星のひとかけ

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バカンスと秋風とミステリ読書:『夜の爪痕』 アレクサンドル・ガリアン/『夜と少女』 ギヨーム・ミュッソほか

2022-09-28 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
9月はわりとたくさんの本を読みました。 三連休もずっとお天気悪かったですしね、、(静岡のたいへんな被害、心配です…)

読書記をじっくり書いておきたい傑作とまではいかなかったものの、 いろいろ楽しめ いろいろ考えることありました。。 いくつかのフォトと一緒に・・・

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『夜と少女』 ギヨーム・ミュッソ 吉田恒雄・訳 集英社文庫 2021年
『夜の爪痕』 アレクサンドル・ガリアン 伊禮規与美・訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2021年



パトリック・モディアノの『失われた時のカフェで』を読んだ8月に(>>)、 パリの《街区》のことにちょっと触れました。 それで夜のパリでの犯罪を捜査する警察小説『夜の爪痕』を読んでみました。

驚いたのは、 この作者さん 現役のパリ警視庁の警察官だとのこと。。 扉にある著者のフォトを見ると、 若いお兄さんでおよそ警官らしくない(?)風貌、、 腕とかいっぱいに〇〇があって・・・、、 今は休職して執筆に専念しているそうで、、 そういう働き方もできるのですね…

タイトルに違わず、 舞台はひたすら《夜のパリ》。 自分の情報提供者でもあったエスコートガール殺害の真相を追う刑事。 夜の裏側の街、、 情報提供者と警察の関係、など 描かれるのはディープな世界ではあるものの、 その捜査手法はいたって地道。。 聞き込みと膨大な防犯カメラや携帯記録の分析、 そして報告書作成、、 朝から深夜まで働き詰め、、 そのあたりがやはり本物の警察官による《リアルな》小説、という味わいでした。

映画のような大それた展開で一挙解決! という風になんかいかないんだよ。 という刑事さんの真剣さが文章のそこかしこに滲み出ている、、 だからこその《パリ警視庁賞》受賞作なのでしょう。。 本音の警察小説、、 エンタメ度は薄いかもしれません。。 …が、ラストはちょっと衝撃的だったので、 この主人公の刑事さんがどうなってしまうのか 続編が気になります。

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『夜と少女』 のほうは パリが舞台ではありませんでした。 表紙の写真が素敵でしょ、、
この少女がどんな表情をしているのか、 コートの襟に手をかけて、、 いま羽織ったところなのか、、それとも脱ごうとしているのか、、 写真のトリミングで不思議なミステリアスな印象を与えます。 この表紙は大成功だと思うのですが…

舞台は南仏 コート・ダジュールに面したアンティーブという美しい街。 カンヌとニースの中間に位置し、 昔からピカソをはじめ芸術家に愛されたリゾート地。 このアンティーブは作者ギヨーム・ミュッソが生まれ育った街でもあるそうです。

物語はこのアンティーブの名門リセでかつてひとりの少女が行方不明に。。 当時の捜索の結果では、 少女と若い教師とが駆け落ち失踪したと結論付けられた。 それから25年後の同窓会、、 少女に恋焦がれていた主人公は25年ぶりにアンティーブへ帰って来た。 ある《秘密》とともに…

というわけで、 40代になったそれぞれの同級生のその後や、 主人公の過去や彼の両親や友人などの過去が複雑に絡み合い、 しだいに《秘密》が暴かれていく、、 とてもスリリングなミステリでした。。 が・・・

この街の名門リセの出身、ということで 結構ハイクラスな人々なのでしょう。。 そういう人々の同窓会だからか、、 いちいち着ている服のブランドや持ち物を品定めして、 その見た目で現在を判断する、、 で斜め上からウィットを効かせた風な描写が鼻につく。。 同窓会などというのはそういうもの、、と言えばそうとも言えるのですけど、 恋焦がれた少女を失った悲しみとか 心の傷というものは何処へ…?

美しいアンティーブの街の詳しい描写とか 謎解きの入り組んだプロットとかはとても楽しめますが、、 殺人事件の怖ろしい事実が判明して 動揺している時に、 服装とかブランドとか、 どうでも良くない?? と思えてきて、 登場人物たちに感情移入できない。。

読み終えて・・・ あとがきを読んで気づきました。 
フランスでは夏のバカンスシーズン前に、 一斉に本が売れるのだそうです。 リゾート地での休暇に持っていく為の本。。 なるほど・・・

美しいアンティーブの街。 昔流行ったファッションや90年代音楽の描写。 どんでん返しの謎解き。 なるほど、、 フランスにはフランスらしい本の読まれ方があるのだな、と思いました。

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『渇きと偽り』 ジェイン ハーパー  青木創・訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2018年
『潤みと翳り』                            2019年


同窓生、 失踪した少女、 20年ぶりの帰郷、、 ということで思い出したのが オーストラリアが舞台の、ジェイン・ハーパーの『渇きと偽り』。 この作品の読書記は前に書きました(>>

『夜と少女』もたしかに面白く読みました、けど 物語の充実度でいったら『渇きと偽り』 のほうがずっと深く心に残ります。 、、と思って検索したところ、 この9月に映画化されて日本公開なのですね。 主演はエリック・バナ。

http://kawakitoitsuwari.jp/ (映画『渇きと偽り』公式サイト)

干ばつの乾ききった大地と ひとびとの渇いた心。 文章をたどって味わうのと映像とでは印象は変わってくるかもしれませんが、 重厚な良い小説でした。 連邦警察官アーロン・フォークを主人公とする続編『潤みと翳り』も以前に読みました。 こちらもじっくり読ませる作品でした。 ただ こちらは職場の研修合宿で森を彷徨う女性たちの、 いわば密室劇のようなミステリで、 前作ほどのインパクトは感じられなかったので読書記には残しませんでした。 が、 ジェイン・ハーパーの作品、、 もし翻訳されたらまた読むと思います。

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『消失の惑星』ジュリア フィリップス 井上里・訳 早川書房 2021年

この本も読んだのは昨年ですが、 最近のニュースを見て思い出しました。 そのニュースとは ロシアの予備役動員令の映像。 カムチャツカ半島で動員された新兵に銃を手渡す映像で、 日本の富士山によく似た美しい山が背後に映っていました。

『消失の惑星』はこのカムチャツカ半島が舞台です。 半島東部のある街で幼い姉妹が失踪した、という事件を中心に、 12カ月をひと月ずつの章に区切って、 一章ずつこの地域で暮らすべつべつの若者を人公にして物語を描き、 それらが重層的に構成されてこの地方の生き様とともに 姉妹失踪のミステリの謎を追っていく、という読み応えのある小説でした。

読書記を残さなかった理由は、 この小説はものすごく評判が高くて、 特に描かれた若い女性たちの心の声に共感する感想が多かったのだけれど、 私には彼女たちの声が この土地に暮らすほんとうの《内部》からの声とはちょっと違うように思えたこと、、。 作者はアメリカからロシアに留学して、このカムチャツカをリサーチして執筆したとのことで、 どうしても作品の構成ありき、 女性の地位や極東で暮らす若者の問題が意識的すぎるかな…と少し馴染めなかったのでした。

でも、 ニュース映像での徴兵される若者たちの姿を見ていたら、 『消失の惑星』に描かれた《ごく普通の》、 悩み 恋をし、 働き、 この土地から遠くへと憧れを抱くあの暮らしはもう何処にも無いのだ… と思い、悲しくなりました。 富士山に似た美しい火山がカムチャツカにはあって、 小説の中には火山研究所で働く若者も出てきましたが、 そんなロシアの若者たちは今、 意味のわからない戦場へ連れていかれるのです。


ある土地を舞台に物語が書かれ、 読まれ、 それがどんな過酷な土地であっても、 どんな怖ろしい殺人ミステリであっても、 《物語》が書かれ楽しまれる日常は 現実の戦場などよりはるかに幸せな、 人間らしい日常です。 だからわたしは物語を愛するのです。


秋風のなかで そんなことを想いながら


本を読んでいました。



もうすぐ10月ですね…



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