星のひとかけ

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ミステリと純文学をつなぐ 土地と家族の物語:今年読んだ本の中から

2022-12-14 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
今年も残りあと半月ですね。 
去年から今年にかけて わりと沢山の読書ができたと思います。 そのわりには日々の読書記はあんまり多く書けていなかったみたい…

一冊を読み終えるとつい次の本を、と気持ちがそっちに向かってしまい… 読書記を書く時間がとれなくなってしまって。。
今年読んだ本のなかから、(新作ばかりではありませんが) 読んで良かったといま思い返せる本を、 フォトと一緒に挙げてみますね。。

つねづね、、 読書をするとき私は、 その土地 その国 その時代に生きる人間の背景がきちんと描かれているかどうか、というのが読みたい選択の基準になったりします。 以前、ヨハン・テオリンさんの四部作について書いたときに(>>)、 「人間はその個人が生まれた限られた時間の中だけで生きているのではなくて、 その土地の長い歴史、 地域性、 自然環境、 そういうものの中で 人と人との関係性がつくられていって、 怖ろしい事件もそうした固有の歴史の中で起こるのだ」 と書きましたが、そのようなこと。。
犯人への謎解きの面白さやどんでん返し、というのは読書の興味の一側面であって、 やっぱり人間の物語が読みたいと思っているのです。


近年、純文学とミステリの垣根はあいまいになってきている気がします。 人間の行為はつねにミステリアスなものだし、 謎や罪を持たない人などいないですものね。 だからここに挙げるのも ジャンルには縛られない作品です。

 ***


『川は静かに流れ』ジョン・ハート著 東野さやか・訳 2009年 ハヤカワミステリ文庫

ジョン・ハート作品は初めてです。 ノースカロライナの農場を舞台にした家族の物語。過去の犯罪の嫌疑で故郷を去った青年、農場主の父と義理の母や義理の兄弟との複雑な感情のやりとり。 美しく成長した農場の使用人の娘との再会。。 家族への想い、家族との亀裂、その感情はとても丁寧に描かれています。 
青年の帰還のうわさが地域にひろまる間もなく、新たな殺人事件が・・・

家族を守る、 家族の結束、 《父》という存在の大きさ、、 などアメリカ人がもっとも重視するテーマなのだろうな、と思いつつ読みました。 ほのかな恋の波乱も注目されました。 が、〈男のなかの男〉のように描かれている農場主と、彼に義理を尽くす使用人の想いなどが、なぜそこまで… とよく実感できない部分もあり、 それが古き西部劇的な土壌も感じさせ。。 
謎解き的にはラストはすこし無理やり感もあったかな…



『鉄の絆』ロバート・ゴダード著 越前敏弥・訳 1999年 創元推理文庫

名匠ロバート・ゴダードが描くのは、高名な詩人を祖父に持つ英国の一家の物語。 1930年代のスペイン内戦に義勇兵として身を投じて命を落とした詩人、という設定は、時代が百年違うけれども まるでバイロン卿を想わせる設定で、 バイロン好きには興味津々。
その若く死んだ詩人の遺したものや、前世代が築いた財産で一家の生計が維持できるというのだから、 それなりの階級の暮らしが描かれます。

スペイン内戦時代のその祖父(詩人)の手紙や、当時の義勇兵仲間の生き残りなども登場して、 物語の鍵は 金なのか 名誉なのか 欲望か 正義か、、 歴史学者でもあるゴダードゆえ 話のスケールが大きいです。 過去の出来事が現代の犯罪の謎と結びつく経緯も、ゴダードならでは手腕、、

唯一もったいないのは、、現代に生きる末裔たちの行動がなんだか情けないところがいっぱいあって(タイトルが「鉄の絆」なんだよ、一族のきみたち…)、、 読み進むほどに、物語冒頭で殺されてしまうおばあ様の死が気の毒に思えてしまったのでした。。



『われら闇より天を見る』クリス・ウィタカー著 鈴木恵・訳 2022年 早川書房

この作品、、今こんなに大絶賛されているとは知りませんでした。 最近の書評や本の広告などに必ず取り上げられていて驚いています。

舞台はカリフォルニアの断崖沿いの町。 30年前にひとりの少女が事故死し、少女を轢いた同級生の少年が刑務所へ送られた。その事件が仲間を引き裂き、その後の人生を狂わせた。
30年後、少年のひとりは警察官になり、、 事故死した少女の姉はアルコール依存と貧しさの中、ふたりの子供を育てている、、

貧困、アルコール、家族の死、ヤングケアラー、偏見、孤独に孤立、、 これでもかと押し寄せてくる困難のなかで必死に母と弟を守ろうとする13歳の少女の健気さ、、折れまいとするプライドが痛ましいほど際立って描かれています。 たしかに感動的な物語です。 救われて欲しいと願わずにいられない… けれども 家族を守るのは自分しかいない…その思いの強さが思い込みの強さとなって 物語をゆがめている、と私には思えて、、

過去に縛られている警官も、 友への想いの強さ、生まれ育った土地への思い入れの強さ… それが警官として見なければならない部分を見えなくし、 事件をさらに困難なものにしている。。 その歪みを人間の悲しさと言えばそうではあるけれどもなんだか痛ましい… 小説としてのカタルシスを強めようという著者の思いの強さに思えてしまうのは 私の読みが穿ったものだからでしょうか…

著者さんの影響を受けた作家に コーマック・マッカシーやジョン・ハートの名前があとがきに挙げられていましたが、、 舞台設定や登場人物の会話など、、影響は強く感じました。    



『漆黒の森』 ペトラ・ブッシュ著 酒寄進一・訳 2015年 創元推理文庫

舞台はドイツ、黒い森に隣する小村。 取材のためその森をトレッキングし、遺体を発見してしまったジャーナリストの女性。 彼女は、(半ば仕事のネタとして)捜査担当刑事に強引につきまとう形で真相究明にかかわっていく。

よそ者に対する住民の閉鎖的な反応や、村の隣人同士の濃密なつながりゆえのねじれた憶測や、 被害女性の一家の なにかしら闇を秘めた家族ひとりひとりの描写や、、たいへん筆力のある書き手だと思います。 過去に起こった事件の真相もふくめて、謎は最後のさいごまでわからないし、ミステリーの構成としては十分に読み応えあるダークミステリー。

ただ、、 登場人物のある精神的な特殊性をクローズアップして それに対する刑事の認識や言葉の使い方が(それが事件に必要とはいえ) 違和感をおぼえました。 
最近のミステリ小説で、 コミュニケーションに障害のある人などを事件のキーパーソンとして、、その人の特殊性や人と違うことへの偏見を 犯人さがしの目くらましとして設定することがわりとみられます。 物語上、有効な効果をもたらす場合もあるけれど、 精神や身体の特殊性に余りにも頼ったミステリには配慮が必要かと…



『忘れたとは言わせない』 トーヴェ・アルステルダール著 染田屋茂・訳 2022年 角川書店

スウェーデンのちいさな町、、湖や森の美しい自然はあるけれども産業はさびれてしまった感じのする町が舞台。 23年前に起きたふたりの少女の失踪事件。 犯人として当時まだ14歳だった少年に容疑がかけられ、 彼は少女の殺害を自白する、、 しかし遺体は見つからなかった。
それから23年、、 あらたに起きた殺人事件を捜査する途上で、 過去の事件のまだ解けていない謎が次第に浮かび上がってくる…

事件を担当する新米の警察官補(そういう職種があるんですね…)の女性エイラのキャラクターが良いです。 認知症の母と社会性のない兄を持つしんどさの一方で、ひたむきに捜査にあたる姿、 ひとりの若き女性としての心情、、 ぜんぜんエキセントリックなところのない自然さがかえってリアリティを感じます。 

事件に関係するのがみな同郷の幼なじみや顔見知りや、、 それゆえの感情の深さや難しさも丁寧に描き込んでいて、 ささいな登場人物でもその人の背景を感じさせるような書き方です。 先の『漆黒の森』で、人間の特殊性への偏見について挙げましたが、、この作品にもそういった問題は描かれていて、、 けれどもこの作品では、人間の偏見・先入観がものを見えなくしてしまっていることに重点をおき、問題視しています。 

この作家さんについては、 以前に『海岸の女たち』という作品の読書記を書きました(>>) あの作品も人物造形や人となりを表す描写にとても優れていました。 また、人間の偏見、読者である私の偏見へメスを突きつける作品でもありました。 どちらの作品が、と言われたら私は『海岸の女たち』のほうに当初は強烈なインパクトを感じたのですが、 どちらもぜひ読んでみて欲しいです。
『忘れたとは言わせない』の主人公の女性やその家族の人生、これからの行く末、、それでよかったのだろうかという未解決の部分もふくめて、余韻も残す良い作品だと思います。 

この本はシリーズ化されるそうで、、 中央から応援に派遣された(ワケありの感のある)ベテラン刑事も(次回も登場する…?)、、 次作の展開が楽しみです。



『光を灯す男たち』 エマ・ストーネクス著 小川高義・訳 2022年 新潮クレストブックス

推理小説ではありませんが…
英国 孤島の灯台に駐在する3人の灯台守が一夜にして姿を消した。 灯台は施錠され、船が近づいた形跡もなかった。。 本当にあったというこの未解決の事件を下敷きにして書かれたフィクション。

物語は 3人の灯台守失踪から20年が経ち、 その遺された妻たちへ事件の真相を聞こうとジャーナリストが訪れる、、 という設定で始まります。 妻たちひとりひとりの証言と、 当時の灯台守の男たちの描写が交互にあらわれ、、 なにが起こっていたのかが次第に見えてくる、という書き方になっています。

私は、この小説のタイトルから 灯台守の男たちの物語であると思って読んだのですが、 じつはこれは女たちの物語でした。 灯台守が灯台に駐在している期間、 残された妻たちは近くの海岸の社宅で暮らすのですが、 そのような離ればなれの家族の心に生まれてくる感情の齟齬、、 空白の時間がもたらすさまざまな想像、 それが確信へ、、 やがて起こる悲劇…
(事実をもとにして)よくこれだけのドラマを創り上げたなぁ… と最後まで引き込まれました、、

、、私が勝手に 灯台守という職業をする人は 宇宙飛行士とおなじくらい精神的に強い人たちだろうと思い込んでいるせいかもしれませんが、、 灯台守の男たち相互、 そして妻たちの関係が、 どんどん複雑にもつれていき、 疑心暗鬼になっていく様子が (そういうものだろうか…)と 心苦しく悩ましく、、

灯台に閉じ籠って働くこと、 海に閉ざされていることの魔力のようなものが、 もう少し迫ってくれば… 、、そこが鍵になったはず…



『マリアが語り遺したこと』コルム・トビーン著  栩木伸明・訳 2014年 新潮クレストブックス

この本を家族のミステリ、 家族の物語、という中に加えて良いかどうかわかりませんが…
イエスの存在、イエスのなされた奇蹟や復活、、 それは永遠のミステリでもありますし、、 何よりこの物語は、 聖母マリア様としてではなく、ただひとりの母マリアという立場から息子を語った 〈家族の物語〉なのです。

この本もタイトルと美しい表紙を見て選んだ本です。 そのために読んでいる間は、聖母マリアの言葉とはぜんぜん思えない内容に (いったいこれは何なのだろう…)とはじめは理解不能、、感情移入もできない状態でした。 、、でも、 時間が経ってからだんだん だんだん、、 考えてみれば母マリアは初めから宗教画に描かれたような聖人だったのだろうか… 奇跡を起こすような子を産むと自覚していたのだろうか… (天使のお告げなどの絵画もありますけれど)、、 ひとりの母というマリアを考えてみるのもありかもしれないと思い始めました。

ひとりの子供を育てた母親、、 子供の頃はすなおで良く父の仕事を手伝った孝行息子だったのに、 いつの頃からか母にはよくわからない思想をもち、 家を出ていき、 人々を集めて教えをひろめて歩く。 その集団は民衆を危険な考えに導くとして役人から睨まれるようになっていく、、 そのように変貌していく息子を理解できず、 ともに暮らすことのできない苦しみを語る母の物語。 ここではすでにイエスは処刑されていて、老いたマリアから信徒たちがイエスの話を聞こうとしています。

「カナの婚礼」や「ラザロの復活」などの場面も、それを母の立場で見た記憶として語られ、 それは奇跡とはまったく異なっています。。 キリスト教圏の読者からしたら衝撃的でしょうし、このようなマリア像は受け入れ難いだろうと思います。 でも、自分の育てた息子がいつのまにか家を棄て、 人々を導く教祖になっていたとしたら… とマリアの複雑な心情と 現代のさまざまなことに想いを巡らせてしまいました。 いつかまた読み返したい本です。

 ***

以上7作のなかで、 どれかをお薦めするとしたら… 

ん~~、、難しいですね、、 それぞれ国も 地域性も いろいろ異なった作品が読めて 選ぶのは難しい それぞれが力作。 でも、 トーヴェ・アルステルダールさんの『忘れたとは言わせない』 の今後の展開への期待もこめて、 こちらとしましょうか。


今年の読書の最大の収穫は…

(新作ではないけれど) 2月に読書記を載せた マイケル・オンダーチェ著『アニルの亡霊』です(>>)。 時間が経っても、、 時間が経つほどに、、 深く 美しく 彼らのことが想い出されます… アニルのこと、 サラスとガミニの兄弟のこと、 妻を喪ったアーナンダのこと、、 サラスとガミニが愛したひとのこと、、 そういえばアニルの家族のことも書かれていました、、 
『アニルの亡霊』も内戦下の政府による虐殺の真相を探るミステリー要素のある作品でしたし、 『戦下の淡き光』や『ディビザデロ通り』など、 マイケル・オンダーチェさんの作品にはみな 謎を秘めたミステリ要素がかならずありますね。 ほんとうに純文学作品とエンターテインメントのミステリー小説の境界は狭まってきている気がします。。

『アニルの亡霊』、、(読んでいた間はつらく悲しかったけれど) 思い返すほどに、 これは愛するひとへの想い、 自分たちが生きているこの土地と暮らしへの想い、、 その美しさが描かれた物語だったことを感じます。

今年のブッカー賞は マイケル・オンダーチェと同じ スリランカ内戦を描いた シェハン・カルナティラカさんの小説が選ばれたそうです。 『アニルの亡霊』の時代の内戦は終わりましたが、スリランカの国内はいまも混乱したままです。 そして世界の戦争は終わりが見えない…

『アニルの亡霊』がいま絶版なんてとても残念。。 もっともっと多くの人に読まれて欲しい、、 私が今年この小説に出会えたように。。


最後に、、 今年もたくさんの国の本を翻訳してくださった訳者さんたちに 心からの感謝を届けたいです。 訳者さん ありがとうございます‼  来年もまた 新しい翻訳作品と出会えることを楽しみにしています。


ロバート・ゴダード 読書記録 『謀略の都、灰色の密命、宿命の地 1919年三部作』>>
  (↑これに続く 1924年作品は書かれたのかしら… 翻訳されるといいなぁ)
ロバート・ゴダード 『リオノーラの肖像』>>
ロバート・ゴダード 『一瞬の光のなかで』>>

マイケル・オンダーチェ 読書記録 『ディビザデロ通り』>>
マイケル・オンダーチェ 『イギリス人の患者』と『ライオンの皮をまとって』>>
マイケル・オンダーチェ 『戦下の淡き光』>>

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