物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

『新SI単位と電磁気学』

2018-09-01 12:05:10 | 物理学
は岩波書店からこの6月に発行された本である。岩波の雑誌「図書」でその発行を知っていたので、そろそろ大学の生協に購入の注文をしようかと思った矢先に著者の一人である北野正雄先生がこの書を送ってくださった。先生には感謝に堪えない。

と同時に私たちが電磁気学を学ぶときにいつも困ってしまう、電磁気学の学習の悩みの一つがこれでなくなるのだと思うと著者の佐藤文隆さんと北野先生に感謝の念を強くする。

北野さんのあとがきによれば、『物理定数とSI単位』という佐藤文隆さんの著書の発展した書籍である。

この佐藤さんの前著の電磁気学の単位について、北野さんが間違いを調べてその正誤表を送ったら、それから発展して共著のこの新著となったのだとある。

佐藤さんは人も知る宇宙物理学の権威であるし、北野先生は量子エレクトロニクスや電磁波工学の権威である。北野さんと私は、たまたまネット上で知り合いになり、いろいろ教わった仲である。

そういうことで彼の『新版 マクスウエル方程式』(サイエンス社)や『量子力学の基礎』(共立出版)をいただいた。私のほうはあまり本を書くほうではないので、1冊ようやく『四元数の発見』(海鳴社)を差し上げたことがあるのみである。

北野さんは徹底した思考の持ち主であり、彼の努力によって面倒な電磁気学の単位が明快になることは疑いがないが、残念ながら、まだ私の不勉強で彼の主張を身につけてはいない。だが、信頼できる書籍が出版されたことを喜びたい。

それにしても、岩波書店は著者にもその著書をあまり多数部は無料では渡さないと聞いている。その貴重な数冊の一部を送っていただいたのだとしたら、遅くはなっても必ず読むきることにしたいと決意だけはしている。
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Gell-Manの伝記

2018-08-28 10:51:57 | 物理学
『物理学天才列伝』下(講談社ブルーバックス)のGell-Manの項をようやく読んだ。場の理論的にはどうかわからないが、20世紀の中期は実に素粒子物理学においてはGell-Manの時代であった。

そういうことがようやく了解できた。これは昨夜12時少し前から読みだして、2時間ほどで読んだ。伝記の作者はなかなかむつかしいことを書かないで一般の人が分かることだけを書いて話をつないでいくのだから、やはり芸がいる話である。

しかし、そういう芸ができないと科学者の伝記は書けないのだと思う、たしかに一般の人にわかるように話の筋をうまくつないでいるのは確かである。

ファインマンの伝記部分では量子電気力学に貢献した、ほかの他の人のこともかなり書いてあり、ファインマンだけには偏ってはいない点でなかなかよいとは思ったが、ゲルマンの部分にはそれはちょっとお添えのようであった。
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朝永さんの返答

2018-08-27 14:53:35 | 物理学
先日、雑誌「窮理」の10号が出た。 

その中に原康夫さんの朝永振一郎さんとのやりとりのいくつかが記されたいたが、その中で先日にはふれなかったことをここで書いておきたい。

これは何かの機会に原さんが朝永さん宅にいくことがあったときに、朝永さんに質問したときの返答である。原さんは朝永さんの「著書「量子力学」IIの前半は後半ほどには興味深くはないですね」と尋ねたという。

そうすると朝永さんはそれはそうだと答えたという。それは「前半はSommefeldの著書に沿って書いたからという」のである。原さんはいう。朝永さん自身が量子力学の理解が難しかった個所は、朝永さんの独創的な説明があるが、理解やさしいところはSommerfeldの本に沿った説明をされたのだろうという。


朝永の量子力学ではいわゆるDiracのhが使われてないために式がとても見にくい。これをどうしてDiracのhを用いて書き直さないのか不思議に思っている。いま英語版も見てみたが、修正されてはいない。
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Diracの寡黙とGell-Manのライターズ・ブロック

2018-08-27 13:51:29 | 物理学
これらは天才的な学者であった、二人の家庭環境から来ているらしい。

Diracに父親はスイス出身のフランス語教師であり、夕食のときにDiracにフランス語を話すように強制したために英語でもDiracはほとんど話さないようになったと言われている。

誰かがフランス語圏からDiracに会いにやってきたときにフランス語をDiracが解しないと思って一生懸命に英語で話そうとしたとかいう話があり、そのあとでDiracがランス語が話せることを知っておどろいたとか読んだことがある。またフランス語で書かれたDiracの論文もあったはずだ。

同じようにGell-Manも心理的要因から文章がかけなくなるという症状をもっていたらしい。卒業論文は完成するどころか書き出すこともできなかったというから、Gell-Manのライターズ・ブロックは重症である。そういう病気があるとは私自身は聞いたことがない。

Yale大学では大学院には進めなかったので、MITに進んだという。そこで、Weiskopfにつく。
Wesikopfからは実践的な物理学を学んだという。「数学的洗練さよりも、証拠と一致するかどうかを重んじろ。できる限り単純さを追い求め、決まり文句やもったいぶった言い方は避けろ」

これはなかなかいいアドバイスである。こういうアドバイスをする人はその当時はほとんどいなかったのではないか。私などが育ってきた研究雰囲気とは似通っているが、それは横道にそれる。

Gell-Manの優れた点は問題の表面的な細部に惑わされずに、「分析的な目」で、その裏に隠されたパータンを見抜く才能にあったという。

ただ、列伝の著者も彼が少し嫌な性格の持ち主であったことをほのめかしているようだ。
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生誕百年のファインマン

2018-08-24 17:40:21 | 物理学
雑誌「数理科学」の9月号に江沢洋先生が「ファインマンの物理学」を書いている。それで知ったことを一つ。

ファインマンは若いころ原爆の開発に加わった。そしてそのことで苦しんでいたというのだ。

ファインマンと言えば、その物理学の特異さで有名だし、道化師のようなところもある。また、『ファインマン物理学』6冊(岩波書店)でも有名である。

この原子爆弾を開発したという、心の重荷は1945年から1947年に量子電磁気学研究をするようになるまで彼の研究を妨げていたという。

広島にもファインマンは訪れたことがあると聞いているが、そのときに平和記念博物館をファインマン夫妻が訪れたかどうかは大学での私の先生の一人である、故人のS先生からは聞いたことがない。

結構ナイーブな人だったのだとすれば、平和記念博物館を訪れることはできなかったかもしれない。

2番目の奥さんと結婚していた当時らしく、宮島の厳島神社を夫妻が訪問した時、ファインマンの奥さんが、釣り下げられた灯篭だったかの由来を話をしていたとか聞いたことがある。なかなかいい奥さんだったとはS先生の評価だったが、ファインマンの2度目の結婚はうまくいかなくて、数年で離婚してしまった。


山崎正勝さんの「マンハッタン計画と科学者たち」という記事も読んで考えさせられた。ドイツが原爆を開発する可能性がないと知ってマンハッタン計画から離れた科学者はロートブラットただ一人だったが、それはイギリス人の科学者でロートブラットの先生であった、チャドウイックからそのことを聞いたただ一人の科学者であったという。

他の大多数の科学者には秘密にされていて、知らされなかったという。


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体系的な書物を著した人たち5

2018-08-24 15:49:51 | 物理学
和田純夫『物理のききどころ』全6巻(岩波書店)はそういう体系的な書物の一つであろう。私も『量子力学のききどころ』をのぞく5つの巻は購入してもっている。

調べてはいないのだが、和田さんはほかの出版社からもそういう体系的な本を書いているから、そういう
体系的なことに関心をもつ人なのであろう。

数式が読みやすくていいのだが、見開きの2ページで説明をするのはなかなかつらいところある。

力学、電磁気学、量子力学、熱・統計力学、振動・波動、相対論的物理学の6つの巻である。
 
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体系的な書物を著した人たち4

2018-08-21 12:34:12 | 物理学
ここでは秀才だとか偉大な業績を挙げた人とかのその人の学者としての業績とかを度外視してあげている。

今回は村上雅人さんを取り上げる。この人は東京大学の金属工学科の出身であるが、高校時代をアメリカで過ごした人なのかちょっと変わった経歴の人だとの印象がある。

今調べてみると、はじめは「なるほど虚数」(海鳴社)を出して、注目を集めたと思うが、その後、この「なるほど」シリーズのテクストを私の知り限りでは15冊以上出している。

はじめは数学が主であったが、いまでは物理学のテクストも出版している。

微積分、線形代数、ベクトル解析、フーリエ解析、複素関数、統計学、確率論、回帰分析、微分方程式、熱力学、電磁気学、量子力学等である。

なかなかの才人であることは間違いがない。

村上雅人さんは実は超電導が専門らしいが、そちらのほうでもいくつかの賞を受賞しているようなので優秀なかたなのであろう。私も「なるほど熱力学」(海鳴社)を図書館で借りて読んだが、その書き方にはなかなか独特なところがあって、興味をそそられた。
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『物理学天才列伝』下

2018-08-20 10:33:41 | 物理学
ブルーバックス(講談社)を図書館から借りてかえって、その一部を拾い読みしている。

私がおもしろかったのはチャンドラ・セカールであった。南部さんの『素粒子』(ブルーバックス)だったかに天文台からシカゴ大学まで大学院のセミナーに出てきていたとかあって、彼のクラスの全員がノーベル賞をとったあった。

これはリーとかヤンとかがその直後にノーベル賞をとったことを意味してもいた。そのうちにチャンドラー自身がノーベル賞をとる。

わたしが関心をもったのはチャンドラーの最後の研究である、ニュートンのプリンピアの話であった。彼はプリンキピアをはじめからは読まないで、自分で力学の定理を書いてそれを現代的に証明して、それからその点をニュートンがどう書いているかをプリンキピアを読むことで比較したという。そしてどのようにニュートンがうまく力学のことを書いているかを痛感したという。

そしてこの研究はいつものチャンドラの流儀で本にした。これは日本語に中村誠太郎さんの訳で講談社から出されている。もっともこの本は一万円を超える定価がついていたと思う。

もっともこの説明で私もこの訳本を読んでみたくなった。 

もう数十年も昔のことだが、日本にチャンドラがやってきて、ブラックホールについて物理学会で講演した。その講演の訳が物理学会誌にでていたのだが、その最初の部分のアイディアを使って、試験問題をつくったという思い出がある。

入試の問題になるくらいのやさしい話にしたのである。

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武谷三男のイメージ

2018-08-17 14:26:14 | 物理学
がぐっと変わった。これは科学史家である、西谷 正さんが武谷三男の1973年6月に名古屋大学で行った集中講義の録音テープを文字に起こしたものを読んだからである。

武谷三男というと科学至上主義の権化のようにどの科学史家も書いているが、どうもそれはかなり的外れなのではないかという気がした。

彼は科学至上主義に見えるところもあるけれども、それは彼の一面にしか過ぎないのではないかということである。
教室では黒板を用いて図や文字を使って話をしているのだが、それを音声だけ録音によって拾っているので、なかなかその真意はわかりずらいのだが、それでもかなり書籍とか雑誌等で文字として読む、武谷三男とは違うイメージを抱いた。


これは私一人の抱くイメージではなく、多くの科学史家や科学社会学者の抱く武谷三男のイメージ変更を迫られることではないかと思っている。

生前の武谷三男を直接知っている人々は彼のいろいろな側面を知っているから間違ったイメージを持つわけはないが、あまり彼との接点がなかった若い人たちの抱く武谷三男像は一面的である可能性がおおきくなる。

52ページにも及ぶこの録音のテープ起こしは大変だったろう。西谷さんの労を多としたい。

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計算をしないでもわからないか

2018-08-01 10:34:17 | 物理学

ファイマンだったかディラックだったかは覚えていないが、「方程式を解かないでわからないと、その方程式を理解できない」とか言った有名な物理学者がいる。私がその趣旨とその言葉を正しく覚えているとは思えないが、それでも大意はそういうものだったと思う。

いや、いまそのことに直面しているのはある四元数の性質のことである。式で表すと|X|と|X*|とが等しい。すなわち、|X*|=|X|を計算しないで、理解できないかということである。

それができると2,3日前にも思っていたのだが、いまそれがあやしくなっている。もちろん、計算をすれば、それが正しいのはわかる。

複素数の場合に|a|=|a*|であることはよく知られている。それと同じことが四元数でも成り立つ。

さてはて、計算しないでもわかると数日前に思ったのは間違いだったのか。

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窮理第10号

2018-07-24 16:37:16 | 物理学

今日、大学の生協書籍部に行ったら、雑誌『窮理』10号が来ていた。だんだん発行の間隔が狭まってくるようで、喜ばしい。

その中に原康夫さんがいろいろな機会に聞いた、朝永振一郎さんの言葉を記していて面白かった。

「ドイツでは夫の愛情は妻の料理から、妻の愛情は夫の財布からといわれている」とあった。その全体をドイツ語で聞いたことはないが、Die Liebe geht durch den Magen. (ディ リーベ ゲート ドゥルヒ デン マーゲン)という格言が辞書にも載っている。このことを朝永さんは訳したのであろうか。

久しぶりに興味深い原康夫さんのエッセイを読ませてもらった。まだ読んでないかたはご一読のほどを。

つまらないことを一言付け加えれば、den Magenとあるから胃はder Magenで男性名詞とわかった。前置詞のdurchは4格(目的格)支配である。

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『ヒッグス粒子の発見』

2018-07-21 11:45:41 | 物理学

(講談社ブル-バックス, 2013)を図書館で借りてきている。昨日、午前に家でこれを読み始めたら、ちょっと止まらなくなったので、仕事場に出てくるのが午後になった。もちろん面白そうなところの拾い読みである。主として3章と4章を拾い読みした。ヒッグス粒子について論文を書いたグループが3つもあったのに、それを電弱理論に応用して電弱理論をつくる機会を逃した人の多かったことは歴史的に見ると教訓的である。

なぜこういうことのできる機会のあった物理学者がそうできなかったのかはよく調べてみる必要があるのかもしれない。このことでノーベル賞をもらったのは結局ワインベルク、グラーショウ、サラムの3人となったのだが、それ以外にもその機会を持てたかもしれない物理学者は大勢いたらしいということを初めて知った。

この本にはフェルトマンとトフートのノーベル賞の受賞は出ているが、その後のヒッグスとアングレールのーべル賞受賞は本の執筆時には、間に合わなかった見えて載っていないようだ。

ブログ「とね日記」の利根川さんがこの本について、どう書かれているのか知りたくなった。

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理想気体のエントロピー

2018-07-16 17:22:30 | 物理学

の計算がどこかにあるかと本を調べてようやく芦田正巳『統計力学を学ぶ人のために』(オーム社)にあるのを見つけた。やれやれ。式の計算はこれによると面倒だが、考え方は状態数を求めて、その対数を取り、それにボルツマン係数kをかけるだけであった。

これは戸田盛和『エントロピーのめがね』(岩波書店)の中に計算結果だけがでていたので、それを求めるのかを調べていたのである。

何冊も熱力学や統計力学の本を調べたのだが、どこかに書いてあるのだろうが、見つけられなかった。そういうところを知らんふりをして7月28日の雑談会で話をしてもよいのであるが、その詳細の話はしなくても自分の疑問に答えることは必要だろうと調べていた。

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成相先生

2018-07-14 11:15:47 | 物理学

成相先生は宇宙論の研究者でした。いまはない、広島大学付属の理論物理学研究所で研究をされていました。理論物理学研究所は学部の学生を受け入れてはいませんでしたが、大学院学生は受け入れていました。

私はもちろん彼の学生ではありませんでしたが、大学院のマスターのときに彼の相対論のセミナーをとりました。テクストは有名なメラーの『相対性理論』です。テクストは学生はすべて研究所の蔵書を借りて読んだように思います。学生数があまり多くなかったので、それくらいの冊数を研究所で用意していたと思います。

セミナーは一年間でしたから、一般相対論のところにも入ったと思うのですが、一般相対論は私には身につかなかったです。その後、10年以上たってロンドンを訪れたときに、書店でメラーのこの本を見つけて、購入し、いまでは自分でも同じ本をもっています。もっとも本は改定されて第2版となっています。

計算もある程度フォローしていたはずですが、まったくその記録は残っていません。先生、学生が計算がへたくそなので授業時間の後半ではいらいらして自分で黒板で計算することが多くなったという気がします。

少なくとも私たちから見ると計算がとても早くて、見る間に計算をしてしまうという感じがいつもしていました。いくら先生がよくてもどうもセミナーを学生のほうの学力というか実力がそれに伴わなかったという感じがしていました。

成相先生は猛烈な研究者の一人で、これは人から聞いた話ですが、夜の3時より前に寝たことはないとか聞いたことがありました。それくらい猛烈に研究をするという気風がこのころの理論物理学研究所にはあったようです。

もっともそういうハードワークのせいか、定年退職された後は、割と早く亡くなられたのを残念に思っています。

 

 

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熱を温度差を利用しないで移動させる

2018-07-12 10:40:48 | 物理学

ことはできるか。もちろんできる。物理に詳しくない人はそんな馬鹿なと思う人もおられるかもしれない。答えはいわゆるカルノーのサイクルと言われるものでわかる。

物理の教師を長年してきたが、大学を定年退職する前の数年になって5年間ほどようやく熱力学を教えることとなった。

そのときにカルノーのサイクルを教えたのだが、どうもそのへんのことがわかっていたのかどうもあやふやである。1979年には朝永信一郎先生の『物理学とは何だろうか』(岩波新書)上が出版されてそれに「熱を温度差を利用しないで高温の熱源から低温の冷却器に移動させる」ことについて書いてあったのだが、どうもそれを読んだときにはっきりと認識をしていたとは言えない。

最近、熱力学のテクストを読む機会があり、また、戸田盛和『エントロピーのめがね』(岩波書店)を読んだりしていて、上に述べた『物理学とは何だろうか』を読んでみてようやく認識をした。カルノーのサイクルではピストンを準静的に動かすということで力学的な可逆過程を実現しており、また高温の熱源から低温の冷却器への熱の移動をその熱源と冷却器の温度差を使わないで行っているということが。

これで熱の移動にかんしても可逆過程となるように配慮をしていることがわかった。熱は高温の熱源から低温の冷却器にその温度差を利用して移動させるとこれはもちろん不可逆過程であり、カルノーサイクルが可逆機関であるという前提がくずれるが、このことをうまく回避している(注)。

村上雅人さんの『熱力学』(海鳴社)では、だからカルノーのサイクルをほとんど本の末尾にとりあげるという工夫をしている。

(注)等温過程で熱源から熱量Qをもらい、それを断熱課程で気体の体積を準静的に膨張させることで、力学的な仕事に変える。そしてその気体の温度を冷却器の温度と等しくなると力学的な仕事にならなかった熱Q'を冷却器に移動させる。このときまた準静的に気体の体積は圧縮される。このとき外界から気体に仕事がされる。

こういう風にして。確かに高温の熱源から低温の冷却器へその温度差を利用しないで、Q-Q'だけの熱を移動させることができる。しかし、サイクルにするために、さらに冷却器との接触を断って、断熱的にもとの気体の体積まで断熱圧縮する。ここまでくれば、このあとはサイクルをくりかえせばよい。

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