「基本指圧」に憧れて ― 村岡曜子のブログ

我が国固有の指圧を広く浸透させ、社会の保健と福祉の増進に寄与したい。

患者さんがコロナ陽性に! 「濃厚接触者ではない」に一安心

2022年05月24日 | 雑感

 ある日のこと、定期的に予約をいただいているご夫婦が、いつものように指圧を受けに来院されました。その翌日、ご主人から電話があり、発熱してPCR検査をうけたとのことです。後日判明した検査の結果として、夫婦とも「陽性」だとの報告を受けました。
 電話を切ってスタッフに伝えた瞬間、緊張感が治療院の空気を一気に引き締めました。「うつされても、うつしてもいけない」との申し合わせで進めてきたからです! すぐにできることは、できる限りの消毒しかありません。除菌アルコールで考えられる箇所を拭きまくりました。

 指圧の治療は、「密接」にならざるをえません。この2年あまり、コロナの不安が蔓延する中で、この仕事を成り立たせることに、試行錯誤を重ねながら日々を過ごしてきました。「うつしても、うつされてもダメ!」。「感染」という言葉がいつも重くのしかかっています。
 とにかく治療院からは、絶対に感染者を出さない! との緊張感を片時も忘れないように患者さんに対してきました。
 目に見えない大敵です。スタッフが川越保健所に電話連絡し、指導を受けました。非接触型体温計で患者さんの検温をしていること、治療中も双方マスクをはずさないこと、二酸化炭素測定機を備え換気をまめに行っていること等、当治療院の状況を細かく説明したところ、私達は「濃厚接触者」には該当しないとのことでした。
 えー! 陽性の患者さんが来ていたのよ?

 保健所には申し訳ないんですが、その指導が納得できず、時間をあけてもう一回同じことを聞いてみました。担当者が変わっていましたが返答は同じ。やはり濃厚接触者には、当たらないそうです。安心すると同時に、拍子抜けしてしまいました。
 ただ、今まで以上に換気に努めることにしました。飲食の場ではないので、マスク着用と換気をしっかり行うといいそうです。

 数日後、美容院行きました。美容院の先生に、治療院の患者さんにコロナ感染者が出ても、「濃厚接触者」には当たらなかったのよ、と言ってみました。
 「えー、ほんと? 信じられないねぇ」。
 先生も驚いていました。以前と違うオミクロンウイルスだから? わかりません。そこを確認するべきだとも思いましたが、「まあ、いいか!」― とりあえず一件落着したことにしました。
 しかし緊張感は忘れずに、自信持ってお仕事頑張りましょうとの結論が出ました♪♪…


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友人のブログに改めて人生の「淋しさ」が迫る

2022年05月07日 | 雑感

 毎年、ゴールデンウィークは出かけずに、ふだんできないことをすることにしています。猫の通り道になっている自宅の小さな庭の木を切ったり、雑草をむしったり衣類の入れ替えや掃除など、したいことは山積みで、ひとつずつ片付けることを楽しみにしています。気分がさっぱりしてストレス発散。“やった感”を味わえます。(それほど捗るものでもないのですが、結構楽しい?)
 そんな状況ですが、今日、たまたま友人のブログを目にしました。彼は両親のお世話をしながら、自分の仕事をこなしている。「大変だな!」と思って見ていました。ほんとうに頭が下がる思いです。最近、両親を看取り、1人になった心情が書かれていました。“淋しさの極み” が伝わってくるのです。

 私についてお話ししますと、父親はすでに亡く、先日、母親(94歳)が緊急搬送され明日も分からない状況です。親の死を思うと言葉にならない淋しさ、想像していなかった感情がこみ上げてきます。
 この友人は指圧師です。同じ指圧研究会で勉強していたことがあります。ずいぶん前のことですが、彼のアイデアを形にした作品を見ました。段ボールで作った骨盤の模型を使って、身体の使い方を披露してくれました。器用だと驚きました。分かりやすく楽しい出来上がりに、皆で拍手喝采したのを昨日のことのように思い出します。
 知り合ってもう四半世紀です。同じ思いを持っている同士、いつでも声をかければ、話が通ると思っていましたが、今回のコロナ禍でそれも思うようにできなくなりました。1人になった「淋しさ」、「心細さ」や「不安」や「恐怖」。状況は色々でしょうが、これらを持たない人は、1人もいないと思います。

 いまから12年前、私は重篤な脳出血で緊急搬送されました。脳の深部に大きな出血がおき、入院した病院では緊急手術を伝えられました。しかし家族の意思でセカンドオピニオンを受けることができ、東京K病院で「直ちに手術を行うべきではない」と、投薬と経過観察で過ごしています。
 その間、後遺症の発作で救急搬送されたことも5回あります。私は、頭の中に潜んでいる後遺症への恐怖感を1日も拭うことはできません。それでも「今日を生きる」ことに専念したい、との気持ちを振り絞ってきました。弱い気持ちを持ってしまうと簡単に負けそうになるからです。

 コロナは人と人を疎遠にさせています。よかったら、ぜひ川越へお出かけください。
 「小江戸」といわれる蔵造りの古い建物群。「時の鐘」と呼ばれている鐘楼(しょうろう)は、明治の大火の翌年に再建され、いまも1日4回、自動鐘打機による鐘撞(かねつき)が行われています。環境庁主催の「残したい日本の音風景100選」に選ばれました。
 また「江戸の台所」川越名物のうな重は、食された皆さんが喜んでくださいます。いかがでしょうか?


川越・新河岸川沿いの桜並木


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今年こそ「吉祥の風」が吹いてほしいと願いを込めて…

2022年04月01日 | 雑感

 写真の書の読みは「キチジョウフウ」でしょうか、「キッショウフウ」でしょうか? 地名の読みは「吉祥寺(キチジョウジ)」ですね。薬師寺(?)にあるのは「吉祥天女像(キッショウテンニョゾウ)と読むと、中学時代の先生が口を酸っぱくして言っていたのが忘れられない。
 ネットで調べてみたけど両方の読み方があるようにも思える。いずれにしても「おめでたい風」、あるいは「おめでたいことの兆しとしての風」でしょうか。これは私の書の師匠で歌人でもあるHS先生が揮毫(きごう)してくださったものです。素敵な言葉と書です。

 振り返るとこの2年の間に、生活は「コロナ禍」のために様変わりしてしまいました。もう少し我慢をしていけば、元の生活が戻ってくるのでしょうか。そこかしこで否定的な声が聞こえることもあるこの頃です。コロナによって世界中がストレスにさらされています。
 あろうことか、その上に「ロシアVSウクライナ」の戦争まで勃発してしまいました。映像で見る惨状には言葉を忘れてしまいます。しかしこの娑婆世界で生活する以上、暗い気持ちになってはおれません。今年こそ「吉祥の風」が吹くことを願い、治療院ではこの書を掛けています。
 こんな時だからこそ、日々の仕事に心を込めて、1人でも多くのかたに喜んでいただけるような指圧をしていきたいと思っています。


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帰ってきたトラ猫チャトラン、私の好きな短歌と重なる

2022年02月27日 | 雑感

 治療院の近所に住みついている人気者のトラ猫、チャトラン。ずいぶん久しぶりに日向ぼっこをしてる姿を発見しました。いつも遊んでもらう家の、ステンレス製のポストにお腹を密着させて座った形で昼寝をしていました。お腹が温かくて気持ちよさそうです。
 野良猫の世界でも「縄張り」はあるのでしょうか? このポストの上に、他の猫が座っているのを見たことがありません。特別席、定位置です。近所の知り合いのかたから、「ここのところ河岸を変えたのでは?」と聞いていたのですが、また、時々顔を出すようになりました。そのかたの話によると、隣のアパートにいる女子大生に餌をもらうようになり、やって来て遊んでもらっているそうです。

 久しぶりに見かけるチャトラン。それにしてもずいぶん歳をとりました。野良猫には、ここ数年の激しい気候変動は、厳しいでしょう。暑さや寒さをどのように凌いでいるのでしょうか?
 チャトランは今でもよく太っているので、餌は十分に貰えているようですが、今冬の外の生活はかなり厳しいと思います。

 「野良猫ら 冬はだまりに悠然たり よくなきゆとりを 見よとばかりに」

 大好きな短歌。書家で歌人の私の大先輩の歌です。
 カメラを構えて近づいても、尻尾の先も動かさないチャトラン。お見事!


以前は体を洗ってくれる人がいたが、最
近は汚れ放題。「猫」が「鼠色」になっ
てしまいました


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西表島から指圧愛好一家が治療院にやって来ました

2021年04月17日 | 雑感

 3月30日の朝仕事前、治療院に現れた突然の来訪者たち!! 大勢の元気な声が響き渡りました。驚いたことに西表島(沖縄)3兄弟のうちのお兄ちゃんの健呂君、次男のハル君、お母さん、さらに埼玉・川越のおばあちゃんとおばさんが大挙しての来院です。
 指圧師を目指しているお兄ちゃんは指圧学校を卒業、ハル君は某体育大学の入学式と入寮式のために上京し、お母さんは里帰りでした。おばあちゃんは川越の開業医の奥さんですが、何十年にもわたる熱心な指圧の愛好家。その影響で子供から孫にいたるまで挙げて指圧大好きです。これまで20数年、年に1、2回は西表から指圧に来ていました。今回、大勢が集まったので皆で来てくれたのです。

 石垣島の高校を卒業したハル君は、希望に燃える笑顔を輝かせ、120パーセント青春真っ只中という状態でした。この座にいた全員で、記念写真に納まりました。向かって左は治療院の元スタッフで昨年独立した加納君、右はスタッフの三神君、中央が私です。おばさんは撮影していたので、残念ながら写真には入っていません。
 ハル君、帰りに一言、「もう少し背が高くなりたいので、(指圧で)よろしくお願いします」。西表島の三兄弟のうち、今回来れなかったのは石垣島の高校に通っているアサヒ君一人です。「オレも指圧師になろうかな」と言っているそうです。指圧学校を卒業した健呂君が、4月から練習生として治療院に来ることになっています。賑やかになるでしょう、楽しみです。



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地元・砂川堀端のソメイヨシノも満開

2021年04月16日 | 雑感

 世間の誰もがコロナ禍で生活が一変した中、桜の花は相も変わらず美しく満開を迎えました。私の花見は毎年、近所の砂川堀端と決めています。今年は3月22日に夫と出かけました。ここは格好の穴場で人が少ないのです。時おりリタイヤ組と思われる方がのんびり歩いている程度で、私たちが楽しむにはとても心地よく、気に入っている場所です。

 今年の桜は、早めに咲いたので色が薄いかな? と思っていましたが、とてもきれいなピンクでした。コロナの影響でどうかと思った人出も、ぽつりぽつりと毎年のごとくでした。この日は風もなく寒くもなく、気持ちのいい陽射しで絶好の花見日和。遅くなりましたが、満開の風景をご覧ください。

 追記
    満開の桜花が、あっという間に葉桜になってしまいました。桜の開花だけでなく、通りがかりに見える花々はすべて早かったようです。八重桜はもちろん、ハナミズキ、ポピー、芍薬、サツキ、藤などなど、そのほか雑草までが一時に花盛りです。コロナ渦で外出も自粛しがちですので、花を楽しむ気持ちがいっそう掻き立てられます。







今年も砂川堀端に咲き誇ったソメイヨシノ


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猫チャンの「食事」にも新型コロナ肺炎の影響??

2021年03月24日 | 雑感

 わたしは野良猫。物心がついたころはホームレスだったので、自分の名前は知りません。数年前から私に声をかけてくる指圧治療院の院長が、「チャトラン、チャトラン」と呼ぶからきっとわたしのことなのでしょう。以前、どこかでフランス語っぽい呼ばれ方をしていた記憶もあります。 
 実は、わたしの左耳の先はⅤ字カットされています。ノラの去勢・不妊手術がおこなわれた目印で、オスは右耳、メスは左耳がカットされるといいます。そういえばわたしにもかすかな記憶が残っています。 

 朝な夕なに治療院の付近に顔を見せていたチャトランが、この2年ほどあんまり見かけなくなっていました。居心地のいい場所が他にもできたのかな? と思っていました。とても人懐っこいよく太った猫で、大人も子供も通る人が、振り返って見てるほど可愛いのです。
 以前、飼い主にかなり可愛がってもらっていた猫なのでしょう。歩く姿勢も堂々として朝になると決まった方向から「出勤」して来ます。近所の人気者で写真に撮られることにも慣れているのか、じっとポーズをとり、通る人が皆、振り向くほど存在感のある猫です。10歳はとうに過ぎているでしょう。今は毛のツヤも衰え、時の流れの哀れを感じさせます。

 最近、チャトラン大好きな近所のおばさんに話を聞きましたが、ショックで私は言葉を失いました。なんと通りがかりにチャトランを叩く(殴る)人がいるそうです。酷い人もいたものです。可哀想に! 同時に憤りと恥ずかしさを感じました。
 チャトランは、この話の間、ずっと私とおばさんの間に座っていました。なにを思っていたのでしょうか。

 もうひとつ、チャトランにも「コロナ」の影響が、及んでいると知り驚いたことがあります。治療院の近所に50年以上営業している魚屋さんがあります。この店、朝市場で品質の良い魚を仕入れ、客は、「今日は、何が並んでいるかな?」と見に行くのです。店の人が「今日は、〇〇が旨いよ! △△が脂がのっているよ! との言葉で、多くの人がそれを購入します。おじさんが勧めてくれた魚は必ずといっていいほど美味しいのです。「信頼が命」の商いをしている貴重な魚屋さんです。人気店なので夕方は、30分ほど並ぶのは当たり前でした。
 私も患者さんに、美味しいお魚情報ということでお知らせすることもあります。ところがこの魚屋さん、コロナ以後なぜか売り上げが伸びず困っているそうです。今は店先に並ばなくても、美味しいお魚が手に入ります。この美味しい魚のアラを魚屋さんに貰い、それを湯がいたものがチャトランのエサになっていたとおばさんが話しました。ところが売り上げが少ないので、最近はアラが少なくなっているというのです。

 「魚屋さん、頑張ってください」。

 チャトランのエサになるのなら、我が家の夕食に生きのいい美味しいお魚をもっと出さなきゃいけませんね。

 おばさんも魚屋さんも治療院も、そしてチャトランも。コロナに負けないように頑張りましょう。エイエイオー!


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「禍中に悦あり、また楽しからずや」でいきましょう!

2021年02月23日 | 雑感

 新型ウイルス感染拡大は、私達の生活全般に大きな影響を与えました。しかしそのストレスで潰されるわけにはいきません。これを受け入れ、できれば楽しみに変えられないものかと考えています。こんな言葉がります。

 「忙中(ぼうちゅう)閑(かん)あり」

 これは忙しい中にも、少しのひまや、ちょっと休憩できる時間はあるということです。
ふと考えました。
 
 「禍中(かちゅう)悦(えつ)あり」
 
 これはいかがでしょう? もしこのように達観(たっかん)できれば、いろんな事態が変わってくるのではないか。達観というのは、目先のことに一喜一憂せず将来の情勢を見通す、とでもいうのでしょうか。コロナ禍の中にあっても、喜ぶことを見つけたいという思いです。
 当治療院ではでマスクの着用、手洗い、種々の消毒、ソーシャルディスタンスの厳守は当たり前で、シーツや枕カバー、毛布のカバーは一人ひとりの患者さんごとに替えています。洗濯は大変ですが、安心・安全がいちばん。治療後のシーツ替えも、次の患者さんが待っている前で行うことになります。スタッフ一同、いかに素早く替えるかの工夫も生まれてきました。

 洗濯するときシーツ替えを想定して、干した後に使い易いように、折り目が毛布などの角に巧く当たる形に整えて干す方法を考えました。スタッフ同士で細かい工夫を出し合っています。シーツ替えは、1人で行うより2人でやる方が断然楽だし、自然に協力しながら早く行なうようになりました。
 しかも最近は、治療を終えた患者さんがシーツ替えのタイミングを待って、なんと一緒にやってくれることが多くなりました。予約制で、馴染みの患者さんが多いからでしょう。
 ありがとうございます、助かっています。シーツ替えの時のリズムもできてきて、ひとつのコミュニュケーションにもなってきました。

 以前、有馬温泉の「銀水荘 兆楽」に投宿したときのことを思い出しました。部屋は和室です。夜、従業員が2人1組で布団を敷きにきたとき、2人のイキの合った仕事ぶりがみごとでした。まるでショーを見ているようで、終わった時には、自然に拍手をしてしまいました。見ていてとても楽しかったのです。
 指圧治療後のシーツ替えのとき、息を合わせてあのショーのようにできないかな? なんて密かに楽しんでいます。

 当治療院のシーツ替え風景


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「水と礫」が文藝賞に ― 姪の息子の思いがけない受賞

2021年02月13日 | 雑感

 コロナ騒動が始まっておよそ1年、緊張感を失わないように心掛けて生活しています。先が見えない状況ですが焦らず逆らわず、時代の流れに任せて行きたい。しかし決して慣(な)れないことが大事だと思っています。
 そういえば「なれる」という漢字はいろいろあります。慣れる、馴れる、狎れる等々、そして漢字ですから当然それぞれに意味があります。「長くその状態であることで当たり前になること」には「慣れる」を使うそうです。コロナウイルスが蔓延している社会に、慣れてしまうことがきわめて危険だと私は思っています。体内に抗体を作成する「ワクチン」ではなく、「特効薬」ができるまで、コロナ社会に慣れてはいけないのです。

 去年は巷でも暗いニュースばかり。大きなストレスの真っ只中にいる感じだったとき、我が家に舞い込んだ嬉しいニュースがありました。私の報告が遅いので「ニュース」とは言えないかもしれません。夫の姪が姫路にいますが、その長男が去年の「文藝賞」を受賞したのです。一昨年だったでしょうか、日航姫路のラウンジ「夜間飛行」で会ったとき、小説を書いているとは聞いていましたが、さっそく大きな賞をいただくとは思いませんでした。

 この文藝賞は、芥川賞や直木賞を獲っている作家の登竜門と言われているそうです。我が家では大きな嬉しいニュースでした。受賞作品は、「水と礫」という小説です。昨年は、コロナ渦の影響なのか出品数が最多であったそうです。その中での賞です。昨年の応募総数はダントツの2360作品だったそうで、この受賞には本当に驚きでした。
 何か「ご褒美を」と思い、アレコレ考えました。
 「そうだ!」。
 ずいぶん前のことになりますが、私が経験をまとめて本を上梓したとき、それを読んでもらうことがいちばん嬉しかったことを思い出しました。

 知り合いや治療院の患者さん達で、読書好きの方に声をかけて読んでいただきました。感想も色々ありましたが、いろんな意味で楽しんで頂けたようで、取りあえずよかったと思っています。
 賞が獲れたのはとても嬉しく、これからの活躍に期待しています。皆さまの応援をよろしくお願いします。


 昨年の文藝賞受賞作「水と礫」


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コロナ禍が幼児にも大きな影響を与えています!

2021年02月10日 | 雑感

 5歳女児のCちゃんは二分脊椎症。当治療院には月に1回来院し、お母さんと2人指圧を受けています。2歳の時から自宅でお母さんがCちゃんを圧し、その効果を確認しながら治療院で指圧治療を続けているのです。
 その間、お母さんの熱意をひしひしと感じてきました。将来的には、必ず目的が果たせることを確信して楽しみにしています。
 そんなお母さんが昨年春、整形外科医からCちゃんのアキレス腱手術を勧められました。医師は子供の将来を思っての提案ですが、お母さんはとてもショックを受けていました。その気持ちはよくわかります。手術までには間があるので、その間の指圧治療で手術を回避できないかと相談されました。

 もともとたいへん意欲的なお母さんです。圧し方を覚え自宅で一生懸命実践しました。成果は、みるみる出てきました。動画を撮ったのを見比べて見ると明白です。嬉しさがこみ上げる結果でした。
 ところがその後、9月に動画を見たときには彼女の動きに若干のいい変化は感じましたが、体調によってはある事かなと思う程度でした。10月の撮影結果には「夏の疲れかな?」と陰りを感じました。
 Cちゃんの動きは、11月から12月と変わってしまっています。新年になり、Cちゃんの動きは、よかった当時と比べると、明らかに後退していました。いったい原因は何? 納得できません。
 二分脊椎症の子供達の光になる、とお母さんと一緒に頑張っていたのに? 歩行改善は可能との手応えをしっかり掴んでいたのですが…。さすがに悩みました。

 この日、いつものようにお母さんを圧し終えた後、Cちゃんを圧しました。彼女のお腹を圧して、すべての謎が解けた気がしました。その原因は、「コロナ騒ぎ」だったようです。大人はもとより子供達の生活全般まで、コロナによるしわ寄せで様変わりしています。日々、窮屈を強いられています。
 Cちゃんの腹部には、人間がマイナス感情(不安、恐怖、怒り、ショック等々)を持った時に出るコリが強く出ていました。大人の腹部にはよく出るコリですが、子供ではあまり見ないのです。圧す私の方がショックでした。こんなコリを作っていたCちゃんを愛しく感じました。 

 「シッカリ圧してあげよ!」

 Cちゃんの普段の生活を聞いてまたまたショックを受けました。子供の環境の中にそうとう深く「コロナ」が染み付いていることを改めて知り、言葉が出ませんでした。
 たとえば、ある日の保育園での昼食用意中、Cちゃんが箸を床に落としてしまい拾おうとした時、先生が焦ったように「ジッとしてて」と大声で指示。彼女はそこに立ちすくんでいたそうです。先生は、クラス全員の配膳後、Cちゃんを洗面所に連れて行き、手洗いと消毒の後やっと席に戻したそうです。先生方もコロナ患者を出さないように必死なのですね。

 でも、子供はそれまで当たり前だと思っていた行動を大声で制止され、戸惑ってただウロウロするばかり。その時のCちゃんの様子が目の前に浮かびます。一事が万事、このような事ばかりでは大人も子供も堪らないと言葉を失いました。コロナ禍の生活は、子供達に行動の制限を強く課している現実を突きつけられました。
 Cちゃんを圧して、すべてにおいて合点がいきました。思い返してみると9月・10月あたりから、コロナが増え始め加速してきました。それに伴ってCちゃんの動きが退行してきたのです。コロナ生活のストレスにより心身共に辛くなってしまったのだと思います。可哀そうに、しかしコロナに負けてはいられません。一緒に頑張ろう!


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