10日(土)は吟醸王国しずおか映像製作委員会のボランティア有志『斗瓶会員』のメンバー10人で、志太地域のモノづくり現場を巡る“大人の社会見学ツアー”を行いました。
スタートは島田市金谷の葛布工房『大井川葛布』。ちょうど金谷お茶まつりをやっていたので、私は一足先に金谷入りして、街道の屋台引き回しや茶娘たちを見学しがてら30分ほどかけてブラブラ歩いて、新金谷駅の近くにある工房へ。午前中は織物&染色教室を開講していて、受講生のみなさんの染色工程を見学させてもらいました。
染色はすべて自然の草木染めで、人工染料は使いません。大井川葛布の 織元・村井龍彦さんに「お医者さんから処方してもらう薬を“内服薬”というでしょう。あの“服薬”とは文字通り、衣服に薬を塗って皮膚吸収するという意味です」と教えてもらい、目からウロコ!。
ジーンズのデニムをインディコ藍で染めたのは、アメリカの金鉱掘りたちが現場で蛇除けにしていたから、というのは知られた話ですが、日本でも名だたる剣術家は染色の知識に長け、刀傷に効く染色用の薬草を研究していた。「染色とは人体を保護するもの。とりわけ性器はデリケートで外からのものを吸収しやすいので、下着はちゃんとしたものを選んだほうがいい」とのことです。
さて、葛布といえば、昔、掛川の川出幸吉さんを取材したことがあり、城下町でもある掛川がメッカだとばかり思っていました。村井さんには、2月に島田信用金庫金谷支店の得意先懇話会で『吟醸王国しずおかパイロット版』試写とトークをやっていただいたときに出会い、このとき、金谷でも葛布織の伝統があることを知って、自分の無知を恥じたものでした。現在、葛布の織元は掛川に2軒、金谷にここ1軒だけだそうですが、遠州地方の葛布は、戦後、外貨獲得のための輸出用壁紙としてさかんに生産されていました。村井さんの工房も、先代まで『静岡壁紙工業株式会社』という社名で壁紙用の葛布をメインに生産していました。
村井さんとは試写会の後、メールのやりとりをしながら、地域のモノづくりの価値や、手間ひまかけた手作りのものを今の消費者にどうやって伝えるか、後継者をどう育てるかなど、日本酒の業界が抱える課題に相通じるテーマを一緒に考えていきましょうと意気投合し、まずは工房をお訪ねすることに。
村井さんは、食育ならぬ「布育」と称し、全国各地で葛布の歴史や機能性を伝道する講演活動も行っており、この日も40分ほど、パワーポイントを使った即席講義をしてくれました。
葛布が7000年の歴史を持ち、日本三大原始布(葛、シナ、芭蕉)のひとつ。大仏建立時に成形加工に用いられたり、平安時代は貴族の正装に、戦国時代は甲冑の内側に使われました。日本の伝統的な布というと、絹や麻や綿を思い浮かべますが、葛はそれらよりも重用 されていたようで、たとえば甲冑をまとうとき、金属と接してもケバ立たず、発水性に優れ、軽くて通気性よく、冬は暖かい等など、いまどきの機能性繊維顔負けのスグレモノだったそうです。
詳しいことは、大井川葛布のホームページをご覧ください。とくに葛布の製造工程の解説部分で『発酵』『室(むろ)』という項目は、要チェック。まさか、織元で発酵という言葉を聞くとは想像もせず、村井さんの口からその言葉が出た時は、思わず身を乗り出してしまいました。
「室に入れる事は発酵を促す事ですが、そのメカニズムの詳細は判っていません。ただ、発酵菌に着目したのは大井川葛布が初めてであると思います。発酵を促すのは枯草菌であると思います。
イネ科の植物の葉には納豆菌、枯草菌が沢山付いています。従来納豆菌の説を取っていましたが、(納豆菌も枯れ草菌一種です)糸を曳く事がないので、枯草菌であろうと思います。
発酵温度も人間の体温ぐらいがベストとなります。この枯草菌はセルロースを分解する力もあるので、この発酵によって、葛の表皮を発酵させて取るだけでなく、葛の繊維も柔らかくしてくれることが判ります。発酵菌の力で表皮をとるので、表面が痛まず、光沢のきれいな葛の糸が採れます。
発酵が順調だと 白い黴が生えます。これは枯草菌の胞子です。発酵が終わった事を示します。」(大井川葛布ホームページより)
ただ漠然と、葛布と日本酒は売り方やアピールの仕方には共通の課題があると思っていたけど、まさか造り方に発酵という共通項があるなんて・・・。納豆菌は日本酒の天敵ですが(苦笑)。
さらに村井さんのお話で興味深かったのは、「葛は地球を救う植物かもしれない」というお話。もともと1日に30~40㎝も成長する生命力旺盛な植物で、根っこが大きく、しかも成長段階で自分で葉っぱを開いたり閉じたりするので、根っこの部分にも太陽光が当たりやすく、群生しやすい。
参加者の一人・「松下米」の松下明弘さんが「田んぼで葛にどれだけ悩まされているか・・・」と思わず吐露したほど、農家泣かせの植物らしいのですが、どんな荒地でも育ち、干ばつにも強く、CO2を吸ってガンガン大きくなるので、緑化植物としての価値が見直されているのです。
葛は、繊維のほか、漢方薬「葛根湯」「葛花湯」に、葉っぱは葛餅など食用にも使えます。葛根湯は風邪薬でよく知られていますね。「葛花湯」は、美食家で知られた水戸光圀公が肝臓ケアのためによく飲んでいたそうです。
この日も「地酒研究会のみなさんにうってつけ」とばかり、村井さんが何杯も飲ませてくれて、甘くてクセのない味に驚き&感激しました。葉っぱはほかに、家畜の飼料にも重用され、神戸ビーフとして人気の高い但馬牛は、葛の葉が大好きなんだそうです。
植物として華やかな脚光は浴びずとも、人の暮らしやいとなみに、何千年もの間、寄り添ってきた葛。こういうものが、やっぱり最後には頼りになるんだ、 と実感します。
村井さんに機織りの実演を見せてもらい、斗瓶会員の美女2人・・・デザイナーの櫻井美佳さん&アナウンサーの神田えり子さんに試着もしてもらって、あっという間の2時間。
手織り&手染めの葛布で仕立てられた着物やジャケットは、ポンと気軽に買えるお値段ではもちろんありませんが、葛の歴史を知り、天然染色の価値を知り、糸をよらずに光沢を出すように丁寧に織られる工程を目の当たりにすれば、「この値段でも安いくらい…」と思えてきます。・・・吟醸酒と同じなんだなって実感しました。
続いて、村井さんも同乗して、藤枝・瀬戸川奥の古民家ギャラリーと無農薬茶の会へ向かいました。長くなりそうなので、つづきはまた。
*吟醸王国しずおか映像製作委員会ブログ『杯が満ちるまで』におおまかな全体リポートをしましたので、こちらもご覧くださいね。