kintyre's Diary 新館

野球(西武ファン)や映画観賞記等を書き綴っています。野球のオフ期には関心の高いニュース等も取り上げています。

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映画『ディファイアンス』を観て

2009-03-14 21:23:08 | アメリカ映画 2009

9-15.ディファイアンス
■原題:Defiance
■製作年・国:2008年、アメリカ
■上映時間:136分
■字幕:戸田奈津子
■鑑賞日:2月14日、シネマスクエアとうきゅう(歌舞伎町)

スタッフ・キャスト(役名)
□監督・製作・脚本:エドワード・ズウィック
□脚本:クレイトン・フローマン
□撮影監督:エドゥアルド・セラ
□衣装デザイン:ジェニー・ビーヴァン
□音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
◆ダニエル・クレイグ(トゥヴィア・ビエルスキ)
◆リーヴ・シュライバー(ズシュ・ビエルスキ)
◆ジェイミー・ベル(アザエル・ビエルスキ)
◆アレクサ・ダヴァロス(リルカ)
◆マーク・フォイアスタイン(イザック)
◆ミア・ワシコウスカ(ハイア)
◆アラン・コーデュナー(ハレッツ)

【この映画について】
1941年、ナチス・ドイツの独裁政権下、1200人のユダヤ人の命を救った兄弟がいた。このオスカー・シンドラーに匹敵する“偉業”に目をつけたのは、エドワード・ズウィック監督。『ラスト・サムライ』や『グローリー』、『戦火の勇気』のように、彼は歴史上の知られざる事実にメスを入れ、時代の流れに翻弄される主人公を描くことに創作意欲をかき立てられる映画作家のようだ。
ビエルスキ三兄弟の長兄トゥヴィアを演じるのは、新生ジェームス・ボンドとして、『007/カジノロワイヤル』、『007/慰めの報酬』で活躍するダニエル・クレイグ。そのカリスマ的なリーダーぶりは魅力たっぷりだ。
(この項、gooより転載しました)
【ストーリー&感想】(ネタバレあり)
1941年、第二次世界大戦下、ドイツ軍はベラルーシを占拠。ナチス親衛隊と地元警察はユダヤ人狩りを始める。8月。両親を殺されたユダヤ人兄弟、トゥヴィア、ズシュ、アザエルは子供の頃から遊んでいたリピクザンスカの森に逃げ込んでいた。そこへ、3人と同じように逃げ惑うユダヤ人が次々と合流する。

トゥヴィアは食料と武器を入手するため、父の親友だったコシュチュクを訪ねると、そこにも数人のユダヤ人が身を隠していた。トゥヴィアは、コシュチュクに頼まれ、他のユダヤ人たちも森の中へと案内する。
10月。数十人となったユダヤ人の共同体は森の中に家を建て、やがて彼らは“ビエルスキ・パルチザン(武装組織)”と名乗り、銃で武装し始める。
だがドイツ軍への攻撃を行なっていたある日、銃撃戦で2人の犠牲者を出し、アザエルも行方不明に。森の中で、仲間の喪失や空腹、不安を抱え、同胞の間でもいざこざが起き始めていたとき、トゥヴィアは皆でこの森で暮らすことを提案。生き残ることが復讐だという彼の意見に仲間たちも賛同するのだった。

そんな中、トゥヴィアがコスチュクの家に食料をもらいに行くと、2人のユダヤ人女性と共にアザエルがかくまわれており、コスチュクが納屋の先に吊るされ殺されていた。
1942年。ソ連軍キャンプは敵の攻撃から逃れるため、撤退を始める。それを拒むズシュだったが、ソ連軍は受け入れず、森を後にする。まもなくして森の中に爆弾が打ち込まれた。逃げ惑う人々。アザエルら数人が残り、銃を手に時間を稼ぐ。その間、トゥヴィアが仲間たちを誘導、森の奥へと進んでいった。
ロープやベルトで全員をひとつ繋ぎにして、大きな沼をようやく渡りきると、そこにはドイツ軍が待ち受けていた。激しい銃撃戦が繰り広げられ、トゥヴィアたちは劣勢を強いられていく……。

「ディファイアンス」で描かれている物語は実話であり、ズウィック監督自らがトゥヴィアらの息子たちと会って話を聞いて脚本化した。年齢設定等映画化に際して多少事実と異なる点もあるようだが、映画の本質を失うレベルではない。
我々日本人はユダヤ人が第2次大戦中にナチスドイツから受けた苦難について殆どその実態は知らない。個人的に興味のある方を除けばTVでの特集番組や映画で知る程度のレベルでしょう。この映画ではベラルーシ(白ロシア)が舞台のユダヤ人迫害がテーマで、トゥヴィアを演じたジェームス・ボンド俳優のダニエル・クレイグ、この役にピッタリだったのではないだろうか?ボンド俳優というよりは、一人の演技派俳優として、見事にトゥヴィアになりきっていた。
彼がリーダーとして森の中での逃亡生活を組織して行った様子がとてもリアルに感じる。最初は少なかった逃亡者も、何時の間にか森の中にコミュニティが組織されていった。

最後は決死の覚悟で銃弾が飛び交う中をかいくぐり、トゥヴィア自身も戦後はイスラエルに滞在し、最終的にはニューヨークに渡り家族と過ごした。それでもトゥヴィアはユダヤ人の心のふるさとであるイスラエルに永住帰国することを願っていたそうだが、その最期は寂しいものだったそうだ。
彼は当時の出来事を家族にも殆ど語っていなかったそうだが、それでも断片的に家族に語っていた話をズウィック監督が聞き出し映画化にこぎ着けたそうだ。 

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映画『ベンジャミン・バトン~数奇な人生』を観て~アカデミー賞受賞作品

2009-02-26 23:25:43 | アメリカ映画 2009

9-11.ベンジャミン・バトン~数奇な人生
■原題:The Curious Case Of Benjamin Button
■製作年・国:2008年、アメリカ
■上映時間:167分
■字幕:小山悟
■鑑賞日:2月7日、新宿ジョイシネマ(歌舞伎町)
 
スタッフ・キャスト(役名)
□監督:デヴィッド・フィンチャー
□脚本:エリック・ロス
□撮影監督:クラウディオ・ミランダ
□衣装デザイン:ジャクリーン・ウェスト
□音楽:アレクサンドル・デプラ
◆ブラッド・ピット(ベンジャミン・バトン)
◆ケイト・ブランシェット(デイジー)
◆タラジ・P・ヘンソン(クイニー)
◆ジュリア・オーモンド(キャロライン)
◆ジェイソン・フレミング(トーマス・バトン)
◆イライアス・コーティアーズ(ムッシュ・ガトー)
◆ティルダ・スウィントン(エリザベス・アボット)
◆ジャレッド・ハリス(マイク船長)
◆エル・ファニング(幼少期のデイジー)
◆マハーシャラルハズハズ・アリ(ティジー)

【この映画について】
老人として生まれ、年齢を重ねていくごとに若くなる男の半生を、アメリカの歴史とともに描くヒューマン・ファンタジー。
「華麗なるギャツビー」で知られるF・スコット・フィッツジェラルドの短編小説を原作に、「フォレスト・ガンプ/一期一会」「グッド・シェパード」を手掛けたエリック・ロスが大胆に脚色、「ゾディアック」のデビッド・フィンチャーがメガホンをとった。
出演者は、フィンチャー監督とは「セブン」「ファイト・クラブ」以来、三度目の主演となるブラッド・ピット、「バベル」「エリザベス:ゴールデン・エイジ」のケイト・ブランシェットら。
アカデミー賞では最多の13部門にノミネートされ、美術賞・メイクアップ賞・視覚効果賞を受賞する。
(この項、gooより転載しました)
【ストーリー&感想】
ハリケーンが近づく病院で、老女が娘に向かって語りはじめる。それは80歳の老人として生まれ、次第に若返っていった男の数奇な半生の物語だった。
その男、ベンジャミン・バトンは1918年、ニューオリンズで生を受けた。産むと同時に母は死に、父は呪われた赤ん坊と彼を老人養護施設に捨てる。
それを拾ったのは、黒人の介護士であるクイニーだった。彼女は、その赤ん坊をベンジャミンと名付け、自分の子供として育てることを決める。

12歳になったベンジャミンは、施設の入居者の孫娘であるデイジーと出会う。6歳のデイジーは、老いた子供であるベンジャミンに親しみを感じた。やがて、ベンジャミンは船で働きはじめる。女と酒の味を覚えた彼は、ボタン工場のオーナーと知り合う。その男は、ベンジャミンの父だった。ベンジャミンのその後が気になり、彼に接近したのだ。
1936年、施設から独立したベンジャミンは恋を知り、第二次世界大戦の戦火もくぐり抜けた。1945年、施設に戻ったベンジャミンは、成長してバレエダンサーとなったデイジーに再会する。デイジーに思いを寄せるベンジャミンだが、彼女はバレエに夢中だった。

そんなデイジーが交通事故に遭い、ダンサー生命を絶たれたとき、二人は結ばれる。やがて、デイジーは娘を産む。父から受け継いだボタン工場を売ったベンジャミンは、デイジーと娘に財産を残して放浪の旅に出る。それは、自身の人生を確認するためのものだった。
旅から帰ってきた時、デイジーには夫がいた。外見は少年ながら、内面は老人になり果てたベンジャミンを見守るのは、夫を亡くしたデイジーだった。そして、赤ん坊の姿でベンジャミンはこの世を去る。長い物語を娘に語り終えて、老いたデイジーも息をひきとった。外では、カトリーナ台風が近づいてきていた。この映画は、主役のベンジャミン・バトンを演じるブラピが、特殊メイクを駆使して老年から青年期までの全てを演じ分けていることだ。内容としては老人として生まれて、両親を知らずに育ったベンジャミンが赤ん坊の姿で亡くなるまでを語るという展開だが、時代の流れも描かれ、尚且つベンジャミンとデイジーの恋愛についても語られていて飽きずに最後まで堪能出来た。

普通、人物について語る時は時系列で若い時から亡くなる時(或いは成功するまでとか)を振り返るのだが、このケースは生まれた時に既に老人の姿だった訳であり、恋人のデイジーとは逆に人生の真ん中で出会って釣り合いが取れる訳である。
こういう
逆転の人生?を歩むと言う発想と、特殊メイク(CG?)の凄さを感じました。アカデミー賞の3部門受賞は妥当な線でしょう。

 

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映画『レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで』を観て

2009-02-19 15:02:00 | アメリカ映画 2009

9-10.レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで
■原題:Revolutionary Road
■製作年・国:2008年、アメリカ
■上映時間:119分
■字幕:戸田奈津子
■鑑賞日:2月1日、新宿ジョイシネマ(歌舞伎町)
レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで 日本版予告編
スタッフ・キャスト(役名)
□監督・製作:サム・メンデス
□脚本:ジャスティン・ヘイス
□製作:ジョン・N・ハート、スコット・ルーディン、ボビー・コーエン
□音楽:トーマス・ニューマン
◆レオナルド・ディカプリオ(フランク・ウィーラー)
◆ケイト・ウィンスレット(エイプリル・ウィーラー)
◆キャシー・ベイツ(ヘレン・ギヴィングス)
◆マイケル・シャノン(ジョン・ギヴィングス)
◆キャスリーン・ハーン(ミリー・キャンベル)
◆デヴィッド・ハーバー(シェップ・キャンベル)
◆ゾエ・カザン(モーリーン・グルーブ)

【この映画について】
レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットが『タイタニック』以来11年ぶりの共演を果たした本作。不世出の天才作家、リチャード・イエーツが1961年に発表した処女小説を、『アメリカン・ビューティー』でオスカーに輝いたサム・メンデス監督の手により映画化。傍目には理想の夫婦に見えるカップルが、それぞれに理想と現実のギャップに悩み、葛藤し、立ちはだかる問題に阻まれながらも、愛と夢を守ろうと苦悩する姿が描かれる。メンデス監督は『アメリカン・ビューティー』同様に、眩いまでの陽の光のもとに、郊外に住む家族の抱える空虚さと絶望を描いているが、もがき苦しむ若夫婦の姿は、50年代のアメリカが進んだ道を暗示しているかのようでもある。(この項、gooより転載しました)【ストーリー&感想】
1950年代のコネチカット州。元陸軍兵のフランク・ウィーラーはニューヨークの事務機会社ノックスに勤め、女優志願だったエイプリルと結婚した。

夫妻は2人の子供に恵まれ、“レボリューショナリー・ロード”の閑静な住宅街で理想的な家庭を築いていた。ある日、エイプリルはアマチュア劇団の舞台に立つ。しかし最悪の出来に終わり、帰りの車中で夫に怒りをぶつける。フランクは30歳の誕生日に、タイピストのモーリーンと食事に出かけ、自分が父と同じような人生を歩んでいることの不満を漏らす。2人は店を出ると、モーリーンの部屋へ行く。フランクが帰宅すると、彼の誕生日を祝う準備が整っていた。そしてエイプリルはフランクに、家族一緒にパリで暮らしたいと告げる。軍人時代、フランクはパリに駐在し、その街に魅了されていた。その思いを聞いたエイプリルも、パリに憧れを抱いていた。また彼女は、パリでは自分が働くので、フランクは好きなことをしていいと言う。フランクは移住を決意し、出発を秋と決める。フランクの同僚や、ウィーラー家の隣人・シェップとミリーのキャンベル夫妻は、2人の計画に冷ややかな視線を送る。

ある日、フランクたちに家を紹介した不動産屋のヘレンと夫ハワードが、精神を病み入院していた息子のジョンを連れてくる。ジョンは、人生の空しさを乗り越えたいというフランクを冷めた目で見る。パリ行きの準備が進む中、ノックス社の取引先のバートがフランクを引き抜こうとする。フランクは新しいポストに心を動かされるが、移住の決意をバートに伝える。出発が近づいたある日、エイプリルが妊娠していることを告白する。それでもエイプリルは移住を強行しようとするが、フランクは決意が揺れ始める。

1950年代と言う時代設定において、女性の社会進出がまだまだだった時代に妻のエイプリルは女優志望で、夫のフランクは会社員だった。当然ながら女優への道は平たんでは無く、妊娠を機にエイプリルは夢をしまいこみ郊外の家を購入し夫と子供と共に傍から見れば幸せな生活を営んでいた。でも、日本でもそうでしょうが、こういう家族ってそれなりに廻りの目を気にして「仲良し家族」を演じている部分がある。この映画ではそこにキリスト教的思想が入り込むので、日本人には分かり辛い部分もありますね。最後は、エイプリルが3人目の子供を妊娠したことと、昇進の話が舞い込んだことでフランクの決意が揺るぎ始め、情緒不安定になったエイプリルは堕胎に失敗して亡くなるという衝撃のラストが用意されていた。

果たしてフランクはかつて憧れていたパリ移住を提案されたが、本当に行きたかったのかは疑問?むしろ、エイプリルの提案を拒否すれば築いてきた夫婦関係にひびが入りそうで、それで受けたのかなって思った。サム・メンデス監督はケイト・ウィンスレットの夫でもあり、彼女はこの企画に安心して取り組んだのだろうが、果たしてこの作品でレオと共演する意味があったのだろうか?

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