きょうはBe-1とPAOの誕生日です。Be-1は1987年1月13日(火)、PAOは1989年1月13日(金)に発表展示会が行われました。FIGAROは事情があってちょっと違います・・。Be-1は当時のラフォーレミュージアム赤坂で、それから夜は南青山の「Be-1 Shop」で、PAOのときは勝どきの「PIKE factory」で行われました。(当然ながらもうありません・・)今ではあたり前の方法ですが、それぞれデザイン、設計、営業などの担当者がプレゼンテーションするという異例の発表会でした。3回公演(?)し、ちゃんと絵コンテのはいった台本もつくりました。
でも本当に誕生日といえるかな? Be-1(正確に言うと名前のない状態のB-1案)の原型の1/5クレイモデルができたのは1984年9月18日(長女の生まれた日と同じだから忘れません。)だし、日産が製造を委託した高田工業の工場から第1号車が走り出たオフライン式は1987年2月23日。誕生日が3回ありそうだな・・。
画像は発表会の招待状やプレス発表用の資料。ナチュラル感覚のコンセプトは、こんな小さなアイテムにまで徹底的に展開されました。
でも本当に誕生日といえるかな? Be-1(正確に言うと名前のない状態のB-1案)の原型の1/5クレイモデルができたのは1984年9月18日(長女の生まれた日と同じだから忘れません。)だし、日産が製造を委託した高田工業の工場から第1号車が走り出たオフライン式は1987年2月23日。誕生日が3回ありそうだな・・。
画像は発表会の招待状やプレス発表用の資料。ナチュラル感覚のコンセプトは、こんな小さなアイテムにまで徹底的に展開されました。
もうすぐパオは20歳。まだまだこれからです。うちのパオもアイボリーです。
PAOの誕生日が1月13日だったことに驚きました。
私の誕生日も1月13日なんです。
10年前、工大生だったころにPAOのフォルムに一目ぼれして、この車に乗りたいと思いながらも、発売から10年経過した車・・・。
果たして自分にPAOを維持していけるのだろうか・・・と、悩んだ末に乗ることを諦めていたんです。
あれから10年経ってしまいましたが、
今年、PAOがずっと元気でいれるように頑張ってるショップさんがたくさんあることを知り、
彼らのパオのために頑張ってる姿を知り、
「20年経ってしまったとは言え、
こんなに好きな車ならやはり一緒に過ごしたい!」
そう思い、
この夏にアイボリーのパオに出会うことが出来ました。
そして先日、古場田様のこのブログを拝見してるときに、この記事でPAOの誕生日が自分と同じことを知りました。
一瞬で一目ぼれした上に、
誕生日まで一緒だったなんて・・・。
嬉しくて嬉しくてうるっとしてしましました。
このコが自分の前に現れたときも、
奇跡的な登場だったので、
本当になんか運命的なものを感じます。
さらに、このコと一緒になってから、
いろいろと転機を迎えた気もしますし。
これからも大切に付き合って行きたいと思います。
PAOをこの世に生んでくれてたこと、
心から感謝いたします!!