報恩坊の怪しい偽作家!

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“大魔道師の弟子” 「南端村を発つ」

2020-06-05 16:00:19 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月9日10:00.アルカディアシティ南端村 サウスエンド駅 視点:稲生勇太]

 一夜明けて稲生達は魔界稲荷神社をあとにした。
 辻馬車に乗り込み、アルカディアメトロ環状線のサウスエンド駅まで行く。
 威吹が見送りに来た。

 威吹:「また来てくれよね」
 稲生:「威吹も。うちの両親も、時折気に掛けてるよ。前の家は全壊したけど、当時の写真とかはまだ残ってるんだ」
 威吹:「そうか」

 威吹は着物の懐から金時計を取り出した。
 これは稲生の父親の宗一郎から贈られたものである。
 裏蓋の所に明朝体で威吹邪甲と彫られている。
 そして、同じ物を稲生も持っている。
 その前は銀時計も贈られたことがあり、どちらも威吹は家宝として大切にしている。
 そしてこれは、威吹にとっても誇りの1つである。
 何故なら、マリアにはまだ贈られたことがないからだ。

 マリア:「勇太。そろそろ電車が来る」
 稲生:「分かりました。それじゃ威吹、また今度」
 威吹:「ああ。気をつけて」
 イリーナ:「あなたの弟子達を連れて、人間界見物ツアーなんか組んだら面白いだろうね?」
 威吹:「いや、どうだろう。それ以上、そっちに迷惑は掛けられんよ」
 稲生:「人間界のことを予習してから来ればいいさ。威吹、その辺の指導もできるじゃないか」
 威吹:「いや、それはそうだが……」

 サウスエンド駅は1階に改札口があり、2階にホームがある高架駅。
 自動改札口にトークンを投入し、スロットルを回して入場する。
 階段を上がると、黄色一色の電車が入線してきた。

 

 稲生:(旧国鉄101系、カナリア色……)

〔「1番線の電車は環状線内回り、普通電車です。1番街方面まで参ります」〕

 電車に乗り込むと、内装は往路に乗った電車とほぼ同じだった。

〔「環状線内回り、まもなく発車致します」〕

 ホームから発車ベルの音が聞こえてくる。

 稲生:「もう一度魔王城に戻るわけですか」
 イリーナ:「そう。魔王城に行って、冥鉄の乗車証をもらわないとね」
 マリア:「少し規則が変わりました?」
 イリーナ:「変わったね。明らかに規制が厳しくなった。人間界に行って悪さをする奴らが増えたからかもしれない。冥鉄側も手を打ったのかもね」
 稲生:「最近、色々起きてますからね……」

 電車が走り出す。
 アナログ電車ならではのカクンという揺れが懐かしい。

〔「ご乗車ありがとうございます。この電車は環状線内回り、1番街方面、普通電車です。各駅に止まります。次は16番街、16番街です」〕

 稲生:「“アルカディアタイムス”だ」

 稲生は網棚の上に置かれた新聞を手に取った。
 1面記事トップは、隣国ミッドガード共和国からの宣戦布告は秒読みというものだった。
 このアルカディア王国を追放された魔界民主党の残党がミッドガード共和国の議会の大部分を占めたことにより、アルカディア王国へ宣戦布告する議決が可決されたという。
 もちろん、動機は復讐だろう。
 大統領にはそれを否決する権限があるが、ぞこまでそれが発揮されるかどうか……。

 イリーナ:「戦争に巻き込まれる前に、さっさと帰るわよ。私達は人間界を拠点にしてるし、この戦争は基本的にこっちの世界までは波及しない。あえて首を突っ込む必要は無いわ」
 マリア:「同感ですね。国外追放処分じゃなく、全員漏れなく死刑の方が良かっただろうに」
 稲生:「まさか、隣国に逃げ延びた上、そこの議会を乗っ取るまでは想定してしなかったんでしょうね」

 ミッドガード共和国にも政党はあるが、元々そこの政権与党は魔界民主党の政策と似た物を持っていただけに、上手いこと取り入ることができたのだろう。
 アドルフ・ヒトラーみたいな人材が紛れ込んでいるのかもしれない。
 幸いなのは、まだその人材が大統領職に就いていないことだ。
 議席の大部分を魔界民主党が占めてしまったということくらいか、問題は。
 で、ミッドガード共和国は一院制。
 そこで可決されたものを、もう1つの議院で否決はできない。
 それができるのは大統領だ。

 稲生:「そこの大統領は如何なる人物なんですか?」
 イリーナ:「ヒヨリーミ候と呼ばれてる、日和見主義で愚鈍な大統領よ。恐らく、議会に懐柔されるのがオチね」
 稲生:「うわ……」

 そういうのを見ていたから、安倍春明はアルカディア国を大統領制の共和国ではなく、立憲君主制の王国にしたのかもしれない。

[同日10:30.アルカディアシティ1番街 1番街駅→魔王城]

〔「まもなく1番街、1番街です。お出口は、右側です。中央線、1号線、3号線はお乗り換えです。本日は冥界鉄道公社による人間界行きの列車が運転される予定です。ご乗車には乗車証明書が必要ですので、予めご了承ください」〕

 稲生:「一応、言ってくれるんだ」
 イリーナ:「私達のように、理由があって行き来している人達もいるからね。魔界共和党の面々とか」
 稲生:「ああ」

 イリーナ達のように、魔法を使って行き来しているのがレア過ぎるのだ。
 電車を降りて、中央線ホームを見る。
 そこにはオレンジ色の旧国鉄101系が停車しているだけで、冥界鉄道の列車らしきものはまだ見られなかった。
 もしかしたら、その101系なのかもしれないが。
 魔界高速電鉄は社名の通り、電車しか所有していないので分かり易いのだが、冥界鉄道公社は電車から汽車、はたまたバス(冥界鉄道公社自動車事業本部、通称“冥鉄バス”)や船舶(冥界鉄道公社船舶事業本部、通称“冥鉄汽船”)まで所有しているくらいだ。
 階段を下りて中央線ホームへ上がる階段の横にある発車標を見てみたが、特段、冥鉄列車の時刻は表記されていなかった。
 魔界高速電鉄にとっては、他社からの片乗り入れ臨時列車の扱いである。
 乗務員も全区間冥鉄の職員が乗務する。

 上級警備兵:「失礼。魔道士の方々ですよね?」
 イリーナ:「ええ。それが何か?」

 魔王城に入ろうとすると、マシンガンを持った警備兵に止められた。
 赤い模様が入っているところを見ると、6番街などで見た一般警備兵よりも戦闘力の高さが評価されている上級警備兵だろう。

 上級警備兵:「魔道士の方々にあっては、入城前に身体検査を受けてもらいます」
 イリーナ:「何かあったの?」
 上級警備兵:「ミッドガード共和国からのスパイが我が国に入り込んでいることが確認できました。しかもそれが調査の結果、魔道士である可能性が出て来たのです。ダンテ一門の方々がそのような活動に加担はされないとは思いますが、一応、上からの通達ですので、ご協力お願いします」
 イリーナ:「スパイ活動に的確なのは盗賊と魔道士ってね。分かったわ。どうせ急ぎじゃないし」
 上級警備兵:「早速の御理解ありがとうございます。おい、ご案内しろ」
 一般警備兵:「はっ。では、こちらへ」

 往々にして上級警備兵の方が階級は一般兵よりも高い。
 一般兵が本当に兵卒なのに対し、上級兵は下士官くらいの階級かもしれない。

 マリア:「全部脱がされるんじゃないだろうね?」
 稲生:「ええっ!?」

 可能性はゼロではない。

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