星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
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かき霧らす 雨の降る夜も、、

2022-06-01 | 文学にまつわるあれこれ(詩人の海)
6月になりました。

先月につづき 万葉集の世界です。。 私の大好きな歌人 高橋虫麻呂さんの長歌から この季節にふさわしい歌を、、

 鴬の 卵の中に 霍公鳥(ほととぎす) 独り生れて 
 己(な)が父に 似ては鳴かず 己が母に 似ては鳴かず
 卯の花の 咲きたる野辺ゆ 飛び翔り 来鳴き響(とよ)もし 
 橘の 花を居散らし ひねもすに 鳴けど聞きよし
 賄(まひ)はせむ 遠くな行きそ 我が宿の 花橘に 住みわたれ鳥


長歌には改行はありませんけれど、 意味をわかりやすくするために分けて書いてみました。

ホトトギスという鳥はカッコウの仲間だということで 《托卵》をするのですね。 ホトトギスはもっぱらウグイスの巣に托卵をするのだそうです、、 その習性を詠んだのが一行目。

ウグイスの親に育てられたホトトギスは、 それでもウグイスの父母の啼き方ではなく ホトトギスの啼き方を自然とするようになります、、 それが二行目。

卯の花の咲くころ(卯の花はウツギだそうです。卯月=旧暦4月の花ですね) ホトトギスは渡って来て、 さかんに鳴き声を響かせます。

橘は柑橘系の花、 旧暦5月ごろに白い香り高い花を咲かせます。 その花橘を散らしながら 一日中鳴いているけれど それを聴くのも良いものです。

ごはんをあげるから、 遠くに行かないでわが家の花橘に住んでいてくださいね。。 という長歌です。


長歌のあとに付けられた反歌には 自分の想いをあらわすものですが、 先の長歌に対する反歌はこうです
 
 かき霧(き)らし 雨の降る夜を 霍公鳥 鳴きて行くなり あはれその鳥
 
一面霧のかかったようにけぶる雨の夜(長雨の梅雨の時季でしょうか) ホトトギスが鳴きながら飛び去っていきます、、 なんと「あはれ」な鳥でしょう。。。 この「あはれ」は現代語に訳しようが無いです、、
、、 自分のところの花橘にずっと住んでいて欲しいとの願いもむなしく、 ホトトギスは雨の夜に濡れながら、鳴きながら、飛び去って行く、、 それに対する かなしみ? 愛情? 同情? 、、それら全部をひっくるめた想い、、

Sympathy for the Devil を「悪魔を憐れむ歌」と訳したのは名訳だと思うのですが、 上の霍公鳥への「あはれ」も、 虫麻呂さんの「Sympathy」を表した言葉なんだと思います。

初めてこの長歌を読んだ時、、 托卵によって親を知らないまま生まれた雛鳥が 「己(な)が父に 似ては鳴かず 己が母に 似ては鳴かず」というのが ものすごくさびしい、せつないことに思えて 可哀想な感じがしたのですが、、 虫麻呂さんはその淋しさを踏まえた上で、 親を知らなくてもちゃんと自分の声で鳴くことをおぼえて、 それで時期が来たら 雨の降る夜でもどこかへ旅立っていくことに 同情と共感を示しているのですね。

虫麻呂さんの生涯については ほとんど資料がなくわからない部分が多いのですが、 奈良の都での歌はほぼ無くて、 東国や西国で詠んだ歌ばかり。。 「我が宿の花橘に」と詠んでいるけれど、 虫麻呂さん自身、 どこに我が宿があったのかわからない。。 そんな自分の人生とホトトギスの孤独な旅とを重ね合わせていたのでしょうか。。

以前このブログで精読していたシューベルトの「冬の旅」の歌、、 あの最後の「ライアーまわし」で旅人は 孤独な老人の手廻しオルガンの音色にSympathyを感じていましたね、、 孤独な路を歩まねばならない者同士のさびしさと共感、、 それに似たものも感じます。

 ***

子供のころの家には 今ぐらいの季節にカッコウの声が響いていました。 自動車の通る場所からも引っ込んでいて、 周囲には果樹園や森がひろがっていたので、 朝方 遠くの森できこえたかと思えば、 日中 ウチの庭の木でうるさいくらいにカッコウカッコウ鳴いていたこともありました。

初夏とともに訪れる大好きな鳥でしたけど、、 ある時 カッコウの《托卵》の様子をTVで見て、 ひな鳥がほかの卵を巣から押し出して殺してしまう様子があまりに衝撃的で、 それ以来なんだか カッコウが嫌いになってしまいました。。

でも、、 虫麻呂さんの歌のように、、 生まれた雛のことを考えてみたら、 たった独り 親も知らずにそれでも自分の声で鳴くことをおぼえて、 孤独のままに自分の世界へと旅立っていく、、 その強さにも気づかされました。 (托卵されたウグイスはやっぱり可哀想ですけれども…)

 ***

今月の左サイドバーの音楽は、、 雨の夜に聴くのも心地良いだろうと思える曲。。 歌声もそうですけど、 演奏の音色も心地良いものを、、 (特に上の3曲)

Steve Winwoodさんは 歌声といい ギター ドラムス その他、、 ライヴの演奏としてこれ以上なにを望めましょう… というくらい完璧。。 何度聴いても 聴くたびに鳥肌が立ちそうです。。

Robert Plantさんの新しい歌は お名前見ないで聴いたら プラントさんだと誰も思わないんではないでしょうか。。 でもプラントさんは今でもヴォーカリストとして進化し続けているんだな、、と実感できる素晴らしい歌声。。 ギターのクリアな音色も素敵。

Doyle Bramhall II のこの歌はとにかく演奏が好き。。 こんなに贅沢に美しいギターを重ね合わせて、 キーボードもどのパートもどれもが必要不可欠で。。 ドイルが丁寧に作ったアルバムの音は、 シェリル・クロウさんとのアルバムもそうでしたが ほんと美しいです。

 ***

 

雨の季節も  かき霧らす雨の降る夜も、、


6月が 心地好い月になりますよう…



お健やかに…





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