星のひとかけ

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Winterreise『冬の旅』:第二十二章「勇気」Mut

2019-03-11 | 文学にまつわるあれこれ(詩人の海)


この第22曲「勇気」は、 前回の「宿屋」すなわち墓所を歌った第21曲の讃美歌のような美しさから一転して、 いささか滑稽なほど明るい曲です。 軍隊風のきびきびしたピアノは高らかに、 歌声も堂々と声を張り上げて… 題名が 「勇気」 ですから、、

特に 詩の最後の

 Will kein Gott auf Erden sein, = 地上に神がいないのなら
 sind wir selber Götter!  = 我々は自身それぞれが神々である!

、、という感嘆符つきの宣言などをこの軍隊風メロディの中で聴くと、 「神は死んだ!」のニーチェの超人を思い浮かべてしまうのも当然のことかと… (ただしニーチェが出てくるのは シューベルトの半世紀後のことですが) 、、ボストリッジさんも 章の始めに ニーチェを取り上げていますし、、

… でも、 この軍隊風「勇気」の意気揚々さはあまりにもそらぞらしいことは多分誰の耳にもわかるような気がします。 詩を書いたミュラー自身の思いは本当に高らかに勇気を詠み上げたと仮定しても、 シューベルトのこの曲には 少し無理をした 空威張りの勇気を感じます。 前曲の荘厳さと、 次の「幻の太陽」の静謐さに挟まれたことで尚のこと、 滑稽なような 場違いなような、 そんな感じがするのです。。

 ***

ボストリッジさんは、 シューベルトの時代の宗教観がどのように微妙な状況にあったかということ、 そして シューベルト自身がどのような宗教観をもっていたか、、  また シューベルトが作曲した作品の中にどのような宗教的な音楽があり、 それらから「神」をどのようにとらえたらよいか 詳しく考察をされています。 そのことはやはり、 詩の最後の 「我々自身が神」 という詩句のせいでしょう…

それから、 この歌曲を考えるうえで重要なふたつの事実を指摘しています。 それは ウィキなどでも判ることなので書いておいても良いでしょう、、 
ひとつは この「勇気」は ミュラーの詩では 第23番目(最後から二番目)の詩であったこと。 シューベルトはその順序を変えて、 先に書いたように 讃美歌のような前曲と次曲のあいだに この短い勇ましい曲を置いたこと。
もうひとつは、 ミュラーの詩の題「勇気」= Mut! には「!」感嘆符がついていたのを、 シューベルトは感嘆符無しにしていること。 ・・・だそうです

 ***

私も 最初に詩を読んだときには 「地上に神がいないのなら、 我々自身が神」、、 という最後の部分に強い印象を受けました、、

、、でも 楽曲を聴きながら詩を読んでいて 次に引っかかってきたのは 詩の三、四行目

 Wenn mein Herz im Busen spricht, = 私の心が胸の中で話しかける時
 sing’ ich hell und munter. = 明るく陽気に歌うのだ

という部分の 「心」でした。 

この曲は 短調と長調が一行ごとに交互にあらわれます。 
 雪が顔にかかるなら(短調)→ 払いのけてやる(長調)
 心が話すなら → 明るく歌おう

 それ(心の言う事)を聴くな → そんな耳は持たない
 それ(心)の不平など感じない → 不平は愚か者のもの

つまり、、 この曲でとても重要なのは 旅人が自分の「心」を 一つ一つ自分で反転(逆転)させながら 一歩一歩あゆんでいる、、 という事なのです。。 この当時、、 「心」が胸のなかにあるのか、 頭のなかにあるのか、 旅人がどう考えていたのかはわかりませんが、、 「心が胸のなかで言うこと」は おそらく「勇気=Mut」とは反対のものなのでしょう… 「心」が つい引き込まれてしまいそうな弱さ、 つい感じてしまいそうな哀しみ、 つい請い願ってしまいそうな助け、、 
、、 この歌はそれらと闘っている歌なのでしょう…

最初に強い印象を受けた 「地上の神」についても、
前の曲の墓所で、 疲れ切った旅人は 墓での眠りには永遠の安らぎがあるかもしれないと、 疲労と弱さからふとそう思っていました。 けれども墓所での眠りは拒まれたのです、 墓所は今は全部塞がっている(お前の居場所はない)と。。 そこには「神」はいなかったのです、、 

そして旅人はふたたび歩く決意をしました。 

この荒野の旅の途上に 神がいないのなら、、
ひとつひとつ 自分の「心」と対話して、 ひとつひとつ 自分の「心」が折れそうになるのを支えて、 顔を上げて、 前を向いて、 そうやって今は自分自身が「神」の代わりをつとめて歩きつづけて行かなければ… この地上にいるあいだは…。 そう考えたのでは…?


、、 それが 旅人のささやかな 「勇気」

、、 感嘆符のつかない 「勇気」



そんな風に わたしは想像してみましたが…。。

 *** 


、、 「心」はいつでもままならないものです…

本当に強かったら 「勇気」は要らないし…



なんだか みんな みんな 地上の「旅人」に思えてきました、、 この『冬の旅』の。。


、、 今日は 3・11 です。



… 祈りと そして ささやかな勇気を …

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