5月初めに作家の渡辺淳一さんがお亡くなりになりました。渡辺さんの小説、エッセーを最近は読みませんが、ずっと昔にはよく読みました。今も本棚には、文庫本ですが昔読んだ彼の本の何冊かが残っています。
実体験をベースに小説を書くことが多いと、エッセーで述べられている渡辺さんですが、「失楽園」「ひとひらの雪」など男女の関係を突き詰めた小説で知られ、恋愛小説の第一人者でしたね。
その様なベストセラーになった人気小説も何冊かは読みましたが、私が好きな小説は、初期の頃(S.55)の『流氷への旅』です。この小説は、何かに渡辺さんが書いておられるのを読んだことがありますが、きれいな恋愛小説を、急に書いてみたくなったので創作されたそうで、興が乗ると小説家は色んなことを試されるんだなぁ、などと思ったものです。
この小説で好ましいと思うのは、若い男女二人の間柄が雄大な北海道の自然の移り変わりとともに進んで行くところです。男性の主人公、若き流氷研究学者、紙谷誠吾の心のわだかまりが、目の前に現れた女性主人公や美しい自然に感応し少しづつ消えていく、その辺りの描き方が巧みだなぁと。そして、この紙谷誠吾はその後の渡辺さんの小説には見られない男性像のようにも。
『流氷への旅』は30年以上前に書かれているので、今、読むと女性主人公、竹内美砂の環境設定などが、今の時代とは少しずれていますが、結末が渡辺さんの小説では珍しいハッピーエンドなのも、何だかホッと出来、私がこの小説が好きな理由の一つなのかもしれません。
渡辺淳一さんが亡くなられて以来、新聞紙上にいくつかの追悼文が寄せられていますが、阿刀田高さんの追悼文にある〔いささか不謹慎なのかもしれないが、「渡辺さん、花の生涯でしたよね」〕が、私は渡辺さんに一番似合う様な気が致します。どうぞ安らかにお眠り下さい。
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