日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

大阪大学大学院医学系研究科教授会の摩訶不思議な行動

2007-06-15 19:46:09 | 学問・教育・研究
《大阪大学医学系研究科は14日教授会を開き、同研究科の下村伊一郎教授らが、肥満と糖尿病に関する研究で04年に米科学誌に発表した論文を取り下げるよう、本人に通知した。捏造(ねつぞう)、改ざん、盗用などの証拠は認められなかったが、実験がずさんで不備があり、不正の疑いがあると判断した。同大は、指導していた学生がデータを捏造して論文を書いたとして、昨年2月にも下村教授を停職14日の懲戒処分にしている。》(asahi.com 2007年06月14日)

下村伊一郎教授といえば論文データ捏造事件で停職14日の処分を受けた方である。私はその処分の軽さに唖然として大阪大学大学院医学系研究科教授会の見識を疑ったことがある。そ話がまだ続いているのかとちょっと教授会を見直しかけたのであるが、どうも話の辻褄が合わないことに間もなく気付いた。

データ捏造事件で取り下げた論文は「ネイチャーメディシン」に一度は掲載されたものである。ところが上の記事で問題にされているのは、米科学誌サイエンスの電子版に04年12月、雑誌に05年1月に掲載されたものと云うではないか。また新しい事件なのである。

報道された掲載時期から判断すると、これはScienceに掲載された「Visfatin: A Protein Secreted by Visceral Fat That Mimics the Effects of Insulin」というタイトルの論文であると思われる。しかし新聞記事からは何が発端になってこの論文が問題になり、またどのような経過をたどって教授会が下村教授にこの論文を取り下げるように通知するに至ったのか、その詳細が一切分からない。その事情が分からないままではあるが、データ捏造で論文を取り下げた責任者の下村教授を停職14日で済ませたこの教授会の見識のなさに呆れた私の先入観が働いて、つい「アホかいな」と呟いてしまった。

教授会がお節介なのである。私の論文に教授会が「捏造(ねつぞう)、改ざん、盗用などの証拠は認められなかったが、実験がずさんで不備があり、不正の疑いがあると判断したから、取り下げるべきである」などと、私も納得する根拠なしに、横から口を出したとしたら、怒髪天をつくであろう。研究者であることを否定する不法干渉だから当然である。

私は論文捏造事件の責任者である下村教授が現職にとどまっていることには納得していない。しかしその心情と、今回の教授会の決定に対する私の不審とは別物である。教授会が同僚教授に対して「論文の出来が悪いから取り下げよ」と云うのは、それが強制力を伴わない現状である以上、たんなるお節介に過ぎないのである。そういう無意味なことに教授会が時間とエネルギーを浪費すべきではない。

重要なことは上記のScience論文の評価を確立することである。具体的には以下に引用する抄録に記されているいくつかの結論の正否を明らかにすることである。必要とあれば当事者に追試をさせればいいではないか。

「Fat tissue produces a variety of secreted proteins (adipocytokines) with important roles in metabolism. We isolated a newly identified adipocytokine, visfatin, that is highly enriched in the visceral fat of both humans and mice and whose expression level in plasma increases during the development of obesity. Visfatin corresponds to a protein identified previously as pre-B cell colony-enhancing factor (PBEF), a 52-kilodalton cytokine expressed in lymphocytes. Visfatin exerted insulin-mimetic effects in cultured cells and lowered plasma glucose levels in mice. Mice heterozygous for a targeted mutation in the visfatin gene had modestly higher levels of plasma glucose relative to wild-type littermates. Surprisingly, visfatin binds to and activates the insulin receptor. Further study of visfatin's physiological role may lead to new insights into glucose homeostasis and/or new therapies for metabolic disorders such as diabetes.」

結論はきわめて明瞭である。これらがたとえ一つでも事実と異なっていることを教授会は確認しているのだろうか。

上記論文は発表されてから2年以上経過しており、その間すでに少なくとも200編ほど他の論文により引用されている。論文が200回も引用されるとは大変なことであると私は思う。分野で違いがあるにせよ、私の論文で100以上引用されたのは残念ながらない。それでも二桁引用で十分満足しているのである。上記の下村論文を引用している論文全てが、下村論文を否定し去っているとは私には思えないのである。

下村論文が200編もの論文にどのように引用されているかを調べるだけでも、かなり客観的な判断を下すことが出来るはずである。その様な調査をも行った上での今回の教授会の決定なのであろうか。そのあたりの事情をぜひ明らかにしてほしいものである。

繰り返しになるが私は下村教授の肩を持つのではない。大阪大学大学院医学系研究科教授会の私の常識では理解できない『論文取り下げ勧告』という行動に、私の『天の邪鬼』が勝手に反応してしまったようである。教授会は中途半端な処置でお茶を濁すのではなく、阪大杉野事件で大阪大学大学院生命機能研究科が作成した調査報告書のようなものをまずは公表すべきである。