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救急 集中治療 分離肺換気のテクニック 

2006年03月01日 04時56分29秒 | 急性期管理技術

分離肺換気のテクニック


京都大学大学院医学研究科
初期診療・救急医学分野
准教授 松田直之


要 点
・ 分離肺換気の4つの方法
・ ダブルルーメンチューブの選択と挿入法
・ ユニベントチューブの選択と挿入法
・ bronchial blockerを利用した小児の分離肺換気

概 説
 肺切除術や食道全摘術などの麻酔管理では,分離肺換気とし片肺を虚脱させる技術が必要である。この分離肺換気の手法は,1)タブルルーメンチューブを利用した方法,2)ユニベントチューブを利用した方法,3)Fogartyカテーテルなどのbronchial blockerを利用した方法,4)ノーマルチューブの片肺挿入の4つの手法に大別される。予定手術においては,その手術内容の確認に加えて,胸部単純X線像やCT像で十分な画像評価を加え,分離肺換気の技法を吟味するとよい。


分離肺換気のための基礎知識

☆ 右上幹の位置に注意 
左上葉気管支へ移行する左上幹は気管分岐部から3~5 cmに位置するのに対して,右上葉気管支へ移行する右上幹は気管分岐部から1~2 cmである(図1参照)。このため,右主気管支挿入用ダブルルーメンチューブでは右上葉の換気が損なわれることが多い。

<気管か右主気管支か左主気管支か>
 分離肺換気を確実に行うためには,挿入されたチューブの先端やブロッカーの位置を気管支鏡で確認することが必要である。このため,気管,右主気管支と左主気管支を気管支鏡で判別できることが要求される。気管は前方と側方が気管軟骨に囲まれており,後壁は平滑筋で形成されるため縦走するヒダとして観察される。このように見える気管分岐部(Carina)の形状を理解しておくことが大切である(図2参照)。

分離肺換気のための準備
□  分離肺換気のための計画と打ち合わせ
□ 胸部単純X線像と胸部CT像
□ 分離肺換気用チューブあるいはブロッキングバルーンカテーテル
□ クランプ鉗子(鉤なし)(ダブルルーメンチューブ挿入の場合)
□ チューブ接続用専用コネクター(ダブルルーメンチューブ挿入の場合)
□ 気管支鏡と観察用専用コネクター。
□ 潤滑油,医療用ゼリー(気管チューブカフなどへ使用できるもの)(リドカインゼリー)
□ 喀痰吸引システム。
□ チューブ固定専用テープと蛇管立て。
□ 乾ガーゼ。
□ 麻酔導入と十分な麻酔モニタリング(SpO2とカプノグラフィを含む)

【A】ダブルルーメンチューブの選択と挿入
 ダブルルーメンチューブは一般に左主気管支挿入用チューブを選択する。適切な位置に固定する技術が必要である。ダブルルーメンチューブとして,よく選択されるマリンクロット社の商品は,2006年の段階で第3世代となっており,1990年レベルの第1世代,1995年レベルの第2世代とは異なる。このために,適切な片肺チューブ固定位置が変化していることに注意する。

ダブルルーメンチューブの選択について

1)第1選択は左主気管支挿入用チューブ
左主気管支挿入用チューブを第1選択とするのがよい。左主気管支のスリーブ切除などで左気管チューブが術野の邪魔となる場合に右主気管支挿入用チューブを用いることがあるが稀である。

2)右主気管支挿入用チューブを用いる場合の注意
右主気管支挿入用チューブを用いる場合,気管分岐部からどれぐらいの距離で右上葉気管支が分岐するかを胸部単純X線像と胸部CT像で確認するとよい。この距離が1 cm以上なければ,右主気管支挿入用チューブの適切な留置が期待できない。

3) チューブサイズ
ダブルルーメンチューブは外径が41 Fr,39 Fr,37 Fr,35 Fr,32 Fr,28 Fr,26 Frの7種類があり,28 Frと26 Frは左主気管支挿入用のみで右用がない。成人男性には一般に39~37 Fr,成人女性には37~32 Frを選択し,太いサイズとすることで換気や気管支鏡検査が行いやすい。12~15歳レベルの小児には32 Fr,10~12歳は28 Fr,8-10歳は26 Frを目安としダブルルーメンチューブを選択するが,25 kg以下の10歳以下の小児や乳児に対してはユニベントチューブ®やブロッカーを用いた分離肺換気を考慮するとよい。

左主気管支挿入用ダブルルーメンチューブの挿入
常にパルスオキシメータの音を聞きながら処置を行う。

1)チューブ先端は挿入気管支方向に曲がっている
ダブルルーメンチューブの先端は挿入気管支方向に曲がっているため,チューブ先端が声門部を通過した際には,左主気管支挿入用チューブであれば,反時計回りに90度回転させてから気管内にチューブを進める(図3参照)。

2)スタイレット抜去に対する注意
スタイレットはチューブ先端が声門部に位置した際に介助者に抜去してもらう。気管挿管者はtracheal cuff(白カフ)が声門を通過するまで声門に外力が加わらないように観察を続けることが大切であり,目をそらしてはいけない。スタイレットを抜去してもらう際に外力が加わらないようにするためには,スタイレットに専用の潤滑剤やリドカインゼリーを塗布し,摩擦力が軽減されていることをあらかじめ確認しておく。
⇒ スタイレットを挿入したままチューブを気管内に進めれば,声門損傷,披裂軟骨脱臼,気管裂傷などを起こす可能性がある。

3)チューブの固定
チューブの最終固定は気管支鏡下に行う。しかし,側臥位で行う肺切除術の場合,正確にチューブ固定しても,その位置がずれてしまうことが多い。左右すべての肺野の呼吸音が正常に聴診できれば,チューブの簡易固定を行い,側臥位変換を行ってから正確な固定を施すほうが手術開始までの時間を十分に短縮できる。しかし,上葉の呼吸音が弱い場合は,気管支鏡でチューブ先端が主気管支の左右どちらかに深く陥入している可能性があり,チューブの適切な位置を気管支鏡で必ず評価する。気道内分泌物がある場合は放置せずに,十分に吸引する。気管挿管後はエアリークの無いようにtracheal lumenの白カフを適切に膨らませるが,bronchial lumenの先端カフ(青カフ)は分離肺換気を行うまでは脱気しておく。
⇒ チューブ先端の青カフは脱気しておく。
⇒ 肺野の聴診を重視する。
⇒ 気管挿管後はカプノグラフィで呼気波型を評価する。
⇒ 体位が固定されないまでは,酸素濃度を上げておく。

左主気管支挿入用ダブルルーメンチューブの最終固定
 チューブの最終固定は気管支鏡を用いて純酸素下で直視下に行う。口腔内分泌物を吸引した後に,2つのカフが脱気されていることを確認し操作にあたる。

1)Tracheal lumenの先端孔(白ライン)からの観察
チューブ固定のための気管支鏡操作は白ラインからの観察が基本である。チューブ先端が気管内にある場合,通常はそのまま進行させれば先端が左主気管支に陥入する(図4A参照)。気管分岐部が観察されず,気管壁に気管支鏡が接した状態で気管内がよく観察できない場合は,チューブ挿入が深すぎる場合であり,1.5 cmずつチューブを引き戻し(図4B参照),tracheal lumenを適切な位置に設置した時点で止める。先端部の青カフを1~2 mLで膨らまし,気管分岐部に青カフが見え隠れするぐらいの位置でチューブを固定することが,第2世代までのマリンクロット社チューブで推奨されていた(図5参照)。しかし,現在の第3世代マリンクロット社ダブルルーメンチューブは,青カフが見えなくなるまで挿入するのが良い。気管支側ルーメンから見て,分岐部が約1.5 cmレベルで見える位置が,おおよその適正な固定位置である。第3世代マリンクロット社ダブルルーメンチューブでは,青カフ後端と気管支ルーメン間の距離が短縮していることに注意する。初めて使用する初心者は,不潔にならないように注意が必要であるが,ダブルルーメンチューブの先端,青カフ先端,青カフ後端,白カフ先端,白カフ長,白カフ後端度の各パート間距離を測定し,記憶するように努めると良い。

2)Bronchial lumenの先端孔(青ライン)からの観察
 チューブがどうしても望む方向に進まない場合,気管支鏡をbronchial lumenに挿入し,チューブ先端を左主気管支に陥入させる。
⇒ 手術開始までの待ち時間には気管支鏡ですべての気管支の状態を評価しておく。

注釈:右主気管支挿入用ダブルルーメンチューブの挿入

 チューブサイズの選択や挿入手順は,左主気管支挿入用チューブとほぼ同様である。注意点は,図6のように気管支鏡を介して bronchial lumenのventilation slotから右上幹を確認することである。この確認ができない場合でも右上葉の呼吸音が聴取されることがあるが,右側臥位で手術が長時間におよぶ際には,右上葉の無気肺に移行しやすいので,ventilation slotと右上幹を合わせるように工夫する。

ダブルルーメンチューブを用いた分離肺換気の実際
 分離肺換気に際しては,先端の青カフを1~2 mLで膨らます。鉗子を用いたクランプは接続コネクター部位で行い,閉塞側のコネクターをチューブからはずすことで,脱気が行われる(図7参照)。開胸前に脱気されていることを評価する際には,無換気側のチューブ口にカプノメータを接続することで,呼吸音を聴取する代わりに換気遮断ができているかどうかを知ることができる。

【B】ユニベントチューブ
 ユニベントチューブ(Fuji Systems Corp)はノーマルチューブの気管挿管に準じて,気管挿入する。気管挿管後は図8のようにチューブ内に気管支鏡を挿入し,気管支鏡で直視下にbronchial blocker(BB)を主気管支に挿入する。BBカフを膨らませることにより,挿入側を無換気とすることができるが,気管の石灰化やリンパなどによる圧迫により気管支を閉塞できないことがある。
⇒ BBによる気道裂傷を防ぐためは気管支鏡下に適切なカフ空気量を評価しておくのがよい。カフ内圧を過度に上げることにより気管支裂傷を合併する危険がある。

<小児分離肺換気におけるユニベントチューブ>
 6~10歳レベルの25kg以下の小児の分離肺換気には内径3.5 mmか内径4.5 mmのユニベントチューブを用いることができる。

【C】Bronchial blockerとしてのForgarty®カテーテル
 血栓除去カテーテルとして知られているForgarty®カテーテルを用いて,分離肺換気を行うことができる。乳児や小児の場合は5 FrのForgarty®カテーテルを用いるが,低酸素と声門下の腫脹に留意しなければならないため,挿入する気管チューブの内径を一つ下げた細いものとするとよい。小児の場合は先に気管挿管し,換気を整えてから,再度,喉頭展開し気管チューブに平行してForgarty®カテーテルを挿入したほうが安全である。
⇒ Forgarty®カテーテルが声門を通過しにくい場合は内径がワンサイズ低いものに気管挿管チューブを入れ替える。無理に挿入してはいけない。

 

【D】COOK社のAmdtブロッカー

 小児では5Fr,一般に5Fr ,7Fr,9Frを用意しておくと良い。片肺挿管として,Amdtブロッカーを挿入してから,チューブのみを引き抜いてくることができる。固定は最終的に,2股のコネクションを用意する必要がある。



【その他】

ミニ知識 ダブルルーメンチューブの固定技


 歯がない患者の場合はチューブの位置がずれやすい。このため,両側の頬と歯肉の間域にガーゼを1枚ずつ球形に丸めて挿入するとダブルルーメンチューブの固定が安定する。さらに,側臥位になる場合は,口腔内に1~2枚の乾いたガーゼを挿入し,そのガーゼの先端を口腔外に出しておくことで,唾液をゼリー状にできるため,口腔内分泌物に邪魔をされず,チューブ固定やチューブ位置変更の際のスピードアップができる。チューブ位置を定めた正式な固定としない場合は,太目のテープで簡易固定とすると,側臥位となった後の正式な固定が行いやすい(図10参照)。側臥位になった際にチューブ固定位置が上方になるように,左側臥位の場合は右口角固定,右側臥位の場合は左口角固定としている。


ミニ知識 気管の炎症性浮腫とコブラヘッド

 食道腫瘍手術後などの全身性炎症の強い時期には血管透過性亢進のために気道浮腫が強い場合がある。再手術に際して気管支鏡で気管内を観察すると,毒蛇コブラのように膜様部がチューブ先端に覆いふさがるように膨隆し,気管分岐部を気管支鏡で確認しづらい。用手換気で吸気保持することにより,主気管支が観察しやすくなる。人工呼吸下では,一時的にPEEPを10 cmH2Oレベルで併用し,換気量を下げるか中断することで,気管支レベルの観察が容易となる。ダブルルーメンチューブの適切な位置決定が行いにくいばかりでなく,自発呼吸出現により膜様部肥厚が増強しチューブ閉塞が生じる可能性があるので,慎重に対応されたい。


ミニ知識 気管分岐の先天的変異と無気肺

 左下葉切除を予定されていた症例に左主気管支挿入用ダブルルーメンチューブを挿入後,チューブが適切な位置にあるにもかかわらず,右上葉の換気が障害された経験がある。この症例では右上葉支が気管分岐部の約3 cmの声門側寄りに位置していた。ユニベントチューブに入れ替えを行い,チューブを浅く固定することで右上葉の換気を得ることができ,分離肺換気も施行できた。転移性気管支分岐異常の約70 %は右上葉に関連するとされている。



図の表題と解説


図1 成人の気管と主気管支
右上幹は気管分岐部より1~2 cmで分岐する。左主気管支は3~5 cmと右に比べて長い。気管支の分岐角度は3歳頃までは左右に差がなく55°レベルだが,成人では右が25°と左に比べて急峻となる。


図2 気管分岐部
 気管分岐部はかまぼこのように見える。


図3 ダブルルーメンチューブの形状と挿入法

左主気管支挿入用ダブルルーメンチューブを上方から観察した図である。ダブルルーメンチューブには2つの弯曲があり,bronchial lumenの先端は主気管支に陥入しやすいように適切に弯曲している。A:挿入時は左側に位置するbronchial lumenが上方になる。B:左主気管支挿入用ダブルルーメンチューブの気管挿管では,bronchial lumenが声門に位置した時点でスタイレットを抜去し,チューブを進める。チューブを反時計周りに90°回転させることで図Bのようになり,bronchial lumenが左主気管支に陥入できる。右主気管支挿入用であれば時計回りに90°回転させてチューブを進行させることになる。



図4 ダブルルーメンチューブの挿入位置の決定
 ダブルルーメンチューブの挿入位置をすばやく決定するためには,tracheal lumenの側孔(白ライン)からの観察が原則である。Aは気管へのチューブ挿入が浅い場合,Bは深すぎる場合である。


図5 ダブルルーメンチューブの適切な位置
青カフが見え隠れするぐらいの位置でチューブを固定する。


図6 右主気管支挿入用ダブルルーメンチューブ
 Bronchial lumenのventilation slotから右上幹を確認する。右上葉の換気に難渋するために,まず,使用しない。


図7 カプノグラムを用いた肺虚脱の確認
 図ではチューブコネクターの左換気用側を鉗子でクランプし,左肺を虚脱させる設定とした。左肺が換気されないことを確認するためには,左胸部の聴診のほかに,14Fr以上の吸引用カテーテルの尾側にカプノメータのサンプリングチューブを接続し,カプノグラフィから呼気ガスの有無を知る方法がある。


図8 ユニベントチューブとbronchial blocker
 ユニベントチューブを気管挿管した後は,気管支鏡下でbronchial blocker(BB)を主気管支に留置する。BBのカフを膨らませることで,分離肺換気が可能となる。


図9 Bronchial blockerとしてのForgarty®カテーテルの応用 
 救急外来で対応する喀血において,大動脈瘤と左気管支,肺動脈と左気管支などの際には,右片肺挿管で左へのForgarty®カテーテルという緊急対応がある。また,腺癌などからの出血に対して,救急外来で気管挿管プラス出血部のForgarty®カテーテルで対応した経験がある。長期的予後は厳しいが,緊急対応におけるバイタルサイン安定化の一工夫となる。もちろん,慣れた看護体制があれば,救急外来といえども分離換気で対応することもできる。


図10 チューブの簡易固定
 側臥位に体位変換される場合の仰臥位状態でのダブルルーメンチューブの簡易固定を図に示した。側臥位となる場合には,上になる方の口角にテープ固定をすると,最終的な位置固定合わせをしやすい。ガッツと両側から止める先生もいるが,僕は上となる口側に固定する方法を得意としている。重症肺挫傷などにおける仰臥位や側臥位をローテーションさせるICU管理では,2000年頃は両側からの固定としていたが,専用の固定器具を使う場合が多い。A:用いるテープは太いものとし,図Aのように中央線上に切開を加える。①をチューブ下端にあわせ➂方向にチューブを巻く。次に,④をチューブ下端にあわせ➅までチューブを巻く。⑦を頬部に張り,その上をさらにテープで補強する。図は左側臥位におけるチューブ固定の例である。この固定では側臥位でチューブが上方に位置するため,次の正式な固定を行いやすい。

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