「金網の鬼」の異名をとり、ユニークなマイクパフォーマンスでも人気を博したプロレスラーのラッシャー木村(本名・木村政雄)さんが、24日午前5時30分、腎不全による誤嚥(ごえん)性肺炎のため都内の病院で死去した。68歳だった。
たけし軍団のラッシャー板前という芸名は、ラッシャー木村さんから取ったことでも知られている。プロレスラーに転向する前は幕下上位の力士だったが、元々プロレスラー志望だったこともあり、関取目前にして大相撲を廃業した。
レスラーとしては国際プロレスでエースとして活躍していたが、団体解散と共に寺西勇やアニマル浜口らを引き連れて、新日本プロレスへ活躍の場を移した。
この新日本登場の際の「コンバンハ」が、後に、マイクパフォーマンスで売り出すことになる。
レスラーとしては水平チョップや頭突きが得意技で、猪木との対戦では前腕部のサポーターに凶器を忍ばせてラリアットを放つなど、新日本では悪役として過ごした。
第1次UWFに参加するために新日本を離脱(この辺の経緯は話せば長くなるので割愛)したが、長続きせず、最終的に全日本プロレスへと移った。
全日本参加時には、前述のマイクパフォーマンスで人気を博していたが、G・馬場逝去後に全日本が分裂した際には、故三沢光晴を支えノアに参戦し引退した。
管理人は新日本のファンだったので、ラッシャー木村のファイトはA・猪木と「国際軍団(別名、はぐれ軍団)」としての対戦で記憶に残っている。
そのラッシャー木村さんが、15年か20年位前に小田急線の代々木八幡駅から乗車してきたのを目撃した。私は車内にいて大柄な男性が乗ってきたので振り向いたら「ラッシャー木村」だったのを覚えている。
管理人はかつてはプロレスファンでしたが、実は、偶然に試合会場以外でレスラーと遭遇する機会が何故だか多かった。
故ラッシャー木村、故ジャンボ鶴田、上田馬之助(この人はロスのホテルで)、藤波辰巳、木村健吾、ディック・マードック、西村修です。
最後に、故人の冥福をお祈りいたします。
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