遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 高田崇史 講談社NOVELS

2014-11-25 09:48:57 | レビュー
 新たなシリーズが刊行され始めた。その第1巻がこの「鎌倉の地龍」である。

 私はこのブログを始める以前に、著者のQEDシリーズを読み、カンナシリーズを読み進めた。QEDシリーズは一巻完結型だが、カンナシリーズは各巻が一応まとまりながらもストーリーは連続していくという作品である。このブログを始めてから最後の数巻を読んでいて、読後印象を部分的に書いたことがある。今回は最初から読み始めるので、どういう展開のシリーズになるのか期待しながら、このシリーズ作品の読後印象をまとめていこうと思っている。

 第1巻を読んだ印象として、このシリーズはカンナシリーズのスタイルのシリーズになりそうな気がする。なぜなら、プロローグにおいて、女子高生・辻曲摩季が意識不明の状態で鎌倉の由比ヶ浜で発見され、病院に搬入される。そしてこの「鎌倉の地龍」のストーリーが展開する間に、入院の後、心肺停止状態となり、医師が死亡と判断する。そして巻末で、摩季の兄・了がこう語るのだから・・・・「余り時間がないが」「初七日までに、摩季の命--魂を、この世に呼び戻す」と。さらに姉の彩音が言う。「とにかく--。全力を尽くそう。陽一くんもまた、力を貸してくれるね」と。
 このエンディング、話がここからさらに進展していくと判断して当然だろう。怪奇神霊ミステリーの領域の作品が創造されていく感じがする。
 これだけでも、このシリーズの始まりに興味が湧くのではないだろうか。

 さてこの「鎌倉の地龍」は、鎌倉時代の創生期に光が当てられている。歴史書は勝者の記録であり、勝者の正当化だということをよく見聞する。鎌倉幕府の創生期の将軍たちと周辺に存在した北条政子をはじめ一群の人々。彼らが織りなした事実、真相は何だったか。鎌倉とその周辺に残された様々な史跡や現存する建物群。そして『吾妻鏡』という史書や様々な史料・文学作品に記された事が真に意味することは何か? この作品はおもな登場人物の会話を通して、その真相に肉迫して行くというミステリー・アプローチになっている。つまり、鎌倉幕府成立の経緯、そして、頼朝・頼家・実朝という源氏三代の将軍と頼朝の弟・範頼のそれぞれの生き様及び死の真相に光が徐々に当てられていくこととなる。この作品は鎌倉時代の初期状況を改めて再認識するまたとない機会にもなる。
 そのキーワードの一つは、どうも「一所懸命」という言葉であるように受け止めた。一方、この第1巻を通して、創生期の鎌倉の殺戮史が明らかになっていく。そしてストーリー展開の軸となるキーワードは「怨霊」なのだ。

 由比ヶ浜女学院という女子大学付属高校の学生である辻曲摩季は、鎌倉の若宮大路を歩いていて、目の前を歩く大磯笛子(おおいそゆうこ)に気づく。彼女は半月ほど前に隣のクラスに転校してきたかなり旧家の子女らしい。その大磯笛子の歩む方向に興味を惹かれ摩季はその後を追っていく。笛子は元鶴岡八幡宮の境内に入って行ったのだ。社殿の前に立つ笛子の手元がキラリと光った瞬間、それを目撃した摩季は後頭部に激しい衝撃を受けた。その後、由比ヶ浜の防波堤でサーファーに意識不明の状態の摩季が発見される。スリリングなプロローグである。

 この作品に登場するのは摩季の兄・了。彼は渋谷の裏通りにある「リグ・ヴェーダ」という名のカレーショップの店主でありオーナーである。摩季の姉・彩音は文京区にある神明(しんめい)大学の大学院生で神道学を研究している。彩音は尋常でなく霊的感性が強い女性なのだ。そして、摩季の妹に末っ子で小学校5年生の巳雨(みう)がいる。巳雨も霊的感性が優れているようだ。辻曲家の両親は8年前に交通事故で亡くなっている。この辻曲家は中伊豆の旧家で清和源氏の血を引く家系であり、先祖は源義綱まで遡れるらしい。義綱は平安時代後期に活躍した武将で、義綱の兄・義家の血筋は頼朝や義経・範頼などに繋がって行くという。辻曲家は中目黒にあり、周りを土塀で囲まれた古い一戸建である。
 そこに「リグ・ヴェーダ」の常連客の一人となってしまった「ぼく」(陽一)という青年が加わる。陽一は女子高生の摩季とこの店で話す機会が増えるとともに、辻曲家との関わりが深まっていた。摩季が突然意識不明となったと、彩音から連絡を受けて、身内であるかのようにこの事件に深く関わっていくことになる。「ぼく」という一人称で出てくる陽一は、鎌倉将軍三代など、鎌倉の史実について彩音から頼まれて調べ始める。諸史料に記された事実の語り部として関わっていくことになる。黒子のような存在でもある。

 摩季の意識不明の原因を医師は特定できない。外傷は擦り傷程度にとどまり、血液検査、CTやMRIなどの検査でも何一つ異常が発見されない。血圧や脈拍を含めたバイタルサインだけが異常に低い状態なのだ。彩音が一方的に摩季の声が聞こえたのは一言であり、それが「怨霊」だったという。その一言が発端となり、陽一は彩音から鎌倉の歴史を調べてほしいと依頼されるのだ。

 摩季は意識不明になる前に、日本史を担当する由比ヶ浜女学院の教師・鴨沢真司が余談で話した平安時代の怨霊話に対し、色々と異常なほどの反応を示し質問していた。その授業の噂を聞いた大磯笛子もまた、鴨沢のもとに行き、質問を投げかけているのだった。

 さらに、意識不明状態が良くならない摩季が病院から誘拐されてしまうという不可解な事件が発生する。兄の了が病院に出向いている間に、摩季の一言である「怨霊」から彩音は陽一の調べた鎌倉の歴史記録の内容をもとに、陽一とともに怨霊が関わる真相を究明し始める。それは陽一が調べてまとめた鎌倉の殺戮史の検討から始まっていく。兄からの報せで、摩季の失踪には大磯笛子が関係していたことがわかる。
 そんな状況の最中に、由比ヶ浜沖を震源地とする地震が発生する。震度5弱。マグニチュード5.6。それにより、鶴岡八幡宮の一の鳥居が倒壊する。神域への最初の結界が消滅したのだ。一方、地震の発生に紛れて、修善寺にある修禅寺の宝物殿から「寺宝面」が盗まれる。二代将軍頼家の怨念が深く染みているといわれる鬼の面である。
 一方、倒壊した一ノ鳥居の傍で、摩季が心肺停止状態で発見されるのだ。さらにその近くで三十代の男性が死亡していた。

 彩音と陽一は、鎌倉の歴史の真相究明、怨霊問題の究明を急がねばならなくなる。真相究明プロセスの進展とともに、一方で鎌倉の怨霊が解き放たれる可能性がどんどん高まっていくという事態になっていく。
 その状況の中で、ニュースを見て辻曲摩季の名前からある事件のことを思い出した警視庁捜査一課警部補の華岡が了に会うために中目黒の家を訪れてくる。一方で、磯笛という女性を手先に使う高村皇(すめらぎ)が登場してくる。怨霊を現出させたい側が姿を現す。
 隠されていた鎌倉の歴史の真相が見え始める・・・・・・・。

 歴史の究明は、現存する寺社仏閣や史跡の確認と関わっていく。そのためストーリーを読み進めるプロセスは、いわば鎌倉と修善寺周辺の史跡巡りという副産物を伴ってくる。これはこれで、遺物・現存物の観光を通して、過去の歴史に思いを馳せるトリガーを与えてくれることになる。これもまた興味深い発見や気づきにつながっていくことだろう。
 この第1巻は歴史の読み方を考え直す機会を提供してくれる作品として仕上がっている。フィクションの世界からの歴史的真実へのアプローチといえる。

 この後、ストーリーはどう展開するのだろう・・・・。興味津々。

 ご一読ありがとうございます。


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本書に出てくる語句で関心を抱いた言葉をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

源頼朝 :ウィキペディア
源頼家 :ウィキペディア
源範頼 :ウィキペディア
源実朝 :ウィキペディア
北条政子 :ウィキペディア
由比若宮(元八幡)  :「鎌倉タイム」
鶴岡八幡宮 ホームページ
鶴岡八幡宮  :ウィキペディア
白旗神社   :「鎌倉手帳」
源頼朝の墓と白旗神社  :「鎌倉 風の旅」
曹洞宗福地山修禅寺  ホームページ
  頼家の仮面 
  源頼家肖像画 
日枝神社     :「修善寺の歴史関連施設案内」(ようこそ!修善寺へ)
指月殿(一切経堂) :「修善寺の歴史関連施設案内」(ようこそ!修善寺へ)
源頼家の墓    :「修善寺の歴史関連施設案内」(ようこそ!修善寺へ)
十三士の墓    :「修善寺の歴史関連施設案内」(ようこそ!修善寺へ)
源範頼の墓    :「修善寺の歴史関連施設案内」(ようこそ!修善寺へ)
修善寺温泉の中央を流れる「桂川」。奥の橋は「虎渓橋」:「トリップアドバイザー」
横瀬八幡神社  :「神社探訪 狛犬見聞録・注連縄の豆知識」
横瀬 八幡神社 (伊豆市)  :「さちえの伊豆温泉情報」
  横瀬八幡宮縁起 説明板の写真
修善寺温泉マップ  pdfファイル  :「伊豆市観光協会 修善寺支部」
韮山・願成就院   :「古寺巡拝」


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
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以下は、このブログを書き始めた以降に、シリーズ作品の続きとして読んだ特定の巻の印象記をまとめたものです。

『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS

『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS