階段の下で幽霊は腰を下ろしていた。一年かけて入念なメイクを重ねてきたのに、一度も出ない間に夏は終わってしまったという。昨年の夏、出た瞬間に笑われてしまったことがよほど堪えたらしい。現れるに足りないとみられた自分には価値がなく、まずは第一印象からの再考を迫られたのだと言う。「結局、トラウマに打ち勝てなかった」意気込みすぎて出るべきところで出られなかったと言う。夏の終わりは、自分が一番よくわかっている。そう言って幽霊は長く伸ばした髪を地面に垂らした。
階段の上から母と子が向き合ってじゃんけんをしながらゆっくりと下りてきた。下りたと思えば、少し後戻りする。出るべきところで出られなかったのは、自分の力不足だと幽霊は語った。誰かが背中を押してくれれば、出られたという場面もあったが、他者の助けを借りて出るような出方では所詮こけおどしにすぎず、それは自分の理想とは程遠いものだと言う。幽霊のすぐ傍まで、男の子は下りてきた。けれども、激しいじゃんけんの応酬の後で、夏に押し戻されるように階段を駆け上がっていった。
幽霊はもう一度あの夏のことを振り返った。「テレビで」と蚊のように鳴いた。みんなに笑われた時、偶然そこで見てしまったのだと言う。自分たちを真似て作られたはずの作り物が画面の中から飛び出してきた時、幽霊は思わず身を引いてしまったのだと言う。「あれは本当に怖かった」虚構の方が現実の霊を超えてしまったのではないか。そうした疑念を打ち払うために多くの夜が必要だったと言う。
「モダンメイクの研究に多くの時間を費やした」
幽霊の時間は、私たちの考える時間とは少し違うものであるらしい。逃した一夏など、本当はたいしたものではないのかもしれない。
「夏の最初からやり直せるとしたら……」それは愚問かもしれなかった。
でき始めた夜に貼り付いた作り物のような月を見つめ、幽霊は言葉を呑んでいた。夏色の浴衣をなびかせながら男の子は階段を下りてきた。勝利のチョキを崩さないままで。
「いい加減にしなさい!」
幽霊が一喝すると親子は瞬時に消え去った。