 膠着状態のなか、上杉武田両軍のなかにケンカが発生する。
「やめぬか! 義を守れ!」
 謙信は冷静にいって、書状を書かせた。
 謙信は部下に誓約書をかかせ鎮圧したのだ。
 どこまでも「義」のひとなのである。
 信玄は違った。
「おぬしら、働きをしたものには褒美をやるぞ!」
 と、信玄は人間の利益にうったえた。
「欲」「現実」のひとなのである。
 信玄は戦でいい働きをしたら褒美をやるといい沈静化させる。謙信は理想、信玄は現実味をとった訳だ。
 やがて武田が動く。
 上杉に「奪った土地を返すから停戦を」という手紙を送る。謙信はそれならばと兵を引き越後に帰った。
「……信玄を信じよう」
 義の謙信は疑いのない男だ。
 しかし、信玄は卑怯な現実主義者だった。
 第三次川中島の合戦は弘治三(一五五七)年四月に勃発した。
 武田信玄が雪で動けない上杉の弱みにつけこんで約束を反古にして、川中島の領地を奪ったことがきっかけとなった。”信玄の侵略によって信濃の豪族たちは滅亡に追いやられ、神社仏閣は破壊された。そして、民衆の悲しみは絶えない。隣国の主としてこれを黙認することなどできない”
 上杉謙信は激怒して出陣した。上杉軍は川中島を越え、奥まで侵攻。しかし、武田軍は戦わず、逃げては上杉を見守るのみ。これは信玄の命令だった。”敵を捕捉できず、残念である”上杉謙信は激怒する。”戦いは勝ちすぎてはいけない。負けなければよいのだ。 敵を翻弄して、いなくなったら領土をとる”信玄は孫子の兵法を駆使した。上杉はやがて撤退しだす。
 永禄二(一五五九)年、上杉謙信は京へのぼった。権力を失いつつある足利義輝が有力大名を味方につけようとしたためだ。謙信は将軍にあい、彼は「関東管領」を就任(関東支配の御墨付き)した。上杉謙信はさっそく関東の支配に動く。謙信は北条にせめいり、またたくまに関東を占拠。永禄三(一五六〇)年、今川義元が織田信長に桶狭間で討ち取られる。三国同盟に亀裂が走ることに……。
 上杉は関東をほぼ支配し、武田を北、東、南から抑えるような形勢になる。今川もガタガタ。しかも、この年は異常気象で、四~六月まで雨が降らず降れば十一月までどしゃぶり。凶作で飢餓もでた。
 第四次川中島の合戦は永禄四(一五六一)年、五月十七日勃発。それは関東まで支配しつつあった上杉に先手をうつため信玄が越後に侵攻したことに発した。信玄は海津城を拠点に豪族たちを懐柔していく。上杉謙信は越後に帰り、素早く川中島へ出陣した。
 上杉は川中島に到着すると、武田の目の前で千曲川を渡り、海津城の二キロ先にある妻女山に陣をはる。それは武田への挑発だった。
 十五日もの睨み合い…。信玄は別動隊を妻女山のうらから夜陰にまぎれて奇襲し、山から上杉軍を追い出してハサミ討ちにしようという作戦にでる(きつつき作戦)。
 しかし、上杉謙信はその作戦を知り、上杉軍は武田別動隊より先に夜陰にまぎれて山を降りる。
「よいか! 音をたてたものは首を斬り落とすぞ!」
 謙信は家臣や兵に命令した。
 謙信は兵に声をたてないように、馬には飼い葉を噛ませ口をふさぐように命令して、夜陰にまぎれて山を降りた。一糸乱れぬみごとな進軍だった。
 上杉軍は千曲川を越えた。
 九月十日未明、信玄が海津城を出発。永禄四(一五六一)年、九月十日未明、記録によれば濃い霧が辺りにたちこめていた。やがて霧がはれてくると、武田信玄は信じられない光景を目にする。
「……なんじゃと?! 上杉が陣の真ん前に?」
 信玄は驚いた。
 驚きのあまり軍配を地に落としてしまった。
 妻女山にいるはずの上杉軍が目の前に陣をしいていたのだ。上杉軍は攻撃を開始する。妻女山に奇襲をかけた武田別動隊はカラだと気付く。が、上杉軍の鉄砲にやられていく。「いけ! 押し流せ!」
 無数の長槍が交じりあう。
 雲霞の如く矢が飛ぶ。
 謙信は単身、馬で信玄にせまった。
 刀をふる謙信……
 軍配で受ける信玄……
 謙信と信玄の一気討ち「三太刀七太刀」…。
 このままでは本陣も危ない!
 信玄があせったとき武田別動隊が到着し、九月十日午前十時過ぎ、信玄の軍配が高々とあがる。総攻撃!
 ハサミうちにされ、朝から戦っていた兵は疲れ、上杉軍は撤退した。死傷者二万(両軍)の戦いは終了した。「上杉謙信やぶれたり!」信玄はいったという。
 武田信玄は川中島で勝利した。
 上杉はその後、関東支配を諦め、越後にかえり、信玄は目を西にむけた。
 第五次川中島の合戦は永禄七(一五六四)年、勃発した。
 しかし、両軍とも睨みあうだけで刃は交えず撤退。以後、二度と両軍は戦わなかった。 武田は領土拡大を西に向け、今川と戦う。こんなエピソードがある。今川と北条と戦ったため海のない武田領地は塩がなくなり民が困窮……そんなとき塩が大量に届く。それは上杉謙信からのものだった。たとえ宿敵であっても困れば助ける。「敵に塩をおくる」の古事はここから生まれた。
 武田は大大名になった。
 信玄は国づくりにも着手していく。治水工事、高板はたびたび川がはんらんしていた。 そこで竜王の民を移住させ、堤をつくった。
 上杉にも勝ち、金鉱二十もあらたに手にいれた。
 のちに信長は自分の娘を、信玄の息子勝頼に嫁がせている。
 しかし、信玄は信長の一向衆や寺焼き討ちなどをみて、
「織田信長は殺戮者だ! わしが生きているうちに正しい政をしなければ…」
 と考えた。それには上洛するしかない。

  のちに天下を争うことになる毛利も上杉も武田も織田も、いずれも鉱業収入から大きな利益を得てそれを軍事力の支えとした。
 しかし、一六世紀に日本で発展したのは工業であるという。陶磁器、繊維、薬品、醸造、木工などの技術と生産高はおおいに伸びた。その中で、鉄砲がもっとも普及した。ポルトガルから種子島経由で渡ってきた南蛮鉄砲の技術を日本人は世界中の誰よりも吸収し、世界一の鉄砲生産国とまでなる。一六〇〇年の関ケ原合戦では東西両軍併せて五万丁の鉄砲が装備されたそうだが、これほど多くの鉄砲が使われたのはナポレオン戦争以前には例がないという。
 また、信長が始めた「楽市楽座」という経済政策も、それまでは西洋には例のないものであった。この「楽市楽座」というのは税を廃止して、あらゆる商人の往来をみとめた画期的な信長の発明である。一五世紀までは村落自給であったが、一六世紀にはいると、通貨が流通しはじめ、物品の種類や量が飛躍的に発展した。
 信長はこうした通貨に目をむけた。当時の経済は米価を安定させるものだったが、信長は「米よりも金が動いているのだな」と考えた。金は無視できない。古い「座」を廃止して、金を流通させ、矢銭(軍事費)を稼ごう。
 こうした通貨経済は一六世紀に入ってから発展していた。その結果、ガマの油売りから美濃一国を乗っ取った斎藤道三(山崎屋新九郎)や秀吉のようなもぐりの商人を生む。
「座」をもたないものでも何を商ってもよいという「楽市楽座」は、当時の日本人には、土地を持たないものでもどこでも耕してよい、というくらいに画期的なことであった。




  信長は斎藤氏を追放して稲葉山城に入ると、美濃もしくは井の口の名称をかえることを考えた。中国の古事にならい、「岐阜」とした。岐阜としたのは、信長にとって天下とりの野望を示したものだ。中国の周の文王と自分を投影させたのだ。
 日本にも王はいる。天皇であり、足利将軍だ。将軍をぶっつぶして、自分が王となる。日本の王だ。信長はそう思っていた。
 信長は足利幕府の将軍も、室町幕府も、天皇も、糞っくらえ、と思っていた。神も仏も信じない信長は、同時に人間も信じてはいなかった。当時(今でもそうだが)、誰もが天皇を崇め、過剰な敬語をつかっていたが、信長は天皇を崇めたりはしなかった。
 この当時、その将軍や天皇から織田信長は頼まれごとをされていた。           天皇は「一度上洛して、朕の頼みをきいてもらいたい」ということである。
 天皇の頼みというのは武家に犯されている皇室の権利を取り戻してほしいということであり、足利将軍は幕府の権益や威光を回復させてほしい……ということである。
 信長は天皇をぶっつぶそうとは考えなかったが、足利将軍は「必要」と考えていなかった。天皇のほかに「帽子飾り」が必要であろうか?
 室町幕府をひらいた初代・足利尊氏は確かに偉大だった。尊氏の頃は武士の魂というか習わしがあった。が、足利将軍家は代が過ぎるほどに貴族化していったという。足利尊氏の頃は公家が日本を統治しており、そこで尊氏は立ち上がり、「武家による武家のための政」をかかげ、全国の武家たちの支持を得た。
 しかし、それが貴族化していったのでは話にもならない。下剋上がおこって当然であった。理念も方針もすべて崩壊し、世の乱れは足利将軍家・室町幕府のせいであった。
 ただ、信長は一度だけあったことのある十三代足利将軍・足利義輝には好意をもっていたのだという。足利義輝軟弱な男ではなかった。剣にすぐれ、豪傑だったという。
 三好三人衆や松永弾正久秀の軍勢に殺されるときも、刀を振い奮闘した。迫り来る軍勢に刀で対抗し、刀の歯がこぼれると、すぐにとりかえて斬りかかった。むざむざ殺されず、敵の何人かは斬り殺した。しかし、そこは多勢に無勢で、結局殺されてしまう。
 なぜ三好三人衆や松永弾正久秀が義輝を殺したかといえば、将軍・義輝が各大名に「三好三人衆や松永弾正久秀は将軍をないがしろにしている。どうかやつらを倒してほしい」という内容の書を送りつけたからだという。それに気付いた三好らが将軍を殺したのだ。(同じことを信長のおかげで将軍になった義昭が繰り返す。結局、信長の逆鱗に触れて、足利将軍家、室町幕府はかれの代で滅びてしまう)
 十三代足利将軍・足利義輝を殺した三好らは、義輝の従兄弟になる足利義栄を奉じた。これを第十四代将軍とした。義栄は阿波国(徳島県)に住んでいた。三好三人衆も阿波の生まれであったため馬があい、将軍となった。そのため義栄は、”阿波公方”と呼ばれた。 このとき、義秋(義昭)は奈良にいた。「義栄など義輝の従兄弟ではないか。まろは義輝の実の弟……まろのほうが将軍としてふさわしい」とおもった。
 足利義秋(義昭)は、室町幕府につかえていた細川藤孝によって六角義賢のもとに逃げ込んだ。義秋は覚慶という名だったが、現俗して足利義秋と名をかえていた。坊主になどなる気はさらさらなかった。殺されるのを逃れるため、出家する、といって逃げてきたのだ。
 しかし、六角義賢(南近江の城主)も武田家とのごたごたで、とても足利義秋(義昭)を面倒みるどころではなかった。仕方なく細川藤孝は義秋を連れて、越前の守護代をつとめていて一乗谷に拠をかまえていた朝倉義景の元へと逃げた。
 朝倉義景は風流人で、合戦とは無縁の生活をするためこんな山奥に城を築いた。義景にとって将軍は迷惑な存在であった。足利義秋は義昭と名をかえ、しきりに「軍勢を率いて将軍と称している義栄を殺し、まろを将軍に推挙してほしい」と朝倉義景にせまった。
 義景にしては迷惑なことで、絶対に軍勢を率いようとはしなかった。
 朝倉義景にとって、この山奥の城がすべてであったのだ。







【長年の疑問回答】やっぱり猫には「お化け」が見えているの?の回答?

2017年02月22日 19時23分53秒 | 日記




























やっぱり猫には「お化け」が見えているの?





(ロケットニュース24 / ソシオコーポレーション)© ロケットニュース24 提供 (ロケットニュース24 / ソシオコーポレーション)

ジーーーーーーー。猫が何もない空間をジッと見つめている。猫を飼っている人なら、そんな場面を何度も目撃したことがあるはずだ。

でも、一体なぜ猫は何もない空間を見つめるのか? 「あれは猫がお化けや幽霊を見ているんだ」という噂をよく耳にするが、果たして本当なのか? そこで今回は、海外メディアが伝えていた「何もない空間を見つめる猫の謎」をご紹介したい。

・猫は何を見つめているの?
何もない空間を見つめたり、何もない場所で興奮する猫の動画は、ネット上にあふれている。

例えば動画『Cat Chasing A Ghost? Ninja Cat』には、暗い部屋で何かを追いかけ回す猫が登場する。猫が “何か” に反応しているのは明らかなのだが、私たち人間にはその姿は見えない。えーと、あなたは何を追いかけているの?

この質問に獣医師のレイチェル・バーラックさんは、海外メディア『The Dodo』にて以下のように答えている。

「猫の目は、人間よりもずっと敏感です。猫が何もない場所をジッと見つめているときは、何らかの微細な動きに気付いているのかもしれません」

・猫は紫外線などが見えている
たしかに猫には、人間の目には映らないものが見えているもよう。例えば、紫外線。2014年に英シティ大学ロンドンが行った実験にて、犬・猫には、紫外線などの電磁波が見えていることが判明している。

ではなぜ、犬は猫のように虚空を見つめたりしないのか? そんな疑問に対して、バーラック獣医師は「猫は他の動物よりも好奇心がおう盛なので、何かをジッと見つめるような風変わりな行動を見せるのではないか」と答えている。

・人間には気付きにくいものと遊ぶ猫
また動物愛護団体 MSPCA Boston Adoption Center で働くケイティ・アーマーさんも、自身の飼い猫が、人間には気付きにくい微細なホコリや光と遊んでいるエピソードを披露しては、猫の感覚の鋭さを説明している。

「猫は、人間とは比べ物にならないほど鋭い感覚を有しています。人間には見えなくて、聞こえないものを感知できる。そして人間は、猫の素晴らしい脳の働きを解明しきれていません。何かを見つめ、その正体を考え、安全かどうか確かめようとする猫を温かい目で見守るべきです」

・「話せないのだから、本当のところは分からない」
なーんだ、猫はお化けを見ている訳ではなかったのか……とガッカリするのはちょっと早い。

なぜなら「犬は超常現象を感知するか?」という記事を掲載した『Animal Planet』は、「犬は聴覚、嗅覚、視覚で、人間が気付かない様々な現象を感知している」と説明しつつも、「同時に第六感だって有している」といったペット心理学者の言葉を紹介。そして「犬は言葉を話さないのだから、本当のところは分からないのではないか」と締めくくっているのだ。

犬がそうなら猫だって見えている……かも!? 紫外線やホコリを見つめながらも、猫たちは私たちが予想も付かない “何か” を見ていることだってあるのだ……と今後も信じていきたい。

参照元:The Dodo、Animal Planet(英語)、YouTube
執筆:小千谷サチ
Photo:RocketNews24.

【マレーシア金正男暗殺事件】異母兄を殺害した金正恩 次に怖いのは…

2017年02月22日 19時12分22秒 | 日記































【マレーシア金正男暗殺事件】異母兄を殺害した金正恩 次に怖いのは…




 故金正日総書記の長男で正恩委員長の異母兄・正男氏が、殺害された。北朝鮮国内ではもはや何の影響力もなかったという正男氏。それなのになぜ、殺されたのか。

「金正男(キムジョンナム)は嫌いだ。やってしまえ」

 北朝鮮の金正恩(ジョンウン)・朝鮮労働党委員長が周囲に語っていた言葉だ。故金正日(ジョンイル)総書記の長男、正男氏が13日、マレーシアの首都クアラルンプールの空港で殺害された。韓国の情報機関、国家情報院は15日の韓国国会報告で、背後に正恩氏の指示があったとほぼ断定した。5年前から暗殺計画が存在し、「殺害は、必ず達成しなければいけないスタンディングオーダー(継続的な指示)だった」とした。

 背景には、血塗られた北朝鮮指導者家系の歴史がある。

●正男も正恩も同じ庶子

 初代の故金日成(イルソン)国家主席が後継者に指名した息子の正日総書記は、同じ血筋の人間を「枝葉(キョッカジ)」と呼んで敵視した。叔父の金英柱・元党組織指導部長を長く地方に幽閉。異母弟の金平一(ピョンイル)氏は海外に飛ばした。正恩氏はもっと過激で、叔父の張成沢(チャンテンソク)元国防副委員長を2013年12月に処刑。張氏の妻で金総書記の妹、金敬姫(ギョンヒ)氏や実兄の金正哲(ジョンチョル)氏も平壌で幽閉状態にある。

 北朝鮮の元当局者は言う。

「北当局はプライドが異常に高いし、心配性でもある。選挙で選ばれたトランプや安倍よりも、自分のほうが国民に支持されていると証明したい」

 金日成主席は抗日パルチザンの英雄として国民に熱狂的に迎えられたため、その心配が要らなかった。権力継承まで約20年の余裕があった金正日総書記は「ゴルフの18ホールすべてでホールインワンを記録した」「銃を撃てば百発百中だった」など、超人伝説をつくった。

 金正恩氏の場合、公式に名前が伝えられてから権力を握るまでの期間が1年半と短く、頼れる人脈も誇れる実績もなかった。


偏執狂的性格の金正恩氏だけに、核ミサイル問題に置き換わる可能性は十分にあるという(※イメージ写真)© dot. 偏執狂的性格の金正恩氏だけに、核ミサイル問題に置き換わる可能性は十分にあるという(※イ…
 窮した正恩氏が頼ったのが「白頭山(ペクトゥサン)血統」と呼ばれる指導者の血筋だった。北朝鮮は今年8月にも「白頭山偉人称賛大会」を開く予定だ。正恩氏は体形や服装も、金日成主席に似せる努力をしている。

 その正恩氏にとって目障りだったのが、同じ金正日総書記の血を引く正男氏だった。正男氏の母、故成恵琳(ソンヘリム)氏は北朝鮮の女優だった。金総書記には当時、すでに金英淑(ヨンスク)夫人がいたため、正男氏は庶子扱い。ただ、正恩氏の母は、北朝鮮で2級国民として扱われている在日朝鮮人出身の高英姫(コンヨンヒ)氏。正恩氏は依然、高氏の存在を公開していない。同じ庶子でも、正男氏は1歳の誕生日に祖父の金日成主席と面会し、認知された存在だったという。

●同じ血筋は生かさず

 韓国国情院は15日の国会報告で、正男氏には亡命の動きはなかったと報告。国会情報委員会所属議員も、正男氏には北朝鮮内に影響力が全くなかったと語った。それでも正恩氏が正男氏を付け狙ったのは、同じ血筋の人間を生かしておかないという正恩氏の「偏執狂的な性格」(国情院)が影響したとみられている。

 今回の殺害劇は北朝鮮を巡る国際情勢にどのような影響を与えるのか。

 韓国政府は15日、国家安全保障会議常任委員会を開き、黄教安首相(大統領権限代行)が韓国軍に対して北朝鮮軍の挑発に備えた警戒を強めるよう指示した。トランプ米政権が北朝鮮と対話に乗り出す可能性は少なくなったとみる専門家も多い。

 韓国陸軍に勤務した韓国・国民大学の朴輝洛(パクヒラク)政治大学院長はこう語っている。

「事件の異常性が核やミサイルの問題に置き換わる可能性は十分ある。まさか暗殺はしないだろうという考えは、まさか核攻撃はしないだろうという考えと同じ。金正恩ならやりかねない」

(朝日新聞ソウル支局長・牧野愛博)

※AERA 2017年2月27日号

NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』視聴率急降下で、早くも黄信号!

2017年02月22日 18時34分14秒 | 日記





























“強敵”羽生結弦に大苦戦!? NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』視聴率急降下で、早くも黄信号!




© Cyzo 提供
 柴咲コウ主演のNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』の第7話が19日に放送され、平均視聴率は12.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と急降下。早くも黄信号が灯った。 ここまで、初回16.9%→15.5%→14.3%→16.0%→16.0%→14.5%と推移し、なんとか格好はついていたが、第7話での急落は何が起因しているのか?

 同日、日本テレビ系の強力なライバル番組『世界の果てまでイッテQ!』は20.8%で3週連続の大台をキープしたものの、前週の22.2%から1.4ポイントダウンした。

 しかし、フジテレビ系では、前週6.3%しか取れなかった『フルタチさん』が休止で、代わりに羽生結弦が出場した『四大陸フィギュアスケート選手権2017 男子フリー』がオンエアされ、12.7%の高視聴率をマーク。ふだん、この時間帯で数字を取れていないフジが6.4ポイントも大幅アップさせたことで、『直虎』の視聴率に影響を及ぼしたのは確かなようだ。

 ただ、視聴率降下の原因はそれだけではない。『直虎』は第4話まで子役による演技が続き、第5話から柴咲、主要キャストの三浦春馬、高橋一生が本格的に登場。しかし、視聴率は回を重ねるごとに下がってきているのだ。本来なら、第5話からグッと上がることが見込まれていたはずだが、実際にはじき出された数字はその逆。

 しかも、大河で早々に12%台以下を記録したのは、近年では2015年の井上真央主演『花燃ゆ』第7話(11.6%)、13年の綾瀬はるか主演『八重の桜』第10話(12.6%)、12年の松山ケンイチ主演『平清盛』第12話(12.6%)といったくらいで、いずれも最終的に低視聴率に終わっている。

「いくら裏番組が強かったからといって、まだ第7話なのに12%台まで落ち込むのは早すぎです。『直虎』は、平均12.0%で大河史上ワースト視聴率タイとなった『花燃ゆ』と同じように、主人公の知名度が低くて、大河ファンでも、なかなか感情移入がしづらいようです。キャストも昨年の『真田丸』に比べると格段に落ちますし、まるで話題にもなっていない。主演の柴咲ひとりに責任をなすりつけるのは酷ですが、ここまでの視聴率を見る限り、『花燃ゆ』並みの数字で終わってしまいそうな気配が漂っています」(テレビ誌関係者

) 次回26日は、フジは通常通り、爆死連発の『フルタチさん』を放送するため、『直虎』の視聴率も回復すると思われるが、早い段階で15%未満をウロウロしているようだと、先行きは暗いとしか言いようがない。なんとか15%超えは確保してほしいものだが……。

(文=田中七男)

※画像は柴咲コウ

市川海老蔵母が明かす小林麻央への思い「早く治って」

2017年02月18日 06時53分31秒 | 日記





























海老蔵母が明かす麻央への思い「早く治って」




 團十郎さんの妻として、海老蔵さんの母として、歌舞伎界の名門「成田屋」を支えてきた堀越希実子さん。お嫁さんである麻央さんとの関係などについて、作家の林真理子さんと語っていただきました。

*  *  *

林:希実子さんは(小林)麻央ちゃんをテレビで見て、「こんな子がお嫁さんだったらいいな」と思ってらしたんですってね。

堀越:そうなんです。そしたら海老蔵が麻央ちゃんを連れてきたから、びっくりしました。うちに挨拶に来てから結婚までは、早かったですね。

林:私、海老蔵さんがあんな子煩悩になられるとは思いませんでした。びっくりです。

堀越:私もびっくり(笑)。自分でも言ってました。「親父はこんなに子どもの面倒を見なかっただろ? 俺、よく見ると思わない?」って。

林:このあいだ海老蔵さんのドキュメンタリー番組を見てたら、「カンカン愛しているよ」とか言ってチュッってしてましたよ。勸玄(かんげん)君って、本当に整ったきれいなお顔してますよね。

堀越:麻央ちゃんに似てますよね。睫毛(まつげ)が長くて、パタッ、パタッってするんです。お花が好きで、私が幼稚園にお迎えに行くときは、「お花屋さんに行こうか」「うん!」「おうちに植えるの、どれがいい?」って聞くと、自分で選んで家に持って帰るんです。梅雨の時期は「紫陽花が欲しい」と言って、幼稚園にお迎えに行くたびに花屋に寄って紫陽花を買ってました。だから家じゅう紫陽花だらけなの。

林:まあ、かわいい。初孫ちゃんは女の子ですよね。

堀越:麗禾(れいか)です。麗禾もなかなかのお嬢ちゃまでチュよ(笑)。

林:お嬢さんもパパっ子みたいですね。

堀越:そうなんですよ。息子が地方なんか行くときは大変です。ダッコちゃん人形みたいに足にしがみついて「行かないで」ってわんわん泣くんですよ。それで海老蔵が「わかったよ、わかったよ」って。もう儀式みたいになってます。


故・十二代目市川團十郎夫人 堀越希実子(ほりこし・きみこ)/1952年、東京都生まれ。学習院大学仏文学科卒業後、76年に十二代目市川團十郎(当時は十代目市川海老蔵)と結婚。長男は十一代目市川海老蔵、長女は三代目市川ぼたん。著書に『成田屋の食卓─團十郎が食べてきたもの─』など(撮影/写真部・堀内慶太郎)© dot. 故・十二代目市川團十郎夫人 堀越希実子(ほりこし・きみこ)/1952年、東京都生まれ。…
林:ほのぼのとします。海老蔵さんの意外な一面ですね。希実子さんはよく海老蔵さんのお宅においしいものを届けられるそうですけど、お孫さんたち、どんなものがお好きなんですか。

堀越:家に来て食べるのは、シチューとか、ロールキャベツとか。でも麗禾は納豆ご飯がいちばん好きなの。「納豆ある? あたし納豆にご飯とお味噌汁がいいの」って。

林:あら、庶民的な。おばあさまのことはなんてお呼びになるんですか。

堀越:「ナナちゃんばあば」です。ナナというのはうちで飼っているゴールデンレトリバーです。だから2人が家の前に来ると、大声で「ナーちゃんばあば~!」って呼ぶの。私はベランダに出て手を振って、「いらっしゃ~い!」とか言って。

林:目に浮かびますよ。希実子さんはおばあさまとしてご一家を見守っていらっしゃるんですね。

堀越:今は麻央ちゃんが病気なので、お芝居関係のことは全部私がやってるんです。家のことは孫のことも含めて向こうのお母さんがやってくれています。

林:麻央さん、早く元気になるといいですね。

堀越:本当に。早く治ってほしいと思います。

林:でも、先日退院されたようでホッとしてます。

堀越:食事がうまくのどを通らないらしくて、つぶしていただくんです。それが病院では難しいので、家に帰ることになったんです。体重を増やさなきゃいけないので。

林:麻央さんのブログを拝見すると、ジャーナリストの視点と詩人の心を持っているなと思いますよ。ご自分のことをよく分析しながらも、素敵なポエムのような自然描写もあって、素晴らしいです。

堀越:ありがとうございます。伝えておきます。

※週刊朝日 2017年2月24日号より抜粋

大山のぶ代 認知症が進行 夫・砂川啓介が明かす「今は脈絡も何も無い」

2017年02月18日 06時49分40秒 | 日記




























大山のぶ代 認知症が進行 夫・砂川啓介が明かす「今は脈絡も何も無い」




 俳優の砂川啓介(80)が17日、TBS系「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」に出演し、認知症を発症した妻で声優の大山のぶ代(83)の現状について、「何をしゃべっているかさっぱり分からなくなった」と病状が進行したことを明かした。


認知症を患っている声優の大山のぶ代© デイリースポーツ/神戸新聞社 認知症を患っている声優の大山のぶ代
 大山は2015年5月に認知症と報じられた。82歳だった。26年もの長きに渡って演じたきた「ドラえもん」のことも忘れてしまったという。

 砂川は現在の大山について「僕のことは覚えているみたいです。ただ、マネジャーのことまで最近、『啓介さん』と呼ぶようになっちゃった」と、つらそうに話した。

 番組スタッフから、砂川と結婚していることは分かっているのか聞かれ、「そういうことは一切分かってないです」と返答。「2人で作ってきた思い出だとか、事件だとか事故とかは一切、彼女の中にはない。アルバムがすべて無くなった感じ。それが切ない。世の中で一番親しいお友だちが」と語った。

 身体的には元気であるものの、砂川は「こんにちはとか普通のあいさつはできるけど、自分のことを一生懸命しゃべろうとしても何を言ってるかさっぱり分からないです」と話した。砂川は「前は言ってることは分かるけど脈絡がなかった。今は脈絡も何も無い」と病状が進行していることを明かした。

 夫妻に子どもはおらず、砂川が自宅で介護を続ける中、砂川に尿管がんが見つかった。すぐに入院して手術を受けなければならない事態になり、大山を泣く泣く施設に預けた。砂川が入院する病院に大山がマネジャーに連れられて見舞いに来てくれたものの、砂川の手を握って心配したのは30秒ほどだった。マネジャーが大山に「行きますか」と尋ねると、大山はあっさりと「はい、行きます」と応じたという。

 砂川は現在、独り暮らし。ドラえもんグッズが家にあふれているそうで、「全部整理するのはまずい。僕が先に逝くわけにはいかないから頑張らないといけない」と述べた。

NHKが本気の悪ふざけ? 『空想大河ドラマ』はパロディの極み

2017年02月18日 06時47分43秒 | 日記




























NHKが本気の悪ふざけ? 『空想大河ドラマ』はパロディの極み






戦国武将に成りきるネプチューン(左から)原田泰造、堀内健、名倉潤© 芸能ニュース 提供 戦国武将に成りきるネプチューン(左から)原田泰造、堀内健、名倉潤
戦国武将に成りきるネプチューン(左から)原田泰造、堀内健、名倉潤 戦国武将に成りきるネプチューン(左から)原田泰造、堀内健、名倉潤 1  お笑いトリオのネプチューンと小西真奈美が出演する『空想大河ドラマ 小田信夫』(NHK総合/毎週土曜 後11:35 全4話)が、至るところに笑いが散りばめられた“脱力系大河ドラマ”と話題になっている。時代・風俗・建築・衣裳考証がまったくなしの“大河ドラマっぽい”コメディドラマで、架空の戦国大名“小田信夫”の奮闘記を描いている。これまでありそうでなかったパロディの極みとも言える番組に、ネットでも「やりたい放題だな!」「本気でふざける時のNHKに比肩する局は他にないのかもしれない」と絶賛。“大河ドラマ”の看板を背負っているNHKだからこそできる番組と言えそうだ。 ◆15分の深夜ドラマだが、NHKだけに何から何まで“本格的”  『空想大河ドラマ 小田信夫』は1話15分で全4話。戦国時代の架空の小大名、小田家の当主・小田信夫(堀内健)が、同時代の英雄で自分と似た名前の織田信長を意識しつつも、こじんまりと生きる姿を描いている。正室のお濃ならぬ“お毛”に小西真奈美、家臣の柴田勝家ならぬ勝夫役に原田泰造、明智光秀ならぬ充役に名倉潤を据え、第1話は「桶狭間の戦い」なども題材にしながら、バカバカしいセリフやシチュエーションをあちこちに取り入れている。お毛が信夫を「とにょ!」と呼んで見せたり、信夫は「(織田信長のことが)何となーく気になっちゃうんだけど…」と言ってみたり。「桶狭間の戦い」に参戦するわけでもなく、ただ“見学”しに行き、「スゲェな、ちょっとマネできないわ」と驚いて見せたりするなど、そのあまりにもユルい感じとバカバカしさに、視聴者も全身の力が抜けていきそうになる。  そもそもは「岸田戯曲賞」作家・前田司郎氏に、「深夜枠だからあんまり予算はないけど、ネプチューンさんが出てくれるから何か面白いことやって」(『NHKオンライン』1月31日より)とオファーしたことから始まった。前田氏は「実際、戦国時代だって一年中、戦っていたわけじゃないと思うんですよ。戦争のない冬はみんなでお酒飲んで過ごしていたとか。そういう本家の大河ドラマではカットされているところをピックアップしたい」(同)との思いで脚本を手掛けている。  しかもNHKだけに、時代劇のノウハウはおてのもの。衣装やセット、スタッフの人材も豊富で、だいたいが予告編の動画からして本格的である。だからこそ、ネプチューンらの繰り出すお笑いのノリが余計に強調されて笑えるのだ。先の中村氏も「映像は連続テレビ小説『梅ちゃん先生』のオープニングタイトルを作った方と、“ちゃんとしたもの”を作りました」(同)と語るように、音楽も作曲家・上野耕路氏が手掛け、15分の深夜ドラマにしては何から何まで“本格的”なのである。それは“再放送?”と勘違いしてしまうほど、カメラワークや間のとり方など、どこからどう見ても、大河ドラマの作りになっている。 ◆大河ドラマの看板を持つ自局だからこそできるパロディ  それだけNHKも本気なわけだが、その本格的なセットの中をネプチューンの3人が話しながら歩き回るシーンなどは、実は同じところをグルグルと回ってるだけという細かい小ネタが随所に散りばめられているので、観ているほうもついネタ探しをしたくなってしまう。どうでもいいことをNHKが本気にやっているところが何とも面白いのである。  普段はコントでしか見られないネプチューンの3人。演技力ではすでの定評のある原田が脇を締める中、明智役の名倉の空虚なセリフ回しや当主役の堀内の棒読みなどが、何となくクスっとしてしまうおかしさがある。たが、ディレクターの大原拓氏によれば、本業の役者にはできない、計算してないからこそできる表情もあるとのこと。特に第1話のラストシーンで見せた堀内などは、「役者にはできない表情」(『NHKオンライン』1月20日より)だと絶賛しているのだ。  全4話、最後は目玉(?)の「本能寺のようなもの」(中村氏)も出てくると言うだけに、今後の展開も楽しみなところ。どこかで聞いたことのなるような武将もふんだんに出てくるだろうが、そこは“空想大河ドラマ”、内容はあくまでも新感覚コメディだ。深夜番組だけに潤沢な予算という訳にはいかないが、大河ドラマの看板を持つ自局だからこそできるパロディ力と脚本だけが勝負になるだろう。「実際の大河ドラマで使っているものと同じようなセットを建てました」(中村氏)と、たった15分の深夜のコメディドラマに、これほど“豪華”なセットやスタッフを“自前”でつぎ込めるNHKには、もはや脱帽するしかない。











【真田丸秘話】三谷幸喜 真田丸と向き合った1年「テレビ本来の面白さは連続ドラマにある」

2017年02月15日 19時29分45秒 | 日記






























三谷幸喜 真田丸と向き合った1年「テレビ本来の面白さは連続ドラマにある」





© KADOKAWA MAGAZINES 提供
大河ドラマ「真田丸」('16年NHK総合ほか)を手掛けた脚本家・三谷幸喜が、「第91回ザテレビジョン ドラマアカデミー賞」の脚本賞を受賞。'04年の大河ドラマ「新選組!」以来、6度目の脚本賞受賞となる。ドラマ放送開始前、「戦国ものなら真田をやりたかったので、夢がかないました」という熱い思いを語っていた三谷。1年間という長い期間、向き合い続けた「真田丸」を書き終えた今の心境を聞いた。

――脚本賞、おめでとうございます。

「ザテレビジョン ドラマアカデミー賞」って、まだ続いていたんですね(笑)。第91回ですか、すごいですね。「新選組!」が12年前で、それ以前には「警部補・古畑任三郎」('94年フジ系)などで脚本賞をいただいていますね。ということは、そんなに長い間、僕は連続ドラマを書いていなかったのか・・・という驚きがあります。僕は、舞台も映画もやりますが、脚本家として一番好きな仕事は連続ドラマなんです。だから、こうやって12年ぶりに賞をいただき、視聴者の皆さんに忘れられていないということを再認識して、“また連ドラやりたいな”という思いが湧いてきます。そういう気持ちにさせていただいたのも、うれしかったです。

――「真田丸」は、真田幸村こと信繁(堺雅人)の目線、という視点を特にこだわり、描かれましたね。「本能寺の変」や「関ケ原の戦い」などをあっさり終わらせる一方、「天正壬午の乱」など知られざる歴史を掘り下げました。

それは、始めから奇をてらったわけではなく、真田信繁という題材が題材なだけに、どうしてもそういう目線になったという結果です。僕は大河ドラマが大好きで、'73年の「国盗り物語」(NHK総合)を始めとして、子どものころから見てきたので、「僕だったらこうしたい」という思いはいろいろありました。戦国時代を扱った大河はいっぱいあるから、それに負けないものをと考えたときに、例えば、「大坂の陣」は結果が分かりきっている。それでも、信繁たちが勝つのか負けるかということは予測がつかないようにしたかったんです。でも、それってけっこう難しい。どうしても有名な歴史的事実があるから、そこから逆算してストーリーを作りがちなんですが、当時は、関ヶ原で東軍と西軍のどちらが勝つかなんて、先のことが分かっている人は誰もいなかったわけですよね。そこは信繁の目線に寄り添うというか、先読みしない形で作ることで、もしかしたらハラハラ感、ワクワク感が生まれたのかもしれない。常に先を読まない姿勢というものをなんとか頑張って貫いた結果かなという気がします。

――終盤、家康の大坂城攻めが始まると、視聴者がSNSで「今年は豊臣が勝つらしいよ」と盛り上がっていました。

僕はそのつもりで書いていましたから。正直に言えば、合戦のシーンって僕は上手じゃないというか、いまだにベッドシーンと戦(いくさ)はどう書けばいいのか分からないんです(笑)。「真田丸」を書くにあたって、戦いのアクションは現場の皆様におまかせし、脚本家としてなぜこの戦が負けたのかということをきちんと描こうと思いました。それも「どこどこ軍の猛攻撃によって敵は粉砕された」というようなナレーションで終わるパターンが多いけれど、そうではなく、負ける側には負ける理由があるんだよということをなるべく史実に沿った形で書きました。最終回の大坂の夏の陣で、大野治長(今井朋彦)が豊臣家の馬印を戦場から持ち帰っちゃったことで戦の流れが変わる。そういう瞬間は書いていて面白いし、「そんなもんだよな」って気がします。

――そこに至るまで豊臣家の内部がまとまらず、組織として機能しなくなっていく段階も、描いてらっしゃいましたね。

中盤、信繁が秀吉の下についてからは、僕の中でこのドラマはサラリーマンものだと思っていました。そこで一番参考になったのは森繁久彌さんの社長シリーズ(映画「へそくり社長」('56年)など)なんです。信繁がそういったサラリーマン的社会でどう生きていくか。これまでの大河で信長、秀吉、その右腕みたいな人が出てきましたが、信繁のように何もしていない人(表に出ていない人)はいませんから。つまり、客観的には組織の歯車でしかなかった人を描くからには、その小さな歯車がどれだけ組織を動かしたのか、または動かさなかったのかということを、きちんと描きたいと思っていました。逆に言えば、それは信繁じゃないと描けないことですよね。実は、城持ちではない人が主人公の戦国大河は「真田丸」だけと思っていたら、「風林火山」('07年)の山本勘助(内野聖陽)がいた。でも、あとはほとんど城主ですからね。

――第44話で信繁が出城を築き、「名は、決まっておろう、『真田丸』よ」と言ってから放送の最後にオープニングタイトルが流れる趣向も話題になりました。あれは三谷さんのアイデアだったのでしょうか?

実はそうなんです。台本を書き上げたときには考えていなかったけれど、何かの拍子に「そうなったら絶対かっこいいな」と思って、プロデューサーに電話し、「この回はオープニングを最後に持っていきませんか」という話をしました。「ノリでやっちゃいましょう」みたいな感じで、あっという間にその案が通りまして、やっぱりそういうチームは強いなと思いましたね。他にも、僕が「こんなことはできないか」というアイデアを出して、それが突拍子もないことでも、プロデューサーと演出家が実現する方向に向かってくれた。行動力と発想力と実現力がそろったチームだったと思います。

――今回、信繁役の堺雅人さんも主演男優賞を受賞されました。きり(長澤まさみ)とキスをしたり、最後の瞬間に微笑んだりと、堺さんのアイデアも活かされたようですが。

素晴らしかったです。堺さんは、最初のころ「台本どおり、きちんと演じる」というのをポリシーとされていたみたいで、台本に書かれていないことは一切しなかったんです。あるときは僕が“てにをは”を間違えたのもそのまま言っていらして、むしろこっちが恥ずかしいぐらいで(笑)。まだ序盤のころ、機会があったのでメールして、「台本にがんじがらめにならないで、もっと自由な発想でやっていただいていいんですよ」とお伝えしました。それでお返事いただいたら、「少し吹っ切れました」みたいなことが書いてありましたね。最後の瞬間に信繁が微笑むというのは、僕は台本には書いてないんじゃないかな。堺さんとディレクターが現場で決められたのではないかと思います。

――「あさイチ」に出演された際、信繁ときりがキスをしながらしゃべっていたのは長澤まさみさんのアイデアとおっしゃっていましたね。

そうです。それも黙っていれば全部、僕の手柄になったんですが…(笑)。もちろん、僕もあのシーンを書いたとき、キスするのは当然ありだなとは思ったけれど、いちいちト書きで書くのも照れくさいじゃないですか。しかし、まさかキスしながらしゃべるとは思いませんでした。あれは長澤さんが昔から温めていた演技プランで、いつかやってみたかったそうなんです。打診があったとき、「それは良いアイデアですね」と言いましたし、本編を見ても面白かったんですが、できればもっと早く言ってほしかった! きりの「あのころが私、一番きれいだったんですから」というのは僕が書いたセリフですが、キスしながらしゃべるのなら、もっと違うことを言わせたかったという悔しさは、ちょっとあります(笑)。

――三谷さんは役者に“当て書き”をするので有名ですが、近藤正臣さん演じる徳川の家臣・本多正信が気に入って、出番を増やしたというのは本当ですか?

僕にとっての大河の原点といえば、「国盗り物語」で近藤さんが演じた明智光秀ですから、今回、出ていただけるだけでもうれしいのに、近藤さんの演技を見ていると、正信という人物をもっとふくらませたいと思いましたし、近藤さんが台本を読んだとき「早く芝居したい」と思ってくださるようなセリフを書きたいと思っていました。

――最終回のラストシーンでも、信繁の兄・信之(大泉洋)が弟の死を知るとき、正信が一緒にいましたね。

ラストシーンは正信を出したいというだけではなく、信之が誰と会話するのがいいのかと考えたときに、たまたま正信が江戸に帰る道すがら一緒になるというのも不可能ではないと思ったので、そうしました。もし、そのとき正信が江戸にいたり病気で動けなかったりしたら、ドラマとしても描けなかったけれど、時代考証の先生たちにもOKをいただいたので。

――「新選組!」のときは、最終回のあと「新選組!! 土方歳三 最期の一日」(06年、NHK総合)を書かれましたが、「真田丸」の続きを書く予定はありますか?

いや、本来は信繁や「新選組!」の近藤勇のように、主人公が死んだ瞬間に物語を終わらせたいんですよ。そして、その最後の瞬間に生きている人はずっと生き続けてほしい。「真田丸」も、大坂城が燃えるところまでは描きましたが、茶々も秀頼も死んではいないじゃないですか。もしかしたら、死ぬところを見たい人もいたかもしれないけれど、あの話の中では死んでないんです。もしかしたら茶々たちは死んでいないかもしれない、伝説にあるように鹿児島に逃げたかもしれない。そのことは信繁が分からないように、ドラマとしても分からないままでいいと思うんです。「新選組!」も、土方のその後を描いたけれど、本当は近藤勇が死んだ時点で終わったのであって、今も土方たちはどこかで戦っているんじゃないかという思いを残すほうが、僕は好きですね。

――続編やスピンオフも期待したいのですが…

実は、僕が初めて通して見た大河ドラマ「国盗り物語」のラストが衝撃的だったんです。本能寺の変の後、光秀が農民に刺されて死ぬところで終わる。それで歴史がどうなるかなんて僕らは知っているけれど、ドラマしか見ていない人は「なんだこれは。この後どうなるの?」と思う終わり方。でも、それが歴史というものという気がするし、どんどん進んでいく歴史にピリオドはない。そういった歴史観が自分にとってぴったりきたので、自分が書く大河ドラマも完結しない終わり方にしようと思っていました。だから、「真田丸」の続編的なものは、僕の中では考えていないですね。ただそれは現在の話で、視聴者の皆さんの要望が強くあれば、分からない。誰かのその後やその前ではないところを描くスピンオフやってみたいなという気持ちはちょっとあります。だから、可能性はゼロではないですね。

――2作目となった大河ドラマですが、あらためて「大河ドラマ」の脚本を書くということをどう捉えてらっしゃいますか?

連続ドラマで1年間続くのって、大河ドラマと「渡る世間は鬼ばかり」(TBS系)だけ。僕が「渡る世間―」を書くことはありえないので(笑)、大河しかないじゃないですか。テレビ本来の面白さは連続ドラマにあるし、ましてや「来週どうなるんだ?」という興味を1年間、持続させられるのは大河だけなので、とてもやりがいのある仕事でした。そして今回、その大河ドラマで評価されたのがうれしい。「新選組!」と「真田丸」の間は12年空いてしまいましたが、次は10年空けずに大河を…? どうなんですかね。僕としてはやってみたいとは思っています。

【つまらないと話題月9ドラマ】早くも最低視聴率更新! 6.6%の『突然ですが、明日結婚します』

2017年02月15日 19時16分10秒 | 日記




























早くも月9最低視聴率を更新! 6.6%の『突然ですが、明日結婚します』開始5分で視聴者の心を折る演出術






© Cyzo 提供
 フジテレビ月9『突然ですが、明日結婚します』第4話。視聴率は、ついにこれまでの同枠単話最低だった『ラヴソング』6・7話の6.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を下回る6.6%を記録しました。

 ちなみにメーンの脚本家は、どちらも倉光泰子さん。『ラヴソング』では途中から大幅なプロット変更を迫られ、今作では急ごしらえの企画に据えられ……と、その境遇には同情を禁じ得ません。

 しかし、同情を禁じ得ないからといって、このドラマを楽しめるかといえば、まったく別の話。『突然ですが、明日結婚します』は、どうひいき目に見ても長所を探すのが難しい作品となっております。

 前回、どうやら付き合うことになったらしい“ナナリュー”こと名波竜(flumpool・山村隆太)とあすか(西内まりや)。今回はその、初デートからスタートです。

 あすかの母・典子(石野真子)いわく「四捨五入したら30の娘」ことあすかは、初のデートに大はしゃぎ。一方、キー局の人気アナであるナナリューも気合を入れた変装で表参道に現れます。

 2人は、ナナリューが先輩からチケットをもらったプライベートスパへ。個室の岩盤浴でイチャつきますが、ナナリューのスマホに、かつての不倫相手である女優・桜木夕子(高岡早紀)から着電。スルーするも「もう、ダメみたい」というショートメールが入ると、やにわに立ち上がり「桜木さんのとこ行ってくる」と、あすかを置き去りにしてしまいます。「桜木さんのとこ行ってくる」って。

 なんで言うの、それ? 今週はもう、このシーンで見ている私の心が折れてしまいました。オープニングテーマより前です。 終始このパターンなんです。このドラマは美男美女の人形をゴムひもでつないで(そもそも大して美男じゃない)、引っ張ったりくっつけたりする作業をしているだけなんです。「桜木さんのとこ行ってくる」という非常識でリアリティゼロのセリフを吐かせないことには、そのゴムひもが伸びないから、そうしているだけなんです。

 初デートで少女のようにウキウキしているあすかを演出した直後に、「バレンタインのこういう感じイヤ、クリスマスイブとか、雰囲気勝負みたいな感じしない?」と言わせます。「私には期待しないでね」と。キャラ的にまるで整合性がありませんが、これは今回のラストでコンビニを駆け回ってナナリューの好きなコインチョコを買い漁る行動とのコントラストのためだけに追加されたセリフでしょう。

 もう原作なんて関係ありません。かといって、オリジナルの物語をつづろうという意識もありません。バレンタインに近い放送日だから、「バレンタインなんてくだらない」と思っている女性が、好きな男性にチョコをあげるシーンをロマンチックに撮り上げようという、そういう単純な意図だけが全編にわたって露見している空虚な回でした。

 最初と最後が決まっていて、その間を埋めるだけのために2人をケンカさせ、仲直りさせる。そんなんじゃ1時間ももたないのに、もたせるために、ナナリューに携帯電話を放置させたり、ナナリューと夕子が笑顔で語り合っているところに、あすかを狙っている神谷(山崎育三郎)を登場させて目撃させたり……放送時間でいうところの21時45分くらいまで2人を仲直りさせるわけにいかないので、脚本はあの手この手でゴムひもを伸ばし続けました。最後の最後にゴムが縮んで、顔面と顔面が接触して、大団円です。

 しかし、また次回に向けてゴムひもを伸ばしておかないといけないので、後日ナナリューの見ている前で、神谷があすかに強引にキスして終了。普通に強制わいせつ罪ですが、そんなツッコミさえ入れる気力がなくなるほど、脱力感に包まれてしまいました。

 途中、飲み屋で飲んだくれているあすかの携帯に、ナナリューから「会って話したい」というLINEが届きます。それにあすかの友人が、こう言います。「『りょ』って返せばいいだけじゃん。2文字だよ、2文字」

 LINEでのコミュニケーションで「りょ」という2文字が「了解」の意味であることがわかる層だけをターゲットにしていることが、明確に語られる場面です。

 でもさ、そういう層にだってバレますよ。こんな作り方してたら、見捨てられますよ。

 作り手側が「T層とF1層だけ狙ってるんだから、これでいいんだ」と思っているなら、視聴率も評価も、そうとう厳しいことになると思います。はい。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

※画像はフジテレビ系『突然ですが、明日結婚します』番組サイトより

監督・板尾創路が『火花』映画化! 菅田将暉と桐谷健太がW主演で芸人に

2017年02月14日 14時33分27秒 | 日記




























監督・板尾創路が『火花』映画化! 菅田将暉と桐谷健太がW主演で芸人に




© マイナビニュース 提供
お笑い芸人・ピースの又吉直樹による小説『火花』が映画化されることが14日、わかった。

同作は又吉の芥川賞受賞作で、単行本の部数は253万部を突破。2016年からNetflixでドラマ化され、26日からはNHKで連続ドラマとしても放映される。芽の出ないお笑い芸人・スパークスの徳永は、先輩芸人・あほんだらの神谷に魅了され、「弟子にしてください」と申し出る。菅田将暉が徳永、桐谷健太が神谷、木村文乃が神谷の恋人でヒロインの真樹を演じる。

監督は又吉の大先輩でもある芸人・130Rの板尾創路が務める。2010年に初監督作品『板尾創路の脱獄王』で数々の賞を受賞し、才能を高く評価されている板尾は、今回のオファーを快諾。「語りを画にして登場人物の思いを観客に届けるのが私の今回の一番の仕事だと思い半年かけて脚本を作りました」と振り返り、「最終的に”スパークス”と”あほんだら”という二組の漫才コンビを誕生させ、M1グランプリに出場させたいです」と野望を見せた。

後輩芸人・徳永を演じる菅田は「お笑いがなかったら、今の僕は存在していないと思います」と、熱い思いを語る。「そんな自分にとって神様であり日常である芸人さんを演じるという事に物凄く怖さがあります」と葛藤を表しながらも、「板尾さんと出会ってなんかもうどうでも良くなりました」とふっ切り、「ただ好きなものに邁進して良いと言う許可が下りたので、この度マイクスタンド一本のステージに立たせて頂きます」と決意を述べた。

桐谷は「人に笑ってもらえる最上の喜びと、この上ない困難さ。それを生業とする芸人さんは狂気の沙汰。怪物です」と芸人について語る。同作を「そんな世界に生きようとする、愛おしい男たちの物語」と分析し、「役者が芸人を演じるのではなく、芸人を生きます。あーコワ」と、恐ろしさと楽しさをにじませた。

原作の又吉は、作品について「舞台に立ったすべての芸人、それを支えてくださった多くの人達が大切に共有していた風景を、たまたま僕が書かせて貰っただけ」と説明する。「その風景を子供の頃から尊敬している板尾さんに預かっていただけることが嬉くてなりません」と喜びを表し、「ドキドキしてきました。よろしくお願いいたします」と期待を寄せた。

脚本は板尾と、映画監督・豊田利晃が共同でつくりあげる。また、徳永の相方・山下役に川谷修士(2丁拳銃)、神谷の相方・大林役に三浦誠己が決定している。

「おんな城主直虎」視聴率アップ。柴咲コウ、高橋一生、三浦春馬登場で絶好調。でも心配も

2017年02月12日 19時25分33秒 | 日記





























「おんな城主直虎」視聴率アップ。柴咲コウ、高橋一生、三浦春馬登場で絶好調。でも心配も







NHK 大河ドラマ「おんな城主 直虎」(作:森下佳子/毎週日曜 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時)
1月29日放送 第4回「女子(おなご)にこそあれ次郎法師」 演出:福井充広  視聴率16.0%(ビデオリサーチ調べ 関東地区)
2月5日放送 第5回「亀之丞帰る」演出:渡辺一貴  視聴率16.0%(ビデオリサーチ調べ 関東地区)




© エキサイトレビュー 提供

主人公直虎(柴咲コウ)の子供時代を描いた2、3話よりも、彼女が出家してから9年、行方不明だった幼なじみ(三浦春馬)が戻ってきた4、5話の視聴率はアップした。
今回、子役たちも評判がかなりよかったが、やっぱり成人してからに興味ある視聴者が多いのは大河ドラマの常。とはいえ、4話で成人になった主人公が出てきたのは終わりのほんの一瞬だった。

4話の冒頭にだじゃれ(井伊家はいい、みたいなべたなやつ)が出てきても脱落することなく、完全に成人編になった5話を、16%の視聴者たちが、4話から変わらず観たということは、柴咲コウのファンが16%は確実にいるってことか。そこに最近すっかり注目の的の高橋一生ファンが何%占めているか気になるところだ。


まずは4話を振り返り

3話でアシンメトリーだったおとわ(次郎法師、のちの直虎/新井美羽)の頭は、まだ俗世と仏門の間にいたことの表れだったのだろう。4話で完全に坊主になって俗世を絶った。
井伊家の男たちがふがいないばかりに、幼いおとわがお家存続のために頑張るしかない状況で、龍潭寺で修行に明け暮れる。
南渓和尚(小林薫)は、「あの子はたった10で、今川の下知をひっくり返した。ただならぬこととはこういうこと」「形こそ女子であれ、あれは次郎。少なくとも蝶や花よと育てるものじゃないとそう思うたのじゃ」と、次郎法師に厳しい教育を施す。

だが本人は、そう見えてじつは“女の子”。将来を約束した亀之丞(藤本哉汰)とこのまま仏門にいたら結婚できないことを心配する。もうひとりの幼馴染・鶴丸(小林颯)が「妻とならずとも、僧として竜宮小僧になればいい」と助言して、ようやく決意が固まる。
和尚にも「竜宮小僧になりたければ竜宮小僧のように振る舞えばいいのではないか」と言われ、次郎法師は、
ひとの役に立つことで食べ物を得るという托鉢の極意も会得する。
ヒントはもらうが、基本、体験から発見していく次郎法師が頼もしい。

お経を読みながら道を奥へと歩いていく次郎法師に荷車がシャッターして、それが画面を外れると、奥から手前に向かって、成人した次郎法師(柴咲コウ)がやってくる。
ときに天文23年(1554年)。
澄みきった湖面のような柴咲コウの声が歌うように唱えるお経が印象的で、つづきを観たくさせた。


ラブコメ化してきた5話

健気な子供時代を終えて成人した次郎法師の姿を描きはじめた5話は、ラブコメ要素満載。
「花燃ゆ」(15年)の再来のようだが、主人公が女を捨てる話なので若干ヒロイックになっている。

次郎法師は村人たちの人気者のようで、竜宮小僧の話をしたり、夫婦喧嘩を仲裁したりしている。
すりこ木とすり鉢に夫婦をたとえ「おまえたちはふたりでひとつではないか」と言わせることで、次郎が亀之丞の心の妻としてこの9年生きてきたように思える。次郎ってかなりのつくし型だと思う。

「もう10年じゃ。生きておったとしても亀には別の暮らしがあろうし」と半ばあきらめつつも、竜宮小僧としての力を磨きながら彼を待っていた次郎と文通を続けていた瀬名(菜々緒)は、今川氏真(尾上松也)に幼いころの約束を反故にされ、行き遅れた・・・と恨み節を手紙にしたためる。「ああ、めでたや めでたや」と能を舞うときの情念のほとばしりが迫力。

次郎も瀬名も待つ(った)女である。

次郎は、出家の身ゆえ、亀之丞を待つような煩悩は捨てなくてはいけないと必死になる。掃除、滝行・・・一連の煩悩を捨てるエピソードはコミカルで楽しく見ることができたが、いわゆる大河ドラマを期待する年配の男性視聴者はどう思って観たのか気になる。


朗らかな三浦春馬、ジト目の高橋一生

そしてドラマ開始33分、待ちに待った亀之丞(三浦春馬)登場。
すっかり背が伸びて凛々しくなり、でも笑顔は無邪気。最高ではないか。誰にとって? 次郎、および、テレビを観ている女性視聴者にとって。

「元服は井伊でと心に決めておりました」という発言は、井伊家のおじさま、及び、テレビを観ているおじさま視聴者の好感度も上げているといいなと思う。
武術の練習をしているときの動きも決まる三浦春馬。劇団☆新感線の活劇に出たときの切れ味鋭いアクションは「直虎」でも発揮されることを期待。

さてさて、そんないいとこだらけの直虎を、複雑な気持ちで見つめる鶴丸こと小野但馬守政次。高橋一生がなにかとジト目がちに演じ、三浦春馬の明るさと差異をつくる。
彼がどこか陰のある人物にならざるを得ないのは、父親・政直(吹越満)が今川に与して、亀之丞の家を混乱に陥れたからだ。
自分は父のようになるまいと思う政次に、政直は「おまえは必ずおれと同じ道をたどるぞ」と呪いのようなことを言う。ひどい・・・。

吹越満の芝居が目を引く。裏切りが理性ではなく本能であるかのように、気持ちの切り返しの瞬間がわからせない。歩くとき、左右の手足が交差して動くように自然にひとを裏切っていく。
弱ったカラダで、最後にまともなことを言う政直。
それを信じたのかそうではないのか次郎はこう返す。

「一本旗が揺れているのです。
それを見て、ある者は旗が揺れていると
ある者は風が揺れているといい、言い争いになった。
揺れているのは見る者の心だと
ものごとというのは見る者の心によって変わるものかと」

そのときの次郎や政次の表情と瞳の奥がどう見えるか、視聴者の心が試される。

次郎の帰ったあと、政直の態度は、政次の気持ちを落胆させる。
ラブコメ回かと見せて、意外とシビアな話だ。

政直が余計なことをしなかったら、次郎と亀之丞は結ばれていたわけで。
このことが次郎の数奇な生涯を規定しまったかと思うとたまらない。

主人公と彼女の許婚の男と、そのふたりを引き裂いてしまった人物の息子。3人は幼なじみ。
ドラマティックな恋愛ものとしては盤石な設定だ。
各々の役割はやや違うが、ベルばら的な盛り上がりを期待したい。
高橋一生、アンドレ役似合いそうだなあ・・・などとひとしきり妄想している間に、次郎と亀之丞の関係が一気に盛り上がる。
離れていてもふたりは相思相愛だったという感じで、亀之丞は次郎(おとわ)に還俗を提案し、
「おとわはおれの妻になるのだ」と熱っぽい視線で語るのだ。

間違いがあってはいけないと監視してる傑山(市原隼人)の存在も、恋愛もののいいアクセントになっている。
乳母(梅沢昌代)といい、傑山や昊天(小松和重)といい、偉い人に仕えているひとたちが生き生きしている。あと猫(井伊家と猫のご縁をちゃんと想起させる)も。

完全に大河恋愛ドラマって感じで、しつこいようだが、長らく大河ファンである年配の男性たちはこれをどう思って観ているのだろうか。
次なる6話が物語的にも視聴率的にも運命の分かれ目と見た。腹をくくって、女性視聴者にターゲットを絞ったロマンティック大河で突き進むのも悪くはない。
「木俣冬)

【アクティブ・ラーニングという自分の頭で考えさせる教育はgood】自分で考えられない人間は価値なし

2017年02月10日 17時53分47秒 | 日記




















アクティブ・ラーニングという自分の頭で考えさせる教育はいい。


yahoo知恵袋聖将上杉謙信公で検索して見ればわかるが


「自分の頭で考えて書いてみろ」


というのに書けない考えられない日本人が多い。


自分の頭で考えられないビジネスパーソン等一文の価値もない。


自論がなければ搾取されるだけ。考えろ!臥竜  2017/02/10 17:53

農協改革!巨大組織の利点生かせ!

2017年02月10日 15時42分43秒 | 日記



























農協改革!巨大組織の利点生かせ!




 現在政府与党自民党による農協改革は中曽根政権での日本電電(現・NTT)や国鉄(現・JR)の民営化改革に似ている。小泉進次郎自民党農林部会長には是非頑張ってほしいものだ。競争強化には13項目あり、①生産資材の価格引き下げ②流通・加工構造の改革③経営力を備えた人材育成④輸出体制の整備⑤全加工の原料原産地を表示⑥新たな販売促進制度の創設⑦経営をカバーする収入保険制度を導入⑧土地改良制度の見直し⑨農村地域の雇用創出⑩飼料米栽培の促進⑪畜産・酪農の強化⑫配合飼料の価格安定化⑬生乳の流通自由化。である。

全農つまり農協は取引高は5兆円で職員8000人で子会社は150社もある。巨大すぎるが農協は時代に応じてどんどん変化してもらわないと困る。

小泉の農協改革は誤解するひとは「全農の株式会社化」と思っているがそうではない。まさにフランスのSOPEXA(ソペクサ 農業戦略組織)である。

JA改革とはなにかというと根本的には農協や全農ではなく、経済事業改革なんですよね。まさにNTTやJRのときみたいな民営化的なものなんです。

例えば日本の輸出は世界で60位ですが、日本の農業の国内総生産(GDP)は世界10位であり、そこが戦略がないという証拠なんです。日本は農業大国であとは戦略次第なんですよ。農協改革はまさにフォローアップでありバックアップなんです。今こそ農協改革なんです。農協は巨大すぎるがそれゆえに民営化のような改革でペイが生まれるんです。それが自民党の農協改革の実態なんですよ。




フリージャーナリスト緑川鷲羽(47)山形県

【誰?アイドルグループ私立恵比寿中学松野莉奈さん?病死】享年18歳今朝病死で永眠

2017年02月08日 19時13分20秒 | 日記

























エビ中 松野さん急死にファン悲痛 SNSに悲しみの声殺到「まだ信じられない」







亡くなった松野莉奈さん© デイリースポーツ/神戸新聞社 亡くなった松野莉奈さん
 アイドルグループ私立恵比寿中学の松野莉奈さんが死亡したことが8日、わかった。18歳だった。

 松野さんは7日に行われたライブ「港カヲル 人間生活46周年コンサート」に出演予定だったが、体調不良のため欠席。自宅療養をしたが、今朝になり容体が急変したという。病死とみられる。

 現役アイドルの突然の死に、ファンも騒然。松野さんの最後のブログには「まだ信じられません」「りななん大好きです。お疲れ様なんて言いたくない」「りななん、悲しすぎてどうしよう」「嘘だよね?」「びっくりしていて状況が飲み込めません」「またみんなを笑顔にして。お願いお願い」など、突然の死を受け入れられないファンの声が殺到。

 松野さんは7日にインスタグラムも更新し家族旅行で箱根に行った様子を報告。箱根関所のお坊さんの書き割りから顔を出したお茶目な写真を投稿している。インスタにも「ゆっくり休んでね」「本当にありがとう」「いつまでもエビ中の一員だから…」などのコメントが書き込まれていた。