星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

HEART BREAK

2001-05-28 | …まつわる日もいろいろ
昔ひとに言われたことがある通り、お前は手の届かないものばっかりに惹かれるんだな、と・・。でも届かないものを感じたいから、それが想像力になるんでしょ。遠くのものに手を触れたいから、それが欲望なんでしょ。心を奪われたら肝を据えるしかない。(私、血液型A型じゃないし・・)

なぜこんな話をしているかというと、昨日の夢二に関わった女性、それだけでなくあの時代の女性、といってもいい、たしかに肝が据わっていたな、と。そして、絵描きであれ、詩人であれ、音楽家であれ、心をつかまれたもの、必要と感じたものは、手をのばして自分のものにしてそれを表現せずにはいられない。夢二の葉書絵に「HEART BREAK」の文字を昨日2回見た。
HEART BREAKは表現者にとって決して悲しいことではない。心奪われたものに手をのばし、あげくのHEART BREAKさえも見極めて、その痛みさえ悦んでものにして、作品に表現せずにはいられない欲望を持った人たち、それが表現者だから。
 
命を惜しむか、命を削るか、覚悟は・・・? そんなもの、12の時に出来ているのさっ。。。

雨上がり。夕日がビルの窓ガラスに沈む・・

2001-05-19 | …まつわる日もいろいろ
澁澤龍彦氏と近藤等則さんを足して2で割り、アロハシャツを着せ、野沢那智さんの吹き替えにしたようなT先生の講議で、あろうことか舟を漕いでしまった! 泥のような睡魔が襲ってきたのでこめかみに手をあてがって、カムフラージュしたのだけど、一瞬の後にがくっと首を垂れてしまった。たぶん見られた・・・ももが尊敬して止まない、眠くなることなど有り得ない知のジェットコースター講議で意識がとぶなんて、最低だなー。今朝4時まで遊んでました、なんて言い訳にもならないし・・ちょっと目を醒まして、毎夜毎夜幽霊とワルツを踊るのはよしましょう(意味省略)。

フジロックのパティを見に行きたいよー、と、頼りになりそうなお兄様方に相談をもちかけたら、「真夏の炎天下だし、遠いし、長時間だし、ももは絶対具合が悪くなるから止めた方がいい」と止められてしまった。わかってはいたけど・・・ぐすん。でもスキー場じゃ、まわりに病院もないし(武道館なら近くにあるけど)、それに前、房之助さんのスタンディングライブで具合が悪くなり、出口に行きたくても超満員で、ほとんどダイブ状態で外へ出たことがあったから席の無いライブは怖い。ロビーで冷や汗だらだら流しながらエンディングの「You are so beautiful」を聴いていたのは哀しかったしな・・・都内でライブやってくれないかな、パティ。

きょう、視界が真っ白になるような夕立ちがあって、そのときちょうど街を見下ろす場所にいた。東京は白く煙る雨がお似合い。雨上がりの都心を歩いたら、栗の花に似た(でもちがう)香りが強く心の蓋を揺さぶった。

「胸いっぱいの愛を」

2001-05-09 | …まつわる日もいろいろ
なぜだかわからないけれど、このところ亡くなったカメラマンのことを思い出して仕方がない。私と同じ年、同じ星座の享年26という若さだった。彼とはほんの短いつながりしかなかった。でもその短い日々に話したことは結晶のように残っている。

私は彼を夕食に招待した。深夜におよぶ取材につきあってもらい、長い道のりを運転してくれたお礼に、といういきさつだったと思う。車の中で彼の好きなギタリストのテープを聴いて、そのまま眠らずに早朝のバイトに行くのだと話していた。写真家として一人前になるまではそんな生活も全然苦にならない、と。ふたりきりの夕食はとても楽しい食事だった。欠けてたのか透いてたのか、そんな歯を見せて笑った顔をよく覚えている。彼はスペインで撮影した素晴らしい作品を見せてくれた。自然の光をとても愛している人だった。信州、という土地で育って、最も光を愛したと言うのはわかる気がする。突然の事故で彼が逝って、それを知り合いから聞かされたのも、故郷の街の光の中でだった。全ての音が消えて、頭の中は光だけになった。家で新聞を確認して「カメラマン」という文字に泣いた。

なんでこんなこと思い出すのだろう、と遺作を開いてみたら、15年前の今、彼はスペインの撮影旅行中だった。きっとスペインにいるんだね。日射しはきれいですか・・?