報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“アンドロイドマスター”「敷島とアリスの因縁」 5.5

2014-02-16 21:06:44 | 日記
 仙台から東京・新宿に向かう高速バスの中でのこと……。
 週末のせいなのか、4列シートの車内は9割近くが埋まっていた。エミリーの隣には誰も座らなかったが。
 因みに今、高速バスのほとんどには補助席は無い。
「グレイハウンドと違って、そんなに貧困層はいないのね」
 アリスは周囲を見回して言った。
「学生の利用が多いのかしら?」
「まあ、そうだろうね」
 学生は貧困層に入らないらしい。
「グレイハウンドは黒人やヒスパニックが多いね」
「そうなんだ」
「ドライバーには白人とかもいるけど……」
 そこがアメリカ国内の格差なのだろう。やはり、富裕層は白人が多いようだ。
「ウィキペディア日本語版の“スクールカースト”の内容が、表向きの内情嘘っぱちっていうのは本当かい?」
「ええ」
 アリスは頷いた。
「アメリカの暗部の1つかもね」
 とも。
「本当の“スクールカースト”の上に立てるのは、白人の富裕層だけ。どんなに頭が悪くても、不細工でもそれだけで頂点に立てるのが実情よ」
「やっぱりなぁ……」
 逆を言えばそれ以外の人種は、ただそれだけで他に何を持とうが頂点に立てないのが実情か。
 だから、アリスも頂点に立った1人であった。別に、表向き、必要条件とされているチアリーダーの所属でもないのにだ。

 バスが第2の休憩地に立ち寄る。
〔「那須高原サービスエリアです。こちらで15分の休憩を取ります。……お時間までに、バスに戻るようお願い致します」〕
「降りてみるか」
 バスを降りる。
 近くには別の会社のバスも止まっていた。貸切観光バスではなく、いわゆるツアーバスである。
 今は法律が変わって、ツアーバスも高速路線バスに統合されたが、それによって必要経費が捻出できない、採算性が確保できないバス会社は撤退していった。
 そのバスの中にアリス同様、白人乗客がいた。
 アリスと歳は同じぐらいだろうが、そちらは男性。しかも、バックパックにカナダの国旗が縫い付けてあった。
 向こうはもう発車の時間なのか、白人男性が乗ると発車して行った。行き先は東京駅のようである。
「そう言えばさ、バックパッカーの中で、カナダ人だけ自分とこの国旗を縫い付けるって聞いたことがある。何でだろう?」
「アタシもよくは知らない」
 アリスは肩を竦めた。両手で大げさにやっても似合う所は、さすがアメリカ白人といったところか。
「でも学生の時、キャンパスでぼんやり聞いたんだけど、どうもアメリカ人に間違われたくないかららしいよ?」
「ええっ?何で?アメリカとカナダって仲悪かったっけ?」
 するとアリスは皮肉を込めるように言った。
「ほら、バックパッカーって、世界の色んな所を旅行するじゃない?中には治安のあんまり良くない所に行ったりすることもあるそうね」
「それで?」
「で、中にはアメリカが嫌いな国に行くこともあるのよ」
「ああ、なるほど。確かに俺達から見りゃ、白人ってだけじゃ、どこの国だか分からんなぁ……」
 反米国家に行った時、当のアメリカ人と間違われると不都合なわけか。
「湾岸戦争とかイラン・イラク戦争が始まった時、その辺を旅行していたアメリカ人は慌てて自分の荷物にカナダの国旗を縫い付けたんだってよ?」
「それ、アメリカン・ジョークか何かだろ?」

 バスに戻ると、今度は隣に貸切観光バスが止まった。
 シタ朝鮮韓国製ヒュンダイのバスだった。
「韓国人や中国人は海外旅行中に不都合があると、日本人のフリをするらしい」
「それはジャパニーズ・ジョーク?そんなもん税関職員が見たら、一発で分かるってよ?」

〔「お待たせ致しました。まもなく発車致します」〕

 再びバスは、東北自動車道を南下する。
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“アンドロイドマスター”「敷島とアリスの因縁」 6

2014-02-16 18:53:06 | 日記
[3月7日13時30分。JR新宿駅東口 敷島孝夫、アリス・フォレスト、エミリー]

 敷島達を乗せたJRバスは遅延することなく、ほぼ定刻に東京・新宿に到着した。
 メリットとしては財団本部が新宿にあるものだから、乗り換え無しで行けるというくらいである。
「それじゃ、行くか」
 因みに、昼食はエミリーが作ってきた弁当だった。
 多くの人が行き交う駅前を通り、向かうは財団本部。

[同日13時45分。財団東京本部 敷島、アリス、エミリー]

「十条理事からお話は伺っております。会則第35条第6項により、アリス・フォレスト博士に限り、検索・閲覧並びに希望箇所のコピーが認められました。異存ありませんね?」
「は、はい」
「OK.」
 応対した担当者は、長身痩躯のスキンヘッドの男だった。白衣を着用しているので、彼もまた研究者ではなかろうかと思うが……。
 しかし、事務的というより機械的な対応をするこの担当者、一瞬アンドロイドではないかと思ったくらいだ。
「では、こちらの同意書にサインを」
 アリスはペンを取って、ブロック体のアルファベットで名前を書いた。
「何か変?」
 覗き込む敷島に、アリスが訝し気な顔をした。
「いや、筆記体じゃないんだなぁと……」
「子供じゃあるまいし」
「え?」
 アリスの意外な反論に、敷島は目を丸くした。
「私は立ち会いできないんですよね?」
 敷島はスキンヘッドの担当者に聞いた。
 厚いレンズの眼鏡のせいなのか、角度によっては光の反射で目が隠れてしまう。
「会則では認められてませんね」
「閲覧できるのは、シンディのメモリーだけなんですよね?」
「会則の条件に適うものは、既に御用意しています」
 スキンヘッドの担当者は、にこやかな表情ではあったが、放つ言葉はロボットのようだった。けして、無愛想というわけではないのだが……。
 何というか、人間味を感じない。
「ここから先は、アリス・フォレスト博士のみの立ち入りとなります」
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ」
 アリスは分厚い扉の先へと向かって行き、アリスが入っていくと扉は閉じられた。
「出入り口はここしか無いんですか?」
「はい、そうです」
「万が一、あのライブラリーで何かあったら、どうするんですか?」
「この扉が自動でロック解除されます。また、室内にも非常脱出シューターがあり、安全です」
 スキンヘッドの担当者は、にこやかな表情を崩さずに答えた。
 答えられる質問に関しては、何でも答えるつもりであるようだ。
「なるほど。やはり、監視カメラがあるのか」
「やはり、万が一ということがありますのでね。会則55条第1項により、財団施設の監視カメラの映像については個人情報保護法に配慮し、犯罪その他の発生以外にはその映像を利用しないことなっています」
「知ってます」
 敷島とて総務担当だ。警察官が突然来て見せろと言っても見せないことになっている。
 但し、捜査令状を持ってきた場合は別だ。国家権力の発動だ。これを拒否したら、公務執行妨害になる。
 とはいえ、さすがにそこまで冷たくするのもいかがなものかということで、公権力は無いが、“捜査協力依頼書”というのがある。
 捜査令状の文章が上から目線なのに対し、捜査協力依頼書は下から目線である。管轄の警察署の署長の名前とハンコが押されているのが特徴。
「第2項には捜査協力依頼書についても記載されてますね」
「その通り」
 担当者は目尻だけを下げていたが、敷島の言葉に口元にも笑みを浮かべた。
「敷島・さん。そろそろ・私の・研究会の・時間です」
 エミリーが言った。
「おっ、そうか。じゃあ、あとはよろしくお願いします」
 敷島とエミリーは、会場へ向かった。

[同日14時00分 財団本部大会議室 敷島孝夫、エミリー、平賀太一]

 やはり、南里から所有権を相続した平賀が来ないと話が始まらないだろう。
 平賀は東京の大学に出張していたが、今回はこの研究会に合わせて、そこからやってきた。
 平賀が出てくれば、一事務員の敷島などやることはない。
 いや、これが仙台支部の事務所だったり、それ主催の研究会であれば会場整理の雑用なんかをやるのだが、今回は本部事務所で、本部主催なものだから、敷島はやることが無くなってしまった。
(これが終われば、懇親会か……。主役は平賀先生と、ゲストでアリスかな。俺は末席でチビチビやるくらいか……)
 余興としてボーカロイドを呼んでいる。せいぜい、敷島はその調整くらいか。
 MEIKOとルカだ。我ながらベストチョイスだと思う。
 成人女性ボーカロイドなら、懇親会でのコンパニオン代わりにもなり得る。
 ボカロの費用をピンハネして懐にしまうという手は使えなかったのかって?
 財団もしたたかなもので、それ防止の為なのか、敷島の帰りのルートまで指定していた。

[同日18時00分 京王プラザホテルのコンベンションホール 敷島孝夫&アリス・フォレスト]

 MEIKOと巡音ルカが余興で歌とダンスを披露した。
「2人とも、お疲れさん」
「財団本部の依頼だと、あんまりギャラ高く無さそうだね」
 MEIKOは控え室で氷袋で、火照った体を冷やしていた。
 この試作機達の課題は、いかに熱から彼女達を守るかになってきている。
「こらこら。ボカロがそんなこと言うなや。お前達がもらうわけじゃないんだから」
 そこが人間のアイドルと違う所である。
 彼女らはちゃんとした整備さえしていれば、半永久的に歌って踊り続けることができるのだ。
 但し、先述したように、熱への対策が万全とは言い難いのが短所である。
 鏡音リンなど、ウィルスのせいだとはいえ、簡単にその機能が破壊されるくらい脆弱だ。
 今後の課題になっている。
「今度はコンパニオンの役をやってもらう。理事の先生達の相手をちゃんとやるんだよ」
「分かってるって」

 敷島はボーカロイド達と分かれた後、アリスの姿を捜した。
 アリスは別の参加者と話をしていたが、ちょうど敷島が来ると1人になった。
「どうだった、アリス?シンディのメモリーの方は?」
 聞くと、アリスは複雑な顔をした。あまり、首尾がよろしく無かったのだろうか。
「いい思い出に浸れたわ」
「で?」
「実は思い出に浸っていたら、Time upしちゃって……」
「はあ!?」
「あ、でも、大丈夫。必要な所はコピーしておいたから。帰って、それを確認すればいいんだわ」
「せっかく来たのに、時間切れでダメでしたってなるのかと思ったよ」
「こう見えてもアタシはIQ185の天才なんだからね。そんなおバカなオチなんて有り得ないって」
「そうか。じゃあ、ちゃんと帰ったら首尾はいいってことなんだね?」
「だからそう言ってるじゃない」
「それならいいんだ」
「失礼。ミズ・アリス・フォレストですね?」
 そこへ、壮年の研究者と思しき参加者が話し掛けて来た。
「じゃあ、俺はこれで」
「ええ」
 敷島が立ち去ると、アリスはまた参加者の応対を始めた。
「さーて、もう1人のコンパニオンは……と」

 それはエミリーのことである。
 エミリーはホールの片隅にあるグランド・ピアノで、ピアノを弾いていた。
 それに聴き入る参加者も数名いた。
「うーむ。自動演奏機能付きピアノは存在するが、あえてガイノイドが弾くってのも興味深い趣向だな」
 参加した研究者達は感心していた。
(シンディもやろうと思えばできたんだろうな……きっと)
 敷島はそう思った。
「エミリー。お前は……」
「私は・ここで・ピアノを・弾いています」
 できればコンパニオン役をやって欲しいかと思ったが、それもいいかと思った。

[同日23時00分 財団東京本部 敷島孝夫]

 懇親会が終わってからバスの出発まで、本部で待機することができた。
「そろそろ行くぞ」
 敷島は仮眠を取っているアリスと、充電をしているエミリーを促した。
「イエス。敷島さん」
 エミリーはスリープモードから解除されると、自分で充電コードを引き抜いた。
「帰って、明日はメモリーの解析をするんだろ?」
「ううーん……」
 アイマスクを外して大きく伸びをするアリス。
「あとはバスの中で寝るんだな」

[同日23時50分 JRバス新宿駅新南口(代々木)乗り場 敷島孝夫、アリス・フォレスト、エミリー]

 新宿駅新南口とあるにも関わらず、最寄りの駅は代々木だという件。
 いや、高島屋タイムズスクエアを通って行けば、新宿駅からの徒歩連絡も可能なのだが。
「随分小さいバスディポね」
「まあ、東京駅と比べたらね」
 バスディポとは、グレイハウンドバスの乗降場で中小規模のものを指す。

〔「今度の23時59分発、“ドリーム正宗”号、仙台行きは2番乗り場からのご案内となります。ご利用のお客様は、2番乗り場へお越しください」〕

「グレイハウンドを思い出すわ……」
 アリスは欠伸をした。
「それ、行く時も聞いたよ」
 敷島は苦笑いした。
「いや……何かね、アタシが引き取られたのは5歳の頃なんだけどね、何か中西部の田舎町に行ってたみたい」
「それがイリノイ州だったんだろ?」
 イリノイ州はアメリカ中西部にある。
「違う」
「違う?」
「シンディのメモリーだと、ノースダコタ州になってる」
「まあ、子供の頃に思い出だし……」
「まあね」
 そこへ、既に窓にカーテンが全て引かれたバスが入線してきた。
「キップは持ってる」
「あいよ。身分証と荷物検査は?」
「いや、日本のバスは治安がいいから無いよ。てか、来る時無かっただろ、それ!」
 乗車券を運転手に渡す。
 往路と違って、帰りの夜行便は独立3列シート。
「あら?グレイハウンドと違う」
「グレイハウンドは夜行便でも4列シートなの?そりゃ大変だ」
「サービス性で言うなら、日本の方が数段上だと思うよ」
「そうかい?」
 敷島は真ん中席に座った。
 座席には毛布とスリッパ、おしぼりが備わっていた。
「雪の心配は無いな?」
「イエス。仙台市内まで・東北自動車道の・天気は・概ね・晴れです」
「よし」

 バスは2〜3分遅れで発車した。つまり、この時点で日付が変わったわけである。
 高速道路に入ったら消灯するとのことだが、アリスはもう座席を倒して睡眠体勢に入っている。
 酒には弱いようで、実はホテルから事務所に戻る際、エミリーに支えながら戻ってきていた。
 敷島がメモリーのコピーを預かるかどうか迷ったが、アリスがそのまま持つことにした。
 いざとなれば、エミリーに預かってもらうこともできる。

 ああ、そうそう。シンディ処分の時、彼女の胸の中から出て来たレトロチックな鍵の正体だが、アリスにも分からなかった。
 試しにアリスがエミリーの胸の中を開けてみたが、エミリーには無かった。
「じー様は折に触れた時にでも、アタシに話してくれるつもりだったんだろうけど、想定外のことだったからね。だから、しょうがないよ」
 なので、エミリーが妹の形見として持っている鍵については謎のままである。
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“アンドロイドマスター” 「敷島とアリスの因縁」 5

2014-02-16 14:44:48 | 日記
[3月6日12時00分 仙台市青葉区 仙台国際センター 敷島孝夫]

 本来は十条の講演会なのだが、最後に余興で初音ミクが聴衆に歌を披露していた。
「……身も心も♪あなたから奪うわ♪だから♪鏡の向こうへと♪誘ってあげるの♪」
 エミリーがバージョン・シリーズを制御する際に送信していた電気信号を楽曲に変換した物に、歌詞を付けて歌わせるとこんな感じというもの。

「悪いな、ミク。せっかくの空き時間に友情出演してもらっちゃって……」
「いえ、いいんです」
 楽屋に戻ってきたミクを出迎える敷島。
「歌が歌えて幸せです」
 ミクはニッコリ笑った。
「他のヤツにも声を掛けたんだけど、皆忙しくて空いてなくてさ」
「はい」
「ちょっと、どういうことなの?」
「だから、まあ……」
 そこへ今度は十条とアリス、それに来賓として出席していた財団本部の島村理事が入ってきた。
「シンディのメモリーは完全極秘の門外不出品なんだ。コピーも厳禁なんだよ」
 年配だが、十条よりはだいぶ年下の島村理事はハンカチで額の汗を吹く。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「直接本部のライブラリーまで来てくれ。これだって、本来は一会員のキミには見せられないものなんだ。十条先生のお墨付きで、しょうがなく特別に……ね」
「うむ。いかなる探究心も、それを持ち続けることは研究者として大事なことじゃ。保証は、私が同行すれば良いかね?ここ最近、神経痛が厳しいのじゃが……。いやいや、季節の変わり目、老体にはちと厳しいの」
 十条は丸いレンズの老眼鏡を掛け直し、ワザとらしく自分の腰をトントンと叩いた。
「いえいえ。十条先生のお言葉だけで十分です」
「もしアレなら、推薦状でも紹介状でも同意書でも何でも書くぞ?それくらいなら、痛む神経にも影響は無かろうて……」
「じゃあ、お願いするわ。ローンの保証……」
 アリスが別の書類を出した。
「あたたたっ!急に、右手が……!神経痛で腕が動かんと、どうしようもないのう……」
「都合良く老化してんじゃないわよ、ジジィ!」

[3月6日15時00分 財団仙台支部事務所研究室 アリス・フォレスト]

「ったく。さすがは、じー様の研究仲間だわ」
「はは……」
 アリスはぶつくさ文句を言いながら、連れて来たミクの整備に当たっていた。
 苦笑いして頷くしかない初音ミクだった。
「おーい、アリス。邪魔するぞー」
 敷島が研究室に入ってきた。
「邪魔するなら帰ってー」
「はーい……って、こら!吉本新喜劇か!」
「アンタが邪魔するって言うからじゃないの。で、なに?」
「シンディのメモリー見に行くんだろ?キップ買ってきたから」
「Thank You.よく経費出たね?」
「エミリー連れて行くから。財団本部で、久しぶりにエミリー見たいって話が出たから……」
「取引で往復の新幹線代出させたわけか」
「取引って言うなや。お前の司法取引じゃあるまいし。明日朝早いから、寝坊するなよ?」
「OK.探究の為なら、何日徹夜しても大丈夫だから」
「よろしく」

[3月7日未明 敷島のマンション アリス・フォレスト]

「……?」
 アリスは昔の夢を見て目が覚めた。
 内容は先日に見たものとほぼ同じ。
 10年前、潜伏していた日本を発つ直前の話だった。
(前に見た夢と同じ夢をもう1度見るなんて不思議ねぇ……)
 あいにくと夢に関してはアリスの研究分野ではないので、何とも言えない。
 ただ1つその夢にコメントするならば、暴走したバージョン2.0を処分したのはシンディなので、確かにシンディなら何か知っているかもしれないということだ。
 もっとも、もうその本人はこの世にいない。
 しかし、シンディが人間ではなくて良かった。人間にできない芸当、それは記憶を別の媒体に残しておくことができるということだ。
 財団もしたたかなもので、シンディは処分しても、研究の為にメモリーはしっかりと抜き取っておいたという。
 正直、シンディ自身を処分する必要などあったのかと思ったが、やはり世間の感情的にはそうせざるを得なかっただろう。
 エミリーは過去進行形だったが、シンディは現在進行形でテロに加担していたからである。

[3月7日 07時45分 仙台駅東口バスプール 敷島孝夫、アリス・フォレスト、エミリー]

「じゃ、ここで待っていよう。はい、キップ」
「What?」
 敷島が何食わぬ顔でエミリーにチケットを渡した。
「シキシマ……?」
「“あずさ”2号じゃないが、8時ちょうど発だから、もうちょっとで入線してくるだろう……」
 敷島は独り言のようにつぶやくと、コートのポケットからスマホを出した。
「新幹線じゃないの?」
「経費節減の折、贅沢言うなよ」
「だって、この前本部行った時は新幹線だったじゃない!?」
「あれは本部からの呼び出しで、尚且つ急ぎだったから、新幹線代が出たんだよ。でも、今回は違う。アリスの個人的な理由で行くんだから。それでも一応、本部がそろそろエミリーを見たいと言ってたからね。それならば、ということで相談を持ち掛けてみたら、高速バスの運賃ならいいよってことになった」
(これだから日本人は……!)
 アリスはこめかみと右手の甲に怒筋を浮かべた。
「あ、因みに帰りは夜行だから」
「What’s!?」
「本部はエミリー見たいって言ってたからね。お前はライブラリーで、ゆっくりシンディのメモリーを探せばいい。俺は俺で、向こうの会員達にエミリー見せてくるよ」

[同日08時00分 JRバス東北“仙台・新宿”2号車内 敷島、アリス、エミリー]

 バスは定刻通りに仙台駅東口を発車した。
 比較的前の方に座っている。
 大型バスなのだが、
「グレイハウンドより小さい……」
 と、アリス。
 グレイハウンドとは、アメリカ国内を縦横無尽に走る長距離バス会社のことである。
 その路線数たるや、何千というレベルらしい。
 アメリカ国内は元より、カナダやメキシコの一部にも足を延ばしている。
「そりゃ、狭い日本の道路を走るわけだからね。で、アリスはグレイハウンド、乗ったことあるんだ?」
「まあね……」
「やっぱり逃亡の時?」
「そう……かな?よく覚えてないけど……」
「何だそりゃ?」
「子供の頃だから、記憶があまり無いのよ」
「それでも、どこからどこへ行く時に乗ったとか覚えてないの?」
「テキサスから外に出てないから、テキサスのどこかだと思う」
「って、それも記憶が曖昧なんじゃないの?」
 敷島がイタズラっぽく言った。
 アリスがムキになって反論してくるかと思ったが、
「もしかしたら、ね……」
 とのこと。
 意外な反応で、敷島は拍子抜けした。
「もし違ったら、イリノイ州のポリスから電話掛かって来ることないしね」
「ああ、何か前あったね。でもイリノイ州は、アリスを引き取る前の話でしょ?」
「だと思うんだけど……。もしかしたらアタシ……」
「まあ、子供の頃の記憶は曖昧だからねぇ……」
 敷島はフォローするかのように言った。
「本当に人間の記憶は曖昧で不便だ。その点、ロボットのメモリーなら確実だからな」

[同日09時30分 石川県金沢市 十条家 十条伝助]

 十条は自宅で敷島からの電話を受けていた。
「ああ、うむ。出発したかね。……途中休憩中?……高速バスで?んふふ、財団もイキなルートを提示してくるのぅ……。グレイハウンドが懐かしいわい。……いや、若かりし頃じゃよ。本部には私から言っておく。本来は禁止のコピーも、アリス嬢に限っては例外にしても良い。責任はワシが持つとな。……うむ。それでは、気をつけるのじゃよ」
 十条は電話を切った。
「敷島参事からですか?博士」
「まあな」
 キールが茶を運んできた。
「おう、しまった。確か、エミリーも同行していたはずじゃ。切る前に、エミリーと代わってもらえば良かったの」
「いえ、無理にとは……」
「お前とエミリーが惹かれ合うのは、お前はマルチタイプをモチーフに製作したからかもしれんのぅ……」
「博士……。私は掃除をしてきますので」
「ああ、頼む」
 キールが去ると、十条は茶を啜った。
(さて、ワシができるのはここまでだ。おっ、そうそう。財団に根回ししておかんとな)
 十条は財団本部に電話を掛けた。
 担当者はアリスの無条件探索に驚いていたものの、相手が十条なだけに承知せざるを得なかったという。
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