極力説明を省いた映画である。画面は公衆トイレの清掃作業員・平山(役所広司)の日常を淡々と追い続ける。その中に2・3のエピソードが差し挟まれ、そこから観衆は想像を膨らませてほしいと制作者は言っているように思えた…。
昨年のカンヌ映画祭で男優賞を受賞し、本年のアカデミー賞の国際長編映画賞にもノミネートされたというニュースを聞き、「これは観ておかねば!」と思っていたのだが、なかなか予定が取れずいたが、2月6日(火)午前、ユナイテッドシネマ札幌に赴き、思いを叶えることができた。
映画は次のように流れていった。主人公である公衆トイレの清掃作業員(50代)である平山は、東京スカイツリーが近い(墨田区?)古びた4畳半一間のアパートに一人で暮らし、毎朝薄暗いうちに起き、台所で顔を洗い、ワゴン車を運転して仕事場に向かう。仕事場は渋谷区内にある公衆トイレであるが、それらのトイレを隅々まで丁寧に磨き上げていく。そんな判で押したような日々を送る平山の姿をカメラは淡々と追う。まるでドキュメンタリー映画のように…。
※ 話題の「はるのおがわコミュニティパークトイレ」の不使用時には壁が透明となるトイレですが、現在は不具合が発生し常時不透明の状態だという。
平山の趣味は、清掃箇所への移動中に時代を少し遡った洋楽をカセットテープで聴くこと。そしてこれもまた一時代前の小型フィルムカメラでモノクロ写真を撮ること。さらには古本屋から買い求めた文庫本を毎夜寝る前に読むことなどだ。趣味の一つ一つがことごとく一時代前というのが意味深にも思える。
そんな淡々とした平山の日常の中でエポックメーキングな出来事は、20歳前後と思われる平山の姪であるニコ(中野有紗)が平山のアパートに押しかけてきて居座ってしまったことだ。私は当初、ニコは平山の娘ではないかと勘違いした。(つまり私は、平山は何かのアクシデントでエリート路線を踏み外し、妻と離婚をして清掃作業員としての日々を送っているのではないか、と想像したのだ)しかし、ニコを迎えに来た母親が平山の妹だと分かり私の勘違いに気付いた。
平山の過去にはどのようなことがあったのだろうか?そして平山は今、なぜトイレ清掃の作業員をしているのだろうか?平山の趣味を見ていると、若い頃はそれなりに知的な仕事に携わっていたのではないかと想像するのだが…。
しかし、平山の表情からは現在の自分の生活に嘆くことなどなく、満足しているようにさえ見えてくるのだ。日々が「PERFECT DAY」だと…。
映画の最後は平山が清掃現場に赴くワゴン車を運転する表情を長々と映し出すのだが、その表情が何ともいえない平山の幸せそうな表情を映し続けるのだった…。
この映画の監督はドイツ人のヴィム・ヴェンダースという人だが、日本映画の巨匠・小津安二郎をこよなく敬愛する人だという。小津の手法である無駄を省き、奇をてらわず、淡々と映し続ける手法は小津の影響を多分に受けている映画作りの手法のように思えた。今期のアカデミー賞の行方が気になってきた。
※ 監督のヴィム・ヴェンダース氏と主演の役所広知さんのツーショットです。
※ なお、映画では渋谷区のおしゃれな公衆トイレが次々と出てくる。特に普段はトイレの壁が透明で、中から鍵をかけると不透明となるトイレが話題となったが、そのトイレもさりげなく登場しているところが見ものの一つともいえる。