[10年前の2月 日本国内にあるウィリーのアジト シンディ]
(シンディの一人称です)
警官隊が突入してきた。
ドクター・ウィリーと将来私のドクターとなるであろうアリス嬢は、上手いこと裏口から逃げおおせたようである。
私は取り急ぎ、残されたバージョン2.0をカプセル化した。あとは、こいつらを……。
「動くな!お前達は完全に包囲されている!無駄な抵抗はやめて、おとなしく投降……」
私は右手をマシンガンに変形させた。
そのまま警官隊に向けて放つ。
「気をつけろ!撃ってきたぞ!」
その後で、左手をバズーカに変形させた。
「今度はバズーカだ!」
「退避!!」
ズドーンと大きな音が響く。
「あはははははは!あなた達はバカねー!!」
私は1人残さず、警官隊を全滅させた。
あとはゆっくりバージョン達を飛ばせばいい。
「ん?」
背後からポンと肩を叩かれた。
「???」
私は首を傾げた。
何故なら、カプセル化したはずの4機が何故か元の姿に戻っていたからだ。
ドクターか私の命令無くて、勝手に変形できないはずだけど……。混線でもしたかな?
「いいから、もう1度カプセルに戻りなさい」
私が言うと、4機はまたカプセル化した。……うん、気のせいだったか。
えーと、どこに飛ばそうかしら……?まだ、東北地方には飛ばしてないのね。
東北の片田舎にでも……。まあ、別に都市部でもいいか。どうせ、廃棄処分にするヤツだし。
……ん?
「ちょっと!誰の命令で勝手に戻ってんの!?」
振り向くと、またこいつら元に戻ってやがる。
ったく……!末恐ろしいわ。さっき、アリス嬢が改造したのが効いたとは。
これ、きっと、飛ばした先でも、勝手に再起動して稼働するわね。……まあ、いいか。どうせこっちは国外逃亡だし。
報告はしないでいいか。
[今現在の3月8日10時00分 敷島のマンションのアリスの部屋 アリス・フォレスト]
(アリスの一人称です)
最初はシンディがフザけてるだけかと思った。
本当に、恐ろしい奴だわ。エミリーも旧ソ連時代は、こんな感じで反乱分子を虐殺していたのだろう。
これでは、“死刑”にされてもおかしくないかもしれない。
いや、それより……。
この町でのバージョン2.0の暴走の原因……じー様の見よう見まねで、いじくった2.0の人工知能……これのせいだった。
何で……何でシンディ、教えてくれなかったの!
PCの画面が、今度は事件が起きた直後のじー様の様子を映していた。
じー様は首を傾げていた。まだ子供のアタシは何も知らずに、ただ学校を飛び級する為の勉強だけをしている。
『ヤバい。さすがに大ごとになっちゃった。どうしよう……?ドクターに言おうか……?』
シンディの“心”の声が聞こえてくる。
じー様とシンディが2人きりになったところで、シンディがじー様に真相を話したらしい。
多分、時間が夜遅いから、アタシはもう寝たのだろう。
シンディの話を聞いたじー様は、信じられないといった顔をしていた。だが、
「そうかそうか!末恐ろしい娘じゃと思っておったが、実に素晴らしい!さすがは、私の後継者最有力候補じゃ!町1つ破壊しかねんほどに、あの欠陥品を動かすとはな!」
と、喜んでいた。
そういえば、この時からじー様の態度が少し変わったような……?こういうことだったのか。
「どうするの?アリス嬢に言っとく?」
「いや、今はいい。いかに天才と言えども、さすがにまだバージョン・シリーズを触らせるのは早い。せめてあいつが、大学に入ってからじゃの」
その通り、私がバージョン3.0に触ったのは大学に入ってからだった。
アタシのせいだ……!
アタシがシキシマの家族を殺してしまった……!
どうしよう……?
[同日12時00分 同場所ダイニング 敷島孝夫&エミリー]
(三人称に戻ります)
「いやあ、久しぶりに夜行バスに乗ると疲れるなぁ……」
敷島は昼食を取っていた。
「イエス。敷島さん」
エミリーは微笑を浮かべて応えた。
「あれ?アリスは?」
「部屋で・お休みです」
「まだ寝てるのか?そろそろ起きないと、逆に夜寝られなくなるんじゃないか?」
「敷島さんが・お休みの後・シンディの・メモリーを・解析した・ようです」
「ふーん……?それが寝てるってことは、解析できたってことなのか?」
「それは・分かりません」
エミリーは首を傾げた。
「ふーん……。せっかく今日、KAITOのディナーショーにでも行こうと思ってたのにな」
[同日21時00分。敷島のマンション 敷島孝夫]
敷島は自分の部屋で、電話していた。
「悪い悪い。本当は行きたかったんだけど、何かアリス、体調が悪いみたいだったからさ」
KAITOからの電話だった。
「……まあ、仙台〜東京間の強行軍だったからね。いかにグラマラスとはいえ、そこは理系だから、意外と体は弱いのかもしれない」
{「アリス博士は今や、財団で1番の腕前を誇ると評判です。僕も近いうち、整備を受けようと思っていますので、博士によろしくお伝えください」}
「分かったよ。……ああ。ディナーショーはまた今度お邪魔させてもらうから。ああ、そうそう。ディナーショーで、“悪徳のジャッジメント”はやめた方がいいんじゃないか?まだ“ハートビート・クロックタワー”の方が無難だと思う。……はははっ!じゃあまたな」
敷島は電話を切った。
「ふう……」
敷島は部屋を出ると、隣のアリスの部屋に向かった。
「どうか・しましたか?」
同室しているエミリーが出て来た。
「アリスの具合、どうだ?もし何だったら明日、休日診療している病院に……」
「特に・これといった症状は・ありません。ただ・とても・お疲れの・ようです」
「そうか」
ドアの隙間から見る限り、アリスは布団を頭から被っているようだった。
「まあ、とにかく、何かあったら起こしてくれ。夜中でも早朝でも構わないから」
「イエス」
[3月9日02時00分。敷島のマンション 敷島孝夫]
(敷島の一人称です)
私はふと目が覚めた。
ここ最近、夜中に目が覚めることが多い。
歳を取ると眠りが浅くなって、そういうことが多いと聞いたことがあったが、どうやら私は老化が早いのか?
まあ、いい。
2度寝すればいいことだ。
……ん?
その時、玄関のドアが微かに開閉する音が聞こえた。
何だ?
私は部屋を出ると、玄関の方に向かった。と、アリスの部屋のドアが僅かに開いていた。
部屋の中を覗いてい見ると、エミリーが椅子に座って目を閉じている。充電中である。
そして、布団の方にはアリスの姿が無かった。アリスが出て行った?こんな時間にどこへ行くのだろう?
私は夜着の上からコートだけを羽織って、同じく玄関を出た。
エレベーターホールに行く。
こんな時間にエレベーターを利用する者はおらず、エレベーターは省電力モードで、階数のデジタル表示灯が薄くなっていた。
1機だけ濃く表示されたものがあり、それは最上階で止まっていた。
アリスが乗ったと思われる。しかし1階ではなく、最上階だ?
私もエレベーターで、最上階に向かった。
最上階に着いた。ここから、どこへ向かった?
すぐ横の非常階段のドアが僅かに開いていた。
……屋上か!?
わざわざエレベータで最上階まで上がっておきながら、階段を下りるとは考えにくい。
確か、屋上に出るには鍵が掛かっているはすだが……。
いや、アリスのことだからピッキングして出たか?
うん、やっぱりその通り。屋上に出るドアの鍵は開いていた。
一体、何だというのだろう?
屋上にある転落防止用の柵。その前に、アリスは座っていた。
今夜は満月だ。よく晴れた夜空に降り注ぐ月明かり。それにアリスの金髪が反射して、とても神秘的だ。
いきなり近づいて話し掛けても良かったが、もしかしたら秘密の実験でもするのかと思って、私は給水塔の陰に隠れた。
すると、何か声が聞こえて来た。それはアリスの声。しかし当然ながら、英語である。外国語に疎い私には、何と言っているか分からなかった。
よく見ると、彼女の手にはロザリオがあった。
彼女は建前上、クリスチャンである。ウィリーに引き取られる前、収容されていた児童養護施設がキリスト教会の運営だった為、洗礼も受けていると聞いた。
しかしウィリーに引き取られてからというもの、ほとんど無宗教状態で、私自身、彼女がお祈りをしているところは見たことが無かった。
急に、信仰心に目覚めたのだろうか。
その時、私はコートのポケットにタブレットを入れていたのを思い出した。
確か、これに翻訳機能のアプリがあったはずだ。……これだ。
これを起動させて、アリスの方向に向ける。上手く聞き取れれば……よし!認識した!
「……主よ。私は10年前、多くの人達を殺めてしまいました。直接手を汚したわけではありません。しかし、私のしたことにより、多くのこの町の人達が命を落としてしまいました」
は?神に懺悔してる?で、多くの人間を殺したって?どういうことだ?孫娘として、養祖父の罪を懺悔しているのだろうか?何で今こんな時間にこんな所で???
わけが分からない。
「私は早くおじい様に認められたい一心で、廃棄処分にするロボット……バージョン2.0の4機を無断で改造してしまいました。ほんのイタズラ心でした。でも……私がしたことは……結果的に……」
アリスが更に続ける。
「シンディやおじい様は、あの事件の真相について気づいていたようでしたが、私には教えてくれませんでした。でも、それはただの言い訳にしか過ぎません。……」
私は聞いていることができず、その場を離れた。
[同日02時30分 敷島の部屋 敷島孝夫&エミリー]
(三人称に戻る)
「はあっ……はあっ……」
部屋に取って返した敷島は、大きく息せき切っていた。
「ウソだろ……!あの事件って……アリスが犯人……!?」
「敷島・さん」
アリスの部屋から、神妙な顔をしたエミリーが出てきた。
「エミリー。エミリーは、俺の命令を聞いてくれるか?」
「イエス。敷島さんは・ドクター平賀の・次に・優先です」
オーナーが平賀、ユーザーが敷島のため。
「エミリー、お前は、アリスを……」
[同日07時00分 東京都江東区 十条のマンション 十条伝助&キール・ブルー]
「おはようございます。博士」
「ああ、うむ……。何だか昨夜は、あまり寝付けんかったのう……」
「大丈夫ですか?あいにくと今週は、多忙で金沢に帰省できませんでしたからね」
「まあ、多分大丈夫じゃろう。その分、春分の日の週は多めに休みを取るわい」
「朝食の御用意が出来上がっております」
「うむ」
十条はダイニングの椅子に座ると、テレビを点けた。
〔「次のニュースです。昨夜未明、宮城県仙台市のマンションで、住民の女性が飛び降り自殺を図り、同じく同居していた女性型アンドロイドに間一髪で救出されました」〕
「な、なに!?」
「!?」
〔「事件があったのは本日午前2時40頃、宮城仙台市青葉区○○のマンションで、敷島孝夫さん(35歳)宅に住むアメリカ人女性のアリス・フォレストさん(23歳)が、同じマンションの屋上から飛び降り自殺を図ったものの、地面に激突する直前、同じく屋上から飛び降りた女性型アンドロイド“エミリー”が身を挺して庇い、ほぼ無傷で済んだというものです。しかしこれにより、エミリーは大きく損傷し、現在管理している財団法人、日本アンドロイド研究開発財団によって、修理が行われています」〕
「な、何があったのじゃ……!?」
[同日午前2時45分 マンション前 敷島孝夫、アリス・フォレスト、エミリー]
「大丈夫か、2人とも!?」
敷島は急いで、2人が飛び降りた方向に走った。
エミリーは体中のあちこちから、火花を吹いている。
アリスは茫然とした顔をしていたが、
「Why!?どうして!?どうして死なせてくれなかったの!!」
「この大馬鹿女!」
敷島はアリスに平手打ちをした。
「だって!……だって、アタシはっ……!アタシはシキシマの家族を……!!」
アリスは泣き出した。
「誰が死ねっつったんだ!ったく!嫌な予感がしたから、エミリーを送ってみたら、やっぱり予想通りの行動しやがって!!」
敷島は何となくアリスが告解した後、飛び降りるのではないかと思ったのだ。
それでエミリーに監視させて、いざとなったら……と思ったのだが、全く予想通りの展開になって……。
「死んで……シキシマのファミリーに謝ってくる……!」
「取り急ぎ!……エミリーを直してから考えろ」
エミリーはシャットダウンしてしまった。
電源が切れたせいか火花の飛び散りは無くなったが、その代わりに辺り一面、焦げ臭い匂いが立ち込めていた。
[3月11日15時00分。 仙台市青葉区葛岡霊園 敷島孝夫&アリス・フォレスト]
霊園はこの前来た時より、多くの墓参者で賑わっていた。
今日はあの、忌まわしき日。東日本大震災が発生した日だ。
その震災によって、この霊園に埋葬された人も多い。その関係者が命日として墓参しているのだった。
しかし、敷島にとってはほぼ無関係だ。
アリスは花束を持っていたが、髪はそれまで毛先が腰の所まで伸ばしていたものが、今は肩の所で切り揃えられていた。
小雪がちらついてきた。
「今日はいつもより寒いと思ってたら、雪が降ってきたな」
敷島が空を見上げて呟いた。
アリスが丹念に墓を洗い、花を新しいものと差し替える。
アリスが髪を切ったのは昨日。平賀に言われてのことだった。
平賀は個人的には、アリスは自殺しても罪が許されることはないと言った。
それでも死にたければ死ね、とも言った。
しかし、
『遺族の感情を大事にしろ。少なくとも今目の前にいる遺族は、お前に死ぬことは望んでいないようだ』
と。
反省の意を込めて髪を切ったらどうかと提案し、それに応じたものだ。
「シキシマ。本当にいいの?もっと切ったっていいのよ……?」
「確かに、男なら丸坊主にでもするところだな。でもまあ、女性でもそれをやった芸能人が過去にいたけども、お前はそこまでする必要無いと思うよ。とにかく、悔悟の念があるのなら、ここで謝ってくれ」
「それで許されるの……?」
「知らないけど、何か俺がどうこうするようなことでもないような気がする」
確かに証拠は揃っている。但し、状況証拠だが。
結局、シンディのメモリーだって、あくまでもシンディの独断と偏見なわけだし、ウィリーも直接調査して結論を出したわけではない。
アリスが暴走2.0の人工知能を弄ったことが原因とは、やはり完全には断定できないのだ。
だから最終的には、2.0の開発者であるウィリーが責任を取るべきなのだろうと思う。
しかし、当の本人はもうこの世にいない。
2.0の開発にアリスが関わっていたのなら彼女もまた共犯だが、彼女は関係無い。
敷島は手を合わせ、アリスは十字架を出して祈りを捧げた。
「……ごめんなさい」
アリスは祈りの最中、突然泣き出した。
「ごめんなさい……」
(アリスは分かっていたんだろうか?最初から……)
しばらく泣いていたアリスだったが、ようやく涙を拭いた。
「アタシは……生きてていいのかな……?」
「少なくとも、使命を果たすまではね」
「使命?」
「まずは早くエミリーを直してくれ。それと、ミク達の整備も追いついていない。少なくとも、その為にお前は必要なんだからな」
財団が、どこの研究機関にも所属していない、もしくは立ち上げてもいないアリスを正会員に勧誘したのは異例中の異例だ。
それだけ貴重な存在なのだということだ。
「あとは……無差別テロロボットだったバージョン・シリーズを正義の味方にすることかな」
「アタシは……じー様とは違う……」
「それでいいじゃないか。じゃあ、早いとこ戻ろう。何か、3月のくせに雪が積もりそうだ」
「うん……」
2人は霊園の出入口に向かった。
「シキシマ……」
「ん?」
「Thank you...」
「いや……礼を言うのは、俺の方かもしれない」
3月の雪が、徐々に強くなりつつあった。
あとは終始、無言での帰路だったという。
「敷島とアリスの因縁」 終
※誤字並びに一部の表現方法に誤りがありましたため、修正しました。
(シンディの一人称です)
警官隊が突入してきた。
ドクター・ウィリーと将来私のドクターとなるであろうアリス嬢は、上手いこと裏口から逃げおおせたようである。
私は取り急ぎ、残されたバージョン2.0をカプセル化した。あとは、こいつらを……。
「動くな!お前達は完全に包囲されている!無駄な抵抗はやめて、おとなしく投降……」
私は右手をマシンガンに変形させた。
そのまま警官隊に向けて放つ。
「気をつけろ!撃ってきたぞ!」
その後で、左手をバズーカに変形させた。
「今度はバズーカだ!」
「退避!!」
ズドーンと大きな音が響く。
「あはははははは!あなた達はバカねー!!」
私は1人残さず、警官隊を全滅させた。
あとはゆっくりバージョン達を飛ばせばいい。
「ん?」
背後からポンと肩を叩かれた。
「???」
私は首を傾げた。
何故なら、カプセル化したはずの4機が何故か元の姿に戻っていたからだ。
ドクターか私の命令無くて、勝手に変形できないはずだけど……。混線でもしたかな?
「いいから、もう1度カプセルに戻りなさい」
私が言うと、4機はまたカプセル化した。……うん、気のせいだったか。
えーと、どこに飛ばそうかしら……?まだ、東北地方には飛ばしてないのね。
東北の片田舎にでも……。まあ、別に都市部でもいいか。どうせ、廃棄処分にするヤツだし。
……ん?
「ちょっと!誰の命令で勝手に戻ってんの!?」
振り向くと、またこいつら元に戻ってやがる。
ったく……!末恐ろしいわ。さっき、アリス嬢が改造したのが効いたとは。
これ、きっと、飛ばした先でも、勝手に再起動して稼働するわね。……まあ、いいか。どうせこっちは国外逃亡だし。
報告はしないでいいか。
[今現在の3月8日10時00分 敷島のマンションのアリスの部屋 アリス・フォレスト]
(アリスの一人称です)
最初はシンディがフザけてるだけかと思った。
本当に、恐ろしい奴だわ。エミリーも旧ソ連時代は、こんな感じで反乱分子を虐殺していたのだろう。
これでは、“死刑”にされてもおかしくないかもしれない。
いや、それより……。
この町でのバージョン2.0の暴走の原因……じー様の見よう見まねで、いじくった2.0の人工知能……これのせいだった。
何で……何でシンディ、教えてくれなかったの!
PCの画面が、今度は事件が起きた直後のじー様の様子を映していた。
じー様は首を傾げていた。まだ子供のアタシは何も知らずに、ただ学校を飛び級する為の勉強だけをしている。
『ヤバい。さすがに大ごとになっちゃった。どうしよう……?ドクターに言おうか……?』
シンディの“心”の声が聞こえてくる。
じー様とシンディが2人きりになったところで、シンディがじー様に真相を話したらしい。
多分、時間が夜遅いから、アタシはもう寝たのだろう。
シンディの話を聞いたじー様は、信じられないといった顔をしていた。だが、
「そうかそうか!末恐ろしい娘じゃと思っておったが、実に素晴らしい!さすがは、私の後継者最有力候補じゃ!町1つ破壊しかねんほどに、あの欠陥品を動かすとはな!」
と、喜んでいた。
そういえば、この時からじー様の態度が少し変わったような……?こういうことだったのか。
「どうするの?アリス嬢に言っとく?」
「いや、今はいい。いかに天才と言えども、さすがにまだバージョン・シリーズを触らせるのは早い。せめてあいつが、大学に入ってからじゃの」
その通り、私がバージョン3.0に触ったのは大学に入ってからだった。
アタシのせいだ……!
アタシがシキシマの家族を殺してしまった……!
どうしよう……?
[同日12時00分 同場所ダイニング 敷島孝夫&エミリー]
(三人称に戻ります)
「いやあ、久しぶりに夜行バスに乗ると疲れるなぁ……」
敷島は昼食を取っていた。
「イエス。敷島さん」
エミリーは微笑を浮かべて応えた。
「あれ?アリスは?」
「部屋で・お休みです」
「まだ寝てるのか?そろそろ起きないと、逆に夜寝られなくなるんじゃないか?」
「敷島さんが・お休みの後・シンディの・メモリーを・解析した・ようです」
「ふーん……?それが寝てるってことは、解析できたってことなのか?」
「それは・分かりません」
エミリーは首を傾げた。
「ふーん……。せっかく今日、KAITOのディナーショーにでも行こうと思ってたのにな」
[同日21時00分。敷島のマンション 敷島孝夫]
敷島は自分の部屋で、電話していた。
「悪い悪い。本当は行きたかったんだけど、何かアリス、体調が悪いみたいだったからさ」
KAITOからの電話だった。
「……まあ、仙台〜東京間の強行軍だったからね。いかにグラマラスとはいえ、そこは理系だから、意外と体は弱いのかもしれない」
{「アリス博士は今や、財団で1番の腕前を誇ると評判です。僕も近いうち、整備を受けようと思っていますので、博士によろしくお伝えください」}
「分かったよ。……ああ。ディナーショーはまた今度お邪魔させてもらうから。ああ、そうそう。ディナーショーで、“悪徳のジャッジメント”はやめた方がいいんじゃないか?まだ“ハートビート・クロックタワー”の方が無難だと思う。……はははっ!じゃあまたな」
敷島は電話を切った。
「ふう……」
敷島は部屋を出ると、隣のアリスの部屋に向かった。
「どうか・しましたか?」
同室しているエミリーが出て来た。
「アリスの具合、どうだ?もし何だったら明日、休日診療している病院に……」
「特に・これといった症状は・ありません。ただ・とても・お疲れの・ようです」
「そうか」
ドアの隙間から見る限り、アリスは布団を頭から被っているようだった。
「まあ、とにかく、何かあったら起こしてくれ。夜中でも早朝でも構わないから」
「イエス」
[3月9日02時00分。敷島のマンション 敷島孝夫]
(敷島の一人称です)
私はふと目が覚めた。
ここ最近、夜中に目が覚めることが多い。
歳を取ると眠りが浅くなって、そういうことが多いと聞いたことがあったが、どうやら私は老化が早いのか?
まあ、いい。
2度寝すればいいことだ。
……ん?
その時、玄関のドアが微かに開閉する音が聞こえた。
何だ?
私は部屋を出ると、玄関の方に向かった。と、アリスの部屋のドアが僅かに開いていた。
部屋の中を覗いてい見ると、エミリーが椅子に座って目を閉じている。充電中である。
そして、布団の方にはアリスの姿が無かった。アリスが出て行った?こんな時間にどこへ行くのだろう?
私は夜着の上からコートだけを羽織って、同じく玄関を出た。
エレベーターホールに行く。
こんな時間にエレベーターを利用する者はおらず、エレベーターは省電力モードで、階数のデジタル表示灯が薄くなっていた。
1機だけ濃く表示されたものがあり、それは最上階で止まっていた。
アリスが乗ったと思われる。しかし1階ではなく、最上階だ?
私もエレベーターで、最上階に向かった。
最上階に着いた。ここから、どこへ向かった?
すぐ横の非常階段のドアが僅かに開いていた。
……屋上か!?
わざわざエレベータで最上階まで上がっておきながら、階段を下りるとは考えにくい。
確か、屋上に出るには鍵が掛かっているはすだが……。
いや、アリスのことだからピッキングして出たか?
うん、やっぱりその通り。屋上に出るドアの鍵は開いていた。
一体、何だというのだろう?
屋上にある転落防止用の柵。その前に、アリスは座っていた。
今夜は満月だ。よく晴れた夜空に降り注ぐ月明かり。それにアリスの金髪が反射して、とても神秘的だ。
いきなり近づいて話し掛けても良かったが、もしかしたら秘密の実験でもするのかと思って、私は給水塔の陰に隠れた。
すると、何か声が聞こえて来た。それはアリスの声。しかし当然ながら、英語である。外国語に疎い私には、何と言っているか分からなかった。
よく見ると、彼女の手にはロザリオがあった。
彼女は建前上、クリスチャンである。ウィリーに引き取られる前、収容されていた児童養護施設がキリスト教会の運営だった為、洗礼も受けていると聞いた。
しかしウィリーに引き取られてからというもの、ほとんど無宗教状態で、私自身、彼女がお祈りをしているところは見たことが無かった。
急に、信仰心に目覚めたのだろうか。
その時、私はコートのポケットにタブレットを入れていたのを思い出した。
確か、これに翻訳機能のアプリがあったはずだ。……これだ。
これを起動させて、アリスの方向に向ける。上手く聞き取れれば……よし!認識した!
「……主よ。私は10年前、多くの人達を殺めてしまいました。直接手を汚したわけではありません。しかし、私のしたことにより、多くのこの町の人達が命を落としてしまいました」
は?神に懺悔してる?で、多くの人間を殺したって?どういうことだ?孫娘として、養祖父の罪を懺悔しているのだろうか?何で今こんな時間にこんな所で???
わけが分からない。
「私は早くおじい様に認められたい一心で、廃棄処分にするロボット……バージョン2.0の4機を無断で改造してしまいました。ほんのイタズラ心でした。でも……私がしたことは……結果的に……」
アリスが更に続ける。
「シンディやおじい様は、あの事件の真相について気づいていたようでしたが、私には教えてくれませんでした。でも、それはただの言い訳にしか過ぎません。……」
私は聞いていることができず、その場を離れた。
[同日02時30分 敷島の部屋 敷島孝夫&エミリー]
(三人称に戻る)
「はあっ……はあっ……」
部屋に取って返した敷島は、大きく息せき切っていた。
「ウソだろ……!あの事件って……アリスが犯人……!?」
「敷島・さん」
アリスの部屋から、神妙な顔をしたエミリーが出てきた。
「エミリー。エミリーは、俺の命令を聞いてくれるか?」
「イエス。敷島さんは・ドクター平賀の・次に・優先です」
オーナーが平賀、ユーザーが敷島のため。
「エミリー、お前は、アリスを……」
[同日07時00分 東京都江東区 十条のマンション 十条伝助&キール・ブルー]
「おはようございます。博士」
「ああ、うむ……。何だか昨夜は、あまり寝付けんかったのう……」
「大丈夫ですか?あいにくと今週は、多忙で金沢に帰省できませんでしたからね」
「まあ、多分大丈夫じゃろう。その分、春分の日の週は多めに休みを取るわい」
「朝食の御用意が出来上がっております」
「うむ」
十条はダイニングの椅子に座ると、テレビを点けた。
〔「次のニュースです。昨夜未明、宮城県仙台市のマンションで、住民の女性が飛び降り自殺を図り、同じく同居していた女性型アンドロイドに間一髪で救出されました」〕
「な、なに!?」
「!?」
〔「事件があったのは本日午前2時40頃、宮城仙台市青葉区○○のマンションで、敷島孝夫さん(35歳)宅に住むアメリカ人女性のアリス・フォレストさん(23歳)が、同じマンションの屋上から飛び降り自殺を図ったものの、地面に激突する直前、同じく屋上から飛び降りた女性型アンドロイド“エミリー”が身を挺して庇い、ほぼ無傷で済んだというものです。しかしこれにより、エミリーは大きく損傷し、現在管理している財団法人、日本アンドロイド研究開発財団によって、修理が行われています」〕
「な、何があったのじゃ……!?」
[同日午前2時45分 マンション前 敷島孝夫、アリス・フォレスト、エミリー]
「大丈夫か、2人とも!?」
敷島は急いで、2人が飛び降りた方向に走った。
エミリーは体中のあちこちから、火花を吹いている。
アリスは茫然とした顔をしていたが、
「Why!?どうして!?どうして死なせてくれなかったの!!」
「この大馬鹿女!」
敷島はアリスに平手打ちをした。
「だって!……だって、アタシはっ……!アタシはシキシマの家族を……!!」
アリスは泣き出した。
「誰が死ねっつったんだ!ったく!嫌な予感がしたから、エミリーを送ってみたら、やっぱり予想通りの行動しやがって!!」
敷島は何となくアリスが告解した後、飛び降りるのではないかと思ったのだ。
それでエミリーに監視させて、いざとなったら……と思ったのだが、全く予想通りの展開になって……。
「死んで……シキシマのファミリーに謝ってくる……!」
「取り急ぎ!……エミリーを直してから考えろ」
エミリーはシャットダウンしてしまった。
電源が切れたせいか火花の飛び散りは無くなったが、その代わりに辺り一面、焦げ臭い匂いが立ち込めていた。
[3月11日15時00分。 仙台市青葉区葛岡霊園 敷島孝夫&アリス・フォレスト]
霊園はこの前来た時より、多くの墓参者で賑わっていた。
今日はあの、忌まわしき日。東日本大震災が発生した日だ。
その震災によって、この霊園に埋葬された人も多い。その関係者が命日として墓参しているのだった。
しかし、敷島にとってはほぼ無関係だ。
アリスは花束を持っていたが、髪はそれまで毛先が腰の所まで伸ばしていたものが、今は肩の所で切り揃えられていた。
小雪がちらついてきた。
「今日はいつもより寒いと思ってたら、雪が降ってきたな」
敷島が空を見上げて呟いた。
アリスが丹念に墓を洗い、花を新しいものと差し替える。
アリスが髪を切ったのは昨日。平賀に言われてのことだった。
平賀は個人的には、アリスは自殺しても罪が許されることはないと言った。
それでも死にたければ死ね、とも言った。
しかし、
『遺族の感情を大事にしろ。少なくとも今目の前にいる遺族は、お前に死ぬことは望んでいないようだ』
と。
反省の意を込めて髪を切ったらどうかと提案し、それに応じたものだ。
「シキシマ。本当にいいの?もっと切ったっていいのよ……?」
「確かに、男なら丸坊主にでもするところだな。でもまあ、女性でもそれをやった芸能人が過去にいたけども、お前はそこまでする必要無いと思うよ。とにかく、悔悟の念があるのなら、ここで謝ってくれ」
「それで許されるの……?」
「知らないけど、何か俺がどうこうするようなことでもないような気がする」
確かに証拠は揃っている。但し、状況証拠だが。
結局、シンディのメモリーだって、あくまでもシンディの独断と偏見なわけだし、ウィリーも直接調査して結論を出したわけではない。
アリスが暴走2.0の人工知能を弄ったことが原因とは、やはり完全には断定できないのだ。
だから最終的には、2.0の開発者であるウィリーが責任を取るべきなのだろうと思う。
しかし、当の本人はもうこの世にいない。
2.0の開発にアリスが関わっていたのなら彼女もまた共犯だが、彼女は関係無い。
敷島は手を合わせ、アリスは十字架を出して祈りを捧げた。
「……ごめんなさい」
アリスは祈りの最中、突然泣き出した。
「ごめんなさい……」
(アリスは分かっていたんだろうか?最初から……)
しばらく泣いていたアリスだったが、ようやく涙を拭いた。
「アタシは……生きてていいのかな……?」
「少なくとも、使命を果たすまではね」
「使命?」
「まずは早くエミリーを直してくれ。それと、ミク達の整備も追いついていない。少なくとも、その為にお前は必要なんだからな」
財団が、どこの研究機関にも所属していない、もしくは立ち上げてもいないアリスを正会員に勧誘したのは異例中の異例だ。
それだけ貴重な存在なのだということだ。
「あとは……無差別テロロボットだったバージョン・シリーズを正義の味方にすることかな」
「アタシは……じー様とは違う……」
「それでいいじゃないか。じゃあ、早いとこ戻ろう。何か、3月のくせに雪が積もりそうだ」
「うん……」
2人は霊園の出入口に向かった。
「シキシマ……」
「ん?」
「Thank you...」
「いや……礼を言うのは、俺の方かもしれない」
3月の雪が、徐々に強くなりつつあった。
あとは終始、無言での帰路だったという。
「敷島とアリスの因縁」 終
※誤字並びに一部の表現方法に誤りがありましたため、修正しました。