日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

平井康三郎の「白き瞳」?

2008-05-22 22:06:19 | 音楽・美術
平井康三郎は私の好きな歌曲を沢山作った作曲家である。音楽之友社から平井康三郎名歌曲集が四巻出版されている。しかしこのなかに「白き瞳」は出てこない。インターネットで探しても出てこないだろう。それはこういう次第なのである。

今日はヴォイストレーニングの日で、いつものように準備体操と発声練習の後、サルバトーレ マルケージのItalian MarchesiからScala diatonica(全音階)を歌う。音程がしっかり取れてレガート、クレッセント、ディクレッセントがちゃんと歌えると気持ちがよい。そのためにも言葉を覚えることに集中した。

歌曲に移って私の歌ったのは平井康三郎作曲の三曲、「ふるさとの」、「平城山」と「ゆりかご」である。「ふるさと」の歌詞は石川啄木の歌である。

  ふるさとの山に向ひて
  言ふことなし
  ふるさとの山はありがたきかな

  やわらかに柳あをめる
  北上の岸辺目に見ゆ
  泣けとごとくに

かれこれ50年前の大学院生だった頃、啄木の歌碑を探し求めて盛岡を訪れてその周辺を歩き回ったことがある。二番目の歌の歌碑が北上川の堤上に建っていたのをカメラに収めたが、その写真は今や行方不明である。アメリカに留学していた頃、よく歌ったものである。

「平城山」は北見志保子の歌に作曲したもの。これも多感なりし青年の頃の愛唱歌であった。マルケージで習ったポルタメントを早速応用、先生のすすめで和風ポルタメントとしたところ、一弦琴の歌に似た趣となったのが面白い。

そして「ゆりかご」。平井康三郎の作詞作曲である。

  ゆりかごに ゆれて
  しづかに ねむれ
  風は そよそよと
  白き腕(かいな)に 吹くよ

  ゆりかごに ゆれて
  しづかに ねむれ
  風は夢をさまし
  黒き瞳に 吹くよ

世の中が食糧難だった中学生の頃、夏休みになると南北のガラス戸を開きっぱなしにしている二階の部屋を海風が通り抜けてとても涼しい。畳にごろっと横たわると平和な昼寝の時間となる。ふと目覚めて風の動きを感じる。そうしたときに自然とこの歌が口をついて出た。

「白きかいな」とは何ですか、と歌う前に先生に聞かれた。「かいな」のことかいなと「腕のことです」と答えた。そのやりとりが頭に残っていたせいであろう、二番の最後を思い入れたっぷりと「白き瞳に 吹くよ」と歌ってしまったようである、余韻もさめやらぬ間、先生に「白き瞳でなくて、黒き瞳ですよ。白き瞳だと死人みたい」と言われて思わず吹き出してしまった。涙の出るまで大笑いして一巻の終わり。だから「白き瞳」は平井康三郎の歌曲集にも出てこない。

そういえば黒木瞳という女優さんがいたけれど、この歌を知っていて「失楽園」を演じたのだろうか、とふと思った。


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