経営コンサルタントへの道

コンサルタントのためのコンサルタントが、半世紀にわたる経験に基づき、経営やコンサルティングに関し毎日複数のブログを発信

◆【お節介焼き情報】 原理原則重視の白洲次郎に学ぶ

2023-10-29 07:09:32 | 【話材】 お節介焼き情報

◆【お節介焼き情報】 原理原則重視の白洲次郎に学ぶ


 
 日本経営士協会は、ご存知の方も多いと思いますが、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 
 会員は、それぞれ異なった専門分野を持っていますので、経営士同士が競合するというよりは、専門外の分野で補完し合っています。これを「共業・共用・共育」といっています。
 
 その異なった分野を持つ会員が、つれづれに思ったことや、入手した知識や情報のお裾分け精神から、皆様に、【経営コンサルタントのひとり言】としてお届けします。
 
 
 
 

■【経営コンサルタントのひとり言】 原理原則重視の白洲次郎に学ぶ

 

 白洲次郎(しらす じろう、1902年2月17日 - 1985年11月28日)は、兵庫県芦屋市の裕福な家庭に生まれた「日本を代表する実業家のひとり」といって良いでしょう。

 旧制中学校卒業という学歴ですが、イギリスに9年も在住し、当然のことながら英語が流ちょうでした。そのため、第二次大戦後の連合国軍占領下における日本復興に一役買った人です。

 吉田茂が外務大臣をしていたときに側近として活躍し、吉田に代わって占領軍に対峙し、憲法制定においても、いうべきことを言うということから、占領軍から煙たがれもしましたし、一目もおかれました。

 吉田内閣では、貿易庁長官を仰せつかりますが、腐敗蔓延の中、商工省の外局としてではなく、通商産業省を新設して、旧弊を排除できる組織の基礎を作りました。本人は、お役所の中で辣腕を振るうのではなく東京鶴川で農業をするという面白い生き方をしたといいますので、名誉欲の強い人ではなかったようです。

 その後、東北電力の会長を始め、多くの企業で役員を歴任しました。歯に衣着せない生き方は、敵も多かったようです。自動車好きということもあってか、「永遠の不良」ともいわれています。


 田中角栄が総理大臣の時に、海外からの来客のおもてなしに、白洲が経営に携わるゴルフ場に予約を取ろうとしましたが、「夏の週末はビジターを受け付けない」という規則があるので、「役員会に諮ります」と遠回しに「No」と言ったそうです。

 たとえ相手が一国の総理大臣であろうが、「規則は規則」と「原理原則を重視する」という「プリンシプルを貫く」人であるという、白洲の生き方を知ったのが、私が経営コンサルタントとして独立してからのことです。

 私が、「原則重視」「モノサシ主義」「原点主義」と言うようになったのは、まだ二十代の頃でしたが、白洲の、この生き方を知って、そのやり方に自信を持ちました。経営コンサルタントとして、顧問先においても、また日本で最初にできた経営コンサルタント団体の役員、理事長、会長と歴任してきた中でも、これを核に仕事をしてきました。

 このやり方は、行き過ぎますと官僚的になってしまいます。行き過ぎないようにするのが管理職の役割です。「管理職とは、ルールを破る人」ということを私は、しばしば口にするようになりました。

 このことは、「管理職は、偉いので、なにをやっても良い」というのではありません。管理職こそ原理原則を重視しなければならない立場で、ルールに則って仕事をしなければなりません。ルールに反する部下がいればアドバイスをしたり、指導をしたりして、指揮を執って行かねばならないのです。

 それでは、「ルールを破る人」と先に言ったことと矛盾をすると思われるかもしれません。管理職は、平素、原理原則に基づいて仕事をしたり、部下に動いてもらったりしますが、時に、戦略的な視点で、ルール通りではうまく行かないと判断できることがあります。その時には、管理職は、自分の権限内で、ルールを破って、その戦略的な判断を現場に活かすのです。

 自分の権限内では、その達成が困難と判断した場合には、上司の許可を取ってでも、信念を持って進めて行かなければなりません。

 白洲は「政治というのは、国民が求めていることを進めるという迎合的なやりかたをとるのではなく、たとえ今は民意に反することであっても、先見性を持って判断したことは、多少強引に見えても実施して行くことが求められる」ということを主張したそうです。

 私の「管理」の定義の中に、「先見性」という言葉を含めていますが、それは白洲の素晴らしさを知る前から用いていて、必ずしも白洲の、この言葉を知っていてのことではありません。白洲の、この考え方を知って、自信を持てるようになりましたし、白州の生き方に共感するようにもなりました。

 先見性を持てれば、たとえ周囲からの批判があっても、自信を持って、大胆に進められます。一方、白洲は、大変細心な部分を持っていて、その大胆さとは真逆な面もあったようです。

 仕事のできる人は、「両極端な面を持つ」ということを白洲から学びました。

  (ドアノブ)

 

 


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■【きょうの人】 1029 円珍 天台寺門宗寺門派の宗祖

2023-10-29 06:33:00 | 【話材】 きょうの人10月

 

  【きょうの人】 1029 円珍 天台寺門宗寺門派の宗祖

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

 円珍 天台寺門宗寺門派の宗祖


 えんちん
 弘仁5年3月15日(814年4月8日- 寛平3年10月29日(891年12月4日)


 平安時代の天台宗の僧で、天台寺門宗(寺門派)の宗祖でもあります。

 法号は「南無大師智慧金剛(なむだいしちえこんごう)」で、諡号は智証大師(智證大師、ちしょうだいし)と称し、入唐八家(最澄・空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人ですので、最澄・空海らと肩を並ぶお人なのです。

 讃岐国(香川県)金倉郷に誕生しました。その地の豪族・佐伯一門のひとりで、俗姓は「」和気」といいます。空海(弘法大師)の甥(もしくは姪の息子)にあたるといわれています。

 15歳で比叡山に登り、義真に師事、12年間の籠山行を終えました。

 役行者を慕い、大峯山・葛城山・熊野三山を巡礼しました。吉野での修験道の発展に寄与することになり、承和13年(846年)には、延暦寺の学頭となりました。

 仁寿3年(853年)に、新羅商人の船で唐に向かう途中で暴風に遭って台湾に漂着したいりしました。

 天安2年(858年)帰国後、比叡山の山王院に住したの地、第5代座主となり、園城寺(三井寺)を賜りました。三井寺には、円珍が感得したとされる「黄不動」「新羅明神像」等の美術品の他、円珍の手による文書が他数残されており、日本美術史上におきましても注目されることです。

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b980872ee9528cb93272bed4dbeb5281

◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a0db9e97e26ce845dec545bcc5fabd4e

【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。


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■【今日は何の日】 10月29日 宇和津彦 神社秋祭の日

2023-10-29 00:03:00 | 【今日は何の日10月】

 

  【今日は何の日】 10月29日 宇和津彦 神社秋祭の日

 

 一年365日、毎日が何かの日です。  季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。  これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。  独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。 詳細 ←クリック

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

■ 宇和津彦(うわつひこ)神社秋祭の日

 八人の少年が踊る八つ鹿踊りは有名です。一人が雌鹿役を演じて雄鹿を探す仕草をするユーモアのある伝統行事と聞いています。宇和島の総鎮守である牛鬼は、写真で見ると赤い布とシュロ毛で全身を覆い、秋田のなまはげを連想させます。

  【宇和島市観光ガイド】

 宇和島地方に古くから伝えられている八ツ鹿(やつしか)踊りは、既に350年余の伝統を持つ民俗芸能です。

 仙台藩領にあり、太鼓を前に抱えて打ちながら踊るしし踊りは、宮城県各地に普及しており、その中で雄鹿たちが雌鹿をたずね探して遂に発見して喜ぶ「めじしかくし」という踊りが、宇和島に定着し現在に至ったようです。

 

図 14_502

  図 宇和島市観光ガイド ←クリック

 

【きょうの人】

■ 円珍 えんちん

 弘仁5年3月15日(814年4月8日- 寛平3年10月29日(891年12月4日)

 平安時代の天台宗の僧で、天台寺門宗(寺門派)の宗祖でもあります。 (写真:Wikipedia)

 法号は「南無大師智慧金剛(なむだいしちえこんごう)」で、諡号は智証大師(智證大師、ちしょうだいし)と称し、入唐八家(最澄・空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人ですので、最澄・空海らと肩を並ぶお人なのです。

 讃岐国(香川県)金倉郷に誕生しました。その地の豪族・佐伯一門のひとりで、俗姓は「」和気」といいます。空海(弘法大師)の甥(もしくは姪の息子)にあたるといわれています。

 15歳で比叡山に登り、義真に師事、12年間の籠山行を終えました。

 役行者を慕い、大峯山・葛城山・熊野三山を巡礼しました。吉野での修験道の発展に寄与することになり、承和13年(846年)には、延暦寺の学頭となりました。

 仁寿3年(853年)に、新羅商人の船で唐に向かう途中で暴風に遭って台湾に漂着したいりしました。

 天安2年(858年)帰国後、比叡山の山王院に住したの地、第5代座主となり、園城寺(三井寺)を賜りました。三井寺には、円珍が感得したとされる「黄不動」「新羅明神像」等の美術品の他、円珍の手による文書が他数残されており、日本美術史上におきましても注目されることです。

 

■ 【今日は何の日】その他

◇ 福岡香椎宮例祭

◇ 智証大師忌

 

(ドアノブ)

趣味・旅行のブログ

 

 since 1951 特定非営利活動法人・日本経営士協会

【ブログ 経営コンサルタントの育成と資格付与】

 日本経営士協会は、特定非営利活動法人として内閣府による認証を受けた経営コンサルタント団体です。1951年に誕生し、経営コンサルタント育成と経営士・士補資格付与活動を1953年から積極的に行ってきている、日本で最初に設立され、約65年もの永きにわたりまして社会貢献をしてきています。  このブログは、主に次のような方々を対象に、時宜に即した情報を毎日、原則として複数本のブログをお届けしています。経営というのは、根底に流れいるものは、下記のいずれにも共通し、視点を変えるだけでそれを応用することができるという信念を基に、あえて三兎を追っています。

  ◇ 経営者・管理職の皆様   ◇ 経営コンサルタントを目指す人   ◇ プロの経営コンサルタント

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◆【経営コンサルタントの独り言】  秘書のために速記を学ぶ!? a28

2023-10-28 17:03:00 | 【話材】 経営コンサルタントの独り言10

【経営コンサルタントの独り言】 秘書のために速記を学ぶ!? a28

 

平素は、ご愛読をありがとうございます。

経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うブログで、毎日複数回つぶやいています。

 

■ 秘書のために速記を学ぶ a28

 欧米では、秘書がディクテーションといって、ボスの口述筆記を行うのが主要業務のひとつでした。

 昨今では、音声文字変換アプリ技術が高くなってきたので、秘書が速記を覚える必要性は大変低くなりました。

 

 欧米では、二種の速記があります。

 私がアメリカにいたときに、その速記の一つである、グレッグ式英文速記の基礎の基礎を学びました。

 

 1970年から5年間ニューヨークの日本商社で仕事をしていました。

 アメリカ人秘書に口述筆記をしてもらい、タイピングをしてもらう仕事で、先方も日本人の英語になれないことからこの作業が余りうまくいきませんでした。

 

 そこで、どのようなときに秘書が引っかかるのかを知るために英文速記を私自身が学び始めたのです。

 すると英文速記のなかでも頻度の低い単語などの場合には、秘書がそれを記述するのに時間がかかることを発見しました。

 そこで口述するときに、時間がかかりそうな表現の時には、時間を取って上げるようにしたところ、ミスも減り、時間も短縮できました。相手に併せて作業をしてやることの必要性を実感しました。

 

 彼女は、「日本人の思いやり」ということを感じ取ったらしく、秘書とのコンビもうまくいくようになりました。

 今日では音声認識技術が進んで、速記を使う人は限られているのではないでしょうか。

 

ドアノブ)

 

◆ ツイッターでのつぶやき 

konsarutanto

 

 

【経営コンサルタント(志望者)へのお勧めブログ】

 ◇ 経営コンサルタントへの近道・資格取得  ◇ コンサルタントバンク人材銀行  ◇ 経営コンサルタントになろう  ◇ 経営コンサルタントQ&A  ◇ 独立・起業/転職

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■【あたりまえ経営のすすめ】1-10 “真”の経営者は信念を持つ Aa18-Bc27

2023-10-28 12:03:00 | 【心 de 経営】 あたりまえ経営のすすめ1 経営編

■【あたりまえ経営のすすめ】1-10 “真”の経営者は信念を持つ Aa18-Bc27

 多様化の時代になり、ホンモノ智恵が求められる昨今です。

 世の中には、「専門家」とか「プロ」と呼ばれる人が多数いらっしゃいます。

 ところが、残念なことに、その大半というのが、「エセ専門家」「エセプロ」なのです。

 それが露呈したのが、東日本大震災の福島原発事故ではないでしょうか。

 その対応においても、事後対応においても、専門家と言われる人達な何もできず、口を閉ざしてしまっだではないですか。

 ホンモノのプロ、要は「“真”のプロ」とは、どの様な人を指すのでしょうか。

 40年余の経営コンサルタント経験から、最善の策ではないにしても、ベターな策を講じるための智恵をご紹介してまいります。

メモ

■ 1-10 “真”の経営者は信念を持つ Aa18-Bc27

 ある企業の管理職は、二言目には「うちの社長は、こんなことを言っています」と、社長の自慢話をしてくれます。会うたびに、言う内容が異なりますので、その社長さんは、朝礼や訓示などで、自分の考えをいろいろと話をしているのでしょう。

 しかも、主旨一貫していることとして、創業者精神やそれに端を発すると思われる死生観といいますか、世界観といいますか、人生観ともいえる一本筋が通っているように、私には聞こえます。

 その根底には、彼が持つ変わらない価値観があるのでしょう。その価値観が、仕事に対する姿勢として表れているようです。


 大企業ですら、経営者やそれに続く役員が、不祥事を起こす時代です。彼等の中には、私利私欲がベースになっている人もいますが、多くは、自分の会社のためと思ってやっているようです。

 ところが、それが変形して「自分や自分の会社にとって都合が良い」という視点に変質していることに気がついていないのではないかと思われることが散見されます。そこからの判断ですので、間違った意思決定がなされ、それが企業の不祥事に繋がってしまうのではないでしょうか。

 自分自身の中に潜む魔の誘いに乗らないようにするためには、トップは、信念を持ち、自分に厳しくなければなりません。自分の考え方の基礎が明確ですと、それをもとに意思決定が成されますので、判断にブレが出ないのです。

 一方で、経営環境は複雑になってきています。「ホンモノを見抜く力」とか「人を見る目」などと言われる力も必要です。しかし、人間というのは複雑な生き物ですので、自分の力だけの判断では及ばないことが多いのです。

 トップに限らず、ビジネスパーソンは、内外の情報にも強い関心を持ち、入ってくる情報を鵜呑みにせず、ウラを取るという習慣が求められます。事実が、「真の事実」であることを確認するような、工夫が不可欠です。

 教科書的な知識や情報は、必要でありますが、それは「ある条件下において」は正しいでしょうが、全てにおいて正しいわけではありません。有名人の言葉であるとか、教科書だからといって、全てを鵜呑みにすることは危険です。

 「十人十色」「百社百様」ですので、自分の会社、あるいは眼前の課題に対して、そのまま適用できるとは限らないのです。

 入ってきた情報を鵜呑みにしないだけではなく、自分の考えと異なるときには、徹底的に「なぜ異なるのだろう」と追求し安易な妥協や折衷案的な意思決定をしないことです。

 しかし、自分の考えが正しいのだろうかと、自分自身をクリティカル・シンキング的に見る「謙虚さ」も忘れてはなりません。自分の考え方や見方が、妥当なのだろうかと、判断に迷うことは多々あります。信頼できる第三者を身近に持つことの大切さを認識しましょう。


 別項で述べていますように【心 de 経営】の精神を持ち、信頼される経営者やビジネスパーソンであって欲しいです。

 

 “真”のプロコンサルタント成功のツボ 

   “真”のプロコンサルタント成功のツボ 原点に戻って管理とは何かを考える GLCN-101-13-0226 - YouTube

   “真”のプロコンサルタント成功のツボ 思考法 原点に戻って経営とは何かを考える GLCN101-11-228 - YouTube

■【あたりまえ経営のすすめ 経営編】 バックナンバー

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■【プロの心構え】 バックナンバー

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【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 10月27日 「3共」って何だろう???

2023-10-28 08:03:00 | 【小説風 傘寿】老いぼれコンサルタントの日記

 

  【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 10月27日 「3共」って何だろう???

 

 平素は、私どものブログをご愛読くださりありがとうございます。

 この度、下記のように新カテゴリー「【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記」を連載しています。

 日記ですので、原則的には毎日更新、毎日複数本発信すべきなのでしょうが、表題のように「老いぼれ」ですので、気が向いたときに書くことをご容赦ください。

 紀貫之の『土佐日記』の冒頭を模して、「をとこもすなる日記といふものを をきなもしてみんとてするなり」と、日々、日暮パソコンにむかひて、つれづれにおもふところを記るさん。

【 注 】

 日記の発信は、1日遅れ、すなわち内容は前日のことです。

■【小説風 傘寿の日記】

 私自身の前日の出来事を小説日記風に記述しています。

 公園のザクロの実が、つい先日まで赤色をしていたのですが、赤黒く熟した色に変化をしてきました。

 多くのザクロが、赤みが濃くなると割れて中味が見えるようになります。栗などもそうですが、これを昔の人は、「笑む」と表現しています。

 たしかに、ザクロの笑顔を見るようです。

 この、赤黒く熟した色のザクロも笑むのでしょうか。

 明日が楽しみです。

 明後日かも知れません・・・

 

 経営コンサルタントを目指す人の集まりで、ミニセミナーを行いました。

 ちょっとした情報が、私達の智慧となることは多々あります。
 その情報が知恵の源泉であることに気づかないで機会損失を起こしていることは、それ以上に多いのかもしれません。

 ◆ 「3共」って何だろう???

 (特)日本経営士協会のサイトを見ると「3共」とか「共業・共用・共育」という言葉が出てきます。

 同協会には、質の高い会員が、「共育」といって相互研鑚し、「共業」と言って相互に強みを発揮できる協同業務を行っています。そこで蓄積された協会の共有財産を皆で使えるように「共用」を大切にしています。

 定期的に研究会や研修会を開催するだけではなく、メーリングリスト(インターネットを使ったグループ活動)を通じても共育と共業をしています。また、当協会にコンサルティングや講師依頼などがありますと、それを会員に紹介し、これらを通じて質の高い業務遂行を行っています。

 当協会では、経営コンサルタントだけが集まっているのではなく、これから経営コンサルタントを目指そう、経営コンサルタント的視点で経営を行おうという人たちにも仲間になって欲しいと考えていて、一般会員という制度も作っています。

 一方で、資格会員である経営士という実力を有する人たちの集まりである当協会においては、協会が会員に何かをしてやるというより、会員が協会で何ができるかがポイントと考えています。

 かつて、ケネディ大統領が「国が国民に何かをするというより、国民がアメリカ合衆国に対して何をすることができるかが重要だ」という言葉を思い出しました。別の言葉で言うと「会員の皆様にも汗を流していただきながら、会員とともに協会を育てていくという考えが浸透しているから「共業・共用・共育」が可能なのです。

  日本経営士協会とは? | 特定非営利活動法人 日本経営士協会 (jmca.or.jp)

■【今日は何の日】

  当ブログは、既述の通り首題月日の日記で、1日遅れで発信されています。

  この欄には、発信日の【今日は何の日】と【きょうの人】などをご紹介します。

 

■【経営コンサルタントの独り言】

 その日の出来事や自分がしたことをもとに、随筆風に記述してゆきます。経営コンサルティング経験からの見解は、上から目線的に見えるかも知れませんが、反面教師として読んでくださると幸いです。

■ 宇宙戦争が現実のことに・・・

 と、いいましてもUFOの襲来というわけではありません。
 地球人同士の戦いです。

 アメリカは「宇宙軍」を創設。

 サイバー空間を利用した競争の激化、いさかい・・・

 お互いに、潰し合っていても、根本的な解決策にはならないと思います。
 無力な私にとっては、諍いのない世の中を願うくらいが関の山です。

■【小説】 竹根好助の経営コンサルタント起業

 「【小説風 傘寿】老いぼれコンサルタントの日記」から独立して、最初から発信していたします。
 
 私は、経営コンサルタント業で生涯現役を貫こうと思って、半世紀ほどになります。しかし、近年は心身ともに思う様にならなくなり、創業以来、右腕として私を支えてくれた竹根好助(たけねよしすけ)に、後継者として会社を任せて数年になります。
 竹根は、業務報告に毎日のように私を訪れてくれます。二人とも下戸ですので、酒を酌み交わしながらではありませんが、昔話に時間を忘れて陥ってしまいます。それを私の友人が、書き下ろしで小説風に文章にしてくれています。
 原稿ができた分を、原則として、毎週金曜日に皆様にお届けします。
 
【これまでお話】
 エピローグは、主人公である竹根好助(たけねよしすけ)の人柄を知る重要な部分でした。
 親によるある教えで、超一流ではないものの上場商社に入社した竹根の若かりし、1ドルが360円の時代でした。
 入社して、まだ1年半にも満たないときのことです。アメリカ駐在事務所を開設するという重大発表がありました。社内では、誰が派遣されるのか話題沸騰です。若輩の竹根は推理小説でも読むような気持ちで、誰が選ばれるか、興味津々で推理を働かせました。
 一方、竹根の信条のひとつに「サラリーマンとしての心得のひとつとして上司からの命令には逆らうなというビジネス書の教えをかたくなに守ってい」という頑固というか、意志堅固なところがあります。
 人事というのは、競馬の予想のような下馬評が走り回るのがサラリーマン世界の常です。そのような中、トップ間での人選は進みます。角菊事業部長は、自分の推薦順位の高いものから三名のリストを福田社長に提出するのですが、福田の顔はさえません。角菊には、福田の腹の内を読めないでいます。
 角菊事業部長は、次回の福田社長との人事ミーティングで、自分の考えをキチンと伝え、自分の提案が通るように、じっくりと考えた上で資料作成をしました。準備万端で社長との面談に臨むのですが、なぜか落ち着かない角菊です。ドキドキしながら提案資料を手渡すと、「すばらしいできの資料だ」と専務からお褒めの言葉をいただいたのですが・・・
 いざ、福田社長と対面で意見を述べた角菊事業部長には、想定外の質問が飛んできました。福田としては、何としても角菊に成長してほしいという気持ちと、なぜ、角菊自身が自分の提案が、これまでの視点と変わっていないことの問題点に気がついてくれないのか、軽いいらだちも感じているのです。
 福田は、角菊に気づきを促す目的もあって、推薦されている三人の名前を見ながら、三番目に申し訳程度に乗せてある竹根について質問した。角菊は、竹根の生真面目さから来る、なんとも言えぬ威圧感のようなものから、あまり好感を持っていないようです。福田の質問に対しても、角菊の回答にそれが滲み出てきています。一方で、福田は、竹根が新入社員の入社式で新入社員代表としての挨拶が印象的に残っていました。それを角菊にぶつけると、角菊は竹根の印象は皆無であったようです。
 このまま話をしていても角菊は気づきがないのではないかと考えて、福田社長は、「高度な人事の問題なので、専務と私に一任してほしい」と言って三者会談を終えることにしました。

    最新号

【過去のタイトル】

 1.人選 1ドル360円時代 鶏口牛後 竹根の人事推理 下馬評の外れと竹根の推理 事業部長の推薦と社長の思惑 人事推薦本命を確実にする資料作り 有益資料へのお褒めのお言葉 福田社長の突っ込み 竹根が俎上に上がる

 

【バックナンバー】

■【老いぼれコンサルタントのブログ】

 ブログで、このようなことをつぶやきました。タイトルだけのご案内です。詳細はリンク先にありますので、ご笑覧くださると嬉しいです。

>> もっと見る


■バックナンバー
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a8e7a72e1eada198f474d86d7aaf43db
 


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■■【経営コンサルタントのトンボの目】 関西街角文化論 普段の姿を見せる「町ぐるみ博物館」 15203

2023-10-28 07:43:46 | 経営コンサルタントからのメッセージ

■■【経営コンサルタントのトンボの目 関西街角文化論 普段の姿を見せる「町ぐるみ博物館」 15203

 故山本修先生は、美容サロンを独立開業され、その経験を元にサロン経営者に「商品管理」「顧客管理」「計数管理」を提案し、サロン経営の生産性向上に成果を上げてこられました。
 日本経営士協会では、専務理事・関西支部長等を歴任され、その貢献度は多大です。その功績に敬意を表して、10年ほど前に、先生が当ブログに投稿してくださったコンテンツを再掲いたします。内容的に、当節にそぐわぬこともあるかもしれませんが、そこから何かを感じ取って下さると幸です。

◆  関西街角文化論  ◆

        ~ 普段の姿を見せる「町ぐるみ博物館」 ~

 大きな建築物をつくることによって社会が潤うという幻想。それによって潤う人もいるのだろうが、恩恵にあずかる範囲は限られる。

 立派な博物館や美術館、または劇場が出来ても、収蔵品が乏しかったり、公演が続けられなかったりすると客は来ない。採算度外視というわけにはいかず、税金の投入も許されない。やがて施設は閉鎖される。 

 バブル経済崩壊後、このような悪循環があらわになった。しかしながら、同じ時期に着実な活動を続けてきた地域もある。例えば大阪市平野区の「平野・町ぐるみ博物館」である。

 この記事を見た筆者は、以前にも来たことのあるこの町を、師走の一日をかけて歩いてきた。


■ 「町ぐるみ博物館」とは

 かつて平野郷と呼ばれた地域には、古くからの町並みや付き合いを大切に暮らす人々がいる。住民の手元に残ったものや、集められたものを、商店や住宅で見学出来る様にしてミニ博物館を開く。

 訪問した人達と町の人達とが言葉を交わすことで地域の良さが再確認される。駄菓子や新聞、刀、だんじりのほか、音や幽霊など、ユニークなテーマをかかげるところもある。これらミニ博物館の集合が「町ぐるみ博物館」と名付けられたのである。

 1993年にスタートし、もう20年以上が過ぎる。なかには閉館してしまったところもあるが、今も地域内のあちらこちらで手作りの施設が運営されている。無理をせず、活動を長く続けることが重視されているようである。

 自治体の博物館・美術館が年度毎の帳尻合わせに苦しんでいるのとも違うし、民間企業のショールームが自社商品の宣伝に明け暮れているのとも対照的な姿である。

 「まちなかミュージアム」。「まちぐるみ博物館」。ほかにも呼び方はいろいろあるが、平野のような事例は全国に広がっている。

 関西では2010年に20館ではじまった奈良市の「ならまち まちかど博物館」が有名で、現在では、観光客の散策コースに組み入れられて定着し、多くの外国人観光客でにぎわっている。


■ 町の「すべてを」展示する意義は何か

 観光客の期待に合う「部分」だけを取り出し、強調するような展示の仕方から距離を置く点だ。観光客の期待に合わせれば、来訪者は増えるかもしれない。だがしかし、客に合わせることは、そこに暮らす人々を窮屈にする。よそ行きの一張羅と厚化粧は、長くはもたない。

 公共事業で建設される大規模施設に頼らない、訪問者に普段の姿を見てもらい、同時に自分達も、あらためて町のよさを知る。

 町にある「場所」を生かして、訪問者を楽しませる試み。地味だけれども、気骨のある取り組みだと思われる。

 

参考資料 産経新聞夕刊掲載 関西大学社会学部教授 永井良和著



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■【きょうの人】 1028 ■徳川慶喜生誕 江戸幕府最後の将軍 ■酒井忠次 徳川家康のNo.2

2023-10-28 06:33:00 | 【話材】 きょうの人10月

 

  【きょうの人】 1028 ■徳川慶喜生誕 江戸幕府最後の将軍 ■酒井忠次 徳川家康のNo.2

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

 徳川慶喜生誕 江戸幕府最後の将軍


 天保8年9月29日(1837年10月28日)に江戸幕府最後となる第15代征夷大将軍の徳川慶喜が誕生しました。子供の頃、大人達が「ケーキ」といっていたのを聞いて「おもしろい名前の人がいるものだ」と思ったことがあります。


 毎朝、運動不足解消のために散歩をしています。すぐ近くに国際仏教学大学院大学があります。そこは、徳川慶喜終焉の地として知られています。慶喜に関するものは何も残ってなく、碑だけが残っています。


【Wikipedia】 徳川 慶喜(とくがわよしのぶ)

 江戸幕府第15代征夷大将軍(在職:1867年 ‐ 1868年)。江戸幕府最後の将軍で征夷大将軍に任じられた最後の人物。
 御三卿一橋徳川家の第9代当主として将軍後見職・禁裏御守衛総督など要職を務めた後に徳川宗家を相続、第15代将軍に就任。大政奉還や新政府軍への江戸城明け渡し(無血開城)を行なった。明治維新後に従一位勲一等公爵、貴族院議員。

生誕:天保8年9月29日(1837年10月28日)
死没:大正2年(1913年)11月22日
墓所:谷中霊園
氏族:徳川氏(水戸家→一橋家→将軍家→慶喜家)
父母:父・徳川斉昭 母・吉子女王(有栖川宮織仁親王娘)

 

図 1_309

 

■ 酒井忠次 徳川家康のNo.2として苦言を呈す

 さかい ただつぐ
 大永7年(1527年)-慶長元年10月28日(1596年12月17日)

 酒井忠次は、戦国時代から安土桃山時代にかけての三河の武将で、徳川の筆頭とされ、家康第一の功臣といわれています。

 酒井忠次の生誕地である井田城址で、徳川氏の前身である松平氏の譜代家臣・酒井忠親の次男として今日の愛知県岡崎市井田町です。元服後、徳川家康の父・松平広忠に仕えていました。

 竹千代(徳川家康)が今川義元への人質として駿府に赴く時、家臣の中では酒井正親に次ぐ最高齢者(23歳)として同行しました。この後、松平元信(徳川家康)の配下として仕えました。弘治2年(1556年)、柴田勝家に2,000騎で激しい攻防の末、勝家を敗走させるなど軍略にも長けていました。

 永禄3年(1560年)5月、桶狭間の戦いの後、徳川家の家老となり、永禄6年(1563年)の三河一向一揆では、多くの酒井家武将と行動を別にして、家康に従いました。

 石川一正が、西三河を、忠次が東三河を統制することとなり、家康の主な戦いには全て参戦し、功を残しています。歯に衣着せぬ物言いをする人ですが、家康の厚い信任を受け、家康第一の重臣となりました。

 松平家が、織田信長から武田との謀反の詰問を受けたとき、家康の息子信康を十分に弁護できませんでした。これが家康の心のそこにあったのか、他の重臣が多くの禄を加増されましたが、忠次は、その恩恵を受けませんでした。

 天正16年(1588年)、長男の家次に家督を譲って隠居しました。加齢、眼病などがその理由のようですが、家康のやり方に嫌気がさしたのではないかと、私は考えます。

 慶長元年(1596年)10月28日、京都で死去、享年70、墓所は知恩院の塔頭・先求院で、墓は知恩院山腹の墓地内にあります。

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

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 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

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■【今日は何の日】 10月28日 徳川慶喜生誕 ホームビデオ記念日 速記記念日

2023-10-28 00:03:00 | 【今日は何の日10月】

 

  【今日は何の日】 10月28日 徳川慶喜生誕 ホームビデオ記念日 速記記念日

 

 一年365日、毎日が何かの日です。

 季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。

 これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。

 独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。 詳細 ←クリック

 

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

■ ホームビデオ記念日

 1969(昭和44)年10月28日、ソニー・松下電器・日本ビクターが世界初の家庭用ビデオのU規格を発表しました。これを記念して「ホームビデオ記念日」が制定されました。

 それまでは高価な業務用ビデオ機器か、メーカー各社の独自規格のビデオ機器が高所得者の家庭に置かれているいるだけでした。それだけに規格統一により各家庭に普及することが期待されました。

 しかし、期待に反して、当初は普及しませんでした。その原因は、機器の値段だけではなくカセットテープの価格や、それ自身の大きさなどから家庭には普及しませんでした。

 やがてビクターのVHSやソニーのベータ方式に小型化した規格が出て、普及し始めたのですが、かの有名なビデオ戦争、すなわちカセットテープの二大陣営争いが始まったのです。

 今日、VHSテープを使っている人は少ないのでしょうが、まだまだテープを持っている人は多いでしょう。早い段階でDVD・BDなどにデジタル化しておかないとテープが劣化してしまいます。

 私もM電機のVHS・DVDの装置が内蔵された機器を投じ購入したのですが、初期モデルのため異常動作ばかりが起こり、作業がはかどりませんでした。メーカーに直接その報告をしたのですが、こちらを「クレーマー」扱いして取り合ってくれませんでした。大手財閥系の殿様商売をするM電機の製品は以後一切買わないようにしています。

P.S.

 はじめて購入したビデオは、まだVHSなどの規格が統一される前のことで、筐体も大きく、重かったことを覚えています。
 サザエさんを録画したところ、同じものを子供達が繰り返し見ていました。
 テープも高額でしたので、重ね録りを繰り返しました。
 それでも、見たい番組を録画しておいて、時間のあるときに見られることのありがたさ、重要な情報源でした。

 

■ 速記記念日

 1882(明治15)年に、日本で最初の速記講習会を開催、1888(明治22)年に、講習会の7周年記念会を開いた時に、日本速記協会が制定しました。

 速記の歴史は予想以上に長いものです。その起源は古代ローマ以前に遡るといいます。紀元前400年代の古代ギリシャで速記碑文が発見されています。有名な速記記録としては紀元前63年のキケロによるカティリナ弾劾演説の記録で、当時の速記は知的奴隷が充てられていました。(Wikipedia参照作成)

 

■徳川慶喜生誕

 

 天保8年9月29日(1837年10月28日)に江戸幕府最後となる第15代征夷大将軍の徳川慶喜が誕生しました。子供の頃、大人達が「ケーキ」といっていたのを聞いて「おもしろい名前の人がいるものだ」と思ったことがあります。

 毎朝、運動不足解消のために散歩をしています。すぐ近くに国際仏教学大学院大学があります。そこは、徳川慶喜終焉の地として知られています。慶喜に関するものは何も残ってなく、碑だけが残っています。

 慶喜は、江戸幕府最後の将軍、で第15代征夷大将軍であったことは周知の通りです。

 毎朝、ここを通って散歩をします。文京区は、坂の多い街で、慶喜を偲ぶ銀杏かどうか分かりませんが、坂の途中に大きく枝を張っています。

 

【Wikipedia】 徳川 慶喜(とくがわよしのぶ)

 江戸幕府第15代征夷大将軍(在職:1867年 ‐ 1868年)。江戸幕府最後の将軍で征夷大将軍に任じられた最後の人物。  御三卿一橋徳川家の第9代当主として将軍後見職・禁裏御守衛総督など要職を務めた後に徳川宗家を相続、第15代将軍に就任。大政奉還や新政府軍への江戸城明け渡し(無血開城)を行なった。明治維新後に従一位勲一等公爵、貴族院議員。

 生誕:天保8年9月29日(1837年10月28日)  死没:大正2年(1913年)11月22日  墓所:谷中霊園  氏族:徳川氏(水戸家→一橋家→将軍家→慶喜家)  父母:父・徳川斉昭 母・吉子女王(有栖川宮織仁親王娘)

 

 
図 1_309

(ドアノブ)

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◆【経営コンサルタントの独り言】 電子出版はまだまだ緒に就いたばかり a27

2023-10-27 17:03:00 | 【話材】 経営コンサルタントの独り言10

 

  【経営コンサルタントの独り言】 電子出版はまだまだ緒に就いたばかり a27

 

 

平素は、ご愛読をありがとうございます。

経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うブログで、毎日複数回つぶやいています。

 

■ 電子出版はまだまだ緒に就いたばかり a27

 電子出版(Electronic publishing)とは、「文字・画像情報をデジタルデータに編集加工し、CD-ROMなどの電子媒体やネットワークにより配布する出版活動【Wikipedia】」のことです。

 電子出版といいますと、コミック系をイメージする人が多いほど、日本ではまだまだ偏りがあるようです。

 技術の進歩で電子出版の概念も変化して来ています。

  1980年代半ば頃から電子出版という言葉が頻発するようになりました。

  当時はDTP(電子編集制作システム)の普及が始まり、CD-ROMなどの「パッケージ系電子出版」が中心でした。

  しかし、今日ではネット配信が中心となり、わからない言葉を直ぐ調べることができたり、感想を書き込んで、それをネット上で共有したりできます。

  音や画像・映像もリンクされ、1970年代の流行語「マルチメディア」がぴったりするようになってきました。

 紙媒体の書籍は、設備や資金が必要ですが、電子出版ですとそのリスクが少ないです。

  私達、経営コンサルタントが出版の機会が増えてきていると言えます。

 一方で、印刷業界では、オンディマンド・プリンティングの出現もからみ大童で、体質改善が吃緊の課題となっています。

 紙媒体は、必要な人が、必要なときにという方向なのでしょうか。

 

■ 宇宙戦争が現実のことに・・・


 と、いいましてもUFOの襲来というわけではありません。
 地球人同士の戦いです。

 サイバー空間を利用した競争の激化、いさかい・・・

 お互いに、潰し合っていても、根本的な解決策にはならないと思います。
 無力な私にとっては、諍いのない世の中を願うくらいが関の山です。

ドアノブ)

 

◆ ツイッターでのつぶやき 

konsarutanto

 

 

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【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 10月26日 元気な会社 漫画、カレー…地域の資源を活かして鳥取を元気に 2306-3a26 

2023-10-27 08:03:00 | 【小説風 傘寿】老いぼれコンサルタントの日記

 

  【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 10月26日 元気な会社 漫画、カレー…地域の資源を活かして鳥取を元気に 2306-3a26 

 

 平素は、私どものブログをご愛読くださりありがとうございます。

 この度、下記のように新カテゴリー「【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記」を連載しています。

 日記ですので、原則的には毎日更新、毎日複数本発信すべきなのでしょうが、表題のように「老いぼれ」ですので、気が向いたときに書くことをご容赦ください。

 紀貫之の『土佐日記』の冒頭を模して、「をとこもすなる日記といふものを をきなもしてみんとてするなり」と、日々、日暮パソコンにむかひて、つれづれにおもふところを記るさん。

【 注 】

 日記の発信は、1日遅れ、すなわち内容は前日のことです。

■【小説風 傘寿の日記】

 私自身の前日の出来事を小説日記風に記述しています。


 

 私の事業を引き継いでくれた竹根好助ですが、その部下が時々自分の顧問先や元気な会社に私を招待してくれます。私の半世紀のコンサルタント経験を盗み取り、顧問先に活かしたいという考えのようです。

 今回は、京都の会社ですが、新幹線で飛んでいくわけにはいかず、スマホで社内を案内していただきました。

 

◆【成功企業・元気な会社・頑張る社長】 漫画、カレー…地域の資源を活かして鳥取を元気に 2306-3a26

 コロナ感染者数が激減していた昨年11月、空路で鳥取市を訪れた。鳥取砂丘を眼下に見ながら到着したのは「鳥取砂丘コナン空港」。10年ほど前から全国各地の空港が愛称をつけるようになり、鳥取空港は、鳥取砂丘と、同県大栄町(現・北栄町)出身の漫画家、青山剛昌氏の代表作「名探偵コナン」とを合わせた名称となっている。県内には境港市にも空港があり、愛称は「米子鬼太郎空港」。同市出身の漫画家、水木しげる氏の代表作「ゲゲゲの鬼太郎」から名付けたものだ。

 人気漫画家を輩出する鳥取県は、「まんが王国とっとり」と称して漫画・アニメを活かした地方創生に取り組んだ。その動きに賛同したのが、飲食・観光などを手掛けるブリリアントアソシエイツ(鳥取市)だ。同社は、ロココ調の華やかないでたちの4姉妹が登場する「華貴婦人(はなきふじん)」という漫画を活用している。「女性のキャラクターでブランドイメージを広げたい」と同社創業者、福嶋登美子氏が発案。女性を主人公にした漫画が見当たらなかったため、独自のキャラクターを設定したのだ。

 鳥取県はまた、カレーの世帯当たり消費量が全国トップレベルであることから、「カレー王国」としてもPR。同社はこれにも呼応したが、カレーの色合いは貴婦人のイメージに合わない。そこで誕生したのが「ピンク華麗(カレー)」だった。赤が特徴の野菜・ビーツの色素を使い、目にも鮮やかなピンクのルーを完成させた。植物由来の色付けで、見た目だけでなく、味も健康面でもしっかりとしており、今や人気のみやげ商品に。カレーに続き、わさびやマヨネーズ、酒など次々とピンクの商品を送り出し、アイテム数は20に上る。

 地元の海産物も活用している。鳥取空港にも近い鳥取港海鮮市場「かろいち」内に開設した「市場料理 賀露幸(かろこう)」では水揚げされたばかりの新鮮な海産物を提供。そのなかにハタハタを使った「華鰰鮨(はなはたずし)」という独自メニューがある。ハタハタというと秋田県が有名だが、実は漁獲量は鳥取県の方が多いのだ。

 漫画、カレー、ハタハタと地域の資源を活かした企画で鳥取を元気にしているが、それだけではない。ピンクの素となるビーツは元々、鳥取ではほとんど生産されていなかった。そこで鳥取市内の農家に依頼して生産を始めてもらったという。既存の資源だけでなく、新たな「特産物」まで生み出したのだ。その鳥取産ビーツを使ったピンクの商品をアメリカやロシアに売り込もうと準備中。鳥取発のブランドは世界に販路を広げていきそうだ。

   出典: e-中小企業ネットマガジン

 

■【今日は何の日】

  当ブログは、既述の通り首題月日の日記で、1日遅れで発信されています。

  この欄には、発信日の【今日は何の日】と【きょうの人】などをご紹介します。

 

■【経営コンサルタントの独り言】

 その日の出来事や自分がしたことをもとに、随筆風に記述してゆきます。経営コンサルティング経験からの見解は、上から目線的に見えるかも知れませんが、反面教師として読んでくださると幸いです。

 

■ 世界で一番安全といわれる日本で・・・

 

 天高く馬肥ゆる秋

 処々で、運動会を始め、各種の行事が行われています。

 孫息子が、地域住民コミュニティの活動の一環で、お芋掘り行事に参加しました。

 その状況を娘がムービーで撮影していたときに、娘は撮影に気をとられ、孫息子は芋掘りに夢中でした。

 その様な折、最初に孫息子が掘ったお芋が盗まれてしまいました。

 孫息子は多いに落胆したそうですが、当然のことです。

 ところが、盗まれる瞬間が偶然にも録画されていたのです。

 もちろん、孫息子のお芋を誰が盗ったのか、ばっちり写っていたそうです。

 それを見ますと、男の子がお芋を盗り、彼のお母さんが持って帰る瞬間だそうです。

 そのようなことが再発しないようにと、娘はコミュニティの役員さんに事情を説明したそうです。

 そうしましたら、その一家の行状は、その辺ではよく知られていて、すぐに六年生の某君であると判明しました。

 世界一安全な国といわれます日本での出来事です。

 その安全な国であるはずの日本は、中国の”侵略”ともいえる進出に手を焼いています。  その中国と手を結ぼうというフィリピンのデュテルテ大統領が、中国に続き、日本からも資金や経済協力を引き出すことに成功してきています。

 一旦は頓挫した高速鉄道や原発などで中国の支援を受けようとしているという情報もあります。

 原発は両刃の剣で、原発政策を推し進めている政府ですが、その舵取りは本当に大丈夫なのでしょうか。

 

■【老いぼれコンサルタントのブログ】

 ブログで、このようなことをつぶやきました。タイトルだけのご案内です。詳細はリンク先にありますので、ご笑覧くださると嬉しいです。

 

■バックナンバー   https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a8e7a72e1eada198f474d86d7aaf43db  


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■■【経営コンサルタントのトンボの目】 右か左か ~ エスカレーターどちら側に立つか

2023-10-27 07:25:57 | 経営コンサルタントからのメッセージ

■■【経営コンサルタントのトンボの目 右か左か ~ エスカレーターどちら側に立つか 5106

 故山本修先生は、美容サロンを独立開業され、その経験を元にサロン経営者に「商品管理」「顧客管理」「計数管理」を提案し、サロン経営の生産性向上に成果を上げてこられました。また「日本経営士協会 専務理事・関西支部長」として活躍されてこられた方です。

 その功績に感謝し、氏がかつて当ブログに投稿してくださった原稿を再掲してお届けしています。

 10年ほど前にお届けした内容ですから、時代の現状にそぐわぬ内容もあるかもしれませんが、何かを感じ取って下さると幸です。

 

■ 右か左か ~ エスカレーターどちら側に立つか

 読者の皆さんは、エスカレーターを使う場合、どちら側に立ちますか。

 関西では右に立って、手すりにつかまり、左側をあけるのが主流であり、特に大阪はこの傾向が強い。東京などでは逆に、左に寄って立ち、急ぐ人の為に右側をあける。

◆ 人間の行動ルールは地域によって異なる

 ルールと言っても明文化されていない、暗黙の了解事項であるゆえに、地域毎の違いは、トラブルが起きない限り意識されにくいものである。

  右に寄って立つ関西方式になじんだ人が、東京でエスカレーターを使うと、意識せずにルールを破ってしまうことになり、公共空間での非常識な振る舞いと誤解され、冷たい視線を浴びせられたり言葉で注意を受けたりすることもある。

 筆者も年に1~2度東京に行くが、無意識のうちにいつもの癖で関西ルールになっており、何となく視線を感じることがあり、あわてて東京ルールに変更したりすることもある。

 このエスカレーター問題は、マスメディアが好んで取り上げる素材である。

 何故関西人は右に立つのか、その起源を探れば、阪急電車の呼びかけを始まりとする説や、大阪万博のときにルールを定着させようとした試みの名残だとする説にたどり着くと言う。 世界に目を向けると、他の社会でも右に寄る方が優勢であり、関西のローカル文化こそが、実のところ世界標準なのだと言うことが指摘される。

 関西と関東の文化を比較し、国際的な視野で見直すことは、テレビの視聴者や新聞読者の興味を引く。そして、マスメディアの取材は概ねこのあたりで終わっていることが多い。

 

◆ 最近の関西ルールの縮小

 近年、この関西ルールにほころびが見え始めている。京都駅や新大阪駅を利用する人はお気づきであろうが、東京や山陽方面からの列車が到着した直後では左に寄る人達が多くなり、関西ルールが守られていない状態が出現する。

 特に京都駅では、左に寄って乗る人が目立つ。利用客がまばらなうちは、前の人が右に立てばそれにならう。しかし、多くの客が左に寄ると、右には立ちづらくなる。結果的に、京都駅では関西ルールが通用しない例外になりつつある。

 京都では以前、地下鉄で右をあけるよう指示していたこともある。だが、最近の流れを見ると、やはり京都を目指す観光客、特に外国人観光客の増加こそが大きな要因だと解釈したい。

 一方の新大阪駅ではどうか。新幹線ホームでは、ときどき東京ルールが優勢になり、そのまま乗り換えの流れについていくと、地下鉄のホームに着くまで東京ルールに従うことがある。電車が梅田駅に到着する頃には、再び関西ルールが支配するような状況に戻る。

 しかしながら、少しずつではあるが東京ルールが多くなってきているように思うのは筆者だけであろうか。

     参考資料 産経新聞より

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■【きょうの人】 1027 覚猷 鳥獣戯画の作者と言われる

2023-10-27 06:33:00 | 【話材】 きょうの人10月

 

  【きょうの人】 1027 覚猷 鳥獣戯画の作者と言われる

 

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 覚猷 鳥獣戯画の作者と言われる


 かくゆう
 天喜元年(1053年)- 保延6年9月15日(1140年10月27日)


 平安時代後期の天台僧で、鳥羽僧正(とばそうじょう)とも呼ばれます。日本仏教界の重職を務めた高僧であるのみならず、絵画にも精通し、現在高山寺が所蔵します、鳥獣人物戯画などの作者に擬せられています。そのユニークでユーモアあふれる作風から、漫画の始祖とされます。

 覚猷は、1053年に源隆国の第九子として出生し、若年時に出家しました。園城寺にて天台仏教・密教を修めながら、画技にも長じるようになりました。

 長らく園城寺法輪院に住し、密教図像の集成と絵師の育成に大きな功績を残したほか、自らの画術研鑽にも努めました。

 四天王寺別当、法成寺別当、園城寺長吏など大寺社の要職を歴任する間、1132年には僧正へ、1134年には大僧正へ任じられました。

 1138年、47世天台座主となりましたが3日で退任し、鳥羽上皇が住む鳥羽離宮の証金剛院へ移り、同離宮の護持僧となりました。それ以後、鳥羽僧正と呼ばれるようになりました。

 

  【カシャリ! ひとり旅】 高山寺
  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/kyoto/kyoto_kousanji.htm

 

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【小説風】竹根好助の経営コンサルタント起業1 人選 10 部下を持ち上げることも忘れない

2023-10-27 00:03:00 | 【小説】竹根好助の経営コンサルタント起業

  【小説風】竹根好助の経営コンサルタント起業1 人選 10 部下を持ち上げることも忘れない

 

■ 【小説風】 竹根好助の経営コンサルタント起業 

 私は、経営コンサルタント業で生涯現役を貫こうと思って、半世紀ほどになります。しかし、近年は心身ともに思う様にならなくなり、創業以来、右腕として私を支えてくれた竹根好助(たけねよしすけ)に、後継者として会社を任せて数年になります。 竹根は、業務報告に毎日のように私を訪れてくれます。二人とも下戸ですので、酒を酌み交わしながらではありませんが、昔話に時間を忘れて陥ってしまいます。それを私の友人が、書き下ろしで小説風に文章にしてくれています。 原稿ができた分を、原則として、毎週金曜日に皆様にお届けします。

【これまであらすじ】

 エピローグは、主人公である竹根好助(たけねよしすけ)の人柄を知る重要な部分でした。
 親によるある教えで、超一流ではないものの上場商社に入社した竹根の若かりし、1ドルが360円の時代でした。
 入社して、まだ1年半にも満たないときのことです。アメリカ駐在事務所を開設するという重大発表がありました。社内では、誰が派遣されるのか話題沸騰です。若輩の竹根は推理小説でも読むような気持ちで、誰が選ばれるか、興味津々で推理を働かせました。
 一方、竹根の信条のひとつに「サラリーマンとしての心得のひとつとして上司からの命令には逆らうなというビジネス書の教えをかたくなに守ってい」という頑固というか、意志堅固なところがあります。
 人事というのは、競馬の予想のような下馬評が走り回るのがサラリーマン世界の常です。そのような中、トップ間での人選は進みます。角菊事業部長は、自分の推薦順位の高いものから三名のリストを福田社長に提出するのですが、福田の顔はさえません。角菊には、福田の腹の内を読めないでいます。
 角菊事業部長は、次回の福田社長との人事ミーティングで、自分の考えをキチンと伝え、自分の提案が通るように、じっくりと考えた上で資料作成をしました。準備万端で社長との面談に臨むのですが、なぜか落ち着かない角菊です。ドキドキしながら提案資料を手渡すと、「すばらしできの資料だ」と専務からお褒めの言葉をいただいたのですが・・・
 いざ、福田社長と対面で意見を述べた角菊事業部長には、想定外の質問が飛んできました。福田としては、何としても角菊に成長してほしいという気持ちと、なぜ、角菊自身が自分の提案が、これまでの視点と変わっていないことの問題点に気がついてくれないのか、軽いいらだちも感じているのです。

【最新号】
     https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/df916bf90c90af79c63e414b754e25b3
【バックナンバー】
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/c39d85bcbaef8d346f607cef1ecfe950
【過去のタイトル】
 1.人選 1ドル360円時代 鶏口牛後 竹根の人事推理 下馬評の外れと竹根の推理 事業部長の推薦と社長の思惑 人事推薦本命を確実にする資料作り 有益資料へのお褒めのお言葉 福田社長の突っ込み

■■ 1 人選

 私の会社を引き継いでくれた竹根が、経営コンサルタントになる前の話をし始めました。思わず私は乗り出してしまうほどですので、小説風に自分を第三者の立場に置いた彼の話をご紹介します。

◆1-10 部下を持ち上げることも忘れない
 
 福田は、角菊の言葉を意に介していない。
 「売上高が伸びている理由は何かね」
 「彼の担当は中南米で、たまたま彼が新規開拓メールを出しているのにヒットしてきて、それが売上に結びついただけです。彼は、仕事は熱心ですが、残業をすることもなく、社員の中で一人浮き上がってしまっています。それに彼は線が細くて、頼りないです。そのような人間がアメリカで成功するわけはありません」
 「では、なんで、推薦したのかね」
 「エー、それは、先ほどもお話したように彼のマーケティング力です」
 「さすが、事業部長だね。私も、彼のマーケティング力は評価したいね。それと・・・」
 角菊は、社長が何を言い出すのか、思わず山之下とうなずきあってしまった。

 「一年半前の入社式のことを君は覚えているかい?」
 「入社式のことですか?いや、全然記憶にありません」
 「彼が新入社員を代表して、謝辞を述べたんだよ。思い出したかね」
 角菊は、思い出そうとするが、社長が何を言いたいのか思い当たらないでいる。
 「例によって、入社式の席で、会長がいつも言うだろう」
 「ああ、『知識と知恵』の話ですね。それがどうかしましたか?」
 角菊には知識と知恵という会長の口癖と入社式の謝辞とが結びつかない。
 「彼は、謝辞を読み上げる中に『知識と知恵』の話を盛り込んだのだよ。事前に彼が会長の口癖のことを聞いているはずもなく、あれは彼の機転でアドリブ的に入れたのだと思う。書かれた謝辞の直前に聞いた会長の言葉を盛り込む、その度胸にも恐れ入った。君は、先ほど彼は線が細いと言っていたが、私の目には、そうは見えない。芯はしっかりしていると思うよ」

  <続く>

■ バックナンバー

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■【今日は何の日】 10月27日 読書週間 文字・活字文化の日

2023-10-27 00:03:00 | 【今日は何の日10月】

 

  【今日は何の日】 10月27日 読書週間 文字・活字文化の日

 

 一年365日、毎日が何かの日です。

  季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。

  これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。

  独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。

   詳細 ←クリック

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

 

■ 読書週間

 

 今日から読書週間が始まります。本離れ、出版不況などと言われる中、アマゾンが本格的に電子書籍の分野でのビジネスを開始します。アップルに充分対抗できるだけの電子書籍が集まるのでしょうか?

 

 日本の電子書籍の出版は、これまで漫画本・コミック誌をベースにしている物が多く、テレビドラマ化したりしてマルチメディア的に発表してきました。テレビドラマが面白くないのは、オリジナルの漫画の多くが表層的、受け狙いが中心で、質の低さが目立ってしまっているからであると思います。

 

 出版社に、電子書籍の出版の話を持ち込んでも、上記のような意識が強く、ビジネス書などへの関心の低い編集者が多いのです。

 

 すでにアメリカで成功しているアマゾンの電子書籍は英語などが中心で、これまで縦書きやルビなどの日本語独特の表記ができませんでした。それが可能となり、日本の電子書籍に携わってきたこれまでの人達は反省をせざるを得ないでしょうし、それなしには日本の書籍もアマゾンなど海外勢に牛耳られてしまうのではないでしょうか。

 

  経営コンサルタントの本棚   http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/90c4bd41c5f0c767b0a389f846a67f04

 

 

 

■ 文字・活字文化の日

 

 10月27日は、「文字・活字文化の日」でもあります。2005(平成17)年に制定された「文字・活字文化振興法」により、この記念日が制定されました。

 

 Wikipediaをベースに整理しましたので、参考にしてください。

 

 文字・活字文化振興法は、文字・活字文化の振興を総合的に推進するための国や自治体の基本的責務を定めた法律である。活字文化というと活版印刷のことかと考えられがちだが、要は出版のことを指している。

 

 活字文化議員連盟は「文字・活字文化振興法の施行に基づく施策の展開」として、地域における文字・活字文化の振興、学校教育に関する施策の他、出版活動への支援も推進するよう求めており、その具体的な内容として、文字・活字にかかわる著作物再販制度の維持著作者及び出版者の権利保護の充実を挙げている。

 

 読書週間の初日にあたる10月27日を文字・活字文化の日として定めている。

 

 「最近は本を読まなくなった」「活字離れが若者の知的レベルを低下させている」などと言われています。

 

 ところが、携帯電話やパソコンの普及は活字ではないものの、文字文化としては同じ範疇に入ります。またiPadに始まる電子書籍・出版は、再び文字文化のさらなる発展に繋がるのではないかと期待されています。

 

 電子出版は、いろいろなメリットがあり、経営コンサルタントには身近な販促ツールにもなると思います。

 

  http://www.glomaconj.com/ebook/ebookmitsumori.htm

出典: 公益社団法人 読書推進運動協議会

 

■ 【今日は何の日】その他
◇ 十三夜(年により日付が異なる)
◇ 蔵前浄念寺十夜会
◇ 弘法大師諡号(しごう)奉賛会

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