海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「地震は何を意味しているか」と題する『フランクフルター・アルゲマイネ』紙の記事。

2008年05月15日 | 中国の政治・経済・社会
波乱の時代(上)
アラン グリーンスパン
日本経済新聞出版社

このアイテムの詳細を見る

四川省で起こったこれほど壊滅的な自然災害は、中国で否が応でもこの前の地震の記憶を呼びさます。それは1976年に死者27万人をもたらした唐山地震で、それはある時代が終わる前兆だと解釈された。この地震は高齢の指導者が死に、新しい時代が始まるだろうということを意味していると考えられた。実際、毛沢東はその二ヶ月後に死去し、三ヶ月後には、四人組が権力を失い、今日まで続く改革と開放が始まった。
自然災害は、農民の蜂起と同様、中郷の歴史では、ある王朝が天命を見失ったという印であると解釈されてきた。そういう訳で、今度の四川地震は、古い迷信がどれほど現前しているかの試金石となる。この災害がこの国の想像力において、再び社会的国家的な慣例の外にある固有のダイナミックス引き起こし、あまりコントロールができないことになるか、それとも、中国は、その前進した市場合理性と社会技術によって、このような動揺が不可能になった国であろうか?
 目下、国家の危機管理が出しているシグナルは、第二の可能性を示唆している。胡錦涛主席が危機管理委員会を召集し、温家宝首相が災害地に飛び、飛行機の中で記者会見を行った早さは、今年初めの大雪による被害のときにはまだ不可能だと思われていたほどのものだ。当時は中央政府は、問題に気づくのに数週間かかった。かなり多くの中国の新聞では、このことが、すべての国民が重要な情報にアクセスすることができる文明社会への発展の兆候だと見ている。
 すでに五年前に、四川省にある長い断層線からある地震の高い可能性を導き出したある地震観測所の所員は、地震がいずれにしても、これまで観察された合法則性と一致しているという確認に価値を置いた。もちろん、他の人々は自然の前兆が注意されなかったということを指摘している。たとえば、数日前に異常に多数のカエルが震央付近で移動しているのが見られた。
 何らかの予言については、今のところ何も知られていない。後になって始めて、自然災害や官僚政治の障碍と並んで、マスコミの予測不可能な底流も災害による挑戦に属すると言われることは確実である。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「自分を意識した中国」と題... | トップ | 「中国、四ヶ国からの救助隊... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

中国の政治・経済・社会」カテゴリの最新記事