日曜日の例会にIさんが今年もヒバリのパンを焼いてきてくれました。
古くからヒバリパンは3月22日(旧暦3月9日)2度目の春との出会いの祭日に焼きました。
この日は教会の暦で「40人の殉教者」の日なので、民間ではソーロキ(40)とかジャーヴォロンキ(ヒバリ)といい、練粉で40個のヒバリを焼いて、春に呼びかけました。
言い習わしに「四〇人の受難者の日にヒバリ飛来」というのがありますが、モスクワ郊外の19世紀~1970年の観察によれば、ヒバリが飛来するのは平年3月28日だそうです。
温暖化で今はもう少し早く22日あたりかもしれませんね。
古くからヒバリパンは3月22日(旧暦3月9日)2度目の春との出会いの祭日に焼きました。
この日は教会の暦で「40人の殉教者」の日なので、民間ではソーロキ(40)とかジャーヴォロンキ(ヒバリ)といい、練粉で40個のヒバリを焼いて、春に呼びかけました。
(今のヒバリパンと昔の様子などの画像は → ここ)
言い習わしに「四〇人の受難者の日にヒバリ飛来」というのがありますが、モスクワ郊外の19世紀~1970年の観察によれば、ヒバリが飛来するのは平年3月28日だそうです。
温暖化で今はもう少し早く22日あたりかもしれませんね。