青年Mは、中国のチベット弾圧に対して抗議するため五輪聖火リレーが行われる長野に行こうかどうか悩んでいます。
青年Mはどちらかというと「嫌中」的な傾向の持ち主です(今の青年層はどちらかというと嫌中的な人が少なくないように思います)。でも、同世代の中国人青年と語り合ったことも議論したこともありません。
長野では「Free Tibet」と印刷されたTシャツを着たり、チベットの旗を振ったり、横断幕をかがげたりして、仲間数人で意思表示をしにいこう、というものです。
ネット(掲示板)が登場・伝播することにより、これまで公になることが少なかった本音が広く流通しています。かつてはマスメディアによって作られた見解を許諾するか拒否するかという一方向的な情報ベクトルでしたが、ネットがここまで広範にひろがり縦横に情報が飛び交うことで、許諾・拒絶の構造が(匿名書き込みという気安さもあり)立体的になっています。
青年Mは長野に行くかどうか、交通費が工面できないという理由で呻吟しています。聖火リレーの日は近づいています。長野が国内はおろか、全世界から注目されています。日本の警察は威信をかけて「無事」に聖火リレーが終わることに力づくで実施するでしよう。もし青年Mが長野に行ったとしてもその抗議行動の影響は微々たるものでしかすぎないと思いますが、微々たるものでもいいのではないでしようか。それは、われわれの世代の言葉でいえば「アンガージュ(参加)」の行動なのですから。
青年Mはどちらかというと「嫌中」的な傾向の持ち主です(今の青年層はどちらかというと嫌中的な人が少なくないように思います)。でも、同世代の中国人青年と語り合ったことも議論したこともありません。
長野では「Free Tibet」と印刷されたTシャツを着たり、チベットの旗を振ったり、横断幕をかがげたりして、仲間数人で意思表示をしにいこう、というものです。
ネット(掲示板)が登場・伝播することにより、これまで公になることが少なかった本音が広く流通しています。かつてはマスメディアによって作られた見解を許諾するか拒否するかという一方向的な情報ベクトルでしたが、ネットがここまで広範にひろがり縦横に情報が飛び交うことで、許諾・拒絶の構造が(匿名書き込みという気安さもあり)立体的になっています。
青年Mは長野に行くかどうか、交通費が工面できないという理由で呻吟しています。聖火リレーの日は近づいています。長野が国内はおろか、全世界から注目されています。日本の警察は威信をかけて「無事」に聖火リレーが終わることに力づくで実施するでしよう。もし青年Mが長野に行ったとしてもその抗議行動の影響は微々たるものでしかすぎないと思いますが、微々たるものでもいいのではないでしようか。それは、われわれの世代の言葉でいえば「アンガージュ(参加)」の行動なのですから。