報恩坊の怪しい偽作家!

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“大魔道師の弟子” 「悪夢と快復」

2017-12-03 20:13:16 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[11月7日夜半過ぎ]

 マリアは稲生と共に、古めかしい建物の中を歩いていた。
 それは木造の建物で、少なくとも3階建てであるようだ。
 少なくとも、というのは階段を2フロア分昇ったからだ。

 稲生:「やっぱりだ。旧校舎の3階に棲んでいるという“花子さん”の噂は本当だったんだ」
 マリア:「よし。急ごう」

 真っ暗な屋内の中で、稲生の言う3階の女子トイレだけが煌々と明かりが灯っている。
 だが、古めかしいトイレの中を隅々まで照らすには全く安心できないくらいの薄暗さだった。
 そのトイレの奥に、1人の少女が佇んでいた。
 顔は分からない。
 何故なら、その少女は白い仮面を着けていたからだった。

 稲生:「皆を返してもらうぞ!」
 マリア:「……!」

 マリアには初対面のはずの仮面の少女。
 しかし、何故だかどこかで会ったような気がしてしょうがなかった。
 よく見ると、白いブラウスの上から十字架のペンダントを下げている。
 あれに見覚えがあった。

 マリア:「なに……どういうこと?」

 稲生が一方的に仮面の少女に向かって喋っている。
 ……ように見えて、どうやら少女と会話は成立しているらしい。
 らしいというのは、マリアには仮面の少女の言葉が全く聞こえないからだった。

 マリア:「ユウタ、何を喋ってるの?」
 稲生:「……そうだな。お前を倒す前に、まずはその仮面の下を見せてもらおうか!」

 仮面の少女はその白い仮面を外した。

 マリア:「あ……!ああ……!ぅあ……!!」

 マリアに見覚えがあった理由がはっきりした。

 マリア:「あ、あ……アンジェラ!」

 マリアが人間時代、性的暴行を含む酷い迫害を受けていたことは既に何度も前述している。
 そんな中、1人だけ味方になってくれたのがアンジェラという名のイギリス人の同級生だった。
 しかしマリアの追い詰められた精神状態は、ついにアンジェラの言葉すら届かなくなっており、ついに悪魔と契約するに至る。
 マリアは加害者達に復讐できるなら、自分の命をも投げ打つつもりであったが、悪魔が要求してきたのは、アンジェラの魂であった。
 マリアの懇願空しく、アンジェラは自ら首を吊ってマリアの代わりに魂を捧げたのである。

 アンジェラ:「マリアンナ……」

 アンジェラはマリアンナを見据えると、スーッと口から一筋の血を滴らせた。

 アンジェラ:「お互い、神に見放された身……。先に地獄に待っているわ……」
 マリア:「アンジェラ、待って!」

 いつの間にかアンジェラの目の前には、輪っかが作られたロープが吊るされている。

 アンジェラ:「でも、これだけは最初に言わせて」

 アンジェラは自分の首を輪っかの中に通した。

 アンジェラ:「う・ら・ぎ・り・も・の……!!」

 そして……言えぬ鈍い音が、古いトイレの中に響き渡った。

[11月7日05:59.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区 稲生家1F客間]

 マリア:「!!!」

 そこで目が覚めた。

 マリア:「はあっ!……はあっ、はあ……はぁ……!ゆ、夢……!?」

 ジリリリリリリリリリ!

 マリア:「っひゃあっ?!」

 更に大音響が鳴り響いてびっくりしたのだが、どうやら枕元の目覚まし時計のようである。
 急いで手を伸ばして、ベルを止めた。
 最後の一打がリーンと部屋中に響いたような気がした。

 マリア:「あれ……?私、アラームなんて仕掛けたっけ?……まあいいや」

 悪夢を見たせいか、汗びっしょりだった。

 マリア:(着替えて、シャワー浴びよう……)

 マリアは自分の荷物の中から新しい服と下着とタオルを取ると、そっとベッドの外に出た。

[同日06:30.天候:晴 稲生家2F稲生の自室]

 稲生:「……南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」

 稲生は朝の勤行を終えた所だった。
 マリアの快復と帰りの旅の安全を祈願した為、途中の唱題は長めに取った。

 稲生:「ふう……。エレーナの薬がどの程度効くのか知らないけど、今日中に治ってたらいいなぁ……」

 稲生はそう呟いて、数珠と経本をしまった。

 稲生:「ちょっとトイレ……」

 そして部屋の外に出た。

 稲生:「んっ!?」

 トイレの隣には後付けのシャワールームがある。
 元々は洗面台だった所だが、紆余曲折あってシャワールームに改造されている。
 そこが使用中であった。

 稲生:「マリアさん?……やっぱりマリアさんだ」

 即席のシャワールームの為、脱衣所などは無い。
 廊下からすぐシャワールームに入る形となる。
 その為、その前の廊下にはマリアが着ていたワンピース型の寝巻と、これから着るであろう服が置かれていた。

 稲生:「ていうか……。大丈夫なのかな?」

 稲生は先にトイレに入った。
 水道が共用の為か、トイレの水を流すとシャワーの温度が不安定になってしまう。

 マリア:「ユウタ、いるの!?」

 トイレから出て来た稲生を、マリアが呼び止めた。
 全裸のマリアと稲生を仕切るのは、曇りガラスの折り戸一枚だけだ。

 稲生:「ま、マリアさん……!あ、あの……その……体の具合、大丈夫なんですか?」

 マリアはシャワーを止めた。

 マリア:「体の具合……?あれ?そういえば……」

 悪夢のことも洗い流そうと夢中になっていただけに、稲生の言葉を聞いて、自分が病気であったことをすっかり忘れていた。

 マリア:「そういえば、もう寒気もしないし、頭も痛くないし、だるくもない。多分、大丈夫だと思う」
 稲生:「そうですか。良かったです。……あ、僕、1階にいますから」
 マリア:「うん……」

 稲生が立ち去るのを確認してから、マリアはまたシャワーのお湯を出した。
 湯気で曇ったミラーを洗い流すと、自分の裸体が映る。
 あの時……昔と比べて体中に残った傷痕が目に見えて薄くなってきたのが自分でも分かった。
 魔女となって行うべきは復讐ではなく、傷痕を癒すことであった。
 稲生のアイディアで湯治を行うようにしたのだが、これがなかなか効果を発揮しているようだ。
 イリーナが稲生を弟子入りさせたのは、こういうことも予知したからなのかもしれない。

[同日07:00.天候:晴 稲生家1Fダイニング]

 宗一郎:「そうか。今日もう戻るのか」

 稲生の父親の宗一郎が残念そうに言った。

 稲生:「うん。イリーナ先生も先に帰られた。弟子の僕達がのんびりしているわけにはいかないよ。マリアさんの病気が治ってから、ということだったけど、もう治ったみたいだし」
 マリア:「ゴ心配ヲ、オ掛ケシマシタ」

 マリアは自動翻訳魔法を使わず、自分で覚えた日本語で言った。

 マリア:「大変オ世話ニナリマシタ。オ陰様デ、スッカリ良クナリマシタ」
 稲生:(マリアさん、片言でもこっちの日本語で話した方が、何だか……)

 自動翻訳魔法は使う魔道師の熟練度によって翻訳度が変わって来る。
 熟練のイリーナの話すロシア語は、滑らかに訳された日本語として稲生の耳に入って来るのだが、マリアの場合はまだ熟練度が足りないせいか、直訳された日本語で来ることが多く、硬い表現になってしまっているのだ。
 だが、母国語の英語をそのままで聞いた英語圏の者は、けしてマリアが硬い言葉遣いで喋っているわけではないのだという。
 実際にマリアが魔法を使わず、片言の日本語で喋らせてみると、確かにそんな気がした。
 マリア自身もそのことは分かっているようで、それで稲生の両親に対しては、なるべく自分で勉強した日本語を話すようにしているようである。

 稲生:「せっかく良くなったから、少し遊んでから帰ることにするよ」
 宗一郎:「おいおい。病み上がりの女の子を連れ回すのもどうかと思うぞ?」
 マリア:「大丈夫デス。モウスッカリ歩ケマス」
 稲生:「ほら、本人もこう言ってることだし」

 と言っても、稲生のプランだと恐らく……。

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