物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

句碑巡りの勧め

2010-02-28 10:34:20 | 日記・エッセイ・コラム

朝、散歩に出かけた。妻がすでに数日前に散歩を経験していて、それで誘われたのだ。なんでも一人でするより二人と人が多い方が楽しい。ということで一緒に出かけた。平和通を上一万から西に向って歩き、城山が切れたところで、右に折れて税務署の傍を通って堀の内に入る。芝生の間の道を通って東堀端へ。

ところが途中で腰が痛くなって公園内のあずまやのベンチで一休みをした。これは私が肥満のために少し歩いたり、立っていたりすると腰に負担がかかるからである。5分か10分休んでようやく立ち上がる。それからは一番町を通って、一息に仕事場へと帰ってきた。1時間とちょっとの散歩である。

今回の散歩で気のついたことがある。平和通の電柱はなくなり、街灯が整備され、歩道と自転車道とも分離されている。また、小さな句碑が数十メートル毎に立っている。それも大抵は子規の句である。観光松山の面目躍如としている。もっとも普通の観光客はここまで脚を運ばないだろうと思われる。だから、これは市民のためのサービスなんだろうか。

私にはまだ句碑巡りをするような暇な時間はないが、悠々自適の生活を楽しんでいる人ならば、この平和通の句碑巡りをするのは一興であろう。往復数キロの平和通の両側の句碑はなかなかよい。


知らなかったこと

2010-02-27 13:35:48 | 日記・エッセイ・コラム

この歳になってやっと知ったことがある。と言ってもたいしたことではない。

例えば、アメリカ大統領はアメリカの議会のメンバーではなく年頭教書の演説には議会に招かれてスピーチをするのだとか、ベニスは島にある都市で、いわゆる陸地から少し離れたところにあるのだとかという他愛ないことである。

それを知ってみたところで人生が大きく変わるわけではない。だが、そういう細かな知識の積み重ねが人生を形作っているのだと思う。

だから、逆に破天荒の発見をする人はそういう既成概念とか多くの知識に惑わされない。

また、それとは一見反するようだが、小林ー益川の理論のように大きく言って坂田グループの雰囲気の中から生まれてきたと思われる業績もある。

話は違うが私の先生の一人であるOさんなども若いときに角運動量の合成の法則、多分Clebsh-Gordonの計算法を知らなくて間違いを犯し、坊主になったとOさんご自身から何回か聞いた。

そしてときどきOさんは「僕などももうかなり既成概念に毒されている」と自省されておられた。


主張をすることは必要だが、・・・

2010-02-26 16:44:20 | 日記・エッセイ・コラム

主張をすることは必要だが、やはり私は日本人なのだろう。こちらが正当だと思う主張をしてもなんだか心がすっきりしない。だが、相手が日本人でないときにははっきりと主張をしないと要求が通らない。

それで、いまさっき英語の手紙をとつとつと書いたのだが、どうもすっきりしないのである。これは私にとががあるというわけではないのに。こんな感じをもったことはずっと以前にもあった。それが何だったかはこのブログで言うべきことではないが、自分中心の人がいるとそれに振り回される。今度のことはそれほどのことではないが、それでもなかなかしんどいことである。

こういうことが続くと病気になってしまうだろう。だからかどうかかは知らないが、日本人は以心伝心をよしとしたのかもしれない。だが、それは一方でやはり問題を含んでいたといえるだろう。

ではどうしたらいいのかは私にはわからない。


打ち上げ会1

2010-02-26 00:50:00 | 日記・エッセイ・コラム

松山市南堀端の電車の交差点のところにある、フランス料理店Amiti'eで、恒例となっている、今期のドイツ語の打ち上げ会が行われた。

クラスのメンバーだった高校生のH. M.さんが今春大学へ入るのでその送別会も兼ねていた。このお店はいつ行っても満員の盛況である。料理がおいしいので、それもうなづける。

ところで、私が大学に入った50年くらい昔は英語でさえも話すことが普通ではなかった。それが大学に入る前に高校時代にドイツへ留学して、さらに大学ではドイツ語とか英語が主たる専攻の学科に入るというのだから、すばらしい。

彼女は大学にはAO入試とか推薦とかなんとかで入ったらしい。一緒に入学する同級生はまだドイツ語ができないのだから、ずいぶんのアドバンテージを持っている。彼女は英語もどこかで友達をつくり、なんとかマスターしたらしい。お金なんてかけてはいないという。

彼女のお母さんは「私がけちだから」と言われていたが、そうではあるまい。そういう独立独歩の気風をもった家族らしい。このお母さんは長男が大学に入ったら、家から子どもを出して自分で大学に行けと言ったという。

これが何を意味するのかはもうひとつはっきりしなかったが、少なくとも高校時代とはちがって自分のことは自分でするようにとの親心なのであろう。

まるで、ヨーロッパの子どもが自分でするようなことを親の方からさせている。そういうお母さんの考えがどこから出てきたかわからないが、私がいつもR氏から聞いている、ヨーロッパの子ども自身の行動を親の方から子どもに体験させていると思った。

私の知っている、別の若い女性も同じようにしてフライブルク市の奨学金をもらって、親には経済的な迷惑をかけずにドイツに学生時代に出かけたから、いまどきの日本の若い女性の世界進出ぶりはすばらしい。この点は若い男性は見習う必要があろう。

もっとも、これらの女性は文科系の方が多い気がする。もしそうだとしたら、ちょっと不安でもある。というのは外国語を話すことだけができてもどうってことはあるまい。もちろん、できないよりもはるかに素晴らしいが。

理科系の学問もできてやっと一人前ではないか。年寄りはそんな陰口も叩きたくなる。いやしかし、このことは軽蔑して言っているわけではない。念のため。


スクリーン・セーバー

2010-02-24 17:45:40 | デジタル・インターネット

スクリーン・セーバーがどうしたものか起動できなくなって、仕方なく別のスクリーン・セ-バーをインストールした。いままで使っていたものは海底から上を見上げたもので、魚の影がちらちらして太陽の光がほのかに指しているというものだったが、今度のは赤、黄色の派手、派手のものである。

何でもよく分からないから手当たり次第にインストールしたものである。どうも性に合わないのだが、仕方がない。これでしばらくは我慢しなくてはならない。若い人ならいくらでも自分の好きなスクリーンセーバーを探すのだろうが、こちらはそういうことにトンと無頓着ではある。

世にそういうスクリーンセーバーとか壁紙のサイトは五万とあってその選択に困るほどであるのにそういうものをセーブしようとするとなんだか余計なものまでインストールしてしまうので面倒である。便利な世の中になったのか、面倒な世の中になったのか。はてどちらなんだろう。


翻訳の仕事の完了?

2010-02-23 23:07:24 | 外国語

いや、ここ10日くらいは仕事場に籠もりきりで、仕事をした。こんなに働いたことはない。それでも一寸した気晴らしはあったが、よく体と気力が続いたと思う。13日の日曜に籠もってから、一度だけコンビニに弁当を買いに出かけたのと自宅に着替えに帰ったくらいであった。

それでやっと仕事に目途がつくとおなかが痛くなるし、眼がかゆくなるしである。まだ仕事が終わったわけではないが、まあそんなに人間気力が続くわけでもないし、ちょっと休憩をいれないと仕方があるまい。というわけでブログである。

人間にはいろいろな人がいてうまく回っている。今度のメンバーには検索の得意な人が居て大いに助かった。どこでどう見つけてくるのか知らないが、うまく医学上の専門用語を調べてくれた。ひょっとするとこういうこと何かを調べる商売が成り立つのではあるまいかと思うほど探すのがうまい。これは才能であろう。こういう才能は昔なら、役に立たなかったかもしれないが、いまではとても有用である。


ブログの休み

2010-02-20 18:00:53 | ブログ

ブログを休んだことの説明をする必要はないのだが、2日ほど休んだので体でも悪くなったかと思われた方が居られるかもしれない。だが、そうではない。翻訳の仕事でブログを書くことに思いが及ばなかったのである。

昨夜、夜の11時前に自分の担当部分を訳し終えて、その後Yさんの担当部分を一通り読み終えたら、2時を過ぎていたが、脚が冷えていたのでそのままでは眠れそうになかったので、お湯に浸かって寝たら、すぐに眠れた。

それで今日は1週間ぶりに仕事場から自宅に帰り、着替えをして13時過ぎにまた仕事場へやってきて、14時頃から翻訳の仲間と検討会を行い、先刻それが終わった。

昨晩ようやく仕事が期日までに何とかなりそうだという気がしてほっとした。それまでなんとかしなければならないのだが、どうなるか見当がつかなかった。しかし、まだ今日と明日のハードワークが残っている。


4日目

2010-02-17 11:08:26 | 日記・エッセイ・コラム

なんか4日目というと、映画かなにかのストーリに画面の上または下に出てくる事件の勃発のときを示す字幕のようだが、そうではない。仕事場に籠もって単に4日目ということである。しかし、仕事は進まない。

私だけではなく、友人、知人もそうらしい。だが、今回はなんとかクリアーしなくてはならない。

それで今朝から頑張っているのだ。妻には悪いけれど、彼女の訳はあまり役に立たない。そんなことをあからさまにいったら、夫婦喧嘩の種になるだけから黙っている。その協力的なところだけでも助かるのだ。

いつでも限界かと思うようなことに挑戦すると人間は一皮剥けるという。それだと思ってやるしかない。まだ限界には程遠いとは思うが。


科学技術の底上げ

2010-02-16 13:35:41 | 科学・技術

いつだったか中国系のアメリカ人のノーベル物理学賞受賞者である、C. N. Yangが物理や数学で優秀な人材を探しているということを読んだ。彼くらいの偉大な学者になれば、世界の学問を進めることを意図しているのであろう。

いや、これは別にYangだけではあるまい。大抵の指導的な学者はさらに学問を進めることのできる人材を探しているのである。

ところが私がe-Learnigをつくっている意図はそんなたいそれたことではない。私の考えは普通なら落ちこぼれてしまうような人材を拾い上げて、その中からちょっと異質な人材を見つけられないかと考えているのだ。だから、普通に学校教育で科学技術の系統に進む人はほうっておいてもよい。

そういう中には入らない人から、これからの科学技術の底上げを期待したいのである。


仕事場にこもる

2010-02-15 10:31:43 | 日記・エッセイ・コラム

昨日から仕事場に籠もっている。昨日はまず大量にあることの判明した翻訳資料をどのようにメンバーに割り振るかの作業とある箇所の訳の進行をどう現状把握して他の人が訳に加われるするかということを考えてそれをメンバーに周知した。

一方、仕方なく訳に加わった妻は辞書片手に悪戦苦闘している。もう30年以上になるが、「松くい虫の農薬散布」に反対して数十ページのある論文を翻訳して以来の英語の訳だから仕方がないだろう。参考にしているgoogleの日本語訳を見てときどきくすくす笑っている。

というのは機械翻訳はやはり画一的な訳であり、とても奇妙な訳が出てきて何をいいたいのかわからなくなったり、ある訳語に画一的な訳語をあてるからである。

笑っていたのはsaveという言葉である。このごろはエネルギーの節約とかいう意味に使ったりするからであろうか。交通事故で腕を失うところだった「青年の腕を救った」と訳さずに「腕を節約した」と機械翻訳ではなっていたらしい。

こういう頓珍漢なこともあるが、それでもまがりなりにも訳が瞬時にできることはすばらしいことである。しかし、言語学をやっている人なら、「うんうん」とうなずくことだろうが、どんな状況にも対応できる翻訳機械とかそのソフトとかはできるものではない。それくらい現実の情況はいろいろなのである。

昔、学生に英語の論文を読ませたら、えらく頓珍漢な訳でまいったが、あれはひょっとして機械翻訳をしたものを、さも自分が訳したように見せていたのかもしれないなとやっと思い至った。

しかし、ある特定の分野だけに限るということでなら、機械翻訳が可能ではないかという構想が出てきた。確かこれをExpert systemとかいったと思う。

万能の機械翻訳の難しさと同様に「人の心を見通すこと」も難しいことである。こんなことは絶対できることではないというのが私の考えであり、それはまったくその通りなのである。けれども逆にある特定の情況に限ると人の心を見通すことだってできないわけではない。だが、「超能力とは」そのような限定されたものを意味していないはずだ。

こんな「超能力の風説」に惑わされるということは、少し深く、言語学を知っている人とか万能な機械翻訳のシステムをつくろうなどとしている人にはすぐに「そんなばかなことがあるものか」とわかることだろうが、やはり人間のある種の盲点でもあると思われる。


OCNの変更

2010-02-14 16:50:31 | デジタル・インターネット

今日は日曜日なので、本来は家で休んでいるのが、ちょっとそうも行かなくなって仕事場に来ている。仕事場とは英語ではoffice , ドイツ語でのB"uroとかフランス語のbureauである。

大学の教官の研究室もofficeとかbureauという。ちょっとofficeというと事務的な仕事ばかりで研究しているという感じが私にはしないが、それは私の日本人としての語感であって、本当はそういう感覚は私がもっているだけであろう。

OCNがシステムを変更したらしく、入力が面倒になった。多分慣れれば新しいシステムの方が都合がいいのだろうが、使い慣れてきた身にはなんでも一寸した変更がこたえる。仕方なく変更しようとしたら、どこか他のところも変更されるようでその入力が面倒なので結局もとの方法に戻してしまった。

これは企業の論理(この場合はOCNの都合)では変更して使い勝手がよくなったでしょというのであろうが、老人をいたぶっているとしか思えない。もっともversion-upもしないで無料で使っているので、少しは会社に「お金を払ってよ」というのであろう。

しかし、残念ながらその一番使い方の低いレベルでも、毎日書いていると読んでくださる人も出て来られる。コメントを下さる方もあるが、大多数の方はコメントも下さらない。

それでもときどき、私信の「メールとか手紙でブログを読んでいます」と言われることもある。そういう方はやはり何らかの励みとして読まれる方もあろうかと思うが、なかなかその潜在的な御要望には応えられていない。

私の率直な意見を反面教師として皆さんの生き方を独自に考えてみられるのが一番いいのではと自問自答している。


翻訳トラブル

2010-02-13 13:37:21 | 外国語

翻訳トラブルが起こった。翻訳の仕事を発注した人とそれを請負った私の間の意図がちがっていたというか、どれだけの仕事するかということの食い違いあった。

私は9つのファイルを訳することだけすればいいと思っていたが、発注者はもっとたくさんの翻訳をしたいと考えていたのだ。メールが来たので、そのことについて長いメールを書いた。

どういう返事が来るかちょっと心配である。別にけんかをしているわけではないが、主張するべきときには主張しないといけない。だから、あまり英語を書くのに十分に意味が通じたとは思わないが、それでもなんとか書いておいた。ちょっと気分が不愉快である。


翻訳完了

2010-02-12 17:11:08 | 外国語

翻訳を完了した。多分細かなミスはあるだろうが、それは仕方がない。何回も見直す暇がなかったのだから。やれやれ。

時間に追われる仕事はしたくないものだ。5人の人がこの翻訳にはかかわった。10日という期限を切られていたので、実は昨日が制限の日だったが、いくらか大目には見てくれるだろうということで一日遅れで仕上がった。

それぞれの人が自分の持ち味を生かして働いた。検索するのが上手な人もいれば言葉にうるさい人もいる。それでよかったと思う。今日は家に帰って久しぶりにビールでも一杯飲もうか。


気にしていること

2010-02-11 12:37:17 | 日記・エッセイ・コラム

ブログを書いて、その回数がようやく970回を越えた。あと20数回で1000回に達する。先日新聞で4年かかって1000回のブログを超えたという読者の投書があったのを読んだ。それくらい誇っていいかもしれないが、作家とかジャーナリストではないので、話題を見つけることはなかなか難しい。

そういえば、新聞ではニュースがなくても文化的な記事とかで紙面を埋めなくてはならない。これはテレビなどでもそうであろう。「今日はニュースがありませんでした。この時間のニュースはお休みします」とか「紙面は空白で置いておきます」なんてことをできたら、どんなにいいかと思うが、そんな新聞やテレビは見てくれたり、読んでくれないだろう。

その点は私は別にブログを休んでも誰も文句をいう人はいない。有難い。だが、長年ブログで書くことが自己目的化して、強迫観念になってくるから、人間の習性とは恐ろしい。

今日のブログのテーマとした「気にしていること」とは実は「ブログのタイトルをできるだけ短くしている」という単純なことである。はじめに長いタイトルをつけた場合でも後でより短いタイトルにしばしば変更している。タイトルは短いのがいいだろう。


脳の異常感

2010-02-10 18:08:07 | 日記・エッセイ・コラム

脳の異常感を感じている。これは病気という意味ではなく、日ごろ使っているところと脳の使い方ががちがうために起こる感覚であろう。それはここ数日の英文の翻訳作業とかかわりがある。朝起きる前に何か脳の芯が痛いというかしびれているというかそういう不思議な感覚を味わった。

中沢新一が著書「チベットのモーツアルト」でチベット仏教の修行をしていたときに、脳の芯がうずいたとかいうことを書いている。その感覚と同じではもちろんないだろうが、そういうものに近いのではないかと感じた。

翻訳のことで、その仲介をしてくれている方と英語でやり取りをしている。それで中学生のときに知った語でまだ一回も使ったことのない語paraphraseを使った。これは約50年近く前に覚えた語であるが、いまだ私の人生の中でそういう語を使ったことはなかった。

この語を教えてくれたのは私が中学時代に行っていた、いまでいう塾の先生からである。この方は武田先生といい、白星堂という名のその塾は私の母が高等女学校に入学するための受験勉強で通った塾である。

私は武田先生からとてもいい英語の入門教育を受けた。英語は文頭から出てくる順に意味をとるべきであり、後ろから日本語風にひっくり返して理解してはいけないと強く言われた。

また文法用語もその大部分は英語で教えられた。名詞nounとか動詞verbとかまた、主語subjectや目的語objectとかいう文法用語も英語でならった。だからいまでもそのまま英語で覚えている。

この武田先生はもう私が教えてもらったころは老齢のおじいさんであったが、彼は若いときにはまだ愛媛県に中学校がないころであったので、岡山県の中学校に学んだと聞かされた。そして、そこで英国人の先生から英語を学んだという。武田先生は旧制の中学校しか出ていなかったが、その教え方や英語の力は相当なものであった。

その武田先生からpraphraseという語を教わった。英語を話す人たちにわかりにくいことがあったら、paraphraseしてくれるようにと言えばよいというのがこの武田先生の口癖であった。