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麻生首相の「医師、社会常識欠落した人多い」発言に思うこと

2008-11-20 11:37:29 | Weblog
昨夜のNHKニュースで麻生首相が「社会的な常識がかなり欠落している人が多い」と発言したことを報じた。全国知事会の席上、地方が抱える医師不足の問題についてどう考えるかとある知事が質したのに対して、首相が自分の考えを述べるなかで飛び出した発言だそうである。どういう話の流れのなかでのことなのか、そしてこの発言の真意を知りたいと思ったのに、その後の官邸での記者団とのやりとりで「まともな医者が不快な思いをしたというのであれば、それは申し訳ない」と首相が謝罪した、とニュースは伝えてそれで終わりであった。

今日の朝日朝刊を見て、少しはその流れが見えてきた。《首相はさらに「(医師不足が)これだけ激しくなってくれば、責任はお宅ら(医師)の話ではないですかと。しかも『医者の数を減らせ減らせ、多すぎる』と言ったのはどなたでした、という話を党としても激しく申しあげた記憶がある」と続けた。その上で、医師不足の一因とされる臨床研修制度の見直しなどに取り組む考えを示した。》

上の『問題発言』とされる発言のあとで、このように話が続いたのである。それでも「社会的な常識がかなり欠落している人が多い」とのつながりが私にはすんなりとは見えてこない。取材したマスメディア関係者も同じような疑問を持ったのではなかろうかと思うのに、この『問題発言』の真意を首相に質した関係者が一人も居なかったのだろうか。それが不思議である。もし記者の一人でも麻生首相にその発言の真意を質せば、次のような答えが返ってきたかも知れない。「考えてご覧なさい。高齢者社会になって医師の需要がますます増えることはとっくの昔に分かっていた。国はだからこそ一県一医科大学の設置を推し進め、医学部定員を大幅に増やしてきた。それを医師会などは医者が増えると収入が減ると強引に政府にねじこんで、医学部定員を一割以上も削減させた。それが昨今問題になる医師不足の一因にもなっているではないのか。社会的使命より自らの収入を優先するような医師が居るからこそ社会的な常識が欠落している医師が多いと私は云ったのだ」

朝日新聞の伝える首相のその後の発言から私なりにこのような答えを忖度したのであるが、これが首相の真意であったとすれば『問題発言』でも何でもない。一つのまともな考えであるからだ。私が理学部から医学部に移った昭和54(1979)年に医学部の入学定員は120名であったがそれがやがて100名に削減され、その定員削減に関しては『医師会の圧力』が医学部常識になっていたからである。この辺りの事情は「医学部の定員の削減を望んだのは誰で、何故か」で詳しく述べられているが、昭和58年3月30日の参議院文教委員会における高木健太郎議員(医師)の次のような発言は『医師会の圧力』の代表的なものであろう。

《きょうの朝日新聞を見ましても、診療所の平均所得が、五十六年には年収に換算して約二千万円ぐらい、一般サラリーマンが平均年収が三百三十万円ですから、約六・五倍の診療所の収入があった。ところが、五十一年の場合にはサラリーマンの収入が二百四十万、そして診療所の方は一千九百四十万で、そのときには八倍であった。それがいまはもう六・五倍になった。これがさらに進むというともっと下がっていくんだ、しかも診療費その他の締めつけが、あるいは薬価基準等の締めつけがございまして収入が非常に減ってきた。こういうことから、お聞き及びだと思いますけれども、医科大学をつくり過ぎたんではないかという、そういう非難といいますかね、批評があるわけですね。》

一般サラリーマンの平均年収の約6.5倍に年収が下がった(当時)からと不満を述べる医師、どう考えてもまともな社会常識を備えているとは云えないだろう。

マスメディア、とくにNHKは麻生首相の『問題発言』の真意を質した上で報道すべきであったと私は思う。これは「漢字も読めない」麻生首相とは別の次元の話である。もし真意が私の忖度したようなことであったら、報道の主体は『問題発言』より医師不足問題の本質にもなり得たと思うからである。

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医師不足問題とは言うけれど、、、 (HIRO)
2008-11-21 03:40:48
いつも、先生のブログ楽しく読ませていただいております。今日の一文は私の眼をじっとここに貼り付ける重いものでした。
医師不足問題というのは言うまでも無く全体の医師の数の問題ではなく、診療科毎の医師の偏在の問題としてその本質を捉えなおす必要が有ると思います。上記リンク「医学部の定員の削減を望んだのは誰で、何故か」に有るような数学的、統計学的な予測などかけらも出来ない互いの利益を誘導する事に必死なレベルの国会議員の論議などは別に与太話として脇に置くとしても、いくら全体の数を再上昇させたとところで、現在不足を叫ばれている救急、小児、産科のような診療部門の従事者たる医師数が容易に増えるはずが無いと思います。
事ここに至るまでにはそれなりに長い「日本人個々の資質と日本のシステム」を崩壊させる複合的な流れの存在があったわけで、しつこく言いますが、医学部の定員を今の50%増にしたところで何も変らないでしょう。独立採算制の名の下に文科省に白旗を揚げた大学医学部、旧態依然たる教授-医局システムにおける求心力の「当然の」低下に伴う医局からの医師派遣システムの崩壊(例えば最近の若い外科医師などは訳の解らない徒弟制度でいつまでも患者を任せてもらえない大学ではなく、症例の多い外の良い病院を当然志向します。一年で主執刀の症例5件の大学と、一月20例の病院とどちらが勉強になるでしょうか。)、時代の流れで当然のように増えてきた女医と彼女達の選択診療科をみればその歪みはどこに行くのか、そのような背景が全く語られず、マスコミの準備したマッチポンプの文章が当然のようにこの医師不足を語る時の主材料になっている悲惨さを垣間見るにただ新聞やインターネットの多くの討論の質の低さには、安っぽい言葉ですが「暗澹」とするばかりです。
今も昔も新聞記者などは所詮、売文の輩。羽織ゴロの本質は何も変わりません。正義を標榜する輩こそが最も訝しむべき人物である事は今も昔も変らないのではないでしょうか。診療所などを経営し日本医師会の利益誘導に熱心である一部の医師を除いて、殆どの医師は日本医師会など「どうでもいい」存在であり、平均的なまともな医師であればいつも自己研鑽に熱心で、技術の研鑽に貪欲です。結局は医師になる事を有る程度のお金を稼ぐ事と勘違いして医学部に入ってきた人間で無い限りは、普通、技術や知識を勉強する事こそが患者さんを救う喜びの元なのです。そして大部分の医師が、その忙しさに愚痴をこぼしつつも、日夜必死で患者さんのために診療をしていることを忘れないで頂きたいと思います。
麻生さんのようなあらゆる意味で低資質の人間に、現場の医師の仕事を知っている人間に関して低レベルの議論をされるのは甚だ義憤を感じざるを得ません。
また、日本は先進国の中では全く医師数などは問題にならないくらい人口比において少ないこと、更に言えば、医療費の抑制の先進国であるニュージーランドで何が起きたのかネット等で調べれば今の医療に関する議論が、いかに的外れな無意味な討論になっているのかというのが良く見えるのではないかと考えます。
長々と雑文を先生のページに書き込んでしまいました事をお許しください。
本文とは全く関係ないことなのですが、私の母は満鉄に鉱山技師として勤めていた亡き祖父の仕事の関係で今で言うところの平壌で産まれたのだそうです。そのこともあって、先生の文章に当時の母の周囲の世界はどうだったのかいつも推測させて頂く材料が揃っており、楽しんで読ませていただいております。

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