日々是好日

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画期的な多比良和誠東大教授の懲戒解雇処分理由

2006-12-28 11:10:37 | 学問・教育・研究
東京大学は昨日、平成18年12月27日に「本学教員のRNA関連論文に関する懲戒処分」を行い記者発表をした。

《教員のRNA関連論文に関する懲戒処分について

東京大学は、本日付けで、大学院工学系研究科所属の教員が信ぴょう性と再現性の認められない多数の論文を共同で作成・発表していたことに関し、下記のとおり懲戒処分等を発令した。》

その懲戒処分の主な対象は多比良和誠教授と川崎広明助手であり、ともに懲戒解雇という厳しいが当然の処分であった。その処分理由も公開されており、多比良教授の処分理由は別紙1にある。

多比良教授処分理由は6項にわたるが、下に引用する最初の二つの項目は特に注目に値する。

《1.多比良和誠教授(以下「多比良教授」という。)は、責任著者として論文の科学的な信頼性について最も重い責任を負い、論文の発表に関する最大の権限を有する立場にありながら、川崎広明助手(以下「川崎助手」という。)の提示した実験結果について慎重な検討を加えることなく、川崎助手と共同で再三にわたり信ぴょう性と再現性の認められない論文を作成し、国際的な学術誌に発表した。
 2.同人は責任著者の立場にありながら、問題とされた論文の対象領域である分子生物学の細胞実験について、その妥当性を的確に評価し得るだけの識見を有しておらず、川崎助手が行ったと主張する一連の実験の具体的な企画立案や進行管理にもほとんど関与していなかった。また、川崎助手によって提示された実験の結果について、その生データを系統的にチェックすることもなかった。》(強調は私)

阪大杉野事件では教授自らがデータの改竄などの不正行為を行った、という極めて特異な事例であったが、この東大多比良事件は起こるべくして起こった、いわばふつうの論文捏造事件であるだけに、責任著者への当然であるが厳しい処分は、学界に大きな波紋を広げることになるだろう。

第一項目での責任著者が、論文の科学的な信頼性について最も重い責任を負い、論文の発表に関する最大の権限を有する立場にある、との判断は実はまったく当たり前のことなのである。しかしこの正論が大学では通用してこなかった。

その卑近な例が大阪大学医学部論文捏造事件である。捏造論文の責任著者である下村伊一郎教授が、当初の停職3ヶ月という処分案に対して、「処分されるほどの責任はない」と主張したら、なんと大学側が停職14日にしたのである。私は「お天道様が許さない」と云わざるをえなかった。

このたびの東京大学の処分理由は、その正論を正義のよりどころとした点で画期的であると私は思う。ようやく当たり前のことが当たり前として通用するようになったのである。厳しい世間の目が意識されたのかも知れない(好奇心旺盛の方は【正論】を新明解辞典(私のは第五版)でご覧あれ。)。

そして第二項目、ここまで云われたらこの教授はもう形無しである。それだけに止まらない。これが政界なら任命権者の責任問題になるのは必然であろう。実質的にはこの教授を選んだ『人事委員会』ということになるだろうが、野党がない大学だからこそそこまで追求されないだけのことである。

このなかで、生データを系統的にチェックすることもなかった、のところは特に注目に値する。責任著者にそこまで求めているのである。『自分で実験をしない、その実、実験をもはや出来なくなった教授』では勤まらない。

私は実験科学の分野で『自分で実験をしない、その実、実験をもはや出来なくなった教授』が、百万言を費やして研究者としての正当性を主張しようとも、一顧だにしない。『教授』を『研究者』と置き換えてみてこの文章が成り立つかどうかを考えればよく分かる。一編の論文に一部といえども自らの実験データでもってその完成に寄与できるの者のみが研究者の名に値する。

誤解のないように云っておくが、私は(実験)研究者であることを断念または抛棄した『教授』には、それなりの行き方があると思っている。たとえば、大学の管理運営一つをとっても専任に値する重要な業務ではないか。ただ『研究者』のふりをするな、と云っているだけのことである。

昨日のエントリーで紹介した佐藤優著「獄中記」で著者は《学者にしても、メディアによく登場し、政府の諮問委員になっている学者たちは「政治屋」で、アカデミックな水準に限界があります。本当に研究に打ち込んでいる学者は「公の世界」に関与する余裕などないのです。》(109ページ)と述べている。文系の学者にして周りの見る目がこうである。まして実験研究者においておや、である。

報道によると多比良教授の代理人である弁護士が処分について「実験担当者ではない教授を懲戒解雇とし、法的な責任を問うことは妥当ではない」とのコメントを出した。賛否に関して学者の動向がどう分かれることやら、興味津々である。公の場で徹底的に論議が交わされることを私はまず希望する。