旅人ひとりー大阪大学探検部一期生のたわごとー

とこしえの精神(こころ)を求めて、さまよ(彷徨)う旅人ひとり。やすらぎを追い続け、やがてかなわぬ果てしなき夢と知るのみ。

ヘッセとオーストリア・シュトゥーバイ

2011-02-01 | 登山・スキー
ヘッセとはもちろんノーベル賞作家のヘルマン・ヘッセである。彼は蝶(や蛾)が大好きで、数々の詩歌や散文の中で、そのきらめきながら消えゆく生命の神秘をうたいあげた。作品「クジャクヤママユ」は改稿されて「少年の日の思い出」として、わが国の中学国語の教科書に63年間も掲載され続けてきたので、読まれた方も多いと思う。

ヘッセは自ら採集した標本に記録のラベルを付ける際、無機質なデータを羅列するのでは無く、ラベルのサイズは大きくなるが、場所を特定出来るように詳細に記録している。このようなラベルの付いたヘッセ採集の標本を実は地元大阪の蝶研究者、木下總一郎氏が持っておられる。

ジャノメチョウ科のベニヒカゲの仲間 Erebia pharte var.eupompa (画像、上側左の蝶、ファルテベニヒカゲ)で標本の右にある下側のラベルがそうである。黄色の枠内にまぎれも無く H. Hesse の署名がある。ラベルに書かれた採集地は「オーストリー・インスブルックから24km南西、北チロル地方シュトゥーバイ(ア)・アルペン山脈、オーバーベルクの谷の最も奥にあるフランツ・ゼン・ヒュッテ」となっている。

このラベルとその上にあるラベルに書かれているシュトゥバイ(ア)、Stubai(el)の地名を見てアッと思った。20年ほど前、オーストリア・チロル地方へスキーに行った時、インスブルックに宿泊して近郊の3か所のゲレンデで滑った中にシュトゥバイアがあった(画像中、橙色の矢印や囲いで示した地名)。氷河 の上で滑っているのですよ・・とガイドに言われて、「そうか、夏はこの下の氷河が姿を現すのか」と気付いた。標高3,200mにあるゲレンデだったが、息苦しさを感じることもなく、締まった雪の上で思いっきり滑走を楽しんだ。最後は3,200m地点から麓のロープウエーの駅まで何キロも続く峡谷を滑り下りた。

当時は、ヘッセがかの地に夏場、採集に来ていたことはまったく知らなかったので、白銀の世界を楽しんだだけだが、今、あの峡谷の夏の風景を想像して、岩稜地帯や緑に覆われた草原を1927年7月下旬、ヘッセがベニヒカゲを追っていたのかと思うと感慨深いものがある。


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