旅人ひとりー大阪大学探検部一期生のたわごとー

とこしえの精神(こころ)を求めて、さまよ(彷徨)う旅人ひとり。やすらぎを追い続け、やがてかなわぬ果てしなき夢と知るのみ。

3ー1 知の探検・蒙古に茸を食草とする蝶は存在するのか? (その1)

2023-03-01 | 探検

司馬遼太郎の作品に蒙古という国とモンゴル民族を主題とした「草原の記」がある。全編大変興味深い内容が書かれているが、蝶好きのぼくにとって特に見逃せない部分があった。歴史学ではなく当然自然科学の分野であった。ぼくが注目した部分を少し長くて恐縮だが、次に紹介する。

「いまの日本は蒙古茸(もうこきのこ)だ」
と、当時の中国軍閥の親分のひとりが言ったということを、戦後、なにかの本で読んだことがある。一夜で大きくなり、いずれ消える、というのである。
 それほど、河本大作や板垣・石原たちが、統帥権的冒険に乗りだしてからの日本は、唐突に膨れあがり、それまでの日本の国家行動とは別趣の観があった。いずれ消えるとは、日本もろともにほろびるということらしかった。
 蒙古茸という比喩が、いかにも田舎の軍閥のぬしの言いそうなことで、なにやらおかしい。もっとも、当初、それを読んだとき、私はこの乾いた草原に茸がはえるなどは、まったく知らなかった。
 しかし、雲が湧く以上は、ときに雨がふる。茸がはえてもおかしくはなさそうである。
 ただし、茸にとってはいそがしいにちがいない。天地が湿るやいなや、一夜で大きくならねばならず、でなければ、つぎの日は乾いて枯れてしまいそうにおもわれた。
 この植物のことを私は何十年もわすれていて、1990年にツェベクマさんに再会したとき、一袋の食べものを頂戴した。あけると、灰色の乾燥した茸であった。
「蒙古茸です」
 ツェベクマさんがいった。宝石のように稀少で、珍味だという。
 モンゴル人たちは、サークルをなしているこの茸を遠くからみつけるという。かれらの視力の強さは解剖学的に目の構造がちがうのかとおもえるほどで、雨後、騎走しながら地平線のあたりのかすかな色彩の変化をみつけ、数キロ走って獲る。
「蝶もすばやいんですよ」
 と、鯉渕教授が、教えてくれた。蒙古茸があがるや、蝶たちは飛んできて卵をうみつけるという。鯉渕教授は、亜細亜大学の研究室に乾燥茸をつつんでおいておいたところ、ある日、研究室いっぱいに蝶が飛び舞っていて閉口したらしい。
“満州”は、昭和初年の参謀本部にとっても、蝶の大量孵化をもふくめた蒙古茸のようなものだったかもしれない。

鯉渕教授は生物学ではなく、モンゴル語学の先生なので、この部分を読んで蝶ではなく蛾ではないかと思った。新潮文庫で「草原の記」を読んだ当時(2010年)、茸を食草とする蝶の存在を聞いたことがなかったからである。その後折りに触れて数名の蝶・蛾研究者に尋ねてみたが、どなたも茸を食べる(食草とする)蝶(の幼虫)の存在はご存知なかった。
では蛾の種名は 興味は膨らんだ。残念ながらモンゴル在住の専門家とは縁がなかったので、モンゴルの夜蛾を調べておられる日本のK氏に問い合わせた。モンゴルで茸を食する蛾はご存知なかったが、日本産の蛾は3種ほどいることを教えていただいた。ムラサキアツバ Diomea cre-mata  ナミグルマアツバAnatatha lignea ヨコハマセニジモンアツバ Paragona multisigna-ta などがシイタケの害虫として報告されているとのことであった。このうち古くからシイタケの害虫として知られているムラサキアツバはカワラタケ(サルノコシカケ科)をも食するとの記述があった。サルノコシカケ科の茸を食する蛾の幼虫がいるという事実を記憶にとどめておいていただければ幸いである。下に上述の蛾を3種参考のために図示する。

ムラサキアツバ


ナミグルマアツバ


ヨコハマセニジモンアツバ

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