「魚の棚」と書いて「うおんたな」と読むんでっせ。
関西の人でも正しく読めないのと違いまっか?
明石城は知らんけど「魚の棚 商店街」は知ってるちゅう人は多いでっしゃろな。
(JR明石駅前に 歓迎用の看板)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
「魚の棚」(うおんたな)の意味は昔に魚やさんが、大きな板の上に魚を並べて
鮮度が落ちないように水をかけていた処から出たと言いまんねけど。
それでも~ よう分かりまへんな。
鉄ちゃん爺やが学生時代の頃は「明石の東魚町」と呼んでましたで。
(明石 魚の棚 西側の看板)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
何せ江戸時代に小笠原忠真(ただざね)がお城を造った頃に宮本武蔵はんに
町の区割りをさせた時に出来たという言い伝えがおますんや。
現在は昔の「東魚町」だけが残って「魚の棚」(うおんたな)となってるそうやけど
江戸時代には生の魚を売るのが「東魚町」で乾物や練り物を売るのが
「西魚町」と別れていたそうでっせ。
昭和の初めに「西魚町」が寂れて「東魚町」に合流したような感じでっけど。
それが昭和47年に住居表示が「本町」と変わったんやけど、新鮮な魚の街を
イメージ付ける為に「魚の棚」(うおんたな)とPRしたちゅうことでっしゃろな。
ほな~ 魚の棚・商店街を歩いてみまひょ。
(魚の棚 商店街)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
こんな感じでっせ~ 東西の全長が350m 商店が約110軒だとか。
そんなに大きい商店街でもおまへんけど、ほとんどが魚屋さん・蒲鉾屋さん
明石焼きの店・それに乾物や干物の店ばかりが目立ちまんな。
店頭の風景を並べてみまっせ~♪
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(明石名物 たこの干物)
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(焼き穴子 串で売ってまっせ)
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明石と言えば「たこ」が有名でっしやろな。
輸入物と違って柔らかいし味も絶品でっせ。
(生のたこも 今朝に獲れたやつでっせ)
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明石は昔から鯛が有名でしたんや、明石海峡の潮流に揉まれて味が絶品だっせ。
明石鯛は養殖物が増えた昨今では貴重な天然もんで庶民には高いお値段でっけど。
その色と味は桜鯛とも呼ばれ一度食べたら養殖物なんて食べられないとの噂でんな。
(魚の棚 商店街)
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関西では練もんを油で揚げたんも「天ぷら」と呼びまんねんで。
関東ではさつま揚げとか言うでしたかかな。
(関西風 天ぷら)(練り物でっせ)
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(今朝に 水揚げされた いかなご)
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明石や神戸の方はいかなごを生で買って帰り自宅で佃煮にされまんねんで。
関西の春を呼ぶ風物詩として「いかなごのくぎ煮」は欠かせまへんな。
(いかなごの くぎ煮)
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いかなごの小ぶりの物を「新子」といいますんや。
三杯酢でそのまま食べても美味しいでっせ。
いかなごは小さい時は「新子」大きくなるに連れて「こうなご」「おおなご」と
名前が変わるんやそうですわ。
鉄ちゃん爺やが訪れたのは3月15日でしたから、まだ「新子」でっしゃろな。
(いかなごの 袋売り) (1kg=600円)
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(玉子焼 = 明石焼き)
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地元では玉子焼と言いまんねんけど、関西では一般的には明石焼きと言いますんや。
そやから観光客向けの店では「明石焼き」と書いておますけど
地元の方しか立ち寄らない店では「玉子焼」で通用しまんねんで。
鉄ちゃん爺やもお腹が空いたことやし明石焼きの店へ入りまひょ。
目移りするほど明石焼きの店はおますんや~
あかし 多幸(たこ) ここに決めましたわ。
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
一寸だけ高目の昼食になりまっけど、やはり明石焼きを食べんと帰れまへんわ。
明石焼き 15個=600円 生ビール中 450円 合計1050円でした。
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
明石焼きは玉子焼と呼ぶだけあって鶏卵が主で中にも「たこ」しか入ってまへんで。
店の自慢の出汁に三つ葉を絡ませて食べるのが一般的でっしゃろな。
大阪自慢の「たこ焼き」は明石焼きから考え出したとの説がおますんや。
「たこ焼き」は「たこ」以外にも紅生姜や天かすやエビやこんにゃくを入れたり
それにソースやマヨネーズまでかけて食べるのが流行ってますかな。
関西の「たこ焼き」は明石焼きと同じ様に全体が柔らかくジュシーにできてますんや。
関東では油で固く揚げた、「たこ揚げ」みたいのが多いように思いまんねんけど。
(こんな 招き猫が 置いてましたわ)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
腹も収まったことだし1kmほど歩いて明石の天文科学館まで行くことにしまひょ。
ほな~ 今日はこれで失礼させてもらいま さいなら~
関西の人でも正しく読めないのと違いまっか?
明石城は知らんけど「魚の棚 商店街」は知ってるちゅう人は多いでっしゃろな。
(JR明石駅前に 歓迎用の看板)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
「魚の棚」(うおんたな)の意味は昔に魚やさんが、大きな板の上に魚を並べて
鮮度が落ちないように水をかけていた処から出たと言いまんねけど。
それでも~ よう分かりまへんな。
鉄ちゃん爺やが学生時代の頃は「明石の東魚町」と呼んでましたで。
(明石 魚の棚 西側の看板)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
何せ江戸時代に小笠原忠真(ただざね)がお城を造った頃に宮本武蔵はんに
町の区割りをさせた時に出来たという言い伝えがおますんや。
現在は昔の「東魚町」だけが残って「魚の棚」(うおんたな)となってるそうやけど
江戸時代には生の魚を売るのが「東魚町」で乾物や練り物を売るのが
「西魚町」と別れていたそうでっせ。
昭和の初めに「西魚町」が寂れて「東魚町」に合流したような感じでっけど。
それが昭和47年に住居表示が「本町」と変わったんやけど、新鮮な魚の街を
イメージ付ける為に「魚の棚」(うおんたな)とPRしたちゅうことでっしゃろな。
ほな~ 魚の棚・商店街を歩いてみまひょ。
(魚の棚 商店街)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
こんな感じでっせ~ 東西の全長が350m 商店が約110軒だとか。
そんなに大きい商店街でもおまへんけど、ほとんどが魚屋さん・蒲鉾屋さん
明石焼きの店・それに乾物や干物の店ばかりが目立ちまんな。
店頭の風景を並べてみまっせ~♪
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
(明石名物 たこの干物)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
(焼き穴子 串で売ってまっせ)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
明石と言えば「たこ」が有名でっしやろな。
輸入物と違って柔らかいし味も絶品でっせ。
(生のたこも 今朝に獲れたやつでっせ)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
明石は昔から鯛が有名でしたんや、明石海峡の潮流に揉まれて味が絶品だっせ。
明石鯛は養殖物が増えた昨今では貴重な天然もんで庶民には高いお値段でっけど。
その色と味は桜鯛とも呼ばれ一度食べたら養殖物なんて食べられないとの噂でんな。
(魚の棚 商店街)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
関西では練もんを油で揚げたんも「天ぷら」と呼びまんねんで。
関東ではさつま揚げとか言うでしたかかな。
(関西風 天ぷら)(練り物でっせ)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
(今朝に 水揚げされた いかなご)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
明石や神戸の方はいかなごを生で買って帰り自宅で佃煮にされまんねんで。
関西の春を呼ぶ風物詩として「いかなごのくぎ煮」は欠かせまへんな。
(いかなごの くぎ煮)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
いかなごの小ぶりの物を「新子」といいますんや。
三杯酢でそのまま食べても美味しいでっせ。
いかなごは小さい時は「新子」大きくなるに連れて「こうなご」「おおなご」と
名前が変わるんやそうですわ。
鉄ちゃん爺やが訪れたのは3月15日でしたから、まだ「新子」でっしゃろな。
(いかなごの 袋売り) (1kg=600円)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
(玉子焼 = 明石焼き)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
地元では玉子焼と言いまんねんけど、関西では一般的には明石焼きと言いますんや。
そやから観光客向けの店では「明石焼き」と書いておますけど
地元の方しか立ち寄らない店では「玉子焼」で通用しまんねんで。
鉄ちゃん爺やもお腹が空いたことやし明石焼きの店へ入りまひょ。
目移りするほど明石焼きの店はおますんや~
あかし 多幸(たこ) ここに決めましたわ。
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
一寸だけ高目の昼食になりまっけど、やはり明石焼きを食べんと帰れまへんわ。
明石焼き 15個=600円 生ビール中 450円 合計1050円でした。
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
明石焼きは玉子焼と呼ぶだけあって鶏卵が主で中にも「たこ」しか入ってまへんで。
店の自慢の出汁に三つ葉を絡ませて食べるのが一般的でっしゃろな。
大阪自慢の「たこ焼き」は明石焼きから考え出したとの説がおますんや。
「たこ焼き」は「たこ」以外にも紅生姜や天かすやエビやこんにゃくを入れたり
それにソースやマヨネーズまでかけて食べるのが流行ってますかな。
関西の「たこ焼き」は明石焼きと同じ様に全体が柔らかくジュシーにできてますんや。
関東では油で固く揚げた、「たこ揚げ」みたいのが多いように思いまんねんけど。
(こんな 招き猫が 置いてましたわ)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
腹も収まったことだし1kmほど歩いて明石の天文科学館まで行くことにしまひょ。
ほな~ 今日はこれで失礼させてもらいま さいなら~
内の奥さんがトイプードルを飼いたいとか言いますので
せめてブログだけにでもと使ってみました。
確かに前回の背景は暗くて重かったですね。
春らしく将来が遠くまで見渡せる感じですね。
素晴らしく良くなりました。
買って帰るようですが私は食べたことはありませんね。
明石焼きは関東でも食べれるようになりましたね。
魚ねり天との呼び方も有りますけど。
蒲鉾屋さんの天ぷらだから一般的な天麩羅と
間違うことはないようですよ。
大阪では「大寅」と呼ぶ蒲鉾屋さんの天ぷらが
関西のデパチカでは名前が通っていますね。
思い浮かびません^^
うおんたな・・いろんな呼び方が
あるものですね~~
関西で練り物を油であげたものを天ぷら
関東ではさつま揚げ 関東で天ぷらと称してるものは関西では??
招き猫も可愛いです^^
たい焼き食わえたり明石焼き持ったり
してね(笑い)
明石焼きは食べたことありますよ^^
( ゜v^ ) オイチイ
黒田さん生Bで幸せですねぇ
コメント(_ _)大阪もこれからサクラ楽しめますよ
浅草のサクラアップしましたから
明日にでも見てくださいkana
大洋漁業(現在はマルハニチロ)の創業者はここの
東魚町のご出身だったそうです。
写真は撮りませんでしたが明石公園の入口に銅像が建てられてましたね。
この時期は「いかなご」と「たこ」がメインでしたね。
でも天然の鯛は高いので店で並ぶより大阪や京都の
料亭などへ行ってしまうのかもしれませんよ。
輸入物は硬くて歯の悪い私には噛み切れませんので。
その点は明石や泉州の蛸は柔らかいけど噛み切れます
私の歯には合っているのかしら。
明石焼きはほとんど関西と同じでしょうね。
上野の松坂屋内には大阪から暖簾分けをしてもらい
営業している「たこ八」と言う店は1~2度いきましたけど。
新宿では明石焼きは食べたことはないんですが
探せばたこ焼きやお好み焼きの店でやっているでしょうな。
作ると同時に知人にお裾分けする方が多いようです。
それぞれの家庭や店で味が微妙に違うのもいかなごのくぎ煮なんですよ。
私は甘辛いやや小ぶりなのが好きですけどね。
でも並んでいる魚介類や練り物や干物は昔と変わりませんけど。
明石焼きはやはり本場で競争も激しいんでしょうな
大阪で食べるより少しだけ安いように感じましたよ。
それまでは淡路島へ向かうフェリーの発着港として
時間待ちや帰り道に魚の棚に立ち寄ったものでした。
フェリー会社の名前も「たこフェリー」でしたね。
淡路島の帰りに土産として魚介類やたこを買って大阪へ戻ったもんでした。
東魚町は(とうぎょちょう)と読むのですか、あるいは
(ひがしうおまち)と読むのか、あるいは
東風(こち)吹かばのように、
変わった読み方がありますでしょうか?
「市のさかな」かともおもえるくらい…
タコ料理もさまざまですね。
自分は寿司とか刺身の生ものが多く、
時たまたこ焼きを長家の肴にする程度ですが…
煮物は噛みきれずに避けています。
映像を見るとタコ飯やタコてんぷらなどは美味そう
機会があればですね。…なししろ多幸ですからね!
明石出身の後輩に、大阪の寮にいる頃、蛸をかってきてもらって、寮のおばちゃんに切ってもらいました。
まぁ、うまかったことを思い出します。
結構、高いのですよね。
明石焼き(玉子焼き)と生中。
ええですね。
至上の幸福であります。
此方で観光させて頂けましたぁ
明石焼きは~駅前の…に1軒お店が有り~
孫達と時々楽しんでいましたが~・・・
数年前に閉店してしまいました
あの味は忘れられませんで~~~す。
新宿へ行けば・・・ まだあるかしらねぇ~^^
妻はその代わりに、当地で採った山菜やその佃煮、キノコを送っています。
お互いに、自然の恵みを工夫して手作りする喜びがあるようです。
神戸を離れて早や25年 未だに魚の棚を懐かしく思い出されます
当地で立派な鯛を探すのは至難の業ですよ
大好きになったイイダコは流通が難しいのか北の大地の店頭に並ぶことは有りません
イカナゴ佃煮も作りましたが 釘煮の時期を逃すとドジョウのようになるのには驚きましたね
フワフワ明石焼きも美味しかったぁ
観られただけでも有難うございました
明石市の「魚の棚商店街」を私も見学させてもらいました
ただ明石焼きが食べられないのが残念です。