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俳人杉田久女(考)、旅行記&つれづれ記、お出かけ記など。

光市母子殺人事件結審

2012年02月23日 | つれづれ
 
13年前に山口県光市で起きた母子殺人事件の20日の差し戻し上告審判決は「極刑」でした。事件当時18歳1ヵ月だった加害者の年齢を巡り色々な意見が出た中で、最後は結果の重大性を重視して極刑が選択されたものと思います。
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この事件は、判決が死刑と無期懲役で揺れ続け、世間の注目を集めましたが、事件現場が当時住んでいた北九州市に比較的近かったので、私も関心を持って成り行きを見守っていました。
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公判当初、被害者のご主人、本村 洋さんが、風呂敷に包んだ妻子の遺影を抱えてテレビ出演され、犯罪被害者の権利を訴えられていた姿が、今でも強く印象に残っています。
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5度にわたって争われた裁判の中で、4度目の裁判では著名な死刑廃止論者を中心とする大弁護団(21名?)が編成されました。当時彼らが記者会見をしているニュースをテレビで何度か見ましたが、その主張に違和感がぬぐえませんでした。
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そして今回、彼らの弁護活動が被告の為になったかどうかを甚だ疑問に思います。というよりむしろ世論を敵に回したのではないかとさえ思います。
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「強姦目的ではなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた」、「乳児を殺そうとしたのではなく、泣き止ます為に首に蝶ちょ結びしただけ」、「乳児を押入れに入れたのはドラえもんに助けてもらおうと思ったから」など、荒唐無稽とも思える接見時の被告の供述を、新供述として弁護団は主張しました。
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法律の専門家として、この様な被告の供述を信用するに値するかを真剣に検討したのでしょうか? 一般常識とかけ離れた被告の供述を主張する事により、被告の精神年齢が18歳よりはるかに下だったと印象付けたかったのかもしれませんが、弁護人はむしろ「そんな言い分は通用しない」と被告を叱るべきだったのではと思います。
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そういう意味で、私はこの弁護団に疑問を感じずにはいられません。乱暴な言い方かもしれませんが、彼らの弁護活動が被告を極刑に追いやった可能性があるのではとさえ思えます。
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又、被害者のご主人、本村 洋さんの13年の歩みの中で、犯罪被害者援護法が成立し、司法制度が改善された事の意味は大きいと思います。これにより被害者への捜査情報の提供や公判の優先傍聴、訴訟参加制度の拡充などが進みました。
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本村 洋さんには「長い間の法廷闘争お疲れ様でした。これからは人生をリセットして、穏やかな日常を取り戻して下さい」と申し上げたいです。
 
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