遠山啓著『数学入門』(岩波新書)は名著だと思うのだが、その上巻の1959年11月発行の初版には誤植がいくつかあった。
それらがきちんと訂正されているかどうかは前々から気になっていたことであったが、それを今日までチェックしたことはなかった。
新しい版とはいってももう10年以上前の2000年5月の62刷と比べてみたところ、さすがに長く読み継がれているだけあって、私の見つけていたミスプリはすべてなくなっていた。
2000年のときには重刷という感じで、しばらく品切れになっていたのを品切れをなくすというような意味があったのだろう。それで新しいのを買い求めたらしい。
いま振り返ってみると、1959年は私が二度目の大学一年生を繰り返していたころで、もはや戦後ではないといういい方がされて、まだ間がない頃であった。『数学入門』の上巻の方は読んだと思うが、下巻はその当時には読まなかったと思う。
下巻はあまり目新しいことが書かれていないと思ったのか、微積分のことは十分に知っているという思い上がりからであったかもしれない。「下巻は上巻ほど面白くない」という誰かの評もずいぶん後になって、どこかで読んだ気がする。
2005年に勤めを退職してから、下巻を読んで、遠山さんが書かれている連続複利法にもとづいた自然対数の底 e の導入法を詳しく説明したエッセイを書いた(つぎに引用するものは、前に書いたものの改訂版でインターネットでアクセスできる。「数学・物理通信」8巻2号(2018.3.15)11-15)。
これは遠山さんの説明が岩波新書であるというスペースの制限のためにその記述はまだ十分でないと思ったからである。だが、それにしても元のアイディアは遠山さんにある。
上巻で感心したことは虚数単位 i の説明であった。このような説明をまったく知らなかった訳ではないが、徹底した説明であり、これで虚数単位 i を身近に感じるようになった。これと関連して(-1)*(-1)=1であることも納得したと思う(注1)。
私はこの『数学入門』(上)の第1章を読むのにとても抵抗を感じた。だから、1980年代の終わりに、この上巻を読み直したときには上巻の最後の複素数の章から一つづつ前の章へと帰っていくという方法をとって、それを読み終えるのに約1週間かかった(注2)。
これはもちろんそのときは学生ではなく、勤めもあり、夜間の暇を見つけての読書であったから、これくらいの時間がかかったのは仕方がない。いまだってそればかりに熱中しては読めないからやはり同じくらいの時間がかかるだろう。
だが、この書はいまでも読み継がれている。
(注1) 遠山さんの『数学入門』よりも以前に、藤森良夫先生の著書『解析の基礎』 続(考え方研究社、1954)で複素数の90度の平面回転としての i の働きや(-1)*(-1)=1の説明をすでに高校生のときに読んでいたと思う。しかし、それでも遠山さんの徹底した i についての説明は大いに役に立った。
(2018.3.12付記)上に書いた藤森先生の 虚数単位 i の説明は私の読んだ上に引用した本よりも以前にすでに藤森良夫『初等複素関数論学び方考え方と解き方講義』(考え方社、1941)p.21-22に述べられている。この書は私の亡くなった父の蔵書の1冊である。
(注2)私がこの『数学入門』上、下を読み返していた1989年はべルリンの壁が崩壊して、当時の東独と西独とが再統一され、新しいドイツが誕生した記念すべき年であった。
(2019.7.28付記)「数学・物理通信」9巻4号に「遠山啓の岩波新書を読む」というエッセイを載せている。これは以前にある雑誌に載せたエッセイを改訂したものである。「数学・物理通信」はインターネット検索すれば、すぐにわかるので、そちらも読んでみてほしい。