西日本を代表するがんセンター「大阪府立成人病センター」は創立58年を迎えた今年(2017年)の3月下旬、「大阪国際がんセンター」と名称を改め、大阪市中央区の大阪府庁に隣接する地に新築された建物に移転した。下の写真がその新病院である。
大阪城の西側に位置しているので当然旧大坂城にまつわる遺物が工事中に見つかった。1583年秀吉が築城を始めた大坂城は1615年の大坂夏の陣で落城、焼失した後、地中深くに埋められてしまった。後になって徳川家は各地の大名に命じて大坂城の再建に取り組んだ。その際運び込まれた石垣用の石の中で使われずに残された石が「残念石」と呼ばれているものだ。「大阪国際がんセンター」の玄関前にはこれらの石がオブジェとして飾られている。角度を変えて写した下の3枚の画像がそれである。
残念石の由来を解説をした銘板が置かれている。
上掲の銘板に書かれているように刻印が彫られた部分を矢印で示している。
「大阪国際がんセンター」の正面玄関である。
建て替えに際してセンターが寄附金を募っていたので、長年にわたり検診を受けてきた感謝の気持ちを表して寄附させていただいたら、病院1階の廊下の壁面の銘版に名前が挙げられていて、面はゆい気持ちでいる。
大阪城の西側に位置しているので当然旧大坂城にまつわる遺物が工事中に見つかった。1583年秀吉が築城を始めた大坂城は1615年の大坂夏の陣で落城、焼失した後、地中深くに埋められてしまった。後になって徳川家は各地の大名に命じて大坂城の再建に取り組んだ。その際運び込まれた石垣用の石の中で使われずに残された石が「残念石」と呼ばれているものだ。「大阪国際がんセンター」の玄関前にはこれらの石がオブジェとして飾られている。角度を変えて写した下の3枚の画像がそれである。
残念石の由来を解説をした銘板が置かれている。
上掲の銘板に書かれているように刻印が彫られた部分を矢印で示している。
「大阪国際がんセンター」の正面玄関である。
建て替えに際してセンターが寄附金を募っていたので、長年にわたり検診を受けてきた感謝の気持ちを表して寄附させていただいたら、病院1階の廊下の壁面の銘版に名前が挙げられていて、面はゆい気持ちでいる。