高橋まゆみ・創作人形「まゆみの気まぐれ日記」

農道をかっぽして歩く笑顔のおじいちゃん。姿が見えなくなるまで手を振るおばあちゃん。やさしさはいつもそばにいた。

人形めぐり

2006-03-30 09:51:20 | まゆみのつぶやき室
今度、4月7日に放送されるTSBの「ゆうがたGet」と言う番組の「人形を巡る」と言うコーナーでの取材で、昨日は一日飯山の町を巡った。今展示会のため、手元に一つも無いということで、全国展開をやる前に手放した幾つかの地元に置かれた人形に会いに行った。
初めておばあさんを作った人形。あの時はシミなんて無かったのに、いつのまにかおでこにポツポツとあるではないか・・・不思議だった。もう10年以上になるだろう通称福ちゃん、今だ頑張ってお菓子屋さんで笑ってくれていた。
その次にペアで創ったおじいさん、おばあさん。まさに3頭身の人形である。顔がでかく、足が短い。でも何ともふくよかで素朴な二人は今もって、お蕎麦屋の看板?人形になっているようだ。
そして次に、先週オープンしたばかりの「飯山ふるさと館」そこには前に作った七福神が寄贈してある。飯山は寺町とも言われ、寺が多く、七福神が飾られている寺が多い。そんな事で「七福神巡り」という遊歩道を兼ね備えた寺巡りもあり、作った作品でもある。そしてホテルには、以前に作品展をやらせていただいたご縁で幾つかの人形とほていさんがある。
今の人形と昔の人形。昔はとにかく大きくてふくよか。バランスも悪いし大雑把である。しかし「こういうものを形にしたい」という、強い意志と媚びの無い素朴な人形達だ。
今は、断然技術が上手くなってきているが、あの素朴さやふくよかさは無い。

今回の取材で昔の人形を見て、作った時の事を思い出し、手先だけの形になってきては居ないか・・・考えさせられた。


二度目の山口

2006-03-27 12:27:42 | まゆみのつぶやき室
24日、私は二度目の山口へと旅立った。
山口は陽さんや祖父母達の仲間{門徒の会}の人達、また催事担当の吉良さん、奈良さんなどのマメな種まきのおかげで、たくさんの人が来てくれる場所になっている。しかし二度目ということで、「また同じ人形じゃん・・・とか新鮮味が無い」とか言われるんではないかと内心はらはらしていた。初日、立地条件は決していいとは思えない場所ながらたくさんの人が訪れてくれた。そして心配することも無く、皆新しい目で感動を味わってくれたようだった。ホッ
今回は2泊と言うことで、サイン会後、陽さんに萩に連れて行ってもらい一泊をした。あらためて案内された萩の町は山あり川あり海ありで、白壁の建物も椿の花も息を呑むほど美しかった。ゴミ一つ無い市民の皆さんの町作りが空気さえも浄化されているほど、感動的な町でもあった。
その夕、私はプチハウスという小さな喫茶店に連れて行かれた。
喫茶店で食事?・・・と半身半疑ではあったが、何やら人が集まり出した。
陽さんの悪?{ごめん}仲間であろうか。板前さん、主治医の山本先生、ホテルの社長やら市会議員、免停のおじさん・・など多種多彩な人達ばかりだったが、手持ちの料理などに舌つつみを打ちながら、気さくな人達に囲まれて楽しい時間が過ぎた。
その後、お待たせしました。
陽さん行きつけのスナックでいよいよ練習した曲のお披露目をしようと意気込んで行ったのだが、残念ながらカラオケが無くなっていた。
しかし、そこのマスターも常連さんも、前と同じ笑顔で迎えてくれた。
そんな所に市長さんがやってきて、酔いが廻っていた陽さんは、のばしていた髭を市長さんの顔に抱きつきながらズリズリしだした。{しらふの市長さんの寒気}を隣で感じた私。
真面目そうな山本先生までも私のサイン本を嬉しげに見せびらかしたり・・・まるで無邪気な悪がきであった。
5度の癌の手術に耐え、介護の末、奥さんを看取った陽さんの命は、こういう人達に生かされているんだなぁ~と思いましたよ。
そんな大切な仲間に逢わせてくれた私も幸せ者ですね。
萩の町並み、陽さんの人柄にあらためて感動しました。
ありがとう



もうすぐ春

2006-03-20 09:45:44 | まゆみのつぶやき室
桜の開花状況がニュースで流れる今日この頃。豪雪の飯山は道路こそ綺麗に無くなった物の、我が家のアスパラ畑の雪はまだ2メートルもある。それでも解けていく雪の間からのぞく、小さな蕗のとうの生命力に力付けられ、季節の変わり目の喜び、幸せを感じさせてくれる。
そんな先週土曜日
久しぶりに家で退屈そうにしていた娘。「カラオケ」行かない?と私。実は覚えたい歌があった。松浦あやの{風信子ヒヤシンス}であった。それは今度行く山口で多分そこに行くであろうスナックで陽信孝{八重子のハミング著者}さんに歌ってあげたい歌だった。陽さんご夫婦は谷村信司の唄が好きだ。これもまさしく谷村さんの唄。そんな事で久しぶりのカラオケ・・・しかしであった。
娘はインディーズの宇宙戦隊と言うバンドが大好き。ロックもロックすごい格好のグループである。人前では歌わなかった娘は席に着いたとたん、バンバンそのロックを入れ捲くる。負けるものかと私も入れる。2時間ほどいた部屋で、頭ががんがんしながら、それでもちょっと唄えるようになった自信を着け二人店を出た。そして昨日、日曜日。この日は二人何も無い恒例の日帰り温泉日。家から一時間半くらいの新潟の温泉に主人と出かけた。そこの温泉には岩盤浴というのがあり、20分も入ると汗が吹き出てくる。湯船につかった感じとはまた違う心地よさが後を引く。その後、マッサージチェアに乗ったり、足つぼをしたり・・・やっぱりカラオケよりも温泉だぁ・・・と年が語っていた。


赤い車

2006-03-18 21:28:14 | まゆみのつぶやき室
3月で今乗っている軽自動車の車検が切れる。もう10万キロも乗ったので、買い替え時期だ。
私は、昔から赤い車に一度乗ってみたいと思っていた。自動車屋さんを何件か回り、とても気に入った赤い車があった。車と言う大きな買い物なので、自分の物とはいえ、主人に「これこれこうでね・・・!」と気に入った赤い車を買いたいと話した。
しかしであった。
前の車の時も、その前も、赤い車・・・と言っただけで、主人は反対した。
「赤は飽きるし、めだつし、いい年こいて何言っているんだ!」と。
「いいじゃない!自分で乗りたいんだし、私だって稼ぎあるんだから・・・」と言い返したい気持ちはやまやまだが、喧嘩は嫌いである。しかもそばで、その話を聞いていた免許は取ったものの車は無い息子。「やだよぉ~赤なんて。オレ乗れねぇ~じゃん!」そして追い討ちをかけてこれまた免許はあるが車は無い娘。「お母さん、赤はちぃ{赤いラパンを乗っている次女}だけでいいじゃん。やだよ!だと。

まったく、我が家はおかしいそんな事で結局また探して決めたのは、白い軽自動車だった。

田舎は自動車が必需品。我が家も爺ちゃん、お父さん、私、次女、そして軽トラックがあるので、5台もある。

なので、経費が安く、機能的なものがお母さんの車と言うことになってしまう。
もう、これ以上年食ったら赤い車なんて乗れないのに・・・決めたはいいが、未練がましい今日この頃であった。

岡山

2006-03-14 20:31:10 | まゆみのつぶやき室
3月に降る雪は、最後の抵抗のごとく、脅かす物でなく、名残り雪である。
ブログに変えた物の、横着者と言われつつ、なかなか電車男のように書き込めない自分が居る。3月は人形展が今開催の岡山、二度目の山口と続き、作品作りに精を出している。岡山の会場では今までに無く、手ごたえがあった。それはたくさんの涙に出会ったと言う事である。外出する事もままならない女性が、話しかけてきて、「来て良かった」と何度も繰り返す。顔を硬直させ、必死に逢えた喜びをマスク越しの瞳は語る。ある年配の女性は「私の手を見て」と言わんばかりに私の前に自分の手を差し出した。一生懸命に働いてきた、傷を覆うテープだらけの手であった。ある人は手土産を差し出し、すっとくれる。知りあいだったかな?と思いきや
見ず知らずの私にお土産をくれた。わずかにいた会場での嬉しい出来事だった。
私の作りだした人形達は、いつしか見てくれた人達の想いを吸い取り、一人歩きしだして少し恐い気もしてくる。でもこうして実感した思いも反対に私自身が汲み取って、これからの創作に意欲をもらっているんだと思わずにいられない。
山口では新作も加え新しく図録も出来る予定。人口以上の人の来客があった山口。私は今それに向け祭をテーマに作っていますよ。完璧ではないにしろ、徐々にというのが私のスタイル。乞う御期待。今日、部屋で人形を作りながら、ラジオを聴いていた。あげたてかりんと・・・と聞こえてきた。そっかぁ~   かりんとを揚げてるばあちゃんと揚げたてをせがむ子供・・・いいかもしれない。
私の創作意欲はまだまだ続く。