日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

韓国・朝鮮語事始め Don-shim-cho

2008-09-12 21:11:14 | 在朝日本人
この10月から韓国・朝鮮語をとりあえず六ヶ月間習い始めることにした。子供の頃朝鮮に住んでいたが朝鮮語を覚えることはなかった。それでもいくつかの単語はわが家に根付いている。たとえば「ヤンバン」などはそもそも昔の朝鮮の支配階級のことであるが単純に「金持ち」として通用していたし、「チョンゴシ」という言葉は私の母から妻に伝播して「上等」という意味で今でも頻繁に私どもの会話に登場してくる。

戦時中、警戒警報が発令されるとラジオがそれを知らせたが、「朝鮮軍管区司令部発表」で始まったと思う。まず警報が日本語でアナウンスされると、引き続き「チョソングン・・・」と朝鮮語で同じ内容が繰り返されるので、なるほど朝鮮軍は朝鮮語でチョソングンになるんだ、と思ったことを今でも覚えている。単語以外に覚えたのは「ウリ チョンソン モンラヨ」ぐらいで、これは母から教えられたと思う。朝鮮のお年寄りに朝鮮語で話しかけられた時に云うのですよ、ということで「朝鮮語知りません」の意味だった。

ところでこの年になって韓国・朝鮮語を始めたいと思ったのは動機は実に簡単、韓国の民謡なんだろうか、ソプラノのSumi Joが歌っているのを聞いて、ぜひこれを原語で歌いたいと思ったからである。この歌は次のようなもので、英語で辛うじてその意味は知り得る。


今は声を合わせるだけだが早く韓国・朝鮮語が読めるようになり、原語でこの歌を歌いたい。

一弦琴「漁火」を久しぶりに

2008-09-09 20:00:20 | 一弦琴
私の一弦琴「漁火」 あるお遊びに最近お立ち寄りいただいた方から懇切なコメントを頂いたので、そうだ、また唄ってみようと思っていたところ、今朝は水面を渡ったような涼風が部屋を横切ったのでそれに触発されて久しぶりに「漁火」を唄ってみた。そうするとどうしたことかまた別の方からのコメントが寄せられていたのである。私のつたない演奏を聴いていただき相次いでご感想まで頂くとは嬉しい限りで、ますます精進への意欲がかき立てられた。

今回の演奏は上の土佐流を取り入れたものとは違って、私の師匠の流儀に沿っており調子も異なっている。しばらくお稽古を重ねて演奏を練り上げていくつもりである


日本相撲協会と大分県教育委員会の処分に欲しい情

2008-09-08 16:12:09 | Weblog
大相撲の幕内露鵬と十両白露山の兄弟力士の尿検査で大麻の陽性反応が出た問題で日本相撲協会の理事会は両力士の解雇を決め、白露山の師匠でもある北の湖理事長は理事長職を辞めることになったとのことである。

尿検査で陽性反応が出たのにもかかわらず、理事会の前に開かれた再発防止検討委員会で両力士ともこれまで通り大麻の吸引を否定したとのことである。専門機関による尿検体の分析結果で大麻吸引の陽性反応が出たことは事実であるにせよ、本人が完全否定、すなわち納得していない形で処分がなされたことになる。

もし分析結果と両力士の言い分が共に正しかったとしたら、どのような事例が考えられるだろうか。一つの可能性は兄弟である露鵬と白露山が家族性の特殊な遺伝子を持っていて、その遺伝子の指令で作られる酵素が日常よく摂取する食物、飲料などに含まれているある特定の成分を大麻の持っている成分に変えてしまったということである。生化学的にこの可能性が証明されたら、両力士はゲノム解析の歴史にその名を残すことになるだろうが、そこまでの検証には時間がかかりそうである。

そこでもっと現実的には、分析結果と言い分の齟齬はより客観的な証拠により解消されるべきではなかっただろうか。一つは最初の尿検査で陽性と判断された段階で、サンプルの信憑性に疑いを差し挟む余地のない状況下で両力士の尿を再び採取して分析にかけるべきであったと思う。その一方で、警察の協力を得て両力士の身辺を厳重に調べて大麻に関する物証を発見すべきであった。私が理事長なら即刻そのような判断を下すところであるが、今となっては手遅れであろう。ここまでの物証があれば本人の否定にかかわらず、少なくともわれわれは納得しやすかった。

処分と云えば大分県教育委員会が教員不正合格事件で6人の教員を本日(9月8日)付で採用取消の処分を下した。本人が一切関知しないところで不正行為が行われ、その処分を本人に科すのは社会正義に反すると私は思うのだが、結局6人が本人が納得しないままその処分を受けることになったようである。朝日朝刊によると不正に合格されたとする新人教諭に、「誰の口利きで不正が行われたか」との説明もないままの処分であったようである。これでは納得のしようがないのは当然である。

処分を当人に納得させる努力に手間を惜しまない、という情を期待するのはもはや贅沢な世の中になったのだろうかと捕物帖大好きの私は思う。


「オール読物」表紙の誇大表示に騙されて

2008-09-06 14:35:51 | 読書
第139回の芥川賞・直木賞は共に女性が受賞した。芥川賞受賞作品が掲載される月刊誌「文藝春秋」は二回に一度は買うが、直木賞作品の掲載される「オール読物」はこれまで手を出すことがなかった。ところが今回の受賞者の井上荒野さんが共産党員作家井上光晴さんの娘であるのが私の目を惹いた。同じく共産党員の娘、米原万里さんの作品を私は好きだったのに、彼女が亡くなってしまった今期待できそうなその後継ぎかもという、私にしか分からない理由でその受賞作の載っている「オール読物」を購入したのである。

雑誌のそのページを開いた時にドキッとした。



上の写真のようにタイトル「切羽へ」の後に(抄)の文字が入っている。ということは抜き書きということになる。急いで物語の最後にページに行ってみると、次のような断りがあった。間違いなく受賞作品の部分掲載なのである。



ところが「オール読物」の表紙は下の写真のように(抄)の文字は入っていない。これでは井上荒野『切羽へ』が丸ごと掲載されていると受け取るのが普通であろう。表紙は明らかに誇大表示である。「文藝春秋」の芥川賞の方は表紙に【受賞作全文掲載】と書いているのだから、「オール読物」もそれにならって【受賞作前半全文掲載】と表示するのが筋と言うものだ。



単行本を買わずに雑誌で安くあげようとして騙された私が悪いのだと思いながら読んだ「切羽へ」は、井上荒野さんには申し訳ないがただの女と男のにらみ合いの物語に終わってしまった。

福田和也著「昭和天皇」はゴシップの宝庫

2008-09-05 15:54:56 | 読書

福田和也さんが「昭和天皇」を「文藝春秋」に連載し始めてから時々のぞき見していて、早く単行本で出ないかなと待ちわびていたところ、その第一部と第二部が同時に発行されたので、さっそく飛びついた。

面白い。しかし読み進んでいくうちに、読むスピードを落とし始めた。あまり面白いので早く読み終わるのが惜しくなったからである。少しずつ読む。その少しずつの間にも必ずゴシップが一つ二つ顔を出す。それが面白くてたまらないのである。

たとえば戦時中、御文庫と名づけられた地上一階地下二階の防空建築が昭和天皇の住居にもなったが、その執務室の描写がある。

《机の背後に、飾り台がおかれていて、上下二段に、二つの胸像が置かれていた。(中略)上段にリンカーン、下段にダーゥインが飾ってあったのだ。》

昭和天皇の書斎にダーゥイン、リンカーン、ナポレオンの胸像が並んで飾られていたことはHerbert P. Bixの「Hirohito and the Making of Modern Japan」にも記されているが、それは1927年の頃の話としてである。ところが戦時中もリンカーの胸像が飾られていたという。福田氏はこう続ける。

《 毎夜、米軍の爆撃に遭い、地下壕に隠れるという生活をしながら、なんとか頽勢を立て直すことはできないか、と戦争指導に懊悩していた天皇が、敬慕の対象としていたのは、敵国の大統領だったのだ。》

《 ルーズベルトが、執務室の机に、ガダルカナルの米兵から送られた、日本兵の髑髏を置いていたことはよく知られている。写真も残っている。
 昭和天皇のリンカーンには、それと比較にならない凄みを感じざるをえない。》

このような話―私がいうところのゴシップ―が次から次へと出てくる。まさにゴシップの宝庫で、稀代の逸話・ゴシップ集である薄田泣菫の「茶話」を連想したくらいである。しかしこのゴシップを通して昭和天皇の深層を解きほぐす筆力の冴えは福田氏独自のものである。ほんとうはゴシップを全部紹介したいのだが、それでは福田氏に申し訳がないので、興味を持たれた方には著書をご覧いただくとして、もう一つだけ紹介させていただく。

「宮中某重大事件」という章がある。云うまでもなく東宮裕仁親王(後の昭和天皇)の皇太子妃に内定していた九邇宮良子女王(香淳皇后)の色盲遺伝子をめぐる宮廷での争いである。それはともかく、大正七年東宮妃に内定した時点で良子女王は学習院女学部を退学し、御学問所で皇太子妃になるための厳しい教育がなされた。大正天皇の皇后(貞明皇后)の意志があったとされている。貞明皇后は婚礼後にはじめて皇太子妃として教育を受けたが、教育役の老女にかなりしごかれ日々泣かされたとのことである。なんせこの老女は《御所をさがって京都に戻った後、四条通を横断するとあまりの威厳に市電が思わず停車した、という伝説が残されている猛女である。》その自分と同じ愁いを、嫁にさせたくないという配慮があったのかも知れないと著者は記している。ご成婚は大正十三年、名実共に日の御子に相応しい皇太子妃の誕生であった。皇太子妃教育が始まって六年後のことである。

献身的で誠実な多くの教育係に育まれた良子女王の場合とくらべて、今の皇太子妃雅子妃殿下のありようを漏れ聞く限り、その皇太子妃教育はひょっとしてお座なりのようなものだったのではないかと思い、お可哀相な気がしてしまった。

第二部も余すところ半分を切った。


もう一つの「メリー・ウイドウ」 大阪大学工業会主催の音楽会で

2008-09-03 18:28:29 | 音楽・美術
前の日曜日(8月31日)、久しぶりに大阪大学の吹田キャンパスを訪れた。大阪大学コンベンションセンターMOホールで催される演奏会形式の喜歌劇「メリー・ウイドウ」のチケットを頂いたのである。大阪大学工業会主催第9回音楽会とあったが、私の頭の中ではこの二つが結びつかない。大阪大学工業会とオペレッタのつながりを見つけ出すという好奇心もあった。吹田キャンパスにどう行けばよいのか思い出せないので、阪急茨木市駅前から近鉄バスに乗ったら終点の阪大本部前まで30分もかかり、会場に辿り着いたのは開演5分前だった。すでに500席の会場は満席で立ち見の観客が壁際を埋め尽くしているのには驚いたが、運良く?通路のステップに腰を下ろすことができた。

オペラやオペレッタの劇場ではオーケストラ・ボックスに楽隊が入るのが普通であるが、このホールでは楽隊が舞台の上に上がっている。歌い手はその前で歌うのである。オペレッタとしての舞台装置は何も無い。岩本泰昌さんという方の司会進行で幕が開いた(と書いたが元々から幕は開きっぱなし、というよりこのホールには幕がないのである)。

楽隊はAPAオーケストラで「日本アマチュア演奏家協会」が正式名とのことである。全国で1000人ほど登録しており関西では400人のメンバーが室内楽やオーケストラなどの演奏を披露しているとのことである。このオーケストラの演奏をバックに歌手が「メリー・ウイドウ」のさわりの歌をアリア、二重唱、合唱で洩れなく歌っていく。ハンナとダニロ、ヴァランシェンヌとカミュはプロの歌い手さんで、全体の牽引車役を務める。ハンナは私が最近聴いた佐渡裕プロデュース「メリー・ウイドウ」のハンナ役、塩田美奈子さんに優るとも劣らぬ素晴らしい歌いぶりである。実は塩田さんはハラハラしながら聴いた場面があったがこのハンナさんは安心して聴けたので、「ヴィリアの歌」では感動で思わず声援を送った。ちょっと胸を張ってお断りしておくと、ハンナさんは私のヴォイストレーニングの先生なのである。

プロの歌手に加えて、歌好きでそれなりに研鑽を積み素人離れした方たちが舞台に上がっていた。合唱団もそうである。この歌い手さんとオーケストラの調和がまたよい。オーケストラは時には朗々と奏でるが、じんたぽい演奏にも味があって浅草オペラを連想したりした。それでもプロ、アマ入り交じって男性七重唱「女、女、女!」などをやってこなすのだから立派なものである。全体が「メリー・ウイドウ」歌のアンソロジーとして流れたのが実に楽しかった。

歌と歌の間を司会進行役が物語の解説で埋めていく。物語を要領よくまとめて過不足なく舞台の展開を説明していく。またその語り口の軽妙洒脱なこと、関西弁が生き生きとしていて気の利いたアドリブが随所に飛び出る。聴き手を捕らえて放さない話術に脱帽である。風貌からすると岩本さんは工学部の教授として十分通用するけれど、もしそうだとしたらこの類いまれなき芸能の才を工学部などで燻らせるのは勿体ないと思った。岩本さんは狂言回しとして佐渡裕の舞台でのご同役より遙かに達者であると私は断言する。「実はこのあと二人はひしと抱き合いキスを交わすのでありますが、大学構内のことゆえ禁じられておりますので・・」との解説に、ではカンカン踊りはなしか、とがっかりしたが、なんとなんと第三幕のあのシーンで踊り子八人がフレンチ・カンカンを始めたものだから感激である。さすが大股開きはなかったけれど、大学構内ゆえ節度をわきまえ真面目にスカートを捲ってお尻を突きだしてくれたのには言葉を失ってしまった。大阪大学開闢以来の歴史的イベントに遭遇して、これだけでも訪れた甲斐があったと云うものである。

オーケストラのメンバーの中にも、また歌手にも大阪大学卒業生が加わっているので、このような催しが大学構内のホールで開かれたのだろう。学生相手の講演会では25人ぐらい集まるのが関の山だったらしいが、音楽会などを開くともっと聴衆が集まるのではないかというところからこの企画が始まったとのことであった。その策が見事図に当たり、通路に座る人が出るほどの大入りになったのだから、企画とはほんとうに大切なものだと思う。大阪大学でもホールがまずありき、と箱物から始まったのかも知れないが、企画が箱物を活かせる実例を見せて貰ったのもよかった。

最後に以下の方々に無料チケットの御礼を申し上げる。



大分教員汚職 衆知をあつめて対応策を

2008-09-02 23:54:54 | 学問・教育・研究
昨日(9月1日)の朝日朝刊によると、08年度の教員採用試験で、得点改ざんにより不正に合格したとされる教員21人に大分県教育委員会は自主的に退職するかどうかの回答を9月3日までに求め、退職しない教員は5日をめどに採用を取り消す方針を明らかにしたとのことである。

件の教員が自らの意志で退職するのならいざ知らず、教育委員会が自主的退職を促すこと自体責任逃れであるが、さらに退職しない教員に採用取消処分を科すのは、教員が不正の行われたことを一切関知しない場合には社会正義に反すると私は意見を述べた。どうしたことかこのブログと、引き続いて述べた教員採用試験の見直し提言のブログがGoogleの検索でそれぞれトップに出てくるのである。内容の妥当性が評価されてのランク付けとは思わないが、それでも発言への責任を実感させられた。




そこで重ねての提言である。採用取り消しは公職選挙法での連座制の適用を連想させるが、教員汚職の処分としてはどのような法的根拠があるというのか。法的根拠なしの恣意的な処分であろうと思うが、それなら採用取消処分に先立ちまず教育委員会が連帯責任を負って委員総入れ替えを行うべきであろう。新しい教育委員会で社会正義を損なうことなく県民の、そして国民の納得のいく解決法を見いだすために衆知を結集して頂きたいと思う。

辞意表明で福田首相に親近感 そして政界再編成を期待

2008-09-02 10:51:47 | Weblog
夕べたけしの番組を観ていたら「福田首相辞意表明」というテロップが流れたので、急いでMHKに切り替えた。何となく感じてはいたが思ったより早かった。

小泉内閣時代の福田官房長官は洒脱で飄々としており味があって、その現れの一つが「ひとごとのよう」なしゃべり方だった。これは首相になってからも変わらず、昨夕も辞意表明の記者会見で、最後の質問者が「総理の会見が国民にはひとごとのように聞こえる。辞任会見もそのような印象を持った」と質問を切り出したのも宜なるかなであった。それに対して福田首相はどうしたことか感情をあらわにして「『ひとごとのように』とあなたはおっしゃったけどね、私は自分自身のことは客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」(強調は引用者)と気色ばんだことがとても印象的だった。というのは私には福田さんの『自負』が実によく理解できたからである。

私もたまに感情を露わに出すことがある。妻がピントはずれのとんちんかんな受け答えをすると(これが多いのであるが)苛立って「人の話をまずちゃんと聞け」と文句をいうのであるが、ふとそんなつまらないことに拘って苛立っている自分が可笑しくなって、時には文句を云っている途中で突然噴きだしてしまうのである。締まりのないことがおびただしいのであるが、だから福田さんの言うことが痛いほどよく分ったのである。せっかくだから、福田さんも気色ばんだあと、「宰相の心の中を思いやる想像力の一欠片もない若造の言ったことに苛立つとは何と自分も青いものよ。ばっかじゃなかろうか」とそこで自分を笑い飛ばして記者会見を締めくくったらよかったのにな、と思った。

それはともかくこのような事態になったからには、国会解散、衆議院総選挙を一刻も早く行い、成り行きによっては新党結成で新たな政局を作り出すべきである。自民党が公明党を当てにせずに自力で選挙を戦い抜き、自らの力の状況を正しく把握することが、新しい展開には必須である。参議院での野党優勢の現状を与党優勢のあるべき姿に戻す政界再編成がわが国にとっては最重要の課題なのではなかろうか。

教員採用試験の見直しこそ

2008-09-01 16:53:20 | 学問・教育・研究
私が理学部に入学したのは昭和28(1953)年で、その頃、先行きの見通しはきわめて暗かった。それで多くのクラスメートがなにはともあれと教員免許を取った。そのためには教育原理や教育心理など教職課程用の単位を取得して、また中学校や高等学校で定めら時間数の教育実習を行わなければならなかった。必要単位を取得するとその証明書を自治体の教育委員会に提出して免許状が頂けるのである。教育実習の時期になると多くのクラスメートがそれぞれの出身校に出向いていったが、私ははやばやと教員免許を取らないことに決めたので無縁であった。なんとしても研究者になりたいと思っていたので背水の陣を敷いたのである。

いろんな種類の教員免許があるようだが、それを持っているだけですぐにも学校の教師になれるわけではない。公立学校の教員になりたければ、各自治体の教育委員会が行う教員採用試験に合格し、採用候補者名簿に載せて貰わないといけない。この名簿に従って教員に採用されることになる。大分県教育委員会での教員採用試験の汚職はこの段階で発生した。

教員採用試験には一次と二次があり、概ね一次が学力試験、二次が人物試験となるようである。学力試験と云っても一般常識から専門知識にわたるようであるが、点数が改ざんされたのは、このような筆記試験の答案だったのだろうか。特定の受験者を合格させたいのなら筆記試験の採点をいじくって改ざんの痕を残すのではなく、面接試験とか模擬試験など、採点者の一存で決められる試験で、思いっきり高い点数を与えれば済む話ではなかったのか。もし筆記試験結果の点数をいじくったとしたらやり方があまりにも幼稚である。教育委員会の組織的犯行とは到底思えない。

教員採用試験の本来の目的は、子供に愛情を持ち教育に情熱を傾け、教育者を天職と心得る人材の選抜であるべきだと私は思う。その意味では一次の学力試験なんて不要である。そのためにすでに教員免許があるではないか。教師がかって習った知識を思い出しながら教室で生徒に教える、そんな馬鹿げたことをする教師は居るまい(その昔、そんな教師が居たことを思い出したが、例外であろう)。必ずや授業に先立ち必要なことをいろいろと調べて自分なりの授業内容を準備することであろう。教育現場で必要とされるのはそのような能力であるのに、試験勉強としてつめこんだ知識の多寡を測るような学力試験はおよそ無意味である。教育委員会のベテランはそういうことを先刻ご承知だから、筆記試験の点数をいじくることに何の罪悪感も覚えなかったのかも知れない、とすら私には思へてくる。

私は採用試験は人物考査の一事に尽きると思う。そのためには学科試験を廃止して教育にかける自分の思いと子供への愛情を思う存分語らせることである。400字詰め原稿用紙に少なくとも5枚分は書かせる。私のブログではやや長めの文章になる。問題はその採点方法で、私は配点の七割から八割は字の美しさに当てるべきであると思っている。

いくら内容が立派でも読みづらい字、汚い字のいわゆる悪筆ではそれだけで落第とする。自分の考えを伝えるにはまず文章を読んで貰わなければならないが、汚い文字では相手に対して失礼である。そういうことすら分からないようではすでに教育者としては失格である。読みづらい字で相手に読む苦労を押しつける。相手を思いやらないこの独善的な態度だけで失格である。そのような字を黒板に書くような教師では生徒が苦労するし、また生徒に馬鹿にされるのがオチである。字が綺麗か下手かはまず一目見ただけで分かる。それでバサッと選抜すれば十分である。字(文章)は体を表す、のである。そういえば昔の先生は皆字が綺麗であった。私が国民学校三年生で受け持っていただいた当時推定二十歳前後の先生の筆跡をご覧いただきたいものである。

字の美しさという事の一面のみを強調したが、要は教師としての適格者を選び出す新しい選抜方法を作り上げることに関係者は真剣に取り組んでいただきたいということなのである。