遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『万能鑑定士Qの短編集 Ⅱ』  松岡圭祐   角川文庫

2014-10-28 09:40:42 | レビュー
 この短編集にも5つの事件が取り上げられている。どの事件も凜田莉子に依頼された鑑定に絡む局面を持つ事件であり、莉子の感性と論理的思考による謎解きのおもしろさを楽しめる小品である。各話について、読後印象をまとめてみたい。

 第1話 物理的不可能
 ある金券ショップが京都市伏見区に住む植竹天馬という資産家から中国の切手、11,762点を買い取る。それらの切手は最もプレミアのつく、文化大革命前後に発行された貴重品ばかりなのだ。買い取り金額8億円は前払いで銀行振り込みが成されている。担当するのは京都駅前店の店員、鴨嶺智久である。植竹の豪邸で切手の現物の真贋を確認した後、鴨嶺は切手アルバム36冊を3つのジュラルミンケースに格納し、大阪の南海なんば駅真上にあるスイスホテル南海大阪に宿泊する顧客、李海鳴に届けることになる。巨額のために勿論保険が掛けられている。ルシファ保険(株)の調査員、沢木がこの運搬行程に立ち合う。彼はその運搬行程の全部をHDDカメラで継続的に記録する手続きを取る。鴨嶺は運搬にあたり、いとこの藤林兄弟に運搬の協力を頼んでいた。兄の徹也は元警官、弟の俊平は現役消防士だった。運搬用の車もこの兄弟に事前にレンタルしていくことを頼んでおいたのである。兄弟は右京区のレンタカー屋でどこにでもあるようなセダンをレンタルしてきていた。
 豪邸を出る前に鴨嶺は沢木にも席をはずしてもらい自分だけにわかる秘密の措置をジュラルミンケースの施錠前に施した。藤林兄弟の運転するレンタカー、アルテッツアのトランクに3つのケースを積み込んだ後、沢木はトランクの開閉部分に社名入りのステッカーを貼りつけて封印したのだ。この車を沢木と鴨嶺が乗車した車がすぐ後について走向する。もう1台の警備車が運搬の規定のコースを先導する。3台の車がぴったり連続して大阪のなんばまで移動するのだ。
 一方、李が受け取りの際に鑑定をさせるため、渡瀬にベテラン鑑定家への依頼を指示していた。出張鑑定に出向いたのは凜田莉子だった。莉子は李の準備していた鑑定家のテストを受けることから始めねばならなかった。
 厳重に注意深く監視されて李の待つホテルの部屋に運び込まれたジュラルミンケースを開けると、中身は別物だった! 莉子の見た切手アルバムの最後のページに、ワープロ印字で「トランクの中をよく見たか?」と記された1枚の小さな白紙が挟んであった。
 この密室状態での切手のすり替え事件という謎に莉子が乗り出すことになる。沢木は輸送に使用したアルテッツアを整備工場でバラしてまで調べていた。
 伏見区の豪邸での切手現物の確認・施錠からホテルの李の部屋までの運搬搬入までのどこで、どのようにすり替えられたのか・・・・。単純な行程の中に思わぬ錯覚の要因があったのだ。
 
 第2話 雨森華蓮の出所
 凜田莉子の協力で逮捕され服役していたあの雨森華蓮という贋作者が岐阜県の笠松刑務所から仮釈放される。それには服役中に華蓮が莉子の依頼で警察の事件解決に協力していたことにより、莉子が警視庁の宇賀神警部に恩赦の後押しを働きかけていたことも影響している。仮釈放期間中は華蓮に保護観察官が付くことになる。その華蓮がなんと贋作スキルを発揮して、陰で莉子のクライアントを助けるというエピソードが加わる話である。実に愉快な結末となる。そのテクニックも読ませどころ。
 万能鑑定士Qの店に、笹倉沙希という少女が一圓銀貨のコレクションを持ち込んできて鑑定を依頼する。母が認可外の笹倉保育園を運営してきたが、資金繰りに行き詰まり、300万円ほどの返却ができなければ、来春までに閉園しなければならない状態なのだという。母方の祖祖父が集めていて今は母の所有になっているそのコレクションの鑑定うけ、それを売ることで閉園しなくて済む助けにならないかと考えてのことだった。仮釈放された華蓮が莉子の店を訪れたとき、丁度莉子はこのコレクションの鑑定中だった。二人の鑑定結果は一致し、店での売価で350万円くらいの価値になると鑑定した。勿論売りに出せば買い取り価格は半額近くなる可能性も少女に説明する。鑑定の仕事は一応それで終わった。
 だが、である。莉子が牛込署での出張鑑定の帰りに笹倉保育園の前に立ち寄り、閉園のお知らせという張り紙を見て愕然とする。莉子は笹倉親子に会い、事情を尋ねる。そしてあの一圓銀貨のコレクションが、2軒目に持ち込んだ神保町の亀井小判という店で5万円で売ったというのだ。1軒目は2万円だと言われたとのこと。莉子は亀井小判を訪ね、笹倉親子が持ち込んだ銀貨コレクションを見せてもらう行動を起こす。そこで問題の原因に気づいていくが・・・・莉子にはもはやなすすべがなかった。莉子はそのコレクションを売る段階まで沙希に関わってやるべきだったと悔やむのだ。
 このあと、おもしろい展開となっていく小品である。

 第3話 見えない人間
 莉子は半月に1度、牛込署に招かれ出張鑑定をする。莉子が出向いている知能犯捜査係葉山翔太警部補のところに、芳野里佳が訪れてくる。収入を得られるようになったと里佳に言った父が帰って来ないのだという。失踪したことになるのではないかと心配し、捜査の依頼に来たのだという。だが、葉山警部補は相手にせず、すげなく追い返す。それには過去においての里佳の父親の悪いパターンがあったのだが・・・・。
 人探しは鑑定家の専門外。里佳には協力してあげたい。ということで、莉子は小笠原に相談を持ちかけることにする。里佳を小笠原に引き合わせ、父親の失踪前後の状況を詳しく聞くのだった。里佳の件は一旦小笠原に任せてみる。
 お店に戻った莉子のところに、八重山高校時代の同級生溝塚琴帆が突然訪ねてくる。琴帆は女優志望なのだ。莉子の店の近くで行われている「映画エキストラ即日オーディション」に応募するために、莉子を引っ張り出すという魂胆だった。募集要項に「グループでの応募歓迎」とあるからだ。受かりやすいという理由で、莉子に協力させたいのだった。仕方なくオーディションの場所に莉子は付き合うことになる。なんとオーディションに合格。最後の土壇場で莉子はやはり辞退するが、琴帆は勇んで絶叫シーンを演じてみせる。そこで莉子は撮影現場を見聞することになる。ギャラはなくお礼だけが報酬。しかし、琴帆はそれでも一歩前進と受け止めている。
 午後四時過ぎ、莉子は小笠原と落ち合い、芳野里佳の住まいを訪れる。そこで小笠原の取材結果と父親の部屋で持ちものを見せてもらい『その日から読む本』という題名の冊子を見て、手にとり、開いて見るところから、莉子の観察眼と思考が動き出したのだ。
 なんと、琴帆に強引に引っ張られていったオーディションの体験と小笠原による里佳の父親についての取材結果が交点を持ち始めるというストーリー展開となるところがおもしろい。
 思わぬところに謎解きの手掛かりが潜められていて興味深い作品に仕上がっている。

 第4話 賢者の贈り物
 冒頭に嵯峨敏也という臨床心理士が莉子の店に一枚の絵の鑑定を持ち込んでくることから始まる。「莉子にとって特別な知り会いといえる人物だった」と記されているので、私には未読の作品で莉子はこの嵯峨と協働しているのだろう。結果的に、この作品で莉子に嵯峨が協力する場面が出てくることになるが・・・・。
 25歳、丸の内の外資系企業に勤めるOLの坂城紫苑は不眠症である。父は不動産会社の社長。一方、二人の兄は窃盗行為を楽しんでいる輩だ。盗みに反対していた父は、「効率のよさを学んだな。おまえにしちゃ立派な進歩だ」というようになっている。まるで支援者になったようなのだ。紫苑はこの状態にがまんならない。
 紫苑は牛込署の葉山警部補を訪れ、サンイ電器の社宅に泥棒が入ったこと、その泥棒が紫苑の兄たちだと告げる。紫苑は真珠のネックレスを取りだし、証拠の一部だと差し出す。葉山警部補はこの3か月間に侵入盗の届け出はないと不思議がる。葉山警部補は一応調べる行動を取るが窃盗の事実はつかめない。そこで、理由は不明ながら紫苑の偽証を疑い出す。紫苑の目にした事実を受け入れられないことから、過呼吸状態となり意識をなくした紫苑は、入院病棟の個室ベッドで嵯峨臨床心理士と対話することになる。そして、嵯峨は紫苑を凜田莉子の店に連れていき、莉子を紹介することになる。莉子はこの謎解きに一歩踏み出すことになる。嵯峨に協力を依頼して。
 だが、結果的に嵯峨の専門領域に関わっていくことになるという展開が興味深い。終わりは一応ハッピーエンド。この作品の末尾は、「誰にも否定できない。道を踏み外し終焉を悟ろうとも、なお行く手に希望が待ち受けていることを。」で締めくくられている。

 第5話 チェリー・ブロッサムの憂鬱
 この作品、冒頭は宮牧がグラビア撮影の担当をし、張りきっているところから始まる。ウクライナ出身の美人モデルの撮影ということなのだが、この撮影はなかなか上手く進まない事態となっていく。
 出張鑑定の依頼を受けた莉子は、桜の名所、千鳥ヶ淵から西へ1キロ強にある日本嘱植大学の久富准教授の研究室に赴く。千鳥ヶ淵の桜が綺麗なので小笠原に電話してデイトの約束をしたぐらいなのだ。久富は桜の木立の中で、莉子に一本だけソメイヨシノでない品種が混じっているのでそれを見抜いて欲しいと依頼する。莉子は見抜けないと久富に告げる。識別できるという事実を示したかった久富は残念がるのだった。
 莉子と小笠原は千鳥ヶ淵の夜桜見物を楽しむが、そのとき小笠原は莉子に宮牧の担当していたグラビア撮影がうまく進まない状況の話を莉子にする。
 桜見物の途中で、二人はサイレンの鳴る音を耳にする。パトカーの近くまで行った二人は一本の桜の木が枯れ果てていたのだ。立ち腐れた幹は痩せ細り、変色しえ見る影も無かった。莉子は小笠原に久富准教授を紹介することになる。
 事態は最初の一木の周囲の7本にも同様の症状が見られ、枯死に近づいているという。さらに感染の疑いがそれ以外の11本にもあるという。小笠原は取材活動で忙しくなる。小笠原からのディナーの約束も怪しくなる・・・・。莉子は一人で桜の枯死を現場に再び出向き調べ始める。ぽつぽつと雨が降り出す。妙な異臭を感じる。立ち入り禁止区画の枯れ死した桜の無数の枝だが燃えだしたのだ。莉子は事件の真相に迫っていく。
 なんとグラビア撮影がうまく進まない原因がこの事件に関連していたという意外な展開が実におもしろい。
 このストーリー、読者の持つ科学/化学の知識が試されているとも思えて興味が深まる。

 この短編集で、莉子と小笠原が鑑定案件を介することなく、デートの約束を互いが口にするようにやっとなったというところがほほえましい展開である。実は、二人の関係がどのような形で、どのように進展していくのかという裏テーマを楽しみ始めている。この裏テーマは万能鑑定士Qの全シリーズで共通分母のようになっているのだろうと思う。
 『短編集Ⅰ』とは異なり、全く異なる切り口と状況設定で、独立した5つの話がまとめられている。どの作品から読み進めても良いだろう。デートの約束行為が出てくるのは第5話が初めてということにはなるけれど・・・・。

 ご一読ありがとうございます。


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関心を抱いた事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
中国の切手  :「MARUMATE」
昔集めた古切手は宝の山? 中国切手なら高値の場合も  :「日本経済新聞」
   2012/8/25付
プレミア中国切手一覧

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加納夏男の試作貨 ← 造幣局の催事にて :「『狩勝峠』私的資料室」
田舎家春秋図鐔 加納夏雄  :「鐔鑑賞記 by Zenzai」

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ソメイヨシノ :ウィキペディア
染井吉野の語源・由来 :「語源由来辞典」
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抗体って何?  :「協和発酵キリン株式会社」
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万能鑑定士Qに関心を向け、読み進めてきたシリーズは次のものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修

☆短編集シリーズ

『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』

☆推理劇シリーズ

『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』 

☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。

『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』



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