日々の暮らしに輝きを!

since 2011
俳人杉田久女(考)、旅行記&つれづれ記、お出かけ記など。

辻仁成著 『十年後の恋』

2022年01月19日 | 読書

著者の辻さんは
作家、ミュージシャン、料理愛好家(?)であり
20年近くパリに住んでおられ、ご自身が編集長を務める
webマガジン「デザインストーリーズ」を主宰されています。
そのwebマガジンの中に彼のブログjinseistrories
があり、
このブログのファンの私は、
ブログの中で『十年後の恋』という彼の作品を知り、
さっそく図書館から借りて来ました。


日本人の両親の元にパリで生まれそこで教育を受け、
大人になり日々の暮らしを営んで来た主人公のマリエ。
10年前に離婚し、二人の子供をひたすら働いて育てて来たマリエ。
そこに一人の男性、アンリが出現し人生の岐路に立った主人公が、
その男性に魅かれていきながらも、
ふとしたことから彼に疑念を持つように。
このあたり、マリエが戸惑い疑心暗鬼になるのも仕方ないかな~と、
もどかしいけれど共感を持てる成り行き。

アンリにある種の疑念を持ちながらも、
二人の付き合いは続き時は流れていきます。
マリエをいつも見守ってくれている母親がいい感じで、
何も娘に強要したりはしないけれど、
娘とって安心感が得られる安らぎの存在なんですね。

遠いところにあると思えたコロナに掛かり、
生死の境目を体験したマリエのそれからの生き方、
アンリとの距離の取り方には共感を憶えますが、
ラストに近づくと、唐突感が否めずうろたえます。
マリエの気持ちは恋ではなく、愛へと変わりつつあったのか?
私はあくまでも恋だと思っていたいのですが...。



辻さんの作品はきっちりした人物描写、
情景描写から始まることが多い様に感じます。
この小説も、何度か訪れたパリの街並や空気を感じさせる
一冊に仕上がっていると思うとともに、
コロナ禍という特殊な状況のパリを背景に、
この機会を逃さずに一篇の小説を紡いだと感じます。
小説家ってすごいな~、現在進行中のことを
作品の背景にすぐ取り入れるとはね~と思いますね。


 


田辺聖子さん

2019年06月17日 | 読書

先日、作家田辺聖子さんがお亡くなりになりました。享年91歳でいらしたそうです。

田辺さんと言えば大阪弁を駆使した軽妙な文体の小説やエッセー、さらに評伝や古典を現代によみがえらせた作品を次々に発表されていましたね。

私も田辺作品のファンで小説やエッセーをよく読み、それらは本棚に沢山並んでいて、今でも時々手に取って読んでいます。

彼女の作品に、魅力的なシニア女性、歌子さんの76才~80才までの日常を4冊の本にまとめた痛快な小説「姥シリーズ」というのがありますが、常々私は田辺さんに80代後半になった歌子さんをぜひ書いて頂きたいな~と思っていましたが、もうそれが叶わなくなったのをとても残念に思います。

まだ小倉に住んでいた20年位前ですが、一度田辺さんの講演を聞いたことがあります。その時、たまたま前列から4、5番目に座っていたので様子がよく分ったのですが、田辺さんはオシャレな細い杖をついて登壇されました。

非常に小柄な方で高く澄んだきれいなお声で話をされましたが、言葉は関西弁の片鱗も感じさせない完璧な標準語で、少し意外な気がしたのを憶えています。

講演の題目は「久女と私」でしたが、お話しぶりは自信に満ちていて多方面に渡り、自由闊達なお人柄にお見受けしました。20年位前のことなので、おそらくその時の田辺さんは、今の私と同じ70代前半であられたと思います。田辺さんの訃報に接した時、この講演会での彼女のたたずまいが思い浮びました。

私達を楽しませて下さりありがとうございました。どうぞ安らかにお眠り下さい。









小池真理子著:『望みは何と訊かれたら』

2019年03月08日 | 読書

時々読ませて頂いているブログに、パリ、9区にあるギュスターヴ・モロー美術館には美しい螺旋階段があり、小池真理子さんの『望みは何と訊かれたら』という小説の中で、50代になった主人公二人が30数年ぶりに、この螺旋階段で偶然再会する設定になっているという記事がありました。

パリで偶然再会という筋書によわい上に、加えて、その場所がパリの美術館の美しい螺旋階段というロマンチックさに心惹かれ、早速この本を図書館から借りて来ました。小池真理子さんの小説を読んだのは今回が初めてで、読む前は何だかワクワク気分でしたが...。



読んでみての感想ですが、何ともあと味の悪い小説でした。私が学校を卒業した直後によど号事件が起き、2年後に浅間山荘事件が起きました。確かにこの小説の様な時代はありましたが、この本は学生運動に於ける男女の恋愛を描いたものではなく、そこから逃げ出した沙織と彼女をかくまった秋津吾郎との数ヶ月間がテーマとして描かれています。

この二人はその数ケ月間、恋人だったのでしょうか、それとも同志、あるいはただの男女だったのでしょうか、何とも不可解な関係で、奇妙な生活です。本の後表紙には、身体も魂も貫く究極の悦楽を描きつくした著者最高の恋愛小説と書かれていますが、ここに描かれたのは恋愛と呼ばれるもとは違う気がします。

この二人は別れてその後、別々の普通の人生を歩いて行くのですが、約30年後にパリの美術館の螺旋階段で偶然再会します。帰国後また会う様になり、30年前同様の奇妙な関係が始まってまもなく、秋津吾郎は沙織に訊きます、「望みは何?」と。

ここでこの小説は終わるんですよ。不可解で不思議です。
私はこの秋津吾郎の問いへの沙織の答えを聞きたい思いにかられます。

(本の表紙は、赤いバラと秋津吾郎の部屋にあった彼の父の形見の標本の青い蝶で、赤いバラは沙織を、青い蝶は秋津吾郎を、それぞれ表しているのでしょうね。)


 

 


村上香住子著:『巴里ノート』

2017年03月06日 | 読書

図書館で必要な本を借りたついでに、ちょっと目に留まったこの本、『巴里ノート』も一緒に借りて来ました。以前何回か行ったパリ、どんなことが書いてあるのかなと思いながら...。
<村上香住子著『巴里ノート』>

著者の村上香住子さんはフランス文学の翻訳をされていましたが、1985年に雑誌の特派員としてパリに渡り、ファッションを中心に取材、執筆。1994年から2005年までは「フィガロジャパン」のパリ支局長をされておられたようで、20年間のパリ滞在の後、帰国。現在は短編小説、評論を文芸誌に発表されているようです。

この本の出版年を見ると2008年で、情報が少し古いようにも思えますがフランス人気質などはそうそう変わるものではないので、結構面白く興味深く読みました。

著者は取材をした相手には東京では少しではあるけれど現金で謝礼をしていたのが、パリではその様な時は、お花を贈るのが一般的な習慣だと教えられたのでそうしていたそうです。パリでは花屋さんもブランド化していて、贈られた人は必ずどこの花屋さんから届いたかをチェックするのだそうですね。

又、花を選ぶ時、
すみれ色の目の女性には紫系の花を、グリーンアイズの人には緑がかったカラーやカーネーションという具合に、贈る相手の目の色に合わせたりするようで、日本人の発想にはないことですね。こげ茶色の目の人には、どんな色の花になるんでしょね。オレンジ色系のお花かな~?

薔薇の花を贈る時は普通は奇数だけれど、お礼の場合は12本、愛の告白は30本がいいと言われているのだとか。

新聞事情として、パリには「フィガロ」「
リベラシオン」「ル・モンド」などがあり、どの新聞を読んでいるかで、その人の属する社会的階層がわかるといわれている様です。

ところが最近はフリーペーパーが沢山出現し、一応それぞれのターゲットに向けた情報が満載されているので、短時間で状況を把握したい人達にとって、それらは充分満足のいくものになっているのだそうです。

そういえばフランスの新聞は日本の様に早朝に家に配達されず、お店で買うものだと聞いたことがありますが、フリーペーパーの出現で一般の新聞はますます伸び悩むのではと感じます。

この本の著者はパリの高級ブランド街のサン・トノレ通りにあるアパルトマンに住まわれていて、そこから毎朝パレ・ロワイヤルを通って職場の「マダム・フィガロ」編集部まで通勤されていたようです。

そのパレ・ロワイヤルについて数ページをさいて記述されていますが、著者にとってここは思い出深い場所だったのでしょう。

パレ・ロワイヤルには私も何回か行ったことがあります。ここはパリの中心部ですが、オペラ座辺りの様に観光客でごった返すこともなく静かな所で、庭園のベンチに腰掛けて持参したサンドイッチを食べたこともあります。その頃は回廊に添ってレストラン、アンティークショップ、勲章などを売っているお店、自然素材のリネン類のお店などがあり、資生堂のショップもここにありました。

庭園入り口には現代アートのダニエル・ビュランの白と黒の柱やキューブが置かれていて、ルイ14世が幼い頃住まわれていた17世紀の古い建物とそれらが不思議に調和し穏やかな時間が流れている、そんな場所でした。この本の著者の村上さん同様に、私にとってもパレ・ロワイヤルはパリの好きな場所の一つです。

古いものに価値を与えるフランスの価値観は若者達に閉鎖的で重苦しく感じられる様で、そんなパリの若者達の心をつかんだのが日本の漫画なのだそうです。TVで日本のアニメが放送されたり、カルチェ・ラタンに漫画専門店が出来たりというのは時々私も耳にしますが、パリには漫画喫茶もあり、「ドラゴンボールZ」、「美少女戦士セーラームーン」などと共に、夏目漱石の「坊ちゃん」の漫画も注目されているそうで、驚きです。

古いものを大切にする国で窒息ぎみだった若者達にとって、日本はまたとない夢の国に見えるのでしょうと著者は書いておられます。

ワインについてのページでは、
フランスのワイン業界は目下大きな悩みを抱えていているようです。カリフォルニアやチリからのいい味のワインが安価で出回るようになって、フランスのワイン業界は出荷が大幅に減少してきているうえに、フランスの若者のワイン離れが深刻で、伝統を重んじるワイン業者も、とうとう2007年に缶やペットボトル入りワインの発売に踏み切ったのだそうです。

がしかし漫画世代の若者達がそうしたペットボトル入りのワインに、今後関心を示すかどうかはわからないと書いておられます。そういえば私もよくワインを飲みますが、ほとんどがカリフォルニアやチリ産の安い
ワインです。お味も結構いけますしね。

ふと目に入って借りたこの本ですが、パリのガイド本とは一味違って、なかなか興味深い内容で読みごたえがありました。改めて手にとって表紙を眺めると、セピア色のパリの写真も素敵で、もうだいぶ前に何回か行ったパリのことを懐かしく思い出させてくれる、そんな本でした。

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松村由利子著『与謝野晶子』

2017年01月13日 | 読書

家の近くの大学で松村由利子さんの講演を聞きました。

松村さんは毎日新聞の記者として20年間勤務した後、2006年にフリーに。2009年『与謝野晶子』で第5回平塚らいてう賞受賞。他に2010年『31文字のなかの科学』、2016年『少年少女のための文学全集があったころ』『短歌を詠む科学者たち』等の著書があり、歌集『耳ふたひら』の著書がある歌人でもあります。
<松村由利子さん>

講演後に会場で彼女の著書が何種類か売られていたので、平塚らいてう賞受賞の『与謝野晶子』を購入、読んでみました。


著者がサインをして下さいました。


目次を見ていくと「女性保護論争の勝者は誰か」という項目に多くのページを割いているのも、この著者らしい気がします。というのはこの日の講演も対等な男女関係を希求した与謝野晶子と日本国憲法に男女平等の理念を盛り込んだベアテ・シロタ・ゴートン、この二人が描いた未来は今日どれくらい実現したか、というものだったからです。


以前、与謝野晶子のご長男の与謝野光さんの書かれた本に、<母は百人一首の中では順徳院の「百敷や 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり」が一番好きだと言っていた。好きな花はオシロイバナ。文学の次に数学が好きだった>
とあるのを読んでちょっと意外な気がしたのを、松村由利子さんの『与謝野晶子』を読みながら思い出しました。

与謝野晶子といえば、歌集『みだれ髪』のイメージから情熱の歌人といわれ、奔放なイメージが強いですが、生涯に11人の子供を育て、短歌だけではなく、『源氏物語』をはじめとする古典の現代語訳、社会評論、童話、童謡
など様々な分野で多くの仕事を成し遂げた人でもありました。

この本はそんな晶子の膨大な仕事の全貌に迫ったもので、短歌関係以外に多くのページが割かれていますので、一般的な晶子研究書と一味ちがったものになっています。

晶子は先端科学への関心が高く、合理的にものを考える人だったそうで、「北京を名古屋、サントぺテルブルグを京都ぐらいに思う時が早く来なければ、日本の発展はおぼつかない」といい、「外国語は小学1年生から必ず教えるのがよろしい」と主張したそうです。大正から昭和初期の頃の話ですから、何とスケールの大きな人だったかと思いますね。

晶子が出版した歌集は合著を含め24冊、評論やエッセーをまとめた本は15冊、童話は100編。詩や童謡は600編、他にも小説や歌論集、また源氏物語をはじめとする古典の現代語訳にも取り組みました。お手伝いがいたとはいえ11人の子供を育てながら、これだけの業績をあげたのですから、与謝野晶子は日本一のワーキングマザーかもしれませんネ。

著者は、働く母親としての悩みもかかえつつ、歌人、評論家、童話作家として走り続けた晶子の姿は、私達に大きな勇気を与えてくれると、結んでいます。

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