物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

使える単語とわかる単語

2016-06-30 11:45:10 | 日記
私がドイツ語を話すときに使える言葉の数は数百である。よく2000語がその外国語がわかるための必要最小限であるといわれる。

確かにドイツ語を話ときには使える語彙数は多分数百語くらいで十分であろう。だが、相手が話すときにそれがわかるためには最低2000語くらいであろうか。

「Deutsch 2000」というドイツ語のテキストでドイツ語をフライブルクのゲーテ・インスティテュートで学んだのはもう40年以上も前のことだが、これは2000語でドイツ語を学び、話すということであったろう。

だから、それで日常生活を送るには十分であろうが、ちょっと知的な会話を楽しむためにはもっとたくさんの言葉を知っている必要がある。それが5000語なのか8000語なのかはわからない。

大学のときにドイツ語の講義を聞いた、羽田先生は教養あるドイツ人は1万語くらいは知っていると講義のときに言われていた。そのときに日本人の学生なら2000語か3000語を大学のドイツ語の講義で知ることになるであろうと付け加えられた。もっともこれはドイツ語の言葉がテキストに書かれているのがわかるという意味である。

私が学生のころにはドイツ語を聞いてわかるとかドイツ語で会話をするなどとはまったく望むべくもなかった。話す言葉としての外国語に触れたのは私にはフランス語の方が先だった。

私たちのクラスの先生の R さんは言語学が専門ということもあろうが、クラスでいろいろ難しい言葉が出てくる。私は前回のクラスで出てきた言葉を要約して、まとめた文書を毎回つくっているが、そこには私のもっている辞書にはない語がしばしば出てくる。

仕方がないので、訳をつけないでそのまま採録だけするという方針であるが、その綴りもしっかりと確かめられないことが多い。

先日のクラスで出てきた語にイスラントがあったが、私にはこれがアイスランドのことであることはわかったが、この綴りは英語と同じくIcelandと綴るのだと思っていた。ところがそこを独和辞書で探しても出てこない。仕方なく和独辞典を引いて、Islandと綴るということを知った。ちなみにラグビーの初戦で日本が破ったアイルランドはIrlandである。

どれくらいのドイツ語の語彙を R さんが母語の話者としてもっているのかわからないが、多分、1万語ははるかにこえて数万語くらいだろうか。

一方、現在では普通の大学生がドイツ語を学ぶときに使う辞書は10万語も収録してある辞書は最近は少なくなっている。5万語も収録されていれば、上出来の方ではあるまいか。

運動量密度

2016-06-30 11:27:58 | 日記
という語が量子力学に出てくる。これは最近毎日のところ編集作業を続けている、小川修三の「量子力学講義ノート」に出てくる。

先日来、エ―レンフェストの定理についてその導出を調べていたが、それがすんだと思ったら、またあまりよく分からないので、量子力学のテキストにないかと調べたが、あまり出てこない。

それで困ったなと朝永の「量子力学II」(みすず書房)を見たら、出ていた。ということは小川さんは少なくとも講義の一部をこの「量子力学II」に依拠して講義ノートを書いていたということであろう。

もっとも朝永の量子力学のこの部分はわかりにくい。それは普通シュレディンガー方程式と言われるものを場の古典論としてド・ブローイの場の方程式と朝永が考えているからである。

それはそれで意図があるので記述方法としてはしかたがないのだが、普通の量子力学の学び方としては異質である。その記述法はもちろん小川さんは普通の記述方法にしたがっているのだが、それでも計算にしかたとかは朝永流である。

ということで、わざと記述をシッフの「量子力学」の記述風に私が書き変えておいたのが、どうもよくなさそうである。もとに戻す必要があるかもしれない。

日本数学者ゆかりの地

2016-06-28 11:16:04 | 日記
という本(恒星社厚生閣)を出版社から送ってもらった。これは著者の西條敏美さんの著書である。

これは西條さんの「ゆかりの地シリーズ」とでもいうべきものの第4作目ということである。もっとも第4作目ということは本の冊数として4冊目ということではない。上、下巻ととして出版されたものも多くあるので7冊目である。

こういう風な本を書く人は少ないので貴重な書であるが、今回は掲載された雑誌の意向かどうかわからないが、記事の掲載されるスペースの制限があったためか、ちょっと事典風でいきいきした著者の息遣いを感じることが以前の書と比べて少なくなった。もっとも少なくはなったが、その息遣いがまったく見られないということでもない。

また、事典風の記事の幣を多くの写真が補うという風である。これは悪くはない。

愛媛合唱団のコンサート

2016-06-27 11:19:50 | 日記
昨日の日曜は妻に連れられて、愛媛合唱団のコンサートに出かけた。

毎年このグループはコンサートを行っており、創立42年になるということだが、創立40周年記念ということで、5曲の歌を作曲家の池辺晋一郎さんに作曲してもらった。そしてその歌の初演があった。

池辺さんは愛媛にたびたび来られることがあるということで、私も愛媛合唱団のコンサートかなにかで彼をすでに何回か見かけている。

前に聞いたところでは、愛媛大学の教育学部の音楽の先生の一人が彼と東京芸大で同期だということで愛媛大学の非常勤講師か何かで毎年のように来られたことがあるという話をされていたと思う。

最後の唄はアメージンググレーイスであったが、これは翻訳の日本語の歌詞であまりピンと来なかった。アメージンググレースのイメージを壊していた。

イギリスの危機

2016-06-25 12:44:42 | 日記
昨年のいまごろギリシャがEUから脱退かということでそのようなブログを書いた。ところがほぼ一年を経てイギリスが本当にEUから脱退ということになってしまった。

EUの恵みをいっぱいに受けているはずのイギリスですら、脱退した方が自分の自由にできて生活がよくなるなどと思っている人の方が多かったらしい。

私は早晩その夢は実は破れるであろうと思う。EUを相手に関税だけはほとんど設定せずに移民その他はお断りなんてことをEUが許してくれるはずがない。移民は制限できるかもしれないが、関税は復活するだろう。そうするとイギリスの産業は苦境に陥る。日本の企業だけではなく、イギリスにある外国の工場は早晩EUのどこかの国に移動するだろう。

そのことが分からない人の方が多いとは思わなかった。よくなる可能性はあるのだろうか。ユーロをイギリス人が投票前にかっているのだとううわさも聞いたが、それは離脱となるとポンドが下落するだろうという真っ当な判断をイギリス人がもっているということであろうか。それならなぜ離脱するの。ということになろうか。現状維持から抜け出したら、よくなるのではないかという淡い期待の心理にしかすぎない。

大英連邦だとかもう今はない栄光を追いかけている年配者がいるともいうが、いまどきまだ大英連邦などという実体のない話はなんの役にも立たないのはすぐにわかることであろう。

ファインマン語録

2016-06-24 12:58:15 | 日記
という本を昨日手に入れた。まだほとんど読んでいない。チェリストとして著名なヨーヨー・マさんはファインマンのお知り合いだったということを知った。

そしてこのヨーヨー・マは漢字では馬友友と書くことも知った。

それはそうとここで一つ思い出したことを。数学者や物理学者は自分の金庫を開けるパスワードに円周率のパイの数とかオイラー数eを使う癖があると、これはファインマンが書いていた。(注)

もっとも円周率パイの方はだれでも3.1415926・・・であることを知っているが、一般の人はオイラー数eの近似値は覚えておられるだろうか。こちらはe=2.718281828・・・である。これはもちろんパイの数値と同じように語呂で覚えるのである。フナ一杯二杯一杯二杯だとか。

いつ頃だったか忘れたが、このeの近似値を知らないことに気がついてそれを求めるという数学エッセイを書いたが、それも20年近く前のことである。

これは私としてはちょっと恥ずかしい話だったが、普通の数学者や物理学者は大抵は学生のころに覚えることであろう。それでも私の定年退職よりは前に自分でそのことに気がついたのはまあよかった。あまり慰めにもならないけれども。

(注)オイラー数eなど聞いたことがないという方もおられよう。だが、「自然対数の底のe」だというとそうかそうかという方が大部分だろうか。もっとも私の妻のように高校の三角関数のところあたりで数学は落ちこぼれたという方も世間には多いのかもしれない。もっともそういう方は私のブログなど覘きもしないだろうか。

妻の名誉のために一言だけつけ加えれば、その後、子どもたちが三角関数を高校で学んでいるとき、子どもたちからの耳学問と高校の学習参考書で三角関数を勉強する機会をもつことがあり、そのときはかなり分かったとのことであったが、それからでもまた数十年が経つので、また忘れているであろう。使わないものは忘れてしまうのはしかたがない。

昨日は疲れた感じが

2016-06-24 12:29:58 | 日記
一日中していた。これはどうしてなのかわからない。それに胃か腸かわからないが、重たかった。昨日は予約購読している雑誌等を大学の生協に月に1回取りに行く日であり、そのついでに大学の図書館に立ち寄って先日の遠隔借り出しの本の間違って余分に払ったといわれる130円を受け取った。130円くらいなら払い戻すなどと言わなくてもいいと思うのだが、やはりお役所仕事なので係りの人に悪かったとお詫びまでもらった。どうってことはないのに。

その後についでということで施設に入っている友人を訪ねた。その後に仕事場に帰ってから近所の饅頭(これは「まんじゅう」とは読まない、「まんとう」です)を3個買って来て、遅い昼食とした。そのせいだろうか疲れを感じており、それと胃が重かったが、昨夜一晩寝たらよくなっていた。

もっとも安眠できそうになかったので、エアコンを25度に設定したら、ほどなく寝入ってしまい、昨夜は一度もトイレに起きなかった。

昨日のブログ

2016-06-24 11:50:31 | 日記
は八元数の本の購入と友人の入っている施設の訪問についてであった。意外なことに八元数の本の方のブログがよく読まれているという結果になった。もっともそれがどのくらいの違いがあるのかはわからない。

世の中には複素数でも難しいという方もいる一方で、四元数も八元数も怖くはないという方もおられる。私などは四元数くらいで勘弁してほしいというくちなのだが。

八元数の本The Geomtry of the Octonionsにはもちろん四元数のことを書いてある。なにか私の知らないようなことが書いてあるかを読んでみたのだが、昨日ちらっと読んだところでは特に目新しいところはなかった。もっともこのオクタニオンの本は八元数に主眼があるので、四元数であまり新しいことが書かれていないのは想定内ではあった。

数の一つとしての言及はあるのだが、書かれているページ数もあまり多くはないので、この本を購入する前からそのことは予想できたことではあった。それでも私の知らない新しい視点があるかもしれないなどと思った。

この書は数学の本かどうかはわからないが、数学者が書いたにしてはそれほど現代数学的ではなさそうである。

友人を施設に訪ねる

2016-06-23 18:12:19 | 日記
友人が病気のことがもとで施設に入っている。

それで今日の午後訪ねた。本人の意気は盛んだが、リハビリをしなくてはならない。本人は少なくとも一日に2キロくらいは歩く練習をしたいと言っている。

しかし、このことを申し出ないと施設はやってくれないらしい。それは別に施設が冷たいというよりは本人の意向を尊重しているかららしい。

病気も少しづつ進行しているらしいが、それでもそれほど弱ったという印象はもたなかった。知的な作業が生きるためには彼に必要である。生きがいがある間は人間は死なないと思う。どこかで希望をとか生きがいを捨ててしまうとだめだがまだ大丈夫であろう。

八元数の本

2016-06-23 11:18:47 | 日記
四元数の本でも世の中にそんなに多くは存在しないが、八元数の本``The Geometry of the Octonions" (World Scientific)を買った。日本語の本ではなく英語の本である。いま円高であるが、それでも1万円以上もする。

World Scientificというシンガポールの出版社が新しく出版した本である。この出版社からメールでのPRが来たので、そのときは購入するつもりはなかったが、序文と第1章がついていたので、それを読んで購入する気になった。

私の役に立つかどうかはわからない。私の自分の予定としては『四元数の発見』(海鳴社)を改訂して英訳し、出版したいという気持ちをもっているので、それに役立つかと思ったいうこともある。

だが、自分の書の英訳の方はまったく進まない。というか、とりかかってもいない。一応2014年10月の発行から3年後を目途にはしているのだが、現在のところその芽も出せていない。

参議院選挙

2016-06-22 11:44:50 | 日記
がはじまった。私は比例区では A という議員の再選をねがっている。また地方区では N という方の応援をしている。
だが、地方区では N 候補は Y 候補にはるかに及ばないのだという選挙前の評判である。

そうあからさまに言われてみるとちょっとした反骨心が起こってくる。それで知り合いに後援会の会員になってもらったりしてはいるが、なかなかである。

選挙戦において不利を承知で立候補された候補の方もそれもこのことを承知で出馬して下さったのだと思う。心がけがいい候補だと思う。

愛媛県は保守の県として有名である。気候が温和で、私が生きてきた70数年ではたしかにあんまり天変地異が起こってはいない。ただ、心配なのは最近では伊方の原発沖にある中央構造線が地震を引き起こして伊方原発の事故が起こらないかとそれを心配している。

福島第一原発でも10数メートルの津波が起こると地震学会では議論されていたというが、それが原発の防護に反映されることはなかった。まるで寝耳に水といった体であったが、そのことが起こってからは実はという話が出てきた。それなら、その事故が起こる前にどうして未然に防ぐ方策がなかったのかといえば、そのつもりが原発をもっていた企業にあれば、防げたと思う。

だが、そのことを東京電力はまったく無視をしていたということである。後になってそのことが分かるのだが、そのことが他の原発に生きてくるかは残念ながらわからない。おかしなはなしである。

まちがい

2016-06-22 11:19:37 | 日記
は誰でもするものである。しかし、いま編集している小川修三「量子力学講義ノート」Iで誰が考えても明らかなと思われるまちがいがあるのを見て、物理学の分野で業績をあげた先生でもまちがいをするのだと知れば、まちがいも人間的なことだと思える。

これは昨日書いたEhrenfestの定理に関したものである。大したミスではないので、別に自分の先生の細かなミスを鬼の首をとったようにいうつもりではない。

ただ、講義を編集している人としては黙ってそこの部分を修正しておくほかはないと思っている。別にわざわざ注を付けてここをまちがえていたとか書くのは大人気がないと思う。

ただ、簡単に終わると思っていたこの「講義ノートI」の編集がなかなか終わらないので大変である。

エ―レンフェストの定理

2016-06-21 14:45:45 | 日記
というと量子力学でその位置の期待値から波束が古典力学の運動方程式の形をみたすという定理である。この定理が難しいと思ったことはなかった。が、私自身はこの定理の意義を軽視してきたが、このところその意義に目覚めている。

もっともこの計算は学生のときにも苦手だったが、どうもいまでも苦手であることを発見した。学部の4年生になって量子力学のセミナーがはじまり、その初めごろにセミナーでこの計算で立ち往生してしまい、S 先生から叱られたことがあった。その後のセミナーではその汚名を挽回するように努めたけれども。

その思い出よみがえってきたのだが、何十年もたってこれくらいの計算はなんてことはないはずなのにやはり苦手である。もっともきちんとやればなんてこともないはずだ。だが、どうも逃げ腰なのがいけないのではないかと思う。

きちんと落ち着いてやれば、なんてことはないはずだが、ちょろちょろしてしまう。この姿勢がよくない。

経済学の他の可能性はないのか

2016-06-21 12:14:50 | 日記
アメリカ人の投資家がシンガポールに移住してアジアの投資家となった人がいる。その人へのインタビューが今朝の朝日新聞に載っていた。詳しく読んだわけではないが、どうも日本の経済というか政治家の改革の欠如を憂いていた。

移民政策を活発に取り入れるべきだとか言っている。これは日本人の等質的な思考に愛想をつかしているのだが、それだけだろうか。移民政策はたしかに異なったバックグラウンドを持って人たちを受け入れることになるのだが、日本だって例外なく、従来の日本国民の虐げられている人たちや下層の収入しか得ていない人たちの反発を受けるであろう。

そのことはまちがいがない。それに正社員を少なくしてあとは非正規社員としてしか雇用しないというのは本当にいいのだろうか。第一、国家財政にしか依存しない資本主義はやはり限界があると思う。それは資本主義の末期症状であるはずだ。

この投資家は日本の既得権益層(エスタブリシュメント)からの権益をとりあげることが発展の元となるとでも言いたげであるが、ほんとうのところはどうなんであろう。

日本円の価値がある程度あがることなくして、救いはないという。それで、彼は日本関係の株式等は全部売り払ったと言っていた。安倍首相が辞任するか、彼が新しい政策を本当にとるまでは日本には投資しないという。

産業の構造改革とかそういうものが必要なのであろう。私の子ども一人はIT産業に関わっているが、彼は大学生に内定を出しても大企業に学生が行く傾向は続いていて、なかなか定着してくれないといつもこぼしている。

量子力学のテキスト

2016-06-20 11:18:49 | 日記
は日本語でも数十冊は発行されているだろう。もしかしたら日本語だけでも100冊は越えるかもしれない。それくらい多くの量子力学のテキストが発行されているのだが、読んで感心する本はそう多くはない。

そういう感心した本の1冊として、最近見たのは江沢 洋著「量子力学」I(裳華房)がある。IIの方はまだ読んでいないので、こちらも新機軸に富んでいるのかもわからないが、評価はまだである。

小川修三『量子力学講義ノート』の第1部の編纂の終りの段階に来ているのだが、それの書かれたところの理解のために上記の江沢の書を読んだ。目的があって読んだのだが、実は感心したところは疑問を解決するために読んだところではない。もちろんその箇所もよく書けているのだが、その後のところに感じ入った。

シュレディンガー方程式を導入したあとにそれが正しい結果を導くかということを確かめるために水素原子の問題を解くのだが、そのとき方が目的に則したとき方であり、まったく難しい話が出てこない。

そこらあたりが感じ入ったところである。もっとも水素原子の量子力学の解法としては不十分とのそしりを免れないかもしれないが、こういう方法があったのは気がつかなかった。

基底状態の状態関数を目の子で求めたり、球対称な解を求めたりする。また固有値を求めてボーアの理論を検証したりする。これは私が自由粒子解や周期解を固体物理の理解の例として採用したことと類似している。

もっともなんでも役に立たねばならないということはあまりにプラグマティックであろうか。そこらあたりは要注意であろう。