焼け跡の雑草の花には蝶たちがやって来る。高学年になるにつれて蝶採集に夢中になった。
今では見られなくなった蝶もいて、その頃はやった標本づくりに精を出し始めた。だんだん採集に遠出するようになり、中学3年生(1956年)の時には信州まで出かけた。
高校時代は生物研究部に入ったが、蝶を採集して標本にするだけではたとえ珍しい種であっても研究とはもちろん認められないので、あくまで趣味の領域にとどまっていた。いつか外国へ採集に行きたいと思っていたが、外国へ行くのが困難な時代だったので夢物語にとどまっていた。
大学時代に探検部一期生となりボルネオへの遠征隊の一員となって夢が実現した。当時のボルネオは秘境であったので新種が採集できるかもしれないとの思いが生まれて調査の合間に蝶採集に夢中になった。数百匹の蝶を採り、帰国後期待に胸をふくらませて調べたけれど新亜種さえ含まれていなかった。大学を卒業後、大英自然史博物館に留学。その後、せめて新亜種を記載したいと東南アジア、特に新しいものが採れそうなフィリピンに的を絞って採集に行き出した。
この作戦はズバリ的中し、新亜種はもちろん新種、新属を見つけ多くの記載論文を学会誌に投稿し、掲載されてきた。
そこで長年の間にどれだけ記載したか数えてみた。以下、1枚めを除いて画像を紹介しているだけで、種名、亜種名、オス、メス、翅表、翅裏など記入するのを割愛していることをどうかお許し願いたい。
○新種 39
ジャノメチョウ科、シジミタテハ科、シジミチョウ科、セセリチョウ科だが、ほとんどはシジミチョウ科。
地域はフィリピン、ボルネオだが、ほとんどはフィリピン。
Britomartis igarashii H. Hayashi, 1976 イガラシコガタノフタオシジミ 産地 ボルネオ
○新亜種 49
ジャノメチョウ科 1、シジミタテハ科 3、シジミチョウ科45、ほとんどはシジミチョウ科。
地域はフィリピン、ボルネオ、インドネシアだが、ほとんどはフィリピン。
○新属 1
シジミチョウ科のオパールフタオシジミ属(学名Matsutaroa)
分布は局地的でフィリピン中部、西ヴィサヤ地区のマスバテ、ネグロス、パナイの3島にのみ産する。
○シノニムとして消えたカワセミフタオシジミ属(学名Eliotia mioae)H. HAYASHI, 1978 について紹介する。
蝶の、世界中に通用する名前として、学名がある。学名は国際動物命名規約に詳しい取り決めがあり、新種を発見した場合、これに従って学名を決定し、記載論文を印刷物の形で発表する。
学名はリンネの提唱した二名法に基づいていて、属名と種名から成り、この二つの名前の組み合わせですべての動物の中のある特定の種を表すことが出来る。学名の後に命名者、命名年が続く。
ミオカワセミフタオシジミ Eliotia mioae H. HAYASHI , 1978
画像のシジミチョウを例にとれば、 Eliotia は属名、mioae は種名で、H. HAYASHI は命名者、すなわち筆者、そして 1978 は西暦で表した命名年である。もし亜種が存在する場合は、三名式となり、種名の後に亜種名が挿入される。
筆者は1978年(昭和53年)、このシジミチョウを模式種(タイプ標本)としてEliotia属を創設した。属とは分類上、種の上に位置し、一般的な表現を使えば、普通は幾つかの共通する特徴を持った種が集まって属を形成している(一属一種の場合もある)ので、いわばそのグループ名に当たるものである。
属名のEliotiaとは、筆者が長年にわたって有益な教えを受けた英国の著名な蝶研究者、J. N.Eliot氏に感謝の意を表して献名したもので、氏の姓をラテン語化したものである。
属名や種名を命名する時は、以前に学名として使われたことが無いことを確認して発表するのだが、1978年当時はせいぜい昆虫類で名前が重複していないか調べるのが関の山で、全動物をチェックすることは現実には不可能な作業だった。
最近はあらゆる分野でデータベース化が進み、全動物の学名のチェックが容易になった。その結果、属名Eliotiaは、1909年(100年前!!)に軟体動物のショウジョウウミウシ科の属名に使われていたのが判明した。中山書店発行の「動物系統分類学、軟体動物(Ⅱ)」の中のショウジョウウミウシ科の解説中に「別属Eliotiaは本邦未記録、地中海産」という記述がある。多分、20世紀初頭にEliotという名の別人に献名された属名であろう。これはホモニム(異物同名)といって二つの違った属に同じ属名が使われていることになり、後年シジミチョウの属名に使った筆者のEliotiaは無効名(junior homonym)となって消え、筆者の命名より後に付けられて、シノニム(同物異名:同じ属に二つの名前が付いていること)で無効名として消されていたRachanaという属名が復活することになった。
長くなったが、これがEliotia mioaeが現在Rachana mioaeという学名に変わった顛末記である。
それにしても新属の創設という多大なエネルギーと専門的知識を要求される作業が、ただ時代が早すぎた(データベースの無かった時代)ということと、Eliot氏の名前が姓としてはあまりにもありふれていた(J. N. Eliotさん、すみません)というだけで、筆者が世界中で一番初めにmioaeが既知の属とは違う新しいグループを形成しうるという考えを発表したという客観的事実まで、命名上のきまりとはいえ、葬られてしまうのには釈然としない思いを抱くと共に、mioaeを新しい属の創設にふさわしい種であると見抜いた筆者の慧眼(自画自賛ですみません)と努力が無に帰したのは、何とも残念でならない。
今では見られなくなった蝶もいて、その頃はやった標本づくりに精を出し始めた。だんだん採集に遠出するようになり、中学3年生(1956年)の時には信州まで出かけた。
高校時代は生物研究部に入ったが、蝶を採集して標本にするだけではたとえ珍しい種であっても研究とはもちろん認められないので、あくまで趣味の領域にとどまっていた。いつか外国へ採集に行きたいと思っていたが、外国へ行くのが困難な時代だったので夢物語にとどまっていた。
大学時代に探検部一期生となりボルネオへの遠征隊の一員となって夢が実現した。当時のボルネオは秘境であったので新種が採集できるかもしれないとの思いが生まれて調査の合間に蝶採集に夢中になった。数百匹の蝶を採り、帰国後期待に胸をふくらませて調べたけれど新亜種さえ含まれていなかった。大学を卒業後、大英自然史博物館に留学。その後、せめて新亜種を記載したいと東南アジア、特に新しいものが採れそうなフィリピンに的を絞って採集に行き出した。
この作戦はズバリ的中し、新亜種はもちろん新種、新属を見つけ多くの記載論文を学会誌に投稿し、掲載されてきた。
そこで長年の間にどれだけ記載したか数えてみた。以下、1枚めを除いて画像を紹介しているだけで、種名、亜種名、オス、メス、翅表、翅裏など記入するのを割愛していることをどうかお許し願いたい。
○新種 39
ジャノメチョウ科、シジミタテハ科、シジミチョウ科、セセリチョウ科だが、ほとんどはシジミチョウ科。
地域はフィリピン、ボルネオだが、ほとんどはフィリピン。
Britomartis igarashii H. Hayashi, 1976 イガラシコガタノフタオシジミ 産地 ボルネオ
○新亜種 49
ジャノメチョウ科 1、シジミタテハ科 3、シジミチョウ科45、ほとんどはシジミチョウ科。
地域はフィリピン、ボルネオ、インドネシアだが、ほとんどはフィリピン。
○新属 1
シジミチョウ科のオパールフタオシジミ属(学名Matsutaroa)
分布は局地的でフィリピン中部、西ヴィサヤ地区のマスバテ、ネグロス、パナイの3島にのみ産する。
○シノニムとして消えたカワセミフタオシジミ属(学名Eliotia mioae)H. HAYASHI, 1978 について紹介する。
蝶の、世界中に通用する名前として、学名がある。学名は国際動物命名規約に詳しい取り決めがあり、新種を発見した場合、これに従って学名を決定し、記載論文を印刷物の形で発表する。
学名はリンネの提唱した二名法に基づいていて、属名と種名から成り、この二つの名前の組み合わせですべての動物の中のある特定の種を表すことが出来る。学名の後に命名者、命名年が続く。
ミオカワセミフタオシジミ Eliotia mioae H. HAYASHI , 1978
画像のシジミチョウを例にとれば、 Eliotia は属名、mioae は種名で、H. HAYASHI は命名者、すなわち筆者、そして 1978 は西暦で表した命名年である。もし亜種が存在する場合は、三名式となり、種名の後に亜種名が挿入される。
筆者は1978年(昭和53年)、このシジミチョウを模式種(タイプ標本)としてEliotia属を創設した。属とは分類上、種の上に位置し、一般的な表現を使えば、普通は幾つかの共通する特徴を持った種が集まって属を形成している(一属一種の場合もある)ので、いわばそのグループ名に当たるものである。
属名のEliotiaとは、筆者が長年にわたって有益な教えを受けた英国の著名な蝶研究者、J. N.Eliot氏に感謝の意を表して献名したもので、氏の姓をラテン語化したものである。
属名や種名を命名する時は、以前に学名として使われたことが無いことを確認して発表するのだが、1978年当時はせいぜい昆虫類で名前が重複していないか調べるのが関の山で、全動物をチェックすることは現実には不可能な作業だった。
最近はあらゆる分野でデータベース化が進み、全動物の学名のチェックが容易になった。その結果、属名Eliotiaは、1909年(100年前!!)に軟体動物のショウジョウウミウシ科の属名に使われていたのが判明した。中山書店発行の「動物系統分類学、軟体動物(Ⅱ)」の中のショウジョウウミウシ科の解説中に「別属Eliotiaは本邦未記録、地中海産」という記述がある。多分、20世紀初頭にEliotという名の別人に献名された属名であろう。これはホモニム(異物同名)といって二つの違った属に同じ属名が使われていることになり、後年シジミチョウの属名に使った筆者のEliotiaは無効名(junior homonym)となって消え、筆者の命名より後に付けられて、シノニム(同物異名:同じ属に二つの名前が付いていること)で無効名として消されていたRachanaという属名が復活することになった。
長くなったが、これがEliotia mioaeが現在Rachana mioaeという学名に変わった顛末記である。
それにしても新属の創設という多大なエネルギーと専門的知識を要求される作業が、ただ時代が早すぎた(データベースの無かった時代)ということと、Eliot氏の名前が姓としてはあまりにもありふれていた(J. N. Eliotさん、すみません)というだけで、筆者が世界中で一番初めにmioaeが既知の属とは違う新しいグループを形成しうるという考えを発表したという客観的事実まで、命名上のきまりとはいえ、葬られてしまうのには釈然としない思いを抱くと共に、mioaeを新しい属の創設にふさわしい種であると見抜いた筆者の慧眼(自画自賛ですみません)と努力が無に帰したのは、何とも残念でならない。