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私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

石狩川河岸遡行トレッキング 5

2018-10-13 16:09:39 | 石狩川河岸遡行トレッキング(夏バージョン)

月形町 ⇒ 奈井江町  トレッキング期日 ‘18/10/9

 前日に続いて二日続けてのトレッキングは久しぶりである。朝ホテルの窓から外を見ると雨がそぼ降っていた。「参ったなぁ…」と思っていたが、ほどなく上がって予定どおりスタートした。前日の疲れは残ったままだったが…。

 

 朝、ホテルで朝食を摂っていたらスタートが遅くなるので、前日コンビニで仕入れた菓子パンをお腹に押し込み、6時30分にホテルを出、およそ30分かけて昨日のゴール地点の「月形大橋」の袂に立った。石狩川はそぼ降る雨の影響もあってだろうか?油をたらしたような滑らかな水面を見せていた。

           

          ※ 朝の石狩川はべた凪状態で、滑らかな水面を見せていました。

 石狩川の堤防は完全にローカル色いっぱいの雑草が生えて、車の跡だけが土が見えているという田舎道路の様相を呈していた。

 トレッキングを始めて直ぐに雨が落ちてきた。慌ててザックをカバーで覆い、傘を取り出して進んだ。幸い長い雨とはならずに済んだのは幸いだった。

           

          ※ スタート直後の堤防の様子です。前方がかすんで今にも雨が降りそうな様子でしたが、この後雨が降ってきました。

 月形大橋から少し行ったところに、ハクチョウやマガンがシベリアから南の地へ渡る際の中継地として有名な「宮島沼」がある。その宮島沼から稲刈りが終わった田んぼにたくさんのマガンたちが飛来して落穂を啄んでいた。

 ずいぶん昔の話になるが、2011年の10月に私も宮島沼のマガンの「ねぐら入り」「ねぐら発ち」月形温泉ホテルに宿泊しながら観察に来たことがあるが、そのことを思い出していた。

 今年は10月10日で45,000羽のマガンが飛来しているという。

          

          ※ たくさんのマガンが落穂を啄んでいました。

          

           ※ 上の写真とは違ったところですが、マガンが飛び立つところを写すことができました。

 落穂を啄むマガンたちの姿を後にし、堤防と並走していた道路と別れると、堤防は石狩川に注ぐ美唄川の堤防へと変わっていく。できれば美唄川のような支流が石狩川と合流するところを見たいのだが、そうしたところは川べりの灌木に遮られて一度も見ることができないのが残念である。

 やがて美唄川に架かる「元村橋」を渡った。この時点で10時45分、スタート(ホテルを出てから)から4時間が経過していた。ここで小休止を取ることにした。

           

          ※ 「元村橋」ですが、この橋の袂の写真に見えるコンクリートブロックの上で小休止しました。

          

          ※ 美唄川の流れです。見たところは細いですが、実際の川幅は灌木に隠れていて良くは分かりません。

 元村橋を渡ってから、一時一般道路を歩き、今度は美唄川の支流にあたる酸化美唄川に架かる「弘法橋」を渡った。この橋を渡ると再び石狩川の堤防に出られるのだ。

          

          ※ 産化美唄川に架かる「弘法橋」です。

石狩川の堤防に向かうとき、またまた石狩川の直線化工事で取り残された(?)「伊藤沼」があった。この沼はこれまで初めて沼の直ぐ近くまで寄って写真を撮ることができた。

           

          ※ 石狩川沿いでたくさん出会った石狩川が遺した沼の一つ「伊藤沼」です。

 伊藤沼から堤防に上がろうと右往左往しているとき、今回のトレッキングで初めて他人と会話を交わした。近くの農家の方だったが「どこまで行くの?」と聞いてきた。私は「今日は奈井江までです」と答えると、呆れたような、驚いたような顔をしていた。「物好きな者もいるなぁ」と思われたのかもしれない。           

 近くには「菱沼」という沼もあったが、こちらは写真を撮るには適した沼ではなかった。ともかく、この辺りは右岸も左岸も昔の石狩川から切り離された沼がほんとうにたくさん存在している。こうした沼が周辺の農業にどのような影響を及ぼしているのか興味深いところである。

           

          ※ 写真のような風景が延々と続いていました。

          

          ※ 堤防上にはほとんど山野草に出会わなかったのですが、この花はところどころに咲いていました。

          

          

          ※ 堤防上で不思議な標識に何度も出会いました。横木の腕の左右の長さが違ったものです。いったい何でしょうか?

 菱沼を過ぎると、黄色い真新しい橋が視界に入ってきた。平成7年に修正し、平成9年に発行された国土地理院の地形図にはその橋は載っていなかった。そのためライブレポでは橋の名を書けませんでしたが、橋の傍を通ったときに「美浦大橋」と記されていて確認することができた。美浦大橋は平成23年に完成・開通した新しい橋でした。

          

          ※ 美唄市と浦臼町を結ぶ「美浦大橋」です。

 美浦大橋を過ぎたあたりから足底筋に痛みが出てきた。ここまで歩行距離も20キロを超えていたので、樋門のところのコンクリートブロックのところで昼食ポイントとすることにした。昼食はコンビニおにぎりを頬張ったがあまり美味しくはなかった。

           

          ※ こうした水利施設の一つ「樋門」に数多く出会いました。

 30分の休憩で足を休ませたこともあって、歩くスピードは元に戻ったように思われた。堤防からの景色は相変わらず変化がない。美浦大橋の手前で堤防の管理をする車と出会ったが、その車にはその後も二度も行きかった。彼からも「物好きな者がいるなぁ」と思われたのだろうか? 

          

          ※ これだけ大きな糞を落としていったのはいったいどんな動物でしょうか?まさか山オヤジさんではないですよね?

 堤防脇に大きな白い建物があった。マップでは「下水道浄化センター」とあった。おそらく美唄市の施設と思われる。

          

          ※ 美唄市の「下水道浄化センター」です。

 そこを通り過ぎると、支流の奈井江川の堤防となった。これまで同じように奈井江川が石狩川と合流する地点を確認することができないのは残念である。

 堤防上はすっかり雑草に覆われた。しかし、その分ジャリが見えなくなり足には優しい道となった。

          

         ※ いよいよ堤防は草に覆われてしまいました。

 やがて堤防は、奈井江川の支流となる茶志内川へと別れるが、分かれてすぐに茶志内川に架かる橋を渡り、再び奈井江川の堤防に移る。

 奈井江川の対岸には「奈井江火力発電所」の赤白の高い煙突が視界に入ってきた。さらに遠くには砂川火力発電所の煙突も望める。

 二つの火力発電所が極めて近隣になぜ建設されたのだろうか?その昔盛んに産出された空知の石炭が関係あるのではと考えた。帰宅して調べてみると、砂川が1955年、奈井江が1968年に、やはり空知の石炭を燃料とすることを前提に建設されたようだ。今はほとんど石炭は産出されていないはずだから燃料は石油に依存しているのだろうか?

           

          ※ 「奈井江火力発電所」の高い煙突が奈井江川の川向うに望まれました。

 その後、奈井江川は石狩川から離れ奈井江の街に向かって延びている。奈井江川に架かる橋もない。ということで、今回はそのまま奈井江の街に向かい、奈井江駅をゴールとすることにした。

 堤防の道は奈井江の街に近づくにつれて酷くなってきた。車の通った跡もなく、まるでブッシュ地帯を往くような様相となってきた。

          

          ※ 奈井江の街に近づくにつれて、堤防上はますます酷い状態となってきました。

          

          ※ 奈井江川に架かる橋(橋の名は?)を渡って、一般道に避難しました。

 本来はギリギリまで堤防を歩く予定だったが、あまりの酷さに一般道路に避難し、奈井江駅に向かったのだった。

 

 結局、奈井江駅に着いたのは15時20分だった。この日の歩行距離は31.5キロ。

          

          ※ この日のゴールに設定した「奈井江駅」です。

 現地の状況がはっきり掴めないままのスタートだったが、なんとか予定どおり計画をこなすことができホッとしたのが本音である。

 

 ここまで、「冬の石狩川河岸遡行スノーシュートレッキング」では石狩川河口から10日かかっている。対して今回の「夏の石狩川河岸遡行トレッキング」では5日到達している。

 ちょうど2倍のスピードである。もう少し夏の場合は速くてもいいような気がするが、こんなところかもしれない。来年どちらも「大雪ダム」にゴールしたいものである。

 そうした明確な目標を持つことができるのが河岸トレッキングの魅力の一つである。