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Winterreise『冬の旅』:第二十三章「幻の太陽」Die Nebensonnen

2019-03-12 | 文学にまつわるあれこれ(詩人の海)

 (↑写真は本章のタイトルの《幻日》ではありません)

ドイツ語の「Nebensonnen」 日本語では《幻日》とか《sun dog》という呼び方をされているそうですが、 私は全然知りませんでした。 こちら↓のウィキに載っているような 本当に3つの太陽が並んでいるような現象は見たこともないですし、 テレビのお天気ニュースなどでも聞いた覚えがありません… 

https://en.wikipedia.org/wiki/Sun_dog

旅人はいま 3つの太陽を見つめています。 朝なのでしょうか… 夕方なのでしょうか…

ボストリッジさんは「幻日現象」について詳しく解説し、 その現象を伝える古い文献など引用しつつ、 18世紀~19世紀と 科学的にどのようにこの不思議な現象を解明していったか、 という点から話を進めています。

どうやら、 Horizon(地平線・水平線)に近い付近の大気中の氷の結晶を太陽光が通過して起こるようなので、 旅人は地平線近くに並んだ 3つの太陽と向かい合っているようです。


この詩、この歌曲の意味を理解するのはとてもむずかしい事に思えますし、 確かな答えも無いような気がします、、 3つの太陽が何を意味しているのか、 旅人が今 太陽にどんな思いを込めているのか、、
歌曲を聴く人 詩を読む人 それぞれが それぞれに考え 想像してみるしか、 解釈の答えは無いように思います。。

 ***

旅人はじっと3つの太陽を見つめ、 「つい先日までは私にも3つの太陽があった」 … 「今はその最良の二つは沈んだ」 と言います (わたしの直訳です)

… 科学的に捉えれば 夕暮れ時なのでしょう… 地平線上に見えていた3つの太陽は なんらかの水蒸気のバランスがこわれて 《幻日》の2つが先に消えてしまい、 夕陽ひとつが残った、、ということになります。

 Ging nur die dritt’ erst hinterdrein! = 三番目も後を追えばよいものを!
 Im Dunkeln wird mir wohler sein.  = 暗闇の中がむしろ私は快いのだ

これが詩の最後の部分ですが、 ここからも旅人が立っているのは夕暮れ時の地平線上で これから沈んでいこうとしている夕陽を見つめている と想像されます。 
では… つい先日まで自分にもあった《3つの太陽》 そのうちの《最良の2つ》 とは…?

ボストリッジさんが幻日現象の長い解説のあとに ほんの短く触れているこれらの意味。。
 (え?! そうなの? そういう意味なの…?) と、私には想像外でちょっと吃驚しましたし、、 日本語のウィキに書かれている「三つの太陽」の説明にはまた全く違う解釈が載っています(>>https://ja.wikipedia.org/

「つい先日まで…」自分に有り、 失ってしまったもの… それを考えると あの女性に関わる事と考えるのは尤もな事に思えます。 女性のすがたを具象化したものかもしれないし、 太陽と幻日とは光の円でつながることが多いようなので、 自分と女性のいる家… 今までの詩の中でも旅人が何度か口にした《安らぎ》のある場所… そういうものかもしれないし、、

もっと野心的に考えて、、 かつて輝かしい未来として自分が描いていた《希望》だとか《名声》だとか《財産》だとか… (風見のある家=女性の家は名家のようでした) 結局は手にしなかったもの、 幻に終わった野望、、 そういうものかもしれないし、、


ただ… 音楽はとても静かな 美しい音楽です。 「つい先日まで…」のところで ちょっとマイナーな旋律に変わりますが、 最初と 最後は とても心静かにゆっくりと沈んでいく夕陽と向き合っている旅人の姿を感じます。 失ってしまったもの、 幻と消えてしまったものに対する 心の乱れはもう 旅人にはないような気がします。 「暗闇がむしろ快い」というのも、 これまで凍えながら一晩中歩きつづけたり、 疲れ切って「鬼火」が導く地獄への道を辿ったり、 「惑わし」の家庭の灯りに心乱されたり、、 いろんな夜を過ごしてきました、、
 
、、でも、、 もうおそらく 旅人は夜を怖れず向き合える強さ… つよさとまで言っていいかどうか判りません、、 心の平静さ…かな、、 そういう平静さの中に今はいるように思えます。。

 ***


… こうしてみると 長い旅でした。

短い詩、、 短い歌が いままでで23曲みてきたわけですが、、 大きなドラマがありました。。 
旅人… 最初は旅人ではなかったですね、、 女性の家を出た青年…  彼の心にも大きな変化がありました。。

、、 最初 泣きながら凍った川面に女性の名を石で削っていた頃には 自分の涙に溺れて 自分で自分を可哀想がって あぁロマン派の青年だゎ… と思いましたが、、 今になってみると、 ひとときのロマン派の青春 と言うより、 ちゃんと荒野に踏み出した人生の旅であったと、、 そう思えます。。 


まだ旅はつづくのですけど…


あと一章を残すのみです、、
 

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