一九◯四年の日露戦争後、日本は南満洲においてロシアにとつて代り鉄道の敷設、鉱業、産業、文化事業などによつて、日本の経済的、政治的の地位は堅実に強化されたのである。満洲は、発展し行く日本の工業立国政策にとつて最も必要とする諸原料の源泉だ。それと同時に日本の工業製産品の重要な市場をもなす。ハルビンがロシア人の都会であるといふこと以上に、大連は日本人の都会である。
関東租借地以外の片田舎へ、好成績の大規模日本移民の見込はどうも少ないやうに思はれる。といふのは、日本人は明らかに温暖地の人種で、土地を克服すべく、満洲のやうな厳寒地の気候に調和することを知らない。その上、日本人の生活程度は、支那農民よりはずつと高いので、満洲における農業的植民の企図は完全に失敗に帰した。
支那農民と対抗出来る唯一の人種は朝鮮人である。朝鮮人の生活程度は支那人よりも更に低い位で、沢山の朝鮮人が国境を越えて東部満洲に入つて来てゐる。
支那人の満洲占拠は、一層冒険的な先駆者(パイオニア)たるロシア人ほど速かに行はれなかつた。支那人は本質的に村落民族で、土地が多少とも完全に占拠される時にのみ、彼等の農業的領域(新開地)が前進するのだつた。城壁を廻らした都市は、河に沿ふか、又は他の交通線の近くに発達し、母国の都市型に極めて一致してゐる。だが、満洲の近代都市は皆、往々元の居留地の城壁から相当距離を隔てた鉄道の停車場に関係を有する。
一九三一年の満洲事変以来、形勢一変したにも拘らず、満洲は人種並に文化において、支那人的であることを止めるやうには見えない。たとへ支那人的でなからんとする可能性があるにしても、それは近年の大量移民により、また発育しつゝある支那の国家意識によつても除去されてしまつた。しかし近い将来、支那が政治的並に経済的支配を確保することが出来るかどうかは別の問題であるが、終局的な成行は少々疑はしい。すべての地理的徴候は、東洋における最後の政治的、産業的、文化的支配力としての支那を指摘するやうに思はれてならない。よしんば支配とか統御とかのその日が訪れても、支那の近隣の何れかゞよいことにされてゐる限り、それは最も不幸なことであらう。
一九二六年の郵政局予算によると、満洲三省の人口は、二,四◯四◯,八一九人である。そらが一九三◯年には約二,九一九八,〇〇〇人に増加したと考へられる(「満洲年鑑」一九三一年版)。その九五%は支那人で、残りは現在殆ど支那文化に吸収されてしまつた満洲族や蒙古人と、それからロシア人、日本人、朝鮮人である。ロシア人と日本人は大連やハルビンの如き大都市に閉ぢ籠つてをり、鉄道沿線の各産業地帯に散在する。日本人の人口は二◯万を超え、更に加ふるに約六万の朝鮮人の農民がゐる。
(「支那の土地と人」 クレツシイ著 三好武二訳)
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