〈こうべ花気だより-02〉
今晩は、いろいろ興味深い話を交歓できて、感謝しております。
"Shooting "についての会話の中で、イタリアの作家イタロ・カルヴィーノの作品についてお話ししましたよね。拙宅に帰ってから、その作品が収められている書籍を捜しだすべく、書棚に直行し、見つけだしてきましたので、ここに報告しておきます。
「最後に鴉がやってくる」という題名で、『世界短編名作選--イタリア編』(新日本文学社、1977)に収録されています。訳は米川良夫氏。
1978年11月15日に読了との書き込みがあるので、もう28年前となるでしょうか。強く印象に残った作品なので、詳細を覚えているつもりでいましたが、読み直してみると、大筋では間違っていなかったものの、ながい歳月の中で、ディテールについては勝手に思いこんいた箇所が多かったようです。記憶というものはこういうものかもしれませんね。
作品を読み返しているうちに、一時、イタリア文学・映画に拘泥していたことを思い出しました。ちょうど大学生の頃にあたります。イタリア的なるものに関心を寄せたのは、英米でもなく、フランスでもないという、当時の西洋文化の中心よりすこしずれた場所に位置していたものへの恋慕だったのでしょう。
該当短編集は、今度お逢いする時のために、いつも鞄の中に偲ばせておくことにしましょう。「あのShootingの…」と言っていただければ、すぐお出しします。
今晩は、いろいろ興味深い話を交歓できて、感謝しております。
"Shooting "についての会話の中で、イタリアの作家イタロ・カルヴィーノの作品についてお話ししましたよね。拙宅に帰ってから、その作品が収められている書籍を捜しだすべく、書棚に直行し、見つけだしてきましたので、ここに報告しておきます。
「最後に鴉がやってくる」という題名で、『世界短編名作選--イタリア編』(新日本文学社、1977)に収録されています。訳は米川良夫氏。
1978年11月15日に読了との書き込みがあるので、もう28年前となるでしょうか。強く印象に残った作品なので、詳細を覚えているつもりでいましたが、読み直してみると、大筋では間違っていなかったものの、ながい歳月の中で、ディテールについては勝手に思いこんいた箇所が多かったようです。記憶というものはこういうものかもしれませんね。
作品を読み返しているうちに、一時、イタリア文学・映画に拘泥していたことを思い出しました。ちょうど大学生の頃にあたります。イタリア的なるものに関心を寄せたのは、英米でもなく、フランスでもないという、当時の西洋文化の中心よりすこしずれた場所に位置していたものへの恋慕だったのでしょう。
該当短編集は、今度お逢いする時のために、いつも鞄の中に偲ばせておくことにしましょう。「あのShootingの…」と言っていただければ、すぐお出しします。