海外のニュースより

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「天安門の母達、天安門事件の補償を要求」と題する『ヴェルト』紙の記事。

2006年05月30日 | 中国の政治・経済・社会
北京発:「天安門の母達」は諦めない。1989年6月4日の虐殺から17年経ったが、70才の元哲学講師であるディン・ジリンに率いられた殺された者達の家族の会は、公開状によって名誉回復と損害補償とを要求している。彼女は、中国政府がデモ隊に対して人民軍を投入したとき、非人間的な犯罪を行ったと、中郷政府が認めることを要求している。彼女は、更に当時の出来事に対して責任がある者達の責任を問うために、調査を要求している。「中国が現在その平和的な転換の重要な局面にあるので、6.4事件の新しい評価は、党指導層の日程に上がっている」と彼女は言う。「どれほど長くかかろうとも、問題解決の時は必ず来る。」
2000年以来「天安門の母達」と称する遺族会の会員126人は、米国の人権組織である「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」を通じて公表された公開書簡に署名した。彼女らは中国国内で厳しく監視され孤立した団体を解散させようとする役所の圧力に抵抗している。母親達は毎年の請願書や書簡によって、1999年には裁判所に提出した告訴状で北京政府の禁止を繰り返し突破した。中国政府は、胡錦涛主席による指導の下でも、人民解放軍の助けを借りて「反革命的な反乱」を鎮圧したとき、政府は正しく行為したのだという判定に固執している。
母親達は、自分たちが和解を求めているのであって、復讐を求めているのではないと強調している。彼女達は、北京政府が17年後に、彼女達と6.4事件の犠牲者を監視し、行動の自由を制限することを止めるように要求している。彼女達は、記念日に自分たちの哀悼を妨げられることなく、公に告知したいと望んでいる。この運動の創始者であるディン・ジリンの17才の息子は、1989年に射殺されたのだが、彼女は、中国国内では本を公刊できず、厳しく監視されてきた。彼女は2005年に香港で『6.4事件の犠牲者を探して』と題する著作を刊行した。417ページにわたって、彼女は家族によって突き止められた186名の犠牲者の生涯を描写した。何人の人間が天安門事件で犠牲となったかは、国家秘密である。
[訳者の感想]これも『ヴェルト』紙の中国特派員であるジョニー・エルリング記者の書いた記事です。天安門事件の犠牲者の遺族達がどれほど苦労して犠牲者の名誉回復と補償とを求めているかが分かります。
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